永遠の魔術師
「ねえ君、生きてるのって、楽しい?」
突然の声に振り向くと、不健康そうな顔をした少女が、いかにもなボロいローブを羽織ってこちらを見上げていた。
ご丁寧に十字架まで背負っており、全身で「私は怪しい魔術師です」とあっぴるしているが、不思議とどこもおかしくはない。
まるで、そういう格好をしているのが一番自然な状態であるかのように。
「……聞いてるの?」
彼女は顔色一つ変えずにそういったが、心なしか不機嫌そうだった。
「え、ああ、うん、いやあ、妙な格好してるなあと思ってつい……」
「べつに、衣服なんて警察[いぬっころ]に絡まれないような格好にできるなら、どんなデザインだってかまわないでしょ?」
何当然のことを聞いてくるのか、と言いたげに彼女は答える。
「いやいやいや!仮にも君みたいな娘さんがそんな心構えでいいのかよ!この国には美人な魔物娘がいっぱいいるんだぞ。いくら君も素の作りがいいからって、そんな格好していたら、寄ってくる男も寄ってこなくなっちまうぜ?」
すると少女はさも意外そうな顔をしてきょとんとしている。
「……そうなの?」
「そうだよ!」
思わず怒鳴りつけてしまった。
「……へぇ」
びっくりさせてしまったかと思ったが、彼女は感心した様子で何やらぶつぶつとつぶやいている。
「へぇって……君のお母さんは今まで何を教えてきたんだい?」
「魔法だよ」
「本当にそれだけ?」
そう聞くと、彼女はやっぱり顔色一つ変えずに、でも、ほんの少し得意げな様子でこう言い放った。
「今晩のおかずを作る為の魔法から淫魔術までいろいろあるけど」
「……君のお母さん、本当に人間か?」
思わず頭を抱えてしまう。こんないたいけな少女に催淫魔法を教えるだなんて、まるで……あれ、まてよ?見た目だけなら人間そっくりの魔物娘って、結構いるよな……
「元はそうだったみたい。今は違うよ」
「え、じゃあ君は……」
「そう。私はリッチ、快楽と叡智の探究者」
彼女はほんの少しだけ微笑みながらそういうと、得意げにローブを翻して一回転する。その下には、ほんの少しの布きれも存在しておらず、ただ血の気の引いた病的に白い肌色が存在していた。
「我等の理想は、興味の赴くままに暮らす日々を永遠に過ごすこと……だから私は、興味を持ったがゆえに君に問う。『生きてるのって、楽しいかい?』と」
彼女は努めて冷静に先ほどの台詞をしゃべったつもりだろうが、生者のように血の気が戻った顔をしている。うまくキマったことがうれしくて、相当興奮しているのだろう。年頃の人間の子そのものだ。
こういった一面を見ると、人も魔物も変わらないんだなって思う。この国が掲げる理想も、いつか世界で認められる日が来るのだろう。
「そうだな……確かに、生きていれば辛いこともたくさんあるぞ」
そういって俺は一呼吸つく。こういうのは間が大事だ。
「怪我をすれば痛いし、夏は暑くて冬は寒い。眠らなければ意識が飛ぶし、走り続けりゃ息が切れる」
彼女はじっとこちらを見つめていた。眠そうな、やや濁った瞳をしているが、それでも、彼女がこちらの話をちゃんと聞いていることが何となくわかる。
「でも、ともに笑う仲間がいて、ぬくもりを感じる肉親がいるというのに、生きてるのがつまらないなんて、そんなこと、俺には言えないな」
「そう……そうか、そういうことなんだ」
ひとしきり俺の話を聞いた後、彼女は何処かすっきりした顔で話し始める。
「初めて君を見た時、なんていうか、とても引き込まれる感じがしたの。精の臭いが強いわけでもなく、優秀な魔道士とも思えないあなたに」
「優秀じゃなくて悪かったな。そもそも魔道士でもないけど」
一瞬、吹き出しそうな笑みを見せた後、彼女はまた元の眠そうな表情に戻って話を続ける。
「でも、君の話を聞いて気付いた。お父さんもお母さんも、一生懸命私を愛してくれるけど、家の中で引きこもってひたすら研究をしていたから、私はそれ以外のぬくもりを知らない。だから、闇なんてさ、抱えてないような顔をして日々を生きていそうな、そんな君のそばにいると、とても居心地がいいんだ」
「ほう、では、愚かな提案があるのだけど、どうだろう?」
先ほど彼女がやったように、今度は俺がキザな笑みを浮かべて彼女に聞いた。
「……聞かせて」
「私でよければ君の、話し相手になりたい」
彼女は生きる楽しさを知ったのか、それはまた、別の時にでも。
突然の声に振り向くと、不健康そうな顔をした少女が、いかにもなボロいローブを羽織ってこちらを見上げていた。
ご丁寧に十字架まで背負っており、全身で「私は怪しい魔術師です」とあっぴるしているが、不思議とどこもおかしくはない。
まるで、そういう格好をしているのが一番自然な状態であるかのように。
「……聞いてるの?」
彼女は顔色一つ変えずにそういったが、心なしか不機嫌そうだった。
「え、ああ、うん、いやあ、妙な格好してるなあと思ってつい……」
「べつに、衣服なんて警察[いぬっころ]に絡まれないような格好にできるなら、どんなデザインだってかまわないでしょ?」
何当然のことを聞いてくるのか、と言いたげに彼女は答える。
「いやいやいや!仮にも君みたいな娘さんがそんな心構えでいいのかよ!この国には美人な魔物娘がいっぱいいるんだぞ。いくら君も素の作りがいいからって、そんな格好していたら、寄ってくる男も寄ってこなくなっちまうぜ?」
すると少女はさも意外そうな顔をしてきょとんとしている。
「……そうなの?」
「そうだよ!」
思わず怒鳴りつけてしまった。
「……へぇ」
びっくりさせてしまったかと思ったが、彼女は感心した様子で何やらぶつぶつとつぶやいている。
「へぇって……君のお母さんは今まで何を教えてきたんだい?」
「魔法だよ」
「本当にそれだけ?」
そう聞くと、彼女はやっぱり顔色一つ変えずに、でも、ほんの少し得意げな様子でこう言い放った。
「今晩のおかずを作る為の魔法から淫魔術までいろいろあるけど」
「……君のお母さん、本当に人間か?」
思わず頭を抱えてしまう。こんないたいけな少女に催淫魔法を教えるだなんて、まるで……あれ、まてよ?見た目だけなら人間そっくりの魔物娘って、結構いるよな……
「元はそうだったみたい。今は違うよ」
「え、じゃあ君は……」
「そう。私はリッチ、快楽と叡智の探究者」
彼女はほんの少しだけ微笑みながらそういうと、得意げにローブを翻して一回転する。その下には、ほんの少しの布きれも存在しておらず、ただ血の気の引いた病的に白い肌色が存在していた。
「我等の理想は、興味の赴くままに暮らす日々を永遠に過ごすこと……だから私は、興味を持ったがゆえに君に問う。『生きてるのって、楽しいかい?』と」
彼女は努めて冷静に先ほどの台詞をしゃべったつもりだろうが、生者のように血の気が戻った顔をしている。うまくキマったことがうれしくて、相当興奮しているのだろう。年頃の人間の子そのものだ。
こういった一面を見ると、人も魔物も変わらないんだなって思う。この国が掲げる理想も、いつか世界で認められる日が来るのだろう。
「そうだな……確かに、生きていれば辛いこともたくさんあるぞ」
そういって俺は一呼吸つく。こういうのは間が大事だ。
「怪我をすれば痛いし、夏は暑くて冬は寒い。眠らなければ意識が飛ぶし、走り続けりゃ息が切れる」
彼女はじっとこちらを見つめていた。眠そうな、やや濁った瞳をしているが、それでも、彼女がこちらの話をちゃんと聞いていることが何となくわかる。
「でも、ともに笑う仲間がいて、ぬくもりを感じる肉親がいるというのに、生きてるのがつまらないなんて、そんなこと、俺には言えないな」
「そう……そうか、そういうことなんだ」
ひとしきり俺の話を聞いた後、彼女は何処かすっきりした顔で話し始める。
「初めて君を見た時、なんていうか、とても引き込まれる感じがしたの。精の臭いが強いわけでもなく、優秀な魔道士とも思えないあなたに」
「優秀じゃなくて悪かったな。そもそも魔道士でもないけど」
一瞬、吹き出しそうな笑みを見せた後、彼女はまた元の眠そうな表情に戻って話を続ける。
「でも、君の話を聞いて気付いた。お父さんもお母さんも、一生懸命私を愛してくれるけど、家の中で引きこもってひたすら研究をしていたから、私はそれ以外のぬくもりを知らない。だから、闇なんてさ、抱えてないような顔をして日々を生きていそうな、そんな君のそばにいると、とても居心地がいいんだ」
「ほう、では、愚かな提案があるのだけど、どうだろう?」
先ほど彼女がやったように、今度は俺がキザな笑みを浮かべて彼女に聞いた。
「……聞かせて」
「私でよければ君の、話し相手になりたい」
彼女は生きる楽しさを知ったのか、それはまた、別の時にでも。
13/07/03 03:55更新 / コモンレール