死せる砲手と指揮者の男
「うう、ぐす……」
「そんな……どうして……」
ああ、私の愛しい人が、棺に入れられ、地に埋められていく。
彼女は私が指揮する軍楽隊の空砲奏者で、沿岸砲の砲手だった。教会からは異端とされたり、そうでなくとも睨まれたりしている宗教を信仰しているこの国では、教団による強襲上陸が後を絶たない。
おとといの事だった。
私は民衆の前で楽団を率いて演奏していた。場が盛り上がり、ついに最後のサビへと突入する。私の振り下ろした手のひらと共に、彼女の──ソフィアのセーカー砲が火を吹いた。大砲を狙ったタイミングで発火させることは難しい。だが、彼女は寸分狂わずそれやってのける、私の知る限り最高の空砲演奏者だった。
「今日もよかったよ、ソフィア」
「ありがとう、ゲオルギウス。これもあなたの的確な指揮のおかげよ」
「いやいや、ソフィアの卓越した技能のおかげさ。君が居るのといないのとじゃ、会場の高揚感が段違いなんだ」
「もう、大げさなんだから、うふふ」
穏やかで女性的な私服に身を包んだ彼女はとてもかわいらしいが、きらびやかで男性的な軍服を着た今の彼女にもまた別の美しさがある。そんな他愛も無い話をしていた時、上空から何者かが舞い降りた。ソフィアと同じ要塞で哨戒をやっているセイレーンだった。
「ソフィア少尉、敵襲です。急いで配置にお戻りください」
「わかったわ……ごめんね、もっとゆっくり話をしたかったけど」
「なあに、よくあることじゃないか。気をつけなよ」
「ええ、必ず生きて帰って見せるわ」
演奏の真っ最中に召集がかかったこともある。ま、いつものことさ……そう思っていた。
だが、それが最期の会話になった。
敵艦の放った砲弾が、ソフィアの担当する砲台に飛び込み、炸裂したのだそうだ。
魔物の技術とは恐ろしいもので、元は見るも無残な状態だったはずの彼女の屍体は、今にも目を開いてこちらに笑いかけてくれそうだった。
でも、それはもうありえない。彼女は、死んでしまったのだから。
葬式が終ってからのことはよく覚えていない。ただ、ひたすら呆然としていたのだろうとは想像がつく。あまりにも強い喪失感は、もはや私に泣くことすら許さなかったのだろう。いつの間にか座っていたいすの前のテーブルには、何の痕跡も見出すことが出来なかった。家に帰り着いたのは黄昏時であったはずだが、もう東の空が白んでいるようにも見える。
そんなとき、
とんとん
戸を叩く音がする。だが、今の私には客人を迎えにいく気力など無かった。
とんとん
また戸を叩く音がする。今は一人にしてほしい。
がちゃ
「──!」
どうやら勝手に入ってきたようだ。ずうずうしいやつだが、かまうのもめんどくさい。
「……ウス」
何か聞こえる。この声は……いや、まさかな。
「……ゲオルギウス」
……彼女は死んだんだ。聞こえるはずのない音が聞こえるなんて、音楽家として失格だな。
「ああ、私の愛しいゲオルギウス!」
いいや違う、これは幻聴なんかじゃない!
「ソフィア!」
振り向くと、そこには今日葬られたはずのソフィアが立っていた。髪の毛の色は抜け落ち、皮膚も土気色をしているが、間違いなくあのソフィアだった。
「ごめんね!生きて戻れなくて、本当にごめんね!」
「ああ、ソフィア……!うう……!」
強く抱きしめあう。キスをし、お互いの舌を絡ませ、そのまま押し倒されそうになった。いけないいけない、まずは状況を確認しなければ。そう思って、とりあえずソフィアを押し返し、キスを中断させた。
「おっとっと、ちょっと我慢してくれ」
「なによ、私はもうおなかぺこぺこよ」
ソフィアがふくれっつらでこちらを見上げている。少々姿が変わってしまったが、このかわいさは健在だ。
「君は死んだんじゃなかったのか?」
「うふふ、実はね、あのあと親切なグールさんが墓地を通りかかってくれたのよ。で、このとおり私を生き返らせてくれたってわけ」
「なるほどな、後でそいつにお礼参りに行ってやらないと」
「ねえ、もう私我慢できない」
「いいよ。ただの人間だから量も回数も保障できないが、存分に味わってくれ」
「わぁい!」
そういいながら一度は失った大切な恋人──いや、もう妻だろう──は、心底幸せそうに私の衣類を脱がせ始めたのであった。
3発ほど口だけで抜かれてしまった。さすがはグール、性器のほうはもっとすごいのだろう。だが悲しいかな、私はただの人間である。いくらソフィアが奉仕しても、もう愚息はピクリとも動かなかった。
「むう、勃ひもひあい」
「はあ、はあ、もう、だめだ。でない……」
「ぬちゅ……ふう、まあいいわ。これからじっくりインキュバスに変えればいいんですものね。ごちそうさま。」
「おそまつ……さまでした……はあ……」
今日はもう仕事にはいけないな。精もご馳走してあげたことだし、後でソフィアには欠勤を言いに行ってもらおう。ふふ、あいつらの驚く顔が見れないのが残念だ。力の入らない腰を奮い立たせ、ベッドの中に入ると、さっきまで私の生殖器を嘗め回していた死食鬼も一緒に潜り込んできた。精を得て、体が少し修復されているのだろうか、さっきよりも肌に血の色が戻っているような気がする。そのまま数分間無言で寄り添っていたが、ふと、あるものを思いついた。
「今良い詩が出来たぞ」
「あら、どんな感じ?」
「この国に昔から伝わる叙事詩の中の一節を、今の君に合うように少々変えてみたものだ」
「まあ、歌ってみて」
「ふむ、笑わないでくれよ」
そういって私は、今しがた出来たばかりのそれを、即興で作った旋律に乗せて歌い始めた……
「そんな……どうして……」
ああ、私の愛しい人が、棺に入れられ、地に埋められていく。
彼女は私が指揮する軍楽隊の空砲奏者で、沿岸砲の砲手だった。教会からは異端とされたり、そうでなくとも睨まれたりしている宗教を信仰しているこの国では、教団による強襲上陸が後を絶たない。
おとといの事だった。
私は民衆の前で楽団を率いて演奏していた。場が盛り上がり、ついに最後のサビへと突入する。私の振り下ろした手のひらと共に、彼女の──ソフィアのセーカー砲が火を吹いた。大砲を狙ったタイミングで発火させることは難しい。だが、彼女は寸分狂わずそれやってのける、私の知る限り最高の空砲演奏者だった。
「今日もよかったよ、ソフィア」
「ありがとう、ゲオルギウス。これもあなたの的確な指揮のおかげよ」
「いやいや、ソフィアの卓越した技能のおかげさ。君が居るのといないのとじゃ、会場の高揚感が段違いなんだ」
「もう、大げさなんだから、うふふ」
穏やかで女性的な私服に身を包んだ彼女はとてもかわいらしいが、きらびやかで男性的な軍服を着た今の彼女にもまた別の美しさがある。そんな他愛も無い話をしていた時、上空から何者かが舞い降りた。ソフィアと同じ要塞で哨戒をやっているセイレーンだった。
「ソフィア少尉、敵襲です。急いで配置にお戻りください」
「わかったわ……ごめんね、もっとゆっくり話をしたかったけど」
「なあに、よくあることじゃないか。気をつけなよ」
「ええ、必ず生きて帰って見せるわ」
演奏の真っ最中に召集がかかったこともある。ま、いつものことさ……そう思っていた。
だが、それが最期の会話になった。
敵艦の放った砲弾が、ソフィアの担当する砲台に飛び込み、炸裂したのだそうだ。
魔物の技術とは恐ろしいもので、元は見るも無残な状態だったはずの彼女の屍体は、今にも目を開いてこちらに笑いかけてくれそうだった。
でも、それはもうありえない。彼女は、死んでしまったのだから。
葬式が終ってからのことはよく覚えていない。ただ、ひたすら呆然としていたのだろうとは想像がつく。あまりにも強い喪失感は、もはや私に泣くことすら許さなかったのだろう。いつの間にか座っていたいすの前のテーブルには、何の痕跡も見出すことが出来なかった。家に帰り着いたのは黄昏時であったはずだが、もう東の空が白んでいるようにも見える。
そんなとき、
とんとん
戸を叩く音がする。だが、今の私には客人を迎えにいく気力など無かった。
とんとん
また戸を叩く音がする。今は一人にしてほしい。
がちゃ
「──!」
どうやら勝手に入ってきたようだ。ずうずうしいやつだが、かまうのもめんどくさい。
「……ウス」
何か聞こえる。この声は……いや、まさかな。
「……ゲオルギウス」
……彼女は死んだんだ。聞こえるはずのない音が聞こえるなんて、音楽家として失格だな。
「ああ、私の愛しいゲオルギウス!」
いいや違う、これは幻聴なんかじゃない!
「ソフィア!」
振り向くと、そこには今日葬られたはずのソフィアが立っていた。髪の毛の色は抜け落ち、皮膚も土気色をしているが、間違いなくあのソフィアだった。
「ごめんね!生きて戻れなくて、本当にごめんね!」
「ああ、ソフィア……!うう……!」
強く抱きしめあう。キスをし、お互いの舌を絡ませ、そのまま押し倒されそうになった。いけないいけない、まずは状況を確認しなければ。そう思って、とりあえずソフィアを押し返し、キスを中断させた。
「おっとっと、ちょっと我慢してくれ」
「なによ、私はもうおなかぺこぺこよ」
ソフィアがふくれっつらでこちらを見上げている。少々姿が変わってしまったが、このかわいさは健在だ。
「君は死んだんじゃなかったのか?」
「うふふ、実はね、あのあと親切なグールさんが墓地を通りかかってくれたのよ。で、このとおり私を生き返らせてくれたってわけ」
「なるほどな、後でそいつにお礼参りに行ってやらないと」
「ねえ、もう私我慢できない」
「いいよ。ただの人間だから量も回数も保障できないが、存分に味わってくれ」
「わぁい!」
そういいながら一度は失った大切な恋人──いや、もう妻だろう──は、心底幸せそうに私の衣類を脱がせ始めたのであった。
3発ほど口だけで抜かれてしまった。さすがはグール、性器のほうはもっとすごいのだろう。だが悲しいかな、私はただの人間である。いくらソフィアが奉仕しても、もう愚息はピクリとも動かなかった。
「むう、勃ひもひあい」
「はあ、はあ、もう、だめだ。でない……」
「ぬちゅ……ふう、まあいいわ。これからじっくりインキュバスに変えればいいんですものね。ごちそうさま。」
「おそまつ……さまでした……はあ……」
今日はもう仕事にはいけないな。精もご馳走してあげたことだし、後でソフィアには欠勤を言いに行ってもらおう。ふふ、あいつらの驚く顔が見れないのが残念だ。力の入らない腰を奮い立たせ、ベッドの中に入ると、さっきまで私の生殖器を嘗め回していた死食鬼も一緒に潜り込んできた。精を得て、体が少し修復されているのだろうか、さっきよりも肌に血の色が戻っているような気がする。そのまま数分間無言で寄り添っていたが、ふと、あるものを思いついた。
「今良い詩が出来たぞ」
「あら、どんな感じ?」
「この国に昔から伝わる叙事詩の中の一節を、今の君に合うように少々変えてみたものだ」
「まあ、歌ってみて」
「ふむ、笑わないでくれよ」
そういって私は、今しがた出来たばかりのそれを、即興で作った旋律に乗せて歌い始めた……
12/02/05 17:49更新 / コモンレール