読切小説
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影に溶ける
荒れ果てた野を、一人の少女が往く。
年のころは15歳前後、肩まで伸びた金髪と、あまり育たなかった胸、あどけない顔つきに、強い意志を感じる金色の瞳。
疲れているのか、頬は紅潮し、息遣いも荒い。
その右手には豪華な装飾の施されたマスケット。
清楚でありながら威厳のある白い服装から、反魔物国連合の十字軍に所属している戦列歩兵であることがわかる。
そんな少女が、魔界を一人で歩いているということは、所属している部隊は壊滅したのだろう。
しかし、よくよく観察してみると、不自然な点が2つある。
1つはマスケットの先に取り付けられている長さ50cm程の銃剣。
魔界銀製である。
魔界銀製の武器は対象の肉体ではなく、魔力のみに対して加害することができる。
それはすなわち、人間はもちろん、魔物も殺すことができないことを意味する。
魔物の殲滅を掲げる十字軍の兵士が使う装備ではない。むしろ、魔物側の武器である。
そして、もう1つがたまに顔をしかめながら飲んでいる小瓶。
これは精補給薬である。
本来は独身の魔物が飢えをしのぐために飲むものであり、人間が飲むものではない。
そもそも、反魔物国では手に入れることさえできないものだ。

「あら、こんなところまで十字軍の兵士が来るなんて、珍しいわね」

上空からの声に反応して少女が上を見ると、ちょうど一人のサキュバスが地面に降り立つところであった。
いや
白銀の髪に深紅の瞳、透き通る様に白い尾と羽。

「リリム様……?」

と少女は目の前の魔物に問いかける。
そう、魔王の血族であるサキュバスの上位種、リリムである。

「如何にも、私はリリムのセレニアだけれども……あなた、何者?」

怪訝な顔をして少女のほうを見るリリム──セレニア。魔界銀製の銃剣に気づいたらしい。

「私は、ルイーゼ・フォン・デア・ヴァールス=アルンヒェン……親魔物国ヴァールス王国王家の、分家筋の者です」
「ヴァールス王国……というとヴィルヘルミナちゃんのとこの娘なのね?でも、その服装、十字軍のものでしょ?」
「ヴィルヘルミナ大叔母様を、知ってるのですか?」
「知ってるも何も、あの子をヴァンパイアにしたのは私なのよ。あの頃は若かったわあ」
「……」

今度は少女──ルイーゼが怪訝な顔をする番であった。自分とヴィルヘルミナ大叔母様とは軽く1世紀分は歳が離れている。
目の前のリリムは、いったいどれほどの年月を生きてきたのか、見当もつかなかった。

「で、その服装はどういうことかしら。まさか、祖国を裏切ったりとか?」
「いいえ、私は、まともに戦ってすら、いません。『味方に《魔物娘[はなよめ]》を紹介』し、自分だけ『ブーケ』を受け取るために、ここに来ました」

身分を偽ってまで十字軍に入ったのは、これが一番『魔界の奥深くに入るには最適な手段』だったから。
ルイーゼはそう主張しているのだ。

「ふーん……それで、目的は何かしら。まさか私の前で愛液を垂れ流して、醜態をさらすことじゃないよね?」
「やっぱり、わかりますか」
「あなたのお股から、淫らな匂いがぷんぷんするわ。魔界に満ちる魔力に侵食されて、もう理性が溶け落ちそうなんでしょう?」

そう、ルイーゼの頬が紅潮し、息が荒いのは、疲労しているからではなく、魔物の魔力を取り込みすぎたことによるものである。
彼女はここに来るまでの間に一応十字軍の兵士として魔界へ侵攻し、戦闘も行っている。
彼女の連隊はその時の戦闘で壊滅したので、その時のどさくさに紛れて魔界のさらに奥へと足を進めたのだ。
その結果、体を魔物の魔力に侵食され、誰かが手を下さなくても魔物化は避けられない状態になっている。
もっとも……

「聞かせて頂戴、君はなぜ、そんなになるまで魔界を歩き続けたのか。さあ、唄ってごらん……」
「歌う?……私は、魔物にしていただくためにここまで来たのです」
「へえ……目的は?捕まえたい男でもいるの?」
「……私の祖国は、反魔物国に囲まれて、いつ滅ぼされてもおかしくない、状態にあります。窮地に立たされている、祖国を救うには、私のような貴族の娘が、率先して文字通り護国の鬼と、なる必要がある。そう考えました」

ヴァールス王国は北と西を海に、南と東を反魔物国に囲まれた中小国である。
現在は高い技術力に裏打ちされた高性能な兵器と、魔物の力をうまく生かした軍隊によってかろうじて独立を維持しているが、いつその均衡が崩れるかわからない。
少なくとも、ルイーゼとその周りの人間たちはそう判断していた。

「なるほどねぇ……魔物の力って本来そういうのに使うのではないんだけど、まあいいわ。せっかくだからその願い、かなえてあげましょう」

そういうと、ルイーゼの足元から黒い触手のようなものが次々と伸びていき、全身に絡みついていく。

「……!?」
「自らを殺してまで理想を追い求めるその覚悟、しかと受け取ったわ。そんなあなたにふさわしい種族があるの。きっと気に入るはずよ」

絡みついた触手は、ルイーゼの穴という穴へと侵入していく。

「んん……!くう……!」
「安心して、少しの間、死ぬほど気持ちよくなるだけだから」

セレニアがそういうと、急に触手の動きが激しくなる。
そしてルイーゼは、数度喘ぎ声をあげたかと思うと、身も心も作り変えられる快楽を前に、意識を手放した。


「うわぁああ!」
「おはよう。気分はどうかしら」

勢いよく跳ね起きるルイーゼ。優雅に茶を飲むセレニア。
ここは魔王城内、セレニアの個室である。
魔物化し、気絶したルイーゼを、セレニアがここまで運んできたのだ。

「お、おはよう、ございます……」

数時間前の自分の痴態を思い出し、少し長くなった耳の先まで真っ赤にするルイーゼ。

「あなたは賢いわ。それか運がいい。本格的におかしくなる前に気絶したんだから。魔物化する時の快楽で心が壊れてしまって、男をさらって犯し続けること以外頭から消えちゃう娘もそれなりにいるのよ」

こともなげにそう言い放つセレニア。
魔物化には、この世のものとは思えない性的な快感を伴う。これを味わってしまったがために、性欲の僕と化してしまう元人間の魔物娘が後を絶たなかった。
たちが悪いことに、現在の魔物の価値観は「気持ちいいことは良いこと」であるため、それが悪いことであると考える魔物娘もまた多くないのである。
人間的な価値観を理解する魔物娘は、それが反魔物派の姿勢を強硬にしていることに気づいていたが、「他人の趣味に口を出す」ことがどれだけ野暮なことかも理解しているため、どうもしなかった。
そう、ヒトを魔物化させるときに「堕とすか、理性が残るように配慮するか」というのは、彼女たちにとってただの趣味の問題でしかないのであった。

「……私は」
「自分が何者になったのかなんて、自分が一番よくわかってるでしょう?」

といいつつどこからともなく大きな姿見を設置した。「生まれ変わった」自分の姿を見るため、ルイーゼはベッドから出て姿見の前に立つ。

身長は変わらない。慎ましい胸も相変わらずだ。一般的な魔物化では、体もまた男性を誘惑し、虜にするために都合がいい体形に作り替えられる。
そのため、もう少し大きく成長しているものだとばかり思っていたルイーゼは、少し残念に思った。
大きく変わったのは髪と瞳。
「生前」綺麗な金色をしていた髪は、神秘的な濡羽色に変わっていた。髪とおそろいだった金色の瞳は、魔物であることを示す血のような赤に染まっている。
そして、足元。
スラっと伸びた色白のふくらはぎの先に、足首はついていない。
ただ、足元に相当する部分に、真っ黒いどろどろとしたもの……魔物の魔力が渦巻いていた。

「ドッペルゲンガー……」
「影に溶け、心を読み、理想の姿に化身する恋の亡霊。祖国に恋い焦がれ、その身を殺してでも仕えようとしたあなたにぴったりの種族じゃない?」

セレニアの言うことに嘘はなかった。ただ、

「戦場に出てくるドッペルゲンガーなんて、聞いたことないんですけど……」

そう、ドッペルゲンガーは元来臆病な性格の魔物娘。自慢の変身能力を使ったり使えなかったりしながら、夫を手に入れればおとなしく家に引きこもる。争いとは無縁の、そんな種族だったはずだ。

「それならあなたが第一号になればいいんじゃない?一見気弱そうなちんちくりんが、凄腕の指揮官だなんて、すごくそそるわよ?」
「ちんちくりん……」

がっくりとうなだれるルイーゼ。彼女もCカップぐらいはある。ただ、魔物娘界隈とはFカップあるのが当たり前の世界だ。しかも、発言者であるセレニアはスタイル抜群の美女。言い返しようがなかった。

「それに、ゴースト属の上位種ってだけで今の戦場では優秀よ?だって、撃たれても死なないどころか、効きもしないじゃない」

銃。今、魔物たちを最も悩ませている武器である。
クロスボウよりはるかに高威力で、先端に銃剣をつければ槍としても使える高い汎用性を併せ持つ。
弓や魔法のように高い熟練度や素質を要求することもなく、横隊を組んで斉射すれば、魔物娘と言えど致命傷を負いかねない。
無論ドッペルゲンガーのように通用しない種族もそこそこいるが、戦場の危険度は飛躍的に高まってしまった。

「分家とはいえ、あなたも大事な『お姫様』なんだし、簡単に死んじゃったら困るでしょ?そこまで考えてるんだからね」

したり顔で胸を張るセレニア。

「……そうですね。心を読む能力も便利そうですし、これでよかったような気がしてきました」
「そうでしょうそうでしょう!……で、これからどうするの?」
「とりあえず、おうちに帰って家族に報告します。そのあとは……どうなるんでしょうね?」
「私としては、護国の鬼なんてそんな陰惨なものじゃなくて、もっと普通の女の子としての幸せをつかんでほしいなって、そう思うけどね」

この日、一人の少女が、魔物娘としての人生を歩み始めた。
やがてこの出来事は国の命運までも左右することになるのだが、今はまだ、だれも知らない。
20/07/22 23:49更新 / コモンレール

■作者メッセージ
ご無沙汰しております。コモンレールです。
最近、なろう小説の一気読みにはまっておりまして、久々に物書きとしての血が湧きたち、このように過去作のリメイクに至りました。
久々の投稿があまりここのCGIっぽくない話になってしまい申し訳ありませんが、次回からはもうちょっと何とかしますのでよろしくお願いします。

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