自由行動日。それは言い換えれば《休日》である。
この日、騎士は外出を許され、訓練も無し。
大抵の騎士は自宅へ帰るか宿舎でのんびりするかのどちらかだが、中には自主訓練をしたりする騎士も居るし、散歩を楽しむ者も居る。
私はどれかと言われれば散歩をする方だ。宿舎で暇を潰すよりかは外に出て街の様子を眺めた方が個人的には楽しい。

しかし、今回行うのは散歩ではない。

カイルの買い物に同行するのだ。
前々からカイルの武器は妙な物が多い。拳銃もそうだが、鉄線や撒菱、さらに爆弾から怪しい薬など、あらゆる物を武器として所有している。
そんな物を一体どうやって調達しているのか気になったのだ。
「で、これからどこへ向かうんだ？」
「下町の路地裏にある武具用品店」
「何？」
……《路地裏》と言うのが物凄く怪しい。
「カイル、まさかとは思うが非合法の密売所だとかではないだろうな？」
「ちゃんと申請はしているみたいだよ？」
「……本当か？」
カイルが嘘を吐いた事は無いが、どうも疑ってしまう。その店が虚偽の申請をしている、或いはカイルを騙している可能性もあり得る。
ここは私が確かめねばならんな。
騎士団基地から大通りを進み、徒歩で約十分。下町に出る。カルベルナは王宮を中心に東西南北に分かれた大通りがあり、その大通りを貴族街と下町で囲った円形状の形をしている。基地は王宮の近くに位置しているため、下町に出るには少々時間がかかる。
そして、下町は大通り以外は騎士の巡回でも不備が出る程迷路の様に入り組んでいる。
カイルは大通りから外れ、物静かな路地裏へと足を踏み入れる。何だか少し空気が変わった気がする。嫌な雰囲気だ。
カイルは道順を把握しているのか数ある分かれ道をあっちだこっちだと迷う事なく進む。
そうして辿り着いたのは一軒の建物だ。玄関前に看板が立っている。
「ここが？」
「そう。僕がお世話になってる《オルギエ用品店》だよ」
カイルはその店の扉を開き中に入る。
「いらっしゃいませ〜。あ、カイル君」
カイルに続いて中に入ると、一人の女性がカウンターに立っていた。長い白髪で赤い瞳の、人当たりが良さそうだが、同時に妖艶な女性だ。
「やぁ、ジルさん」
「今日も武器をお探し？」
「うん」
ジルと呼ばれた女性は笑顔でカイルと応対する。途中、ふと私に気づき、視線を向けられる。
「あれ、今日は女の子連れ……へぇ」
瞬間、彼女は眼を細めた。
「――！」
私は即座に武装し、警戒態勢に入った。
この女、人間に変装しているが、その正体は魔物だ。
「なぜここに魔物が居る？」
私は冷ややかに問い質す。魔物はカイルに向けたものとは違う笑みを浮かべた。
「あたしはここでお店を開いているだけよ。何も問題は無いと思うけど？」
「それはどうだろうな？魔物が反魔物領の、それも王国の首都に潜んでいるだけで十分問題だと思うがな」
「別に良いじゃない。何か不都合が有るのかしら？」
「この街が穢れる」
私は剣を構え、攻撃態勢をとる。しかし、
「クレア、待った」
鉄線が私の腕に巻きつけられ、止められる。
「カイル、彼女は魔物だぞ！」
「知ってるよ」
「何！？」
私は瞠目する。この男は知っていて見逃しているのか！？
「知っているのなら何故見逃すんだ！？」
「騎士の仕事は『魔物を殺す』事じゃない『国の平和を守る』事だよ。魔物がこうして居座っていてもこの街は平和だ」
「――ッ！」
またこの男は！
「魔物が居れば平和は脅かされる！」
「彼女はここ十年はこの街で暮らしてるそうだけど、未だに不穏な出来事は起きてないよ？」
「いずれ起こる！」
「仮に魔物が原因で騒動が起こったとしても、それに彼女が関わってないのならそれはただの八つ当たりだよ」
「そうだとしても、放って置くのは良くない！」
「どうして？」
「どうしてもだ！」
「理由になってないよ」
全くその通りだ。しかし、私は自棄になって別の理由を考える。
「そもそもこの国に魔物が居て良い筈がないだろう！」
「この国の法律は魔物の居住を禁じてはいない」
「それは魔物が居ない事を前提とした法だからだ！」
「ねぇ？」
「何だ！？」
「どうしてそこまで目の敵にするの？」
「それは――！」
私は言葉に詰まった。
どうして目の敵にするのか、それは魔物が悪だからだ。
それを言いたかったのに出て来なかった。

何故こんな簡単な事が口に出せない！？

「……はぁ」
少し落ち着こう。
理由は恐らく、カイルにある。
彼の問いが私を追い詰めている。
彼の言動は、教会にとって良くない物が多い。
それは彼が《平等主義者》だからだ。
カイルの問いに答える度、自分がどれほど醜く意地っ張りで浅はかになっていくかが脳裏に描かれる。

だが、それでもだ。神にとって、私にとって魔物は――
「……魔物は悪だ」
カウンターで肘をついているジルが「大きく出たわね」と溜め息混じりに呟く。
「じゃあ、あなたは正義なの？」
「そうだ」
私は確固たる自信を持って答える。
そうだ。神に仕える私が正義ではなく何だと言うのだ。何の疑いも無い。
だが、それもカイルの一言で無残に崩れ去る。

「『誰かの正義は誰かの悪』」

「…………！」
「人の正義は、それを良く思わない人にとってはただの悪だ。例えば世の中の政治に嫌気がさして革命を起そうとする人が居たとする。でも、その人がそれを正義だと信じていても、それをされる政府側にとっては自分を脅かす悪でしかない」
「――――！」
この時、どれほどの衝撃を受けたか自分でも良く分からない。
「もしクレアが自分を正義だと信じて魔物を殺しても、魔物にとってはそうじゃない」
「――私は……！」
カイルはまるで山崩しの様に私の足場を削って行く。彼の言葉は私が信じてきた物を否定し、ズタズタにしていく。これ以上聞くのが怖い。耳を塞ぎたくなる。彼の笑みが、悪魔の様に恐ろしい。
「私は…………！」
「ねぇ、あなたの言う正義は、本当に――」

「はい、紅茶二つ。一応ここお客様来るんだから、あまりカウンター前で口論しないで頂戴」

ジルが紅茶が乗ったお盆を持って私達の間に入る。
「あ……、済まん……」
「――え？」
私はつい謝ってしまう。その様子にジルはキョトンとしてしまった。
「……あなた、相当参ってるみたいね」
「――あっ……！」
「はい、紅茶。疲れたでしょう、少し休めば？」
ジルはお盆を近くの机に置いた後、気遣わしげに紅茶を私に差し出す。
「……済まない」
少し癪だが、武装を解除し、礼を言って受け取り近くの椅子に腰を下ろす。
魔物に気遣われるとは、私も落ちた物だ。
「カイル君、流石に言い過ぎ。君の主張も最もだけど、もうちょっと慎重に言葉は選ぶ事。この様子だと相当傷ついてるわよ？」
困った笑みを浮かべたカイルをジルは叱りつける。
「えっと、ごめんね」
「私に謝ってどうするの！？この子に謝りなさい！」
憤慨したジルがカイルを私の眼の前に連れてくる。
カイルは気まずそうにしながらも反省した様子で謝罪する。
「ごめん」
私はふとカイルを見上げた。
「…………あっ」
彼の表情から、笑顔が消えていた。
そこにあるのは、申し訳なさそうに、そしてどこか悲しそうな彼の顔があった。
彼の顔から笑顔が消えるのを見るのは、これが初めてだ。
「…………」
私は何も言えず、ただカイルを見上げる。
暫くしてジルがカイルに声をかけた。
「とりあえず、本題に入りましょう。武器をお求めなら奥の部屋に主人がいるから、そっちで話を付けて」
「分かった。じゃあ、また後で」
いつの間にか笑みを取り戻したカイルは奥の部屋へと姿を消した。
「あなたはカイル君のパートナー？」
ジルは向かいの席に座り、私に話しかける。
「……そうだ」
自分でも声に覇気が無いのが分かる。さっきの言葉が相当応えたようだ。ジルに敵意を向けるのも疲れた。
「その様子を見る限り、相当大変な様ね。彼の相手は」
「全くだ」
知らず溜め息が出る。
「私はジル。ジル・オルギエ。主人と一緒にこの用品店を営んでるわ」
「クレアだ。今はカイルと共に騎士団に所属している」
「そんなの分かってるわ。ヴァルキリーがこの街に居る理由なんてそれくらいしかないもの」
「そう言う貴様は何故この街に？」
「主人の故郷だから。って理由じゃダメかしら？」
「本当ならな」
私はフッと笑いながら答える。するとジルは不思議そうに首を傾げた。
「あら、ならもう良いの？」
「考えてみればカイルの言っている事も最もだ。無暗に魔物を敵視するだけなら、そこらの悪人と何ら変わらん」
私が取り乱したのも、自分が悪人だと悟るのが怖かったからだ。心のどこかでカイルの言い分が正しいと思っていたからだ。
「そう。なら良かったわ。これで気兼ねなく主人とイチャイチャできるし」
安堵したジルの言葉に、少しばかり引っ掛かりを覚えた。
「詳しくは知らないのだが、魔物が女性の姿をしだしたのは魔王の代替わりが原因なのだな？」
「ええ、そうよ」
「なら、ただ代替わりしただけで、ここまで変わる物なのか？」
魔王の代替わり自体、何度か行われてきた事だが。魔物が姿を変えるのは珍しい事だろう。
「まぁ、変えようと思えば変わる物よ。魔王って言うのはそれほどの魔力を持っているし」
「そうなのか」
「でも、魔物が今みたいな姿になったのは、単衣に現魔王の理想の為よ」
「理想？」
私は首を傾げる。正直言って理想と言うよりは野望と言った方がイメージは合うのだが、その理想とは一体？
「ええ。魔王はね、人間と魔物を一つに統合しようとしているの」
「何？それはどう言う事だ？」
「そのままの意味よ。人間と魔物を一つの種族に仕立てようとしているの」
「何……！？」
「魔王はその手段として魔物を、いわゆる魔物娘に変えて人間を愛する、そして愛される存在に変えた。そして人間の男と子供を作らせ、幸せな家庭を築かせるの」
ジルは一息置いて続ける。
「つまり、魔王の理想って言うのは、魔物と人間が手を取り合い、愛し合う。そんな平和な世界を作る事なの」
「手を取り合い、愛し合う世界……」
彼女の話を聞いていると、それはまるで平和な世界を作ろうとしている様に聞こえる。いや、実際そうなのだろう。
もしかすると、魔王も《平等主義者》なのかもしれない。
「何だか、良く分からなくなってきたな……」
私は主神に遣える戦乙女。魔の手から人間を守るのが使命。
だが、当の魔物は平和を望み、人間と手を取り合おうとしている。
私達は、平和を望む魔の手を振り払い、滅しようとしている。

「まるで、主神様が悪人だとでも言うようだ」

それは、とても辛い。
敬愛する主が、悪人だなんて思いたくない。
主を、疑いたくない。


「お待たせ。終わったよ」
カイルが奥の部屋から戻り、会計を済ませ、そろそろ帰ろうと玄関口へ向かう。窓の外を見れば、既に日が傾き始めていた。
「またのご利用をお待ちしております。カイル君」
「うん。今度また来るよ」
「クレアも何か用があればうちにいらっしゃい。歓迎するわ」
あれから、ジルとはすっかり和解した。色々話し合う内に趣味が一緒である事が判明し、盛り上がったりもした。
魔物は悪ではない。そう思い改めたが、それでも私は主神を裏切りたくはない。その時になれば魔物を殺す事を躊躇わない。そう言うと、ジルは「そう」と頷き、紅茶を注ぎ足してくれた。
「そうか。ならまた来よう」
そう言って私たちは店を出た。振り向けばジルが手を振って見送っていた。


路地裏を進む途中の事だ。
ふと気になってカイルを尋ねる。
「そう言えば、君は何を買ったんだ？」
「企業秘密」
「何故だ？」
「手の内を明かしたら対策を取られるからね」
「む……」
それは、仕方がないな。
「なら、今度の訓練の時にでも拝むとするか」
「きっと驚くよ」
「それは楽しみだ」

宿舎に戻ればもう夜。
今日はオルガしか居なかった。エドナとシルビアは外で泊りらしい。
ベッドに戻り今日の事を振り返る。
そうして出た感想は、「なんだかんだで、複雑な一日」だった。

■作者メッセージ
え？って思った方も居ると思いますが、カイルは他人を呼ぶ時は「あなた」と言います。一話参考。

とうとう、クレアさん懐柔されました。
しかし、まだまだこれからな訳で。
ジルさんの種族はまた後程明かす予定です。
次回はワタヌキとオルガの休日イベントを書こうかと思います。