第九試合 軌跡と線
軌跡が走る。
青年がそれを避ける。
それの繰り返しだった。
だと言うのに、その光景は今までの試合の中でも一番の迫力を放っていた。
理由は一つ。ワタヌキの刀が、閃光が如き速さで幾つもの軌跡を生んでいたからだ。
「……何だ、あれは?」
思わず零れた呟きに隣に座っていたオルガが返答する。
「あれがワタヌキの剣。《言峰流剣術》よ。普通、ジパングの剣術は一太刀一太刀を極める《一撃必殺》が基本らしいんだけど、彼の剣術はその逆。一太刀終わってまた一太刀。それで間に合わなければ終わる前にまた一太刀。そうやって太刀をどんどん増やしていって、相手に攻撃の隙も与えないの。『攻撃は最大の防御なり』を体現した連撃の剣。それが彼の剣よ」
オルガが一本取られたのもそれが原因なのだろう。相手の剣を防ぐので手一杯で、徐々に増えていく太刀に遂に敗れてしまったのか。
「……恐ろしいな」
「それを全て避けきるカイルもとんでもないわね。汗の一つも掻いていないわ」
私はオルガに向けていた視線を再び剣劇の場に向ける。
不思議だ。あの剣劇なら私でさえ余裕がなくなると言うのに、カイルは微笑のまま、危なげも無く避けきっている。
縦の軌跡なら横に。横の軌跡なら下へ。斜めからは後ろへ。
それをただただ繰り返している。
攻める気配はない。ただ避ける事にだけ専念していた。
「体力が尽きるのを待っているのか?」
幾ら対処しきれない剣でも、持ち主の体力が尽きれば動きも鈍り、隙も生まれる。だが、オルガはそれを否定した。
「それはやるだけ無駄よ」
「何?」
「あの子はあのなりで尋常じゃない怪力と体力を持ってるの。ああやって剣を振るだけなら三時間は振り続けられる。素振りなんか毎日十時間もやってるのよ?他にやることはないのって言いたいわ」
「…………」
「それに、一試合三十分の時間制限なら、終始ワタヌキの剣劇が続くわ。あの子の怪力から言って剣を押し返すのも至難の業。はっきり言って、不意を突く事が出来ない限りワタヌキに勝つのは難しいわ」
試合が始まり早十分。ワタヌキの凄まじい剣劇は依然として続く。
この試合は勝敗を決める物ではなく、審査員が筋を見極める審査試合だ。勝敗が決すれば試合は終了するが、それが入団を決めるとは限らない。
しかし、こうも避けてばかりでは審査も何もないだろう。出来れば何か反撃をしてほしい所だが。
と、その時、
「――え?」
「……何?」
私達を含め、会場中の観客が疑問符を浮かべた。
ワタヌキが手を止めていたのだ。
構えていた剣を降ろし、真っ直ぐカイルを見つめワタヌキは問う。
「……何故、攻めて来ない?」
「え?」
その問いにオルガは思わず声を上げた。
気持ちは解る。あの剣劇で反撃できるほどの隙は一切ない。それなのにワタヌキは愚問と言っても良い様な問いをカイルに投げかけている。彼はカイルに何を見たのか?
「隙が無いから、かな」
笑ったままのカイルが答える。しかし、ワタヌキはその答えに納得していない。
「いや、貴殿はいつでも攻めて来れる筈だ。それだけの力はあるだろう」
「そうかな?」
とぼける様な返事。ワタヌキは眉を顰めた。
「そうだろう。貴殿には策がある筈だ。自分の太刀を破る策を」
「ええ!?」
「何だと!?」
今度は私も驚愕の声を上げざるを得ない。攻略不可能であろうあの剣を、どう破ると言うのか。
「どうしてそう思うのかな?」
「眼を見れば分かる」
「そっか」
「……だが、貴殿はそれを実行しようとしない。何故だ?」
「…………」
カイルは俯き沈黙した。俯かせた彼の顔は、上から見下す形になっている観客席からはその表情は窺えない。
いつの間にか、カイルの空気が僅かだが変わっていた。ただただ温和で無害だった空気は、ただただ温和で剣呑なものと化していた。
「ねぇ」
しばしの沈黙を、カイルは穏やかな声色で破る。
「何だ?」
「さっきの言葉は、本気?」
その問いを聞くと、ワタヌキはふっと笑った。
「ああ、殺す気でかかってこい」
瞬間、ワタヌキは再び走り出した。
再び軌跡が走る。
カイルはそれを避ける。
先程と違うのはカイルの移動距離が長くなっている事。それに伴い、逃すものかと軌跡も彼を追う。
「あれは、さっきと同じじゃないの?」
オルガの疑問はもっともだ。見ている分には先程と同じ。だが、私はもう明らかな違いに気づいている。
「……オルガ、耳を澄ませてみろ」
「耳?」
オルガは手を添え、耳を澄ませる。
直後、ピクリと眉が動いた。
「気づいたか?」
「えぇ、何か、プス、プスって音が聞こえる」
その音の方へ向けば、……何もない。
「何の音なの?」
「眼を凝らしてみれば分かるだろう」
「んん?」
身を乗り出し目を細めるオルガ。
すると、
「嘘……。あれ鉄線!?」
「そうだ」
光を反射する細い線。それは全て、カイルから放たれた鉄線だ。
正直、私も驚きを隠せなかった。出会ってからまだ一週間ほどとは言え、そんな物を隠し持っていたとは全く気付かなかった。
鉄線とは、読んで字の如く鉄の線だ。主に立ち入り禁止区域やプライベートな敷地に人間や動物などが入ってこないように、敷地の柵に巻きつけるなどして使用する物だが、カイルが使っているのは相手を拘束したり、罠を張る時などに使う暗殺用の暗器だ。
噂に聞いたことはあるが、実際に見るのは初めてだ。
「実在するなんてね……」
「見る限り、あれは物が切れる様には出来ていない。いや、糸で物が切れると言うのは流石に噂が肥大化しただけだろう」
カイルは目立つ行動さえしていないものの、何本もの鉄線を放ち、確実にワタヌキの行動範囲を狭めていく。
ワタヌキも鉄線には気づいているのだろう。もう何本か切り捨てているが、時折向けられる鉄線に気を取られ、高速にも拘らず間に合わない。恐ろしい速さで鉄線が放たれていく。
そして――
「――グッ!」
とうとうワタヌキは動きを拘束された。体には鉄線が巻き付き、前に出る事も後ろに下がる事も出来なくなっていた。
「これで、最後だよ」
カイルの手には、いつの間にか黒い《何か》が握られていた。彼はそれをワタヌキに向けている。
「――――!」
私は、思わず戦慄した。無骨の様で滑らかな《それ》は、見た目とは裏腹に危険な感じがする。
《あれ》を使わせてはいけない!
私が腰を浮かせ、カイルを止めようとした時、しかし《それ》から異様な破裂音が放たれた。
「そこまで」
審判の声が会場に響く。
私は背けていた眼を会場に向けた。
「――なっ!」
真っ先に眼に映ったのは一人の女性だった。
「あれは……ヴァルキリー!?」
そう、一人のヴァルキリーが、《それ》から撃ち出された金属塊を剣で防いでいた。潰れた金属塊が剣から離れ、地面に落ちる。
「あの審判、戦乙女だったのね……」
オルガが呆気にとられながら呟く。
その戦乙女は審判を務めていた女性だった。先ほどまでは武装していなかった彼女は、現在、青く輝く鎧を身に纏い、黄金の剣を手に武装していた。
「第九試合勝者、カイル・ウォーランス」
その掛け声と共に第九試合は終了した。
青年がそれを避ける。
それの繰り返しだった。
だと言うのに、その光景は今までの試合の中でも一番の迫力を放っていた。
理由は一つ。ワタヌキの刀が、閃光が如き速さで幾つもの軌跡を生んでいたからだ。
「……何だ、あれは?」
思わず零れた呟きに隣に座っていたオルガが返答する。
「あれがワタヌキの剣。《言峰流剣術》よ。普通、ジパングの剣術は一太刀一太刀を極める《一撃必殺》が基本らしいんだけど、彼の剣術はその逆。一太刀終わってまた一太刀。それで間に合わなければ終わる前にまた一太刀。そうやって太刀をどんどん増やしていって、相手に攻撃の隙も与えないの。『攻撃は最大の防御なり』を体現した連撃の剣。それが彼の剣よ」
オルガが一本取られたのもそれが原因なのだろう。相手の剣を防ぐので手一杯で、徐々に増えていく太刀に遂に敗れてしまったのか。
「……恐ろしいな」
「それを全て避けきるカイルもとんでもないわね。汗の一つも掻いていないわ」
私はオルガに向けていた視線を再び剣劇の場に向ける。
不思議だ。あの剣劇なら私でさえ余裕がなくなると言うのに、カイルは微笑のまま、危なげも無く避けきっている。
縦の軌跡なら横に。横の軌跡なら下へ。斜めからは後ろへ。
それをただただ繰り返している。
攻める気配はない。ただ避ける事にだけ専念していた。
「体力が尽きるのを待っているのか?」
幾ら対処しきれない剣でも、持ち主の体力が尽きれば動きも鈍り、隙も生まれる。だが、オルガはそれを否定した。
「それはやるだけ無駄よ」
「何?」
「あの子はあのなりで尋常じゃない怪力と体力を持ってるの。ああやって剣を振るだけなら三時間は振り続けられる。素振りなんか毎日十時間もやってるのよ?他にやることはないのって言いたいわ」
「…………」
「それに、一試合三十分の時間制限なら、終始ワタヌキの剣劇が続くわ。あの子の怪力から言って剣を押し返すのも至難の業。はっきり言って、不意を突く事が出来ない限りワタヌキに勝つのは難しいわ」
試合が始まり早十分。ワタヌキの凄まじい剣劇は依然として続く。
この試合は勝敗を決める物ではなく、審査員が筋を見極める審査試合だ。勝敗が決すれば試合は終了するが、それが入団を決めるとは限らない。
しかし、こうも避けてばかりでは審査も何もないだろう。出来れば何か反撃をしてほしい所だが。
と、その時、
「――え?」
「……何?」
私達を含め、会場中の観客が疑問符を浮かべた。
ワタヌキが手を止めていたのだ。
構えていた剣を降ろし、真っ直ぐカイルを見つめワタヌキは問う。
「……何故、攻めて来ない?」
「え?」
その問いにオルガは思わず声を上げた。
気持ちは解る。あの剣劇で反撃できるほどの隙は一切ない。それなのにワタヌキは愚問と言っても良い様な問いをカイルに投げかけている。彼はカイルに何を見たのか?
「隙が無いから、かな」
笑ったままのカイルが答える。しかし、ワタヌキはその答えに納得していない。
「いや、貴殿はいつでも攻めて来れる筈だ。それだけの力はあるだろう」
「そうかな?」
とぼける様な返事。ワタヌキは眉を顰めた。
「そうだろう。貴殿には策がある筈だ。自分の太刀を破る策を」
「ええ!?」
「何だと!?」
今度は私も驚愕の声を上げざるを得ない。攻略不可能であろうあの剣を、どう破ると言うのか。
「どうしてそう思うのかな?」
「眼を見れば分かる」
「そっか」
「……だが、貴殿はそれを実行しようとしない。何故だ?」
「…………」
カイルは俯き沈黙した。俯かせた彼の顔は、上から見下す形になっている観客席からはその表情は窺えない。
いつの間にか、カイルの空気が僅かだが変わっていた。ただただ温和で無害だった空気は、ただただ温和で剣呑なものと化していた。
「ねぇ」
しばしの沈黙を、カイルは穏やかな声色で破る。
「何だ?」
「さっきの言葉は、本気?」
その問いを聞くと、ワタヌキはふっと笑った。
「ああ、殺す気でかかってこい」
瞬間、ワタヌキは再び走り出した。
再び軌跡が走る。
カイルはそれを避ける。
先程と違うのはカイルの移動距離が長くなっている事。それに伴い、逃すものかと軌跡も彼を追う。
「あれは、さっきと同じじゃないの?」
オルガの疑問はもっともだ。見ている分には先程と同じ。だが、私はもう明らかな違いに気づいている。
「……オルガ、耳を澄ませてみろ」
「耳?」
オルガは手を添え、耳を澄ませる。
直後、ピクリと眉が動いた。
「気づいたか?」
「えぇ、何か、プス、プスって音が聞こえる」
その音の方へ向けば、……何もない。
「何の音なの?」
「眼を凝らしてみれば分かるだろう」
「んん?」
身を乗り出し目を細めるオルガ。
すると、
「嘘……。あれ鉄線!?」
「そうだ」
光を反射する細い線。それは全て、カイルから放たれた鉄線だ。
正直、私も驚きを隠せなかった。出会ってからまだ一週間ほどとは言え、そんな物を隠し持っていたとは全く気付かなかった。
鉄線とは、読んで字の如く鉄の線だ。主に立ち入り禁止区域やプライベートな敷地に人間や動物などが入ってこないように、敷地の柵に巻きつけるなどして使用する物だが、カイルが使っているのは相手を拘束したり、罠を張る時などに使う暗殺用の暗器だ。
噂に聞いたことはあるが、実際に見るのは初めてだ。
「実在するなんてね……」
「見る限り、あれは物が切れる様には出来ていない。いや、糸で物が切れると言うのは流石に噂が肥大化しただけだろう」
カイルは目立つ行動さえしていないものの、何本もの鉄線を放ち、確実にワタヌキの行動範囲を狭めていく。
ワタヌキも鉄線には気づいているのだろう。もう何本か切り捨てているが、時折向けられる鉄線に気を取られ、高速にも拘らず間に合わない。恐ろしい速さで鉄線が放たれていく。
そして――
「――グッ!」
とうとうワタヌキは動きを拘束された。体には鉄線が巻き付き、前に出る事も後ろに下がる事も出来なくなっていた。
「これで、最後だよ」
カイルの手には、いつの間にか黒い《何か》が握られていた。彼はそれをワタヌキに向けている。
「――――!」
私は、思わず戦慄した。無骨の様で滑らかな《それ》は、見た目とは裏腹に危険な感じがする。
《あれ》を使わせてはいけない!
私が腰を浮かせ、カイルを止めようとした時、しかし《それ》から異様な破裂音が放たれた。
「そこまで」
審判の声が会場に響く。
私は背けていた眼を会場に向けた。
「――なっ!」
真っ先に眼に映ったのは一人の女性だった。
「あれは……ヴァルキリー!?」
そう、一人のヴァルキリーが、《それ》から撃ち出された金属塊を剣で防いでいた。潰れた金属塊が剣から離れ、地面に落ちる。
「あの審判、戦乙女だったのね……」
オルガが呆気にとられながら呟く。
その戦乙女は審判を務めていた女性だった。先ほどまでは武装していなかった彼女は、現在、青く輝く鎧を身に纏い、黄金の剣を手に武装していた。
「第九試合勝者、カイル・ウォーランス」
その掛け声と共に第九試合は終了した。
15/02/18 08:17更新 / アスク
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