金曜日のオムライス
「ねえ、父さん。」
「どうしたんだい、咲。」
「聞きたいことがあるんだけど今いい?」
「ああ、いいよ。何だい。」
「父さんと母さんってとっても仲がいいし、お互いを深く理解しあっていると思うんだけど、何か思いもしなかったことで行き違ってしまったことってある?実は友だちが結婚して同棲を始めたんだけど、ちょっとした価値観の違いに驚いたり、言動で勘違いすることがあるって相談というかただの惚気話をされちゃって。」
「なるほど。」
「まあそんな話を半ばはいはいと聞き流していたんだけど、ふっと父さんと母さんにもそういうことってあるのかなって思ったの。」
「そう沢山ってわけじゃないけど、あるねえ。」
「父さんと母さんの間でも、やっぱりあるんだ。」
「そりゃあ、ね。惚れ合って結ばれた比翼連理の夫婦といっても、同一人物の二人組ってわけじゃないから勘違いや行き違いはあるものさ。」
「で、どんなことがあったの。」
「ぱっと思い出すものでいえば金曜日のオムライスとかかな。」
「え、なにそれ。」
「昔、まだ咲が生まれる前の話だよ。職場でオムライスの話題で盛り上がったことがあったんだけど、一頻り同僚たちと話をし終えてからしばらくして、母さんから晩御飯に何か食べたいものがありますかって連絡が来たから、久しく食べていなかったし、母さんの作るオムライスはとても美味しいからこれはもうお願いするしかないってことで頼んだことがあってね。そしてそれが金曜日だった。」
「ほうほう。」
「で、帰宅して着替えなどもろもろ終えて食卓につくと、出来上がったオムライスが目の前にあるわけだ。昔から母さんの作るオムライスは、咲も知っているようにケチャップではなくキノコとか具がたっぷり入ったデミグラスソースをかけるタイプで、その日の食卓にも二人分のオムライスとソースが用意されていた。そして母さんが暖めなおしたスープやサラダなどをよそうために台所にいたその瞬間に、ふっと父さんの脳内で悪戯心に光が灯ってね。」
「悪戯?」
「自分のオムライスだけではなく、母さんの分にもソースをかけ…そして母さんのオムライスにソースで大きなハートマークを描いたら我が愛しの奥様はどんなリアクションをするだろうか、と。」
「ハートマーク…。」
「どんな愛らしい姿を見ることができるだろうかと期待に胸を膨らませながらハートを描き終え、わくわくしながら待っていたら、何も知らない母さんがこちらにやってきて…」
「やってきて、どうなったの?」
「料理を載せたお盆を持ったまま、真っ直ぐにハートマークを凝視して真顔で微動だにしなかった。それだけさ。まあ、父さんが思うようなリアクションが返ってこなかったんだよ。」
「え、嘘。母さん喜ばなかったの?」
「父さんも程度の差はあっても喜んでくれるだろうと思っていたから驚いてね。動揺しながらどうしたのって聞いたら、頬を薄らと染めながらにっこりと笑ってただ一言分かりましたって言ったんだ。」
「分かりました…ってどういう意味?」
「父さんも意味が分からなくて聞こうと思ったんだけど、それなら一刻も早くご飯を食べてしまいましょう、腹が減っては戦はできぬ、腹ごしらえは大切ですものねって上機嫌の母さんに急かされてね。気にはなるけど、どうやら父さんの悪戯を喜んでくれているようだし、まあいいかと思って食事を始めたんだ。」
「それで話が終わればなんてことがないけど、その後なにがあったの?」
「まあ、端的に言ってしまえば…いつも以上に発情した母さんに土日の二日間ほとんど離してもらえなかった。それはもうたっぷり、ねっとりと絞られちゃったよ。あの二日間は、激しかった。」
「…なんで?」
「あのハートマークは父さんからのGOサインだと母さんは理解したそうだ。一切余計なことを考えず、この週末は愛し合おうじゃないかという合図だと。」
「…ああ。」
「休日を目前にした金曜日の晩御飯。そのタイミングでこんなことされれば、どんな魔物娘だって発情せずにはいられませんよって、下半身で拘束され耳元で甘く囁かれるのを聞きながら、改めて普段お淑やかで父さんを心の底から慈しんでくれる母さんが魔物娘だってことを痛感しちゃったよ。」
「………。」
「まあそんな話が金曜のオムライスなわけだが…どうかな、咲が聞きたいような内容だったかな?」
「…じゃなかった。」
「うん?」
「聞くんじゃなかった…やっぱりただ惚気話を聞かされただけだもん。」
「………ごめん。」
「どうしたんだい、咲。」
「聞きたいことがあるんだけど今いい?」
「ああ、いいよ。何だい。」
「父さんと母さんってとっても仲がいいし、お互いを深く理解しあっていると思うんだけど、何か思いもしなかったことで行き違ってしまったことってある?実は友だちが結婚して同棲を始めたんだけど、ちょっとした価値観の違いに驚いたり、言動で勘違いすることがあるって相談というかただの惚気話をされちゃって。」
「なるほど。」
「まあそんな話を半ばはいはいと聞き流していたんだけど、ふっと父さんと母さんにもそういうことってあるのかなって思ったの。」
「そう沢山ってわけじゃないけど、あるねえ。」
「父さんと母さんの間でも、やっぱりあるんだ。」
「そりゃあ、ね。惚れ合って結ばれた比翼連理の夫婦といっても、同一人物の二人組ってわけじゃないから勘違いや行き違いはあるものさ。」
「で、どんなことがあったの。」
「ぱっと思い出すものでいえば金曜日のオムライスとかかな。」
「え、なにそれ。」
「昔、まだ咲が生まれる前の話だよ。職場でオムライスの話題で盛り上がったことがあったんだけど、一頻り同僚たちと話をし終えてからしばらくして、母さんから晩御飯に何か食べたいものがありますかって連絡が来たから、久しく食べていなかったし、母さんの作るオムライスはとても美味しいからこれはもうお願いするしかないってことで頼んだことがあってね。そしてそれが金曜日だった。」
「ほうほう。」
「で、帰宅して着替えなどもろもろ終えて食卓につくと、出来上がったオムライスが目の前にあるわけだ。昔から母さんの作るオムライスは、咲も知っているようにケチャップではなくキノコとか具がたっぷり入ったデミグラスソースをかけるタイプで、その日の食卓にも二人分のオムライスとソースが用意されていた。そして母さんが暖めなおしたスープやサラダなどをよそうために台所にいたその瞬間に、ふっと父さんの脳内で悪戯心に光が灯ってね。」
「悪戯?」
「自分のオムライスだけではなく、母さんの分にもソースをかけ…そして母さんのオムライスにソースで大きなハートマークを描いたら我が愛しの奥様はどんなリアクションをするだろうか、と。」
「ハートマーク…。」
「どんな愛らしい姿を見ることができるだろうかと期待に胸を膨らませながらハートを描き終え、わくわくしながら待っていたら、何も知らない母さんがこちらにやってきて…」
「やってきて、どうなったの?」
「料理を載せたお盆を持ったまま、真っ直ぐにハートマークを凝視して真顔で微動だにしなかった。それだけさ。まあ、父さんが思うようなリアクションが返ってこなかったんだよ。」
「え、嘘。母さん喜ばなかったの?」
「父さんも程度の差はあっても喜んでくれるだろうと思っていたから驚いてね。動揺しながらどうしたのって聞いたら、頬を薄らと染めながらにっこりと笑ってただ一言分かりましたって言ったんだ。」
「分かりました…ってどういう意味?」
「父さんも意味が分からなくて聞こうと思ったんだけど、それなら一刻も早くご飯を食べてしまいましょう、腹が減っては戦はできぬ、腹ごしらえは大切ですものねって上機嫌の母さんに急かされてね。気にはなるけど、どうやら父さんの悪戯を喜んでくれているようだし、まあいいかと思って食事を始めたんだ。」
「それで話が終わればなんてことがないけど、その後なにがあったの?」
「まあ、端的に言ってしまえば…いつも以上に発情した母さんに土日の二日間ほとんど離してもらえなかった。それはもうたっぷり、ねっとりと絞られちゃったよ。あの二日間は、激しかった。」
「…なんで?」
「あのハートマークは父さんからのGOサインだと母さんは理解したそうだ。一切余計なことを考えず、この週末は愛し合おうじゃないかという合図だと。」
「…ああ。」
「休日を目前にした金曜日の晩御飯。そのタイミングでこんなことされれば、どんな魔物娘だって発情せずにはいられませんよって、下半身で拘束され耳元で甘く囁かれるのを聞きながら、改めて普段お淑やかで父さんを心の底から慈しんでくれる母さんが魔物娘だってことを痛感しちゃったよ。」
「………。」
「まあそんな話が金曜のオムライスなわけだが…どうかな、咲が聞きたいような内容だったかな?」
「…じゃなかった。」
「うん?」
「聞くんじゃなかった…やっぱりただ惚気話を聞かされただけだもん。」
「………ごめん。」
19/12/14 09:00更新 / 松崎 ノス
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