盆栽は危険、そう爆弾のように
山田利一の暮らす家にはささやかながら庭がある。
ガーデニングが趣味である利一がきちんと手を入れているために、季節ごとに様々な花々が美しく咲き誇る。
燃え盛るような濃く赤い花を風に揺らすサルビア。
紫がかった美しいブルーサルビア。
鮮やかで濃いピンク色の千日紅。
小さな星状の花弁が密集する淡い桜色のペンタス。
時季を迎えところ狭しと咲く花たちは、どれも生命が漲り見ごたえ十分だ。
それを保つためにはしなければいけないことが多いが、この光景を維持するためならば少しも苦になることはない。
「そろそろ休憩にしませんか、旦那様。」
そうして休日である今日も庭いじりに勤しんでいると、妻の春代が声をかけてきた。
「ちょうどいいしそうしようかな。今行くよ。」
その声に手を振って応えながら立ち上がる。
雑草抜きのため同じ姿勢を維持していたせいで固まった腰を叩きながら縁側に座ってコップに冷えた麦茶を入れている春代の元に歩いていく。縁側に腰かけ、春代から麦茶を受け取り口に含む。爽やかな飲み口と冷たさにほっと一息ついていると、その様子を微笑ましそうに見ていた妻が、視線を庭に移し口を開いた。
「梅雨の切れ間の日差しのお蔭か、咲いている花がどれも綺麗に見えますねぇ。」
「そうだねぇ。」
「ありがとうございます。旦那様のお蔭で、いつも綺麗な花をこうして見ることができて、うちはとても嬉しいです。」
そう言って花を見ながら微笑む春代の姿を見て、利一の胸に喜びが広がっていく。
趣味のガーデニングをするにあたって、植物を育てこうして花を見るのが好きではあるのだが、春代と出会って以来、利一のガーデニングの意味合いは変化した。育てた花を見て、気持ちを共有し、喜ぶ妻の笑顔をみることこそが、彼女と出会って以来主目的となっているのだ。だからこそ、いつだって作業に手を抜くことはない。
そんな利一の管理する庭には、ある特徴がある。
それは縦横無尽に咲き誇る全ての花々が、一年草ないし越冬できない種類であるということだった。
何故そうなったのかというと、それは春代と出会って間もないころに起こったある出来事に起因している。
「これは一体なんなんですか!?」
それは利一が出会ったばかりの春代を自室に招いた時のことだった。
それまで楽しそうに男の一人住まいを眺めていた彼女が、発見した途端血の気が引いたように青い顔をして指さしたものは、ベランダに置かれたいくつかの趣味で手入れしていた盆栽だった。今では庭いじりが趣味であるが、元々春代と出会うまでは盆栽が利一の趣味であったのだ。
「なにって…僕が世話している盆栽だよ。それがどうかしたの?」
「盆栽を世話するの、今すぐやめてください!!」
彼女は盆栽を、まるで敵のようにきっと睨みつつ言い放った。
「え、なんで!?」
「なんでってそんなんはっきりしてます!!あの盆栽がドリアードになってからじゃ遅いんですよ!?」
「へ?」
彼女の言っている内容がすぐに飲み込めずにいると、春代はずいっと顔を近づけ低い声で言葉を続ける。
「魔物娘がこれだけいる中で、街路樹だっていつでもドリア―ドに変化したっておかしくないのに、男である利一さんが、あなたの意思と感情を向けて世話したらどうなるかなんて深く考えんでも結果は明らかでしょう!?」
「そ、そんな…」
「うちからしてみれば…盆栽なんていつ爆発してもおかしゅうない爆弾にしか見えへんのです!!」
それまで大切にしていた盆栽であったが、同じ趣味を持つ友人に譲ることに抵抗は全くなかった。
そんな彼女と暮らしている自宅の庭に、一年草以外が生えることはない。
「次はなにが見ごろになりますかねえ。」
「うん、銭葵のつぼみがかなり膨らんでいたから、あと数日で見ごろになるだろうなあ。綺麗に咲いてくれるといいけれど。」
「うちはあの花がすきやから、たのしみやわぁ。」
そう言ってにっこり笑う春代の笑顔は、どの花よりも美しい。
そんな彼女の笑顔を見るために、もう一息作業を頑張るかとお茶のお礼を言って利一はいそいそと作業へと戻っていった。
ガーデニングが趣味である利一がきちんと手を入れているために、季節ごとに様々な花々が美しく咲き誇る。
燃え盛るような濃く赤い花を風に揺らすサルビア。
紫がかった美しいブルーサルビア。
鮮やかで濃いピンク色の千日紅。
小さな星状の花弁が密集する淡い桜色のペンタス。
時季を迎えところ狭しと咲く花たちは、どれも生命が漲り見ごたえ十分だ。
それを保つためにはしなければいけないことが多いが、この光景を維持するためならば少しも苦になることはない。
「そろそろ休憩にしませんか、旦那様。」
そうして休日である今日も庭いじりに勤しんでいると、妻の春代が声をかけてきた。
「ちょうどいいしそうしようかな。今行くよ。」
その声に手を振って応えながら立ち上がる。
雑草抜きのため同じ姿勢を維持していたせいで固まった腰を叩きながら縁側に座ってコップに冷えた麦茶を入れている春代の元に歩いていく。縁側に腰かけ、春代から麦茶を受け取り口に含む。爽やかな飲み口と冷たさにほっと一息ついていると、その様子を微笑ましそうに見ていた妻が、視線を庭に移し口を開いた。
「梅雨の切れ間の日差しのお蔭か、咲いている花がどれも綺麗に見えますねぇ。」
「そうだねぇ。」
「ありがとうございます。旦那様のお蔭で、いつも綺麗な花をこうして見ることができて、うちはとても嬉しいです。」
そう言って花を見ながら微笑む春代の姿を見て、利一の胸に喜びが広がっていく。
趣味のガーデニングをするにあたって、植物を育てこうして花を見るのが好きではあるのだが、春代と出会って以来、利一のガーデニングの意味合いは変化した。育てた花を見て、気持ちを共有し、喜ぶ妻の笑顔をみることこそが、彼女と出会って以来主目的となっているのだ。だからこそ、いつだって作業に手を抜くことはない。
そんな利一の管理する庭には、ある特徴がある。
それは縦横無尽に咲き誇る全ての花々が、一年草ないし越冬できない種類であるということだった。
何故そうなったのかというと、それは春代と出会って間もないころに起こったある出来事に起因している。
「これは一体なんなんですか!?」
それは利一が出会ったばかりの春代を自室に招いた時のことだった。
それまで楽しそうに男の一人住まいを眺めていた彼女が、発見した途端血の気が引いたように青い顔をして指さしたものは、ベランダに置かれたいくつかの趣味で手入れしていた盆栽だった。今では庭いじりが趣味であるが、元々春代と出会うまでは盆栽が利一の趣味であったのだ。
「なにって…僕が世話している盆栽だよ。それがどうかしたの?」
「盆栽を世話するの、今すぐやめてください!!」
彼女は盆栽を、まるで敵のようにきっと睨みつつ言い放った。
「え、なんで!?」
「なんでってそんなんはっきりしてます!!あの盆栽がドリアードになってからじゃ遅いんですよ!?」
「へ?」
彼女の言っている内容がすぐに飲み込めずにいると、春代はずいっと顔を近づけ低い声で言葉を続ける。
「魔物娘がこれだけいる中で、街路樹だっていつでもドリア―ドに変化したっておかしくないのに、男である利一さんが、あなたの意思と感情を向けて世話したらどうなるかなんて深く考えんでも結果は明らかでしょう!?」
「そ、そんな…」
「うちからしてみれば…盆栽なんていつ爆発してもおかしゅうない爆弾にしか見えへんのです!!」
それまで大切にしていた盆栽であったが、同じ趣味を持つ友人に譲ることに抵抗は全くなかった。
そんな彼女と暮らしている自宅の庭に、一年草以外が生えることはない。
「次はなにが見ごろになりますかねえ。」
「うん、銭葵のつぼみがかなり膨らんでいたから、あと数日で見ごろになるだろうなあ。綺麗に咲いてくれるといいけれど。」
「うちはあの花がすきやから、たのしみやわぁ。」
そう言ってにっこり笑う春代の笑顔は、どの花よりも美しい。
そんな彼女の笑顔を見るために、もう一息作業を頑張るかとお茶のお礼を言って利一はいそいそと作業へと戻っていった。
19/07/07 09:00更新 / 松崎 ノス
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