連載小説
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後篇
初めて悠二さんと交わってから一週間が過ぎた。
あれからお互いに一時も身を離さず求めあった。いや貪りあったと言う方が正解かもしれない。私の魔力によって彼は三日で完全にインキュバスとなり、それから四日間は昼夜休みなく犯し、犯された。思い出すだけで体が甘く疼くほどの愛を彼は私に注いでくれた。そのおかげか、一本しかなかった私の尻尾も一気に四本まで増え、今まで使えなかった妖術や力が体に溢れてくる。

そんな私は今、彼の家で留守番をしている。何でも一週間も無断で大学を休んでしまったので、さすがにそろそろ顔を出さなくてはいけないのだとか…。私にとってはそんな事をせずに、少しでも私と交わって欲しいと思うけれど、音楽の道は彼の夢。彼の思いを優先させてあげなければと思い、ぐっと我慢する。ただ、いつかは自分と愛を交わす事が何よりも最優先となるように誘惑を重ねることも同時に心に誓う。

そんな今、私や彼がいるこの世界は急激な変化を迎えていた。否、元の姿に戻っていったと言うべきか。
今まで存在しないと思っていた魔物や妖怪が巷に溢れ、私たちのように愛を囁き合っている。それは人間にとっては一週間前までは信じられない光景であったが、魔物にとっては待ちに待った光景でもあった。

この世界は魔王様が世代交代して幾百年が経っている。そこでは沢山の魔物娘が人間と愛を育み、世界は魔王の思惑通りに進んでいた。しかし、いつの世も計画に誤差は生じてしまうもの。

「人間の不足。」

そう、この世界では人間の数が圧倒的に少なくなっていた。
魔物娘と交わった、もしくは魔力や毒を送り込まれた男は、彼のように例外なくインキュバスとなり、そうなってしまっては例え人間の女と子を成しても人間の子供は生まれない。その全てが魔物娘として生を受ける。当初の計画では、インキュバスと魔物娘との子供はオスが人類、メスが魔物娘となるはずだった。だが人間と魔物を対立させる設定、神の創りだした憎き設定が邪魔をした。

元々魔物娘は子供が出来にくい存在ではある。しかし、それでも常日頃交わり続ければ嫌でも愛しい子供を授かる。その結果、魔物娘は増え続け、人間は減少の道をたどった。

勿論、魔王もその状況に何もしなかったわけではない。何としてもその神の設定が覆るように手を尽くしていた。そのために魔物たちを積極的に交わらせ、少しでも魔界を広げ地震の設定を強めるために、自身も率先して夫と交わった。

その計画自体は順調ではあったが、増え続ける魔物娘も魔王を悩ませる問題の一つだった。
増え続ける魔物の中には父親や、既婚者に求婚し一夫多妻を形成してものもいる。しかし、独占欲が強かったり、我が子にさえ嫉妬してしまうほど嫉妬深い種族はそういうわけにはいかなかった。そうなれば自然と未婚の魔物が溢れ、状況が悪化すれば男を奪い合う争いが起きかねない。

愛するものと出会うことのできない苦しみ。魔王は愛しい同族である彼女たちにそんな思いを決してさせたくは無かった。

そこで魔王と彼女の側近たちが考えたのが、ローテーションを決めて魔力で魔族が侵入できない異空間で特定の地域を隔離し、そこに既に少なくなっていた人間を集め人間の数が増えるのを待つという計画だった。よく言えばノアの箱舟、悪く言えば人間の『養殖』

元人間であるインキュバスや魔物化した魔物娘たちからこの計画に反対するものが出ることも彼女たちは考えていたが、それは杞憂に終わる。ひとえに彼らは魔物娘がもたらす快感と幸福が、そのようなちんけな人間の倫理など粉砕する事を身を持って知っていたからである。

そして計画は実行に移れた。リリム、エキドナ、ヴァンパイア、ファラオ、ドラゴン、稲荷、龍など種族的に強力な魔力を持つ魔王の側近たちの、錚々たるメンツがその計画に惜しみなく自身の力を注いだ。ただ、力を注いだと言っても特別なことをするわけではなく、魔王の元に集まり、ただひたすら夫と交わり魔力を魔王に送るといった、ある意味魔物娘たちの日常でしかなかったのだが…。

そのメンツの三人ほどいた九尾の稲荷の一人…静華の母である鏡華も計画に参加していた。
「ちょっと旦那様と魔王様助けてくるわ〜。」とまるで近所に買い物でも行くかのようなノリで計画の概要と参加を言われたのを静華は今でもよく覚えている。

暫くしてその計画がジパングで始まり、発生した異空間付近の未婚である魔物娘たちに募集がかかった。それはその計画に参加するものを募るものだった。

その売り文句としては、計画に参加すれば夫婦となる男性を早く見つけ独占する事ができるというもの。これは先ほどあがった独占欲の強いもの、嫉妬深い魔物娘にとってはとても魅力的な提案だった。
ただ、その異空間では魔物としての能力や力(ほとんど(ただしある目的に使う力は残される)を失い、存在も人間が感知出来ないほど弱くなる。そして一度計画に参加すれば、早くて十年、長くて三十年近くその異世界から抜け出す事ができないなどリスクも多くあった。

しかし、魔王が考えるよりも多くの魔物娘が参加を申し込み、私も計画に参加する事を決めた。
昔から母様と父様の睦みあう姿を見て育った自分は、自然とそのような夫婦関係に憧れを、自分も成長し父様のような素敵な殿方と出会い一生をかけて奉仕する―――そんな夢を持っていた。だから計画に参加する事に迷いは無かったと思う。むしろ楽しみの方が強かったようにすら思う

それが今からちょうど25年前の事。

だが、参加して直ぐに私は後悔をする羽目になる。
その異空間で稲荷や白蛇、龍のように元々ジパングで信仰を集めたような魔物は神社にその身を封じられた。そこで参拝客を見極め、良きものがいればそれに唾をつけるというのがセオリーだった。配置される神社は異空間に入る時のくじ引きで決められ、変更は無いと事前に聞かされていた。

そんな中私が引いたのは参拝客のほとんどいない寂れた田舎の社だった。
最初は何かの冗談かと思った。きっと母様あたりが私をからかっているのだと。だがそれは冗談でも嘘でもなかった。
それから自分のくじ運の悪さとどうしようもない現実に何度となく後悔する日々が始まった。

そして計画に参加して数年経ち半ば全ての事を諦め始めた時、私の元に彼が、関悠二が参拝するようになった。

彼の存在がどれほど自分の心に潤いを、心の支えになっただろう。そしてその存在に熱を上げるのに時間はかからなかった。まだ幼いながら必死に手を合わせ、挨拶してくる姿を見て心がときめいた。彼が来ない時には一日中彼の事を考えるようになった。少しずつ、だが確実に男として逞しくなっていく彼に欲情していったい何度自分を慰めただろうか…。

そんなある日、私はついに自分をおさえる事が出来ず、彼に想いの丈をぶつけることを心に決めた。
想いを遂げる方法…それは異空間でほとんどの魔力を奪われた魔物娘たちに残された僅かな魔力を使用するものだった。それは自らを具象化させたものを思い人に見せ、自分の魔力を纏わせるというもの。その男が自分の標的であると定めた事を他の魔物娘たちに知らしめる行為でもあった。機会は一回。普通であれば多数いる参拝客からじっくりと選び行う行為であったが、私には彼しかいなかった。

そして私は彼の前で姿を現し、初めて対面した。白い狐の像を通してだったが、彼と言葉を交わす事が出来て嬉しかった。彼が私の言葉を聞いてくれる、私の言葉に答えてくれる。今まで当たり前と思っていたことがこんなに嬉しいものなのだと強く思ったのを今でもよく覚えている。

だが、そんな時間は本当にあっけなく終りを迎える。私の思いも私の名前さえも伝える事が出来なかった。それでもなんとか彼に私の魔力をつけることと、これからも参拝してくれるように願い出ることは出来た。

それからは只管、ただ只管に時間が経つことを願った。
彼が来るよりも前の日々も長く感じたが、それ以降の日々はそれと比べ物にならないほど長く、きついものだった。
目の前に愛しいオスがいる。そのオスは私との約束を守り律儀にも毎日会いに来てくれる。なのに触れることも、ましてや声をかけることすらできない。私の中の魔物娘としての性はオスを求め疼き、女陰はまるで涙のように愛液を流し続けた。

生き地獄を耐えに耐え、気がつくと10年の月日が流れていた。
その数年前から彼は上京してしまい、姿を見る事さえできなくなっていた。今思い返せばよく我慢できていたと思うほど私は追い詰められていた。視界は涙に濡れかすみ、口からは喘ぎしかもれず、体は絶頂による痙攣が収まることなく起こる。

そんなある日、かすんだ私の眼にピンクに染まる空が映った。最初はそれが幻想だと思った。ついに自分はあの人を思うがあまり気がふれてしまったのだと。だが、そこで私は違和感に気がつく。私は何時も眺めていた社へと続く石畳に実態を伴って横たわっていたのだ。

ピンク色の空―――それは魔王から魔物娘への合図だった。
「人間が十分な数に達した。心置きなく襲っちゃえ☆」
それがあの空の正体だ。そしてその合図と共に、恐ろしいほど魔物娘たちの魔力の流れを感じた。おそらくは自分と同じように標的を定め、愛に悶えていた者達が解放されたのだろう。
その魔力の流れを感じた瞬間、私の体に力がみなぎった。

「早くあの人の元に向かわなくては。」
その一心だった。正直、道中の事はあまり覚えていない。自らが託した自分の魔力を感知し、移動用の魔力を自分にかけただがむしゃらに走り、走り、走りぬいた。そして私は彼の下宿先にたどり着き、部屋に上がり込んだ。気持ちとしては一刻も早く彼の元へ向かい、例え襲うような形になっても想いを遂げたかった。しかし、あの優しい彼を想うと無理やり想いを遂げたくは無かった。




―――そしてついに私は想いを遂げる事ができた。




「ただいま。」
玄関からあの人の声がする。嬉しさのあまり走って玄関に向かう。
「御帰りなさいませ、悠二さん。早かったのですね!!」
「うん。実は大学が臨時休業でひと月ほど休みになっていたんだって…。」
「あら、それはそれは。」
「本当に何もかも魔物たちの手の上で転がされていたんだね。」

現にあの合図があって直ぐに政界、財界などは魔物娘たちによって一日もかからずその機能を全て掌握された。

そしてこの世界のからくりを私は正直に話した。そうしなければ説明できない部分があったし、彼に嘘をつきたくは無かった。
もしかしたら嫌われるかもしれない、魔物娘という存在に畏怖を彼が感じてしまうかもしれないと心の底から恐怖したが、それは杞憂に終わる。
『でもそれだけ魔物たちが僕たち人間を愛してくれているってことなんでしょ?それはとても嬉しい事だと思うよ。ありがとう。』
そう言って不安におびえる私を強く抱きしめてくれた。

そのせいで私が暴走し、彼が気絶するまで精を搾り取ってしまったのは今となっては笑い話だ。

「というわけで…」
「ふふ、というわけで…なんですか、旦那様?」
「だ、旦那さまって!!からかわないでよ…」
「あら、これだけ愛してくださったのに、悠二さんは私を妻にはしてくださらないのですか?」
「そんな上目づかいで言うなんて反則だ。」
「そ・れ・で…私の愛しい旦那様は私になんの御用ですか?」
「その、もし静華さんがよければ…」
「なんでしょう?」
「朝の続きをしない?」

反則なのはそっちの方です、悠二さん。顔を真っ赤にしてうつむきながらおねだりされたら、断れるはず無いじゃないですが。
「うむ…ちゅ、ちゅう。」
唇を奪う事で答えを示す。


ああ、悠二さん私は
この閉ざされた世界で
あなたと出会う事が出来て

―――幸せです。








13/03/20 07:51更新 / 松崎 ノス
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■作者メッセージ
これで長編としてのこの二人の物語は終了です。ただ、この二人で考えているシチュエーションや書いてみたい文章があるので、読み切りで書いてみようかなと思っています。

書いてみて実力不足を痛感しますが、少しでも自分が表現したかった世界が読んでくださったみなさまに伝わることを願います。

長い文章でしたが、最後まで読んでいただきありがとうございました!!

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