読切小説
[TOP]
素顔の君も愛してる
「夏風邪ですね。」
「妻は、春代は大丈夫なんでしょうか!?」
「ええ。軽度ですが熱中症の影響もあって熱はかなり高かったですが、即効性の薬と点滴を処方しましたのでご安心を。既に熱はかなり下がりました。念のために今日一日はこちらに入院していただきますが、この調子ですと数日しっかり栄養をとって安静にすれば大丈夫でしょう。」
「分かりました。何か食べやすいものを買ってきてしっかりと看病してあげようと思います。」
「ええ、そうしてあげると良いですね。旦那様の愛が何よりの妙薬となるでしょう。ではお大事に。」
「ありがとうございました。」


白衣を着た医師であるサキュバスが退出し、山田利一は緊張の糸が切れたのか一つ大きな息を吐いた。

事件は一時間前に起きた。
彼の妻である白蛇の春代が自宅で突然倒れたのだ。
庭の木を剪定していた利一は家からドサリと何かが倒れる音がしたので心配になって家の中をのぞいてみると、台所で妻が蹲っていた。
急いで駆け付けてみるが既に彼女の意識は無く、明らかに異常だと分かる赤い顔や普段は少し冷たいくらいの彼女の体温とは比べられないくらい熱い体温、そして苦しそうにあえぐ姿は否が応でも利一を焦らせた。

倒れている妻を見つけた利一は一瞬だけ我を忘れたが直ぐに冷静になり、救急車を呼んだ。
意識を失い、かなりの重さを誇る妻を数人の救急隊員と共に火事場の馬鹿力でなんとか車に乗せて直ぐに病院に担ぎ込んだ。
医師の診断を聞くまでは最悪の事態や深刻な病気が頭をよぎって仕方なかった。だが、
「夏風邪、か…。」
一先ず今まで自分が想像した大病が杞憂に終わりほっとした。
「夏だし、知らないところで疲れがたまっていたのかもしれないな。よし日ごろのお礼も兼ねてしっかり看病しなければ!!」
何時も献身的に尽くしてくれる妻の元気な姿を思い浮かべつつ、利一は寝息をたてる春代の髪をそっとなでながら決意する。

とりあえず、妻が目を覚ます前に何か口に入れるものを買ってきてあげるかと思い立ち、利一は個室の扉を音がたたないように静かに開け、注意しながら退出した。


「まあ、ベタかもしれないがいいよな…。」
とりあえず近くにスーパーがあったので適当に買い物を済ませた。
リンゴにホルスタウロスのミルクとヨーグルト、そしてプリンと我ながらベタなものばかりだと思ったが、他に良いものが浮かばずにそれらを買って戻ってきた。
「………スゥ。」
音をたてないようにそっと個室に戻ると、出る時と変わらず春代は穏やかな寝息をたてて眠っている。
そのことに安堵しつつ、備え付けられた冷蔵庫に買ってきたものを入れ、静かに椅子をベッドに引き寄せ彼女の枕元に座る。
「それにしても綺麗な寝顔だな…。」
実を言うと、寝ている春代を見るのはそうそうないことだった。
夫婦になって何年もたつが、妻は結婚当初から自分より早く起き、自分より遅くに寝るという生活を頑なに守っている。

「そんなにしてもらって申し訳ないよ。大変でしょ?」と一度だけ言った事があるが、
「旦那様に奉仕するのが大変なわけないやん〜。好きでそうしとるんやから!!」と眩しいくらいの笑顔で言われたものだ。

そんな彼女の無防備な寝顔が新鮮で、しかし利一はなんだか急に不安になりそっと妻の頭に手をのばす。
彼女の美しく白い髪をそっとなでる。幼い頃自分が同じように風邪をひいて寝込んだ時、母がこのように頭を撫でてくれた。ただ頭をなでられただけなのに不思議なほど辛さや不安が癒されたのをよく覚えている。
妻は意識を回復していないので効果があるかは分からないが、今自分に出来ることはこれくらいしかなかった。
妻の額は既に普段の体温に戻り、熱くは無かった。

しばらくはそうやって彼女を起こさないように髪を撫でていたが、ふと彼女が汗をかなりかいている事に気がついた。
そこで利一はハンドタオルを水道で濡らし汗を拭いてあげることにした。
しっかりと水気をきったハンドタオルでまずは顔を優しく拭いていく。
彼女の皺やニキビ一つない美しく純白の額や頬、だいぶ血の気が戻ってきた美しい唇をそっとなでるように拭いていった。
一通り顔を拭き終わり、一瞬ためらったが肌蹴た和服から覗く胸元もそっと拭いた。
「だって、ほら。汗をかいて気持ち悪そうじゃないか。うん。」
そう、強く自分に言い聞かせた。
「ん…んぅ…」
春代はハンドタオルに残った水道水の冷たさがくすぐったいのか、はたまた利一の手つきがいやらしかったのか妙に艶っぽい声を上げる。
妻のかぼそく妖しい声を聞き、目の前で無防備に寝姿をさらす姿にむくむくと利一の中で煩悩と下半身の分身が膨らむが、インキュバスの矮小な理性を振りしぼりなんとか自分の中に抑え込んだ。

そうして彼女が目覚めるまでの数時間、そっと側によりそっては汗をふくことを繰り返しながら利一は懸命に看病を務めた。


「…ん、こ、こは…?」
「ああ、目が覚めたんだね。よかった。ここは病院だよ。」
「病院…?」
「ああ、覚えてないかもしれないけど倒れたんだよ、春代。」
妻が目を覚ましたのは既にかなり日が傾いたころだった。
気だるそうに瞼をあげ、見知らぬ部屋で寝ている現状を理解できていないのか妻はぼんやりと利一を見つめ返す。
「夏風邪、だってさ。数日しっかりと休めばすぐに元気になるってお医者様が言っていたよ。」
「…。ずっと側にいてくれたん?」
「ああ、いつも世話をかけっぱなしだからね。今日から数日はしっかり看病してあげるさ!!」
「ありがとう。ようい、しょっと…。」
「ああ、急に動いちゃ駄目だよ。ほら支えてあげるからゆっくりと、ね。」
妻はだいぶ現状が理解出来てきたのか、頭を重そうにふりながら起き上がろうとする。だが、まだ体が言う事をきかないのかふらふらと揺れる。その危なっかしい姿を見ていられず利一はすぐに春代の体を支える。
「ありがとぉ…。体はだるいけど、気分はそんなに悪うないなあ…。」
どうやら利一が考えていたより妻は元気そうな様子で安心した。起き上ったことでよりいっそう顔の血色がよくなった妻の方に手を起きつつ声をかける。
「何か食べるかい?」
「…何があるん?」
「うーんと、リンゴにミルク、ヨーグルトにプリン。あはは、ベタでごめんよ〜。」
「ふふ、旦那様らしいチョイスやね。」
「さあ、どれを御所望ですか、奥様?」
「うーん、じゃあミルク。」
「了解、今入れるから待ってて。」

「ありが……!?」

「はい、お待たせ〜って春代?」
病室に置かれた紙コップに香りのいいミルクを入れて彼女に差し出す。
しかし、彼女は見た事が無いほど目を大きく見開き、口を戦慄かせて固まっていた。何事かと思って彼女の視線の先にあるものを見るが、あるのは鏡くらいで特に変わったものは無い。その鏡には驚愕の表情を浮かべた春代と困惑する利一が映っている。
「どうしたのって、うわっ!?」

「いやああああああああああああああああああああああああああああ!!」

だが、春代は突然悲鳴を上げ、先ほどまでふらふらしていたとは思えないほど機敏な動きで尻尾を上半身に巻きつけ、布団をかぶって丸まってしまった。
「ちょ、ちょっと春代!?」
「旦那様…。」
何がなにやら全く分からず、とりあえず春代に話しかけてみるが、想像以上にトーンの低い冷たい声が返ってきた。
「はい。」
「寝ているうちに何をしたん…。」
今まで聞いた事のないような恨めしげな言葉にドキッとするが、ここまで過剰な反応をされるようなことをした覚えはない。
「寝ているうちに何をしたんっていっちょるんよ!!」
「べ、別に変な事なんてしてないよ!?」
明らかに先ほどに比べ怒気が込められた言葉に焦りつつ答える。
「……嘘。」
「嘘じゃないさ。君が寝汗をかいていたから気持ち悪いだろうと思って水を絞ったハンドタオルで拭いただけだよ!!」
「………!!」
別にやましいことではないので自分のしたことを素直に口にすると、妻は何かを悟ったのか更に布団をとぐろに巻きこみつつ小さく丸まっていった。これでは布団をひきはがすことはできそうにない。

「どうしたんだよ、まさか具合でも悪いのかい?」
「……シクシク。ッスン。」
わけがわからず混乱する利一の耳に届いたのは、なんと泣き声だった。
「そんなに具合が悪いの?」
「…違う。」
「じゃあ、どうしたっていうんだい。」
「…られた。」
「え?」
「…見られた。」
「ごめん、なんて言ったか聞こえないよ!!」
だが、鼻が詰まり震える声はいつもの快活な彼女とは正反対のモノで非常に聞き取りにくい。すると、姿は見えないが、春代は利一の態度に腹をたてたのか、病人らしからぬ大きな声を張り上げた。

「旦那様に素顔を、スッピンを見られたって言ってるんよ!!」

「……え、スッピン?」
今度こそ間違いなく、春代の発した言葉もその意味もしっかりと利一に届いていた。しかし、想像もしていなかった言葉に直面し、すっかり利一はたまげていた。ただ、彼女の言葉で先ほど何故妻があれだけ驚いていたのかという事だけは分かった。きっと春代は見てしまったのだろう。目の前の鏡に映るスッピンの自分の顔を。

「うちはなあ、旦那様と結婚した時に心に誓った。絶対に旦那様の前では美しくあろうって。例えどんな時でも旦那様より早く起きてちゃんと化粧して、綺麗な着物をきて。そして旦那様が寝てからこっそり化粧を落として寝る…そんな旦那様が誇れるような妻になろうって!!常に旦那様が愛してくれる妻になろうって!!!」
だが、春代は呆けている利一とは対照的にこもった布団の中でありったけの力を振り絞って叫ぶ。
「やけど、もうそれもおしまい…。お風呂では何時も防水の魔法をかけて凌いでたけど、何の仕掛けもしていない顔をタオルで拭かれたらどうしようもないやん…素顔を見られてしもうた、よりにもよって誰よりも見せたくない旦那様に…。うちの夢も誓いも何もかもおしまいや!!うう、うわああん。」
そう一気にまくし立てた後、声をあげて泣き始めた。まるで幼い子供が泣くようにわんわんと。泣くのはそれだけ彼女が本気で悲しんでいると言う事なのだろう。

「春代。顔を見せて。」
そんな春代に向かって利一は自分のできる最高に優しい声で話しかける。今すぐに彼女の誤解を解いてあげたかった。
「いやや。これ以上嫌われたくない…。」
「大丈夫だよ、だから…ね?」
「い・や・や、絶対にいやや!!」
「いいから、顔を出して!!」
「!!」
このままではらちが明かないと方針を切り替え、彼女に対して一度も使った事のないような鋭い声を上げる。すると春代は布団の中で一度びくっと大きく跳ねた後、意を決したようにそうっと布団をまくりあげた。

「捕まえた!!」
「ひゃう!?」
その隙間が閉じないうちにさっと腕を差し入れ、彼女の顎と頬を両手でつかみ布団の外へ引っ張り出す。
春代は一瞬抵抗しようと体に力を込めるが、夏風邪で体力を消耗していることに加えこれ以上夫を失望させたくないという思いから素直に従った。

春代の顔には幾筋もの涙の跡が残り、必死にこすったのか目は赤くはれ上がっている。だが、そんなことは今の利一にとっては何の問題も無かった。
「これから言う事は全て本心だよ、いいね。」両手で彼女の顔を捕まえたまま目を見据え言葉を伝える。
「はい…。」
一方の春代はまるで死刑判決を言い渡される被告のように真っ青になっている。

「確かにいつも綺麗に着飾って、お化粧バッチリの春代は美しい。けどね、僕からすれば素顔の君は僕が知る誰よりも美しいし、その一面を知る事ができて嬉しいよ。なんだか、やっと本当の君を愛する事が出来たような気がしてさ。」
そう言って彼女の張りのある美しい唇にそっと口づけを落とす。利一の言葉が伝わったのか、口づけによって愛が伝わったのかは分からなかったが、春代は今まで青ざめていたのが嘘のように頬を桜色に染めた。
「んちゅ…それ、本当なん?」
「ああ、本当さ。まだ信じてもらえない?」
「うん。」
聡い妻の事だからおそらくは、というか確実に利一の真意を理解しているはずだが、唇を突き出してわざと拗ねたような声で利一を誘う。
「じゃあ…どうすればこの想いを信じて貰えるのかな?」
「うちを、い〜っぱい愛してくれたら信じます…♡」
「お安い御用さ♡」
そういって静かに瞼を閉じた春代にキスしようとした瞬間、個室の扉が勢いよく開けられた。そこには一人のサキュバスが肩をいからせながら立っている。春代の診断をしてくれたあの医師だ。

「そこまでよ、お二人さん♡」
医師は満面の笑みとこめかみに青筋を浮かべながら二人にゆっくりと近付く。
「大きな声がしたって言うから心配になって駆けつけてみればなんですか♡」
「せ、先生?」
「ここは病院です!!そういうことは体調を万全して家かラブホテルかどっかの公園で行ってくださいね♡」
「「はい…。」」
あまりの迫力に二人とも反抗の意思を完全に奪われただ頷く。

「私の目が黒いうちはこの病院内でリア充どもの好き勝手にはさせんぞこらぁ!!!」

こうしてしずかな病棟に今日も孤独な医師の声がこだましたのだった。


ちなみに春代は数日後に無事夏風邪は完治し、はれて素顔のまま旦那様の愛を一心に受け止めたという。


おしまい
13/08/09 07:20更新 / 松崎 ノス

■作者メッセージ
魔物娘が夫にスッピンを見られて恥ずかしがるというシチュエーションを書きたくて書きなぐっただけです。

ただ、魔物娘の場合は化粧といってもほんの少しファンデーションを塗ったり、唇に紅をさすくらいだと思いますが(笑)。

しかし、中身もオチも無い(笑)!!

本当にすみません。

TOP | 感想 | RSS | メール登録

まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33