月に唄えば
「勲、今帰ったぞ〜。」
玄関から妻の元気な声が聞こえてくる。
描きかけの、完全に行き詰った絵にこれ幸いと別れを告げて玄関に向かう。玄関には一人の女性が大柄な体を窮屈そうに屈めながら靴を脱いでいた。
「お帰り、あやめさん。」
「おう。今日も無事に帰って来たぜ!」
靴を片づけ、女は男に向き合う。目つきが少し険しくやや強面だが、愛しい夫の姿を確認して安心したのか、柔らかい笑顔が浮かぶ。
「お疲れ様。お風呂も食事の準備も出来ているけどどうする?」
「んあ…じゃあ今日は汗かいたから先に風呂にすっか。」
「じゃあ、その間に食事の準備をしておくから入ってきてね。」
「あ?」
「ん?」
「お前も俺と一緒に入るんだよ!!」
「!?」
「疲れて帰って来た妻の背中を流してやるくらいの甲斐性を見せやがれ♪がははは。」
「そ、そんなあああ!!」
むんずと首根っこを分厚い手でつかまれ、彼女の夫である宮本勲はずるずると風呂場へと引きずられて行く。
妻の豪快な笑い声と夫の弱々しい声が静かな玄関に木霊した。
「ふん、ふっふ、ふんふん、ふ〜ん♪」
「痒いところはありませんか、奥様。」
「ねえよ、極楽だ♪このまま頼むぜ〜旦那様。」
檜の香る広くは無いが狭くもない風呂場に鼻歌が反響する。
ご機嫌に鼻歌を歌う彼女の名前は宮本あやめ。勲の妻だ。職業は宮大工で中世より続く宮本組の棟梁でもある。神社仏閣の修理・建造を主に仕事とし、確かな腕と誠実な人となりは同僚たちからの信頼も篤い。
一方、あやめの広く筋肉質な背中を洗っている勲は画家として生計を立てている。画家といっても専ら小説などの表紙や挿絵ばかりだがありがたいことに仕事や注文は途切れずに続いている。長年にわたってわざわざ勲を指名してくれる馴染みの小説家が何人かいるのは幸せな事だ。
「そういや今日の晩はなんだい?」
「あやめさんが食べたいって言ってたから餃子にしてみたよ。」
「勿論、肉たっぷりだよな?」
「うん。いつも通り。」
「おっしゃ!!」
「こら、背中を洗ってるんだから大人しくしてて。」
「お、悪いな。つい嬉しくってよ♪」
現在、大工として朝早くから忙しく現場を行き来するあやめと違い職業柄家に籠りがちな勲が主に家事全般を担当している。元々料理や掃除も苦にしない性格だったから特に問題もなく現在の生活スタイルに落ち着いた。
そんな二人が出会ったのは一年前。
馴染みの小説家に挿絵を頼まれた勲は、作中に登場する宮大工を描くため宮本組に取材に訪れた。その際、工房内の案内や仕事の説明をしたのがあやめだった。最初に出会った時、目つきがするどく人を寄せ付けないような雰囲気に緊張したのは今となっては笑い話だ。
鉋を一かけするごとに匂い立つ木の香り、大工の大切な道具を錆から守るツバキ油特有の匂いが鼻をつく。大小様々なのこぎり。丁寧に手入れされ研ぎ澄まされた鉋や鑿、薄刃の鋼の美しさ。さしがねや墨つぼのような大工たちの正確な仕事を支える道具たち。大工たちがそれらの工具を使うと、魔法のように木材は形を変え、時には非常に細やかな装飾に、時には強靭な一本の柱へと姿を変えた。
独特の美しさと空気を醸し出すその世界はすぐに勲を魅了した。勲は時間を忘れて写生や資料用の写真を撮り続け、気になることは熱心にあやめに質問した。自分の職業に勲が強い関心と興味を示した事が嬉しかったのか、あやめは質問に丁寧に答えてくれ、実際に道具を使用してみせたりしてくれた。その度に好奇心が刺激され、知識欲が満たされていった。
そんな楽しい時間はあっという間に過ぎ去り、勲が帰宅する時間になった。どんな質問にも懇切丁寧に答えてくれたあやめに何かお礼をしたいと考え、自分に出来ることは絵を描く事しかないと思い至り、勲はこっそりと彼女の横顔を描いた。側頭部からのぞくやや小さめな獣の耳、美しい紺色の髪、眩しいくらいに真っ直ぐな金色の瞳、きめ細やかな白い肌、健康的な桃色をした艶やかな唇。そして熱心に説明している際に口を開くと覗く八重歯がとてもキュートだった。
「これを、俺に?」
満足な画材があるわけでは無かったが、自分の持てる技術と感謝の気持ちを込めてスケッチブックに彼女の似顔絵を描いた。絵を渡した瞬間、彼女はとても驚いた様子で暫くの間口をつぐんだ。勲は無言でじっと絵を睨みつけるように見つめる彼女は怒っていると勘違いした。ひょっとすると、許可なく描かれた事が不快だったのかと思い急いで頭を下げると両肩をがっしりと掴まれ上体を起こされる。
「よし、俺のところへ婿に来い。」
だが、てっきりひっぱたかれるくらいの事態を想像していた勲にかけられた言葉は予想すらしていなかった―――プロポーズの言葉だった。
後から聞いた話だが、あやめは勲が贈った絵が男性から貰った初めての贈り物だったらしく、彼女が口をつぐんだのは怒っていたのではなく感動していたのだそうだ。
最初に勲を見た時はなよなよした男だなとあまりいい印象では無かったが、真剣に、こちらが一瞬気圧されるほどの熱を持って自分の仕事を理解しようと、自分が描く絵に出来うる限りのリアリティをこめようとしている姿に画家としての執念を感じたそうだ。あやめは自分の職業に誇りを持っている。何世代も前から引き継いだ技術、先祖が作り上げてきた建物の数々。それらを心から愛していた。だからこそ、勲の真摯な態度はなんとも嬉しかった。するとなよなよした男は腹に熱い思いを腹の底に隠している、素敵な男に見えてきたのだと妻は笑いながら話してくれた。
そして好意が急騰した男からの人生初のプレゼント。
「俺の夫は目の前のオスしかいねえ。」
それが彼女の結論だった。
「背中、流し終わったからお湯をかけるよ。」
彼女の背中にゆっくりとお湯をかけ、泡を流していく。洗い終わったあやめの肌は撥水処理を施したかのように水をはじいていく。毎日寝室や風呂場でこの肌を見ているが、この美しさを見飽きることは決して無い。
「ふぃ〜ご苦労さん。さ、次はお前の番だな。」
「え?」
満足げに息を吐き出した妻はくるりと器用に向きをかえ、淫靡な笑みをうかべつつ勲の体を押さえつける。不意をつかれた勲は股間をあやめの顔の前に突き出すような姿勢で動きを封じられてしまう。これは実に嫌な予感しかしない。
「ま、まさか…。」
「ここは特に入念に綺麗してやらなきゃな、妻として♡」
嫌な予感ほどよく当たるものはない。予想通りあやめは半立ちのペニスにむしゃぶりついた。
「しょ、食事前なんだから…」
「んっちゅ…んぐっぷは、俺にとっちゃお前の精液なんざ食前酒みたいなもんだ。」
「お手柔らかに、お願いします…。」
「おう、初夜ん時みたいにひいひい鳴かせてやるよ♡」
「いやあああああああ」
お互いに出会って数時間。
あやめによる突然の告白に端を発した一方的な凌辱…もといお互いに純潔を捧げるなんともロマンティックな一夜が幕を開けた。盛りのついたあやめは凄まじく、童貞だった勲は成すすべなく犯され、ただただ精液と弱音を吐き出すばかり。あやめは決して手を緩めず結婚を了承するまで腰を振り続け、七発目の射精をあやめの胎内に終えた後、勲は宮本家に婿入りする約束をしたのだった。あやめ曰く「手段はどうだって結婚したら俺がちゃんと幸せにしてやらあ。」という自信があったからこその行動だったのだとか。
結論からいえばあやめの言う通りだった。不器用だが人一倍愛情深く接するあやめと優しく穏やかな愛で応える勲は誰もが認めるベストパートナーと呼ぶにふさわしい関係になっている。
「も、もう…出るよ!」
「おらおら、俺を満足させるくらいしっかり出しやがれ♪」
ただ、夜の営みは未だに一方的なままであるのは…贅沢な悩みなのかもしれない。
「なんだかどっと疲れたよ。」
「まあ、あれから五回も射精したからな〜。」
やや憔悴気味の勲とは対照的にあやめは夫の精液を飲んで元気溌剌。顔もてかてかしている。
「食事前なのに。」
「ほいほい、泣きごと言う暇があったら冷める前に食べちまおうぜ。」
「いただきます!」
「いただきます。」
年季の入った丸い卓袱台の上は焼きたての餃子で賑わっている。見事に同じ一口サイズに整えられた餃子は薄い羽根を纏い、香ばしいゴマ油の匂いは食欲を刺激する。あやめは酢醤油にたっぷりとラー油を混ぜたタレをつけ、豪快に二、三個一気に口に放り込む。口の中で広がる香ばしさとラー油の刺激を楽しみつつ噛み締めると、もちもちとした生地に包まれた具から野菜の甘い水分と肉汁が弾け、大蒜と韮の風味が口一杯に広がる。美味さに自然と笑顔がほころび、幸せな気分になる。
「うめえ、やっぱりお前の作る餃子は一番だ♪」
「それはよかった。沢山用意してるからどんどん食べてね。」
「言われなくてもそうするさ♪」
自分の作った料理を喜んで食べてくれるのが嬉しいのか勲もにこにこと笑いながら餃子に手をつける。
『ではお天気をお知らせします♪』
そんな幸せな食卓にテレビから聞こえてくる可愛らしい声が水を差す。
「お、天気天気。明日はどうかな。」
その声が聞こえてきた瞬間、先ほどまで浮かんでいた笑顔が一瞬で消え、あやめは苦虫をかみつぶしたような渋い顔をしてしまう。秋空と女心はなんとやらとはまさにその通りなのだろうと実感する。あれほど美味しく感じていた餃子もなんだかぱさぱさした味気ないものに感じてしまう。
「お〜夕方から雨か…朝起きてすぐに洗濯しなきゃ。」
だが勲はあやめの表情の変化に気がつかない様子でテレビ画面をじっと見つめている。それが余計にあやめを苛立たせる。
『続いて警報、注意報をお知らせします☆』
あやめを不機嫌にさせるのは、夕食時にいつも見るニュース番組に出演するお天気お姉さんの存在だった。
いかにもインテリジェンスな雰囲気と大人の優しさや包容力に溢れ、可愛らしい衣装やアクセサリーを身に付けたサキュバスの彼女は非常に人気がある。異性にも人気を博しており、同僚や取引相手との世間話の話題に上ったこともある。
絶対に口にはしないが、勲はこのサキュバスを見るのを楽しみにしている。どうやら真剣に天気を見ているようにカモフラージュしているつもりのようだが、妻であるあやめからすれば隠しているのかと問い詰めたいくらい本心がバレバレだ。
ただ誤解のないように言っておくが、あやめは白蛇のように際立って嫉妬深いわけではない。勲がアイドルだの女優だのに例え鼻の下をのばそうとも、夫は必ず自分を選んでくれるという確信があるからこそ嫉妬することはほとんど無い。
だが、このお天気お姉さんだけは別だった。
がさつで男勝り、日々木材の乾燥具合やそりかえり具合を考え、力強く鑿や金槌を振う太い腕や肩にしなやかな筋肉ががっしりとついた体系の自分はお世辞にも女性らしいとはいえない。そんなあやめにはない要素ばかりを詰め合わせたかのような存在であるサキュバスに夫が魅力を感じてしまっていると考えると、どうしても面白くない。普段では考えられないほど腹が立つのだ。
『今日は夏への期待を込めてワンピースにしてみました♪』
真っ白で飾り気のない実にシンプルな、この先に訪れる熱い夏を思い起こさせるワンピースを着て大きめな麦わら帽をかぶる姿はまさに穢れを知らない純真無垢なお嬢様だ。さりげなく裾を持ち上げる様など男心を的確に刺激するのだろう。
「(それに引き換え、俺は…)」
画面に映る可憐なサキュバスを一瞥してあやめは自分の姿をそっと確認する。
風呂上がりの自分は実にラフな格好をしている。短パンに無地のTシャツ、そして豊満な胸をさらしで巻いているいつものスタイルだ。あやめはさらしを愛用している。昔からさらしを使っているが、親があやめを男として育てたかったとか、どこぞの組の若頭や鉄砲玉というわけでは決してない。単純に仕事をしている時に胸が邪魔になるからさらしで締めているだけだ。ただ、長い間さらしを使用しているお陰でブラジャーをつけるとどうしてもそわそわして落ち着かなくなってしまっていた。
ふと思い立って白いワンピースを着て大きめな麦わら帽をかぶる自分を想像してみるが、がっちりと筋肉のついた自分には似合わないだろうと言う事だけは分かった。よく見えてパワープレイを信条とするテニス選手ぐらいか…。
『さて、次は今週のワンポイントコーナーで〜す。』
不毛な妄想を巡らしている間に天気予報が終り、そのまま続けてよくわからないコーナーが始まる。
「(天気だけやればいいのによ…)」
あんたの仕事は天気を伝えることだろうに。いつものように心の中で悪態をつきつつ早く終わる事ばかりを願ってしまう。
『今週末は満月。でも、この満月はスーパームーンと呼ばれている特別なものなんです。スーパームーンは月がもっとも近い距離にある時に見る事ができる現象のことを差します。実際にこの日の満月は大きさが約14パーセント大きく、明るさは約30パーセント明るく見えるそうです。この日はいつもより明るい夜空のもと露出プレイやカーセックスが楽しめそうで今からわくわくしますね♪
そして満月といえば、古来より人にとっても魔物にとっても特別な意味を持ちます。妊娠や出産に関するデーターは有名ですよね。そんな満月、特にウルフ種のみなさまにとってはいつもと違うアプローチを、古来より語り継がれた狼人間のように豹変して新たな一面を魅せつけるいい機会になるのではなんでしょうか?
以上、今週のワンポイントでした〜。ではまた明日お会いしましょう♡』
ぺこりと綺麗な所作でお辞儀をするお天気お姉さん。
顔を上げニッコリとした笑顔が、まるでこちらを挑発するかのような不敵な笑みにあやめには見えた。
「ウルフ種のみなさんだと、舐めやがって…。」
ふつふつとはらわたが煮えたぎってくる。
それはウルフ種と名指しされたからなのかどうかは分からない。
だが、苦手意識の塊の様な彼女に一方的に挑発・侮辱された様な気分だった。
いつもと違う一面?いつもと違うアプローチだあ?
「上等だ、やってやろうじゃねえか。この野郎!!」
「!?」
ダンっと卓袱台を叩き、驚く夫を後目に餃子を口の中に次々と放り込んでいく。
口に放り込んだ餃子は、とても美味しかった。
週末
「おお、本当に綺麗だな〜。」
夜空には煌々と光る月が浮かぶ。これが何日か前にテレビで言っていたスーパームーンなのだろう。
勲は今までに経験した事のないほど明るい月夜を楽しみつつ、最寄の駅から自宅への帰路についていた。
その日、勲は新刊の表紙の打ち合わせをするために馴染みの小説家の自宅を訪れた。
彼はあやめと出会うきっかけとなった作品を書いた人物で、「俺がまさに二人の愛のキューピットやったんやな〜。」とあやめと共に結婚の報告に行った際に人一倍喜んでくれたものだ。そんな彼とは中学時代からの付き合いなので、ずいぶんと長い付き合いになる。
彼との仕事は普段であれば電話やメールのやりとり、もしくは彼を担当する編集者を介して打ち合わせを進めるのだが、「たまには食事でもしながら話ししようや。」という彼の言葉に応じて久しぶりに彼の家に出向いたのだった。雪女である彼の妻とあやめは仲がいいので、休日という事もありあやめも誘ったのだが午後から何やら友人と買い物に行く約束があるということで共に行けないのを残念がっていた。
「食べすぎたかな…」
ぷっくりと張りだすお腹をさする。
最初はどこかに外食でもするかといっていたが、彼の奥さんの料理をごちそうになることになった。やけに精やスタミナのつくものばかりなのが気になったが、どれも美味しかったのでついつい食べ過ぎてしまった。彼は出会ったころはほっそりとしたやせ型だったが、奥さんと出会ってからどんどんと肉がついていったのが頷ける料理の質と量だった。
「しかし、なんだったんだろう…。」
食事を終えてから、奥さんも交えてお互いの恥ずかしい過去の話に花を咲かせた。バカな事ばかりはよく覚えているもので、奥さんは話を聞いては陽気に笑っていた。奥さんも旦那の過去の話は興味があるようで、途中からは一方的な暴露話が繰り広げられた。
『〜♪』
彼が父親のお酒をくすねた話をしている時、奥さんの携帯が鳴った。携帯を確認した奥さんは意味深な笑みを夫に向けたかと思うと勲に向き直って「楽しいお話の最中ですが、今夜はここらへんでお開きとしましょう。」と有無を言わさない雰囲気を醸し出しながら切り出した。
玄関まで見送ってくれた彼に事情を聞いてみたが、「今夜はお互いに頑張ろうや。」と答えなのかどうかよくわからない言葉をかけられただけだった。玄関を閉めて門を出た際に何かが吸いつく様な音がしたが、きっと……気のせいだろう。
そんなことをぼんやりと考えながら歩いていると、明りの灯った我が家が見えてきた。
「ただいま。」
「おう、おかえり。楽しかったかい。」
玄関を開けると、あやめがまるで待ちかねていたかのように立っていた。いつもとは逆にあやめに迎えられる。なんだか新鮮な気分だ。世の旦那衆はみんなこんな気持ちなのかとつまらないことを考えてしまう。
「うん、久しぶりに会えたからね。奥さんがあやめさんによろしくって言ってたよ。」
「ああ、さっききい…ゴホっ!!」
「さっききい?」
「んん、あはは…なんでもない。ほらいつまでも玄関に突っ立ってないで中に入りな。」
「うん。そういえば買いたいものは無事に買えた?」
「ひゃう…買い物!?」
何故か買い物という言葉を聞いた瞬間、妻は酷く動揺した。
「…今日は友人と一緒に買い物に行って来たんでしょ?」
「そ、そうだよ。友人…ほら春のやつと一緒にだな…」
「…。」
「その、買い物を…。」
「…。」
「あう・・・。」
あやめがここまでしどろもどろになった姿を勲は見た事がなかった。いつも自分のしたい事を迷いなく行動にうつす彼女のその姿がなんとも言えない不安を駆り立てる。すると勲が不安に感じているのをあやめは敏感に察知したのか、何か覚悟を決めるかのように一つ大きく深呼吸して話し始めた。
「すーはー。不安な気持ちにさせてしまってすまねえ。その、だな…お前にお願いがあるんだ。」
「お願い?」
「ああ、今から一緒に寝室にいって、俺がいいと言ったら部屋の中に入って来て欲しいんだ…。」
「くすっ…ふふふ!」
「な、なに笑ってやがるんだよ!!」
「いやなんでもない〜。」
彼女の意図は何一つ分からないが所在なさげにたれ下がる尻尾と耳が可愛くて思わず笑ってしまった。このような可愛らしい姿はそうそう見られるものではない。先ほどまで一体どんなお願いをされるのか、これからどうなってしまうのか不安になっていたのがバカみたいに思える。
「で、どうなんだ。俺の願いを聞いてくれるのか!?」
やや涙目になりながらいつもの調子を取り戻したあやめが強い口調で迫る。これはお願いをきかないほうがどうにかなりそうだ。
「分った、了解したよ。」
「よ、よーし。じゃあいくぞ!」
勲はいつものように穏やかに答え、あやめはいつものように夫をがっしりと掴んで寝室に向かったのだった。
「いいぞ、入って来てくれ…。」
寝室につき、待つこと数分。妻が入室の許可を告げる。
「分かった。じゃあ入るね。」
寝室の引き戸をゆっくりと開ける。
そこは何度となく妻と共に過ごしてきた寝室。中庭をのぞむ襖は開け放たれ、いつもより明るい月光が部屋を照らす。
その部屋の真ん中に敷かれた布団の上にあやめは座っていた。
「あ…やめさん?」
「…なんだよ。」
妻は真っ赤な顔を俯かせ、今まで見た事のない恰好をしていた。
あやめはガーターベルトをつけ、キャミソールを着ているのだ。見間違いかと思って何度も目をこすってみるが、目の前の光景は何も変わらなかった。
「やっぱり、変か?」
すらりとのびる腰には黒のサスペンダータイプのガーターベルトが彩られ、網目の細やかなストッキングがあやめのむっちりとした筋肉質な足によくはえる。ガーターベルトと同じく黒のキャミソールには胸元にピンク色のフリルがついており、大人なセクシーさと可憐さのバランスが絶妙で、そこから透けて見える彼女の肌は月光に照らされ青磁のような美しさを放っている。
「!!」
そして、あやめはブラジャーを身に着けていた。
彼女と夫婦になって一年経つが、ブラジャーを身につけている姿を見るのは初めてだった。
いつもはさらしに締め付けられて窮屈にしている豊かな胸が、パンツと同じ薄いラベンダー色の生地に黒色のレースとスパンコールがあしらわれたブラジャーに優しく包まれその存在を誇示している。あやめと数え切れないほど性行為を交わし、その豊かな胸や美しい全裸を見てきたが今までに感じた事のない誘惑に勲はひどく興奮した。まるで初めてあやめの肌を見たかのように心臓が爆発しそうだった。あまりの興奮に喉が渇いた様な錯覚すら覚える。
「どうしたの、急に?」
ただ、ひどく興奮するとともに疑問が浮かぶ。何故彼女はこのような格好をしているのだろうか。
「…今日は、スーパームーンって満月の日なんだろ?」
「ああ、そうらしいね。」
「お前の好きなお天気お姉さんのサキュバスがそう言ってたもんな…。」
「…!?」
密かに見るのを楽しみにしている事をあやめにはばれていないと思っていたが、じとっと恨めしそうに見つめてくる妻の視線が自分の考えの甘さを痛感させる。
「俺はあのサキュバスが苦手だ。まるで自分にはない魅力ばっかりだし、なによりお前が好きだってのが気に食わない。」
そしたらあんなことをいっただろう、そう言ってあやめは自分の着ている下着に視線を落とした、
「スーパームーンの時にはいつもと違う魅力を魅せるチャンスだって。しかもウルフ種って名指しで。
なんだかそれがとっても悔しかった。まるでお前に魅力がないから夫は自分に惹かれているんだって言われているみたいで。だから少しでもお前に喜んで貰えたらと思ってこんな似合わねえもんを、いつも着ない女らしい下着を着てんだよ!少しでもお前に女として意識してもらえるようによ!!」
「あやめさん!!!」
気がつくと妻の名前を今まで出した事のないような大きな声で叫びながら抱きついていた。妻はかすかに震えていた。そんな彼女がいじましくて、いとおしくてたまらかった。
「な、なんて声出してやがるって、おい!?」
「ありがとう、そして不安にさせてしまってごめんね。」
「べ、別に不安なんて…。」
「けど、安心して。僕が一番好きなのは、あやめさんだから。僕にとって一番魅力的な女の人は間違いなくあやめさんなんだから。」
「!?」
普段ではとても口にできないようなくさい台詞を平気であやめの耳元で囁く。
「それにさっき似合わないって言ったけど、今の恰好をしたあやめさんはとってもセクシーで素敵だよ。」
「馬鹿野郎…こんな筋肉ばっかのごつい女にそんな世辞なんて…。」
「僕が嘘をつくと思う?」
勲は彼女腕を取り、ゆっくりと自分の股間へと誘う。
「あ…。」
既に勲の男根はズボンの上からでもはっきり分かるほど勃起していた。
「ほらね、あやめさんの姿を見ただけでこんなになっちゃったもん。」
「女の趣味が悪いぞ…お前。」
「ふふ、そうなのかもね。じゃあその趣味の悪さが本物なのを証明するために一つお願いを聞いてくれる?」
「…お願い?」
「僕のしたいように、セックスをさせてよ。」
「はあ!?」
「ほら、あやめさんがいつもの違う魅力を見せてくれたからさ、あやめさんにまかせっきりの僕も上手くできるかどうかわからないけどリードしてあげたいって思ってさ…。」
「そう言われちまったら、断れないだろ…。バカ。」
「ありがとう。」
そう言って勲はあやめの頬にキスを、お互いに今までした事がない啄ばむ様なキスをした。
「ぅん、ふぅ…う!」
背後からあやめを抱きしめる。全身をソフトタッチで愛撫しつつあやめのすべすべとした柔肌と、上質な下着の触り心地の良い感触を堪能する。馴れていない拙い愛撫ではあるが、じんわりと汗ばみあやめの息が上がっているということは、失敗はしていないはずだ。
「とっても気持ちいいよ、あやめさん。」
「お…れも、ただ触られてるだけなのに…気持ちいい♡」
「こうやって…ゆっくりするのも悪くないでしょ?」
「ああ。いつも、俺が激しくお前を責め立ててばっかりだったもんな…んっ。」
一瞬、躊躇った後あやめは静かに独白を始めた。
「俺は勲を心から信じてやれていなかったのかもしれない。」
「…。」
「俺達、魔物娘らしい暴力的な快感を勲に与え続ければお前はずっと俺の側にいてくれる…こんな可愛げのない女に愛想を尽かさないでいてくれるって心のどこかで思ってた。だけど、こうやって勲が優しく愛撫してくれている今ならそれが間違いだったのがよく分かる…。」
今まですまなかった、そう言った彼女の声は震えていた。
「ううん、こっちこそずっと不安な思いをさせてごめんね。下手糞だけど精一杯頑張るから今日は一緒に気持ち良くなろうね。」
「おう。望むところだ。」
ところでと言ってあやめは勲の腕を掴み、自身の胸へと誘う。
「そろそろ淋しいから胸を愛撫しておくれよ?」
「………。」
先ほどから全身を愛撫していたが、実は胸への愛撫だけはしていなかった。本当ならばブラジャーに彩られた美しい胸にむしゃぶりつきたかったのだが、とある理由―――なんとも情けない理由でそれが出来ずにいたのだ。
「…ん?どうした?」
「かっこつけた矢先、とっても情けないんだけど…。」
「だけど?」夫が何を躊躇っているのか分からずあやめは小首を傾げる。なんとも可愛い仕草だが、危機に直面した勲にそれを堪能する余裕は無かった。
「ごめん、ブラジャーって……どうやって外すの?」
「ぷふぅ!っはーははは!!」
勲の情けない告白を聞いたあやめは大爆笑。
先ほどまでしおらしく勲に身をゆだねていたのが信じられないほど、ばたばたと足をばたつかせながらお腹を抱えて笑い転げている。
「ちょっと、そんなに笑わないでもいいんじゃない!?」
「ひいひぃ…だってよ、真顔で何をいうかと思えば…ブラの外し方を教えて、だってさ。だはははは!!」
「だって、ブラジャーに触るのなんて初めてなんだからしょうがないでしょ?」
「やっぱ勲は最高だ!!」
未だに豪快に笑いつつ、あやめは髪を持ち上げ背面をぐっとこちらに差し出す。
「このタイプのブラジャーは背中にあるホックで留めてるからそれを外してくれ。そうすればブラは取れる。」
「これ?」
「ああ、初めてだと外しにくいかもしれないが、俺は逃げも隠れもしねえし失敗しても笑わねえからゆっくり頑張ってくれ!」
「さっきあれだけ笑ったのに…」
「さあ、ファイト♡」
あやめがいつもの調子を完全に取り戻したことに安堵したような残念なような複雑な感情を持て余しつつ、早速ブラジャーを外す作業に取り組む。彼女が身につけているブラジャーは留め具の片方が輪になっていて、鍵爪のようなもう片方の部品をかませるという仕様だった。その装着部分は彼女の豊かな胸による圧力、ここでは乳圧というべき力が加わってがっちりと噛み合わさっており、焦って無闇に外そうとすれば余計に醜態をさらしてしまいそうだった。勲は彼女の背中とブラジャーとの間に十分な隙間を作り外そうと試みる。
「お、一発で外したな〜もしかして初めてってのは嘘なんじゃねえか?」
無事に留め具を外せた事に安心しつつ、手触りの良いブラジャーを布団の上に置く。調子の出てきた妻に口では何をいっても勝てそうになかったので、とりあえずこの複雑な気分を全て目の前の脂肪の塊にぶつける事にした。背面から静かに手を回し、下から掬いあげるようにして乳房を持ち上げ、親指と人差し指で既に起っている乳首を力を込めてつまむ。
「ひゃう!?おい、いきなり乳首をつまむのは…っん、反則じゃないか!」
意表を突かれたあやめから非難の声が上がるが、人差し指と親指にさらに力を込めて乳首をこねあげる。ぐりぐりと擂り潰すような動きと先っぽを引っ張るような動きを交互に交えていく。
「ぅん♡…悪かった、茶化して悪かったから許してくれよ〜。」
「いやだ…。」
彼女も口では嫌がっているが、赤みが増し、血管がうっすらと浮かぶ乳房とさらに硬さを増した乳首がそれが嘘であることを証明している。勲は乳首を重点的に責めつつ、ゆっくりと全体も揉みこんでいく。
「あ♡ッダ♡ひんっ♡」
胸の愛撫に意識を傾けていたあやめのうなじに舌を這わせる。甘い彼女の体臭とほんのりとしょっぱい汗の味が勲の猛りを加速させる。突然の首筋への刺激にあやめも驚きながらも今までに経験した事のない未知の快感を楽しんでいるようだ。
「じゃあ、おまんこ、触るね…。」
「全く、待ち草臥れたぜ♡」
「そんなに?」
「ああ、蜘蛛の巣が張るところだった。しっかりと可愛がってくれよ♡」
いかんせん自分から責める経験がない勲はすぐに手詰まりになり彼女の最大の弱点である女性器の愛撫へと移行することを宣言する。幸いだったのはあやめも責められることに馴れていなかったことだろう。どんなに拙い彼の愛撫も全て新鮮で夫の愛情を強く感じる事が出来た。
ヌチュッ
「ハッ…ンッ♡」
彼女の女陰はしとどに濡れていた。パンツに守られていた敏感な場所に夫の手が触れ、思わず声が出る。ソフトタッチだからこそ余計にそれを意識してしまい、彼女は蜜壺から熱い蜜を吐き出していった。それまで必死に貞操を守っていたパンツに大きな愛液のシミが出来ていく。
「凄く濡れてるし、クリトリスも勃起してるね。」
「言うなよぉ…バカぁ♡」
「中に指入れるよ。」
「んは♡はっあ!!」
右手の中指がぬるりと何の抵抗もなくあやめの膣内に滑り込む。中は熱い粘液で満ち、無数の襞が勲の指を愛おしそうに愛撫する。その感触だけでそこにペニスを挿入した時の想像が膨らみ射精欲が高まるが、ぐっと堪えて彼女への愛撫を再開する。
ゆっくりと指を動かし、彼女の感じるポイントを探していく。いつもペニスを挿入した時、奥の方を刺激するようあやめが口にしていたことを思い出し、中指を出来るだけ奥に入れて天井を押し上げるようにこすり上げる。
「そ、そこ♡感じる♡」
どうやらその選択は間違いなかったようで、彼女はびくっと背筋を震わせて勲の与える快感に身をゆだねる。勲はバカの一つ覚えと思いつつも、妻の感じるポイントを執拗に攻めていった。暫くは指一本で行っていたが、人差し指も膣に突き入れ攻め続けた。
くちゅくちゅ、ぴゅっ
「んぅっ♡ツ♡イ……ック♡」
しばらくぐりぐりとあやめの膣を嬲っていると、背筋をぴんと伸ばし小水のように潮を噴きながらあやめは絶頂した。
勲は膣から指を引き抜いて自分の右手に彼女の背中越しに視線を落とす。指は彼女の愛液と潮にまみれべとべとになっていた。その愛液が白濁し粘液の濃い様子からもあやめが深いオーガズムに到達していたことを実感する。
「(…僕でも、しっかりと彼女を絶頂に導く事ができたんだ。)」
それまで初めてする自分のリードに自信が持てなかった勲は心の底から安堵と奉仕から来る喜び、そして彼女を絶頂させた達成感や征服欲が競り上がってきた。
「はあ、はあ♡なあ、頼む。もぉ我慢できねえ…ここに勲の熱くて硬いのを入れてくれ♡」
愛する夫によって絶頂に導かれたことに感きわまり、半ば呆然としていたあやめはやっとのことで口を開きつつ勲の男根を強請った。
「じゃあ、布団の上に仰向けになって。」
「ああ、分かった♡」
あやめは素直に頷き、ずり落ちたストッキングをさりげなく直しつつ仰向けになる。いつも事あるごとに自分のことを女らしくないと口にするが、こういうさりげない仕草や行動はとっても女性的であやめの素敵な魅力だと何時も思う。
「(ただ、それを口にしたら照れ隠しに叩かれそうだけど)」
くすりとわらいつつ勲は仰向けになったあやめの上に覆いかぶさる。
あやめは、胸を両腕で抱きただじっと潤んだ瞳で見つめてくるだけ。決していつものように欲望のままに襲いかかったりしようとしない。欲望を抑えて勲を待ってくれているのだ。
「不安にさせてごめんね。さっきも言ったけど僕はあやめさんを心から愛しているし、あやめさんの側にいることができて本当に嬉しいよ。」
精一杯の愛と感謝を言葉と陰茎にこめてあやめにぶつける。
にちゅりと音をたててあっという間に陰茎は膣の中に飲み込まれていった。
勲は襲い来る激しい快感に身構えたが、そこはいつもとは全然違う、異質な空間になっていた。それまで勲が体験した彼女の膣はぎゅうぎゅうとまるで精液を搾りつくすかのような膣圧で迫るものだったが、今分身を挿入している彼女の膣は膣全体がねっとりとペニスを愛おしげにそして優しく包みこんでくる。
「これ、は?」
「っん…いっつもただぎゅうぎゅうと締め上げてばっかだったからな。たまには余計な力を抜いてありのままに受け入れてみようって思ったんだよ…変か?」
「ふふふ…否、とっても素敵だよ♡」
「笑いやがってっ…お前だっていつもと比べられない位大きくしてるのによ♡」
胸を隠していた手を解き、勲の頬を掴んでぐっと引き寄せあやめは熱いキスを勲の唇に施す。
「んちゅ、ふはっ…その大きなモノで妻を満足させてくれよ、旦那様♡」
「ん、ご期待応えられるよう努力します。」
「当り前だ。さあ、来い♡」
まるで蒸気機関車の車輪が動き始めるようにゆっくり、ゆっくりと勲は腰を動かしていく。
不思議とどうしようだとかどうしなければならないなど考えず、無心でただ目の前のあやめを愛す事だけを考えて一心不乱に腰を振った。一方のあやめも不慣れながらも誰よりも深く愛してくれる夫の想いをその一身に受け止めた。
そんな二人に絶頂が訪れる。
「ハッ、ア…♡イクイクイクイクイクイク、イ〜ッ♡」
「…で、出る、膣内に…出す!!」
「キてッ、全部…膣内に出して♡」
勲の絶頂は静かだった。
一つおうっと声をもらしながら亀頭をあやめの子宮口に押し付け、自分の全てを吐き出すかのように何度も何度も熱く濃い精液を吐き出した。
部屋にオスとメスの濃厚な匂いが充満し、月明かりが一層眩しさを増す。
満月の夜に狼人間は変貌を遂げる。
一説にはそれはその者の本性であると言う。
中庭から見える夜空には大きな、一切の曇りのない綺麗な満月が浮かんでいた。
「ちなみに…あのニュースのお天気コーナーはもう見ちゃ駄目?」
「あ?」
「すみません、自分がバカでした。」
「別に…いいよ。」
「へ?」
「ちゃんと俺を一番に愛してくれてるって分かったからな。」
「え、でも…本当に見て良いの?」
「ああ、嘘は言わないよ。ただ…。」
「ただ?」
「見た後に確認の意味でしっかりと“愛して”くれる、ならな♡」
「お手柔らかにお願いします…。」
「まあまあ、遠慮せずに俺を愛してくれよ、旦那様♡」
おしまい。
おまけ
勲が小説家の元に行く数時間前の駅前にある喫茶店にて
「呼び出されてのんびりやってまいりました、春代でーす。あ、私ココアで。」
「…テンション高いな、オイ。」
「御指名、ありがとうございます♪山田春代、しっかりご奉仕させていただきます☆」
「…風俗かよ。」
「もーあーちゃん、テンション低い〜。」
「うるせえ、春。お前が高い分俺が低いから良いだろう。」
「うう、せっかく旦那様との約束を親友の頼みで泣く泣く断って来たのに、ほんま酷いオオカミさんや…。」
「それは…すまねえ。」
「ま、約束なんてないから気にせんでもええよ〜♪」
「てめえ…というかテンション高いのってまさか昼間っから酒でも飲んでんじゃねえだろうな?」
「勿論素面やよ☆いやーなんや久しぶりにあーちゃんに会えるのが嬉しくって!!」
「そうかよ。」
「え?あーちゃんはうちに会えて嬉しゅうないん?」
「あーウレシーナー。」
「はいはい、あーちゃんはツンデレさんやもんね。」
「………。」
「それで、私はなんで呼びだされたん?」
「…実は頼みたい事が、既に何人かに手を借りてるんだが…これはお前ぐらいにしか頼めなくって。」
「うちはあーちゃんのためだったら何枚でも肌を脱ぐよ、白蛇だけに。いやん☆」
「……。」
「もお、そんなに見つめられたらあーちゃんに恋しそう♡幼馴染の恋、しかもお互いに既婚者の禁断の恋やね♡」
「…。」
「まあ、そろそろ真面目にやろっか。頼みってなんなん?」
「やおら心配になってきたんだが、まあいい。実は買い物に付き合って欲しいんだ。いいか?」
「それは勿論、断るわけないやん。でもただの買い物にうちが必要?」
「あ、ああ…。」
「だってあーちゃんは私なんかよりもずっと力持ちで車の免許だって持ってるし、本当に必要?」
「…その、だな。実は俺が行った事が無いジャンルの店でよ。春はきっとよく行くジャンルの店だと思うから案内と買う物のアドバイスをして欲しいんだ。」
「うちがよく行くお店…というかジャンル?」
「ああ、恥ずかしくて春以外には頼めそうにないんだ…。」
「(困った顔がそそられる…って違った。)で、うちが行ってあーちゃんが行かないお店って一体どんなお店?」
「ラ…」
「ラ?」
「ランジェリーショップ…。」
「ん?何て言った?」
「だ、だからランジェリーショップだよ!!」
「あの下着とか売ってる?」
「それ以外に何があるってんだよ!?」
「いやいやいや、ちょっと待って。」
「ん?」
「行った事が無いって、ランジェリーショップに?」
「ああ、一度も。」
「なら今履いてるパンツとかつけてるブラはどうしとるん?」
「ああ、俺はほら、胸はさらしで絞めてるからブラはしねえんだよ。」
「そうやったな…。パンツは?」
「スーパーとかで安売りしてるやつとかユニ○ロとかしま○らで入ってすぐのとことかに安売りしてるやつあるだろ?」
「あの地味〜な、安っぽい奴の事?」
「あれを買って履いてるよ。」
「……。」
「おい、ポカーンとしてどうした!?」
「…ちなみに今のパンツはどんなん?」
「ベージュの…」
「こらぁーーーーーーーー!!」
「うお!?どうした、春。」
「どうした、やないこの馬鹿あーちゃん。」
「馬鹿ってなんだよ。」
「もしかしてずっとそんなパンツばっかり勲さんに見せてきたんやないやろね?勝負パンツぐらいはちゃんと買ってあるんやろ?」
「勝負って何と勝負するんだよ(笑)」
「………。」
「?」
「説教や…」
「はあ?」
「下着買いに行く前にまずは説教からや、この大馬鹿モン!!」
「説教?」
「そうや。その腐った性根を叩きなおしたる。」
「そんな大げさな…。」
「あーちゃん、あんたどうせパンツとかブラってただ大事なところが隠せればいいぐらいにしか考えてへんやろ?」
「その通り。」
「下着っちゅうのは確かにそう言うもんやけど、旦那様との甘い夜の演出としての機能もあるんやで?」
「演出?」
「じゃああーちゃんにも分かりやすく例題からいこっか。あんたの旦那様、勲さんは料理が上手やろ?」
「ああ、何時何を食っても美味いぜ。」
「その料理が上手な勲さんは盛り付けや出す皿にもこだわるやろ?」
「確かにうるさいな。」
「前に招待してもらって料理をごちそうになった時も旬の鱚の揚げ物を桜の描かれた絵皿で出してくれたものな。」
「季節とか盛りつけるものを考えてるって言ってたな。」
「ほんでそうやってきちんと盛りつけられた料理は、ただ乱雑に盛りつけられたもんよりずっと美味しいやろ?」
「おう。綺麗に並べられてあったり、季節感が感じられるとさらに美味く感じるな。」
「下着はその皿と同じ効果がある。」
「へ?」
「セクシーなモノやエロティシズム溢れるランジェリーは視覚的に男を興奮させ、見せる相手に自分の持つセックスアピールをさらに高める役割をしてくれるの!!」
「お、おう。」
「今のあーちゃんは言ってしまえば安物の紙皿にただ料理を盛ってるようなものや!!」
「そ、そんな…バカな…」
「そんなバナナも馬鹿なもあるか!!もう怒った今日という今日は徹底的に説教したるから覚悟しいや!!!」
「!?」
白蛇説教中(一時間経過)
「ぜえ、ぜえ…これで分かった?」
「おう、今まで俺がどんなに女として手を抜いてきたかやっと分かったぜ!!」
「そりゃ…よかった…。」
「よし、それなら早速買いに行こう!!」
「ちょ、ちょっと休ませて…」
「何言ってやがる、思い立ったが吉日、早くしろ!!」
「あーちゃんのばかぁぁぁぁ。」
ランジェリーショップ
「…。」
「どないしたん、あーちゃん。」
「いや、春に下着の大事さを教えて貰ったのはいいけどよ、やっぱり初めてだから圧倒されちまって…。」
「まあうちもおるし、肩の力を抜いてリラックスリラックス♪」
「それで、俺はどんな下着を買えばいい?」
「うーん、そうだね。あーちゃんは腰がしっかりくびれて足がすらっとのびていて綺麗だしガーターベルトなんかいいんじゃないかな?」
「がーたー?」
「ボーリング場のあれ…なんてボケは無しよ、あーちゃん。」
「馬鹿、さすがの俺でもそんなことは言わねえよ!!」
「…本当に?」
「しつこい。そんでどれがその、がーたーべるとなんだ?」
「うーん、あ、あれよあれ。あのマネキンが履いてるやつ。」
「おお、あれか!よく映画とかで女優がつけてるやつだよな!!」
「大きな声で中学生みたいなことを言わんで!一緒にいるうちが恥ずかしい!!」
「すまねえ、つい興奮しちまって。そんでそのがーたーのどれを買うんだ?」
「うーん、あーちゃんの髪の毛に合わせて紺か黒ってのも盤石だし、ギャップを狙って赤やピンクでも似合いそうな気がするんやけどな〜。」
「ピ、ピンク!?」
「ピンクはいや?」
「だって、俺がピンクとか…それだけは勘弁してくれ。」
「じゃあやっぱり黒だね〜。じゃあ黒は黒でもこのラメが沢山ちりばめられている奴とかどないやろ?」
「馬鹿!そんなテカテカした奴、恥ずかしくて着れるかよ。というか着るやつなんているのか!?」
「馬鹿はあーちゃんだよ!どうやらまだ説教が足りなかったようやね…」
「へっ?お、おい。」
「問答無用!!」
「あああぁ!!」
「ってな具合で下着は目の前にあるのに買うまでが長くってよ〜。」
「(春代さん、本当にお疲れ様です。ご迷惑かけた分、今度お菓子でも持っていきます!!)」
今度こそおしまい。
玄関から妻の元気な声が聞こえてくる。
描きかけの、完全に行き詰った絵にこれ幸いと別れを告げて玄関に向かう。玄関には一人の女性が大柄な体を窮屈そうに屈めながら靴を脱いでいた。
「お帰り、あやめさん。」
「おう。今日も無事に帰って来たぜ!」
靴を片づけ、女は男に向き合う。目つきが少し険しくやや強面だが、愛しい夫の姿を確認して安心したのか、柔らかい笑顔が浮かぶ。
「お疲れ様。お風呂も食事の準備も出来ているけどどうする?」
「んあ…じゃあ今日は汗かいたから先に風呂にすっか。」
「じゃあ、その間に食事の準備をしておくから入ってきてね。」
「あ?」
「ん?」
「お前も俺と一緒に入るんだよ!!」
「!?」
「疲れて帰って来た妻の背中を流してやるくらいの甲斐性を見せやがれ♪がははは。」
「そ、そんなあああ!!」
むんずと首根っこを分厚い手でつかまれ、彼女の夫である宮本勲はずるずると風呂場へと引きずられて行く。
妻の豪快な笑い声と夫の弱々しい声が静かな玄関に木霊した。
「ふん、ふっふ、ふんふん、ふ〜ん♪」
「痒いところはありませんか、奥様。」
「ねえよ、極楽だ♪このまま頼むぜ〜旦那様。」
檜の香る広くは無いが狭くもない風呂場に鼻歌が反響する。
ご機嫌に鼻歌を歌う彼女の名前は宮本あやめ。勲の妻だ。職業は宮大工で中世より続く宮本組の棟梁でもある。神社仏閣の修理・建造を主に仕事とし、確かな腕と誠実な人となりは同僚たちからの信頼も篤い。
一方、あやめの広く筋肉質な背中を洗っている勲は画家として生計を立てている。画家といっても専ら小説などの表紙や挿絵ばかりだがありがたいことに仕事や注文は途切れずに続いている。長年にわたってわざわざ勲を指名してくれる馴染みの小説家が何人かいるのは幸せな事だ。
「そういや今日の晩はなんだい?」
「あやめさんが食べたいって言ってたから餃子にしてみたよ。」
「勿論、肉たっぷりだよな?」
「うん。いつも通り。」
「おっしゃ!!」
「こら、背中を洗ってるんだから大人しくしてて。」
「お、悪いな。つい嬉しくってよ♪」
現在、大工として朝早くから忙しく現場を行き来するあやめと違い職業柄家に籠りがちな勲が主に家事全般を担当している。元々料理や掃除も苦にしない性格だったから特に問題もなく現在の生活スタイルに落ち着いた。
そんな二人が出会ったのは一年前。
馴染みの小説家に挿絵を頼まれた勲は、作中に登場する宮大工を描くため宮本組に取材に訪れた。その際、工房内の案内や仕事の説明をしたのがあやめだった。最初に出会った時、目つきがするどく人を寄せ付けないような雰囲気に緊張したのは今となっては笑い話だ。
鉋を一かけするごとに匂い立つ木の香り、大工の大切な道具を錆から守るツバキ油特有の匂いが鼻をつく。大小様々なのこぎり。丁寧に手入れされ研ぎ澄まされた鉋や鑿、薄刃の鋼の美しさ。さしがねや墨つぼのような大工たちの正確な仕事を支える道具たち。大工たちがそれらの工具を使うと、魔法のように木材は形を変え、時には非常に細やかな装飾に、時には強靭な一本の柱へと姿を変えた。
独特の美しさと空気を醸し出すその世界はすぐに勲を魅了した。勲は時間を忘れて写生や資料用の写真を撮り続け、気になることは熱心にあやめに質問した。自分の職業に勲が強い関心と興味を示した事が嬉しかったのか、あやめは質問に丁寧に答えてくれ、実際に道具を使用してみせたりしてくれた。その度に好奇心が刺激され、知識欲が満たされていった。
そんな楽しい時間はあっという間に過ぎ去り、勲が帰宅する時間になった。どんな質問にも懇切丁寧に答えてくれたあやめに何かお礼をしたいと考え、自分に出来ることは絵を描く事しかないと思い至り、勲はこっそりと彼女の横顔を描いた。側頭部からのぞくやや小さめな獣の耳、美しい紺色の髪、眩しいくらいに真っ直ぐな金色の瞳、きめ細やかな白い肌、健康的な桃色をした艶やかな唇。そして熱心に説明している際に口を開くと覗く八重歯がとてもキュートだった。
「これを、俺に?」
満足な画材があるわけでは無かったが、自分の持てる技術と感謝の気持ちを込めてスケッチブックに彼女の似顔絵を描いた。絵を渡した瞬間、彼女はとても驚いた様子で暫くの間口をつぐんだ。勲は無言でじっと絵を睨みつけるように見つめる彼女は怒っていると勘違いした。ひょっとすると、許可なく描かれた事が不快だったのかと思い急いで頭を下げると両肩をがっしりと掴まれ上体を起こされる。
「よし、俺のところへ婿に来い。」
だが、てっきりひっぱたかれるくらいの事態を想像していた勲にかけられた言葉は予想すらしていなかった―――プロポーズの言葉だった。
後から聞いた話だが、あやめは勲が贈った絵が男性から貰った初めての贈り物だったらしく、彼女が口をつぐんだのは怒っていたのではなく感動していたのだそうだ。
最初に勲を見た時はなよなよした男だなとあまりいい印象では無かったが、真剣に、こちらが一瞬気圧されるほどの熱を持って自分の仕事を理解しようと、自分が描く絵に出来うる限りのリアリティをこめようとしている姿に画家としての執念を感じたそうだ。あやめは自分の職業に誇りを持っている。何世代も前から引き継いだ技術、先祖が作り上げてきた建物の数々。それらを心から愛していた。だからこそ、勲の真摯な態度はなんとも嬉しかった。するとなよなよした男は腹に熱い思いを腹の底に隠している、素敵な男に見えてきたのだと妻は笑いながら話してくれた。
そして好意が急騰した男からの人生初のプレゼント。
「俺の夫は目の前のオスしかいねえ。」
それが彼女の結論だった。
「背中、流し終わったからお湯をかけるよ。」
彼女の背中にゆっくりとお湯をかけ、泡を流していく。洗い終わったあやめの肌は撥水処理を施したかのように水をはじいていく。毎日寝室や風呂場でこの肌を見ているが、この美しさを見飽きることは決して無い。
「ふぃ〜ご苦労さん。さ、次はお前の番だな。」
「え?」
満足げに息を吐き出した妻はくるりと器用に向きをかえ、淫靡な笑みをうかべつつ勲の体を押さえつける。不意をつかれた勲は股間をあやめの顔の前に突き出すような姿勢で動きを封じられてしまう。これは実に嫌な予感しかしない。
「ま、まさか…。」
「ここは特に入念に綺麗してやらなきゃな、妻として♡」
嫌な予感ほどよく当たるものはない。予想通りあやめは半立ちのペニスにむしゃぶりついた。
「しょ、食事前なんだから…」
「んっちゅ…んぐっぷは、俺にとっちゃお前の精液なんざ食前酒みたいなもんだ。」
「お手柔らかに、お願いします…。」
「おう、初夜ん時みたいにひいひい鳴かせてやるよ♡」
「いやあああああああ」
お互いに出会って数時間。
あやめによる突然の告白に端を発した一方的な凌辱…もといお互いに純潔を捧げるなんともロマンティックな一夜が幕を開けた。盛りのついたあやめは凄まじく、童貞だった勲は成すすべなく犯され、ただただ精液と弱音を吐き出すばかり。あやめは決して手を緩めず結婚を了承するまで腰を振り続け、七発目の射精をあやめの胎内に終えた後、勲は宮本家に婿入りする約束をしたのだった。あやめ曰く「手段はどうだって結婚したら俺がちゃんと幸せにしてやらあ。」という自信があったからこその行動だったのだとか。
結論からいえばあやめの言う通りだった。不器用だが人一倍愛情深く接するあやめと優しく穏やかな愛で応える勲は誰もが認めるベストパートナーと呼ぶにふさわしい関係になっている。
「も、もう…出るよ!」
「おらおら、俺を満足させるくらいしっかり出しやがれ♪」
ただ、夜の営みは未だに一方的なままであるのは…贅沢な悩みなのかもしれない。
「なんだかどっと疲れたよ。」
「まあ、あれから五回も射精したからな〜。」
やや憔悴気味の勲とは対照的にあやめは夫の精液を飲んで元気溌剌。顔もてかてかしている。
「食事前なのに。」
「ほいほい、泣きごと言う暇があったら冷める前に食べちまおうぜ。」
「いただきます!」
「いただきます。」
年季の入った丸い卓袱台の上は焼きたての餃子で賑わっている。見事に同じ一口サイズに整えられた餃子は薄い羽根を纏い、香ばしいゴマ油の匂いは食欲を刺激する。あやめは酢醤油にたっぷりとラー油を混ぜたタレをつけ、豪快に二、三個一気に口に放り込む。口の中で広がる香ばしさとラー油の刺激を楽しみつつ噛み締めると、もちもちとした生地に包まれた具から野菜の甘い水分と肉汁が弾け、大蒜と韮の風味が口一杯に広がる。美味さに自然と笑顔がほころび、幸せな気分になる。
「うめえ、やっぱりお前の作る餃子は一番だ♪」
「それはよかった。沢山用意してるからどんどん食べてね。」
「言われなくてもそうするさ♪」
自分の作った料理を喜んで食べてくれるのが嬉しいのか勲もにこにこと笑いながら餃子に手をつける。
『ではお天気をお知らせします♪』
そんな幸せな食卓にテレビから聞こえてくる可愛らしい声が水を差す。
「お、天気天気。明日はどうかな。」
その声が聞こえてきた瞬間、先ほどまで浮かんでいた笑顔が一瞬で消え、あやめは苦虫をかみつぶしたような渋い顔をしてしまう。秋空と女心はなんとやらとはまさにその通りなのだろうと実感する。あれほど美味しく感じていた餃子もなんだかぱさぱさした味気ないものに感じてしまう。
「お〜夕方から雨か…朝起きてすぐに洗濯しなきゃ。」
だが勲はあやめの表情の変化に気がつかない様子でテレビ画面をじっと見つめている。それが余計にあやめを苛立たせる。
『続いて警報、注意報をお知らせします☆』
あやめを不機嫌にさせるのは、夕食時にいつも見るニュース番組に出演するお天気お姉さんの存在だった。
いかにもインテリジェンスな雰囲気と大人の優しさや包容力に溢れ、可愛らしい衣装やアクセサリーを身に付けたサキュバスの彼女は非常に人気がある。異性にも人気を博しており、同僚や取引相手との世間話の話題に上ったこともある。
絶対に口にはしないが、勲はこのサキュバスを見るのを楽しみにしている。どうやら真剣に天気を見ているようにカモフラージュしているつもりのようだが、妻であるあやめからすれば隠しているのかと問い詰めたいくらい本心がバレバレだ。
ただ誤解のないように言っておくが、あやめは白蛇のように際立って嫉妬深いわけではない。勲がアイドルだの女優だのに例え鼻の下をのばそうとも、夫は必ず自分を選んでくれるという確信があるからこそ嫉妬することはほとんど無い。
だが、このお天気お姉さんだけは別だった。
がさつで男勝り、日々木材の乾燥具合やそりかえり具合を考え、力強く鑿や金槌を振う太い腕や肩にしなやかな筋肉ががっしりとついた体系の自分はお世辞にも女性らしいとはいえない。そんなあやめにはない要素ばかりを詰め合わせたかのような存在であるサキュバスに夫が魅力を感じてしまっていると考えると、どうしても面白くない。普段では考えられないほど腹が立つのだ。
『今日は夏への期待を込めてワンピースにしてみました♪』
真っ白で飾り気のない実にシンプルな、この先に訪れる熱い夏を思い起こさせるワンピースを着て大きめな麦わら帽をかぶる姿はまさに穢れを知らない純真無垢なお嬢様だ。さりげなく裾を持ち上げる様など男心を的確に刺激するのだろう。
「(それに引き換え、俺は…)」
画面に映る可憐なサキュバスを一瞥してあやめは自分の姿をそっと確認する。
風呂上がりの自分は実にラフな格好をしている。短パンに無地のTシャツ、そして豊満な胸をさらしで巻いているいつものスタイルだ。あやめはさらしを愛用している。昔からさらしを使っているが、親があやめを男として育てたかったとか、どこぞの組の若頭や鉄砲玉というわけでは決してない。単純に仕事をしている時に胸が邪魔になるからさらしで締めているだけだ。ただ、長い間さらしを使用しているお陰でブラジャーをつけるとどうしてもそわそわして落ち着かなくなってしまっていた。
ふと思い立って白いワンピースを着て大きめな麦わら帽をかぶる自分を想像してみるが、がっちりと筋肉のついた自分には似合わないだろうと言う事だけは分かった。よく見えてパワープレイを信条とするテニス選手ぐらいか…。
『さて、次は今週のワンポイントコーナーで〜す。』
不毛な妄想を巡らしている間に天気予報が終り、そのまま続けてよくわからないコーナーが始まる。
「(天気だけやればいいのによ…)」
あんたの仕事は天気を伝えることだろうに。いつものように心の中で悪態をつきつつ早く終わる事ばかりを願ってしまう。
『今週末は満月。でも、この満月はスーパームーンと呼ばれている特別なものなんです。スーパームーンは月がもっとも近い距離にある時に見る事ができる現象のことを差します。実際にこの日の満月は大きさが約14パーセント大きく、明るさは約30パーセント明るく見えるそうです。この日はいつもより明るい夜空のもと露出プレイやカーセックスが楽しめそうで今からわくわくしますね♪
そして満月といえば、古来より人にとっても魔物にとっても特別な意味を持ちます。妊娠や出産に関するデーターは有名ですよね。そんな満月、特にウルフ種のみなさまにとってはいつもと違うアプローチを、古来より語り継がれた狼人間のように豹変して新たな一面を魅せつけるいい機会になるのではなんでしょうか?
以上、今週のワンポイントでした〜。ではまた明日お会いしましょう♡』
ぺこりと綺麗な所作でお辞儀をするお天気お姉さん。
顔を上げニッコリとした笑顔が、まるでこちらを挑発するかのような不敵な笑みにあやめには見えた。
「ウルフ種のみなさんだと、舐めやがって…。」
ふつふつとはらわたが煮えたぎってくる。
それはウルフ種と名指しされたからなのかどうかは分からない。
だが、苦手意識の塊の様な彼女に一方的に挑発・侮辱された様な気分だった。
いつもと違う一面?いつもと違うアプローチだあ?
「上等だ、やってやろうじゃねえか。この野郎!!」
「!?」
ダンっと卓袱台を叩き、驚く夫を後目に餃子を口の中に次々と放り込んでいく。
口に放り込んだ餃子は、とても美味しかった。
週末
「おお、本当に綺麗だな〜。」
夜空には煌々と光る月が浮かぶ。これが何日か前にテレビで言っていたスーパームーンなのだろう。
勲は今までに経験した事のないほど明るい月夜を楽しみつつ、最寄の駅から自宅への帰路についていた。
その日、勲は新刊の表紙の打ち合わせをするために馴染みの小説家の自宅を訪れた。
彼はあやめと出会うきっかけとなった作品を書いた人物で、「俺がまさに二人の愛のキューピットやったんやな〜。」とあやめと共に結婚の報告に行った際に人一倍喜んでくれたものだ。そんな彼とは中学時代からの付き合いなので、ずいぶんと長い付き合いになる。
彼との仕事は普段であれば電話やメールのやりとり、もしくは彼を担当する編集者を介して打ち合わせを進めるのだが、「たまには食事でもしながら話ししようや。」という彼の言葉に応じて久しぶりに彼の家に出向いたのだった。雪女である彼の妻とあやめは仲がいいので、休日という事もありあやめも誘ったのだが午後から何やら友人と買い物に行く約束があるということで共に行けないのを残念がっていた。
「食べすぎたかな…」
ぷっくりと張りだすお腹をさする。
最初はどこかに外食でもするかといっていたが、彼の奥さんの料理をごちそうになることになった。やけに精やスタミナのつくものばかりなのが気になったが、どれも美味しかったのでついつい食べ過ぎてしまった。彼は出会ったころはほっそりとしたやせ型だったが、奥さんと出会ってからどんどんと肉がついていったのが頷ける料理の質と量だった。
「しかし、なんだったんだろう…。」
食事を終えてから、奥さんも交えてお互いの恥ずかしい過去の話に花を咲かせた。バカな事ばかりはよく覚えているもので、奥さんは話を聞いては陽気に笑っていた。奥さんも旦那の過去の話は興味があるようで、途中からは一方的な暴露話が繰り広げられた。
『〜♪』
彼が父親のお酒をくすねた話をしている時、奥さんの携帯が鳴った。携帯を確認した奥さんは意味深な笑みを夫に向けたかと思うと勲に向き直って「楽しいお話の最中ですが、今夜はここらへんでお開きとしましょう。」と有無を言わさない雰囲気を醸し出しながら切り出した。
玄関まで見送ってくれた彼に事情を聞いてみたが、「今夜はお互いに頑張ろうや。」と答えなのかどうかよくわからない言葉をかけられただけだった。玄関を閉めて門を出た際に何かが吸いつく様な音がしたが、きっと……気のせいだろう。
そんなことをぼんやりと考えながら歩いていると、明りの灯った我が家が見えてきた。
「ただいま。」
「おう、おかえり。楽しかったかい。」
玄関を開けると、あやめがまるで待ちかねていたかのように立っていた。いつもとは逆にあやめに迎えられる。なんだか新鮮な気分だ。世の旦那衆はみんなこんな気持ちなのかとつまらないことを考えてしまう。
「うん、久しぶりに会えたからね。奥さんがあやめさんによろしくって言ってたよ。」
「ああ、さっききい…ゴホっ!!」
「さっききい?」
「んん、あはは…なんでもない。ほらいつまでも玄関に突っ立ってないで中に入りな。」
「うん。そういえば買いたいものは無事に買えた?」
「ひゃう…買い物!?」
何故か買い物という言葉を聞いた瞬間、妻は酷く動揺した。
「…今日は友人と一緒に買い物に行って来たんでしょ?」
「そ、そうだよ。友人…ほら春のやつと一緒にだな…」
「…。」
「その、買い物を…。」
「…。」
「あう・・・。」
あやめがここまでしどろもどろになった姿を勲は見た事がなかった。いつも自分のしたい事を迷いなく行動にうつす彼女のその姿がなんとも言えない不安を駆り立てる。すると勲が不安に感じているのをあやめは敏感に察知したのか、何か覚悟を決めるかのように一つ大きく深呼吸して話し始めた。
「すーはー。不安な気持ちにさせてしまってすまねえ。その、だな…お前にお願いがあるんだ。」
「お願い?」
「ああ、今から一緒に寝室にいって、俺がいいと言ったら部屋の中に入って来て欲しいんだ…。」
「くすっ…ふふふ!」
「な、なに笑ってやがるんだよ!!」
「いやなんでもない〜。」
彼女の意図は何一つ分からないが所在なさげにたれ下がる尻尾と耳が可愛くて思わず笑ってしまった。このような可愛らしい姿はそうそう見られるものではない。先ほどまで一体どんなお願いをされるのか、これからどうなってしまうのか不安になっていたのがバカみたいに思える。
「で、どうなんだ。俺の願いを聞いてくれるのか!?」
やや涙目になりながらいつもの調子を取り戻したあやめが強い口調で迫る。これはお願いをきかないほうがどうにかなりそうだ。
「分った、了解したよ。」
「よ、よーし。じゃあいくぞ!」
勲はいつものように穏やかに答え、あやめはいつものように夫をがっしりと掴んで寝室に向かったのだった。
「いいぞ、入って来てくれ…。」
寝室につき、待つこと数分。妻が入室の許可を告げる。
「分かった。じゃあ入るね。」
寝室の引き戸をゆっくりと開ける。
そこは何度となく妻と共に過ごしてきた寝室。中庭をのぞむ襖は開け放たれ、いつもより明るい月光が部屋を照らす。
その部屋の真ん中に敷かれた布団の上にあやめは座っていた。
「あ…やめさん?」
「…なんだよ。」
妻は真っ赤な顔を俯かせ、今まで見た事のない恰好をしていた。
あやめはガーターベルトをつけ、キャミソールを着ているのだ。見間違いかと思って何度も目をこすってみるが、目の前の光景は何も変わらなかった。
「やっぱり、変か?」
すらりとのびる腰には黒のサスペンダータイプのガーターベルトが彩られ、網目の細やかなストッキングがあやめのむっちりとした筋肉質な足によくはえる。ガーターベルトと同じく黒のキャミソールには胸元にピンク色のフリルがついており、大人なセクシーさと可憐さのバランスが絶妙で、そこから透けて見える彼女の肌は月光に照らされ青磁のような美しさを放っている。
「!!」
そして、あやめはブラジャーを身に着けていた。
彼女と夫婦になって一年経つが、ブラジャーを身につけている姿を見るのは初めてだった。
いつもはさらしに締め付けられて窮屈にしている豊かな胸が、パンツと同じ薄いラベンダー色の生地に黒色のレースとスパンコールがあしらわれたブラジャーに優しく包まれその存在を誇示している。あやめと数え切れないほど性行為を交わし、その豊かな胸や美しい全裸を見てきたが今までに感じた事のない誘惑に勲はひどく興奮した。まるで初めてあやめの肌を見たかのように心臓が爆発しそうだった。あまりの興奮に喉が渇いた様な錯覚すら覚える。
「どうしたの、急に?」
ただ、ひどく興奮するとともに疑問が浮かぶ。何故彼女はこのような格好をしているのだろうか。
「…今日は、スーパームーンって満月の日なんだろ?」
「ああ、そうらしいね。」
「お前の好きなお天気お姉さんのサキュバスがそう言ってたもんな…。」
「…!?」
密かに見るのを楽しみにしている事をあやめにはばれていないと思っていたが、じとっと恨めしそうに見つめてくる妻の視線が自分の考えの甘さを痛感させる。
「俺はあのサキュバスが苦手だ。まるで自分にはない魅力ばっかりだし、なによりお前が好きだってのが気に食わない。」
そしたらあんなことをいっただろう、そう言ってあやめは自分の着ている下着に視線を落とした、
「スーパームーンの時にはいつもと違う魅力を魅せるチャンスだって。しかもウルフ種って名指しで。
なんだかそれがとっても悔しかった。まるでお前に魅力がないから夫は自分に惹かれているんだって言われているみたいで。だから少しでもお前に喜んで貰えたらと思ってこんな似合わねえもんを、いつも着ない女らしい下着を着てんだよ!少しでもお前に女として意識してもらえるようによ!!」
「あやめさん!!!」
気がつくと妻の名前を今まで出した事のないような大きな声で叫びながら抱きついていた。妻はかすかに震えていた。そんな彼女がいじましくて、いとおしくてたまらかった。
「な、なんて声出してやがるって、おい!?」
「ありがとう、そして不安にさせてしまってごめんね。」
「べ、別に不安なんて…。」
「けど、安心して。僕が一番好きなのは、あやめさんだから。僕にとって一番魅力的な女の人は間違いなくあやめさんなんだから。」
「!?」
普段ではとても口にできないようなくさい台詞を平気であやめの耳元で囁く。
「それにさっき似合わないって言ったけど、今の恰好をしたあやめさんはとってもセクシーで素敵だよ。」
「馬鹿野郎…こんな筋肉ばっかのごつい女にそんな世辞なんて…。」
「僕が嘘をつくと思う?」
勲は彼女腕を取り、ゆっくりと自分の股間へと誘う。
「あ…。」
既に勲の男根はズボンの上からでもはっきり分かるほど勃起していた。
「ほらね、あやめさんの姿を見ただけでこんなになっちゃったもん。」
「女の趣味が悪いぞ…お前。」
「ふふ、そうなのかもね。じゃあその趣味の悪さが本物なのを証明するために一つお願いを聞いてくれる?」
「…お願い?」
「僕のしたいように、セックスをさせてよ。」
「はあ!?」
「ほら、あやめさんがいつもの違う魅力を見せてくれたからさ、あやめさんにまかせっきりの僕も上手くできるかどうかわからないけどリードしてあげたいって思ってさ…。」
「そう言われちまったら、断れないだろ…。バカ。」
「ありがとう。」
そう言って勲はあやめの頬にキスを、お互いに今までした事がない啄ばむ様なキスをした。
「ぅん、ふぅ…う!」
背後からあやめを抱きしめる。全身をソフトタッチで愛撫しつつあやめのすべすべとした柔肌と、上質な下着の触り心地の良い感触を堪能する。馴れていない拙い愛撫ではあるが、じんわりと汗ばみあやめの息が上がっているということは、失敗はしていないはずだ。
「とっても気持ちいいよ、あやめさん。」
「お…れも、ただ触られてるだけなのに…気持ちいい♡」
「こうやって…ゆっくりするのも悪くないでしょ?」
「ああ。いつも、俺が激しくお前を責め立ててばっかりだったもんな…んっ。」
一瞬、躊躇った後あやめは静かに独白を始めた。
「俺は勲を心から信じてやれていなかったのかもしれない。」
「…。」
「俺達、魔物娘らしい暴力的な快感を勲に与え続ければお前はずっと俺の側にいてくれる…こんな可愛げのない女に愛想を尽かさないでいてくれるって心のどこかで思ってた。だけど、こうやって勲が優しく愛撫してくれている今ならそれが間違いだったのがよく分かる…。」
今まですまなかった、そう言った彼女の声は震えていた。
「ううん、こっちこそずっと不安な思いをさせてごめんね。下手糞だけど精一杯頑張るから今日は一緒に気持ち良くなろうね。」
「おう。望むところだ。」
ところでと言ってあやめは勲の腕を掴み、自身の胸へと誘う。
「そろそろ淋しいから胸を愛撫しておくれよ?」
「………。」
先ほどから全身を愛撫していたが、実は胸への愛撫だけはしていなかった。本当ならばブラジャーに彩られた美しい胸にむしゃぶりつきたかったのだが、とある理由―――なんとも情けない理由でそれが出来ずにいたのだ。
「…ん?どうした?」
「かっこつけた矢先、とっても情けないんだけど…。」
「だけど?」夫が何を躊躇っているのか分からずあやめは小首を傾げる。なんとも可愛い仕草だが、危機に直面した勲にそれを堪能する余裕は無かった。
「ごめん、ブラジャーって……どうやって外すの?」
「ぷふぅ!っはーははは!!」
勲の情けない告白を聞いたあやめは大爆笑。
先ほどまでしおらしく勲に身をゆだねていたのが信じられないほど、ばたばたと足をばたつかせながらお腹を抱えて笑い転げている。
「ちょっと、そんなに笑わないでもいいんじゃない!?」
「ひいひぃ…だってよ、真顔で何をいうかと思えば…ブラの外し方を教えて、だってさ。だはははは!!」
「だって、ブラジャーに触るのなんて初めてなんだからしょうがないでしょ?」
「やっぱ勲は最高だ!!」
未だに豪快に笑いつつ、あやめは髪を持ち上げ背面をぐっとこちらに差し出す。
「このタイプのブラジャーは背中にあるホックで留めてるからそれを外してくれ。そうすればブラは取れる。」
「これ?」
「ああ、初めてだと外しにくいかもしれないが、俺は逃げも隠れもしねえし失敗しても笑わねえからゆっくり頑張ってくれ!」
「さっきあれだけ笑ったのに…」
「さあ、ファイト♡」
あやめがいつもの調子を完全に取り戻したことに安堵したような残念なような複雑な感情を持て余しつつ、早速ブラジャーを外す作業に取り組む。彼女が身につけているブラジャーは留め具の片方が輪になっていて、鍵爪のようなもう片方の部品をかませるという仕様だった。その装着部分は彼女の豊かな胸による圧力、ここでは乳圧というべき力が加わってがっちりと噛み合わさっており、焦って無闇に外そうとすれば余計に醜態をさらしてしまいそうだった。勲は彼女の背中とブラジャーとの間に十分な隙間を作り外そうと試みる。
「お、一発で外したな〜もしかして初めてってのは嘘なんじゃねえか?」
無事に留め具を外せた事に安心しつつ、手触りの良いブラジャーを布団の上に置く。調子の出てきた妻に口では何をいっても勝てそうになかったので、とりあえずこの複雑な気分を全て目の前の脂肪の塊にぶつける事にした。背面から静かに手を回し、下から掬いあげるようにして乳房を持ち上げ、親指と人差し指で既に起っている乳首を力を込めてつまむ。
「ひゃう!?おい、いきなり乳首をつまむのは…っん、反則じゃないか!」
意表を突かれたあやめから非難の声が上がるが、人差し指と親指にさらに力を込めて乳首をこねあげる。ぐりぐりと擂り潰すような動きと先っぽを引っ張るような動きを交互に交えていく。
「ぅん♡…悪かった、茶化して悪かったから許してくれよ〜。」
「いやだ…。」
彼女も口では嫌がっているが、赤みが増し、血管がうっすらと浮かぶ乳房とさらに硬さを増した乳首がそれが嘘であることを証明している。勲は乳首を重点的に責めつつ、ゆっくりと全体も揉みこんでいく。
「あ♡ッダ♡ひんっ♡」
胸の愛撫に意識を傾けていたあやめのうなじに舌を這わせる。甘い彼女の体臭とほんのりとしょっぱい汗の味が勲の猛りを加速させる。突然の首筋への刺激にあやめも驚きながらも今までに経験した事のない未知の快感を楽しんでいるようだ。
「じゃあ、おまんこ、触るね…。」
「全く、待ち草臥れたぜ♡」
「そんなに?」
「ああ、蜘蛛の巣が張るところだった。しっかりと可愛がってくれよ♡」
いかんせん自分から責める経験がない勲はすぐに手詰まりになり彼女の最大の弱点である女性器の愛撫へと移行することを宣言する。幸いだったのはあやめも責められることに馴れていなかったことだろう。どんなに拙い彼の愛撫も全て新鮮で夫の愛情を強く感じる事が出来た。
ヌチュッ
「ハッ…ンッ♡」
彼女の女陰はしとどに濡れていた。パンツに守られていた敏感な場所に夫の手が触れ、思わず声が出る。ソフトタッチだからこそ余計にそれを意識してしまい、彼女は蜜壺から熱い蜜を吐き出していった。それまで必死に貞操を守っていたパンツに大きな愛液のシミが出来ていく。
「凄く濡れてるし、クリトリスも勃起してるね。」
「言うなよぉ…バカぁ♡」
「中に指入れるよ。」
「んは♡はっあ!!」
右手の中指がぬるりと何の抵抗もなくあやめの膣内に滑り込む。中は熱い粘液で満ち、無数の襞が勲の指を愛おしそうに愛撫する。その感触だけでそこにペニスを挿入した時の想像が膨らみ射精欲が高まるが、ぐっと堪えて彼女への愛撫を再開する。
ゆっくりと指を動かし、彼女の感じるポイントを探していく。いつもペニスを挿入した時、奥の方を刺激するようあやめが口にしていたことを思い出し、中指を出来るだけ奥に入れて天井を押し上げるようにこすり上げる。
「そ、そこ♡感じる♡」
どうやらその選択は間違いなかったようで、彼女はびくっと背筋を震わせて勲の与える快感に身をゆだねる。勲はバカの一つ覚えと思いつつも、妻の感じるポイントを執拗に攻めていった。暫くは指一本で行っていたが、人差し指も膣に突き入れ攻め続けた。
くちゅくちゅ、ぴゅっ
「んぅっ♡ツ♡イ……ック♡」
しばらくぐりぐりとあやめの膣を嬲っていると、背筋をぴんと伸ばし小水のように潮を噴きながらあやめは絶頂した。
勲は膣から指を引き抜いて自分の右手に彼女の背中越しに視線を落とす。指は彼女の愛液と潮にまみれべとべとになっていた。その愛液が白濁し粘液の濃い様子からもあやめが深いオーガズムに到達していたことを実感する。
「(…僕でも、しっかりと彼女を絶頂に導く事ができたんだ。)」
それまで初めてする自分のリードに自信が持てなかった勲は心の底から安堵と奉仕から来る喜び、そして彼女を絶頂させた達成感や征服欲が競り上がってきた。
「はあ、はあ♡なあ、頼む。もぉ我慢できねえ…ここに勲の熱くて硬いのを入れてくれ♡」
愛する夫によって絶頂に導かれたことに感きわまり、半ば呆然としていたあやめはやっとのことで口を開きつつ勲の男根を強請った。
「じゃあ、布団の上に仰向けになって。」
「ああ、分かった♡」
あやめは素直に頷き、ずり落ちたストッキングをさりげなく直しつつ仰向けになる。いつも事あるごとに自分のことを女らしくないと口にするが、こういうさりげない仕草や行動はとっても女性的であやめの素敵な魅力だと何時も思う。
「(ただ、それを口にしたら照れ隠しに叩かれそうだけど)」
くすりとわらいつつ勲は仰向けになったあやめの上に覆いかぶさる。
あやめは、胸を両腕で抱きただじっと潤んだ瞳で見つめてくるだけ。決していつものように欲望のままに襲いかかったりしようとしない。欲望を抑えて勲を待ってくれているのだ。
「不安にさせてごめんね。さっきも言ったけど僕はあやめさんを心から愛しているし、あやめさんの側にいることができて本当に嬉しいよ。」
精一杯の愛と感謝を言葉と陰茎にこめてあやめにぶつける。
にちゅりと音をたててあっという間に陰茎は膣の中に飲み込まれていった。
勲は襲い来る激しい快感に身構えたが、そこはいつもとは全然違う、異質な空間になっていた。それまで勲が体験した彼女の膣はぎゅうぎゅうとまるで精液を搾りつくすかのような膣圧で迫るものだったが、今分身を挿入している彼女の膣は膣全体がねっとりとペニスを愛おしげにそして優しく包みこんでくる。
「これ、は?」
「っん…いっつもただぎゅうぎゅうと締め上げてばっかだったからな。たまには余計な力を抜いてありのままに受け入れてみようって思ったんだよ…変か?」
「ふふふ…否、とっても素敵だよ♡」
「笑いやがってっ…お前だっていつもと比べられない位大きくしてるのによ♡」
胸を隠していた手を解き、勲の頬を掴んでぐっと引き寄せあやめは熱いキスを勲の唇に施す。
「んちゅ、ふはっ…その大きなモノで妻を満足させてくれよ、旦那様♡」
「ん、ご期待応えられるよう努力します。」
「当り前だ。さあ、来い♡」
まるで蒸気機関車の車輪が動き始めるようにゆっくり、ゆっくりと勲は腰を動かしていく。
不思議とどうしようだとかどうしなければならないなど考えず、無心でただ目の前のあやめを愛す事だけを考えて一心不乱に腰を振った。一方のあやめも不慣れながらも誰よりも深く愛してくれる夫の想いをその一身に受け止めた。
そんな二人に絶頂が訪れる。
「ハッ、ア…♡イクイクイクイクイクイク、イ〜ッ♡」
「…で、出る、膣内に…出す!!」
「キてッ、全部…膣内に出して♡」
勲の絶頂は静かだった。
一つおうっと声をもらしながら亀頭をあやめの子宮口に押し付け、自分の全てを吐き出すかのように何度も何度も熱く濃い精液を吐き出した。
部屋にオスとメスの濃厚な匂いが充満し、月明かりが一層眩しさを増す。
満月の夜に狼人間は変貌を遂げる。
一説にはそれはその者の本性であると言う。
中庭から見える夜空には大きな、一切の曇りのない綺麗な満月が浮かんでいた。
「ちなみに…あのニュースのお天気コーナーはもう見ちゃ駄目?」
「あ?」
「すみません、自分がバカでした。」
「別に…いいよ。」
「へ?」
「ちゃんと俺を一番に愛してくれてるって分かったからな。」
「え、でも…本当に見て良いの?」
「ああ、嘘は言わないよ。ただ…。」
「ただ?」
「見た後に確認の意味でしっかりと“愛して”くれる、ならな♡」
「お手柔らかにお願いします…。」
「まあまあ、遠慮せずに俺を愛してくれよ、旦那様♡」
おしまい。
おまけ
勲が小説家の元に行く数時間前の駅前にある喫茶店にて
「呼び出されてのんびりやってまいりました、春代でーす。あ、私ココアで。」
「…テンション高いな、オイ。」
「御指名、ありがとうございます♪山田春代、しっかりご奉仕させていただきます☆」
「…風俗かよ。」
「もーあーちゃん、テンション低い〜。」
「うるせえ、春。お前が高い分俺が低いから良いだろう。」
「うう、せっかく旦那様との約束を親友の頼みで泣く泣く断って来たのに、ほんま酷いオオカミさんや…。」
「それは…すまねえ。」
「ま、約束なんてないから気にせんでもええよ〜♪」
「てめえ…というかテンション高いのってまさか昼間っから酒でも飲んでんじゃねえだろうな?」
「勿論素面やよ☆いやーなんや久しぶりにあーちゃんに会えるのが嬉しくって!!」
「そうかよ。」
「え?あーちゃんはうちに会えて嬉しゅうないん?」
「あーウレシーナー。」
「はいはい、あーちゃんはツンデレさんやもんね。」
「………。」
「それで、私はなんで呼びだされたん?」
「…実は頼みたい事が、既に何人かに手を借りてるんだが…これはお前ぐらいにしか頼めなくって。」
「うちはあーちゃんのためだったら何枚でも肌を脱ぐよ、白蛇だけに。いやん☆」
「……。」
「もお、そんなに見つめられたらあーちゃんに恋しそう♡幼馴染の恋、しかもお互いに既婚者の禁断の恋やね♡」
「…。」
「まあ、そろそろ真面目にやろっか。頼みってなんなん?」
「やおら心配になってきたんだが、まあいい。実は買い物に付き合って欲しいんだ。いいか?」
「それは勿論、断るわけないやん。でもただの買い物にうちが必要?」
「あ、ああ…。」
「だってあーちゃんは私なんかよりもずっと力持ちで車の免許だって持ってるし、本当に必要?」
「…その、だな。実は俺が行った事が無いジャンルの店でよ。春はきっとよく行くジャンルの店だと思うから案内と買う物のアドバイスをして欲しいんだ。」
「うちがよく行くお店…というかジャンル?」
「ああ、恥ずかしくて春以外には頼めそうにないんだ…。」
「(困った顔がそそられる…って違った。)で、うちが行ってあーちゃんが行かないお店って一体どんなお店?」
「ラ…」
「ラ?」
「ランジェリーショップ…。」
「ん?何て言った?」
「だ、だからランジェリーショップだよ!!」
「あの下着とか売ってる?」
「それ以外に何があるってんだよ!?」
「いやいやいや、ちょっと待って。」
「ん?」
「行った事が無いって、ランジェリーショップに?」
「ああ、一度も。」
「なら今履いてるパンツとかつけてるブラはどうしとるん?」
「ああ、俺はほら、胸はさらしで絞めてるからブラはしねえんだよ。」
「そうやったな…。パンツは?」
「スーパーとかで安売りしてるやつとかユニ○ロとかしま○らで入ってすぐのとことかに安売りしてるやつあるだろ?」
「あの地味〜な、安っぽい奴の事?」
「あれを買って履いてるよ。」
「……。」
「おい、ポカーンとしてどうした!?」
「…ちなみに今のパンツはどんなん?」
「ベージュの…」
「こらぁーーーーーーーー!!」
「うお!?どうした、春。」
「どうした、やないこの馬鹿あーちゃん。」
「馬鹿ってなんだよ。」
「もしかしてずっとそんなパンツばっかり勲さんに見せてきたんやないやろね?勝負パンツぐらいはちゃんと買ってあるんやろ?」
「勝負って何と勝負するんだよ(笑)」
「………。」
「?」
「説教や…」
「はあ?」
「下着買いに行く前にまずは説教からや、この大馬鹿モン!!」
「説教?」
「そうや。その腐った性根を叩きなおしたる。」
「そんな大げさな…。」
「あーちゃん、あんたどうせパンツとかブラってただ大事なところが隠せればいいぐらいにしか考えてへんやろ?」
「その通り。」
「下着っちゅうのは確かにそう言うもんやけど、旦那様との甘い夜の演出としての機能もあるんやで?」
「演出?」
「じゃああーちゃんにも分かりやすく例題からいこっか。あんたの旦那様、勲さんは料理が上手やろ?」
「ああ、何時何を食っても美味いぜ。」
「その料理が上手な勲さんは盛り付けや出す皿にもこだわるやろ?」
「確かにうるさいな。」
「前に招待してもらって料理をごちそうになった時も旬の鱚の揚げ物を桜の描かれた絵皿で出してくれたものな。」
「季節とか盛りつけるものを考えてるって言ってたな。」
「ほんでそうやってきちんと盛りつけられた料理は、ただ乱雑に盛りつけられたもんよりずっと美味しいやろ?」
「おう。綺麗に並べられてあったり、季節感が感じられるとさらに美味く感じるな。」
「下着はその皿と同じ効果がある。」
「へ?」
「セクシーなモノやエロティシズム溢れるランジェリーは視覚的に男を興奮させ、見せる相手に自分の持つセックスアピールをさらに高める役割をしてくれるの!!」
「お、おう。」
「今のあーちゃんは言ってしまえば安物の紙皿にただ料理を盛ってるようなものや!!」
「そ、そんな…バカな…」
「そんなバナナも馬鹿なもあるか!!もう怒った今日という今日は徹底的に説教したるから覚悟しいや!!!」
「!?」
白蛇説教中(一時間経過)
「ぜえ、ぜえ…これで分かった?」
「おう、今まで俺がどんなに女として手を抜いてきたかやっと分かったぜ!!」
「そりゃ…よかった…。」
「よし、それなら早速買いに行こう!!」
「ちょ、ちょっと休ませて…」
「何言ってやがる、思い立ったが吉日、早くしろ!!」
「あーちゃんのばかぁぁぁぁ。」
ランジェリーショップ
「…。」
「どないしたん、あーちゃん。」
「いや、春に下着の大事さを教えて貰ったのはいいけどよ、やっぱり初めてだから圧倒されちまって…。」
「まあうちもおるし、肩の力を抜いてリラックスリラックス♪」
「それで、俺はどんな下着を買えばいい?」
「うーん、そうだね。あーちゃんは腰がしっかりくびれて足がすらっとのびていて綺麗だしガーターベルトなんかいいんじゃないかな?」
「がーたー?」
「ボーリング場のあれ…なんてボケは無しよ、あーちゃん。」
「馬鹿、さすがの俺でもそんなことは言わねえよ!!」
「…本当に?」
「しつこい。そんでどれがその、がーたーべるとなんだ?」
「うーん、あ、あれよあれ。あのマネキンが履いてるやつ。」
「おお、あれか!よく映画とかで女優がつけてるやつだよな!!」
「大きな声で中学生みたいなことを言わんで!一緒にいるうちが恥ずかしい!!」
「すまねえ、つい興奮しちまって。そんでそのがーたーのどれを買うんだ?」
「うーん、あーちゃんの髪の毛に合わせて紺か黒ってのも盤石だし、ギャップを狙って赤やピンクでも似合いそうな気がするんやけどな〜。」
「ピ、ピンク!?」
「ピンクはいや?」
「だって、俺がピンクとか…それだけは勘弁してくれ。」
「じゃあやっぱり黒だね〜。じゃあ黒は黒でもこのラメが沢山ちりばめられている奴とかどないやろ?」
「馬鹿!そんなテカテカした奴、恥ずかしくて着れるかよ。というか着るやつなんているのか!?」
「馬鹿はあーちゃんだよ!どうやらまだ説教が足りなかったようやね…」
「へっ?お、おい。」
「問答無用!!」
「あああぁ!!」
「ってな具合で下着は目の前にあるのに買うまでが長くってよ〜。」
「(春代さん、本当にお疲れ様です。ご迷惑かけた分、今度お菓子でも持っていきます!!)」
今度こそおしまい。
13/07/06 20:10更新 / 松崎 ノス