読切小説
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方円の水
繁華街にある飲み屋、「狐の里」は今日も繁盛していた。
九尾の稲荷と夫が経営するその店は料理や酒の質はもちろん、店員の対応の良さもあって街一番の人気を誇る。様々な種類の魔物娘たちやその夫であるインキュバス、出会いを求めて訪れる人間の男達や未婚の魔物娘たちの熱気で店内はいつも活気にあふれている。

「はあい、お兄さん。少しお話しない?」
そんな店内で見る者の視線を釘づけにする豊満な乳房をしたサキュバスが一人の男に話しかける。彼女はかなりの量の酒を飲んでいるらしく、千鳥足で男に近付いて行く。そのサキュバスはどうやらパートナーがいないようで、完全に男を獲物として狙っているようだ。
「ん、自分の事?」
「そうよぉ〜、素敵なお兄さん♪」
だが男の方は彼女の好意に全く気付かない様子で、熱のこもった視線を向けられても朗らかな笑顔を浮かべるばかりだ。
「それはどうもありがとう。」
「えへへ、私サキュバスの里奈。お兄さんの御名前は?」
「山田利一だよ、お姉さん。」
「ねえ、もしよければ私とい・い・こ・としない♡?」
「いいこと?」
「利一さんはものすごいタイプだから〜サービスしちゃう、この胸で♡」
そう言って両腕を搾り、谷間を強調させて里奈は利一に迫る。大胆に開いた胸元は酒のせいかほんのり桜色に染まり、男の劣情を煽りたてる。

「何しとるん?」
だが、男を誘惑する里奈を邪魔するかのような女の低い声が背後からまるで冷水のように浴びせかけられた。
「何ってそりゃタイプの男を見つけたからナンパよ、ナンパ。」
まさにこれから目の前の男を自分の体で虜にしようと息巻いていた里奈は、邪魔されたことに腹を立てながらいかにも面倒くさそうに振り向いた。アルコールに浮かれた目には怒りの色がありありと滲んでいる。
「まさか、『それ』をナンパしとるんか?」
そこには白い着物を優雅に着こなした女性が一人立っていた。如何にも和装が似合う美人だ。
「そうよ、何か文句でもあんの?私が誰をナンパしようが関係ないでしょ。」
「そら文句はあるよ。なんたって『それ』は…」
そこで一旦言葉を切り、深呼吸すると女性に変化が起こった。確かにあった二本の足は瞬く間に消え、一つの太いモノ…着物と負けず劣らない美しい白いうろこを纏う蛇の胴体が姿を現したのだ。

「うちの大切な旦那様なんやから♡」

そう言って女性は左手の薬指にはめられた結婚指輪を里奈に見せつけながらサキュバスに柔和な笑顔を向ける。
「旦那……様?」
自分の邪魔をする存在の正体を知って、里奈の顔が一瞬で真っ青になる。このジパングで白蛇がとても嫉妬深い事は誰もが知っている事実だ。嫉妬に狂う彼女たちは元来身に宿す強力な魔力で夫を惑わしたものに制裁を加えることさえある。酒に酔って気がつかなかったとはいえ、その嫉妬深い白蛇の夫にちょっかいを出すことはまさに自殺行為以外の何事でもない。里奈は自分のしでかした過ちの大きさに気が付いたのか、酔いは一気に冷めたようだ。
「おかえり。」
「ハイッ!山田春代、ただいま排尿より帰還しました!!」
里奈の恐怖を知ってか知らずか、利一は先ほどと変わらない笑みを浮かべ朗らかに妻に声をかけ、春代は夫にニッコリと笑いながら敬礼をして答える。しっかり酔っぱらっているようだ。だが、怒りをおくびにも感じさせない、まるで何もなかったかのような春代の態度が里奈の恐怖をさらに煽った。
「おおおお、お願いです、ゆ、許してください…。ま、まさか白蛇さんの旦那さんとは思わなくて…。ひいっ」
あまりの恐怖に奥歯がかみ合わないのか、しどろもどろになりながら里奈は春代に許しを請いた。桜色にそまっていた胸元は血の気が引いて白くなりこまかく震えている。春代はそんな里奈に音も立てずに近付き、細く美しい両腕で彼女の肩を荒々しく掴む。肩を掴まれ、いよいよ自分の身に危険が及ぶ恐怖に哀れなサキュバスは両眼からぼろぼろと涙をこぼす。彼女の脳内には今までの記憶が走馬灯のように浮かんでいた。

「全然、怒ってへんから…気にせんでええよ〜!!」
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい…って、え?」
だが、春代の言葉は予想外のものだった。彼女の口から出たのは断罪の言葉でも脅迫の言葉でもなかった。怒り狂った彼女に命の危険さえ覚悟していた里奈は春代の言葉を上手く呑み込めていないようだ。
「それに『これ』に魅力を感じてくれるのは妻としては嬉しい限りやしな〜。あんたええ趣味してるよ!!」
はあと呆けている里奈に春代はサムズアップで称賛の言葉すら送っている。里奈は想像もしなかった展開に上手く言葉が出ないようだ。一方、そんな様子をまるで気にせず上機嫌に春代は利一の前の席に座った。
「これは気分がええ、今日は飲むぞ〜!!」
「え!?まだ飲むの?もう結構飲んでるでしょうに。」
「まだまだ夜は長いんやし、機嫌のいい妻に付き合ってくださいませ〜旦那様♡」
こうして同好の士を得て上機嫌な春代の絡み酒が始まった。


「飲みすぎた〜。飲みすぎましたで〜ホンマ。あははは♪」
ただいまあと玄関で大きな声を上げた妻は、真っ直ぐに居間のソファーに突進し倒れ込んだ。いつもは淑女の鏡の様な所作で自分の世話を甲斐甲斐しくしてくれるだけに、酒を飲んで乱れる春代の姿は非常に珍しい。
結局、妻の春代は何故かサキュバスの里奈も巻き込んであれから酒をたらふく飲んだ。青鬼ほどではないが、酒に強い妻はサキュバスが酔い潰れても猶、楽しげに盃を空けた。自分は気がつかなかったが、サキュバスの彼女が自分に好意を向けていてくれたことがよほど嬉しかったのか、酒を飲んでいる間、妻はとても上機嫌だった。
「本当に飲みすぎだよ、春代。はい、お水。」
ソファーのクッションに顔を埋め、パタパタとリズミカルに尻尾を振っている妻に水の入ったコップを差し出す。
ありがとうと返事をした春代は、突然ソファーから顔をあげて真剣な眼差しで「本当は飲み屋で話そうと思ってたんやけど。」といった後、一口水を飲んでから話し始めた。
「相談したい事があって。」
「なんだい?」
「実はな、またお母ちゃんが妊娠したらしいんよ。」とやや呆れた顔で春代は呟いた。
「また、なのかい?」
「うん。本当にお母ちゃんとお父ちゃんの勢いはなんなんやろうな〜。どんだけ無用の鎹を作るつもりなんやろ?」
結婚のあいさつに行った時に向けられた柔らかい彼女の母の笑顔を思い出す。
彼女の母親はジパングに住むエキドナだ。
元来、ヒエラルキーで人間よりも上位に存在する魔物娘と人間(この場合はインキュバスも含む)の子供は出来にくい。が、どうやらエキドナは「魔物娘の母」と呼ばれるだけあって、他の魔物娘とは比べ物にならないほど妊娠しやすいようだ。ちなみに春代は106番目の子供で、昨年127番目の…確かリビングドールの妹が生まれたはずである。
「そんでな、お母ちゃんへのお祝い…何にしようか迷ってて…。」
「ああ、なるほど。」
「こんなに姉妹がおるからしょうがないんやけど、どうしても誰かのお祝いとかぶっちゃって。お母ちゃんは嫌な顔一つしないんやけど、やっぱり娘としては大好きなお母ちゃんへは自分にしか出来ないお祝いをしてあげたいと思うんよね…。」
なるほど、確かにその通りなのだろう。お祝いということで範囲が狭くなる上に、百人以上が同時に祝えばそうなってしまうものか。
「相談したいってのはね、そのことなんよ。」
「難しい問題だ…。」
「そやからね、是非とも我が愛しの旦那様にご意見をお聞きしたい!!」
「う〜ん。…あ!」
「なんか思いついたん!?」
それは思いつきで口走った冗談だった。中年のオッサンが悲しいほどまでに寒いジョークを口にするかのような、そんな気軽な気持ちで言ったつもりだった。そしてインキュバスでなければ、羞恥心を持っていた自分ならば決して口にしなかった冗談のつもりだった。

「僕らに子供ができればいいんじゃないかな?」

「………うん?」
「ほら、孫は他にもたくさん居るかもしれないけど…白蛇の孫はきっと僕たちの子供たちだけだろうからさ。」
「……。」
「お母さんに可愛い白蛇の『孫』を見せてあげる。それはある意味一番の親孝行なんじゃないかなって。」
「…。」
「なーんて、冗…」
「それや!!」突然発せられた春代の大声に言葉がかき消されてしまった。
「へ?」
「さっすがうちの旦那様。その考えはなかった!」
「いや、あの春代…さん?」
どうやら自分は押してはいけない彼女のスイッチを押してしまったようだ。それに気がついて、妻が横たわるソファーから遠ざかろうと後ずさりを始めるが、いち早く察知されてあっさりと蛇の下半身に巻きつかれてしまった。
「うちも子供が欲しい、欲しいと思ってたところやから、その提案は願ったり叶ったりや〜。それじゃ、善は急げ・鉄は熱いうちに叩けと言いますし、始めましょうか。」
「始めるって、何をかな☆?」
精一杯の茶目っ気を込めた私の言葉を聞いた春代はにんまりと唇をゆがめながら静かに着物を脱ぎ棄て、傷一つない美しい裸体を惜しげもなく見せつけながら圧し掛かって来た。

「可笑しなことをおっしゃるわあ〜。何ってそりゃ勿論…S・E・Xよ、利一さん♡」

私の事を普段『旦那様』と呼ぶ妻が『利一さん』と呼ぶのは、非常に好色になっているサインの一つだ。
以前、彼女との行為中に耳元で普段恥ずかしくてあまり言う事のない「愛しているよ」というくさい台詞を呟いた際も、彼女は私を『利一さん』と呼び大いに乱れた。その交わりは彼女の本気とも言える凄まじい快感を伴うもので、普段のお互いに求めあうゆっくりとしたものではなく、彼女に精液を搾り取られるような性交だった。確かあの時は、三日間放してくれなかったはず…。
「明日から、とかじゃ駄目かな〜…なんて。」
「駄目♡……それに。」
「どうしたの?」
息を荒げて今にも襲いかかろうとしていた妻の顔に突然、普段でも見せないようなその悲しみと苦しみ、それらが複雑に絡み合ったような感情が浮かんでいた。私は春代の表情に素直に驚き、先ほどまでとは違う言い知れない不安に駆られた。長い下半身に捕らわれているのに、妻が遠くに行ってしまったかのような錯覚を覚えてしまう。

「それに里奈ちゃんのおっぱいに鼻の下をのばしとった利一さんをオシオキしなきゃいけませんから♡」
しかし春代は一瞬でその表情を消し去り、隙ありと短く叫んで私の唇へむしゃぶりついた。やや細く、長い彼女の舌であっという間に口はこじ開けられ、突然の事に動けない私の口内は彼女によって蹂躙される。そこにある唾液は吸いつくされ、舌は根元からまるでハムを作るかのように彼女の舌できつく縛りあげられていく。
あっけにとられている私とは対照的に、春代は冷静に次の行動を開始する。激しいキスと同時に私の両耳を彼女の手で塞いだのだ。そうすると、ぴちゃぴちゃという淫らな水音、くちゃくちゃと妻と私の唾液が混ざり合う音が口内から外部の音を遮断された静寂な脳内に響き渡り、一気に興奮状態へと押し上げられる。
「…ぅん、ん?んふふふ〜♪」
それまで春代から逃れることばかり考えていた脳内には一瞬でピンク色の靄がかかり、激しいキスによる軽度の酸欠も重なり私の理性はあっさり敗北し、彼女の体に無我夢中でしがみつく。その行動に満足したのか、彼女は嬉しそうに喉を鳴らしながらさらに強く私の頭を抱き、残った理性すら吸い取るかのように吸いつく。

「んふ、おおひくなってふ〜♪」
「ぐぅ(…!?尻尾が?)」
彼女の唾液に込められた濃い魔力を貪欲に吸収し、陰茎は既に硬く勃起していた。春代は器用に尻尾の先でズボンを脱がし、その幹に尻尾を絡みつけていく。夫のペニスがパンパンに勃起しているのが嬉しいのか、舌の締め付けをより一層強めながら歓喜の言葉をこぼす。一方、利一は熱く脈打つ男根を冷たい鱗を纏う春代の尻尾に掴まれる快感に低いうめき声を上げるばかりだった。
「おまんほ…見てぇ…。」
その様子を満足げに眺めながら、春代は優しく利一の頭を抱きかかえ、自身の秘所を見せつける。
「うひのおまんほ、濡れ濡れ♡」
春代の言葉通り、彼女の蜜壺は大量の熱い愛液を吐き出している。膣口から白く泡立った愛液があふれ出ていることからも彼女がどれだけ興奮しているのかがよく分かる。その甘く、どこか生々しい匂いはさらに利一の性欲を高めていき、彼のペニスからはカウパー腺液がだらだらとだらしなく吐き出され、より一層ペニスに血が集まっていく。部屋は愛液とカウパー腺液の匂いが充満し、二人の荒い鼻息が部屋に響く。
「っちゅっぱ…。ねえ、利一さん。しましょ♡」
先に痺れを切らしたのは春代だった。口では了承の確認を取っているが、がっしりとペニスを掴み、利一の答えを聞かずにずぶりと男根を飲みこんだ。
「うあ、くぅうううう!?」
「あ、やあ…来た、キタ、きたああ♡!!」
春代は入れただけで軽く達してしまったのか、軽く痙攣したまま動かない。だが、膣内は粘度の高い愛液を吹き出しながら蠢き、一つ一つの襞がペニスを愛おしそうに撫で上げる。まるで膣内だけ別の生き物の様な動きで精液を強請っている。
「好き、すき、好き、スキ…愛しています、利一さん♡」
「…俺も、だよ。春代!」
「嬉しい♡」
言葉と共に再び春代は利一の唇に吸いついた。まるで利一の口から出る言葉すら逃さないと言った熱意さえ感じてしまほど彼女の接吻には熱がこもっている。一方の利一は再び脳内を卑猥な水音で満たされ、油断すると今にも射精してしまうほど気が昂ぶっていた。
「うふふ〜♪利一さん、我慢なんひゃしないで、うちの中に濃い精液を出して♡」
「くう、春代…出る!」
「はい♡一緒に、一緒にイキましょう♡!!」

「くう、あぁあああああ!!」
「あ、いい♡イクッいっちゃう♡!!」
一際甲高い声をあげ、春代は絶頂を迎えた。利一も精巣から全ての精子が出尽くしてしまうかというような射精を春代の子宮に叩きつける。春代の子宮は利一が吐きだした精子を貪欲に飲みこんでいった。



結局あれから一週間ぶっ続けで春代と繋がり続けた。否、放してもらえなったというのがより正確なのだろう。
いくら性に特化したインキュバスとはいえ、一時の暇もないそして一方的に凌辱される一週間の性交による疲労は予想以上だった。
「はあ〜。やっと一息ついた感じやね。」
一方の妻はまるで疲労を感じていない、それどころかむしろ肌艶が良くなったとさえ思うほど元気そのもの。それでも決して尻尾でとらえた獲物を離そうとしないのは我が妻ながら恐ろしいものだ。
春代の妊娠への執念は凄まじく、普段では手や口で行う搾精を一切せず、全ての射精を膣内で行わせた。それほどまでに私との子供が欲しいのかと嬉しさがこみあげ、後半は私もつい熱くなりすぎてしまった。
だが、そんな激しい夫婦の営みを始める直前に見せた妻の表情が何時まで経っても胸の奥から消えることは無かった。悲しんでいるのでも、悔いているのでも、躊躇っているのでもない、それまで見た事のない妻の複雑な心情を吐露したかのようなあの表情の意味がどうしても知りたくなった。
「聞きたい事があるんだけど、いいかな?」
「…。もしかして始める前のこと?」
聡い春代は私の表情から質問されることを予期していたようだ。考えを読まれていたことに驚きつつ、頷いて肯定すると、妻は静かに瞼を閉じつつ離し始めた。
「なんで、あんな顔したか…それは自分が未熟やなって、まだまだ修行が足りんなって痛感したからあんな情けない顔になってしまったんよ。その話をするために、一つ昔話をしてもええ?」
「勿論さ。」
「うちな、小さい頃お母ちゃんが異常なくらい大好きやった。今思えば恥ずかしいくらいに。そんなうちには夢があったんよ。」
「夢?」
「うん。お母ちゃんを一人で独占したいって夢。」
馬鹿やろ?と言って自虐的に笑う彼女は恥ずかしそうにうつむきながら話を続けた。
「しっとる通り、うちには沢山の姉妹がおる。お母ちゃんは子供たちに平等に愛を与えとったし、一番の愛は父ちゃんに向けられとった。うちは…それが嫌やった。他の人にお母ちゃんが笑顔を向けるだけで心が嫉妬で溢れて辛かった…。だからある時、泣きながらお母ちゃんにお願いしたんよ。『自分だけを愛して』って。そしたらお母ちゃんどうしたと思う?」
「うーん、どうしたんだろ。我儘を言うんじゃないって叱った…とか?」
会うたびに優しい笑顔を受けてくれる義母の顔を思い浮かべるが、陳腐な答えしか出てこなかった。
「ハズレ。お母ちゃんは本当に自分だけを愛してくれたんよ。」
「え?」
「私たちが住んでいた家の近くに使ってない空家があって、そこで二人きりの生活をしてくれた。」
「二人きり?お義父さんや他の姉妹とは接触しなかったってこと?」
「うん。食事をするときも、お風呂に入る時も、寝る時も、いつでも二人きり。お母ちゃんの太い尻尾に自分の細い尻尾を絡めて寝る、夜寝るまで頭を撫でて貰いながら絵本を読んでもらう、何年も前に卒業したお母ちゃんのおっぱいに好きなだけ顔を埋める…そんなずっと私が願っていた望みが、絶対に叶わないと思っていた夢が叶って本当に幸せやった。」
やけど、そう言って呟いた春代は私の胸に顔を埋めた。微かに震えているのは気のせいではないのだろう。
「ちっとも嬉しくなかった。数日は浮かれていて気がつかなかったんやけど、ある時に気がついたんよ。お母ちゃんは自分の言う事をなんでも聞いてくれてるのに、ちっとも私は嬉しくないって。まるでお母ちゃんの形をしたお人形と遊んでいるような感覚しかしない、そんな空しい気持ちしか感じられんかった…。」
「人形…。」
「もう自分の感情が分からんくなってた。嬉しいはずなのに嬉しくない。そんな感情をどうしたらいいか分からずに泣きながらお母ちゃんにしがみついた…。」
まるでその時のように彼女は力強く私にしがみつき、震えた手で私を抱きしめる。
「そんな私をお母ちゃんは優しく諭してくれた。」

春代は人一倍人を愛する事ができる優しい子。
嫉妬をするのは、それだけその人の事を深く愛している証拠。
だけどね、ただ愛する、相手を自分の思い通りにすることが本当の愛じゃない。
それは一方通行の悲しい愛なんだよ。
本当にその人の事を愛しているのなら、相手の立場になって、相手の気持ちも考えなきゃ。
お互いを見つめあうんじゃなく、一緒に同じ方向を見る。
お母さんはそれが本当の愛だと思うの。
そして
春代はそれが出来るって、お母さんは信じているよ

「そういってお母ちゃんは優しく抱きしめてくれた。その時にうちはやっと気がついた。うちが好きな、本当に好きなお母ちゃんは…沢山の子供に囲まれ、見ているこっちが恥ずかしくなるくらい愛しあっているお父ちゃんの側で笑っているお母ちゃんなんだって。そんで同時にお母ちゃんやお父ちゃん、他の姉妹にどんだけ迷惑をかけたのかを理解してん。」
自分があまりにも身勝手な事が恥ずかしくて結局それから半日くらいお母ちゃんにしがみついて泣いてもうたんよ―――そう言って気恥ずかしいのか、頬を染めながら妻は話を続けた。
「そのことがあってから、うちは嫉妬深い自分と折り合いをつけられるようになった。お母ちゃんが他の姉妹の面倒を見ている時、確かに嫉妬するけど他の姉妹だってお母ちゃんに構ってもらいたいんだって納得できた。ただ、それを思う事で今までのことが嘘みたいに心が軽くなったんよ。」
「やけど、問題は旦那様、利一さんに出会ってから起こった。利一さんと愛し合って、結婚したうちは…お母ちゃんの時以上に強い独占欲や嫉妬に苛まれた。」
本音を言えば、そう言って彼女がのそりと起き上がり右手を翳すと、ぼんやりと淡い色をした青い炎が浮かんだ。
「里奈ちゃんと話している姿を見て、うちは醜く嫉妬した。本能に従ってこの炎を旦那様に注入して私しか考えられない、私だけの事を考える存在にしたい。旦那様の全てを独占したいって心の隅で思った。だけど…。」

「そうしてしまったら、私が愛した利一さんがこの世からおらんくなってしまうって…せっかくお母ちゃんが体を張って教えてくれたことを無駄にしてしまうってうちは思うんよ。」

そう言って妻は一筋涙をこぼしつつ、静かに笑った。
「この生き方は白蛇失格なのかもしれん。やけどうちはうちのやり方で精いっぱい利一さんを、私が好きになった旦那様を愛したいんよ!!」

「ありがとう。」
「ふぇ?」
「こんな鈍感な男を好きになってくれて。春代。」
「なあに、旦那様?」
「もう一度、今度は冗談なんかじゃなく本当に言わせてくれ。」

「お義母さんのために、そして自分たちのために…子供をつくろっか?」


「はい。何人でも、何十人でも喜んで♡」





その後、愛する二人は沢山の子宝に恵まれ、その一家の子供たちは変わり者の母親に似て変わった性格をしていたのだそうです。


おしまい。
13/06/08 23:02更新 / 松崎 ノス

■作者メッセージ
前に書いた白蛇さんのお話の反動で、嫉妬深いけどとってもライトで明るい白蛇さんの話に挑戦。あんまり明るくは…ならなかったかな…。けど自分のやりたいことはできたかなとも思います。

言葉づかいを標準語にすると冷たい感じがするので、自分の地元っぽく訛らせてみました(笑)。

ちなみに主人公の名前は、戦国時代の加賀大納言と土佐守のミックス。白蛇さんはその奥方様たちの名前をミックスしてみました。分かる方はすぐにわかるでしょうか!?

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