魔物娘式百物語(コンドーム)
百物語とは数人で一つの部屋に集まり、怪談を語る肝試し。
形式には様々あり、青紙の行燈、もしくは百本の蝋燭を、一つの話を語り終える度に抜いていき、百話目を語り終え、最後の灯りが消えると怪異が現れるとされている。
咲たち魔物娘が生きるこの社会にも、コンドームは実在する。
勿論、生殖行為こそ一番と考える魔物娘が、人間と同じ避妊目的で使用することはない。
結ばれたばかりで浮足立ったカップルなどが、ジョークグッズとして使うくらいが専らだ。
だがそこは性に貪欲な魔物娘。
ジョークグッズとしてのゴムにも様々なバリエーションがある。
出した精液を非常食のように長期保存する魔法がかけられているものだったり、拡大魔法によってゴム内の精子を観察できるもの、出した精子の数をカウントするものなど本当に色々だ。
「なにか欲しいものでもあった?」
「いや、欲しいってわけじゃなくて」
「ん?」
家族で買い物に訪れたディスカウントストアで、咲はそんなジョークグッズであるコンドームの一つを手に取って眺めていると、父親に声をかけられた。
「いつも見る度、このパッケージの意味が気になってさ」
それは百物語という商品名のコンドームだった。
青いパッケージの箱に、名前通りゴムが百枚入っている。
このゴムには、インキュバスの魔力に反応する発色魔法が込められていて、個人によって光る色が変化するそうだ。
射精する度、一抜きごとにぼんやり光る使用済みコンドームが出来上がるという趣向。どんどん暗くなっていく人間式とは反対に、徐々にパートナーの発色で明るくなっていくのが魔物式なのだそう。
販売元が大手のサバトだからなのか、デフォルメされたバフォ様がゴム片手ににっこりと笑うイラストが使われていて、その横に大きな赤文字で、続けて使用したなら百話目に怪異が!とおどろおどろしく書かれている。そしてその横に小さな文字で、滅多に起こることではありませんが、怪異が発生した場合当組合は責任を負いかねますと表記されてる。
「ああ、それか」
「父さんたちは使ったことある?」
父は商品を見て、数度首を縦に振った。
「お母さんが知り合いから分けてもらったことがあってね。何色に光るか知りたいから使ってみましょうって」
「へえ、母さんがそんな子供っぽいことを」
「あはは、実際、父さんがインキュバスになりたてだった高校生のころの話だからね。お母さんも若かったのさ」
「で、どうだったの?」
「ちゃんと光ったよ」
「どんな風に?」
「んー、蛍光塗料よりは明るいけど、蝋燭に比べればだいぶ暗いって感じだったかなあ」
「色はどうだった?」
「淡い青だった」
「あ、じゃあ母さん喜んだでしょ」
「自分の魔力と同じ色だってそれはもう。しばらく精液の入ったゴムに頬擦りしてたなあ」
少し離れた場所で、妹と商品を選んでいる母親に生暖かい視線を向けつつ苦笑いを浮かべる。
「まあ、そんなお遊びの代物だけど、それの何がきになるの?」
「この、連続して百枚つかいきると怪異が起きるって書いてあるけど、この怪異ってなんのことなのかなって」
魔物娘たちがいるこの世の中で、あえて怪異と書くその理由が、咲に長年分からなかった。
だが咲の疑問を聞いた父は、楽しそうに笑い声を上げた。
「あはは、するどい咲にしては珍しいね」
「どういうこと?」
「わからないかい」
「うん、まったく」
「想像してごらん。例えばケプリやエキドナ、バイコーン、ぬらりひょんみたいに奥さんが沢山いる場合はまた別だけど、パートナーの精液を、百回分お預けされた魔物娘がどうなるか」
「あっ……」
父親の言葉で謎が一気に氷解した。
「怪異って言葉にはばけものって意味もあるけど、まさにそんな感じになっちゃうだろうねえ」
「うん、本当に」
「ただまあ、人間の百物語でほとんどなにも起きないように、実際このコンドームで怪異が引き起こされることはないらしいんだけどねえ」
「そうなの?」
「うん、さっきも挙げた奥さんが何人もいる場合は分散されるし、大抵途中で我慢できずに普通のセックスを始めちゃうらしいからね。だからこそ、母さんも知り合いから分けてもらったというわけさ」
「なるほど」
「ただ」父が声を落とし小声でつぶやいた「アヌビスのご夫婦とかで最後までいっちゃうパターンもあるにはあるらしい」
「それも分かるなあ」
「そうなったら、その夫婦は長期休暇確定だ」
「だねえ」
二人で笑い合っていると、商品を選び終えた母親と妹が合流した。
「楽しそうになんのお話を?」
「コンドームのことでちょっとね」
「あら、懐かしい。今度のお休み、挑戦してみますか?」
「いやいや、それはご勘弁を」
「うふふ、私だって大切な旦那様のお種をゴムなんかに渡したくはありませんもの」
娘二人の前で通常運転でノロケ始める両親を置いて、妹と一緒に売り場を見て回る。
魔物娘の世界は、並べて平穏。
起こりそうにない怪異に思いを馳せる太平さを咲は噛みしめたのだった。
形式には様々あり、青紙の行燈、もしくは百本の蝋燭を、一つの話を語り終える度に抜いていき、百話目を語り終え、最後の灯りが消えると怪異が現れるとされている。
咲たち魔物娘が生きるこの社会にも、コンドームは実在する。
勿論、生殖行為こそ一番と考える魔物娘が、人間と同じ避妊目的で使用することはない。
結ばれたばかりで浮足立ったカップルなどが、ジョークグッズとして使うくらいが専らだ。
だがそこは性に貪欲な魔物娘。
ジョークグッズとしてのゴムにも様々なバリエーションがある。
出した精液を非常食のように長期保存する魔法がかけられているものだったり、拡大魔法によってゴム内の精子を観察できるもの、出した精子の数をカウントするものなど本当に色々だ。
「なにか欲しいものでもあった?」
「いや、欲しいってわけじゃなくて」
「ん?」
家族で買い物に訪れたディスカウントストアで、咲はそんなジョークグッズであるコンドームの一つを手に取って眺めていると、父親に声をかけられた。
「いつも見る度、このパッケージの意味が気になってさ」
それは百物語という商品名のコンドームだった。
青いパッケージの箱に、名前通りゴムが百枚入っている。
このゴムには、インキュバスの魔力に反応する発色魔法が込められていて、個人によって光る色が変化するそうだ。
射精する度、一抜きごとにぼんやり光る使用済みコンドームが出来上がるという趣向。どんどん暗くなっていく人間式とは反対に、徐々にパートナーの発色で明るくなっていくのが魔物式なのだそう。
販売元が大手のサバトだからなのか、デフォルメされたバフォ様がゴム片手ににっこりと笑うイラストが使われていて、その横に大きな赤文字で、続けて使用したなら百話目に怪異が!とおどろおどろしく書かれている。そしてその横に小さな文字で、滅多に起こることではありませんが、怪異が発生した場合当組合は責任を負いかねますと表記されてる。
「ああ、それか」
「父さんたちは使ったことある?」
父は商品を見て、数度首を縦に振った。
「お母さんが知り合いから分けてもらったことがあってね。何色に光るか知りたいから使ってみましょうって」
「へえ、母さんがそんな子供っぽいことを」
「あはは、実際、父さんがインキュバスになりたてだった高校生のころの話だからね。お母さんも若かったのさ」
「で、どうだったの?」
「ちゃんと光ったよ」
「どんな風に?」
「んー、蛍光塗料よりは明るいけど、蝋燭に比べればだいぶ暗いって感じだったかなあ」
「色はどうだった?」
「淡い青だった」
「あ、じゃあ母さん喜んだでしょ」
「自分の魔力と同じ色だってそれはもう。しばらく精液の入ったゴムに頬擦りしてたなあ」
少し離れた場所で、妹と商品を選んでいる母親に生暖かい視線を向けつつ苦笑いを浮かべる。
「まあ、そんなお遊びの代物だけど、それの何がきになるの?」
「この、連続して百枚つかいきると怪異が起きるって書いてあるけど、この怪異ってなんのことなのかなって」
魔物娘たちがいるこの世の中で、あえて怪異と書くその理由が、咲に長年分からなかった。
だが咲の疑問を聞いた父は、楽しそうに笑い声を上げた。
「あはは、するどい咲にしては珍しいね」
「どういうこと?」
「わからないかい」
「うん、まったく」
「想像してごらん。例えばケプリやエキドナ、バイコーン、ぬらりひょんみたいに奥さんが沢山いる場合はまた別だけど、パートナーの精液を、百回分お預けされた魔物娘がどうなるか」
「あっ……」
父親の言葉で謎が一気に氷解した。
「怪異って言葉にはばけものって意味もあるけど、まさにそんな感じになっちゃうだろうねえ」
「うん、本当に」
「ただまあ、人間の百物語でほとんどなにも起きないように、実際このコンドームで怪異が引き起こされることはないらしいんだけどねえ」
「そうなの?」
「うん、さっきも挙げた奥さんが何人もいる場合は分散されるし、大抵途中で我慢できずに普通のセックスを始めちゃうらしいからね。だからこそ、母さんも知り合いから分けてもらったというわけさ」
「なるほど」
「ただ」父が声を落とし小声でつぶやいた「アヌビスのご夫婦とかで最後までいっちゃうパターンもあるにはあるらしい」
「それも分かるなあ」
「そうなったら、その夫婦は長期休暇確定だ」
「だねえ」
二人で笑い合っていると、商品を選び終えた母親と妹が合流した。
「楽しそうになんのお話を?」
「コンドームのことでちょっとね」
「あら、懐かしい。今度のお休み、挑戦してみますか?」
「いやいや、それはご勘弁を」
「うふふ、私だって大切な旦那様のお種をゴムなんかに渡したくはありませんもの」
娘二人の前で通常運転でノロケ始める両親を置いて、妹と一緒に売り場を見て回る。
魔物娘の世界は、並べて平穏。
起こりそうにない怪異に思いを馳せる太平さを咲は噛みしめたのだった。
22/06/14 09:00更新 / 松崎 ノス
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