第三十四記 -アマゾネス-
「…男、だと?」
褐色肌の女性が、訝しげに呟く。
カーテンの余り生地を巻いただけのような、薄い身衣。
地肌には、全身に渡って幾何学的な矢印型の紋様。
もじゃもじゃの長髪に、異様に長い横毛。そこから飛び出た尖った耳。
腰からは蛇腹の尻尾。そして手に携えるは、私の背ほどもある大きな剣。
森の戦士、アマゾネス。
さっきシビさんが教えてくれた。
「………」
鋭い目つきで、じぃっと見つめられる。
…恐い。かなり恐い。守衛長さんより恐い。
にらめっこしたら、笑うんじゃなくて泣いちゃって負けそう。
シビさんと比べて色々正反対な印象があるのも、そう思う理由かもしれない。
でも、私のことを町まで送り届けてくれるらしいから、本当は良い人なのかも…。
「…騙すにしては、それを隠そうとする気が感じられない外見だな」
「お願いする身で、騙すなんて無礼なことは致しません」
そう言いながら、頭を撫でてくれるシビさん。
張っている気持ちが、少しだけ和らいでいく…。
「………」
……しばしの沈黙……。
と、急に剣を持った手を離し、砂浜にそれを倒すアマゾネス。
「証拠を見せてもらう」
そう言い……ただでさえ薄い衣服を…全部脱ぎ捨てた。
当然驚く、私とシビさん。
「な、何をっ…?」
「私は男だけを裸で晒すような、恥知らずではない」
「その子が衣服を脱ぎ、証拠を見せる間…私も恥を受け入れよう」
……なんだろう。よく分からないけれど……すごく漢らしい。
…シビさんを見ると、同じタイミングで、困惑した顔をこちらに向けた。
きっと私も、同じ顔をしてると思う。こんなこと、きっと最初で最後の経験。
「………ソラ…。恥ずかしいでしょうけれど…」
……頷く。
…裸で仁王立ちしたアマゾネスの前で……スカートをめくり上げ、
その中に手を伸ばし………ゆっくり……下着を下ろしていく…。
下に移る、鋭い視線。
「…成程。確かに、男の部分もある…」
そう呟いて……予想とは裏腹にやわらかい手が、下着を持った私の手に触れる。
一瞬、びくってしちゃったけれど…それを気にも留めず、掴んだ手を少し上げるアマゾネス。
「恥をかかせた。すまない」
するりと下着が戻り…そっと手が離れる。
先程までと同じ、強い語気の中に感じる…申し訳無さ。
…やっぱり、勘違いだった。この人、すごく良い人だ。
「人魚よ、約束だ」
「この子を男と思い、町まで送り届けることを誓おう」
布を身体に巻きつけながら、アマゾネスが約束を交わす。
その言葉に、ほっ…と胸を撫で下ろすシビさん。
「私の名はネス。お前の名を尋ねたい」
剣を手に取り、立ち姿が初めて見た時のそれに戻る。
でも…もう、恐いだなんて気持ち、これっぽっちも湧いてこない。
…笑顔で、答える。
「ソラ…か。分かった。よろしく頼む、ソラ」
こちらこそ、よろしくね。
……………
………
…
…そして、二人旅が始まって…5分も過ぎない頃。
「…ソラ」
話し掛けてきてくれたネスさん。
それだけで、なんか嬉しい。
「いつの間にかで、気が付かなかったが…」
「手を繋いでいるな」
頷く。
「大胆だな、お前は。初対面の私に」
…嫌だったのかな…?
「仲間への自慢話が増えた」
喜んでるみたい。よかった。
「…ソラ。お前はアマゾネスがどんな種族か、知っているか?」
首を横に振る。
「一言で表すならば、お前達人間と、男女の立場が逆転しているのがアマゾネスだ」
「女は家族や仲間を守るために戦い、男は家を守り女を癒す存在だ」
「女は老いも若きも戦士だが、一人前の戦士…『成人』を認められるには、条件がある」
「それは、番いを手に入れることだ」
「いくら剣の腕が良かろうと、男を持たぬアマゾネスは立派とは言えない」
「だから私も今、『成人』になるために番いを探す、成人の儀を行っている」
「本来は、ある年齢に達したアマゾネス達がまとまって、男狩りを行なうのだが…」
「私の代だけ、私しかいないくてな。こうして旅をすることになった」
「自由気侭ではあるが…話し相手がいないのが、なんともな…」
…意外と、寂しがり屋さん…?
「………ん…」
ふと、何かに気付いたような声。
…前を見ると……道の先から、こちらに向かって歩いてくる…2つの影。
目を凝らしてみると…一人は鎧にマントを羽織った、騎士風の女性。
もう一人は、右頬に大きな切り傷を付けて、斧を背負った、戦士風の男性。
夫婦か、恋人か、友達かは分からないけれど…きっと私達と同じ、旅人。
「………」
……向こうも、こちらに気付く…。
………あと数歩で…すれ違う距離……。
「…ソラ」
不意に…ぐいっ、と…私の肩を抱き、引き寄せるネスさん。
会釈しようとしたところに突然の出来事。びっくりして、身が縮こまる。
…お互い、挨拶もせず……二人はこちらに目を向けながら…すれ違った。
「……今の子、あの魔物の子かな? 似てなかったけど…」
後ろから聞こえてくる…本人達が思ってる以上に大きい、ひそひそ声。
「小さい子の方は普通の人間ね。たぶん、ああ見えて男の子なのよ」
「えぇっ? 嘘だろ。どう見ても女の子だったじゃないか」
「すれ違う瞬間、こっちに見せつける様にアピールしたでしょう?」
「アマゾネスの習性よ。人前で愛を見せつけるのが喜びらしいわ」
「へぇ…。キミも鎧の中に隠さず、見せつけてくれればなぁ…」
「…今、私を侮辱したのはこの口ね?」
「へ? いや、侮辱なんて……いだっ! いだだだ…!」
…聞き取れなくなってくる声…。
………ちら、とネスさんを見る。
「………」
…相変わらず、硬い表情。
話し掛けていいのかどうか…悩ましい。
「………」
……後ろを振り返る…。
…先程すれ違った人たちの姿は、もう見えない。
あるのは、紫色に濁った空と、見たこともない野花と、長い長い道。
「…ソラ」
私を呼ぶ声。その方向を見上げる。
「先程の者達が言っていたことは、真実だ」
「だが、私はお前を、見せつけるための道具だとは考えていない」
「もしお前が、私に気が芽生えたと言うのなら…」
「今すぐお前を連れて、里に帰ってもいいと考えている」
「誰でもいいというわけではない」
「私は、私を好いてくれる男と結ばれたい」
「私の愛し方を、好いてくれる男とだ」
「お前は…少なくとも、嫌ってはいないでくれていると、私は思っている」
「だから、ソラ。その時は伝えてほしい」
「そうすれば、旅は終わりだ。お前の村に挨拶へ行き、皆の待つ里へ帰る」
「…それが、女として、アマゾネスとしての務めだ」
……………。
……あれ…? これって、もしかして………告白……?
え? 今、私、告白された? ネスさんに? いきなり?
え? え? えぇ?
「………」
え、あれ、なんか顔熱い。あれ?
照れてる? いや、恥ずかしくはあるけれど。
うわ、ドキドキしてる。どうしよう。なにこれ。どうしよう。
「…正直に話すが」
「この事を伝えたのは、ソラで4人目だ」
あ…、初めてじゃないんだ…。そうなんだ…。そうだよね……。
「だが、私が未だ旅をしていることで、分かると思うが…」
……えっと…?
あ、そっか、うまくいかなかった…ってことかな?
ネスさんとの結婚を断るなんて、みんな理想がすごく高かったのかな…。
「妻子持ちだったんだ、3人とも。最初に確認しておくべきだった」
…意外と、うっかりさん…?
「…ソラは、妻子はいるのか?」
当然、首を横に振る。
「そうか…」
「………」
「………」
「……よかった…」
…わ。わっ。今、笑った。ほんの少しだけど、ネスさん、笑った!
どうしよう、かわいい! カッコいいのに、かわいい! どうしよう!
もう最初と全然印象違う! ネスさん、寂しがりやでうっかりでカッコかわいい!!
「………」
……どうしよう…。
ほんとに、ドキドキする…。メイさんやメロさんに感じたドキドキと違う…。
…お姉さんと…お話してる時のドキドキに、似てる気がする…。
まだ出会ってから、10分くらいしか経ってないのに…。
ネスさんのこと、まだ何も…全然知らないのに…。
「………」
待って。よく考えて。落ち着いて。
私は、女性。ネスさんも、女性。結婚は、できない。うん。
……あ、でもお姉さんも女性…。
待った。違うよ? お姉さんとは結婚とか考えてないよ? 私間違ってるよ?
お姉さんに対してのは、その…憧れというか…そんな感情で…。
そっか! きっとネスさんにも憧れを感じたんだ! カッコかわいいし!
なんだっ。なーんだっ。びっくりした〜。
「………」
……………。
………お姉さん…今頃どうしてるかな……。
お母さんやお父さんと一緒に、いなくなっちゃった私を探してるのかな…。
もしそうなら、帰ったら、いっぱい謝らなきゃ。そして、いっぱいお礼を言おう。
日頃の分も含めて、いっぱい。いくら言っても、言い足りないもん。
そういえば、この前…お姉さんがお料理を教えてくれた時。
カボチャを切ろうとしたら、すごく硬くて、力を込めたら…指ごと切っちゃって。
でも、すぐにお姉さんが治療してくれて…。痛くない、大丈夫、って…。
あの時のちゃんとしたお礼もまだだし、何か持っていこうかな…。
…そうだっ。その時に教わったカボチャのタルトを作って、持ってい……。
「………」
………あれ…?
手……こんな指を絡める感じで、握ってたっけ…? あれ?
普通に握ってたよね…? え? 私? 無意識にしたの? ネスさん? え?
これ…恋人握り…だよね…? 恋人同士がする、手の繋ぎ方だよね?
身長差があるから、ちょっと違う形だけれど…。
「………」
……ちらっ…。
「………」
……………。
「……いや…」
「………」
「…こうしたかったんだ…」
「…すまない」
……………。
……どうしよう……。本当に、何なの…?
ネスさんの顔…見れないよ…。顔、すっごく熱いよ…。
胸が爆発しちゃいそうだよ……。苦しくてたまらないよ…。
指がやけどしちゃうよ…。涙出ちゃいそうだよ……。
…うえ〜ん……。
「………」
……………。
「………」
……………。
「…ソラ」
びくっ。
「………」
どきどき…。
「…もし良ければ、首に掛けてみてくれ」
…渡されたのは……剣の柄の部分についていた…たぶん、首飾り。
………繋いでいた手を離して…結びを解き、首に回して……後ろで……。
……後ろで………結び……結び………結べ…ない……。うまくいかない。
「ソラ」
立ち止まり、私の背に回って……紐を結んでくれる、ネスさん。
…結び終わって……また手を繋ぎ、歩き始めながら……見つめられる…。
「………」
……………。
「……うん」
どきっ。
「凛々しくなった」
どきどき…。
「…私の、手作りなんだ。その飾りは」
どきどきどき…。
「………」
「…ソラは…」
「このような飾りを作る女を…どう思う?」
……うわああぁぁぁぁんっ!!!
だめ! もうだめっ! 恥ずかしい!
メイさん達のところでもっと恥ずかしいことしていたはずなのに、
それよりずっと、ずーっと、ずぅぅぅ〜〜〜っと恥ずかしいっ!!
にゃあぁぁぅっ! ごろごろしたいっ! ごろごろして村まで転がりたい!
そしてベッドで寝て、朝目が覚めたら全部夢だったーってなってほしいっ!!
「………」
ネスさん! ごめん! ごめんなさいっ! そんな目で見られても答えられないっ!
答えたらしんじゃう! 顔大やけどしてしんじゃう! 胸バクハツしてしんじゃう!
お母さーんっ! お父さーんっ! うわ〜んっ!!
「………」
―………。
「………」
―………。
「………」
―……その…。
「………」
―………。
「………」
―…素敵だと……思いまひゅ…。
「………」
―………。
「…ありがとう」
―っ!
「次はもっと良い飾り付けを作るから…待っていてくれ」
―………。
「…お前が良いなら……私の傍で」
―……………ぁ……ぅ……。
………どたっ。
「ソラ? …おい、ソラ。ソラッ!?」
……………
………
…
………あれ…。ここ……どこ…?
「…目が覚めたか?」
誰かが私を覗き込んでる…。
……ネスさん…?
…そっか…。私、気絶しちゃったんだっけ…。
どこかの屋内みたいだけれど、ここまで運んでくれたのかな…。
…迷惑、掛けちゃった…。
「………」
…怒らせちゃったかな…。じっ…と見たまま……。
「…ソラ」
私を呼ぶ、ネスさん。
「…ここで、お別れだ」
……………。
…え?
「ここが、約束の…カイマという名の町だ」
町…。町に、送り届けてくれるまでが……約束…。
うそ…。もう? もう、着いちゃったの…?
もう、ネスさんともお別れなの? まだほとんどお話してないのに。
もっとおしゃべりしたいのに…、ネスさんのことが、もっと知りたかったのに。
「…この部屋を、1週間分借りておいた」
「後は、お前の村の方角へ行く誰かを探して、同行すればいい」
「そこの包みに、必要になりそうなものは詰めておいた」
「…これが…私がお前に出来る、精一杯だ」
…立ち上がり……扉の方へ歩いていく…ネスさん。
頭で考えるよりも早く、身体が飛び起きて、後を追おうとし……躓き、転ぶ。
どたん、という大きな音と…額に感じる、痛み。
「………」
……手に、何かが触れる感触…。
顔を上げ…見ると……私の手を取る、ネスさんの姿…。
「…ソラ」
ネスさん…。
「…私と一緒に来るというのなら…」
「お前の近くには…もうどんな女も、近寄らせない」
……………。
「…それでも、いいんだな…?」
……………。
「………」
「…ソラ」
「お前にも、妻子でなくとも…想い人がいるんだな」
「気にしなくてもいい。もう慣れた」
「…私は、私だけを愛してくれる男と結婚したい」
「私の愛し方だけを、愛してくれる男とだ」
……………。
「…寝言で呼んでいた、名前…」
「ミーファ…だったか」
ぁ……。
「…何処の誰かは知らないが…」
「幸せ者だな…」
……………。
「……本当に…良い自慢話が増えた…」
……………。
「………」
………バタンッ……。
……………。
……………。
…ネスさん……。
……………。
……………。
……………。
………おねえ…ちゃん……。
……会いたいよ………。
……………
………
…
褐色肌の女性が、訝しげに呟く。
カーテンの余り生地を巻いただけのような、薄い身衣。
地肌には、全身に渡って幾何学的な矢印型の紋様。
もじゃもじゃの長髪に、異様に長い横毛。そこから飛び出た尖った耳。
腰からは蛇腹の尻尾。そして手に携えるは、私の背ほどもある大きな剣。
森の戦士、アマゾネス。
さっきシビさんが教えてくれた。
「………」
鋭い目つきで、じぃっと見つめられる。
…恐い。かなり恐い。守衛長さんより恐い。
にらめっこしたら、笑うんじゃなくて泣いちゃって負けそう。
シビさんと比べて色々正反対な印象があるのも、そう思う理由かもしれない。
でも、私のことを町まで送り届けてくれるらしいから、本当は良い人なのかも…。
「…騙すにしては、それを隠そうとする気が感じられない外見だな」
「お願いする身で、騙すなんて無礼なことは致しません」
そう言いながら、頭を撫でてくれるシビさん。
張っている気持ちが、少しだけ和らいでいく…。
「………」
……しばしの沈黙……。
と、急に剣を持った手を離し、砂浜にそれを倒すアマゾネス。
「証拠を見せてもらう」
そう言い……ただでさえ薄い衣服を…全部脱ぎ捨てた。
当然驚く、私とシビさん。
「な、何をっ…?」
「私は男だけを裸で晒すような、恥知らずではない」
「その子が衣服を脱ぎ、証拠を見せる間…私も恥を受け入れよう」
……なんだろう。よく分からないけれど……すごく漢らしい。
…シビさんを見ると、同じタイミングで、困惑した顔をこちらに向けた。
きっと私も、同じ顔をしてると思う。こんなこと、きっと最初で最後の経験。
「………ソラ…。恥ずかしいでしょうけれど…」
……頷く。
…裸で仁王立ちしたアマゾネスの前で……スカートをめくり上げ、
その中に手を伸ばし………ゆっくり……下着を下ろしていく…。
下に移る、鋭い視線。
「…成程。確かに、男の部分もある…」
そう呟いて……予想とは裏腹にやわらかい手が、下着を持った私の手に触れる。
一瞬、びくってしちゃったけれど…それを気にも留めず、掴んだ手を少し上げるアマゾネス。
「恥をかかせた。すまない」
するりと下着が戻り…そっと手が離れる。
先程までと同じ、強い語気の中に感じる…申し訳無さ。
…やっぱり、勘違いだった。この人、すごく良い人だ。
「人魚よ、約束だ」
「この子を男と思い、町まで送り届けることを誓おう」
布を身体に巻きつけながら、アマゾネスが約束を交わす。
その言葉に、ほっ…と胸を撫で下ろすシビさん。
「私の名はネス。お前の名を尋ねたい」
剣を手に取り、立ち姿が初めて見た時のそれに戻る。
でも…もう、恐いだなんて気持ち、これっぽっちも湧いてこない。
…笑顔で、答える。
「ソラ…か。分かった。よろしく頼む、ソラ」
こちらこそ、よろしくね。
……………
………
…
…そして、二人旅が始まって…5分も過ぎない頃。
「…ソラ」
話し掛けてきてくれたネスさん。
それだけで、なんか嬉しい。
「いつの間にかで、気が付かなかったが…」
「手を繋いでいるな」
頷く。
「大胆だな、お前は。初対面の私に」
…嫌だったのかな…?
「仲間への自慢話が増えた」
喜んでるみたい。よかった。
「…ソラ。お前はアマゾネスがどんな種族か、知っているか?」
首を横に振る。
「一言で表すならば、お前達人間と、男女の立場が逆転しているのがアマゾネスだ」
「女は家族や仲間を守るために戦い、男は家を守り女を癒す存在だ」
「女は老いも若きも戦士だが、一人前の戦士…『成人』を認められるには、条件がある」
「それは、番いを手に入れることだ」
「いくら剣の腕が良かろうと、男を持たぬアマゾネスは立派とは言えない」
「だから私も今、『成人』になるために番いを探す、成人の儀を行っている」
「本来は、ある年齢に達したアマゾネス達がまとまって、男狩りを行なうのだが…」
「私の代だけ、私しかいないくてな。こうして旅をすることになった」
「自由気侭ではあるが…話し相手がいないのが、なんともな…」
…意外と、寂しがり屋さん…?
「………ん…」
ふと、何かに気付いたような声。
…前を見ると……道の先から、こちらに向かって歩いてくる…2つの影。
目を凝らしてみると…一人は鎧にマントを羽織った、騎士風の女性。
もう一人は、右頬に大きな切り傷を付けて、斧を背負った、戦士風の男性。
夫婦か、恋人か、友達かは分からないけれど…きっと私達と同じ、旅人。
「………」
……向こうも、こちらに気付く…。
………あと数歩で…すれ違う距離……。
「…ソラ」
不意に…ぐいっ、と…私の肩を抱き、引き寄せるネスさん。
会釈しようとしたところに突然の出来事。びっくりして、身が縮こまる。
…お互い、挨拶もせず……二人はこちらに目を向けながら…すれ違った。
「……今の子、あの魔物の子かな? 似てなかったけど…」
後ろから聞こえてくる…本人達が思ってる以上に大きい、ひそひそ声。
「小さい子の方は普通の人間ね。たぶん、ああ見えて男の子なのよ」
「えぇっ? 嘘だろ。どう見ても女の子だったじゃないか」
「すれ違う瞬間、こっちに見せつける様にアピールしたでしょう?」
「アマゾネスの習性よ。人前で愛を見せつけるのが喜びらしいわ」
「へぇ…。キミも鎧の中に隠さず、見せつけてくれればなぁ…」
「…今、私を侮辱したのはこの口ね?」
「へ? いや、侮辱なんて……いだっ! いだだだ…!」
…聞き取れなくなってくる声…。
………ちら、とネスさんを見る。
「………」
…相変わらず、硬い表情。
話し掛けていいのかどうか…悩ましい。
「………」
……後ろを振り返る…。
…先程すれ違った人たちの姿は、もう見えない。
あるのは、紫色に濁った空と、見たこともない野花と、長い長い道。
「…ソラ」
私を呼ぶ声。その方向を見上げる。
「先程の者達が言っていたことは、真実だ」
「だが、私はお前を、見せつけるための道具だとは考えていない」
「もしお前が、私に気が芽生えたと言うのなら…」
「今すぐお前を連れて、里に帰ってもいいと考えている」
「誰でもいいというわけではない」
「私は、私を好いてくれる男と結ばれたい」
「私の愛し方を、好いてくれる男とだ」
「お前は…少なくとも、嫌ってはいないでくれていると、私は思っている」
「だから、ソラ。その時は伝えてほしい」
「そうすれば、旅は終わりだ。お前の村に挨拶へ行き、皆の待つ里へ帰る」
「…それが、女として、アマゾネスとしての務めだ」
……………。
……あれ…? これって、もしかして………告白……?
え? 今、私、告白された? ネスさんに? いきなり?
え? え? えぇ?
「………」
え、あれ、なんか顔熱い。あれ?
照れてる? いや、恥ずかしくはあるけれど。
うわ、ドキドキしてる。どうしよう。なにこれ。どうしよう。
「…正直に話すが」
「この事を伝えたのは、ソラで4人目だ」
あ…、初めてじゃないんだ…。そうなんだ…。そうだよね……。
「だが、私が未だ旅をしていることで、分かると思うが…」
……えっと…?
あ、そっか、うまくいかなかった…ってことかな?
ネスさんとの結婚を断るなんて、みんな理想がすごく高かったのかな…。
「妻子持ちだったんだ、3人とも。最初に確認しておくべきだった」
…意外と、うっかりさん…?
「…ソラは、妻子はいるのか?」
当然、首を横に振る。
「そうか…」
「………」
「………」
「……よかった…」
…わ。わっ。今、笑った。ほんの少しだけど、ネスさん、笑った!
どうしよう、かわいい! カッコいいのに、かわいい! どうしよう!
もう最初と全然印象違う! ネスさん、寂しがりやでうっかりでカッコかわいい!!
「………」
……どうしよう…。
ほんとに、ドキドキする…。メイさんやメロさんに感じたドキドキと違う…。
…お姉さんと…お話してる時のドキドキに、似てる気がする…。
まだ出会ってから、10分くらいしか経ってないのに…。
ネスさんのこと、まだ何も…全然知らないのに…。
「………」
待って。よく考えて。落ち着いて。
私は、女性。ネスさんも、女性。結婚は、できない。うん。
……あ、でもお姉さんも女性…。
待った。違うよ? お姉さんとは結婚とか考えてないよ? 私間違ってるよ?
お姉さんに対してのは、その…憧れというか…そんな感情で…。
そっか! きっとネスさんにも憧れを感じたんだ! カッコかわいいし!
なんだっ。なーんだっ。びっくりした〜。
「………」
……………。
………お姉さん…今頃どうしてるかな……。
お母さんやお父さんと一緒に、いなくなっちゃった私を探してるのかな…。
もしそうなら、帰ったら、いっぱい謝らなきゃ。そして、いっぱいお礼を言おう。
日頃の分も含めて、いっぱい。いくら言っても、言い足りないもん。
そういえば、この前…お姉さんがお料理を教えてくれた時。
カボチャを切ろうとしたら、すごく硬くて、力を込めたら…指ごと切っちゃって。
でも、すぐにお姉さんが治療してくれて…。痛くない、大丈夫、って…。
あの時のちゃんとしたお礼もまだだし、何か持っていこうかな…。
…そうだっ。その時に教わったカボチャのタルトを作って、持ってい……。
「………」
………あれ…?
手……こんな指を絡める感じで、握ってたっけ…? あれ?
普通に握ってたよね…? え? 私? 無意識にしたの? ネスさん? え?
これ…恋人握り…だよね…? 恋人同士がする、手の繋ぎ方だよね?
身長差があるから、ちょっと違う形だけれど…。
「………」
……ちらっ…。
「………」
……………。
「……いや…」
「………」
「…こうしたかったんだ…」
「…すまない」
……………。
……どうしよう……。本当に、何なの…?
ネスさんの顔…見れないよ…。顔、すっごく熱いよ…。
胸が爆発しちゃいそうだよ……。苦しくてたまらないよ…。
指がやけどしちゃうよ…。涙出ちゃいそうだよ……。
…うえ〜ん……。
「………」
……………。
「………」
……………。
「…ソラ」
びくっ。
「………」
どきどき…。
「…もし良ければ、首に掛けてみてくれ」
…渡されたのは……剣の柄の部分についていた…たぶん、首飾り。
………繋いでいた手を離して…結びを解き、首に回して……後ろで……。
……後ろで………結び……結び………結べ…ない……。うまくいかない。
「ソラ」
立ち止まり、私の背に回って……紐を結んでくれる、ネスさん。
…結び終わって……また手を繋ぎ、歩き始めながら……見つめられる…。
「………」
……………。
「……うん」
どきっ。
「凛々しくなった」
どきどき…。
「…私の、手作りなんだ。その飾りは」
どきどきどき…。
「………」
「…ソラは…」
「このような飾りを作る女を…どう思う?」
……うわああぁぁぁぁんっ!!!
だめ! もうだめっ! 恥ずかしい!
メイさん達のところでもっと恥ずかしいことしていたはずなのに、
それよりずっと、ずーっと、ずぅぅぅ〜〜〜っと恥ずかしいっ!!
にゃあぁぁぅっ! ごろごろしたいっ! ごろごろして村まで転がりたい!
そしてベッドで寝て、朝目が覚めたら全部夢だったーってなってほしいっ!!
「………」
ネスさん! ごめん! ごめんなさいっ! そんな目で見られても答えられないっ!
答えたらしんじゃう! 顔大やけどしてしんじゃう! 胸バクハツしてしんじゃう!
お母さーんっ! お父さーんっ! うわ〜んっ!!
「………」
―………。
「………」
―………。
「………」
―……その…。
「………」
―………。
「………」
―…素敵だと……思いまひゅ…。
「………」
―………。
「…ありがとう」
―っ!
「次はもっと良い飾り付けを作るから…待っていてくれ」
―………。
「…お前が良いなら……私の傍で」
―……………ぁ……ぅ……。
………どたっ。
「ソラ? …おい、ソラ。ソラッ!?」
……………
………
…
………あれ…。ここ……どこ…?
「…目が覚めたか?」
誰かが私を覗き込んでる…。
……ネスさん…?
…そっか…。私、気絶しちゃったんだっけ…。
どこかの屋内みたいだけれど、ここまで運んでくれたのかな…。
…迷惑、掛けちゃった…。
「………」
…怒らせちゃったかな…。じっ…と見たまま……。
「…ソラ」
私を呼ぶ、ネスさん。
「…ここで、お別れだ」
……………。
…え?
「ここが、約束の…カイマという名の町だ」
町…。町に、送り届けてくれるまでが……約束…。
うそ…。もう? もう、着いちゃったの…?
もう、ネスさんともお別れなの? まだほとんどお話してないのに。
もっとおしゃべりしたいのに…、ネスさんのことが、もっと知りたかったのに。
「…この部屋を、1週間分借りておいた」
「後は、お前の村の方角へ行く誰かを探して、同行すればいい」
「そこの包みに、必要になりそうなものは詰めておいた」
「…これが…私がお前に出来る、精一杯だ」
…立ち上がり……扉の方へ歩いていく…ネスさん。
頭で考えるよりも早く、身体が飛び起きて、後を追おうとし……躓き、転ぶ。
どたん、という大きな音と…額に感じる、痛み。
「………」
……手に、何かが触れる感触…。
顔を上げ…見ると……私の手を取る、ネスさんの姿…。
「…ソラ」
ネスさん…。
「…私と一緒に来るというのなら…」
「お前の近くには…もうどんな女も、近寄らせない」
……………。
「…それでも、いいんだな…?」
……………。
「………」
「…ソラ」
「お前にも、妻子でなくとも…想い人がいるんだな」
「気にしなくてもいい。もう慣れた」
「…私は、私だけを愛してくれる男と結婚したい」
「私の愛し方だけを、愛してくれる男とだ」
……………。
「…寝言で呼んでいた、名前…」
「ミーファ…だったか」
ぁ……。
「…何処の誰かは知らないが…」
「幸せ者だな…」
……………。
「……本当に…良い自慢話が増えた…」
……………。
「………」
………バタンッ……。
……………。
……………。
…ネスさん……。
……………。
……………。
……………。
………おねえ…ちゃん……。
……会いたいよ………。
……………
………
…
12/04/03 00:03更新 / コジコジ
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