第二十記 -サキュバス-
あぁ、なんて魅力的。
湖沿いの小さな屋敷から出てきた少女を一目見て、そう思った。
よりあのコらしく…輝きが目に見えるような、溢れる想い。
少女がさなぎを作り、その中で大人になる準備をしているような…。
人間だから、だけではなく…ひとつの生命として、魅力的な存在…。
「…汚したい…♥」
つい、本音がこぼれ落ちる。
指で抑え…残った分を飲み込んで、屋敷から離れていくふたつの影を見る。
…あのコは、セックスに対して深い興味を持ち始めている。
それはとても喜ばしい傾向。知識においても、技術においても、心においても。
砂漠でのあの呪いが…良いきっかけ。あれが欲を呼び覚ました。
その影響で、心が乱れてしまった時は不安になったけれど…、終わり良ければ。
あのユニコーンには、粗品を包んでお礼を言いに行きたいくらい。
…ふと、突風。腰掛けた枝の葉がざわめく。
「………」
…ちらり、と…来たばかりの同席者に目をやる。
「ねぇ、貴女はどう思う?」
問い掛け………返らない、言葉。
ただ、じっ…と……小さくなっていく二つの点を見つめている…。
「つれないわね」
無愛想さんから視線を外して、同じ点を見る。
……あの姿が見えなくなってから、また後を追おう…。
そんなことを考えていると……ふと、声。
「…あの子は…」
声の主を見る。
…その視線は、変わらず遠い先のものへ。
「貴様が仕組んだのか?」
「まさか」
肩をすくめて、否定の意。
「私は、どちらの『はじめて』も頂いただけよ」
「どちらも…?」
はじめて、視線がこちらに向く。
「詳しく言わなくても、分かるでしょう?」
「………」
…探る様な目。牡のそれと違い、心地の良いものではない。
ただ…嫉妬や嫌悪のものでもなく、それに気付き、私も同じように見返す。
「…それは確かか?」
「えぇ。少なくとも…女性の方は、間違いなく、これで…ね♥」
見せつけるように、尻尾を指で艶めかしくなぞる…。
…しかし、つまらないことに、意に介さない目の前の魔物。
「………妙だ…」
「どうして?」
素直な疑問心から、尋ねる。
「あの子は処女だ」
「えっ…?」
一瞬、言葉の意味が分からなかった。
…処女。つまり、まだ何者からもその証を破られていない女性ということ。
私の尻尾で貫いたはずのソラが…まだ不可侵であると話す、その魔物。
………訳がわからない…。思わず、笑ってしまう。
「…ふふっ…。そんな筈はないわ」
「この目で見た」
「私が襲う前の話じゃあないの?」
「…陰茎には、貴様の匂いも付いていた」
「………」
……既に、影も形もなくなった先を見て……考える。
…あの時、私は確かにソラのはじめてを奪った。
でも、この魔物が嘘を吐いているとも思えないし、吐く理由もない。
ならどうして、治るはずのないものが治っているのか…?
………ユニコーンの力…?
…違う。ユニコーンにとって、それが如何に神聖なものか。
どんなに頼まれようとも、治そうとすることはない筈…。
きっと、もっと別の理由。そう…、ソラの秘密に関わる様な……。
「……悦ばせる為…」
…つぶやき。
「…どういうことかしら?」
「………」
確証がないのか、押し黙ってしまう。
…悦ばせる為…。牡を……いいえ、恋人を。自分を抱いてくれる相手を。
もしそうなら、メリットについての考えと若干結びついてくるところ。
……考えられなくもないけれど……言った本人が思っている通り。
他の要素と比べて、理由が軽い。無かろうと、気になることじゃない。
それなら、もっと……男の身体にも、女の身体にもなれる…とか、
変身能力的なものを有していた方のが、色々と都合が良い。
…もしかして……そこまで出来る、力が無かった…?
だから、ある程度理想的な形までにしか出来なかった…?
だとしたら、あの再生能力は余計におかしい。余分な能力。
力が足りないのなら、余分なものを付けている余裕は…。
「……貴様は、どちらだと考えている…?」
考えに割って入る…問い掛けの言葉。
「個か、群…。どちらの野望か…」
「誰かの身体を永続的に変化させるなんて、個人で出来るものじゃないわ」
「魔王ならば?」
「それなら、あんな中途半端になんてしないわよ。そもそも、あの御方は夫に夢ちゅ……あっ」
「………」
…そう…。そうだわ…。ずっと先入観に縛られていた…。
人間ならば、教団に関係ないところで動く魔術師の一ギルドか、
魔物ならば、どこかのバフォメット一派か…と思っていた。
あそこまでの変化には、莫大な魔力や時間が必要となるから。
でも…例外がいる。
主神や、魔王。そして…それに近しい存在…。
「…リリム…」
「同じ結論か…」
隣に立つ魔物の言葉も耳に入らず、ある思い当たりに、翼を広げる。
「待て」
「嫌よ。急用を思い出したの」
「二つ確認する」
…行けば、後を追ってくる素振りだったので…留まった。
「貴様があの子と関わる理由は何だ」
「貴女と同じ…興味を持ったから。あのコに」
「貴様の目的は」
「そんなこと、決まってるじゃない」
言いながら…ある方向を見る。
「愛し合うためよ」
翼を羽ばたかせ…美しく淀む空へ、一直線に飛び立った。
「………」
「…魔界か……」
「………」
「………」
「………」
「……一夜の過ち…」
「…覚めぬものだ……」
「………」
「…ハク。教えてくれ」
「魔界にも、風は吹くのか」
……………
………
…
湖沿いの小さな屋敷から出てきた少女を一目見て、そう思った。
よりあのコらしく…輝きが目に見えるような、溢れる想い。
少女がさなぎを作り、その中で大人になる準備をしているような…。
人間だから、だけではなく…ひとつの生命として、魅力的な存在…。
「…汚したい…♥」
つい、本音がこぼれ落ちる。
指で抑え…残った分を飲み込んで、屋敷から離れていくふたつの影を見る。
…あのコは、セックスに対して深い興味を持ち始めている。
それはとても喜ばしい傾向。知識においても、技術においても、心においても。
砂漠でのあの呪いが…良いきっかけ。あれが欲を呼び覚ました。
その影響で、心が乱れてしまった時は不安になったけれど…、終わり良ければ。
あのユニコーンには、粗品を包んでお礼を言いに行きたいくらい。
…ふと、突風。腰掛けた枝の葉がざわめく。
「………」
…ちらり、と…来たばかりの同席者に目をやる。
「ねぇ、貴女はどう思う?」
問い掛け………返らない、言葉。
ただ、じっ…と……小さくなっていく二つの点を見つめている…。
「つれないわね」
無愛想さんから視線を外して、同じ点を見る。
……あの姿が見えなくなってから、また後を追おう…。
そんなことを考えていると……ふと、声。
「…あの子は…」
声の主を見る。
…その視線は、変わらず遠い先のものへ。
「貴様が仕組んだのか?」
「まさか」
肩をすくめて、否定の意。
「私は、どちらの『はじめて』も頂いただけよ」
「どちらも…?」
はじめて、視線がこちらに向く。
「詳しく言わなくても、分かるでしょう?」
「………」
…探る様な目。牡のそれと違い、心地の良いものではない。
ただ…嫉妬や嫌悪のものでもなく、それに気付き、私も同じように見返す。
「…それは確かか?」
「えぇ。少なくとも…女性の方は、間違いなく、これで…ね♥」
見せつけるように、尻尾を指で艶めかしくなぞる…。
…しかし、つまらないことに、意に介さない目の前の魔物。
「………妙だ…」
「どうして?」
素直な疑問心から、尋ねる。
「あの子は処女だ」
「えっ…?」
一瞬、言葉の意味が分からなかった。
…処女。つまり、まだ何者からもその証を破られていない女性ということ。
私の尻尾で貫いたはずのソラが…まだ不可侵であると話す、その魔物。
………訳がわからない…。思わず、笑ってしまう。
「…ふふっ…。そんな筈はないわ」
「この目で見た」
「私が襲う前の話じゃあないの?」
「…陰茎には、貴様の匂いも付いていた」
「………」
……既に、影も形もなくなった先を見て……考える。
…あの時、私は確かにソラのはじめてを奪った。
でも、この魔物が嘘を吐いているとも思えないし、吐く理由もない。
ならどうして、治るはずのないものが治っているのか…?
………ユニコーンの力…?
…違う。ユニコーンにとって、それが如何に神聖なものか。
どんなに頼まれようとも、治そうとすることはない筈…。
きっと、もっと別の理由。そう…、ソラの秘密に関わる様な……。
「……悦ばせる為…」
…つぶやき。
「…どういうことかしら?」
「………」
確証がないのか、押し黙ってしまう。
…悦ばせる為…。牡を……いいえ、恋人を。自分を抱いてくれる相手を。
もしそうなら、メリットについての考えと若干結びついてくるところ。
……考えられなくもないけれど……言った本人が思っている通り。
他の要素と比べて、理由が軽い。無かろうと、気になることじゃない。
それなら、もっと……男の身体にも、女の身体にもなれる…とか、
変身能力的なものを有していた方のが、色々と都合が良い。
…もしかして……そこまで出来る、力が無かった…?
だから、ある程度理想的な形までにしか出来なかった…?
だとしたら、あの再生能力は余計におかしい。余分な能力。
力が足りないのなら、余分なものを付けている余裕は…。
「……貴様は、どちらだと考えている…?」
考えに割って入る…問い掛けの言葉。
「個か、群…。どちらの野望か…」
「誰かの身体を永続的に変化させるなんて、個人で出来るものじゃないわ」
「魔王ならば?」
「それなら、あんな中途半端になんてしないわよ。そもそも、あの御方は夫に夢ちゅ……あっ」
「………」
…そう…。そうだわ…。ずっと先入観に縛られていた…。
人間ならば、教団に関係ないところで動く魔術師の一ギルドか、
魔物ならば、どこかのバフォメット一派か…と思っていた。
あそこまでの変化には、莫大な魔力や時間が必要となるから。
でも…例外がいる。
主神や、魔王。そして…それに近しい存在…。
「…リリム…」
「同じ結論か…」
隣に立つ魔物の言葉も耳に入らず、ある思い当たりに、翼を広げる。
「待て」
「嫌よ。急用を思い出したの」
「二つ確認する」
…行けば、後を追ってくる素振りだったので…留まった。
「貴様があの子と関わる理由は何だ」
「貴女と同じ…興味を持ったから。あのコに」
「貴様の目的は」
「そんなこと、決まってるじゃない」
言いながら…ある方向を見る。
「愛し合うためよ」
翼を羽ばたかせ…美しく淀む空へ、一直線に飛び立った。
「………」
「…魔界か……」
「………」
「………」
「………」
「……一夜の過ち…」
「…覚めぬものだ……」
「………」
「…ハク。教えてくれ」
「魔界にも、風は吹くのか」
……………
………
…
12/03/20 00:05更新 / コジコジ
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