第十六記 -狐火-
「おっ、そこの旦那ァ! どうです、早くっからの一杯もオツなもんで!」
「新鮮な野菜だよーっ! 今朝採ったばかりだからおいしいよーっ!」
「あっ! こンの野良めェ! ウチの魚ばっかり狙いやがってェ!!」
…喧騒が行き交う商店通り。
ゴブリンやウシオニといった魔物に出会いながらも着いたここは、
ジパングの都のひとつ、キョート…それに属する、フシミの町。
魔物との共存が成されているジパングにおいて、特にそれが色濃い町でもある。
どれくらい色濃いかというと…道行きすれ違う人、
その20人に1人くらいが魔物…、妖狐の亜種、稲荷。
みんな仲睦まじそうに、旦那さんや子供と手を結んでいる。
何故こんなに稲荷が溢れているのか。
それは、この町が稲荷を讃える『稲荷信仰』の総本山、
伏見稲荷神社という…大きな教会を有していることが原因。
そこには『白面金毛九尾之狐』…という舌を噛みそうな名前の、
尾が九本生え神格化した稲荷が住んでいるらしい。別名『玉藻前』。
絶世の美女かつ膨大な魔力によって町を守ってきたことから、
それにあやかろうと、町の女性は進んで稲荷になることを望む。
その結果、このように稲荷が溢れる町並みに変化していったのだ。
「ねぇ、お前さん、あれを見て。とっても洒落たお馬さんだわ」
「あぁ。ありゃ異国の妖怪だべ。いやぁ、でかいが端整な顔立ちだァ」
…とはいえ、魔物だらけの中でも、やっぱりユニさんは目立つ。
すれ違う人、みんな私達の方へ振り返る。そして一言、二言。
ユニさんはそれがとても気になるようで、顔を伏せながら歩いている。
「はぁー…。異国には馬の妖怪もいるだか〜」
「ばっかおめぇ、ウチには竜の妖怪もいっぺよ」
「…ちょっとお前さん、あの子のどこを見てたんだい」
「いでぇっ! ち、ちげぇ! 乳っこさなんだ見てねぇっ!!」
「かーちゃん、あのお馬さん、きれいな服着てる〜」
「外の洋服もヒラヒラしていて綺麗だねぇ。今度お前にも着せてみようか」
…なんだろう。恥ずかしいけれど、何故か誇らしい気分になる。
「おおっと! そこの可愛いお嬢さんと、綺麗なお姉さん!」
と、いきなり横に現れる、眼鏡に出っ歯の商人さん。
「もしや、今夜お泊りの宿をお探しで? いいとこ案内できますよォ〜」
もみてもみてのその手付き。ポコさんに負けぬもみっぷり。
「この通りを抜けて左に行ったところ、すぐにね、いい宿があるんですよォ」
…ユニさんに目で尋ねる。
余程この場から離れたいのか、すごい勢いで首振りお返事。
「ではっ、案内させて頂きます。ささ、こちらに」
視線と言葉が集まる商店通りを、ユニさんは早足で歩き出した。
……………
………
…
荷物を置いて、ふぅ…と一息。
それよりも深い溜め息を、ユニさん、はぁ〜…と一息。
「まさか、あんなに注目されてしまうなんて…」
またひとつ、はぁ〜…と溜め息。
この旅を始める前から予想はできていたことだけれど、
やっぱり、実際晒されてみると恥ずかしい気持ちになる。
「ハク様のところに着くまでの辛抱なのでしょうが…」
三度、はぁ〜…と溜め息。
…私達は今、ジパングの都のひとつ、トチギにあるニッコーという町を目指している。
そこのチューゼンジ湖に住む、白蛇のハクさんの住処がゴール地点。
ハクさんは、ユニさんのお母さん…ニコさんとのお友達。
ニコさんが作ってくれた『お赤飯』という料理も、ハクさんから教わったとのこと。
それにあたって、今回の旅の目的は、いっぱいある。
まず第一に、ニコさんから頼まれたおつかいをこなすこと。
おつかいの内容は、ニコさんの新作レシピメモを届ける、というもの。
中身は見ていないけれど、とてもとても美味しい料理らしい。
第二に、魔物の研究をすること。これは言わずもがな。
第三に、ユニさんの花嫁修業をかねて…と、ニコさん談。
…私としては、修業しなくても、ユニさんは充分立派なお嫁さんになれると思う。
第四に、ここの神社で安産祈願、家内繁栄のお守りを貰うこと。
ニコさんが、ここのお守りは信頼度が高く、オススメだって言ってた。
…安産祈願については、祈る前に、乗り越えなきゃいけない壁があるけれど…。
第五に…これはユニさんには秘密なんだけれど…以前海で流された時、
偶然着いたジパングで出会い、助けてくれた…クノさんに会うこと。
ほとんど運任せで、会えたらいいな…くらいの考え。
…もし会えたら、あの時言えなかったお礼を伝えたい。
これらの目的を、1ヶ月の目標で組んでいる。
そう、今回は長旅なのだ。
「ソラ様。この後の予定はどうなさいますか?」
問われて、部屋に掛けられていた振り子時計に目をやる。
…16時50分。神社に行くには、少し遅い時間。
お守りは明日にするとして…どうしよう。何をしようかな?
「…あ。このようなものは参考になりませんか?」
机の上に置かれていた紙を拾い上げ、渡してくれるユニさん。
『キョートを楽しむための10のスポット!』と大きな見出し。
端に小さく、カッコで『外様用』の文字。観光案内紙らしい。
めくると、小さく10個に区切られた、各スポットの案内。
懐石料理、商店通り、神社、祭、温泉、旧跡名所、遊郭、絶景、梅園、偉人碑…。
…一通り目を通して、どこに行こうか、と添えて紙を返す。
「ソラ様が選んでくださったところに、私も行きたいです」
くるりと紙を回し、笑顔を添えてまた返される。
…改めて案内を見直し…悩む。
まず、人の多いところは避けたい。ユニさんが休まらない。
そして、今の時間からも行けるところを絞ると…。
懐石料理、温泉、遊郭…の3つくらい。今の時間なら、温泉も人が少ないはず。
で、この中の内…遊郭は更に除く。案内を読む限り…たぶん、男性が利用するお店。
残るは懐石料理と温泉だけれど…この宿は、料理は出るけどお風呂はないらしい。
となれば必然的に、後々温泉へ入りに行かなければならないのだ。
うん、それなら今からもう、温泉に行っちゃおう。
ユニさんにそれを伝えると、とっても喜んでくれて、
ふたりでうきうきしながら温泉へ行く準備を始めることになった。
……………
………
…
「わぁ…」
戸を開くと、湯気立ち上る中に…大きな大きな、露天風呂があらわれた。
ユニさんの手を引きながら、滑らないように気を付けつつ、石床に足を踏み入れる。
「広いんですね…。こんな大きなお風呂、初めて見ました…」
感心し辺りを見回す姿に同意しながら、湯船に近付く。
湯気の中に、人影がふたつ…、稲荷のお姉さんと、人間のお婆さん。
視線が合い、会釈をして御一緒させてもらおうと足を伸ばす。
「おっと、待ちな。嬢ちゃん達、外の人かい?」
と、稲荷のお姉さんに遮られ、問われる。
少し戸惑いつつも、質問に答えた。
「こっちの温泉っていうのはね、湯船に浸かる前に、身体を洗うんだ」
「みんなが綺麗な湯に浸かれるようにね。ねぇ、おとなり」
お婆さんがしわしわの顔を、にっこりとさせて頷く。
「郷に入りては郷に従え。それから語り合おうじゃないか」
そう言って、指さす稲荷のお姉さん。
…指す方を見ると……流し場。ブラシも置いてある。
向き直り、謝罪とお礼を言うと、手をひらひらとさせて応えてくれた。
ユニさんの手を引いて、教えられた場所へ向かう。
「お優しい方ですね」
頷き…流し場に、到着。
お湯が流れる堀に桶を入れて汲み、それをユニさんの身体にかける。
「あっ…。大丈夫です、ソラ様。自分で出来ます」
やらせて、と言って…もう一度、かける。
「……では…、甘えさせて頂きます…」
膝を折り…リラックスした姿勢をとるユニさん。
早速シャンプーを手でほぐし、髪を洗………。
……バススツールを足場に、頭からお湯を掛け…髪に指を通す。
絹のようになめらかで、細く、白い…綺麗な髪。
私の安いシャンプーじゃ、逆に傷んじゃうんじゃないかってくらい。
「………♥」
わしゃわしゃと泡立ってくる髪の毛。
時折、ぴこんっ、と跳ねる耳に心奪われつつ、わしゃわしゃ。
角を見て、あそこは石鹸でいいのかなと考えつつ、わしゃわしゃ。
手触りが心地良くて、もう少し洗っていたいな…と思いつつ、わしゃわしゃ。
…最後に、温かいお湯を、ザバーッ。
「っ…♥」
ぷるぷると水を弾く耳。かわいい。
さぁ、次は身体を…と思い、タオルとブラシを持とうとする…と、
「あっ、ソラ様」
呼び止める声。
「次は私に、ソラ様の髪を洗わせてくださいませんか?」
先に全部洗った方が…という提案を返すと、交代々々で…と返る新提案。
…ほんの少し悩んだけれど、ユニさんの申し出がとても嬉しかったから、新提案を採用。
「では、御席に…」
差し出されたバススツールに、ユニさんへ背を向けるようにして座る。
「目を瞑ってくださいね」
目を瞑ると……ザバーッと、頭から掛かる温かいお湯。
…目を開けようとしたところで、もう一回、ザバーッ。
ユニさんは2回派の御様子。
「それでは…失礼します」
…髪に掛かる、指の感触。
頭頂部をかき混ぜるように洗って……次第に、左右に広げ伸ばすように…。
「………ソラ様…、このようなお話は御存知ですか…?」
前髪を一度後ろに引いて…細かくかき混ぜ……また後ろに伸ばして……。
「女性の髪には、水の精霊…ウンディーネが宿る、というお話です…」
横髪も上げて…後頭部へ……指を櫛のように……。
「いつも水で洗い…潤いを纏った女性の髪には、加護が宿り…」
後ろ髪は梳くように洗い………生え際を揉み上げて……。
「跳ねる水飛沫のように美しく…穏やかな清流のように艶やかな…」
耳の後ろの生え際は…くすぐるような手付きで細かく掻いて……。
「まるでウンディーネの髪のように、心惹かれるものになるそうです…」
最後にもう一度…前髪を後ろに引き……。
「………きっと…ソラ様にも、その加護があるのでしょうね……」
……お湯が、泡を流し落とした…。
「…ソラ様…。私の髪には、宿っていましたか…?」
……………
………
…
「どうだい? 良い湯だろう?」
かっかっと恰幅良く笑う稲荷のお姉さん。
「この湯は滋養強壮、魔力活性、肩こり、冷え性、あとはー…」
ちら、とお婆さんに目配せ。
「打ち身、神経痛、関節痛、痛風じゃな」
「そう、それらに効くんだ」
息ぴったりである。
「嬢ちゃん達、旅の者だろう」
指先が、私とユニさんを交互に指し…それに頷く。
「仲が良いねぇ、親子みたいだ」
「本当に」
今度はふたりでかっかっと笑う。
「ソラ様は、私の大切な方なんです」
膝に抱えた私を見下ろし、優しく頭を撫でてくれるユニさん。
…でも、確かに、この構図は親子っぽい。
ユニさんの背の高さを考えて、底が深い側に寄ったんだけれど…
今度は私が頭まで沈んじゃうから、膝に乗っけてもらっている状態。
お母さんの膝に乗っている子供のそれと同じ。
………見た目や雰囲気的なものも、多少はあるんだろうけど……。
「あんた、ユニコーンだろう?」
「はい」
「珍しいねぇ。旦那はいないのかい?」
「…それは……」
「これ。無粋なことを訊くでないよ」
「あぁ…そうだね。すまなかった。気を悪くさせちまったかい?」
「いえ。…私は。ソラ様の傍に居られることが幸せなんです」
「『傍にいるだけで幸せ』! くぅ〜! 最近旦那にも言ってない!」
「お伝えすれば、とても喜んでくれるものと思いますよ」
「でもねぇ〜…。子供の前では、やっぱり恥ずかしいよ」
「お子さんがいらっしゃるんですね」
「まあね。こんぐらいと、こーんくらいの、女が二人」
「可愛いのでしょうね」
「あれで悪戯しなけりゃ、もーっと可愛いんだけどさ」
「それくらいの頃が、可愛さと悪戯の盛りじゃよ」
「障子に何枚も穴開けられる身になってよ、お婆ちゃん」
「ワシはもう何万枚とも、チビ共が破った障子を貼り替えてきたよ」
「…お婆ちゃん、いくつ?」
「それこそ無粋じゃな」
「うふふっ…」
……話の輪に入れない…。
なんだろう…大人同士の会話の場に取り残された子供の気分。
「アタシもさー、そっちの嬢ちゃんくらいの時は良かったよ」
「毎日毎日、旦那と惚れて惚れられての毎日でさぁ」
「今はさ、旦那め…隠れて遊郭なんて行ってさ」
「男ってのは、そういう生き物なんじゃよ」
「でもさ、この前なんてジョロウグモの匂い付けて帰ってきて…」
「もうその夜は修羅場だよ。ビンタしながら14発抜かしてやったさ」
「す…すごいですね…」
「ジョロウグモんとこでは、どんだけ出したもんかも分からないよ」
………ふと、湯気に混じって……青っぽい何かがいることに気付く。
目を凝らして見ると……炎のようでもあり……人のようにも見える…。
「お婆ちゃんはどうなの? 若い頃、すごかった?」
「そうじゃのう…。ワシは巫女をしておったんじゃが…」
「稲荷神社の?」
「そうじゃ…。狐憑きには選ばれなかったがの」
「今じゃ人間のままの巫女さんの方が珍しいもんねぇ」
「ワシの頃もそうじゃったよ。じゃが、物珍しさで男は寄ってきておったの」
「御婆さんは身も心も美しいからだと、私は思います」
「ほっほっ。そりゃ嬉しいねぇ」
……ふわふわ……ゆらゆら……風船みたいな動き…。
…耳と……しっぽ…? 炎じゃない…、魔物…?
「うちのもだけど、巫女服が好きな男って多いねぇ」
「清楚なイメージだからでしょうか?」
「清楚なイメージなのに、エロい衣装だからだろうさ」
「そ、そうですか…?」
「例えば…その嬢ちゃんが、巫女服を着たとするよ?」
「ソラ様がですか?」
「うん。で、街中走り回ってみな。感想が2つ出るから」
「2つ…」
「可愛いと、エロい。幼女趣味の奴だけだけど」
「………」
「……まさか、あんた…違うよね?」
「ち、違います! 可愛いって思っただけです!」
「鼻血、鼻血」
…不意に、すぃーっと……目の前まで下りてくる。
そして…それと、目が合う。にやりと笑う、それ。
…狐火。
人に憑いて、魔物に変えてしまう…憑依するタイプの精霊の魔物。
妖狐や稲荷の魔力の塊と云われ、また性欲の塊とも云われている。
妖狐は無差別に撒き散らし、稲荷は制御の下でこれを放出する。
とり憑かれると、たちまち狐憑きになってしまう。
「と、ところで…外から賑やかな音が聞こえてきますね?」
「あぁ、供養祭さ。前を神輿が通ってるんじゃないか?」
「供養祭…?」
「亡くなってしまった稲荷信仰の信者を尊ぶ御祭じゃよ」
「簡単に言えば、でっかい御葬式」
「御葬式なのに、明るい御祭なのですか?」
「そうさ。明るいほど、みんな浮かばれる」
「特に、稲荷の者はのう。憂いを残せば、狐火が増えてしまうのじゃ」
「いくら稲荷信仰といえど、でたらめに増やすわけにもいかないから、さ」
「だからこんなに明るいのですね」
「死者も生者も飲まにゃ損、ってもんさ。あぁ、早く出て飲みたいよ」
……みんな、見えていない…?
視線が交差しているところを、ゆらゆらと漂っている狐火が…。
と…不意に、瞬きする間……目と鼻の先に、狐火の顔。
驚いて、身を引く。
「? ソラ様…?」
顔が近付き………。
「ん、どうした?」
………すり、抜ける…。
「のぼせたかの?」
…後ろを振り向く。
そこには、ユニさんのおっきな……。
……あれ?
「どうかなさいましたか? ソラ様」
………首を振って、何でもない、と答える。
「…? そうですか…」
「何か見えたんかのぅ」
「おっぱい飲みたかったんじゃない?」
「ふぇっ!?」
…身体に変化は、ない…。
魔物化はしないから、当然と言えば当然だけれど…。
でも、それならさっきの狐火は、どこに行っちゃったんだろう…?
「いや、冗談冗談」
「冗談が好きな子じゃ」
「それ、小さい頃に、ここの番台してたお婆ちゃんにも言われたなぁ」
「そ、そうですよね。冗談ですよね…」
……………違う…。
いる……。私の中に、いる……。
うっすらとだけど…そのコの感情が、あるのが分かる…。
…戸惑い………何かに気付き……試行錯誤………。
……察する。
きっと…このコがしようとしていることは………。
―………ユニ…さん…。
「あっ。はい、ソラ様」
―……あがろう…。
「えっ…? もうですか?」
「まだ5分も経ってない。良い湯あがりには、20〜30分浸らないと」
「芯まで温まっていないまま出ると、風邪っぴきになるぞい」
―…おねがい……。
「わ、分かりました…。すみません、お先に失礼します」
「本当にのぼせたかのぅ」
「かなぁ。お大事に」
「色々お話できて、楽しかったです。それでは…」
……………。
「うーん…なんだろうねぇ」
「小さい子はのぼせやすいからのぅ」
「あたしも昔はよくのぼせたけれど、あんなに早くはなかったよ」
「ふぅむ…」
「そういえば、ずっとお腹の下に手当ててたね、あの子」
「あぁ、体調を崩してたなら、なおさらじゃ」
「折角の旅なんだ。早く回復してほしいね」
「ほんに」
……………
………
…
―はぁっ……、はっ…。
「すごい熱…、どうして急に……。…ソラ様、今治します!」
―…ユニ、さん……。
「大丈夫です。私の力でも、ある程度の病なら…」
「…ルオーナ……モイマ…ヤ・ナン……ドゥー…」
―はっ…ぅ……。はぁっ、はぁ…っ…。
「っ…!? そ、そんな……、治らない…?」
「嘘…。……も、もう一度っ…!」
―…ちがう…の……。
「え…。…違う……って…?」
―…はっ……。…からだのなかに……きつねび、が……。
「! 憑依されたのですか!?」
―さっき……おんせんに、はいってるとき……。…ふっ…ぅ…。
「いつの間に…。では、この症状は…」
―……たぶ、ん……。
「…ソラ様、魔術師の方を探してきます。それまで少しだけ…」
―だめ……。
「で、ですがっ…」
―このコ……っ…ね…、まんぞくしたら…。
―まんぞくしたら……はなれてくれる、って…。
―…だから……。……おねがい………。
「………」
―………。
「………できません……」
―………。
「……ソラ様の……お身体が耐えきれるか……分かりません……」
―…がんばる……から……。
「………」
―………。
「………」
―………。
「……私は………」
―………。
「…どうなろうとも……ソラ様の…お傍にいます……」
―……うん……。
「………」
―………。
「……浴衣……脱がしますね…」
―…うん……。
「………」
―………。
「………ソラ様…」
―ん…。
「………」
―…なに……?
「………いえ…」
―おしえて……。
「………」
―………ね……。
「………狐火を……ただ消滅させたくないから……」
―…うん…。
「…それだけ………ですか……?」
―………。
「………」
―……ふふっ…。
「………」
―…わかんない。
「………」
―………けど……。
―いま……わたしが、あまえられるの……。
―…ユニさんだけだから……。
「………」
―……ごめんね……。
「…謝らないで…ください……」
―………。
「……ソラ様は…誰に対しても優しく接する方です…」
―…そんなこと…。
「でも……誰に対しても、優しすぎます…」
―………。
「…そのままでは……今みたいなことが…この先、何度だって……」
―…ごめんね…。
「…何度だって……」
―………。
「………」
―………。
「………」
―………。
「………」
―……まだ…。
「ぇ…」
―まだ……きめられないの……。
「………ソラ……様……」
―ごめんね…。……ひどい…よね…。
「………」
―…ユニさん……つらい、よね……。
「………私、は……」
―わかってる…、……わかってるん…だけれど……。
「…ちが……、違うん…です…。ソラ様…っ……」
―………ごめんね……。
「お願いです……っ…、…泣かないで…っ…」
―………ごめん…ね……。
「ソラ様ッ!!」
―………。
「………もう…二度と……言いません……」
「…だから………泣かないで……」
「謝らないで…ください……」
「それが……いちばん…………………………つらい……っ………」
―………。
「………」
―………うん…。
「………」
―………。
「……私が一番……優しさに、甘えていました…」
―………。
「ももさんや、ドラさんのように……」
「振り向いてもらおうと…頑張りもせずに……」
「ソラ様の優しさを…鵜呑みにしていて…」
「……物足りないなんて……贅沢な考えをして……」
「……………」
「………ソラ様が……悩んでいるとも知らず………求めて………」
「……………」
「……………ごめん……なさい…っ……」
―………。
「…っ……ぅ……」
―…ね……ユニさん…。
「………」
―……わたしも………ね…。
「………」
―っ…! ぅぁ…っ…!
「!? ソラ様っ!」
―わっ……わたしも……っぅ…あ、あやまられる……の…。
―すごく………つらい…や…。
「…ソラ……様…」
―だから…っ…、…だから………ね…。っぁ……はっ…。
―…ユニさんも……いわない……。
―……やくそく……ね…?
「っ〜〜〜〜〜!!!」
―きゃっ!?
「ソラ様ッ…!」
「私が! 私が…全部! ソラ様の辛いこと…全部ッ!!」
「癒します…! 約束、しますっ! 全部癒します!!」
「傷も…悩みも…疼きも…全部、私が、全部ッ!!」
「狐火ごとだって、癒してみせますっ…!」
「そして……いつか……」
―やぅ…っ♥ ゆ、ユニさっ…♥ 急に…ぃ…♥
「いつか………ユニコーンの喜びを……教えてください…っ」
―……うんっ…♥
―ひゃうっ…♥♥ やっ…♥♥ む、むね…ぇ♥♥ ゃぁ…ぁっ…♥♥
……………
………
…
「そういえば、さ」
「なんじゃ?」
「亡くなったここの番台のお婆ちゃんも、昔巫女さんやってたんだって」
「偶然じゃのぅ」
「本当に。優しくて、話し好きで、世話焼きなお婆ちゃんだったよ」
「…そうかい」
「出るの?」
「長湯は堪えるんでのぅ」
「そう、またね」
「あぁ…、達者での」
「………」
「あーあ…。でかい風呂に、一人かぁ」
「………」
「…あたしもそろそろ、あがるかな…」
「旦那と息子の顔も見たいし…」
「こんな日に遊郭行ってようもんなら、枕元に立ってやる」
「………」
「それにしても…」
「良い湯だなぁ……」
……………
………
…
「新鮮な野菜だよーっ! 今朝採ったばかりだからおいしいよーっ!」
「あっ! こンの野良めェ! ウチの魚ばっかり狙いやがってェ!!」
…喧騒が行き交う商店通り。
ゴブリンやウシオニといった魔物に出会いながらも着いたここは、
ジパングの都のひとつ、キョート…それに属する、フシミの町。
魔物との共存が成されているジパングにおいて、特にそれが色濃い町でもある。
どれくらい色濃いかというと…道行きすれ違う人、
その20人に1人くらいが魔物…、妖狐の亜種、稲荷。
みんな仲睦まじそうに、旦那さんや子供と手を結んでいる。
何故こんなに稲荷が溢れているのか。
それは、この町が稲荷を讃える『稲荷信仰』の総本山、
伏見稲荷神社という…大きな教会を有していることが原因。
そこには『白面金毛九尾之狐』…という舌を噛みそうな名前の、
尾が九本生え神格化した稲荷が住んでいるらしい。別名『玉藻前』。
絶世の美女かつ膨大な魔力によって町を守ってきたことから、
それにあやかろうと、町の女性は進んで稲荷になることを望む。
その結果、このように稲荷が溢れる町並みに変化していったのだ。
「ねぇ、お前さん、あれを見て。とっても洒落たお馬さんだわ」
「あぁ。ありゃ異国の妖怪だべ。いやぁ、でかいが端整な顔立ちだァ」
…とはいえ、魔物だらけの中でも、やっぱりユニさんは目立つ。
すれ違う人、みんな私達の方へ振り返る。そして一言、二言。
ユニさんはそれがとても気になるようで、顔を伏せながら歩いている。
「はぁー…。異国には馬の妖怪もいるだか〜」
「ばっかおめぇ、ウチには竜の妖怪もいっぺよ」
「…ちょっとお前さん、あの子のどこを見てたんだい」
「いでぇっ! ち、ちげぇ! 乳っこさなんだ見てねぇっ!!」
「かーちゃん、あのお馬さん、きれいな服着てる〜」
「外の洋服もヒラヒラしていて綺麗だねぇ。今度お前にも着せてみようか」
…なんだろう。恥ずかしいけれど、何故か誇らしい気分になる。
「おおっと! そこの可愛いお嬢さんと、綺麗なお姉さん!」
と、いきなり横に現れる、眼鏡に出っ歯の商人さん。
「もしや、今夜お泊りの宿をお探しで? いいとこ案内できますよォ〜」
もみてもみてのその手付き。ポコさんに負けぬもみっぷり。
「この通りを抜けて左に行ったところ、すぐにね、いい宿があるんですよォ」
…ユニさんに目で尋ねる。
余程この場から離れたいのか、すごい勢いで首振りお返事。
「ではっ、案内させて頂きます。ささ、こちらに」
視線と言葉が集まる商店通りを、ユニさんは早足で歩き出した。
……………
………
…
荷物を置いて、ふぅ…と一息。
それよりも深い溜め息を、ユニさん、はぁ〜…と一息。
「まさか、あんなに注目されてしまうなんて…」
またひとつ、はぁ〜…と溜め息。
この旅を始める前から予想はできていたことだけれど、
やっぱり、実際晒されてみると恥ずかしい気持ちになる。
「ハク様のところに着くまでの辛抱なのでしょうが…」
三度、はぁ〜…と溜め息。
…私達は今、ジパングの都のひとつ、トチギにあるニッコーという町を目指している。
そこのチューゼンジ湖に住む、白蛇のハクさんの住処がゴール地点。
ハクさんは、ユニさんのお母さん…ニコさんとのお友達。
ニコさんが作ってくれた『お赤飯』という料理も、ハクさんから教わったとのこと。
それにあたって、今回の旅の目的は、いっぱいある。
まず第一に、ニコさんから頼まれたおつかいをこなすこと。
おつかいの内容は、ニコさんの新作レシピメモを届ける、というもの。
中身は見ていないけれど、とてもとても美味しい料理らしい。
第二に、魔物の研究をすること。これは言わずもがな。
第三に、ユニさんの花嫁修業をかねて…と、ニコさん談。
…私としては、修業しなくても、ユニさんは充分立派なお嫁さんになれると思う。
第四に、ここの神社で安産祈願、家内繁栄のお守りを貰うこと。
ニコさんが、ここのお守りは信頼度が高く、オススメだって言ってた。
…安産祈願については、祈る前に、乗り越えなきゃいけない壁があるけれど…。
第五に…これはユニさんには秘密なんだけれど…以前海で流された時、
偶然着いたジパングで出会い、助けてくれた…クノさんに会うこと。
ほとんど運任せで、会えたらいいな…くらいの考え。
…もし会えたら、あの時言えなかったお礼を伝えたい。
これらの目的を、1ヶ月の目標で組んでいる。
そう、今回は長旅なのだ。
「ソラ様。この後の予定はどうなさいますか?」
問われて、部屋に掛けられていた振り子時計に目をやる。
…16時50分。神社に行くには、少し遅い時間。
お守りは明日にするとして…どうしよう。何をしようかな?
「…あ。このようなものは参考になりませんか?」
机の上に置かれていた紙を拾い上げ、渡してくれるユニさん。
『キョートを楽しむための10のスポット!』と大きな見出し。
端に小さく、カッコで『外様用』の文字。観光案内紙らしい。
めくると、小さく10個に区切られた、各スポットの案内。
懐石料理、商店通り、神社、祭、温泉、旧跡名所、遊郭、絶景、梅園、偉人碑…。
…一通り目を通して、どこに行こうか、と添えて紙を返す。
「ソラ様が選んでくださったところに、私も行きたいです」
くるりと紙を回し、笑顔を添えてまた返される。
…改めて案内を見直し…悩む。
まず、人の多いところは避けたい。ユニさんが休まらない。
そして、今の時間からも行けるところを絞ると…。
懐石料理、温泉、遊郭…の3つくらい。今の時間なら、温泉も人が少ないはず。
で、この中の内…遊郭は更に除く。案内を読む限り…たぶん、男性が利用するお店。
残るは懐石料理と温泉だけれど…この宿は、料理は出るけどお風呂はないらしい。
となれば必然的に、後々温泉へ入りに行かなければならないのだ。
うん、それなら今からもう、温泉に行っちゃおう。
ユニさんにそれを伝えると、とっても喜んでくれて、
ふたりでうきうきしながら温泉へ行く準備を始めることになった。
……………
………
…
「わぁ…」
戸を開くと、湯気立ち上る中に…大きな大きな、露天風呂があらわれた。
ユニさんの手を引きながら、滑らないように気を付けつつ、石床に足を踏み入れる。
「広いんですね…。こんな大きなお風呂、初めて見ました…」
感心し辺りを見回す姿に同意しながら、湯船に近付く。
湯気の中に、人影がふたつ…、稲荷のお姉さんと、人間のお婆さん。
視線が合い、会釈をして御一緒させてもらおうと足を伸ばす。
「おっと、待ちな。嬢ちゃん達、外の人かい?」
と、稲荷のお姉さんに遮られ、問われる。
少し戸惑いつつも、質問に答えた。
「こっちの温泉っていうのはね、湯船に浸かる前に、身体を洗うんだ」
「みんなが綺麗な湯に浸かれるようにね。ねぇ、おとなり」
お婆さんがしわしわの顔を、にっこりとさせて頷く。
「郷に入りては郷に従え。それから語り合おうじゃないか」
そう言って、指さす稲荷のお姉さん。
…指す方を見ると……流し場。ブラシも置いてある。
向き直り、謝罪とお礼を言うと、手をひらひらとさせて応えてくれた。
ユニさんの手を引いて、教えられた場所へ向かう。
「お優しい方ですね」
頷き…流し場に、到着。
お湯が流れる堀に桶を入れて汲み、それをユニさんの身体にかける。
「あっ…。大丈夫です、ソラ様。自分で出来ます」
やらせて、と言って…もう一度、かける。
「……では…、甘えさせて頂きます…」
膝を折り…リラックスした姿勢をとるユニさん。
早速シャンプーを手でほぐし、髪を洗………。
……バススツールを足場に、頭からお湯を掛け…髪に指を通す。
絹のようになめらかで、細く、白い…綺麗な髪。
私の安いシャンプーじゃ、逆に傷んじゃうんじゃないかってくらい。
「………♥」
わしゃわしゃと泡立ってくる髪の毛。
時折、ぴこんっ、と跳ねる耳に心奪われつつ、わしゃわしゃ。
角を見て、あそこは石鹸でいいのかなと考えつつ、わしゃわしゃ。
手触りが心地良くて、もう少し洗っていたいな…と思いつつ、わしゃわしゃ。
…最後に、温かいお湯を、ザバーッ。
「っ…♥」
ぷるぷると水を弾く耳。かわいい。
さぁ、次は身体を…と思い、タオルとブラシを持とうとする…と、
「あっ、ソラ様」
呼び止める声。
「次は私に、ソラ様の髪を洗わせてくださいませんか?」
先に全部洗った方が…という提案を返すと、交代々々で…と返る新提案。
…ほんの少し悩んだけれど、ユニさんの申し出がとても嬉しかったから、新提案を採用。
「では、御席に…」
差し出されたバススツールに、ユニさんへ背を向けるようにして座る。
「目を瞑ってくださいね」
目を瞑ると……ザバーッと、頭から掛かる温かいお湯。
…目を開けようとしたところで、もう一回、ザバーッ。
ユニさんは2回派の御様子。
「それでは…失礼します」
…髪に掛かる、指の感触。
頭頂部をかき混ぜるように洗って……次第に、左右に広げ伸ばすように…。
「………ソラ様…、このようなお話は御存知ですか…?」
前髪を一度後ろに引いて…細かくかき混ぜ……また後ろに伸ばして……。
「女性の髪には、水の精霊…ウンディーネが宿る、というお話です…」
横髪も上げて…後頭部へ……指を櫛のように……。
「いつも水で洗い…潤いを纏った女性の髪には、加護が宿り…」
後ろ髪は梳くように洗い………生え際を揉み上げて……。
「跳ねる水飛沫のように美しく…穏やかな清流のように艶やかな…」
耳の後ろの生え際は…くすぐるような手付きで細かく掻いて……。
「まるでウンディーネの髪のように、心惹かれるものになるそうです…」
最後にもう一度…前髪を後ろに引き……。
「………きっと…ソラ様にも、その加護があるのでしょうね……」
……お湯が、泡を流し落とした…。
「…ソラ様…。私の髪には、宿っていましたか…?」
……………
………
…
「どうだい? 良い湯だろう?」
かっかっと恰幅良く笑う稲荷のお姉さん。
「この湯は滋養強壮、魔力活性、肩こり、冷え性、あとはー…」
ちら、とお婆さんに目配せ。
「打ち身、神経痛、関節痛、痛風じゃな」
「そう、それらに効くんだ」
息ぴったりである。
「嬢ちゃん達、旅の者だろう」
指先が、私とユニさんを交互に指し…それに頷く。
「仲が良いねぇ、親子みたいだ」
「本当に」
今度はふたりでかっかっと笑う。
「ソラ様は、私の大切な方なんです」
膝に抱えた私を見下ろし、優しく頭を撫でてくれるユニさん。
…でも、確かに、この構図は親子っぽい。
ユニさんの背の高さを考えて、底が深い側に寄ったんだけれど…
今度は私が頭まで沈んじゃうから、膝に乗っけてもらっている状態。
お母さんの膝に乗っている子供のそれと同じ。
………見た目や雰囲気的なものも、多少はあるんだろうけど……。
「あんた、ユニコーンだろう?」
「はい」
「珍しいねぇ。旦那はいないのかい?」
「…それは……」
「これ。無粋なことを訊くでないよ」
「あぁ…そうだね。すまなかった。気を悪くさせちまったかい?」
「いえ。…私は。ソラ様の傍に居られることが幸せなんです」
「『傍にいるだけで幸せ』! くぅ〜! 最近旦那にも言ってない!」
「お伝えすれば、とても喜んでくれるものと思いますよ」
「でもねぇ〜…。子供の前では、やっぱり恥ずかしいよ」
「お子さんがいらっしゃるんですね」
「まあね。こんぐらいと、こーんくらいの、女が二人」
「可愛いのでしょうね」
「あれで悪戯しなけりゃ、もーっと可愛いんだけどさ」
「それくらいの頃が、可愛さと悪戯の盛りじゃよ」
「障子に何枚も穴開けられる身になってよ、お婆ちゃん」
「ワシはもう何万枚とも、チビ共が破った障子を貼り替えてきたよ」
「…お婆ちゃん、いくつ?」
「それこそ無粋じゃな」
「うふふっ…」
……話の輪に入れない…。
なんだろう…大人同士の会話の場に取り残された子供の気分。
「アタシもさー、そっちの嬢ちゃんくらいの時は良かったよ」
「毎日毎日、旦那と惚れて惚れられての毎日でさぁ」
「今はさ、旦那め…隠れて遊郭なんて行ってさ」
「男ってのは、そういう生き物なんじゃよ」
「でもさ、この前なんてジョロウグモの匂い付けて帰ってきて…」
「もうその夜は修羅場だよ。ビンタしながら14発抜かしてやったさ」
「す…すごいですね…」
「ジョロウグモんとこでは、どんだけ出したもんかも分からないよ」
………ふと、湯気に混じって……青っぽい何かがいることに気付く。
目を凝らして見ると……炎のようでもあり……人のようにも見える…。
「お婆ちゃんはどうなの? 若い頃、すごかった?」
「そうじゃのう…。ワシは巫女をしておったんじゃが…」
「稲荷神社の?」
「そうじゃ…。狐憑きには選ばれなかったがの」
「今じゃ人間のままの巫女さんの方が珍しいもんねぇ」
「ワシの頃もそうじゃったよ。じゃが、物珍しさで男は寄ってきておったの」
「御婆さんは身も心も美しいからだと、私は思います」
「ほっほっ。そりゃ嬉しいねぇ」
……ふわふわ……ゆらゆら……風船みたいな動き…。
…耳と……しっぽ…? 炎じゃない…、魔物…?
「うちのもだけど、巫女服が好きな男って多いねぇ」
「清楚なイメージだからでしょうか?」
「清楚なイメージなのに、エロい衣装だからだろうさ」
「そ、そうですか…?」
「例えば…その嬢ちゃんが、巫女服を着たとするよ?」
「ソラ様がですか?」
「うん。で、街中走り回ってみな。感想が2つ出るから」
「2つ…」
「可愛いと、エロい。幼女趣味の奴だけだけど」
「………」
「……まさか、あんた…違うよね?」
「ち、違います! 可愛いって思っただけです!」
「鼻血、鼻血」
…不意に、すぃーっと……目の前まで下りてくる。
そして…それと、目が合う。にやりと笑う、それ。
…狐火。
人に憑いて、魔物に変えてしまう…憑依するタイプの精霊の魔物。
妖狐や稲荷の魔力の塊と云われ、また性欲の塊とも云われている。
妖狐は無差別に撒き散らし、稲荷は制御の下でこれを放出する。
とり憑かれると、たちまち狐憑きになってしまう。
「と、ところで…外から賑やかな音が聞こえてきますね?」
「あぁ、供養祭さ。前を神輿が通ってるんじゃないか?」
「供養祭…?」
「亡くなってしまった稲荷信仰の信者を尊ぶ御祭じゃよ」
「簡単に言えば、でっかい御葬式」
「御葬式なのに、明るい御祭なのですか?」
「そうさ。明るいほど、みんな浮かばれる」
「特に、稲荷の者はのう。憂いを残せば、狐火が増えてしまうのじゃ」
「いくら稲荷信仰といえど、でたらめに増やすわけにもいかないから、さ」
「だからこんなに明るいのですね」
「死者も生者も飲まにゃ損、ってもんさ。あぁ、早く出て飲みたいよ」
……みんな、見えていない…?
視線が交差しているところを、ゆらゆらと漂っている狐火が…。
と…不意に、瞬きする間……目と鼻の先に、狐火の顔。
驚いて、身を引く。
「? ソラ様…?」
顔が近付き………。
「ん、どうした?」
………すり、抜ける…。
「のぼせたかの?」
…後ろを振り向く。
そこには、ユニさんのおっきな……。
……あれ?
「どうかなさいましたか? ソラ様」
………首を振って、何でもない、と答える。
「…? そうですか…」
「何か見えたんかのぅ」
「おっぱい飲みたかったんじゃない?」
「ふぇっ!?」
…身体に変化は、ない…。
魔物化はしないから、当然と言えば当然だけれど…。
でも、それならさっきの狐火は、どこに行っちゃったんだろう…?
「いや、冗談冗談」
「冗談が好きな子じゃ」
「それ、小さい頃に、ここの番台してたお婆ちゃんにも言われたなぁ」
「そ、そうですよね。冗談ですよね…」
……………違う…。
いる……。私の中に、いる……。
うっすらとだけど…そのコの感情が、あるのが分かる…。
…戸惑い………何かに気付き……試行錯誤………。
……察する。
きっと…このコがしようとしていることは………。
―………ユニ…さん…。
「あっ。はい、ソラ様」
―……あがろう…。
「えっ…? もうですか?」
「まだ5分も経ってない。良い湯あがりには、20〜30分浸らないと」
「芯まで温まっていないまま出ると、風邪っぴきになるぞい」
―…おねがい……。
「わ、分かりました…。すみません、お先に失礼します」
「本当にのぼせたかのぅ」
「かなぁ。お大事に」
「色々お話できて、楽しかったです。それでは…」
……………。
「うーん…なんだろうねぇ」
「小さい子はのぼせやすいからのぅ」
「あたしも昔はよくのぼせたけれど、あんなに早くはなかったよ」
「ふぅむ…」
「そういえば、ずっとお腹の下に手当ててたね、あの子」
「あぁ、体調を崩してたなら、なおさらじゃ」
「折角の旅なんだ。早く回復してほしいね」
「ほんに」
……………
………
…
―はぁっ……、はっ…。
「すごい熱…、どうして急に……。…ソラ様、今治します!」
―…ユニ、さん……。
「大丈夫です。私の力でも、ある程度の病なら…」
「…ルオーナ……モイマ…ヤ・ナン……ドゥー…」
―はっ…ぅ……。はぁっ、はぁ…っ…。
「っ…!? そ、そんな……、治らない…?」
「嘘…。……も、もう一度っ…!」
―…ちがう…の……。
「え…。…違う……って…?」
―…はっ……。…からだのなかに……きつねび、が……。
「! 憑依されたのですか!?」
―さっき……おんせんに、はいってるとき……。…ふっ…ぅ…。
「いつの間に…。では、この症状は…」
―……たぶ、ん……。
「…ソラ様、魔術師の方を探してきます。それまで少しだけ…」
―だめ……。
「で、ですがっ…」
―このコ……っ…ね…、まんぞくしたら…。
―まんぞくしたら……はなれてくれる、って…。
―…だから……。……おねがい………。
「………」
―………。
「………できません……」
―………。
「……ソラ様の……お身体が耐えきれるか……分かりません……」
―…がんばる……から……。
「………」
―………。
「………」
―………。
「……私は………」
―………。
「…どうなろうとも……ソラ様の…お傍にいます……」
―……うん……。
「………」
―………。
「……浴衣……脱がしますね…」
―…うん……。
「………」
―………。
「………ソラ様…」
―ん…。
「………」
―…なに……?
「………いえ…」
―おしえて……。
「………」
―………ね……。
「………狐火を……ただ消滅させたくないから……」
―…うん…。
「…それだけ………ですか……?」
―………。
「………」
―……ふふっ…。
「………」
―…わかんない。
「………」
―………けど……。
―いま……わたしが、あまえられるの……。
―…ユニさんだけだから……。
「………」
―……ごめんね……。
「…謝らないで…ください……」
―………。
「……ソラ様は…誰に対しても優しく接する方です…」
―…そんなこと…。
「でも……誰に対しても、優しすぎます…」
―………。
「…そのままでは……今みたいなことが…この先、何度だって……」
―…ごめんね…。
「…何度だって……」
―………。
「………」
―………。
「………」
―………。
「………」
―……まだ…。
「ぇ…」
―まだ……きめられないの……。
「………ソラ……様……」
―ごめんね…。……ひどい…よね…。
「………」
―…ユニさん……つらい、よね……。
「………私、は……」
―わかってる…、……わかってるん…だけれど……。
「…ちが……、違うん…です…。ソラ様…っ……」
―………ごめんね……。
「お願いです……っ…、…泣かないで…っ…」
―………ごめん…ね……。
「ソラ様ッ!!」
―………。
「………もう…二度と……言いません……」
「…だから………泣かないで……」
「謝らないで…ください……」
「それが……いちばん…………………………つらい……っ………」
―………。
「………」
―………うん…。
「………」
―………。
「……私が一番……優しさに、甘えていました…」
―………。
「ももさんや、ドラさんのように……」
「振り向いてもらおうと…頑張りもせずに……」
「ソラ様の優しさを…鵜呑みにしていて…」
「……物足りないなんて……贅沢な考えをして……」
「……………」
「………ソラ様が……悩んでいるとも知らず………求めて………」
「……………」
「……………ごめん……なさい…っ……」
―………。
「…っ……ぅ……」
―…ね……ユニさん…。
「………」
―……わたしも………ね…。
「………」
―っ…! ぅぁ…っ…!
「!? ソラ様っ!」
―わっ……わたしも……っぅ…あ、あやまられる……の…。
―すごく………つらい…や…。
「…ソラ……様…」
―だから…っ…、…だから………ね…。っぁ……はっ…。
―…ユニさんも……いわない……。
―……やくそく……ね…?
「っ〜〜〜〜〜!!!」
―きゃっ!?
「ソラ様ッ…!」
「私が! 私が…全部! ソラ様の辛いこと…全部ッ!!」
「癒します…! 約束、しますっ! 全部癒します!!」
「傷も…悩みも…疼きも…全部、私が、全部ッ!!」
「狐火ごとだって、癒してみせますっ…!」
「そして……いつか……」
―やぅ…っ♥ ゆ、ユニさっ…♥ 急に…ぃ…♥
「いつか………ユニコーンの喜びを……教えてください…っ」
―……うんっ…♥
―ひゃうっ…♥♥ やっ…♥♥ む、むね…ぇ♥♥ ゃぁ…ぁっ…♥♥
……………
………
…
「そういえば、さ」
「なんじゃ?」
「亡くなったここの番台のお婆ちゃんも、昔巫女さんやってたんだって」
「偶然じゃのぅ」
「本当に。優しくて、話し好きで、世話焼きなお婆ちゃんだったよ」
「…そうかい」
「出るの?」
「長湯は堪えるんでのぅ」
「そう、またね」
「あぁ…、達者での」
「………」
「あーあ…。でかい風呂に、一人かぁ」
「………」
「…あたしもそろそろ、あがるかな…」
「旦那と息子の顔も見たいし…」
「こんな日に遊郭行ってようもんなら、枕元に立ってやる」
「………」
「それにしても…」
「良い湯だなぁ……」
……………
………
…
12/03/16 00:09更新 / コジコジ
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