化けぬのの化けものと一旦揉める
男はとても退屈していた。
恐ろしい化けモンが出ると聞いて、今では誰も住み着かなくなった、しかしどこか古ぼけた様子を感じさせないこの屋敷に殴り込んできたのだ。文字通り扉を蹴破ってやったが誰も怒鳴ってくることがなければ化けモンもどこにも見当たらず生き物の気配もない。
こりゃあとんだ期待外れだ
歳は34になったが、今ではこの辺境の村で男を畏れぬ者はおらず、暴れようが威張り散らそうが誰も歯向かおうという男気のあるものは残っておらんかった。かといって乱暴者どもで徒党を組もうという気もない。何人か下っ端にしてくれとか喚きながら訪ねてきた輩がいたが、根性が足りんわとばかりに一喝したらその剣幕に尻尾巻いて慌てて逃げていった。
そのうち村の中では男の興味を引く事柄も尽きようかといった所で、ろくに働きもせずに腹が減ったら村の食いモンを勝手に頂戴しては食いつなぐ毎日にも飽き飽きしていたのだ。
そんなところにこの話だ。そりゃもう喜び勇まんとばかりに村の奥山の奥まですっとんできた。ところがこの仕打ちはなんだ!
なんにも面白いことなんてありゃしない。帰ったらこの話を寄越した嘘吐き共をとっちめてやろう!
「帰ったら……か」
男は自分のその考えにやるせないものを感じて一人嗤った。
どのみち身寄りの者もおらん。帰るべき家もない。一体どこに帰る必要があろうか!
そんなことを考えては苛々と握った手燭を振り回していたら火がふっ、とゆらめき消えてしまった。ええい、忌々しい!
屋敷の中は薄暗く、外ではそろそろ日も沈もうかといった頃合いだろう。今晩はこの屋敷をねぐらにするとしよう。
「いや、待てよ。このまま屋敷に住みついちまえばいい」
手燭に再び火を灯すのと合わせたかのように男に名案が浮かんだ。
幸いこの屋敷は広く、もう持ち主もわからんような家具が整っている。化けモンみたいに畏れられた男が棲み処にするには御誂え向きじゃあないか。なぁに、腹が減ったなら村に降りて食いモンをかっぱらっちまえばいい。
嘘から出た実(まこと)とはうまい言葉もあったものだ。
――かさり、かさり――。
男が一人感心していると後ろの戸から何やら擦れるような物音がかすかに聞こえてきた。
「誰だ!」
とうとう出てくれたか、待たせおって! と湧き上がる嬉しさを隠しきれずに手燭を向けながら振り向いたが、戸が開けられた様子はなかった。ところがよぉく眼を凝らしてみると閉まった戸の隙間からひら、ひら、と白い布が揺れ動いているのが見て取れた。
「お前さん、ただの布じゃあないな」
生の気配を感じられぬ布はただ挟まって風に揺られているだけにも見えるがそうではないとわかる、手燭の火が揺らめいていないのが何よりの証だ。
問いかけにも答える気配はないが、間違いなく妖の類だろう。しかし布が相手では力比べもできまい。とんだはずれだ。
男が考えをめぐらせている間に白い布はするすると戸の隙間からその身を抜き晒していた。人を丸々包めそうな大きさだ。と――
「ほう……」
思わず男の口から感嘆の声がこぼれた。
化け布がやわやわと蠢いたと思えばあっという間にその身に女体を浮かび上がらせてみせたのだ。手燭の灯りに照らされ起伏が暴かれたその肢体はひどく艶めかしい。
だが化け布は無表情をかたどったままその身を悩ましげにくねらせてみせるばかりで一向に近寄って襲ってこようとはしない。
これは、この俺を誘惑しようとしているのか。しかしそうも無表情では警戒して誰も飛びかかることはあるまい。ん?
「なんだお前さん、火が怖いのか」
これみよがしに手燭を振ってみると化け布はその身を先より激しくのたうってみせた。
相変わらず無表情だが、今度の舞いは誘惑ではなかろう。この俺より手燭に怯えるとは、けしからん化けモン、いや化け布もいたものだ。
しかし、この布は一体どうしたものだろうか。手燭で追い回して屋敷から追い出してやろうか? 火がないと襲ってかかりそうな相手を共にしてはおちおち枕を高くして寝られまい。
「ん?」
と、これでは誘惑できないと諦めたのかその化け布は揺らしていた肢体を静止し、どうやったのかその表面に細かな文字を浮かび上がらせてみせた。それだけで女を思わせるような細い、整った文字だ。
(いらっしゃいませ、旦那様。あなた様のような方がこの屋敷に来られこの私を妻に迎えてくださるのを心よりお待ちしておりました。)
なるほど、無人の屋敷がやけに整っていたわけだ。それこそ化けモン屋敷だったわけだが。
(旦那様に危害を加えるようなことはありません。どうかその火を離し、妻のささやかな奉仕を受け入れてくださいませ。その荒々しい肉体を余すところなく私の身で包み、抱擁し、火よりも熱をもつ私の愛情をそ――)
長い、飽きた、いつのまに妻になった。
何よりその文字は実に小さく、女の肢体を彩るように添えられているのだ。文字を読もうと眼を凝らせば嫌が応にもその魅惑を直視せざるを得ない。既に半身はそそり立ち、その存在を痛いほど主張していた。その変化に気づいた化け布がまた何か文字を浮かべているが邪魔くさいので無視する。
「ええい去れい妖、俺を誘惑しようとも無駄だ!」
その言葉に化け布は文字で返答を表す。今度は短いな、どれ読んでやろう。
(では私に妻の証を見せる機会をお与えくださいませ。)
「ほう、どうするつもりだ」
(旦那様のその灯が消えるまでの間、私に奉仕させてくださいませ。もしそれまでに旦那様の情欲の証をこの身に受けられなかったならば、妻である資格がないものと認めて私はここから去りましょう。)
「ならばその逆はなんとする」
(妻である私を受け入れ、この屋敷で生涯共に暮らしてくださいませ。)
私を妻として受け入れ、の言い間違いではないのか。しかし話にならん、やはり手燭で追い払おう。
……待てよ。この身はもう長い間女体を味わってはおらぬ。ましてや先の誘惑で行き場を失った欲望を抱えてこのままというのも面白くない。折角だ、この化け布をもう少し使ってから追い払おう。
「その話、乗らんではない。しかしそれではどちらにせよ手燭の火が消えた後お前は俺を襲うことができよう。そうしない証がどこにある?」
そう言った途端に化け布の身体にその誓いの文章が刻まれていった。これまでの文字とは雰囲気が少し違う。
(今刻んだ文字は私を縛るものです。これで私はこの誓いを破ることはできませぬ。)
相手は仮にも妖の類だ。念には念を入れて言ってみたがこちらを騙そうとしている様子は感じられない。一先ずは信じてやろう。
「いいだろう、だがまだだ。奉仕中に俺の体を拘束するような真似はやめてもらおうか」
(承りました、旦那様。)
拘束さえされなければこちらのものだ。果てそうになったら一物を抜いてしまえばよいのだ。落ち着きを取り戻してから再び突き入れてゆっくりその快楽を味わえるというものだ。あっさり了承した辺り、大方抜こうとしたところで急に締め付け果てさせるつもりなのだろう。だがそうはいかぬ。余裕をもって抜かせてもらうとしよう。
「ならば乗った!」
そう宣言すると手燭をこの勝負の見届け人として部屋の傍らに置いた。
そうして化け布、いや今は女だ、に身体を向けると、彼女は足がついているかのように俺にしなだれかかってきた。その柔らかな感触に驚かされる。これはまさしく布越しの女と触れ合っているようではないか。
彼女はそっと顔を近づけると唇と唇をぴったりと合わせ、やがて布でできた舌がやさしく割り入って口内を拭き取るように舐めまわし始めた。同じ布のはずだが身体に触れている感触とはまた違う、布であって唇、舌だと納得してしまう。
そうして接吻の快感に感じ入っていたが、いつのまにか下半身がはだけられている。それどころか彼女はすでに形づくられた秘所に男の半身を迎え入れようとしていた。
焦るのも無理もない、刻限があるのだ。いくら急いで迎えようともいつでも抜いてやる算段だが。
いっそこちらから突き入れてやろう!
「んおおおおおッ!?」
男の半身を得も言われぬ快感が襲った。布がより合わさり重なり生まれた襞が布とは思えぬ湿り気をもって擦れたのだ。まるで肉を備えているようにきゅうきゅうと締めつけるそこは、紛れもなく人の肉体を遥かに凌ぐ名器であった。一方の彼女の肢体も突き入れた途端に快感の震えを伝えてきた。
「ん、ぐぅッ! あ、危なかった」
勢いよく突き入れたために想像以上の刺激に負けてしまいそうになったが、ゆっくり味わうように腰を動かせば、静かに高みに持ち上げられるような非常に心地良い快楽がじっとりと深く男を浸した。
彼女の方は体はしっかり反応しているようだが表情を伺ってもはあまり変わった様子がないように見える。かすかに緩んでいるようにも思えるがそれは快感に襲われた我が身が見せる幻想かもしれぬ。
しかしこれは思わぬ拾い者をした。完全に追い出すつもりでいたが、どこかに閉じ込めて置いてたまに欲望をぶつける道具にするのもよいだろう。幸い相手は布の身、折りたたんでしまって置く場所に困ることはない。
男が悪巧みをしている内に、女は何を思ったかその身を男の腰に回し、男の半身を秘所で咥えたまま上半身を背中に押しつけてきた。いつのまにか上半身の着物もはだけられており形作られたふくよかな胸が押し当てられる感触を伝えてきた。
そのまま背中に伝わる感触がぎゅっと強くなり――
「うおっ、な、なんだこれは、お、おい!」
気がつけば夢中になって腰を打ち付けていた。いや違う! 女の上半身が背後からこの身を追い立て逃れられぬ快楽の輪廻に引き込ませているのだ。これでは腰を引いて抜け出すこともできぬ!
「お、おい!約束が違うぞ、これでは拘束されているも同然だ!」
そう怒鳴ると女は動きを止め、名残惜しそうに上半身をするすると正面に戻していった。
先ほど文字で自分を縛っていたはずだ、本当に拘束するつもりではなかったのだろう。ならばゆったりとしたじれったい快感に我慢できずより強い繋がりを求めたのか。旦那様、妻、奉仕などと無表情で謳っておきながらなんという淫乱な女だ!
だがなんとか耐えることはできた。想定外の事で急激に高められてしまったが手燭はもうしばらくもつだろう、この辺りで一旦抜いて休ませてもらうとしよう。
しかしこちらが道具として使うつもりが、先ほどの行為はまるで女が自分自身を犯すためにこの俺を道具として使っているようだった、屈辱だ、屈辱極まりない。これほどの屈辱を人に与えられたことがあろうか。
憤りながら腰を引き、休める
「ガタン」
――はずだった。
憤ることに夢中になっていた男は、いつの間にか壁に肩がぶつかるほど後ろに下がっていたことに気付く。
だが、これはおかしいこんなはずがないのだなぜ、
なぜ
――ちゅく、くちゅっ――
なぜこれほどまで腰を引いたのに、一物から伝えられる快感は増すばかりなのだ?
気づいた途端に身を翻し反対側への壁へと腰を引く。ちゃんと腰は動いている。
だが、女の秘所が離れないのだ。
女はで物を咥え込んだまま、ひらりひらりとその身ごと憑いてくるのだ。ソコを蠢かせたまま。
男は慌てて女を引きはがそうとするが相手は布、掴むべき肉体を持たず、男が掴んで引っ張ろうとしてもひらひらとその身をゆらめかせて躱してしまうのだ。
「こ、こんな馬鹿な、お、おい! 離せ!」
(お気に召しませんでしたか?)
「とにかく離せ! そ、そうだ、これは拘束だ! お前の女陰は俺の一物を掴んで離さないではないか!」
(はい、私は今とても幸せです。旦那様。)
「な、わかっただろう? ほら離すんだ!!!」
(いいえ。私は旦那様を愛しているだけです。)
男は言葉を失った。文字で縛られたはずの身体は今も一物を愛おしそうに頬張り続けている。つまりこれは彼女にとって拘束ではないのだ。
(まだまだたっぷり時間はあります。楽しんでくださいませ旦那様。)
まだまだたっぷり快楽を与えます。諦めて くださいませ旦那様♥
男には書かれている文字がもはや違うように思えていた。
◆
それからどれだけの時間が経っただろうか。手燭の蝋もずいぶんと縮み、灯が続くのもあと僅かだろう。
抜け出すことを諦めた男は、一方的に快楽を与えられ続けていた。
最初はこうなれば耐え続けるしかないと自分を奮い立たせていたが、すぐに気づいてしまった。
女は決して強い快楽に急ぐことはなく、ゆっくり、じわりじわりと男に蓄積される快感を高めていった。先ほどは情欲を抑えきれなかっただけで、急いで男を射精させる気など微塵もなかったのだ。
つまり自分は完全にこの女の手玉に取られていて、女がその気にさえなればいつでも限界へと導かれるのだと。
そこからはただただ与えられる快楽に溺れるしかなかった。
(さて、そろそろ頃合いですね。旦那様。)
「……」
女は腰の動きを変えることもなく、与える快感を強める様子もない。
(では、私に妻である証を存分に放ってくださいませ。私の身を旦那様の妻に染め上げてくださいませ。)
耐えられるはずなどなかった。その言葉を聞いた途端呆気にとられるほど簡単に男は欲を放っていた、いや、放たされていた。男の限界など完全に把握されていたのだ。
女は全身の布を震わせ、その表情はもはや完全に悦楽に酔いしれるそれであると男には理解できた。
(ああ、嬉しい。旦那様の精が、広がって……私の全て二度と戻せなくなるくらいに深く、濃く、染み渡ります……。これで、私は永遠にあなた様の妻です。旦那様)
「あ、あぁぁ」
もう男にその言葉を否定する術などなく、自らの身体に広がる途方もない快感に身を任せるだけだった。
(妻の奉仕が気に入っていただけていたようで何よりです、旦那様。)
(では――
目の前で布、いや妻だ、が広がっていく、この身の全てを快楽で包まんと。それはとても幸せなことだ。ずっと満ち足りない俺を満たしてくれるものはここに
――――――――ね、旦那様♥」
布が擦れるようなささやかな声が、耳元に心地よく響いた。
手燭の火が、誰にも知られることなく――
――消えた。
恐ろしい化けモンが出ると聞いて、今では誰も住み着かなくなった、しかしどこか古ぼけた様子を感じさせないこの屋敷に殴り込んできたのだ。文字通り扉を蹴破ってやったが誰も怒鳴ってくることがなければ化けモンもどこにも見当たらず生き物の気配もない。
こりゃあとんだ期待外れだ
歳は34になったが、今ではこの辺境の村で男を畏れぬ者はおらず、暴れようが威張り散らそうが誰も歯向かおうという男気のあるものは残っておらんかった。かといって乱暴者どもで徒党を組もうという気もない。何人か下っ端にしてくれとか喚きながら訪ねてきた輩がいたが、根性が足りんわとばかりに一喝したらその剣幕に尻尾巻いて慌てて逃げていった。
そのうち村の中では男の興味を引く事柄も尽きようかといった所で、ろくに働きもせずに腹が減ったら村の食いモンを勝手に頂戴しては食いつなぐ毎日にも飽き飽きしていたのだ。
そんなところにこの話だ。そりゃもう喜び勇まんとばかりに村の奥山の奥まですっとんできた。ところがこの仕打ちはなんだ!
なんにも面白いことなんてありゃしない。帰ったらこの話を寄越した嘘吐き共をとっちめてやろう!
「帰ったら……か」
男は自分のその考えにやるせないものを感じて一人嗤った。
どのみち身寄りの者もおらん。帰るべき家もない。一体どこに帰る必要があろうか!
そんなことを考えては苛々と握った手燭を振り回していたら火がふっ、とゆらめき消えてしまった。ええい、忌々しい!
屋敷の中は薄暗く、外ではそろそろ日も沈もうかといった頃合いだろう。今晩はこの屋敷をねぐらにするとしよう。
「いや、待てよ。このまま屋敷に住みついちまえばいい」
手燭に再び火を灯すのと合わせたかのように男に名案が浮かんだ。
幸いこの屋敷は広く、もう持ち主もわからんような家具が整っている。化けモンみたいに畏れられた男が棲み処にするには御誂え向きじゃあないか。なぁに、腹が減ったなら村に降りて食いモンをかっぱらっちまえばいい。
嘘から出た実(まこと)とはうまい言葉もあったものだ。
――かさり、かさり――。
男が一人感心していると後ろの戸から何やら擦れるような物音がかすかに聞こえてきた。
「誰だ!」
とうとう出てくれたか、待たせおって! と湧き上がる嬉しさを隠しきれずに手燭を向けながら振り向いたが、戸が開けられた様子はなかった。ところがよぉく眼を凝らしてみると閉まった戸の隙間からひら、ひら、と白い布が揺れ動いているのが見て取れた。
「お前さん、ただの布じゃあないな」
生の気配を感じられぬ布はただ挟まって風に揺られているだけにも見えるがそうではないとわかる、手燭の火が揺らめいていないのが何よりの証だ。
問いかけにも答える気配はないが、間違いなく妖の類だろう。しかし布が相手では力比べもできまい。とんだはずれだ。
男が考えをめぐらせている間に白い布はするすると戸の隙間からその身を抜き晒していた。人を丸々包めそうな大きさだ。と――
「ほう……」
思わず男の口から感嘆の声がこぼれた。
化け布がやわやわと蠢いたと思えばあっという間にその身に女体を浮かび上がらせてみせたのだ。手燭の灯りに照らされ起伏が暴かれたその肢体はひどく艶めかしい。
だが化け布は無表情をかたどったままその身を悩ましげにくねらせてみせるばかりで一向に近寄って襲ってこようとはしない。
これは、この俺を誘惑しようとしているのか。しかしそうも無表情では警戒して誰も飛びかかることはあるまい。ん?
「なんだお前さん、火が怖いのか」
これみよがしに手燭を振ってみると化け布はその身を先より激しくのたうってみせた。
相変わらず無表情だが、今度の舞いは誘惑ではなかろう。この俺より手燭に怯えるとは、けしからん化けモン、いや化け布もいたものだ。
しかし、この布は一体どうしたものだろうか。手燭で追い回して屋敷から追い出してやろうか? 火がないと襲ってかかりそうな相手を共にしてはおちおち枕を高くして寝られまい。
「ん?」
と、これでは誘惑できないと諦めたのかその化け布は揺らしていた肢体を静止し、どうやったのかその表面に細かな文字を浮かび上がらせてみせた。それだけで女を思わせるような細い、整った文字だ。
(いらっしゃいませ、旦那様。あなた様のような方がこの屋敷に来られこの私を妻に迎えてくださるのを心よりお待ちしておりました。)
なるほど、無人の屋敷がやけに整っていたわけだ。それこそ化けモン屋敷だったわけだが。
(旦那様に危害を加えるようなことはありません。どうかその火を離し、妻のささやかな奉仕を受け入れてくださいませ。その荒々しい肉体を余すところなく私の身で包み、抱擁し、火よりも熱をもつ私の愛情をそ――)
長い、飽きた、いつのまに妻になった。
何よりその文字は実に小さく、女の肢体を彩るように添えられているのだ。文字を読もうと眼を凝らせば嫌が応にもその魅惑を直視せざるを得ない。既に半身はそそり立ち、その存在を痛いほど主張していた。その変化に気づいた化け布がまた何か文字を浮かべているが邪魔くさいので無視する。
「ええい去れい妖、俺を誘惑しようとも無駄だ!」
その言葉に化け布は文字で返答を表す。今度は短いな、どれ読んでやろう。
(では私に妻の証を見せる機会をお与えくださいませ。)
「ほう、どうするつもりだ」
(旦那様のその灯が消えるまでの間、私に奉仕させてくださいませ。もしそれまでに旦那様の情欲の証をこの身に受けられなかったならば、妻である資格がないものと認めて私はここから去りましょう。)
「ならばその逆はなんとする」
(妻である私を受け入れ、この屋敷で生涯共に暮らしてくださいませ。)
私を妻として受け入れ、の言い間違いではないのか。しかし話にならん、やはり手燭で追い払おう。
……待てよ。この身はもう長い間女体を味わってはおらぬ。ましてや先の誘惑で行き場を失った欲望を抱えてこのままというのも面白くない。折角だ、この化け布をもう少し使ってから追い払おう。
「その話、乗らんではない。しかしそれではどちらにせよ手燭の火が消えた後お前は俺を襲うことができよう。そうしない証がどこにある?」
そう言った途端に化け布の身体にその誓いの文章が刻まれていった。これまでの文字とは雰囲気が少し違う。
(今刻んだ文字は私を縛るものです。これで私はこの誓いを破ることはできませぬ。)
相手は仮にも妖の類だ。念には念を入れて言ってみたがこちらを騙そうとしている様子は感じられない。一先ずは信じてやろう。
「いいだろう、だがまだだ。奉仕中に俺の体を拘束するような真似はやめてもらおうか」
(承りました、旦那様。)
拘束さえされなければこちらのものだ。果てそうになったら一物を抜いてしまえばよいのだ。落ち着きを取り戻してから再び突き入れてゆっくりその快楽を味わえるというものだ。あっさり了承した辺り、大方抜こうとしたところで急に締め付け果てさせるつもりなのだろう。だがそうはいかぬ。余裕をもって抜かせてもらうとしよう。
「ならば乗った!」
そう宣言すると手燭をこの勝負の見届け人として部屋の傍らに置いた。
そうして化け布、いや今は女だ、に身体を向けると、彼女は足がついているかのように俺にしなだれかかってきた。その柔らかな感触に驚かされる。これはまさしく布越しの女と触れ合っているようではないか。
彼女はそっと顔を近づけると唇と唇をぴったりと合わせ、やがて布でできた舌がやさしく割り入って口内を拭き取るように舐めまわし始めた。同じ布のはずだが身体に触れている感触とはまた違う、布であって唇、舌だと納得してしまう。
そうして接吻の快感に感じ入っていたが、いつのまにか下半身がはだけられている。それどころか彼女はすでに形づくられた秘所に男の半身を迎え入れようとしていた。
焦るのも無理もない、刻限があるのだ。いくら急いで迎えようともいつでも抜いてやる算段だが。
いっそこちらから突き入れてやろう!
「んおおおおおッ!?」
男の半身を得も言われぬ快感が襲った。布がより合わさり重なり生まれた襞が布とは思えぬ湿り気をもって擦れたのだ。まるで肉を備えているようにきゅうきゅうと締めつけるそこは、紛れもなく人の肉体を遥かに凌ぐ名器であった。一方の彼女の肢体も突き入れた途端に快感の震えを伝えてきた。
「ん、ぐぅッ! あ、危なかった」
勢いよく突き入れたために想像以上の刺激に負けてしまいそうになったが、ゆっくり味わうように腰を動かせば、静かに高みに持ち上げられるような非常に心地良い快楽がじっとりと深く男を浸した。
彼女の方は体はしっかり反応しているようだが表情を伺ってもはあまり変わった様子がないように見える。かすかに緩んでいるようにも思えるがそれは快感に襲われた我が身が見せる幻想かもしれぬ。
しかしこれは思わぬ拾い者をした。完全に追い出すつもりでいたが、どこかに閉じ込めて置いてたまに欲望をぶつける道具にするのもよいだろう。幸い相手は布の身、折りたたんでしまって置く場所に困ることはない。
男が悪巧みをしている内に、女は何を思ったかその身を男の腰に回し、男の半身を秘所で咥えたまま上半身を背中に押しつけてきた。いつのまにか上半身の着物もはだけられており形作られたふくよかな胸が押し当てられる感触を伝えてきた。
そのまま背中に伝わる感触がぎゅっと強くなり――
「うおっ、な、なんだこれは、お、おい!」
気がつけば夢中になって腰を打ち付けていた。いや違う! 女の上半身が背後からこの身を追い立て逃れられぬ快楽の輪廻に引き込ませているのだ。これでは腰を引いて抜け出すこともできぬ!
「お、おい!約束が違うぞ、これでは拘束されているも同然だ!」
そう怒鳴ると女は動きを止め、名残惜しそうに上半身をするすると正面に戻していった。
先ほど文字で自分を縛っていたはずだ、本当に拘束するつもりではなかったのだろう。ならばゆったりとしたじれったい快感に我慢できずより強い繋がりを求めたのか。旦那様、妻、奉仕などと無表情で謳っておきながらなんという淫乱な女だ!
だがなんとか耐えることはできた。想定外の事で急激に高められてしまったが手燭はもうしばらくもつだろう、この辺りで一旦抜いて休ませてもらうとしよう。
しかしこちらが道具として使うつもりが、先ほどの行為はまるで女が自分自身を犯すためにこの俺を道具として使っているようだった、屈辱だ、屈辱極まりない。これほどの屈辱を人に与えられたことがあろうか。
憤りながら腰を引き、休める
「ガタン」
――はずだった。
憤ることに夢中になっていた男は、いつの間にか壁に肩がぶつかるほど後ろに下がっていたことに気付く。
だが、これはおかしいこんなはずがないのだなぜ、
なぜ
――ちゅく、くちゅっ――
なぜこれほどまで腰を引いたのに、一物から伝えられる快感は増すばかりなのだ?
気づいた途端に身を翻し反対側への壁へと腰を引く。ちゃんと腰は動いている。
だが、女の秘所が離れないのだ。
女はで物を咥え込んだまま、ひらりひらりとその身ごと憑いてくるのだ。ソコを蠢かせたまま。
男は慌てて女を引きはがそうとするが相手は布、掴むべき肉体を持たず、男が掴んで引っ張ろうとしてもひらひらとその身をゆらめかせて躱してしまうのだ。
「こ、こんな馬鹿な、お、おい! 離せ!」
(お気に召しませんでしたか?)
「とにかく離せ! そ、そうだ、これは拘束だ! お前の女陰は俺の一物を掴んで離さないではないか!」
(はい、私は今とても幸せです。旦那様。)
「な、わかっただろう? ほら離すんだ!!!」
(いいえ。私は旦那様を愛しているだけです。)
男は言葉を失った。文字で縛られたはずの身体は今も一物を愛おしそうに頬張り続けている。つまりこれは彼女にとって拘束ではないのだ。
(まだまだたっぷり時間はあります。楽しんでくださいませ旦那様。)
まだまだたっぷり快楽を与えます。諦めて くださいませ旦那様♥
男には書かれている文字がもはや違うように思えていた。
◆
それからどれだけの時間が経っただろうか。手燭の蝋もずいぶんと縮み、灯が続くのもあと僅かだろう。
抜け出すことを諦めた男は、一方的に快楽を与えられ続けていた。
最初はこうなれば耐え続けるしかないと自分を奮い立たせていたが、すぐに気づいてしまった。
女は決して強い快楽に急ぐことはなく、ゆっくり、じわりじわりと男に蓄積される快感を高めていった。先ほどは情欲を抑えきれなかっただけで、急いで男を射精させる気など微塵もなかったのだ。
つまり自分は完全にこの女の手玉に取られていて、女がその気にさえなればいつでも限界へと導かれるのだと。
そこからはただただ与えられる快楽に溺れるしかなかった。
(さて、そろそろ頃合いですね。旦那様。)
「……」
女は腰の動きを変えることもなく、与える快感を強める様子もない。
(では、私に妻である証を存分に放ってくださいませ。私の身を旦那様の妻に染め上げてくださいませ。)
耐えられるはずなどなかった。その言葉を聞いた途端呆気にとられるほど簡単に男は欲を放っていた、いや、放たされていた。男の限界など完全に把握されていたのだ。
女は全身の布を震わせ、その表情はもはや完全に悦楽に酔いしれるそれであると男には理解できた。
(ああ、嬉しい。旦那様の精が、広がって……私の全て二度と戻せなくなるくらいに深く、濃く、染み渡ります……。これで、私は永遠にあなた様の妻です。旦那様)
「あ、あぁぁ」
もう男にその言葉を否定する術などなく、自らの身体に広がる途方もない快感に身を任せるだけだった。
(妻の奉仕が気に入っていただけていたようで何よりです、旦那様。)
(では――
目の前で布、いや妻だ、が広がっていく、この身の全てを快楽で包まんと。それはとても幸せなことだ。ずっと満ち足りない俺を満たしてくれるものはここに
――――――――ね、旦那様♥」
布が擦れるようなささやかな声が、耳元に心地よく響いた。
手燭の火が、誰にも知られることなく――
――消えた。
16/09/14 11:02更新 / サムムビ