「ああ、破るわそれ」
一人暮らし用の狭い和室には奇妙な沈黙が漂っていた。
ちゃぶ台の横で畳にべったりと張り付くようにうつ伏せに伸びている女性、その前に困り顔で座っている男、恐らく第三者がこの場に居合わせてもどういう状況なのかさっぱりわからないであろう。
「・・・何故だっっ!!」
沈黙を破ったのは女、隆二の方だった、がばっと顔だけを上げる。
「何でも何もあるか!何でお前とせにゃならんのだ!大体男は受け付けないってさっき言ってたろうが!?」
「お前ならいけそうな気がするんだよ!」
「お前がいけても俺は・・・!」
ドンドンッ
その時、和室の壁が叩かれる音が響き、二人は口に手を当てて黙り込む。
智樹がこのアパートを選んだ最大の理由は家賃の安さである、よって壁は薄く、大声で言い合いでもしようものなら隣に声が丸聞こえになるのだ。
何となく冷静になった二人はちゃぶ台に戻り、今一度向かい合って座る。
隆二は缶に残っていた酒を飲み干し、智樹は柿ピーをぽりぽりと口に運ぶ。
「・・・もうちょっといいとこに越そうぜ」
「・・・ほっとけ」
「こんなんじゃ落ち着いてできないじゃん」
「し・な・い!・・・っつーの・・・」
思わず声のトーンを上げそうになって途中で小声になる。
「いいじゃんか、童貞捨てるいい機会だぜ?」
「お前相手に欲情できるか」
「さっきからちらちらと乳見てるくせに」
「そっ・・・それは男の条件反射であってお前に欲情してる訳じゃない」
「ふーん」
隆二はちゃぶ台に頬杖をついて智樹をじっと見る。
「・・・何だよ」
「じゃあさ・・・」
頬杖を外して指を組み、その上に顎を乗せて上目使いになる。
「俺の事、隆二(りゅうじ)じゃなくて隆子(りゅうこ)って女だって考えたらいいんじゃない?」
「・・・」
智樹はぽかん、となってしまう。
ほんの一瞬だが、目の前の女が見知らぬ美人に見えたのだ。
慌てて頭を振り、今しがたの感覚を否定する。
(落ち付け!こいつは隆二!隆二だ!)
「な、なーに言ってんだ、何が「隆子」だよ気持ち悪ぃ」
「いやいやこれはホント、演技じゃなくて女になった時から俺の中に「隆子」がいるんだよね」
「意味わかんねぇ」
「何て言うかね、「隆二」の俺はもちろん変わらないんだけど、女になって以来「隆子」が俺の中に生まれたんだよ、二重人格とかじゃなくて「俺」も「隆子」もどっちも違和感なく自分なんだけどな」
「・・・はァ」
「それでな、どうも「隆子」はお前じゃないと欲情できないっぽい」
「・・・は?欲情?俺に?」
「うん」
隆二はにっこり笑う。
(・・・ほんとに隆二だよな?)
今まで隆二だと判別できたのは容姿に面影がある事もあったが、何より隆二が男の頃と全く変わらない振る舞いをしていたからだ。
しかし今目の前で自分に熱っぽい視線を送りながら微笑む女はどう見ても隆二と重ならない、ついさっきまで見知った人間だと思っていた相手が急に知らない人間に変貌したように感じ、智樹は困惑する。
(こいつがつまり・・・「隆子」?)
「ね、だからさ・・・」
女性にしては低い、しかし男の頃に比べるとやはり少し高くなった声で囁き、「隆子」はそっと自然な動作で智樹に近寄る、智樹は隆子の放つ奇妙で妖艶な雰囲気に呑まれてぼんやりしている。
「布団を敷こう、なっ」
キラッと白い歯を光らせる。
「・・・」
一瞬の沈黙の後、智樹は弾かれたように隆二から離れる。
「いやいやいや隆二じゃん!やっぱ隆二じゃん!」
「あ、いかん、つい女を口説く要領で・・・」
「しねえからな!ぜってぇしねぇ!」
追い詰められたお姫様よろしく部屋の隅にまでずりずりと後退する智樹。
「ちぇー、意固地になっちゃって」
隆二は口を尖らせると部屋の隅で警戒している智樹に背を向ける。
「ちょっと風呂借りていい?帰ってから入ってないし」
「・・・へ?あ、ああ、いいぞ」
意表をつかれた智樹がきょとんとしながら言うと隆二はくるっと顔だけをこちらに向け、にやりと笑みを見せるとするするとシャツをめくり上げ始めた。
砂時計の様に括れた腰が露わになっていく、どうやら男の頃のよりもウェストがかなり細くなったらしくジーンズがずり落ちてしまっており、日に焼けた小麦色の肌と下着に守られていた白い肌の境目のラインが臀部に見え、非常に扇情的な光景になっている。
腰が露出してもシャツをめくり上げる手は止まらず、背後からでも伺える程の膨らみの下まで到達する・・・かと言う時、隆二の頭めがけてティッシュ箱が投げつけられ、隆二はひょいと頭を下げてそれを避ける。
「洗面所で脱げ馬鹿!」
「わははははは」
智樹の怒声を背に受け、隆二は笑いながら洗面所に退散して行った。
「あんなん反則だちくしょう・・・」
智樹は呟くと悲しい性に逆らえずに反応している愚息を見下ろして深々と溜息をついた。
とりあえず迷惑な訪問者はバスルームに退去したが、状況は依然芳しくない。
今の内に逃げようにもここが我が家だ、他のどこにも行きようがない。
それより何より問題は音だ、何の音かというとバスルームから聞こえてくる音である、前述の通り壁の薄いこのアパートはバスルームで立てる音が和室にまで筒抜けになる。
「・・・」
意識するまいとすればするほどシャワーの水音が耳に付く、想像するまいとしても頭に浮かぶ、今、自分がいつも使っている浴室で一途纏わぬ姿になった隆二がその艶やかな小麦色の肌にシャワーを浴びているのだ。
(♪〜〜〜♪♪〜〜〜♪♪)
一緒に聞こえる上機嫌そうな隆二の口笛がまた想像を助長する。
(お〜〜〜い、一緒に入んね?)
「入らねーよっ!!」
ドンドンドンッ!
「あっすんませ・・・」
怒鳴り返すと同時にまた隣の部屋から注意され、思わず謝る。
(アッハッハッハッハハハハ!)
その様子がツボにはまったのか浴室で馬鹿笑いする隆二、智樹はまた溜息をついた。
この夜はいつになったら終わるのか・・・。
「あー、さっぱりした」
「さっぱりしたら帰ってくrおまっっちょっっ」
「んー?」
出て来た隆二を見て智樹はひっくり返る。
隆二が身につけている物、ボクサーパンツ、タオル、以上である。
パンツは男物で色気も何もないが先程までジーンズで隠れていたスラっと長いふくらはぎもむっちりとした太股も余すところなく露わになっている。
上半身に至っては肩から掛けられたタオルの両端が辛うじて胸の先端を隠しているだけという有様だ、迫力満点の山脈と細く括れて薄っすらと腹筋が浮いたヒップまでばっちり伺える、反則的にダイナミックな肢体だ。
「あ、悪い、素で男ん時と同じ感覚だった」
「早く服っ・・・!(早く服着ろ馬鹿―!)」
またも大声を出しそうになり、途中で慌てて小声に変える智樹、それを見てくすくす笑いながら洗面所に戻る隆二。
智樹はぐったりとちゃぶ台に突っ伏する、もう堪忍して欲しい、自分のHPは0だ。
「いやー悪かった悪かった」
「少しは自分のからdちょっっおまっっ」
「ほんとはこれ着る予定だったんだ」
隆二が身につけている物、いかがわしい黒下着、Yシャツ、以上である。
Yシャツはともかく下着は明らかに女物だ。
「かっ・・・!かっ・・・!わざわざ買ったのかそれ?」
「うん、似合うだろ?」
「ああ、似合ってる、似合ってるから着替えろ」
「やだね♪」
隆二は洗いたてのつややかな黒髪をなびかせて和室に入るとつやつやした小麦色の谷間もしなやかな美脚も惜しげもなく晒すような女の子座りで智樹の向かいに座る。
気のせいか部屋の中にぱぁっといい匂いが広がったような気さえする。
直視しないようにあらぬ方向に目線を向ける智樹を隆二は微笑を浮かべて見つめる。
「・・・お前ってさぁ」
「・・・何だよ」
「変わり者だよな」
「お前にだけは言われたくねぇよ!お前にだけは言われたくねぇよ!お前にだけは言われたくねぇよ!」
「大事な事なので三回も!?」
「百回だって言うわ!お前にだけは言われたくねぇよ!今ので四回目だ!」
「あーわかったわかった、また隣から文句言われるぞ」
「だっ・・・!」
慌てて声のボリュームを絞る。
「俺のどこが変わり者だよ・・・」
「いやあ、全然なびかないのがな、男ってのは普段何を言ってても誘惑には弱いもんだ、まぁお前は童貞故の臆病さも手伝ってるんだろうけど」
「うるせーよ」
「なぁ」
「何だよ」
隆二はちゃぶ台に片肘をついて智樹を見る。
(・・・ほんと滅茶苦茶美人だなこいつ)
腹立たしいと思いながらも認めざるを得ない、ちょっとした仕草が一々絵になる。
「俺ん事嫌い?」
「嫌いじゃねーけどさぁ・・・それは男の場合であって」
「今の俺は嫌いか?」
「い、いや、お前はお前だし」
「拒むのは俺が元男ってだけが理由?」
「・・・いや・・・」
「何よ、言ってみなよ」
「・・・・・・言ったら笑うだろ多分」
「何だよ、笑える理由?」
「いや、その・・・」
「何?」
智樹はちゃぶ台の上に視線を彷徨わせるが、缶は既に空でつまみも無くなっている。
智樹は頭を掻いた、何やら顔が紅潮している。
「だってさぁ、これじゃさあ」
「うん?」
「あ、あ・・・愛が無いじゃんかよ・・・」
「・・・」
「・・・」
暫しの沈黙の後、隆二は腕組みをした。
「そっかぁ・・・愛ねぇ・・・」
「あれ、笑わねぇの?」
てっきり童貞臭い発想だ、と笑い飛ばされると思っていた智樹は意外そうな顔をする。
「いや笑わねぇよ、愛は大事よ?今回だって俺は愛について悩んで旅に出た訳だし」
「あ、ああ、そう」
「つまり・・・アレだろ?性欲処理のバイブ扱いされるのは嫌だって事だろ?」
「ま、まぁ・・・そう言う事、かな」
表現はアレだが、隆二の例えは智樹の心情を現していると言える。
「そっかそっか・・・なぁ智樹」
「ん?」
隆二はそっとしなを作って見せる。
「愛してるぜ♪」
「・・・」
「・・・」
「よし!解決!」
「してねぇよ!」
早速飛び掛ろうとする隆二の両肩を素早く突き飛ばす智樹、押し返された勢いで後ろにでんぐり返る隆二。
「なんだよもー!何が不満なんだよ!?」
ぼさぼさになった髪を振り乱して起き上がった隆二はあきれ顔で言う。
「そんな言葉だけで信用できるかっ」
「言葉以外でどう証明しろってのよ?」
「そ、それは・・・」
言葉に詰まる智樹を隆二はジト目で見る。
「その・・・もうちょっと時間をかけてだな・・・俺にとっちゃお前が女になった事を知ってから何時間もたってない訳だし、まだ気持ちの整理がだな」
「もうちょっとってどんくらいよ、何時間何分何秒?」
「いや、だからそう結果を焦らず・・・」
「そんなん待ってらんねぇ」
隆二は俯いてぼそっと言う。
「いや何でだよ、何をそんなに焦ってやる必要があるんだよ」
「待ってらんねぇんだよ・・・」
隆二は顔を上げて呟く、智樹が見た事もないような苦しそうな切なそうな表情をしている。
「俺はなぁ・・・ああ、もういいや面倒くせぇ」
隆二は拗ねたような顔になると立ち上がって智樹に近付く。
「な、何だよ」
たじろぐ智樹の前に立つと隆二は手を差し出した、立て、と言うように。
「?」
智樹は訳のわからないまま差し出された手を掴んで立ち上がる。
と、同時にふわん、と自分の体重が無くなったように感じ、天井と地面がひっくり返った。
あっけにとられていると身体の側面にどん、と衝撃が来てようやく智樹は隆二が自分を投げ飛ばしたのだと理解する、合気道の演武か何かのように綺麗な投げだった。
混乱しながらも立ち上がろうとするが、動けない、気が付くと隆二が自分の腹の上に馬乗りになっていたからだ、いわゆるマウントポジションの体勢だ。
「ちょ・・・ちょっ、ちょっ、ちょっ、待て、落ち付け」
「落ち着いてるよ」
確かに落ち着いた物言いだが、雄大な谷間の向こうに見える隆二の目は据わっている。
智樹はどうにかもがいて隆二を振り落とそうとするが隆二は巧みな体重移動で智樹をコントロールし、しっかりとポジションをキープする。
やがて足掻くのに疲れた智樹が動きを止めるとぽつりと言う。
「な、わかるか?」
「はぁ、はぁ、な、何がよ?」
「俺の状態」
「マウントポジションだな?」
「いや、体勢はそれだけどな・・・っていうか散々刺激しやがって・・・」
智樹は気付いた、隆二の顔が耳まで真っ赤に紅潮し、息が荒くなっている事に、あの程度の攻防で息が上がるような奴ではない、と言う事は・・・。
にちっ
智樹の耳に何か粘着質な音が聞こえた、それは隆二の下半身あたりから聞こえた気がする。
「なっ?・・・ひどい状態だろ」
「・・・っ!おまっ・・・!」
「言ったじゃん、お前に欲情してるって」
智樹は何て言っていいか分からなくなる、しかし身体の方は意思とは無関係に隆二の「雌」に反応し始める、いや、元々馬乗りになられた時点で伝わる重みや風呂上がりのやたらいい匂いで危険な状態だったのだが。
「言葉以外で愛を証明しろって言ってたよな?」
隆二は目を爛々と輝かせながら笑みを浮かべる、それはよく見知った隆二の笑顔ではなかった、女の顔だった、隆二の言葉を借りるなら「隆子」の笑顔だった。
「今から証明してやるよ、言葉以外の方法で」
「ル、ルール・・・!ルールは!?」
「ん?」
「お前ルールでクスリとレイプは御法度って言ってたじゃん!これってレイプじゃね!?」
「ああ、破るわそれ」
ちゃぶ台の横で畳にべったりと張り付くようにうつ伏せに伸びている女性、その前に困り顔で座っている男、恐らく第三者がこの場に居合わせてもどういう状況なのかさっぱりわからないであろう。
「・・・何故だっっ!!」
沈黙を破ったのは女、隆二の方だった、がばっと顔だけを上げる。
「何でも何もあるか!何でお前とせにゃならんのだ!大体男は受け付けないってさっき言ってたろうが!?」
「お前ならいけそうな気がするんだよ!」
「お前がいけても俺は・・・!」
ドンドンッ
その時、和室の壁が叩かれる音が響き、二人は口に手を当てて黙り込む。
智樹がこのアパートを選んだ最大の理由は家賃の安さである、よって壁は薄く、大声で言い合いでもしようものなら隣に声が丸聞こえになるのだ。
何となく冷静になった二人はちゃぶ台に戻り、今一度向かい合って座る。
隆二は缶に残っていた酒を飲み干し、智樹は柿ピーをぽりぽりと口に運ぶ。
「・・・もうちょっといいとこに越そうぜ」
「・・・ほっとけ」
「こんなんじゃ落ち着いてできないじゃん」
「し・な・い!・・・っつーの・・・」
思わず声のトーンを上げそうになって途中で小声になる。
「いいじゃんか、童貞捨てるいい機会だぜ?」
「お前相手に欲情できるか」
「さっきからちらちらと乳見てるくせに」
「そっ・・・それは男の条件反射であってお前に欲情してる訳じゃない」
「ふーん」
隆二はちゃぶ台に頬杖をついて智樹をじっと見る。
「・・・何だよ」
「じゃあさ・・・」
頬杖を外して指を組み、その上に顎を乗せて上目使いになる。
「俺の事、隆二(りゅうじ)じゃなくて隆子(りゅうこ)って女だって考えたらいいんじゃない?」
「・・・」
智樹はぽかん、となってしまう。
ほんの一瞬だが、目の前の女が見知らぬ美人に見えたのだ。
慌てて頭を振り、今しがたの感覚を否定する。
(落ち付け!こいつは隆二!隆二だ!)
「な、なーに言ってんだ、何が「隆子」だよ気持ち悪ぃ」
「いやいやこれはホント、演技じゃなくて女になった時から俺の中に「隆子」がいるんだよね」
「意味わかんねぇ」
「何て言うかね、「隆二」の俺はもちろん変わらないんだけど、女になって以来「隆子」が俺の中に生まれたんだよ、二重人格とかじゃなくて「俺」も「隆子」もどっちも違和感なく自分なんだけどな」
「・・・はァ」
「それでな、どうも「隆子」はお前じゃないと欲情できないっぽい」
「・・・は?欲情?俺に?」
「うん」
隆二はにっこり笑う。
(・・・ほんとに隆二だよな?)
今まで隆二だと判別できたのは容姿に面影がある事もあったが、何より隆二が男の頃と全く変わらない振る舞いをしていたからだ。
しかし今目の前で自分に熱っぽい視線を送りながら微笑む女はどう見ても隆二と重ならない、ついさっきまで見知った人間だと思っていた相手が急に知らない人間に変貌したように感じ、智樹は困惑する。
(こいつがつまり・・・「隆子」?)
「ね、だからさ・・・」
女性にしては低い、しかし男の頃に比べるとやはり少し高くなった声で囁き、「隆子」はそっと自然な動作で智樹に近寄る、智樹は隆子の放つ奇妙で妖艶な雰囲気に呑まれてぼんやりしている。
「布団を敷こう、なっ」
キラッと白い歯を光らせる。
「・・・」
一瞬の沈黙の後、智樹は弾かれたように隆二から離れる。
「いやいやいや隆二じゃん!やっぱ隆二じゃん!」
「あ、いかん、つい女を口説く要領で・・・」
「しねえからな!ぜってぇしねぇ!」
追い詰められたお姫様よろしく部屋の隅にまでずりずりと後退する智樹。
「ちぇー、意固地になっちゃって」
隆二は口を尖らせると部屋の隅で警戒している智樹に背を向ける。
「ちょっと風呂借りていい?帰ってから入ってないし」
「・・・へ?あ、ああ、いいぞ」
意表をつかれた智樹がきょとんとしながら言うと隆二はくるっと顔だけをこちらに向け、にやりと笑みを見せるとするするとシャツをめくり上げ始めた。
砂時計の様に括れた腰が露わになっていく、どうやら男の頃のよりもウェストがかなり細くなったらしくジーンズがずり落ちてしまっており、日に焼けた小麦色の肌と下着に守られていた白い肌の境目のラインが臀部に見え、非常に扇情的な光景になっている。
腰が露出してもシャツをめくり上げる手は止まらず、背後からでも伺える程の膨らみの下まで到達する・・・かと言う時、隆二の頭めがけてティッシュ箱が投げつけられ、隆二はひょいと頭を下げてそれを避ける。
「洗面所で脱げ馬鹿!」
「わははははは」
智樹の怒声を背に受け、隆二は笑いながら洗面所に退散して行った。
「あんなん反則だちくしょう・・・」
智樹は呟くと悲しい性に逆らえずに反応している愚息を見下ろして深々と溜息をついた。
とりあえず迷惑な訪問者はバスルームに退去したが、状況は依然芳しくない。
今の内に逃げようにもここが我が家だ、他のどこにも行きようがない。
それより何より問題は音だ、何の音かというとバスルームから聞こえてくる音である、前述の通り壁の薄いこのアパートはバスルームで立てる音が和室にまで筒抜けになる。
「・・・」
意識するまいとすればするほどシャワーの水音が耳に付く、想像するまいとしても頭に浮かぶ、今、自分がいつも使っている浴室で一途纏わぬ姿になった隆二がその艶やかな小麦色の肌にシャワーを浴びているのだ。
(♪〜〜〜♪♪〜〜〜♪♪)
一緒に聞こえる上機嫌そうな隆二の口笛がまた想像を助長する。
(お〜〜〜い、一緒に入んね?)
「入らねーよっ!!」
ドンドンドンッ!
「あっすんませ・・・」
怒鳴り返すと同時にまた隣の部屋から注意され、思わず謝る。
(アッハッハッハッハハハハ!)
その様子がツボにはまったのか浴室で馬鹿笑いする隆二、智樹はまた溜息をついた。
この夜はいつになったら終わるのか・・・。
「あー、さっぱりした」
「さっぱりしたら帰ってくrおまっっちょっっ」
「んー?」
出て来た隆二を見て智樹はひっくり返る。
隆二が身につけている物、ボクサーパンツ、タオル、以上である。
パンツは男物で色気も何もないが先程までジーンズで隠れていたスラっと長いふくらはぎもむっちりとした太股も余すところなく露わになっている。
上半身に至っては肩から掛けられたタオルの両端が辛うじて胸の先端を隠しているだけという有様だ、迫力満点の山脈と細く括れて薄っすらと腹筋が浮いたヒップまでばっちり伺える、反則的にダイナミックな肢体だ。
「あ、悪い、素で男ん時と同じ感覚だった」
「早く服っ・・・!(早く服着ろ馬鹿―!)」
またも大声を出しそうになり、途中で慌てて小声に変える智樹、それを見てくすくす笑いながら洗面所に戻る隆二。
智樹はぐったりとちゃぶ台に突っ伏する、もう堪忍して欲しい、自分のHPは0だ。
「いやー悪かった悪かった」
「少しは自分のからdちょっっおまっっ」
「ほんとはこれ着る予定だったんだ」
隆二が身につけている物、いかがわしい黒下着、Yシャツ、以上である。
Yシャツはともかく下着は明らかに女物だ。
「かっ・・・!かっ・・・!わざわざ買ったのかそれ?」
「うん、似合うだろ?」
「ああ、似合ってる、似合ってるから着替えろ」
「やだね♪」
隆二は洗いたてのつややかな黒髪をなびかせて和室に入るとつやつやした小麦色の谷間もしなやかな美脚も惜しげもなく晒すような女の子座りで智樹の向かいに座る。
気のせいか部屋の中にぱぁっといい匂いが広がったような気さえする。
直視しないようにあらぬ方向に目線を向ける智樹を隆二は微笑を浮かべて見つめる。
「・・・お前ってさぁ」
「・・・何だよ」
「変わり者だよな」
「お前にだけは言われたくねぇよ!お前にだけは言われたくねぇよ!お前にだけは言われたくねぇよ!」
「大事な事なので三回も!?」
「百回だって言うわ!お前にだけは言われたくねぇよ!今ので四回目だ!」
「あーわかったわかった、また隣から文句言われるぞ」
「だっ・・・!」
慌てて声のボリュームを絞る。
「俺のどこが変わり者だよ・・・」
「いやあ、全然なびかないのがな、男ってのは普段何を言ってても誘惑には弱いもんだ、まぁお前は童貞故の臆病さも手伝ってるんだろうけど」
「うるせーよ」
「なぁ」
「何だよ」
隆二はちゃぶ台に片肘をついて智樹を見る。
(・・・ほんと滅茶苦茶美人だなこいつ)
腹立たしいと思いながらも認めざるを得ない、ちょっとした仕草が一々絵になる。
「俺ん事嫌い?」
「嫌いじゃねーけどさぁ・・・それは男の場合であって」
「今の俺は嫌いか?」
「い、いや、お前はお前だし」
「拒むのは俺が元男ってだけが理由?」
「・・・いや・・・」
「何よ、言ってみなよ」
「・・・・・・言ったら笑うだろ多分」
「何だよ、笑える理由?」
「いや、その・・・」
「何?」
智樹はちゃぶ台の上に視線を彷徨わせるが、缶は既に空でつまみも無くなっている。
智樹は頭を掻いた、何やら顔が紅潮している。
「だってさぁ、これじゃさあ」
「うん?」
「あ、あ・・・愛が無いじゃんかよ・・・」
「・・・」
「・・・」
暫しの沈黙の後、隆二は腕組みをした。
「そっかぁ・・・愛ねぇ・・・」
「あれ、笑わねぇの?」
てっきり童貞臭い発想だ、と笑い飛ばされると思っていた智樹は意外そうな顔をする。
「いや笑わねぇよ、愛は大事よ?今回だって俺は愛について悩んで旅に出た訳だし」
「あ、ああ、そう」
「つまり・・・アレだろ?性欲処理のバイブ扱いされるのは嫌だって事だろ?」
「ま、まぁ・・・そう言う事、かな」
表現はアレだが、隆二の例えは智樹の心情を現していると言える。
「そっかそっか・・・なぁ智樹」
「ん?」
隆二はそっとしなを作って見せる。
「愛してるぜ♪」
「・・・」
「・・・」
「よし!解決!」
「してねぇよ!」
早速飛び掛ろうとする隆二の両肩を素早く突き飛ばす智樹、押し返された勢いで後ろにでんぐり返る隆二。
「なんだよもー!何が不満なんだよ!?」
ぼさぼさになった髪を振り乱して起き上がった隆二はあきれ顔で言う。
「そんな言葉だけで信用できるかっ」
「言葉以外でどう証明しろってのよ?」
「そ、それは・・・」
言葉に詰まる智樹を隆二はジト目で見る。
「その・・・もうちょっと時間をかけてだな・・・俺にとっちゃお前が女になった事を知ってから何時間もたってない訳だし、まだ気持ちの整理がだな」
「もうちょっとってどんくらいよ、何時間何分何秒?」
「いや、だからそう結果を焦らず・・・」
「そんなん待ってらんねぇ」
隆二は俯いてぼそっと言う。
「いや何でだよ、何をそんなに焦ってやる必要があるんだよ」
「待ってらんねぇんだよ・・・」
隆二は顔を上げて呟く、智樹が見た事もないような苦しそうな切なそうな表情をしている。
「俺はなぁ・・・ああ、もういいや面倒くせぇ」
隆二は拗ねたような顔になると立ち上がって智樹に近付く。
「な、何だよ」
たじろぐ智樹の前に立つと隆二は手を差し出した、立て、と言うように。
「?」
智樹は訳のわからないまま差し出された手を掴んで立ち上がる。
と、同時にふわん、と自分の体重が無くなったように感じ、天井と地面がひっくり返った。
あっけにとられていると身体の側面にどん、と衝撃が来てようやく智樹は隆二が自分を投げ飛ばしたのだと理解する、合気道の演武か何かのように綺麗な投げだった。
混乱しながらも立ち上がろうとするが、動けない、気が付くと隆二が自分の腹の上に馬乗りになっていたからだ、いわゆるマウントポジションの体勢だ。
「ちょ・・・ちょっ、ちょっ、ちょっ、待て、落ち付け」
「落ち着いてるよ」
確かに落ち着いた物言いだが、雄大な谷間の向こうに見える隆二の目は据わっている。
智樹はどうにかもがいて隆二を振り落とそうとするが隆二は巧みな体重移動で智樹をコントロールし、しっかりとポジションをキープする。
やがて足掻くのに疲れた智樹が動きを止めるとぽつりと言う。
「な、わかるか?」
「はぁ、はぁ、な、何がよ?」
「俺の状態」
「マウントポジションだな?」
「いや、体勢はそれだけどな・・・っていうか散々刺激しやがって・・・」
智樹は気付いた、隆二の顔が耳まで真っ赤に紅潮し、息が荒くなっている事に、あの程度の攻防で息が上がるような奴ではない、と言う事は・・・。
にちっ
智樹の耳に何か粘着質な音が聞こえた、それは隆二の下半身あたりから聞こえた気がする。
「なっ?・・・ひどい状態だろ」
「・・・っ!おまっ・・・!」
「言ったじゃん、お前に欲情してるって」
智樹は何て言っていいか分からなくなる、しかし身体の方は意思とは無関係に隆二の「雌」に反応し始める、いや、元々馬乗りになられた時点で伝わる重みや風呂上がりのやたらいい匂いで危険な状態だったのだが。
「言葉以外で愛を証明しろって言ってたよな?」
隆二は目を爛々と輝かせながら笑みを浮かべる、それはよく見知った隆二の笑顔ではなかった、女の顔だった、隆二の言葉を借りるなら「隆子」の笑顔だった。
「今から証明してやるよ、言葉以外の方法で」
「ル、ルール・・・!ルールは!?」
「ん?」
「お前ルールでクスリとレイプは御法度って言ってたじゃん!これってレイプじゃね!?」
「ああ、破るわそれ」
11/11/05 20:17更新 / 雑兵
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