連載小説
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「しょうがねぇなぁ♪」
一人暮らし用の狭い和室には二人の男女の荒い息遣いが響いていた。
素肌の上にYシャツ一枚と下着のみという挑発的な姿の女が男の上に馬乗りになっている、第三者が踏み込んだら間違いなく「こいつらやる気だ!」と思うであろう。
隆二は智樹の顔の横に両手をついて上半身を倒す、夜の帳のように黒髪が下りてきて智樹の視界は隆二の笑みで一杯になる。
「そいじゃあ、智樹クンの初めてをいただきますか、まずは唇から」
「キ、キスくらいしたことあるわい」
「ははは、御冗談」
「あるっつうの!」
それを聞いた瞬間隆二の顔を降ろす動作がぴた、と止まった。
「・・・・・・いつよ」
隆二の顔からはいつの間にか笑みが消え、奇妙な無表情になっている。
「何でお前にそんな事」
「いつよ」
抵抗する智樹に有無を言わさぬ迫力で言う、智樹はたじろぐ。
「だ、大学に入って半年くらい・・・だったっけ」
「どこで」
「コ、コンパだよ、いつもの飲み屋の」
「誰と」
「・・・・・・」
智樹は口ごもるが、隆二は黙って謎のプレッシャーを放ち続ける。
「ゆ、優ちゃんだよ」
「あいつか」
優ちゃん、とは前述にあった智樹と少しだけいい雰囲気になったが、その後隆二になびいた後輩である、時期的には出会って間もない頃だ。
「どういう流れでしたんだよ」
「ゆ、優ちゃん慣れない酒で酔ってて、それを介抱してたら突然抱きつかれて・・・多分相手も覚えてないんじゃねぇかな」
何故隆二に自分のファーストキスの詳細を教えねばならないのかと思うが、隆二の無言のプレッシャーに押されて正直に話す、改めて説明してみるとファーストキスにカウントしてよいものかどうかという情けない体験だが。
それを聞いた隆二の表情が無表情から見る見る不機嫌そうな顔になって行く、智樹はそれを見ながら(美人は怒った顔も美人だなぁ)と、どこか変に冷静な部分で考えていた。
「・・・俺はたった今初体験したわ」
「な、何?」
「嫉妬」
「しっ・・・」
「こりゃあアレだな、うん、最高に面白くない気分だな」
「面白くないって・・・」
唐突に、不機嫌そうな表情のまま隆二が中断していた動きを再開した。
ふちゅっ
唐突だったので智樹が避ける間もなく唇同士が接触する、同じ部位でありながら自分とはまるで違うつやっとした感触の物体が唇に触れ、すぐに離れた。
一瞬の出来事であっけにとられる智樹を見下ろして隆二は言う。
「今のがお前のファーストキスな」
「いや、俺の初めては」
「酔っぱらいとのなんかノーカンだノーカン、俺らのシマじゃノーカンだから」
「シマて」
突っ込もうとする智樹にまた唇が降ってくる。
ちゅっ
「な?覚えとけよ、今のだからな、前のは忘れろ」
「だかrんむっ」
ちゅっ
「覚えろ、ちゅっ、コレがお前の初めてだから、ちゅっ・・・ちゅっ」
言い聞かせるように繰り返し繰り返しキスをする、智樹は言い返す間も与えられずキスをされ続ける。
「んっ・・・ぷぁっ・・・わかっわかったよ!わかったって!今のが初めてだよ!」
キスの合間を縫ってどうにか言うと隆二はようやくキスを止め、得意気ににまっと笑った。
「うんうんそうだろう、最初からそう言やいいんだ」
(・・・あ、やべ・・・)
ガキ大将のように目をきらきらと輝かせる隆二の表情はとてつもなく魅力的だった。
智樹は危機感を感じる、美人、と感じるのはともかく可愛い、と感じるのは危険だ、このままだと本当に隆二に何もかも奪われてしまう。
だが危機感を感じると同時に理解してしまう、隆二は本気だ。
人にしろ物にしろ隆二はとにかく「執着」や「固執」というものが無い、どんなに苦労して手に入れた物でも軽々しく人に投げ与え、どんなに長く付き合った相手でも未練もなくあっさりと別れる。
そんな隆二だから誰かに嫉妬する姿など想像できなかった、今まで付き合ったどんな女に対してもそんな感情を見せた事は無い、少なくとも智樹は見た事が無い。
しかし今、隆二ははっきりと「嫉妬」をしたのだ。
「それじゃあ次は・・・」

ピンポーン

にやにやしながら隆二が言った所で場の空気を乱すようにインターホンが鳴り、隆二は舌打ちを打つ。
「イ、 インターホン」
「あー、ほっとけほっとけ、こんな時間に訪問する奴なんかろくな奴じゃねぇぞ」
「・・・(お前とかな)」
「今、何を考えたかわかったぞ」
「な、何を」
ドンドンドンッ
スルーしようとする隆二に対抗するように訪問者はノックまで始める。
「た、多分、隣の奴だよ、出て謝んないと」
「ほーっとけってぇ・・・」
隆二は完全に無視を決め込むつもりのようだった。
しかし智樹にとってこれは隆二の魔の手(?)から逃れる最後のチャンスのように思えた、とにかく人目があればこのおと・・・女も迂闊な事は出来ないはずだ。
しかし問題はこのマウントポジション、どう足掻いても総合格闘技のような体裁きで決して体勢を崩させてくれない。
だが智樹は考える、さっきから下半身に伝わってくる熱に隆二の荒い息遣い、火照った顔・・・。
この方法ならあるいは・・・。
智樹は隆二の細いウェストを下からそっと掴む。
「お♪」
ようやくやる気を出したか、と、隆二は嬉しそうな顔をする。
智樹はその隆二の腰を掴んでぐぐっと持ち上げ、馬乗りになっている隆二の黒パンティと自分のジーンズの股間部分に僅かな隙間を作る事に成功する。
「お?お?」
何をする気なのか理解してない隆二が不思議そうな顔をする。
智樹は出来る限り腰を引いて力を溜め・・・

ずしんっ!

下から隆二の股間を力一杯腰で突き上げた。
「はァッッひゃぁぁぁぁん!?」
ある意味今までで一番女らしい声を上げ、隆二の全身がびくびくと痙攣する。
「ア、は」
直後、全身から力が抜け、完璧に保たれていたバランスが崩れる。
(今だっ!)
智樹は腰を捻って隆二を振り落とす、隆二は抵抗もなくべちゃっと畳に振り落とされる。
四つん這いで畳を引っ掻いて隆二から離れ、玄関に向けて一直線に走り出す。
(助けて隣人!)
ドアに飛びついて解錠し、開くとその向こうに隣の受験生の怒り顔が見えた。
智樹は安堵の溜息をついてとりあえずあやまろうとしたが、言葉を発する事はできなかった。
横殴りに温かくて柔らかくていい匂いのするものがぶつかってきたからだ。


時間は少し巻き戻って智樹の部屋の前、智樹の隣人こと、現在絶賛三浪中の受験生、最中義郎(もなかよしろう)は怒り心頭だった。
追い込みで徹夜していればどうも隣の大学生が友達を部屋に呼んで馬鹿騒ぎをはじめたようなのだ、壁を叩いて注意すればおとなしくなるが、少し経ったらまたすぐに騒ぎ始める、しまいにはどたどたとプロレスでもしているのかという騒音まで発し始めた、いい加減堪忍袋の緒が切れた義郎は一言言ってやろうと隣の部屋のドアの前に立った所だ。
ピンポーン
インターホンを押しても反応が無い、いい度胸だこの野郎。
義郎はドアをドンドンと叩き始めた、どうあっても一言言ってやらないと気が済まない。
(〜〜〜〜ぁぁぁん♪)
・・・何か、中から甲高い声が聞こえた気がした次の瞬間、ドアに向かってどたどたと足音が近づいて来た。
ドアが開かれ、何故かえらく安心した顔の隣人の大学生が出て来た、一言言ってやろうと口を開いた瞬間、あっけにとられる。
その大学生の背後から黒髪をなびかせて女が走ってくるのだ、すごい格好だ、Yシャツ一枚を素肌の上に引っ掛けているだけで、下半身は黒パンティ一枚だけ、しかも映画でしか見た事の無いような美人でその健康的な小麦色の肢体は映画でしか見た事のないようなナイスバディだ、そのナイスバディが陸上選手もかくやという良いフォームで腕を振りながら走るものだから胸の雄大なアレがばるんばるんと跳ねる跳ねる、Yシャツ一枚なのでその縦横無尽な動きを遮るものは一切ない、もう少しで胸の先端の突起まで見えそうだ、状況も忘れて義郎はその光景に見入る、悲しき雄の性である。
見入っていると目の前に立っている大学生の横腹にタックルのような勢いで食らいつき、横の壁に押し付ける、大学生は何かを言おうとしたが、その口に女はむしゃぶりついた。
「はムっ、んぐっ、んぢゅっちゅぷ!?」
「んちゅぴちゅ、れろちゅく、っぷぁ」
「や、やめ、むぐ、んむちゅ、ふぢゅちゅ」
「ちゅっちゅむん」
そしてその女はAVでしか見た事の無いようなディープなキスを大学生に食らわせ始める。
壁に押し付けているので必然的にそのダイナマイトな肉体は大学生に押し付けられ、殆ど露出しかかっている豊満な肉が大学生の胸の上でぐんにゃりと変形している様子が窺える、なおかつその小麦色のむっちりとした美脚でも絡み付き、腰は卑猥な動きでぐりぐりと大学生の腰にパンティを擦り付けている。
義郎は迅速に前屈みになる、悲しき雄の性である。
やがてひとしきり大学生の唇を貪った女は唾液の糸を引かせながら口を離し、こちらを向いて妖艶な笑みを見せた。
「ゴメンね?なるべく静かにスるから♪」
そう言うとその身体でしっかり大学生を捕獲しながらドアに手を伸ばし、ぱたん、と閉じた。


(チクショオオオオオォォォォォ!)
隆二がかちりと鍵を掛けるとドアの向こうからドップラー効果を伴って男の悲しい咆哮が遠ざかって行った、隆二のキスで足腰立たなくされた智樹は隆二に引き摺られながら心の中で隣人の受験生に土下座した。
智樹を捕縛した隆二は和室に戻ると智樹を引き倒し、また上に覆い被さると智樹の耳元で囁いた。
「やってくれんじゃん・・・今のは相当効いたぜ」
にちゃっ
智樹の耳たぶに舌を這わせながら隆二は言う、手負いの獣のように息が荒い。
ここにいたって智樹はようやく観念した、どう足掻いても自分は隆二から逃れる事は出来そうにない、ならば・・・。
智樹は全身の力を抜いた、元より先程の強烈なディープキスで骨が無くなったかのように身体はふにゃふにゃなのだ。
それより何よりふにゃふにゃな身体の中で唯一ぎんぎんに元気な箇所がもう限界だった。
開き直って考えてみればこんな幸運は二度と無いかもしれない、このまま隆二に・・・。
智樹の抵抗が無くなった事を確認した隆二はにっこりと笑って言った。
「・・・しかし、やっぱ合意なくこんな事しちゃいけないよな」
「・・・・・・・・・は?」
まな板の上の鯉状態だった智樹はきょとんとなる、その智樹の上から隆二は降りて離れる。
「俺ルールで駄目だしな」
「さ、さっき破るって」
「うそうそ、破らねぇよ」
隆二は白々しい笑みを浮かべると洗面所に向かった。
困ったのは智樹だ、ようやく観念してその気になった途端にこれは酷い。
力の入らない身体で起き上がるが、震えが止まらない、いよいよ積もり積もった肉欲を満たせると期待していた身体はどうしようもなく隆二の温もりを求める、しかしその隆二は今、洗面所で何やらごそごそしている。
どうする事も出来ずに欲情を持て余す智樹をよそに洗面所から出て来た隆二はここに来た時と同じシャツとジーンズ姿に戻っていた、あれほど惜しげもなく晒されていた魅惑の肢体は今は男っぽい服装の下に隠れてしまっている。
表情も先程まで見せていた女の表情では無く、至って平常だ。
「じゃ、またな」
びっくりするほどあっさりとした物言いで言うと、ドアに手を掛けた。
「ちょ・・・隆二!!」
「ん?」
たまらず声を掛ける智樹を振り返る。
「そ、その・・・」
「何だ、用事無いなら行くぜ?」
「あ、あ、」
「じゃ、またな」
「まっまままっ待ってくれ!」
隆二はノブから手を離すとドアに寄り掛かって立った。
「何だよ、何かあるならはっきり言えよ」
「こ、こ、こ・・・の・・・」
智樹は悟った、今、自分は完璧に隆二の手の平で踊らされているのだ。
悔しい、だけどこれはあんまりだ、このまま隆二が去ったらその後自分はこのはちきれんばかりの欲望を処理するだろう、一人で寂しく、隆二の身体を思い出しながら。
あんまりだ、それはあんまりにもあんまりだ。
葛藤する智樹を見ても隆二は表情を変えず、長くなった髪を弄りながら言う。
「何か言いたい事があるならちゃんと言葉にしないと伝わらないぜ?」
「お、お、お、俺・・・」
智樹が続きを言えずにいると隆二は肩をすくめ、ノブに手を掛けた。
「お、お、おま、お前が欲しいんだっっ!!」
智樹はプライドも何もかも投げ捨てて言い放った、隆二はノブから手を離し、ドアから離れて智樹の傍に来た。
「欲しいって何だ?もっと具体的に言えよ」
あくまで冷たい顔と物言いで隆二は更に智樹を追い詰める。
「り、隆二とヤリたい」
「何を」
「セックスしたい」
「んー」
隆二はわざとらしく顎に手を当てて思案顔になる、智樹はこれ以上何を言っていいのか分からず殆ど半泣きになる。
隆二はそんな智樹を見て微笑みながら言った。
「「隆二のマンコで童貞奪って下さい」って言ったら考えないでもないな」
「どっ・・・」
一体何て事を言わせる気なのだ、そもそも淫語を強要して恥ずかしがらせて楽しむのは普通男の方ではないのか。
だが、智樹はもう限界だった。
「りゅ、りゅ、隆二のま、マンコで・・・ど、童貞奪って下さい」
つっかえつっかえ言われた通りの台詞を言う。
それを聞いた隆二は笑みを浮かべた、今までで最高に意地悪で満足げで嬉しげで魅力的な笑みを。
「しょうがねぇなぁ♪」
11/12/25 07:24更新 / 雑兵
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