連載小説
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牢獄

 暗く、狭い場所に閉じ込められる。
日の光を奪われる。
それだけで人はこれだけ絶望するのだ。
寝心地というものが一切考慮されていないベッドに腰掛けて、ウーズラはそれを実感していた。
この地下牢に入れられて三日までは日数を数えていた。
しかし日光の届かない場所にあってはもう正常な時間の感覚が奪われてしまっている。
数日のようにも数か月のようにも感じる、もう、わからない。
しかも自分には刑期が無い、一生をこの地下で生きる事になるのだ。
いや、この環境だとそう長くは持ちはしまい。
この環境ではどんなに健康な人間でも数年と持たず病を発症し、死に至る。
結局のところ、終身刑とは緩やかな極刑なのだ。
「はぁ……」
何度目かもわからない思考のループにため息をつき、石の壁を見つめる。
それ以外出来る事はない。
肌寒い牢獄の空気から身を守るためのボロを身に纏い、支給される粗末な食事で命を繋ぐ。
人生を想い、親を想い、罪を想い……オラシオの事を想う。
選択に後悔はない。
自分の人生とオラシオの人生のどちらを取るかなんて考えるまでもない事だった。
しかし、それでも思うのは両親。
出来の悪い自分にも金を掛けて学校に通わせてくれた親の事。
強姦未遂によって終身刑を受けた息子を輩出してしまった家の事。
それだけが申し訳ない、それだけがやるせない。
「うっ……」
泣いた所でどうにもならない。
だけど涙を拭って前を向いたって、もう希望は見えない。
そんな時決まって脳裏に浮かぶのは……。

 だぁいすき♪

 人生と引き換えに手に入れた記憶。
あの経験はまるで、悪魔との取引で手に入れたかのようだった。
「お前の人生と家の没落、それと引き換えにあのオラシオ・デルキャンタとの一週間の蜜月を約束しよう」
もし、悪魔が現れてそんな取引を仕掛けてきても無論自分は応じはしなかっただろう。
だが、自分の全てとオラシオとの「あの」一週間であれば十二分に釣り合いが取れるとも思う。
あの一週間で自分は人生における幸運全てを使い果たしたのだ。
「ふぅぅ……はぁ……」
だから、この薄暗い穴倉の底でウーズラはその夢の残滓に縋る。
ウーズラはごそごそと牢の中で一物を取り出す。どうせ、誰も見てはいない、気にもかけない。
無駄に大きいばかりだと思っていた自分のそれ。
見る度に嫌気がさしていたそれ。
だが今、暗闇の中で見る自分のみっともない一物はそれでもふてぶてしく、誇らしげに見える。
不遜にもあのオラシオの貞操を奪ってやったのだ、自分の低俗な遺伝子を嫌と言うほどに注ぎ込んでやったのだ、と。
「へへっ……」
思わず、口元に下卑た笑みが浮かぶ。
そう、自分はそういう奴だ、そしてその罪に相応しい末路を辿った、ただそれだけの事だ……。
「ふぅー……ふぅー……」
自虐的な思考に染まりながら、ウーズラは自分を慰め始める。
あの記憶を思い返せば、浅ましい性欲は無限に沸いて来る。

 「あっ……あっあっあっあっアッアッ」

 「あやまら、ないでっ……ってばぁ……」

 「……嫌じゃ……ないん……だよね……?」

 「またそうして、自分の事を悪く言う……でも知ってるからね、わたし、君がどれだけ素敵か……どれだけ君がわたしを……駄目にしちゃうか……」

 「だぁいすき♪」

 (ああ、オラシオさん、俺も、俺も……!)
歯を食いしばり、自分の一物を乱暴に扱く。
物理的にはあの時の快楽に及ぶべくもない。だが、その記憶だけで精神的な興奮は十二分に得られる。
心が焦燥していて牢に入れられてからはそんな欲望も沸かなかった。
だが開き直りに似た精神状態に陥った今、ウーズラは儚い快楽に逃避を求める。
このまま床にでもぶちまけたらどう思われるか?
誰にもどうとも思われやしない、食事の配給はドアの小窓から投げ入れられるだけで碌に中の様子も伺われない。
自分が悪臭に苦しむだけだ。
「ぐぅぅぅ」
(俺はただの獣だ、卑しい生き物だ、動物だ)
(どうしてこんな事に)
(オラシオさん、ごめんなさい、こんな俺に、ごめんなさい)
後悔と、自虐と、情けなさと、愛しさと、ごちゃ混ぜになったまま射精欲がこみ上げる。
限界だ。


 射精が近くなると、男性の知能は極端に低下するという。
なので、ウーズラも牢に起こる変化に気付きながらも異常として認識できなかった。
風など起こるはずもない牢内に巻き起こる空気の流れ、その流れに混じる甘い香りに。
「え!?」
だが、流石に黒い霧のような物が座っている自分の目の前に発生した瞬間はぎょっと我に返った。
回らない頭でも理解できる異常事態、そんな事態に対応できる訳もない自分。
いや、普通の状態でも対応できないのだがよりによって牡として最も無防備な瞬間だ。
一物をしまおうにも止められないカウントダウンに入ってしまっている。
しかも、角度的にその黒い霧にぶっかける羽目になる。
(ど、どど、どうし、どうすれば、あ、だめだ、出る)
一瞬で脳裏に様々な思考が駆け巡るが、結局どうしようもない。
ウーズラにはその瞬間がスローモーションのように認識できた。
黒い霧からふわりと、二つの大きな影が広がる。
続いて風にたなびく尻尾のようなものもひらりと揺れる。
尻尾、ではない、髪。
見覚えのある髪型。
そう、動物の尻尾のようにチャーミングな……。
そう認識した瞬間、その髪の下に白い顔が現れた。
高貴さと、人懐っこさの同居した少女の顔。
忘れようもない、今しがたまで脳裏に浮かべていた顔。
オラシオ・デルキャンタその人。
だが、その顔はいつものころころ変わる魅力的な表情のどれでもない。
見た事のない……いや、つい最近まで見た事のなかった表情。
そしてつい最近に初めて見た表情。
とろん、と目尻の下がった甘い陶酔の表情。
はしたなく、大きく開かれた口。
雛鳥が親鳥から餌を貰おうとする時のように……。

 餌?

 「あっ……」
気付いてしまう、自分の発射寸前の一物の照準がその口に定められてしまっている事に。
だからと言って止められない。
せめて照準を逸らそうと、一物に手を……。

 ぎゅっ

 温かな感触が、両手を掴んだ。
柔らかいけど力強さを感じる、鍛えられた女の子の手の感触。
いつの間に現れたのか、両手が両手で抑えられている。
腰を引こうにも座った状態では限界がある。
結果としてウーズラは目撃する事になる。

 びゅるっっ

 数日間溜め込んだ自分の濃い白濁の一射目が、勢いよくそのオラシオの口腔内に叩きつけられる場面を。
二射目は目に入らなかった。

 「ンじゅるんっ」

 ウーズラの前に跪いたオラシオが勢いよく首を伸ばし、喉の奥までその剛直を一気に飲み込んだからだ。
そうして独房の床にぶちまけられるはずだった大量の白濁を、その喉で受け止め始めた。

 びゅるるるるるっ びゅるっ どくっ どくっ どくっ どくっ どくっ

 「お、おお!?んぉ!?おぁぁ!んぐぎっ!?」
上体を捻り、腰をよじってその口から逃れようとウーズラはのたうつが、オラシオは両手を掴んで逃がさない。
鼻先が埋まる程に顔をウーズラの股間に密着させ、喉をごくりごくりと鳴らし続ける。
「んっ……んっ……んっ……ンくっ……」
身悶えるウーズラを両手で捕まえながら、ぱっくりと股を開いた蹲踞の形で腰と尻尾をくねらせる。
それに合わせて羽と髪もひらひらと揺れる。
まごう事なき淫魔の姿。
「ああぁぁ……ああああ……」

 ぴゅる……ぴゅく……とく……とく……

 長々と続いた射精がようやく終わりに近づき、長く続いた分気が遠くなるような余韻に襲われる。
射精も止まり切らずお漏らしのように緩やかな、しかし至福の射精が続く。
その一滴たりとも逃さぬよう、オラシオはぴったりと密着し、喉を鳴らし続ける。

 「ぢゅる……んろろろぉ……っぷぁ♪」

 ようやく完全に射精が終わった所で、オラシオもやっと陰茎を口から解放した。
「かはっ……ぁがっ……あっ……」
圧倒的余韻でただへたり込むしかできないウーズラを見ながら、解放されてなおそそり立つ陰茎に愛おしげに指を這わせる。
「はぁ……はぁ……お、オラシオさ」
「もっかい」
「え?」
「はぁむん」
「あ゛あ゛っ!?」
そして、ウーズラが何か言う前に「おかわり」を所望した。
ウーズラは何を問い質す間も与えられず再び快楽の坩堝に叩き落され、喘ぎ声を上げる以外の選択肢を奪われてしまった。







 「そういう訳で……というか、見た通りなんだけどね」
「はい……」
「結局あの学校も魔界の勢力下に置かれ始めてるって状況でね……」
「はい……」
「聞いてる?うーん、聞こえてないねえ♪」
「はい……」
囚人一人だけ収監されているはずの独房からは二人の声が聞こえている。
一人は収監されているウーズラの声、もう一つはこの場にいるはずのないオラシオの声。
この独房は物理的には勿論、魔術的にも封印が施されており、通常は魔導士であっても干渉の出来ない空間だ。
しかしあの「理事長」の手に掛かると、まるで何もないかのようにオラシオの初心な転移魔法でも素通り出来た。
それには想い人の濃い「匂い」に惹かれたオラシオの魔力も少なからず影響しているのかもしれない。
「そうだねえ、ウーズラ君にはもう、あまり関係のない事だもんね」
「そんな……事は……」
夢うつつの表情だったウーズラの顔に少しばかりの意思が戻る。
だが、二人で腰掛けたベッドの上でべったりとオラシオに縋るように寄りかかっている体勢では申し訳程度の意思だった。
結局あの後更にもう一回「おかわり」されたウーズラは完全な魅了状態に置かれ、オラシオに甘えるのを止められなくなってしまっている。
それが嬉しくて仕方ない様子でオラシオはウーズラの頭を撫でたり腰を撫でたり、ウーズラの手を自分の胸に押し当てさせたりしている。
だめだ、いけない、こんな事。
ウーズラの心は僅かに抵抗を示すが、体の芯から骨が抜き取られてしまったかのように体は言う事を聞かない。
いや、心も既に奪われ尽くしてしまっている。
角と羽の生えたオラシオの姿は紛れもなく魔物の姿。しかも、学校の制服姿のままなのだ。
普段見慣れたあのオラシオの姿である事が余計に彼女の堕落を明確に示しているように思える。
そして、普段見慣れた姿であるからこそ自分を甘やかして来るその姿に抗えない、魔物とわかっていても。
「大丈夫、ウーズラ君はここでじっくり私に堕とされていて?そうしてたらみんなうまくいくから……」
右手でウーズラの顎をゆっくりとさすり、左手でウーズラに制服の上から自分の張りのある乳房を揉みしだかせながらオラシオがひそひそと耳に囁く。
まさに、悪魔の囁き。
「駄目……っす……こんな……こんな事……もう……」
「はぁ……相変わらず頑張り屋さん……健気……可愛い……頑張って堕とすぞー♪」
嬉々として言うオラシオは何もない所からまるで手品のように「それ」をずるりと取り出して見せる。

 チャララ……

 「えっ……」
それを見たウーズラの表情が凍る。
複数のベルトと金具を組み合わせて作られたそれは、あの時の、忘れもしない……。
「もう一回「一緒」になろっか……今度は、もっと長く……深ぁく♪」
あの攫われた時に装着された、呪わしい拘束具。
二人を快楽に繋ぎとめて離さなかった、あの……。
ちろり、とそのベルトに舌を這わせるオラシオを見てウーズラはようやくその体から離れて逃げようとする。
逃げ場もないのに。
ぺたぺたと床を這いつくばって後ずさるウーズラを、オラシオはくすくす笑いながら隅まで追い詰める。
「どうしたどうしたー?捕まっちゃうぞー♪」
「あ、あ、あ、駄目、だめっす……そんな、あんなの、もう……」
「頑張れ頑張れ耐えられるって、あ、ちなみに私の「具合」はもーっと良くなってると思うから楽しみにね♪」
耐えられない、僅かに残った意思も、矜持も、あんな「蜜月」には、もう……。

 ほぉら、ほら、大人しく。
ん、くんっ、はぁふっ、んしょ、よいしょ。
ぁひっ、ひぃん、ぉうっ、はぅっ
お、ほら、ぴったりしっかり、捕まっちゃったねえ
お、おぅ、おふ、あ、当たる、すご、すごい、すごいとこ当たるぅぅ……。







 「再審、とはなぁ……」
腰に下げた鍵を鳴らしながら地下牢への階段を下りながら、看守の男は呟く。
今から「餌」を与えに行く囚人の事だ。
ウーズラ・ボナーク
強姦未遂の罪状で終身刑を言い渡された小柄な少年。
基本的に一度言い渡された判決が覆る事はそうそう無い。
しかしどうやら複数の……主に被害者とその関係者からこの囚人の無罪を訴える声が上がった為、再び裁判がやり直される運びになるらしい。
(まあ……面倒な餌やりが無くなるならそれに越した事はないが……)
それでなくともあの薄暗く、辛気臭い独房には立ち入りたくはないのだ。
階段を下りきって、手に持った固いパンと塩気の薄いスープの乗った皿を牢獄の小窓に押し込み、そのまま立ち去ろうとする。
「……」
看守は周囲を見回した。
(何だか……何だ?……こんな感じだったか?ここは……)
周囲を見回す。
牢獄は相変わらず薄暗く、狭く、かび臭い。
いつもと変わらない、はずだ……しかし……。
思い立った看守は普段と違う行動をした。
いつも食事を差し入れている小窓を開け、こっそり独房の中を覗き込んだのだ。
基本的にこの独房に収監された囚人と口を効く事は禁止されているので、厳密に言うと規則違反に当たる行為だ。
「……」
暗がりの中にいるのは、ぼろを身に纏ってうずくまる小柄な影。
ウーズラ・ボナーク一人の姿……。
何も、異常は見当たらない。
(……気のせいか)
首を傾げながら看守は階段を上がって行った。
この看守は魔法を使える人物ではなかった。
しかし一般人であっても結界に入ると少しばかりの違和感を感じる事はある。
看守の感じた違和感はこの牢獄に掛かっていた魔法封じの結界が無くなり、代わりに違った結界が張られていた事によるものだ。
それは「幻視」の魔法。
そう、ドアの中を実際とは違う光景に見せる結界、そしてドアから漏れる「音」を封じる結界。
もしこれが張られていなければ看守は本当の光景を小窓から見ていただろう。
粗末なベッドに変わって置かれた大きな魔界産の高級ベッドが部屋の中央に鎮座しているのを。
そして、その上でのたうち回る二つの肉体を。
音が封じられていなければ耳にしていただろう。
牡と雌が発するあられもない嬌声を。







 数か月後に行われた再審により、ウーズラ・ボナークには無実の判決が下った。




20/04/29 17:47更新 / 雑兵
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■作者メッセージ
家に籠ってる方々の慰みになれたら幸い。

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