会場の中は複数の「ギルド」のブースに分けられていた。
ネットゲームにはよくあるシステムだが、ダークネスも例に漏れずギルドがある。
所属すると複数のボーナスが得られるというやつだ。
大きな勢力を誇るギルドは半ば公式に近く、このイベントでもスペースを借りてこうしてブースを作っているのだ。
その中でも一際熱気を放っているのが……。
「ハーッハッハッハッハ！よくぞ集まったのう！我らがサバッ……！サーバットの忠実な下僕共よ！」
「「「ウオオオオーーーーー！」」」
会場に響き渡る甲高い少女の声と男達の怒号のような歓声。
「サーバット」とはダークネスの中でも大きな勢力を誇る公式のギルドであり、主に魔法系のジョブを推奨するギルドだ。
そしてもう一つの特徴が年齢の低い女の子のキャラが数多く使われているという事だ。
かといって所属する男はそれに限らないので父娘みたいな年齢差のパーティーを見かけたらだいたいがサーバット所属である。
ギルドの紹介文が「このロリコン共め！」なあたりからも明らかに狙っている。
極めつけはギルドマスターが本当に美少女……美幼女、な上、コスプレ活動をしているという所。
今ステージ上で豪奢な玉座に鎮座している人気コスプレイヤー「バフォ様」がまさにそのギルドマスターだ。
「すげえな……」
荻須は思わずつぶやく。
サーバット特設ステージは文様に覆われたカーテンや石で構成されており、魔術っぽさを演出している。
そのステージ上には特大スクリーンが設置されており、ギルドマスターが座っている玉座とその前に群がるプレイヤー、そしてステージ脇を固める幼……小さなギルドメンバー達が写し出されている。
そのスクリーンの前の玉座に鎮座しているのが画面からそのまま飛び出てきたみたいなギルドマスター「バフォ様」だ。
もふもふとした獣の手と立派な角、そして未成熟が故に半端にグラマーなより強烈なインパクトを放つ露出の高いコス、そして幼くてもやはりものすごく可愛い。
「ククククッ今宵はここに集った下僕達に特別な褒美をくれてやろう……！ここにて配布されるIDを提示すればギルドショップにて強化素材半額！さらにパートナーシップボーナスの効果が倍！」
「「「ウオオオオーーーーー！！」」」
「バフォ様ー！太っ腹ー！」
「太っ腹ではないイカ腹なのじゃ！」
「バフォ様違法ー！」
「1000飛んで15じゃから合法なのじゃ！」
ギルドメンバーとの一体感がすごい。
普通あれだけ幼い女の子がステージに上がっていると微笑ましさが先行するものなのだが、この「バフォ様」は奇妙なオーラがあるというか、小柄で幼いにも関わらず声一つで会場を一つにまとめるだけの迫力がある、威厳というかカリスマというか、そのギルド所属でない荻須も思わずステージに引き寄せられるような……。
「あ、オニーサン！貴方もサーバットに所属しませんか？」
「今なら特典もりもりですよー！」
と、ステージ脇でパンフレットを配っていた魔女コスの女の子達が寄ってくる。
……賑やかしなんだろうけどこの子ら本当にその……小さい、大丈夫なんだろうか。
法律的な意味で。
しかし可愛い。
パンフを渡そうとする女の子が可愛いのでつい受け取ろうとした瞬間。
むにん
腕に柔らかさを感じた。ぎょっとして見てみると巴が笑顔で胸を押し付けるように荻須の腕を組んでいた。
たちまち荻須の頭はその触感で一杯になる。
「私はミステラ、勇者が道を踏み外さぬように導く者」
ぽにょん
「正しい道はこちらー♪」
躍りながらるい子が反対側についてぐいぐいと引っ張っていく。やわらかい。
「誰が外道だー！？」
「にゃろうめー！」
ぴょんぴょん跳ねながら文句を言う女の子達から遠ざかる。
「いやあ、危ないところだった、よく戻って来た」
微笑みながら手を広げて迎え入れるアリストレイ。
何かわからないが、危ないところだったらしい……。
「ぼくは少し寄りたいブースがあるんだけど、いいかな？」
「いいよ、俺はむしろ広すぎてどこ行っていいやらだし」
「私も少し行きたい場所が…」
「わたしもー！」
「あー……、じゃあ順番に行こう順番に」
行きたい所があるらしい三人に荻須はついていく事にした。
会場のマップを見ながら誘導するアリストレイに従って人ごみを掻き分けて進んで行くと、聞き覚えのあるBGMが耳に届いてきた。
「あ、この音楽って……」
「「黒の旋律」ですね、まあ……生演奏だなんて」
ピアノとバイオリンで構成された荘厳なテーマ曲はギルド「闇の眷属」のテーマ曲。
所属するメンバーは基本的にアタッカーが多く、防御力や体力と引き換えに爆発的に攻撃力を高める「代償」というスキルを好んで使う、そして、とりあえず闇属性の装備が好まれる。
結構な人気を誇るのはやはり皆どこまで行っても中学二年生な感性は失われないという証拠だろうか。
そんなギルドなものだからブースにも拘りが感じられる。
大きな黒幕に覆われたステージは意味深な魔法陣で彩られ、両サイドには半人半獣の女が座った石像が鎮座している。
そしてスクリーン前ではピアノとバイオリンによるテーマ曲の生演奏である。懲りすぎではないだろうか。
「これまたすーげぇ……」
演出もそうだが、演奏自体も行っている人々のコスプレも中身もハイレベルすぎる。
タキシードをアレンジしたような礼服に黒のマントを羽織った金髪碧眼の女性レイヤー達は容姿も勿論、楽器の腕も相当なものであることがわかる。
「すごいけど、アストレイって闇の眷族所属じゃなかったよな？」
「ふふふ……何を隠そう、ぼくはヴァンパイアと人間の間に生まれたハーフ……つまり闇の眷族の血がこの身には流れているのだ……！」
手で顔の半分を隠しながらぎらりと目を輝かせるアリストレイ……普通は間抜けに見えるものだが、悔しい事に美少女なのでそんなポーズもよーく似合う。
「と、いう設定ね」
「と、いう設定さ」
「皆好きだねえそういうの……俺も好きだけどさ……」
「まあ冗談はさておき、ここにはちょっと紹介したい人がね……」
「紹介？」
コスプレ仲間だろうか、それとも新たなメンバー……？
荻須的にはこの三人とがいいのだが……もしそのメンバーが男だったらちょっとショックかもしれない。
一瞬でぐるぐる考えていた所、丁度演奏が終了した。
周囲からの拍手に大仰な仕草で礼をした演奏者達がステージを降りて来る。
「おーい、お母さーん」
「え？」
今、聞き間違いでなければ「お母さん」と言ったような……
その声に反応して顔をこちらに向けたのがバイオリンを演奏していた女性。
……言われてみると、面影が似ている。
つまり、アリストレイが大人になったようなものであるからして美人を通り越して麗人の域に達する容姿をしていらっしゃる。
しかしアリストレイに比べるとその切れ長の目は鋭く、いくらか冷たい印象を受ける顔立ちをしている。
何よりこんな年齢の娘がいるとは絶対に思えない若さ。
やはり聞き違いではなかろうか。
と、その女性はつかつかとこちらに向かって歩いてくるとアリストレイの方に手を伸ばし……
べちんっ
「あいたっ」
デコピンした。結構いい音が鳴った。
「大声で、お母さんと、言うんじゃない……」
「だってお母さん」
べちんっ
「ああっ同じところをっ！」
（あ、親子だな……）
何か納得した。
「……」
「お母さん」がこちらに視線を向ける。
アリストレイの時もそうだったが、度を過ぎた美人に真顔で直視されると何やらプレッシャーを感じる。
「ど、どうも……」
「……」
お母さんは顎に指を添え、荻須の顔からつま先までゆっくりと視線を這わせた。
「ーーーーー」
と、何かを小さく呟いた。何かは聞き取れなかった。
声が小さかったからではなく、その聞きなれない発音が明らかに日本語ではなかったからだ。
それを聞いたアリストレイはにっこり笑うと。
「ーーーーーー」
こちらも聞いたことのない言語で何かを母に言った。
そこからしばし、荻須にはわからない異国の言葉で親子は話し合い、荻須は突っ立ってそれを見ていた。
……何故か、るい子と巴もその話を聞いてくすくす笑い合っている。
奇妙な事に二人とも会話の内容がわかっているような感じだ。
「……娘が、いつも、お世話になって、います、この子の、母です」
「え！？あ、はい、どうも」
と、母が今度は日本語で話しかけてきた、娘に比べるとかなり訛りがあるが、ちゃんと聞き取れる日本語だ。
「お母さんもその……げ、ゲームしてらっしゃるんで？」
「……これは、アルバイト、です」
「結構やってるよねー？」
「むむっ」
余計な事を、という感じで母が娘を睨む。
……どうも第一印象ほど冷たい人ではなさそうだ、結構愛嬌があるというか隙があるというか。
「……どうぞ、楽しんでいって、下さい、ね」
最後に小さく笑みを浮かべてそう言って去って行った。
……本当に似ている、笑顔になるとすごく可愛い所とか。
「惚れたらだめだよ？」
「ばっ……！」
「冗談はさておき、ぼくの用事は済んだから二人の行きたい所に行っていいよ」
「……用事ってお母さんに合うことだったのか」
「まあ、お目通しってとこ」
「えっ……？」
自分を親に合わせるのが目的とは……一体どういった意図があるのか。
「では、私のギルドに行かせていただきます」
何か問おうとしたところで巴がそう言ったので荻須は黙った、アリストレイは母そっくりの笑顔でこちらを見つめるばかりだった。

・

・

・

　巴が所属するギルドは「堕落の使徒」……。
ギルド名からしてアレだが、ようはまったりプレイ推奨というポリシーの元活動するギルドだ。
構成員は基本魔法系だが、その中でも僧侶やシスターなどのヒーラー系が多く所属している。
インしてもクエストに行かず延々ダベってたり、パーティー全員が途中抜けで棒立ちしていたりと色々フリーダムな連中である。
無論、ミステラのように真面目に活動するけど仕事で時間があまり取れない、という層なども存在する。
そんなギルドもこのイベントではしっかりブースを作っている。
ギリシャ風の柱が立ち、薄紫にライトアップされたそこはプレイもそのくらい真面目にやりゃいいのにと突っ込みたくなる出来栄えだ。
そんな堕落の使徒のステージでは……。
「バーだこれ……」
「売り物に規制はありませんからね」
ズラッと並ぶのは色とりどりのボトル、カラフルなそれらは勿論、ジュースではなくアルコール類である。
それを背景にバーカウンターが設置されており、コスプレをしたバーテンダーが来場者相手に忙しそうに立ち働いている。
お客さん達はカウンターや周囲に置かれた丸テーブルに座って飲み物を頼んで休憩したり、洒落たカップでもってブース巡りのお供にしたりしている。
「お一ついかがですか？」
スーツを決めたバーテンダー……悪魔のコスプレだろうか？巻いた角で頭を飾った女性がにっこりと笑いながら声をかけてくる。
「いや、飲むつもりは……」
「いいじゃないですか、少し休憩していきましょうよ」
「じゃ、わたしも」
「あー、わたしもー！」
誘われてカウンターに座り、メニュー表を見た荻須は目を丸くする。
「ヒールボトル、ハイボトル、レッドエーテル……はは、回復アイテムだ」
「では、魔道士の私はグリーンエーテルを……MP回復しないといけませんからね」
「ぼくはブラッドポーション……ノンアルで、アタッカーはATK上げないとね」
「わたしはー……ピンクリキッドノンアル！」
「「混乱」する気かい君は」
「踊れば治るからいーのいーの」
次々決める三人に対し、荻須はどれにしようかと目移りして中々決められない。
「……あ……これなんか、どうですか？」
「え？」
巴が長い指で指したのはカクテル「テンプテーション」。
……記憶が確かならこれは飲んだ相手が「誘惑」状態になるアイテムだ。
何故これを？
「うん、それがいいんじゃないかな」
「そうだね、それがいいね」
何故か二人もにこにこしながらそれを勧める。
「ええ、それはとても人気なんですよ」
バーテンまでが。
「じゃ、じゃあこれで……」
皆に押される形で注文を決める、なんなのだろう。
流れるような手つきでカクテルが作られ、四人の目の前にグラスが置かれる。
巴のグラスはエメラルドのような輝きを放ち、アリストレイのカクテルは文字通り血のように赤い。
るい子のはピンク……真っピンクだ、すごい合成着色料っぽい色だ。
荻須の「テンプテーション」は琥珀色、手元に置かれた瞬間微かに甘い香りが漂った。
「ふふ……それでは、乾杯」
「乾杯」
「かんぱーい」
チンチン、とグラスを合わせ、皆がグラスに口を付け……ない、荻須が飲むのを待っている。
お先にどうぞ、と巴に目で促され、仕方なく一番に口を付ける。
（おおっ……）
濃厚そうな見た目に反して味は軽く、喉を水のようにすうっと通る。
上等な舌を持っているつもりはないが、とても質の高いアルコールという感じがした。
同時にふわふわと体が浮き立つように感じ、体温も上がったような気がする。
もう酔ったのだろうか、自分はそこまで弱いはずはないのだが……。
「うまい……」
「そうでしょう？」
巴が微笑んでそう言い、自分のグラスを傾ける。
魔道士の姿でそうしているとそうして何かを飲む姿も神秘的だ。
それと同時にローブを押し上げる膨らみもすごく目を引く、グラスに付けられた唇も艶々していて……。
（……何見とれてるんだ俺……）
「ああ、血が沸き立つようだ、ATKがぐっと上がったぞ」
冗談めかして言うアリストレイは未成年であるに関わらずそうしてグラスを持った姿がとても様になっている。
女騎士の姿は神話に出てくる戦乙女……いや、もっと妖しい存在のよう。
一瞬その目が真紅に輝いたように見えて荻須の腕にはぞく、と鳥肌が立った。
（ああ……美人すぎる……）
「ふうわぁ〜面白い味ぃ〜」
頭をふらふらさせるるい子の格好はどれだけ見ても見慣れない。
水着だと割り切ればそれなりの露出だが、つまり水着並みの露出なのだ。
あんな小さな身体にどうしてあんなに大きな胸が付いているのだろう……。
くる、とるい子が荻須の方を見た。
目が合って初めてぼんやりと皆の姿に見とれている自分に気付いて荻須は慌てて頭を振った。
「どうか、しましたか？」
相変わらず唇を艶々させながら巴が言う。
「いや……ちょっと、酔っちゃったかな……」
「大丈夫かい？」
爛々と目を輝かせるアリストレイが席から立って近付く、甘い匂いがする。
「介護が必要かな〜？」
手をわきわきさせながらるい子も近付く、今は洒落にならない。
「だっ……！大丈夫大丈夫、カクテルは慣れないから回りが早かったのかな？ははっ」
ぱたぱた手を振って誤魔化す。
何かわからないが今は近寄られたり触られたりすると非常にまずい、慌てて席から立つ。
「さ、ほら、るーちゃんも回りたい所あるんだろ？行こうぜ」
「そうだね〜ゆっくり行こうか」
「本当に大丈夫ですか？手を貸しましょうか？」
「大丈夫大丈夫！大丈夫だから！」
どうにかして接触を避けようとする荻須をニヤニヤ見ながら三人も席を立った。

■作者メッセージ
冬コミ頑張ります