連載小説
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コスプレイベント
 荻須はパソコンに映るホームページに見入っていた。「ダークネスロード」の公式HPだ。
ゴシック調のレイアウトにゲームの基本情報や動作環境、インフォメーションなどのメニューが並んでいる。
当然、情報を得るために荻須もよく覗く場所だがそのページのトップに大きく表示されているお知らせに荻須の目は釘付けになっているのだ。
「女性限定コスプレイベント開催」
荻須はごくりと喉を鳴らすとその表示をクリックし、特設ページに飛ぶ。
表示されたのは「ダークネスロード」のコスプレをして写っている多数の女性達。
当然の事ながら公式のHPに乗るだけあってどの写真もすごい美人ばかりだ。
そして注目すべきはその衣装。
実はこの「ダークネスロード」のコスプレ衣装、公式が用意したレンタル品なのだという。
そのクオリティからこのイベントへの力への入れようが伺える。
そして前述した通り、この「ダークネスロード」は男性向けの要素が色濃く出ており、女性キャラの装備品には扇情的なものも多い。
やはりというかなんというか、写真に使われている衣装も結構際どいものが多く見られる。
そして「女性限定」……。
もう一度ごくりと喉を鳴らすと荻須はそのページを収納し、ゲーム画面に戻る。

アストレイ:見た?

オギス  :ああ……最近の更新だったから見逃してた

アストレイ:で、どうする?ぼくら行ってみたいな〜なんて思ってるんだけど

画面上でアストレイが言う。
その周囲にいるミステラとルビィ含めた三人でこのイベントに行くので荻須も来ないかという誘いだった。
コスプレは女性限定ではあるが、ダークネスロードのプレイヤーであれば参加した人には男女問わずイベント限定アイテムやガチャチケットなどが配布されるという事らしい。

ルビィ  :ね、ね、行こうよリーダー

ミステラ :もし、予定が空いているのであればどうでしょう?

オギス  :いや、予定は大丈夫なんだけどその……三人はするの?コスプレ

アストレイ:もっちろんさ!

「マジか……」
思わずパソコンの前で呟く。
同時にキーボードを叩き、一番気になるところを聞いてみる。

オギス  :どんなコスするの?

もしも、万が一、いや、有り得ないとは思うが、今現在の三人の装備……「エロ装備」のコスプレをしようと考えているのだとしたらそれは大いに問題がある、ありすぎる。
あんな体のラインを隠さなかったり乳を強調したりサンバカーニバルみたいな格好をしたりしたら……。

アストレイ:ぼくはこれの前のやつを着てみたいなーって思ってるんだ

ミステラ :私も、以前のバージョンのを考えてます

ルビイ  :あたしもー!

ほっと胸をなで下ろした。
これの前の装備といえば鎧にローブに踊り子の服……。
今の装備に比べればまだまだ普通のファンタジーコスと言える。
踊り子はちょっと……いや、かなり露出が高いが少なくとも水着レベルだ、今のそれで表を歩いたら逮捕されそうな代物よりはまだいい。
このイベントにはプレイヤーでないレイヤーも多数参加するらしく、それを目当ての男性も多数訪れる事が想像できる。
そもそも女性プレイヤーが少ないであろうこのイベントでこの三人がそんなコスで参加したら目立つ事は必須であり……いらない心配かもしれないがなにがしかのトラブルに巻き込まれたりしないか心配な所だったのだ。

オギス  :俺も予定大丈夫だから行ってみようかな

アストレイ:よし、決まりだな!

ミステラ :来てくれるなら気合が入りますね

ルビイ  :よっしゃー!悩殺だー!

三人のキャラは急に駆け寄ってくるとオギスにまとわりつき始めた。
たちまちぽわぽわと周囲にハートが撒き散らされる。荻須は焦った。
ここは街のど真ん中で周囲は人待ちで溢れている。そんな中でこんなモーションを取っていては大変に目立つ。
と思っていたらやはり周囲に人が集まり始めた。

ひゅーひゅー!

何だあのモーションwwww

まぁ街中でダイタン

あんなエモートあったんだ

男らしいわぁ

きぃー!見せつけちゃって何よ何よ私だって

オギス  :ここじゃいやぁー!







「ふぅーし」
缶コーヒーを飲み干し、荻須は駅のベンチで一息つく。
今日はコスプレイベント当日だ。
コスプレするのは女性のみなので自分は何も準備する必要はない。
それどころか女性プレイヤーも衣装はレンタルできるので大きな準備はいらない。
ただし借りれるのは実際にゲーム中で所持している装備に限るらしく、参加に登録する際ゲーマーIDの提示が必要だった。
プレイヤーは所持している装備の中から要望を出し、イベント側がそれを用意するのだという。
……全ての装備がページで見たようなクオリティだとすると装備品の種類の膨大さを鑑みてもとんでもなく金の掛かったイベントだ。
採算が取れるのかと余計な心配までしてしまう。
そして、そのコスプレをした三人はさぞや……。
「うーあー……楽しみ……」
思わず下卑た笑みが浮かびそうになって頬を叩く。
しっかりしなくては、頼りにはならないが自分が一応三人の護衛役……の、つもりだ。
イベント会場近くの駅行きの電車がホームに到着し、荻須は腰を上げた。
「……?」
荻須は車内の様子を見た瞬間、足元を確認した。
……いや、間違っていない、この車両は女性専用車両ではない。
そうこうしている間にプルルルルと発車のベルが鳴り始め、慌てて乗車する。
ドアが閉まって外の景色が流れ出す。荻須はつり革に掴まってその景色を眺める。
そうしないと、目のやり場が無いからだ。
ウフフ……  アハハ……  クスクス……
周囲から聞こえるのは女性達が談笑する声。
そう、女性ばかり。
いや、自分以外にも男性はいるが割合としてえらく少ない、皆自分と同じように少々居心地が悪そうにしている。
そして女性達は下は小学生にしか見えない少女から妙齢の女性まで年齢層は様々、しかし老婆やいわゆるおばちゃんな年齢層は一見していない。
おかげで車内が何となく華やかな香りに満ちている
奇妙だ、年が一定であれば登校だか出社だかで説明がつくのだがこんな年齢層の被らない女性の集団というと……何だろう。
それに誰も彼もえらく見た目が麗しいというか美人というか……
(……オーディションか何か?)
「でさー、昨日なんかキグ神殿ですっごい粘ったのにー、全然赤の鱗落ちないの」
(えっ?)
「あそこ結構ドロップ悪いってさ、ミドラの森の方が効率いいよ?」
「まじで?」
荻須は気付いた、横にいる女子高生くらいの二人の会話に耳慣れた単語が混じっていることに。
「何のコスするんですか?」
「ふっふっふ……豊穣の衣!」
「えーっいいなあ……私も欲しいです……」
「ガチャに祈りな!」
「出ないんですよぅ!」
その後ろにいる社会人風の二人組の会話も……。
(……これ、ダクネのイベントに来る人ら……?)
想像と違う、こんなに美人な人たちばっかりが……。
(あ、コンパニオンか)
そう考えて納得した。
企業からイベントに派遣されたコンパニオンの集団なのだろう。
しかし……
「素材効率ってどこが一番いい?」
「クスドラ砂漠……火属性だったらね……」
「水は?」
「海底神殿……」
快活そうな少女が長い黒髪で暗そうな(でも美人)な女性に聞いている。
話の内容がえらくディープというか……。
プレイヤー同士でしか通じないような話をしている。
落ち着かない心地を味わいながら揺られているうち、目的の駅に到着する。
(まさか……まさかだよな……)
そう思いながら電車を降りると、その後に続いてぞろぞろと降りてくる女性達。
他の車両から男性客も降りてきて合流し、その男女比は緩和されるがやはり女性が多い。
(そ、そんなに女性プレイヤー多いのかな……いや、コンパニオンの規模がすごいのか……?)
ドーム型のイベント会場に吸い込まれていく人々に混じりながら荻須は思った。







「どうぞー」
入り口入ってすぐに獣人っぽいコスをした受付から会場案内のパンフを受け取りながら荻須はぽかん、と場内を見回していた。
普通ならその受付のレイヤーも思わず目が釘付けになるレベルなのだが……。
(き、黄色い……声が黄色い)
人で溢れる場内は当然喧騒に包まれているのだが、どうもその声の音程が高い。
女性の比率は電車から降りて緩和されたが、場内に入るとまた比率が極端になった。
それはコンパニオンの数が多いということではない、無論、ステージの上でカメコに囲まれているレイヤーもいるが、その脇を歩く一般の参加者からして異様に女性が多い。
そしてその誰も彼もが……。
(すげえ……)
見回せば魔法使い、武道家、踊り子、騎士、戦士、あらゆる職業のコスプレの百花繚乱。
本当にゲーム内の待ち合わせ場所がリアルに出現したようだ。
何よりすごいのが誰も彼もがゲーム内キャラ顔負けの美貌とスタイルを有しているところだ。
普通の恰好の男達が浮いて見える程だ。
(よ、世の中ってこんなに美人が一杯いるんだ……いや、っていうか何でこんな女の人多いんだ……)
「あっ……」
どんなに沢山のキャラがいても、待ち合わせのロビーで仲間のキャラを見間違える事はない。
それと同様、色とりどりのレイヤーに混じっていてもその姿にはすぐ気付いた。
後ろに結ばれた長い金の髪、白銀の鎧、たなびくマント。
歩くだけで醸される不思議な気品、本当にどこかの貴族の血を引いていると言われても疑えないだろう。
その白銀の女騎士が人ごみの中からこちらに向けて歩いてきた。
「やあ」
「あ……アスト、レイ」
思わずゲーム内の名前で呼んだ。
ゲーム内で見慣れた姿だが、これが現実になるとこんなにも美麗なものなのか。
「ふふふ、どうだいこのクォリティー……リーダー?もしもし?」
「あ、え、あ、うん、すごい、すごいよ……」
「そんなに見惚れてくれたなら着た甲斐があるってもんだ」
「りぃーだぁー!」
と、背後から声が掛けられた。
ゲーム内でもお馴染みのパターンだ。荻須は振り返る。
振り返って固まった。
いつもより倍増しで胸が目立つ紫紺のローブを纏った市野……ミステラもすごいが……。
「どうも、お久しぶりです」
「えへへえ、どう?リーダー、どうこれ?」
やはり凄いのはルビィの踊り子の服である、服というか、露出は水着レベルだが。
他の服装でもわかっていたが、小柄な体格に見合わないそれの主張が大変著しい。
「に、似合ってる、ね、うん」
「へへー、誘惑のダンスー♪」
おまけにその恰好で腰布をひらひらさせながらゲーム内と同じ挑発的な動きをするものだから凄い。
「ちょっ……!」
その余りに無防備な動きに思わず周囲を見回すが、その周囲でもルビィに負けず劣らずの肌面積をしたレイヤーだらけなので目立ってない。
「やはり露出が高い方が有効か、おのれ」
「うふふ」
アストレイが歯噛みしながら腰の模造剣に手を伸ばし、ミステラは笑ってない笑顔で笑う。
「い、いや、ふ、三人とも……皆……ほんとに……すごい、すごい綺麗だ……」
しかし荻須の実感のこもった感想を聞いて三人共照れくさそうな笑顔になった。
「うふふ……それでは、今日は沢山楽しみましょう?」
「色々なのがあるみたいだね、どれから回る?」
「喜びのダンス♪」
三人の「キャラ」にいつものごとく密着されながら荻須は賑わう会場に足を踏み入れた。
17/01/03 15:24更新 / 雑兵
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あけおめ

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