連載小説
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邂逅

 「この手段は……確かなのか」
「はい」
モノリスはベータと話している。
気絶したボーナイと衛兵達を一纏めに括り上げ、研究室の入口を溶接した状態だ。
脱出ではなく立て篭りの態勢、今はその扉を叩くものはまだいないがこれまでの騒ぎですぐに外から兵達が押しかけてくる事になるはずだ。
「そのための合図、記号も渡されています」
話す二人の背景ではアルファとガンマが協力して作業に勤しんでいる。
雑多な研究室の物たちをアルファがどかし、開けた地面にガンマがチョークで巨大な魔法陣を書き込んでいく。
最初はその紋様に興味を引かれたモノリスが手元を覗き込んでいたのだが「見られてるとドキドキして式を間違えちゃいます」とのガンマの要請で仕方なしに椅子に腰掛けて遠くから作業を眺めている状態だ。
その傍らに控えたベータの説明によると、彼女らのプログラムを狂わせた魔物はやがて訪れるであろうこの事態を予測し、複数の脱出プランを情報として渡していたのだという。
「周到な事だ……」
魔法陣を見つめながらモノリスは眉を寄せる。
まだ半分も出来ていないが式の取っ掛かりを見た時点でモノリスにはその陣の全容が粗方わかる。
ある程度の規模の都市ならば魔力的な加護に守られている、ここも例外ではない、通常ならば都市内から外に転移する魔法は行使できない。
しかしこの魔法陣はその加護を巧みにすり抜ける、それ程に魔導のレベルが違う。
シシーに施したプロテクトをバレないように偽装して解除するだけの技量のある相手ならばそのレベルも納得がいく。
「……」
「あ、マスター……?」
モノリスは椅子から立つと自らもチョークを手に取ってガンマの対角線上に座り込んだ。
「ぼくも手伝う」
「しかし、マスターはこの魔法……」
ガンマが言いかけた時にはモノリスの手が物凄い速さで動き出していた。
「……その調子では日が暮れる」
たちまちその手元に式が浮かび上がっていく。
まるで最初から書き込まれていた文字が炙り出されてくるようだ。
事実、すでに魔法陣の全容を割り出しているモノリスにとっては見えている式の上をなぞるような作業だ。
「すごい……です、惚れ直しちゃ「口より手を動かしてくれないか」ハイワカリマシター」
嗜められたガンマも必死で手を動かし始めた。







轟音と共に溶接されていたドアが吹き飛び、研究室に兵士達が雪崩れ込む。
「いた!いたぞ!ボーナイ軍曹だ!」
衛兵達と共に拘束されて気を失っているボーナイが兵の目にとまる。
「何てことだ……」
「やはり謀反なのか」
「噂は本当だったのか!?」
研究室から戻らないボーナイ達、そして開かない扉。
最悪の事態を想定して投入された兵士達の間に緊張が走る。
それはつまり攻城兵器のような敵がこの部屋の中に潜んでいると言うことだ。
「もう……いない……」
と、拘束されている衛兵の一人が声を上げた。
「おい!大丈夫か!何があった!博士は!?神の兵は……!」
「行っちまった……」
震える指が指す方を見て兵士達は言葉を失う。
地面からもうもうと煙が上がっている。ただの火事ではない、綺麗な円形に残る焦げ跡はここで何らかの魔術が行使された事を物語っている。
そして、それは恐らくは転移魔法……。
「……なあ……」
「……ああ?……」
想定以上の事態に周囲が騒然となる中。兵士の中の二人が密かに顔を見合わせる。
「逃げたんだな……」
「らしいな……」
小声で言葉を交わす。
「……」
「……」
二人の兵はため息をついた、これからこの国がどうなるかはわからない、事態は余りに深刻で先の見通しも立たない。だが……。
「幸せに……なってくれたらいいよな……」
「……なー……」
出撃の際にシシーを見送っていた兵士達だった。
日に日に生き物らしさを増し、その大柄な体躯に無垢な少女のような魂を見ていた兵達は周囲の誰にもわからないように機械人形達の幸福を祈った。







 「おっ……」
カナエはティーカップをソーサーに戻しながら空を見上げた。
「どうした」
向かいに座るノブオが声をかける。
場所は村の診察所に付いている小さな庭。
今日は天気がいいので(人間界からすると暗いが)表にテーブルを出してお茶をしていたところだ。
「いや……何でもないよ」
微笑んでまたカップに口を付ける。
自分の用意した魔術が行使された感覚が飛んできたのだ。つまり彼女が自立する時が来たという事らしい。
(思ったより早かったな……)
「あの傷に関係する事か」
「ああ……まあ、そんなところだ、大丈夫、もう危険な事にはならない……本当だ、本当だってばそんな顔をしないでくれ」
あの機械人形と出会った事で負った傷は無論、今は跡形も残っていない。
しかし不死をいいことに身体をぞんざいに扱う事はしない、とはこの夫と交わした約束の一つだ。
あの日帰って乱暴な縫合跡を見せた時、彼は怒りはしなかったし責めもしなかったが黙って二日間の間「お預け」をされた。
何をかというと無論、性行為をだ。
非常に堪えた。
「こんな不安定な世界だ、荒事に遭遇するのはある程度仕方のない事さ」
「お人好しが過ぎて自ら飛び込む事は控えて欲しいもんだが」
「そこはそれ……ん?……」
「どうした」
急に黙ったカナエをノブオは訝しげに見る。
風が吹き、ざざぁっと木々が揺れる。
同時にカナエは椅子から腰を浮かした。
「え?……「ここ」に?……まさか」
彼女に渡した転移魔法は「入口」の魔法。
「出口」の魔法陣はここからほど遠い新魔物領の郊外にひっそりと設置されている。
ここであればまず危険もなく、すぐ近くにある町にたどり着けるであろうという場所。
普通に行使したならそこに転送される手はずだったのだが……。
「……のぶくん」
「どうした」
何やら考え込んでいたカナエは顔を上げて夫に言う。
「テーブルを動かすんだ」
「何?」
「こっちを持つからそっち持ってくれ」
よく分からないが言われた通りに椅子から立ってテーブルの下に手を入れる。
「よし、持ち上げるぞ……せーのっ」
カップ類がカチャカチャと揺れる。
「どこに持っていくんだ」
「ここ以外だ、外に……うわちょっ、始まったぞ」
言われて気付いた。
先ほどから木々を揺らしていた風がどうも不自然だ。
竜巻の前兆のように周囲に渦巻き、木の葉がくるくると周りを回っている。
そしてどうも自分達のいる場所が竜巻の目のようなのだ。
「急げ、急げ、よいしょ」
「……どういう事態だ」
せっせと二人でテーブルを庭の端にまで運び終えた頃にはその現象は既に目に見える形で現れ始めていた。
びゅうびゅうと逆巻く風が先程まで二人の居た場所に集まり、その地面がぼんやりと光を放ち出す。
魔術に疎いノブオにも分かった、その地面に浮かび上がる形は魔術を行使する際に用いられる幾何学模様……。
「……魔法陣!?」
「どうやら、想定外のお客さんだ!」
「準備も何もできていないぞ!」
風で飛ばされそうなティーセットとテーブルクロスを抑えながら二人が会話する間にも現れた魔法陣は紫色の輝きを放ち始め、激しさを増す風に焦げ臭いにおいが混じった。
燃えている、魔法陣周辺の庭の雑草から火が出ているのだ。
「乱暴な式だなぁ」
カナエのわかるようなわからないような感想に聞き返す間もなく、一際激しい風と光が周囲を覆った。
「……!」
「……!」
ノブオが眩しさに閉じていた目を開くとそこには複数の人影が立っていた。
まず目を引くのが身の丈二メートルは優に超えるであろう黒衣の女。
その隣に立つ同じく黒衣の少女。その傍らにさらに幼い少女。
そしてその女達と違う白衣を纏った長髪の痩せた男……。
ノブオは眉をひそめる。
その男の白衣は腹部が破け、乾いた血痕らしきものが付着しているのだ。
「書き換えたのかい?」
マントに付いた木の葉をぱたぱた払い落としながらカナエが感嘆したような声を上げた。
「……少し……」
白衣の男が小さな声でぼそり、と答えた。
「……行き先を……式の作り手の元に……と」
「なんとまあ、器用な……」
「つまり……」
長髪の間から覗く大きく、暗い目がカナエを見る。
「あなたか」
「そう、私だ」
いまだ煙がもうもうと立つ地面からモノリスが一歩踏み出す。
と、二人の間にノブオがのっそりと割って入った。
モノリスよりも一回りは大柄なノブオは石のような無表情でモノリスをじっと見下ろす。
モノリスの暗い目がノブオを下から見返す。
ぬうっとその二人を影が覆う。アルファだ。
今度は遥か上から人形の目がノブオを見下ろした。その目をノブオの目が見返す。
「ノブオ」
カナエが声をかけるが、ノブオは振り返らない。
「カナエに傷を作ったのはあんたか」
「彼女だ」
モノリスが答える。
「……そして、そうするよう指示したのはぼくだ」
ノブオの視線がアルファからモノリスに戻る。
「……」
「……」
場の空気がずっしりと重たくなる。
その空気の中でノブオが握りこぶしを作り、モノリスの前に掲げた。
ずず、とアルファがノブオを見据えたまま前傾姿勢になる。
アルファの影になって見えないがその背後でガンマも密かにモードを切り替える。
カナエはその二体の動きを注視しながら外からは見えないように体内で魔力を練り上げる。
と、モノリスが背後の二体に手を上げた。「動くな」の意味だ。
その間にノブオの拳がゆっくりとモノリスに近付く。モノリスは動かない。
どすん、とその拳がモノリスの腹に当てられた。
「ぐっ」
殴る、というより押し当てるだけの動き、それでもモノリスの華奢な体はよた、と後方によろけた。
「貸しだ」
ぼそりとそれだけ言うとノブオは一人と三体の訪問者に背を向けた。あとは勝手にやってくれ、というように。
それで場の重い空気は霧散した。
「……強いな」
拳を当てられた場所に触れながらモノリスが呟く。
「そうだろう?私の自慢の人だ」
嬉しそうにカナエが言う。
「無愛想すぎて誤解されやすいが、あれで本当に心根が……まあ、やめとこう、惚気出したら日が暮れる」
改めて訪問者に向き直ると診療所を指差した。
「立ち話も何だ、お茶でもいかがかな」
「……いただこう」
小首を傾げ、長い前髪の隙間から暗い目を覗かせてモノリスは言う。
「……あなたと話がしたい」
16/05/01 00:50更新 / 雑兵
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