連載小説
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 僕の体の弱さは、生まれつきだったらしい。
 覚えている内、もっとも古い記憶は、四つの頃。
 高熱に浮かされ、床に伏せって見上げていた、ぐらぐらとうごめく天井の梁。
 唾を呑むたび、じくじくと疼く、腫れた喉の痛み。
 それから止まらない咳に、いくら呑み込んだつもりでも、何度でもごろごろとしつこく上がってくる痰の味だった。
 楽しかった思い出などは、あまり思い浮かばない。

 月のうち一度、多ければ二度、必ずと言っていいほど、大きな風邪をひいては寝込んだ。
 歳が十一を数える頃になっても、それは変わらなかった。
 長男ではあったが、これではいかにも危なっかしい。
 畑仕事の足しにもならない。
 ちょっと長い時間、日なたに出て体を動かせばたちまち息を切らし、目を回す。
 あげくに熱を出して、何日も寝込まれる。
 できるのは、家の中の小さな仕事くらいだった。
 きょうだいの中で一番足手まといだ。
 我ながらそう思った。

 親も、頑丈な子よりは弱い子のほうに、より神経を使って育てざるを得ない。
 本来、十年も食いぶちを与えてくれただけでも、もうけものだ。
 畑の苗のように、間引かれなかったことを、僕は親に感謝しなければいけない立場なのだ。
 分かっている。分かってはいるつもりだったが。
 それでも、僕はどこかひねくれてしまった。
 腫れ物に触る、という言葉をあてるのがふさわしいような雰囲気が、いつも僕の周りには漂っている、と感じるようになった。
 幼心に、空気の匂いを何となく嗅ぎとってでもいたのだろうか。
 きっと、親からは「扱いに困る子」と思われているのだろう。
 きょうだいからは「えこひいき」と見られるだろう。
 表向き、家族は僕に優しくしてはいるが、実のところは半ば遠ざけられているのだ。
 僕はずっと、そんな疑いにとらわれていた。
 そんなはずない、と言葉だけで抗ってみても、たやすく拭い去れるわけもないのだった。


 身内の間にいてさえ、そんな具合だから、友達づきあいなども、あまりうまくいった覚えがない。
 他の子と同じように体が動かせないのでは、仕方がない。
 駆けっこをすれば真っ先に置いてゆかれた。
 鬼遊びをやっても、必ず一番に鬼に捕まるのは僕で、鬼にされたが最後、誰一人捕まえることはできなかった。
 餓鬼大将からいじめられるのが恐かった、というのもあるが、そのうちだんだんと、元気な子とは離れて遊ぶようになっていった。


 遊ぶことも、働くこともままならない体が、疎ましかった。
 誰の、何の役にも立てないことが不甲斐なかった。
 そうやって自分というものを、疑うようになった。
 自分が、生きて動いている理由が、判然としない。
 畑に植わった芋の苗だって、育ちが悪ければ抜かれる。筋の良い他の苗が育つ邪魔とならないようにするためだ。
 他人事とは、思えなかった。
 でも、それは、もしかして僕にもできる数少ない親孝行かもしれない。
 なんとなく、そんな気がしていた。

 風呂のお湯に顔さえ浸けられないと分かってからは、ますます自分が嫌いになった。

 役に立たない頭をそれなりに絞り、自分にはどうやら居場所が無いらしいという結論に達した。
 なるべく、誰もいない場所で過ごそうとした。
 親孝行の仕方は、そこでおいおい考えよう。
 家の中には家族がいる。外に出ても、村にはやはり人目がある。
 かと言って、遠出する体力などあるわけもない。
 体の調子が特にいい時は、本を読ませてもらいにお寺へ出かけることはあるが、そうでなければ、家の周りをあてもなくぶらつくことぐらいが、せいぜいだ。

 
 家の裏手は山に面している。
 麓からは、薪に使う木を伐り出すための細い道が拓かれている。
 僕は、そこを散歩道に定めた。
 自分の体力は十分わきまえているので、むやみに高く登ったり、山奥深く分け入るようなことはしない。
 ちょうど、人家が木々に遮られて見えなくなる辺りまで、ゆっくり歩く。
 息が上がる前に、道の脇に見つけた石とか、切り株に早々と腰を落ち着けた。
 深く息を吸い、吐きだす。
 土や、草、苔の匂いが、生暖かく鼻の奥に残った。
 息が整っても、何をするでもなく、ただ一人。
 そのうち、どうにかして、このまま山に溶け込んで、消えてしまうことはできないものか、と考えたりした。
 歩きたくて歩いたんじゃない。
 どこかに居させてほしかった。
 けれども、誰かと一緒には居られない。
 どこに居たら良いのか、わからない。
 
 腰かけたまま、腿に両腕をつき、その上に顔を伏せた。
 蒸す山の空気。じわじわじわ、と割れるように響く蝉しぐれ。
 僕を拒んでいるのかと、ひがんだ。
 もしも、どこにも居られないのなら、やっぱり僕が居なくなるしかないのだろうか。
 居なくなるといったって、どうやって。
 出て行く。家を、村を。
 無理だ。あの家より他に、僕の暮らせるところはない。村の外など僕は知らない。父母なら、お町の方まで作物を売りに出たりすることはあるが、僕がそれに付いて行ったことはない。

 いや、そういうことじゃない。居なくなった後の事を思い煩っている場合じゃない。
 それは桶一杯、顔を浸けられる程の水があれば、それで足りる話。

 沢のせせらぎが、聞こえてくる。
 大河とはいかないまでも、そこには有り余るほどの、水が流れている。
 その響きは、どこか優しい。僕を呼んでいるのか。
 腰が上がらない。やっぱり、僕は臆病だ。

 知らず知らず、うとうととまどろんでいた。
 しばらくして目を覚ました後も、腕と額に赤い斑点が浮かび、じんと痺れを切らしただけで、やはり僕は僕のままだった。


 気がつけば、辺りにたちこめていた、木と草と土を蒸したような夏山独特の匂いが落ち着いてきている。夕まぐれとはいかないまでも、日が幾分傾きかけているのだろう。
 山は、人里よりも夜の訪れが早い。
 僕にとって、夜の山ほど恐ろしいものはない。屋根の下で布団にもぐっていようとも、すぐ裏手は獣の縄張りなのだと思うと、眠れなかった。響いてくる猿の雄叫びや狼の遠吠えが、心をざわめかせてならなかった。
 あわてて腰を浮かす。
 思わず、馬鹿、と口をついて出た。
 居なくなりたいのではなかったのか。
 このまま夜を待てば、夜目もろくに利かない子供など、山の獣にあっという間に襲われて腹の中だぞ。
 そうなりたいのではなかったのか。
 それとも、やはり、結局はお家が恋しいのか。
 自分で、自分に言い返すことができない。
 
 明日はもう少し、高いところまで登ってみようか。
 そう決めたのは、自分に向けた強がりなのかもしれない。
 山を降りる前に、奥へ続く道を見やった。

 
 視線が何かに引っかかり、目が留まった。
 人の通る道から少し離れたところの斜面に、石が見える。
 自然石の露出とは違う。人の手の加わったことを思わせる形をしていた。
 あれは、石段か。
 今僕がいる高さから、より上へと向かって、石段が伸びているように見える。
 昨日、ここまで登ってきたとき、あの場所にあんなものがあっただろうか。
 好奇心が、不審と恐れに勝った。深く考えるのは、やめにした。

 裏なりの茄子のような僕でも、子供らしい好奇心の持ち合わせはあったようで、吸い寄せられるように山道を逸れ、石段に片足をかけた。
 土に近いためか知らん、夏のさなかだというのに石段は湿っていて、くすんだ鼠色をしたその表面にはびっしりと苔がむしていた。
 二歩、三歩と登りながら行く先を見上げる。それほど長い段でもなさそうだ。

 だが、半ば程にたどり着く前に気づいた。この石段は各々の高さがまちまちで、思ったよりも登りづらく、体力を使うのだ。
 そして、段を登り終えたと思うと、その先には人の歩かぬことを表すように夏草に阻まれた小道。何歩か先には、また石段が上に続いていた。
 これは、普通に山を登るのと、大差ないかもしれない。
 引き返すか。それとも。


 息が完全に上がっていた。
 口ばかりで呼吸をするから喉が渇く。
 唾を呑み損ねてえづきそうになる。
 行き倒れてしまうかもしれないと、真剣に思った。気まぐれにこんなところを登ろうなんて、身の程知らずにも程があると、さんざん僕は自分を罵った。
 しかし、ここまで登ってきたのだ。今更引き返すのも、どこか癪に障った。
 先の段に掛けた脚を支えにして、手を膝につき、弾みをつけるように、残った体をうんしょと持ち上げる。
 何段登ったか数えるような余裕がとっくに失せた時、足の先に、次に踏むべき段がなくなっていた。
 登りきったのだ。
 胸の中では大太鼓が鳴り響き、大きく開けた口からは大量の空気がせわしなく出たり入ったりしている。汗は滝のようだった。
 もう立っているのがやっとだ。達成感に喜ぶどころではなかった。
 手の甲で額を拭い、ずっと伏せていた顔を上げた。

 雑木の林に囲まれるように、土の露出した広場のような空間があった。
 僕のいるところから真正面、広場の一番奥に、家らしき建物が一軒見えた。
 床が地面より高くに張られた造りは、人家とは趣が異なる。
 社だ、と思った。
 重たい足をそちらへ向けてみた。

 手入れをされなくなってかなり時が経っているらしく、傷みが目立つ。屋根に葺かれていた萱が、だいぶ落ちてしまっている。
 そういえば、ここに来るまでに、鳥居らしき物も見当たらなかった。朽ちて無くなってしまったのだろうか。村の社にあるような、狐をかたどった石像なども無い。
 拝殿――萱の落ちかけた屋根の建物が、おそらくそうなのだろう――に昇るための木製の階段に、僕は倒れこむように腰を下ろした。
 荒い息が、まだ治まってくれない。
 ただ、蜩が歌い始めてくれたお陰で、少しは涼しさを感じられそうだった。
 ようやく、一人になれる場所を見つけた満足感を覚えた。
 それにしても、自分が生まれ育った家のすぐ裏に、こんな所があるなんて全然知らなかった。
 家族や友達同士の話に上ったことも、確か無いはず。
 それとも、人づきあいに疎い自分だけが知らなかったのか。
 淋しい考えを溜息といっしょに押し出して、山の音をぼおっと聞いていると、

 「つかれた?」

 と、背後から問いかけられた。
 他人の声を全く予期していなかった僕は文字通り飛び上がり、前につんのめった。
 そのうえ、声のした方を反射的に振り返ろうとしたため、体は半回転ほどのひねりを加えながら、見事に尻もちをつくことになってしまった。
 静まりかけていた胸が、またどんどんと鳴っている。
 顔を上げた先には、拝殿があって。
 
 破れかけた拝殿の戸の前。
 女の子が立っていた。
 僕と同い年くらいだろうか。
 さっきまで、確かにそこには誰もいなかった。
 どこにいたんだろう。どこから来たんだろう。
 淡い色使いの、振袖に似たゆったりとした着物が目を引いた。

 女の子は、尻もちをついたままの僕を見て、ころころと笑った。
 鈴の音みたいな、きれいな笑い声だった。
 僕の知っている声の、どれにも似ていない。
 笑われているというのに、腹が立たない。
 もっと聞いていたい気持ちになってしまう。
 でも、すぐに女の子は、はっと気がついたように笑うのをやめ、階段をとんとん降りて僕のところまで駆けてきた。
 草鞋を履いた足袋の白さが鮮やかだった。

 「ごめんね、笑ったりして。だいじょうぶ?」
 目の前で、女の子は少し腰をかがめた。顔にはもう先ほどまでの笑みはない。心配そうに、僕の顔を見ている。
 僕は思わず、うんとうなずく。
 かわいい、とか、美しい、とか、顔立ちのことをどう言えばいいのか僕にはよくわからない。でも、この子と目が合うと、なぜか、頬が熱くなってしまう。
 体も動かしていないのに、胸の早鐘は静まらない。戸惑いながら、女の子から目を逸らそうとしたとき、初めて僕はそれに気がついた。
 驚き、一瞬息を呑んだ。
 女の子の、頭のてっぺん辺り。
 髪の色は、黒よりも随分と淡く、それとほとんど似た色をしていたから、階段の上にいた時には分からなかったのかもしれない。

 そこには、耳がある。
 その耳は、人のものではなく。
 獣のそれによく似た、大きな、耳。
 僕の声を拾うため、両耳が僕の方を向いていた。

 「立てる?」
 変わった耳の女の子は、そう言うと、膝をやや曲げたまま、僕に両手を差し出した。
 そして、反射的に応えて伸ばした僕の手を、こともなげに取り、立たせる支えになってくれる。

 今、胸がひとつ、高めに鳴ったのは。
 
 これほどなにげなく、僕に手を触れられる人がいるのか、と知ったからで、

 その時の感じは、驚き、というより、何か雪が解けるのに似ていた。

 「お尻、汚れちゃったね」
 女の子は、僕の服に尻もちでついた土の汚れを、残った片方の手でぽんぽんと払い落とした。
 同い年くらいかと思っていたが、たたずまいを見ると年上のようでもある。
 耳の分を差し引いても、僕より少し背が高い。
 姉がいたら、こんなふうなのかな、と考えたりした。
 お尻を払ってもらっている間、僕は、だいじょうぶとか、ありがとうと、ごにょごにょ呟くことしかできなかった。
 今まで、こんな間近に、身内の他に女の子がいたこともなければ、親切にしてもらった覚えもない。どうしたらいいのかわからなかった。
 腰を曲げている女の子の方をちらと見た時、また僕の目を奪ったものがあった。
 耳がこうなのだから、何となく、そこもそうなのではないかと思ってはいたけど。

 女の子の後ろ姿。長い髪が流れる、その腰に。
 尻尾を見たのだった。
 これも髪の色によく似た、ふんわりとした毛を持つ、柔らかそうな長い尻尾だった。
 この尻尾は、何だったろう。ええと。

 きつね? と、僕は思わず口にしていた。
 その声に、女の子の耳がまず反応して僕の方を向き、顔がそれに続いた。
 
 「あたり。」

 女の子はそう答え、また笑ってくれた。
 今度は、ほころぶように。
 体の疲れを、忘れた。
 やっぱり、ここは社なんだ。
 社に狐。なら、この子はきっと、お稲荷様だ。

 村には、九本の尾を持つ狐を祀った、お稲荷様の社がある。小さな村だが、初午の日や、秋の祭りにはそれなりに人も出る。
 この子の尻尾は一本しかないけれど、それは子供だからだろう、などと僕は思っていた。
 
 「座ろう?」
 僕の手を引いて、女の子はさっきまで僕が座っていた社の階段に導いた。
 まだ手をつないだままだったことを、いまさらのように知った。
 僕の隣に、女の子は腰を下ろした。 
 「汗、びっしょり」
 袂から小さな手拭いを出して、女の子は僕の顔や、首筋を拭いてくれた。
 「疲れた、から」
 立て続けに優しくされ、僕は、そう答えるのが精いっぱいだった。
 「うん。がんばったね」
 女の子は微笑むと、手拭をしまった。
 手を僕の方へ伸ばし、えらいえらいと頭を撫でる。
 どうにも照れくさくて、僕は何か言うべき言葉を探した。
 「お稲荷様?」
 そう聞いてみた。
 すると、女の子はまた鈴の音で笑い、

 「ゆう。」

 と、一言。
 その答えの意味がつかめず、きょとんとしていると、
 「ゆう、でいいよ。『お』とか、『さま』なんて、付けなくていいわ」
 そう言って、土の上に「祐」と文字を書いた。
 ああ、そうか。名前を教えてくれたんだ。
 ゆう、と、名前をおうむ返しに唱えてみた。強張っていた気持ちが少しほぐれた。
 相手はお社の神様なのに、名前を知っただけで、不思議と仲良くなれたような気がしてしまう。
 「きみは?」
 祐は、僕の名前を尋ねた。
 それがまた嬉しくて、「豊。」と、僕も地面に降り、自分の名前を書いて見せた。
 「ゆたか。」祐はうなずいて、「こういう字なんだ」とつぶやくと、また微笑んだ。
 「うん、覚えた。いい名前」
 たったそれだけの言葉が嬉しかった。
 
 山の音の主役が、すっかり蜩に代わっていた。
 日が沈む頃合いでもあり、体を休めたらすぐに帰らねばならなかった。
 家に帰れば、母親について、台所の手伝いという、僕にもできる数少ない仕事が待っている。それも、満足に務まっているのかおぼつかないけど。
 やっぱり、いくらなんでも本当に自分はいなくなってしまうわけにはいかない。分別があると言えばいいのだろうか。あるいは臆病か。
 とりあえず、僕がしなければならないのは、あの石段を降りることだった。
 考えただけでものすごく気が滅入るが、登ってしまったものは仕方がない。ここまで来なくては、祐とも会えなかったじゃないか。
 「降りられそう?」
 祐が、僕の顔を覗き込むようにして聞いてきた。
 億劫さが、顔によほど黒々と書いてあったらしい。
 「うん。だいじょうぶ」
 ほとんど、自分に言い聞かせるための言葉だった。
 祐は、しばらく僕の顔を見ていたかと思うと、
 「おまじない、してあげる」
 と言いだした。体が疲れないおまじないなのだという。
 年の初めの願掛けとは違い、お稲荷様が目の前で掛けてくれるのだ。効き目が無いわけがないと、僕は喜んでお願いすることにした。
 祐は、腰かけていた社の階段を下りると、僕を手招きした。
 自分の前に向かい合わせに立つよう促している。
 「手はまっすぐに下ろして、手のひらは二つともこっちに向けて」
 言われたとおりのかたちに立つと、祐がすっと体を寄せ、お互いに体の真正面でくっつきあう格好になった。
 僕の頬より少し高いところに、祐の頬がある。
 幾本か垂れる髪の毛越しに、綿のようなやわらかさを感じた。
 それから、着物の向こうがわ、胸のあたりにも。
 感じることがたくさんすぎて、考えるのが、間にあわない。
 どぎまぎする間も有らばこそ。
 僕の右手に、祐の左手のひらが。
 左手には、右の手が重なった。
 祐の五指が、少し横にずれ、僕の指の間に分け入る。
 そのまま、きゅっと僕の掌を包み込んだ。
 肌が触れ合うところから、とくん、とくんと、何かがしみこんで、優しく広がるよう。
 不思議なくらい、心が休まる。祐の着物の香りも、その助けとなっているのか。
 「豊も、握って」
 耳元で、祐にささやかれるままに、手を握り返す。「とくん、とくん」の勢いがその分だけ強くなった。だんだん、自分の中に、力か、あるいは自信とでもいうようなものが息づくのを感じた。

 そのまま、いくばくかの時間が過ぎた。
 長いようでも短いようでもあった。
 「はい、おしまい」と祐の小さな声。
 寝た子を起こすまいとするかのように、ゆっくり僕から体を離した。
 支えが外れるような感覚に、今まで自分が祐の体にもたれかかるように立っていたのだと知り、恥ずかしかった。
 顔を真っ赤にしながら、僕は祐にありがとうを言った。
 恥ずかしさの陰に、名残惜しさを隠すようにして。
 「汗かいているから、お家に帰ったらちゃんと拭いてね。
  そのまま体を冷やすと、また風邪、ひいちゃうよ」
 本当に姉のようだ。
 今度は、僕も笑って頷いた。

 見送る祐にまたね、と手を振って、石段を下る。
 祐のおまじないはてきめんだった。歩いても歩いても、まるで自分の足でないかのように、疲れを感じない。
 むしろ登りよりも楽に足が運べるくらいだった。
 あっという間にすら感じられるほど、短い時間で麓まで戻ってきた。
 我が家が見えると同時にやってくる空腹感。
 体はひ弱なくせに、何て節操のない腹だと呆れた。

 「また」風邪、ひいちゃうよ。

 ふと、祐に言われたことを思い出した。
 まるで、僕と会うのが初めてではないような。
 でもまあ、お稲荷様だもの。そういうこともあるさと、至って易々と僕は納得することにした。

 夕餉の手伝いに遅れたことで、母からは小言を言われたけれど、常に無く汗だくで帰ってきた息子の、らしからぬ元気な様子に、家の者は誰もが目を丸くしていた。
13/07/26 00:09更新 / さきたま
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■作者メッセージ
ほぼ何も考えず書いておりますため、非常に遅くかつ拙い出来になるかと思います。
読み辛さにもかかわらず、それでもなお、最後までご覧頂いた方には誠に感謝の言葉もございません。

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