3話
目前を過ぎた剣先の風に乗るように右足を踏み込む。
潜り込んだ懐から打ち上げる一撃を放つべく体重を右足に込める。
だが。
振り切られた剣を掴んでいる手首が、すでに返されてる事に気付き重心を左足に移して体を後方に捻じ曲げた。
瞬間、空気が断ち切られた。
引くのが遅ければ俺の体は袈裟から二分されていただろう。
更なる追撃を避けるため、後方に飛び下がる。
同時に牽制のために剣を一閃させるが、虚しく空を斬っただけだ。
「ふ―・・・」
呼吸を一つ。
ようやく息がつけた。
相手は傾けた半身を悠然と戻すと、涼しげな笑顔を浮かべた。
完全に見切られた避けられ方だな。
・・・もっとも当たったとしても振り回しただけの一撃では、あの鎧に傷すらつけられそうにないが。
左の頬に汗とは違う熱が伝わって来る、舌を出して掬いあげると苦い鉄の味が広がった。
血だ、どうやら避け切れなかったらしい。
しかし振り抜いたあの大剣を即座に返してくるとは・・・、それも初撃よりも速く。
魔物は人間より遥かに高い身体能力を持っているのは理解しているが、見た目は自分より華奢な女なのだ。
血とは違う苦い気持ちが心に広がる。
「・・・どうした?随分と必死な様子だが。
いつものふざけた態度をとらないじゃないか。」
白々しく両手を広げレイナがおどけてみせる。
汗一つ浮かんでいない顔を忌々しく睨みつけるが堪える様子はなく、むしろ笑顔を向けてくる。
対するこちらは深手こそ無いものの、既に防具はその機能の殆どを失い俺の体は転げまわって付いた泥で汚れている。
最初の一撃を受けてから、ほんの数合でここまで追い詰められてしまった。
「おふざけってのは真面目にする所を真面目にやるやつに許される美学なのさ。
剣を抜いた以上、ちゃんと剣士らしく振舞わないとなぁ?」
こちらも顔だけは笑顔を保ち、レイナを真似て大仰におどけてみせる。
むこうは俺をからかっているだけだろうが、俺は体力回復のための時間稼ぎだ。
そんな俺の魂胆を見抜いてか、レイナがくっくっと笑いを噛み締めた。
「そんなボロボロな姿で美学や剣士を語られても・・・それこそおふざけじゃないのか?」
圧倒的な実力差を楽しんでいるかのようなレイナの態度に、冷静を努めようとしている俺の頭も熱くなって来てしまう。
ただでさえ、先ほどまでのレイナの攻撃に憤りを感じているのだから。
「・・・剣士として問おう」
「ん?・・・なんだ」
口調を低くした俺の声にレイナも笑顔を消した。
「何故、左手しか使わない?
お前が全力を出していれば俺は今、立っていない筈だ。」
「・・・」
悔しいが俺とレイナとの戦闘能力の差は圧倒的だ。
魔力によるものか、それとも体の組織そのものが違うのか。
力も速さも技も俺はデュラハンの足元にも及ばないはず。
それにも関わらず俺はまだこうして戦っている。
そもそも名乗り口上の一撃を剣で受け止めれた時から違和感を感じていた。
戦いの最中における剣の動きからしても、右手は添える程度の力しか使っておらず、左手だけで剣を振っている。
「・・・・・・これが、全力さ。」
呟くようにレイナが言うと、問答はもう終わりだとばかりに剣を構えた。
・・・重心は左半身にある。
あくまで片腕で戦うつもりらしい。
「そうかよ」
ああ、わかった。
この決闘は、あの時の再現だ。
本来の力なら片腕でも俺に負けたりしないと言う事か。
・・・さっきの呟きに悲しみを感じたのは、あの時の屈辱を思い出しているのだろうな。
だけどよ。
いくら力の差があるにしても。
弱ってる所を打ち負かした俺に恨みを持っているにしても。
わざと片腕で相手にされるなんざ、剣士として――男として――
耐え難い侮辱だぜ。
「・・・決闘なら、こーゆうのは反則かなと思って使わないでいたんだけどな」
俺の言葉に反応することなく、レイナはジリジリと間合いを詰めて来る。
「何が何でもアンタに勝ちたくなったんでね、使わせて貰う」
剣を顔の前にかざし、そのまま額にあてる。
すると剣が淡く光り、その光が次第に俺の体を包んでいく・・・。
「!!・・・魔剣か!?」
警戒するように飛び下がり、レイナがこちらの様子を伺っている。
「そこまで上等なもん、俺なんかが持っている訳ないだろ?」
すっかり光に包まれた体の感触を確かめながら、剣を構える。
「別に火を振り撒いたり、雷を落とせるようになったわけじゃない。
コイツの力を借りて、単純な補助魔法を発動させただけだ」
そう・・・
「肉体強化さ」
一瞬で開いた距離を詰め、潜り込んだ懐から剣を突き出す。
「!!」
剣と剣が擦れ火花が迸り、反れた剣がレイナの背後にあった木に突き刺さる。
が構うことはない、そのまま横に薙ぎ払う。
「なっ!」
再びレイナが飛び下がる、2回3回と跳ねて今度はかなり距離をとられた。
「うーん、不意打ち失敗か」
ボリボリと頭を掻く。
俺の横では面積の殆どを切断された木が、軋んだ音を立てながらゆっくりと倒れていく。
今ので決められないか、流石はデュラハン。
「・・・剣に術式を組み込んで魔法発動の媒介にしているのか。
それなら魔力はお前自身が供給している筈、そう長く持つものではないな?」
うぐっ!?
しまった、余計な事喋っちまった・・・
もう見抜かれたか、魔法なんて難しいもん使えない俺の切り札だってのに。
ある程度調整はできるけど、デュラハンと張り合うなら持って5分が限界だ。
しかもこの魔法が切れたら反動で動けなくなっちまう、主に筋肉痛が原因で3日ぐらい。
その事もあって仲間のいない状況で使いたくは無かったんだが・・・使った以上もう後には引けない。
「刹那の時に命を賭ける、人間らしい戦い方だろう?」
「・・・ふふ、風前の灯火で私に勝てると思うな」
互いに一笑すると、剣を構える。
さあ、ここからが本番だ。
轟音と共に木が倒れた。
それが合図となり、両者とも相手の間合いに飛び込む。
先の先はレイナに取られた。
速さでは向うに分があるようだが、今ならはっきりと剣筋が見える。
上半身を落とし剣を避ける。
そして右肩を突き出し、レイナの左肩へ押し当てて2撃目を防ぐ。
そのまま撫でる様に剣を滑らせようとするが、押し当てた肩がするりと外された。
このままだと後ろに回りこまれる。
足を突き出し一歩突き抜けたところで体を半回転しながら剣を振りぬく。
今度は空を切ることなく、堅い衝撃が体を突き抜けた。
目視すると当たっていたのはレイナの剣だったらしく、ダメージは与えれていなかった。
剣身を自分の体で隠すように構えるレイナを見て、直感的に刺突が来ると判断し右足を持ち上げる。
予想通り低く抉る様に剣が繰り出された。
その剣の鍔に目掛け右足を突き出し、勢いを殺そうとする。
ガッ―
成功だ、足底に若干の裂傷を受けたがレイナを硬直状態にすることができた。
その脳天に目掛け剣を振り下ろす。
「―ハァッ!!!」
「うおっ!?」
レイナの一喝と共に俺の体が突き動かされた。
後ろに倒される!
慌てて足を掛けた鍔を蹴り飛ばして飛び上がり、後宙してなんとか着地した。
間合いが再び開き、戦いの流れが止まる。
強い・・・。
必殺の状況を作り出したにも関わらず、未だに一太刀も浴びせることができていない。
しかもあの体勢から、左手一本で俺を突き飛ばすなんて・・・。
そしてレイナはまだ余力を残している。
右手の事もだが、以前逃げ際に放たれた衝撃波の技もまだ出していない。
あの技は、おそらく強大な魔力をただ単純に放出しているものだと思う。
もし物理的に防げないものであるなら、今の俺に防ぐ手立てはなく避けるしかない。
「ほう、器用なものだな。
畑仕事なんてやめて曲芸士にでもなったらどうだ?」
俺の後宙を見てか、わざとらしい驚嘆の声をあげられた。
ようやくその顔にも汗が浮かんできたが、疲弊は感じない。
一方、こちらはそろそろ限界だ。
顔に浮かんだ汗と血をそっと拭い、戦術を練る。
あとどれ程俺の魔力が持つのか、繰り出せる攻撃はあと数回でしかないだろう。
ならば・・・
「考えておこう。
・・・さぁ、そろそろ決着といこうか」
俺の誘いにレイナが頷き、これまでにないほど大きく剣を振りかぶった。
レイナとしても全力の俺を倒したいらしく、魔力切れを待つなんて戦法はとらないようだ。
大きく深呼吸をしてレイナを見据える。
剣に魔力を込めているのを感じる、やはり最後はあの技か。
だったら俺もそれに答えよう。
さっき顔を手で拭いたときに付いた汗と血を剣の峰に塗りつける。
すると魔法の媒介である術式が浮かび、俺を包んでいたほのかな光が赤黒く変色していく。
互いの魔力が辺りを充満し、風の渦となって木々を揺らしている。
そしてついにレイナがその場で大きく踏み込み、剣を振り下ろした。
「させるかぁ!!!!」
次の瞬間、俺はレイナの眼前に現われ振り下ろされた剣に振り上げる一撃を加えた。
まるで瞬間移動したような俺の出現にレイナの目が驚愕に染まる。
己の汗と血によって術式を汚し、その結果による暴走。
俺の最後の切り札だ。
当然高い代価が必要となる
右足に千切れる痛みが走り、全身のあちこちから軋む音が響く。
「がぁああっぁあああ!!!!!!」
「!!!!」
俺の剣に押され、レイナの剣が弾きあげられた。
これが最後の一撃だ。
振りあがった剣を打ち下ろし、唯一甲冑に包まれていないレイナの首を切り抜いた。
吹き飛んでいくレイナの首を見つつ、俺は勝利を確信し・・・・・・・
馬 鹿 か 俺 は
打ち抜いた剣に全く手ごたえが伝わってこなかったこと
残されたレイナの体が掲げる剣に魔力が渦巻いていること
それを理解すると同時に自分の愚行を知り、血の気が一気に引いていった。
首を失ったレイナは、それに構うことなく掲げた剣を再び振り下ろす。
超至近距離での衝撃波に避ける術はない。
苦し紛れに剣を盾のように突き出し、その衝撃を俺は受け止めた。
綱のような鞭で打たれた感覚が全身を貫く。
「ぐ・・・が・・・・はぁっ・・・・・・」
身に付けていた防具が消し飛び、全身から血が溢れていく。
直撃を受けた腹部からは焼ける様な熱を感じる。
まだだ。
まだ、俺は倒れていない。
首を失ったのなら、視覚も聴覚も失ったはず・・・攻撃の好機だ。
殆ど感覚の掴めなくなった体を吊り上げるように動かし、
かろうじて掴んでいた剣の柄を握り締めてレイナのほうへ突き出す。
だが。
俺の視界に映ったのは、根元から砕け散った剣だった。
そして腹部に感じる熱の原因が散弾となって突き刺さった剣の破片だと気付いたとき
俺は敗北を悟った。
潜り込んだ懐から打ち上げる一撃を放つべく体重を右足に込める。
だが。
振り切られた剣を掴んでいる手首が、すでに返されてる事に気付き重心を左足に移して体を後方に捻じ曲げた。
瞬間、空気が断ち切られた。
引くのが遅ければ俺の体は袈裟から二分されていただろう。
更なる追撃を避けるため、後方に飛び下がる。
同時に牽制のために剣を一閃させるが、虚しく空を斬っただけだ。
「ふ―・・・」
呼吸を一つ。
ようやく息がつけた。
相手は傾けた半身を悠然と戻すと、涼しげな笑顔を浮かべた。
完全に見切られた避けられ方だな。
・・・もっとも当たったとしても振り回しただけの一撃では、あの鎧に傷すらつけられそうにないが。
左の頬に汗とは違う熱が伝わって来る、舌を出して掬いあげると苦い鉄の味が広がった。
血だ、どうやら避け切れなかったらしい。
しかし振り抜いたあの大剣を即座に返してくるとは・・・、それも初撃よりも速く。
魔物は人間より遥かに高い身体能力を持っているのは理解しているが、見た目は自分より華奢な女なのだ。
血とは違う苦い気持ちが心に広がる。
「・・・どうした?随分と必死な様子だが。
いつものふざけた態度をとらないじゃないか。」
白々しく両手を広げレイナがおどけてみせる。
汗一つ浮かんでいない顔を忌々しく睨みつけるが堪える様子はなく、むしろ笑顔を向けてくる。
対するこちらは深手こそ無いものの、既に防具はその機能の殆どを失い俺の体は転げまわって付いた泥で汚れている。
最初の一撃を受けてから、ほんの数合でここまで追い詰められてしまった。
「おふざけってのは真面目にする所を真面目にやるやつに許される美学なのさ。
剣を抜いた以上、ちゃんと剣士らしく振舞わないとなぁ?」
こちらも顔だけは笑顔を保ち、レイナを真似て大仰におどけてみせる。
むこうは俺をからかっているだけだろうが、俺は体力回復のための時間稼ぎだ。
そんな俺の魂胆を見抜いてか、レイナがくっくっと笑いを噛み締めた。
「そんなボロボロな姿で美学や剣士を語られても・・・それこそおふざけじゃないのか?」
圧倒的な実力差を楽しんでいるかのようなレイナの態度に、冷静を努めようとしている俺の頭も熱くなって来てしまう。
ただでさえ、先ほどまでのレイナの攻撃に憤りを感じているのだから。
「・・・剣士として問おう」
「ん?・・・なんだ」
口調を低くした俺の声にレイナも笑顔を消した。
「何故、左手しか使わない?
お前が全力を出していれば俺は今、立っていない筈だ。」
「・・・」
悔しいが俺とレイナとの戦闘能力の差は圧倒的だ。
魔力によるものか、それとも体の組織そのものが違うのか。
力も速さも技も俺はデュラハンの足元にも及ばないはず。
それにも関わらず俺はまだこうして戦っている。
そもそも名乗り口上の一撃を剣で受け止めれた時から違和感を感じていた。
戦いの最中における剣の動きからしても、右手は添える程度の力しか使っておらず、左手だけで剣を振っている。
「・・・・・・これが、全力さ。」
呟くようにレイナが言うと、問答はもう終わりだとばかりに剣を構えた。
・・・重心は左半身にある。
あくまで片腕で戦うつもりらしい。
「そうかよ」
ああ、わかった。
この決闘は、あの時の再現だ。
本来の力なら片腕でも俺に負けたりしないと言う事か。
・・・さっきの呟きに悲しみを感じたのは、あの時の屈辱を思い出しているのだろうな。
だけどよ。
いくら力の差があるにしても。
弱ってる所を打ち負かした俺に恨みを持っているにしても。
わざと片腕で相手にされるなんざ、剣士として――男として――
耐え難い侮辱だぜ。
「・・・決闘なら、こーゆうのは反則かなと思って使わないでいたんだけどな」
俺の言葉に反応することなく、レイナはジリジリと間合いを詰めて来る。
「何が何でもアンタに勝ちたくなったんでね、使わせて貰う」
剣を顔の前にかざし、そのまま額にあてる。
すると剣が淡く光り、その光が次第に俺の体を包んでいく・・・。
「!!・・・魔剣か!?」
警戒するように飛び下がり、レイナがこちらの様子を伺っている。
「そこまで上等なもん、俺なんかが持っている訳ないだろ?」
すっかり光に包まれた体の感触を確かめながら、剣を構える。
「別に火を振り撒いたり、雷を落とせるようになったわけじゃない。
コイツの力を借りて、単純な補助魔法を発動させただけだ」
そう・・・
「肉体強化さ」
一瞬で開いた距離を詰め、潜り込んだ懐から剣を突き出す。
「!!」
剣と剣が擦れ火花が迸り、反れた剣がレイナの背後にあった木に突き刺さる。
が構うことはない、そのまま横に薙ぎ払う。
「なっ!」
再びレイナが飛び下がる、2回3回と跳ねて今度はかなり距離をとられた。
「うーん、不意打ち失敗か」
ボリボリと頭を掻く。
俺の横では面積の殆どを切断された木が、軋んだ音を立てながらゆっくりと倒れていく。
今ので決められないか、流石はデュラハン。
「・・・剣に術式を組み込んで魔法発動の媒介にしているのか。
それなら魔力はお前自身が供給している筈、そう長く持つものではないな?」
うぐっ!?
しまった、余計な事喋っちまった・・・
もう見抜かれたか、魔法なんて難しいもん使えない俺の切り札だってのに。
ある程度調整はできるけど、デュラハンと張り合うなら持って5分が限界だ。
しかもこの魔法が切れたら反動で動けなくなっちまう、主に筋肉痛が原因で3日ぐらい。
その事もあって仲間のいない状況で使いたくは無かったんだが・・・使った以上もう後には引けない。
「刹那の時に命を賭ける、人間らしい戦い方だろう?」
「・・・ふふ、風前の灯火で私に勝てると思うな」
互いに一笑すると、剣を構える。
さあ、ここからが本番だ。
轟音と共に木が倒れた。
それが合図となり、両者とも相手の間合いに飛び込む。
先の先はレイナに取られた。
速さでは向うに分があるようだが、今ならはっきりと剣筋が見える。
上半身を落とし剣を避ける。
そして右肩を突き出し、レイナの左肩へ押し当てて2撃目を防ぐ。
そのまま撫でる様に剣を滑らせようとするが、押し当てた肩がするりと外された。
このままだと後ろに回りこまれる。
足を突き出し一歩突き抜けたところで体を半回転しながら剣を振りぬく。
今度は空を切ることなく、堅い衝撃が体を突き抜けた。
目視すると当たっていたのはレイナの剣だったらしく、ダメージは与えれていなかった。
剣身を自分の体で隠すように構えるレイナを見て、直感的に刺突が来ると判断し右足を持ち上げる。
予想通り低く抉る様に剣が繰り出された。
その剣の鍔に目掛け右足を突き出し、勢いを殺そうとする。
ガッ―
成功だ、足底に若干の裂傷を受けたがレイナを硬直状態にすることができた。
その脳天に目掛け剣を振り下ろす。
「―ハァッ!!!」
「うおっ!?」
レイナの一喝と共に俺の体が突き動かされた。
後ろに倒される!
慌てて足を掛けた鍔を蹴り飛ばして飛び上がり、後宙してなんとか着地した。
間合いが再び開き、戦いの流れが止まる。
強い・・・。
必殺の状況を作り出したにも関わらず、未だに一太刀も浴びせることができていない。
しかもあの体勢から、左手一本で俺を突き飛ばすなんて・・・。
そしてレイナはまだ余力を残している。
右手の事もだが、以前逃げ際に放たれた衝撃波の技もまだ出していない。
あの技は、おそらく強大な魔力をただ単純に放出しているものだと思う。
もし物理的に防げないものであるなら、今の俺に防ぐ手立てはなく避けるしかない。
「ほう、器用なものだな。
畑仕事なんてやめて曲芸士にでもなったらどうだ?」
俺の後宙を見てか、わざとらしい驚嘆の声をあげられた。
ようやくその顔にも汗が浮かんできたが、疲弊は感じない。
一方、こちらはそろそろ限界だ。
顔に浮かんだ汗と血をそっと拭い、戦術を練る。
あとどれ程俺の魔力が持つのか、繰り出せる攻撃はあと数回でしかないだろう。
ならば・・・
「考えておこう。
・・・さぁ、そろそろ決着といこうか」
俺の誘いにレイナが頷き、これまでにないほど大きく剣を振りかぶった。
レイナとしても全力の俺を倒したいらしく、魔力切れを待つなんて戦法はとらないようだ。
大きく深呼吸をしてレイナを見据える。
剣に魔力を込めているのを感じる、やはり最後はあの技か。
だったら俺もそれに答えよう。
さっき顔を手で拭いたときに付いた汗と血を剣の峰に塗りつける。
すると魔法の媒介である術式が浮かび、俺を包んでいたほのかな光が赤黒く変色していく。
互いの魔力が辺りを充満し、風の渦となって木々を揺らしている。
そしてついにレイナがその場で大きく踏み込み、剣を振り下ろした。
「させるかぁ!!!!」
次の瞬間、俺はレイナの眼前に現われ振り下ろされた剣に振り上げる一撃を加えた。
まるで瞬間移動したような俺の出現にレイナの目が驚愕に染まる。
己の汗と血によって術式を汚し、その結果による暴走。
俺の最後の切り札だ。
当然高い代価が必要となる
右足に千切れる痛みが走り、全身のあちこちから軋む音が響く。
「がぁああっぁあああ!!!!!!」
「!!!!」
俺の剣に押され、レイナの剣が弾きあげられた。
これが最後の一撃だ。
振りあがった剣を打ち下ろし、唯一甲冑に包まれていないレイナの首を切り抜いた。
吹き飛んでいくレイナの首を見つつ、俺は勝利を確信し・・・・・・・
馬 鹿 か 俺 は
打ち抜いた剣に全く手ごたえが伝わってこなかったこと
残されたレイナの体が掲げる剣に魔力が渦巻いていること
それを理解すると同時に自分の愚行を知り、血の気が一気に引いていった。
首を失ったレイナは、それに構うことなく掲げた剣を再び振り下ろす。
超至近距離での衝撃波に避ける術はない。
苦し紛れに剣を盾のように突き出し、その衝撃を俺は受け止めた。
綱のような鞭で打たれた感覚が全身を貫く。
「ぐ・・・が・・・・はぁっ・・・・・・」
身に付けていた防具が消し飛び、全身から血が溢れていく。
直撃を受けた腹部からは焼ける様な熱を感じる。
まだだ。
まだ、俺は倒れていない。
首を失ったのなら、視覚も聴覚も失ったはず・・・攻撃の好機だ。
殆ど感覚の掴めなくなった体を吊り上げるように動かし、
かろうじて掴んでいた剣の柄を握り締めてレイナのほうへ突き出す。
だが。
俺の視界に映ったのは、根元から砕け散った剣だった。
そして腹部に感じる熱の原因が散弾となって突き刺さった剣の破片だと気付いたとき
俺は敗北を悟った。
11/05/13 02:31更新 / しそ
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