連載小説
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4話


「・・・ころ・・・せ・・・」




息も絶え絶えに振り絞った声は擦れて小さく、体は仰向けに投げ出して身動ぎさえできない。
重くなった目蓋に青空の光が差す。
・・・腹の傷はそれほど深くはない。
流れ出る血の量はそれ程多くなく、染まっていく地面も鮮やかな真紅で内臓まで傷が達してないのが分かる。

だが、もう、助からない。

魔力は生命力そのものだ。
それが尽きた今、この傷はすぐには塞がらない。
少しずつ延々と流れ出る血の海に沈み、やがて俺は死ぬだろう。
初めて戦場で人を切った時から感じていた恐怖。
あの敗戦で戦場から去る時まで、離れることの出来なかった存在。


『死』が俺に迫っている。


だから、懇願する。
殺してくれと。
戦場で長年恐れていた、この感情から開放してくれと。






・・・。






「・・・・・・?」
反応がない。


スルーは流石にひどくないですか、レイナさん?
俺、今一世一代のシリアスモードなんですけど。
視線でレイナを探すが自分の周囲にその姿はなかった。

ちょっ!?置き去りにして狼の餌にする気か!
どうせ死ぬけどさ、折角なら美人に殺して貰ったほうがこちとら成仏できるっつうのに。



ガサガサ・・・ゴソゴソ・・・


ん?
草を掻き分けるような音が聞こえる。

・・・早速、狼が血の匂いを嗅ぎ付けて来たようだ。
狼さん狼さん、もうちょっと待って貰えませんか?
せめて俺が死んでから食って頂けると有難いのですが。
そうだ。
もし宜しければ医者を呼んで来るとか、恩返し的感動ストーリーを俺と繰り広げてくれませんか。
もっとも狼助けた覚えなんて一切ないけど。

死を目前に現実を達観しつつ、逃避している訳だが音はこちらに近づいてくる気配がない。
・・・狼じゃないのか、だったら何だ?

目を細めて音のする方を見つめると、そこには




ガサガサ・・・ゴソゴソ・・・




草むらの中を彷徨う甲冑がいました。













 何やってんの、あの人?











あっ!そうか、首を探しているのか。
勢いよく飛んでったもんなぁ・・・
飛ばしたの俺だけど。
にしても青空の下、草むらを掻き分ける甲冑。
なんともシュールな光景だ。


ん?
待てよ・・・。
首を探せるって事は体だけでも感覚が掴めるってことか、なんでもアリだな、おい。
そもそもデュラハンってアンデット種だったっけ。
もしかしなくても最初っから勝ち目無かったんじゃ・・・・・・・・あれ?
レイナの甲冑から湯気?じゃないな。
何かピンク色の雲みたいなものが首の辺りから出ている?

何だ、アレ。
・・・・・・そういや、団長に魔物について講釈されたときにデュラハンの首を落としたらさっさと逃げろって言われたような。
やばいっす団長、俺逃げる所か寝そべってます。
失敗した。
デュラハンなんかと戦ったらどうせ瞬死だと思って、ろくに聞いてなかった。
一体何が起こるんですか、団長。
すっかり忘れてたけど団長って生きてるのかな・・・。
撤退始めた時に殿は任せろ〜とか言って突っ込んで行ったきりだけど。
まあ、あのオッサンが簡単に死ぬとは思えないが・・・
生きてたら『迎えに来たぞっ!』とか言いながら乗り込んできて、また戦場までひきずっていかれそうだ。
・・・よし。
すいません団長、俺の中で貴方は逝かれた事にします。
間違っても化けて出てくんなよオッサン、冥福をそれとなく祈っとくから。
というか俺も今そっち逝くんで茶の一杯でもいれとけや、コーヒーならなお良し。


ガサガサ・・・!・・・カポッ


あ、オッサンのこと考えてる間にレイナが首を見つけたみたいだ。
首もすっぽり嵌まって元通りみたいだが・・・、何か変なモヤモヤも消えたしセーフなんだろうか?
良かった、助かった。

ってこっち来る!!!
助かってねぇよ!てかそもそも根本的に俺もう助からねぇよ!!
やばい、オッサンとかオッサンとかオッサンの事考えたせいでシリアスな気分がどっか行っちまった。
何か思考力が低下してきたのか、痛みも感じなくなって来てハイな気分になっちまってるし。

オーケー落ち着け、ロザドよ。
冷静になって死に花を咲かそうではないか。
最後ぐらいはきっちり決めて逝きたいもんだ。






「こ・・・ころ・・・せ・・・」


搾り出すように、さっきのセリフをもう一度繰り返した。
実際声に出すと苦しさを感じてそれっぽい感じになる。
やっぱり死ぬんだな、俺。

・・・さあ、もう覚悟を決めたぞ。
だが勘違いするな、俺は弱くて死ぬ訳ではない。
天が俺を殺すのd









     「 断る 」













「・・・・・・・・・・は?」



・・・おい、なんだそのドヤ顔は。
「て、てめぇ・・・さては、それを言い返したいだけだったな!!!?って痛ぇええぇ!!!!!!」

ふいに起き上がろうとして、腹に痛みが走り涙目になる。
一方レイナは満足そうにフフーンと鼻を鳴らして俺を見下ろしている。

「どうだ?あの時の私の気持ちが分かったか?」
ああ・・・確かに分かった、イラッとするなこれ。
ただ、あの時とは若干状況が違いすぎる気がするんだが。
だってお断りされた所で、俺死ぬんですけど。

「・・・少なくとも、あん時の俺は頭に草をつけまくってた覚えはないなぁ」

てか、俺はそんなに踏ん反ってニヤニヤしてなかったろう。
見つめる先にあるのはレイナの美しい銀の長髪だ。
もっとも今は泥に塗れて、おまけに草がまとわり付いてるけど。

「え、い、嫌っ、うそ!?」
指摘にレイナは慌てふためいて自分の髪を手になぞり、それでも上手く取れないのか

キュポッ

っと首を外して、何処からか取り出した布やら櫛やらで頭を整えだした。

・・・っておい!
お気軽に首外しすぎだろドキッ☆とするじゃねぇか、悪い意味で。
にしても相変わらず詰めが甘いというか・・・ドジっ子、決定ですアナタ。
んでまた首から何か出てるし。
今度は近いからはっきりと見えるけどモヤモヤはモヤモヤでさっぱり正体が分からない。
しかもなんだかレイナ全体がぼや〜としてきた様な・・・
あっ、違うわ。
これ俺の目が霞んでるんだ。
うわー・・・なんだかとても眠たくなってきた。
何か甘い匂いもしてくるな・・・死の香りってか?

カチン、キュッキュ…

「よし、と・・・コホン
 この決闘、私の勝ちだ
 我が一族の掟に習いお前を・・・。
 おい!!聞いているのか!?」


「耳は聞こえてるぞ・・・
 だがもういかんようだ、我が生涯に一片の悔い無・・・あ、畑。
 ・・・ま、いいか
 さよなら人生・・・」


視界が白く染まって行き、体がふわりと軽くなっていく。
日差しのせいか、暖かい熱に包まれながら脳裏に過去の記憶が溢れてくる。

陰鬱な幼少期のことから傭兵を目指して何度も死に掛けたこと。
一人前になって加入したザック傭兵団、やがて部下を率いて数多の戦場を駆け巡ったこと。
人を相手にした戦争が起こらなくなり、魔物相手に戦うようになったこと。
圧倒的な戦力を持ちながら、生ぬるい戦闘しか仕掛けてこない魔物に困惑したこと。
教団の行いに疑問を持ち、魔物と割切っても結局一匹も殺せなかった自分。
そして敗戦、そのまま戦場から逃げ出したこと。
その後の穏やかな時間と胸にあった希望。
家を建てて畑を耕し、自分の願った人生を手に入れたこと。
そして自分にはもったいない程美しい女と恋をし、結ばれたこと。
子供も産まれ、飼っている犬と戯れる子供を眺めながら妻と穏やかに微笑みあったこと。
やがて子供達は巣立って行き、何時までも美しい妻に見守られながら俺は息を・・・







・・・。







って、違うがな。
俺、子供いねーよ。
なんで妄想が俺の記憶の後半にしっかり食い込んでるんだよ。
しかもなんとなく妻のモデルがレイナだったし。
現実はその妻(妄想)に殺されとるがな。

にしても俺どうなったんだ?
もう死んじまったのかな?
その割には何か体に実感があるというか・・・。
背中に感じるのは地面だよなぁ?
でも何か腹の上にも重みを感じるし、さっきからもの凄い息苦しいんだけど・・・

え、俺ってば地獄に堕ちた?

冗談じゃねぇ!
団長!お茶はいいから助けに来てくれ!!
そして俺の身代わりになってくれ!!

体に力を込めると幾分か体の感覚が掴めてきた。
やはり俺は地面に横たわっているようだ。
なら、この腹の上の重みは何か乗っているのか?
それにこの息苦しさは??
あ、目開けて見ればいいじゃないか。

目をじわりと開ける。
目が眩むかと思ったが、ぼやけた視界は薄暗くはっきりと見えない。
瞬きを繰り返すと次第に目の前の光景がはっきりと見えた。



「っん・・・ちゅっ・・・」



目の前にあったのは閉じられた瞳。
長い睫毛が僅かに濡れたように煌き、その瞳の持ち主の美貌が伺える。
俺の頬には銀の髪が掛かり、さらさらと頬を撫ぜている。

思考が働く。
俺の眼前直前に人が居る。
女性だ、なら彼女は何をしている?

「・・・んくっ・・・あっ・・・」

閉じられた瞳が開き、俺の視線とぶつかる。
すると彼女の瞳は大きく開き、俺を捕らえた。
俺の胸に手をつき、彼女の瞳が離れた。
彼女との間にきらりと光が架かる。
怪しく美しい光は彼女の唇へと続いている。



ああ


アンタか、レイナ。




ようやく目の前の存在を理解する。

レイナがにこりと微笑む。
はにかむ様な笑顔、上気した頬が白い肌を染めて潤んだ瞳が俺を捕らえて離さない。
きらきらと光が散りばめられた銀の髪が、折りたたまれた翼のように見える。
仰々しい鎧は脱ぎ去ったのか、俺の上に跨る彼女の肢体はしなやかで触れれば壊れそうなガラス細工のようだ。



「・・・天使?」

思わず呟く。
美しい。
そう思ったら声に出ていた。

レイナは俺の突拍子もない言葉にきょとんとした後、またにこりと微笑んだ。
そしてそのままゆっくり倒れて来て・・・


「「・・・ん」」

















団長、もう来なくていいですよ。
なんだか分からないけど、俺、いま天国に居るようです。
11/03/22 23:54更新 / しそ
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■作者メッセージ
本当はエロパートも少し書いてましたが・・・
地震のことで色々考えてしまい、不出来だったので次回更新へ回させて頂きます。
すいません。

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