エピローグ. 餓竜たち再び
大闘技大会の開催セレモニーが行われようとしているドラゴニア闘技場の客席は、立ち見が出るほどの大盛況となっていた。
地元のドラゴン達だけでなく、津々浦々から集まった様々な魔物達、中には物好きな人間の姿まである。
もちろん大闘技大会その物は、参加者達の武の競い合いと絆の深さを披露する為の物である。
しかし、開催セレモニーはそれとはまた違った趣で、華やかに大会の始まりを彩る。
この武と愛の祭典を祝福するセレモニーの参加者達もまた、大会そのものの参加者達とは違った意味で、その名誉に浴するのだ。
魔王夫妻や女王デオノーラを始めとした貴賓達も席に着き、セレモニーはいま正に始まろうとしていた。
「話には聞いていたけど、まさか、こんなところで再会するとはね」
ルカは思わず苦笑してしまった。
空戦機動研究班が待機する滑走路で彼が出会ったのは、かつての仲間であるバノッティだった。
彼等はアクロバット飛行でセレモニーを飾る予定なのである。
「そっちこそ随分と有名になった。あの頃から中々の奴とは思っていたが、ここでそんな形で出世するとはな」
バノッティも釣られる様に笑ってしまう。
かつて竜を狩る為に奔走した者同士が、こんな形で再会するとは誰も予想できなかったのだ。
「これは本当に遅効性なんだろうな?」
「もちろん。私が何度も試しているから間違いないわよ」
ルイーザが効き目について太鼓判を捺す。
ルカとルイーザは研究班が開会式で使うスモークを届けに来ていたのである。
それは研究班が飛んだ後の軌跡を彩るだけでなく、会場の魔物達を軽く発情させる効果も加えていた。
当然、大闘技大会を盛り上げる為の演出の一つである。
「ここに帰ってきてからの事は保証しないけどね」
「仕事の後ならいくら盛っても問題ないさ」
それは諦めてるという様な笑顔でバノッティは応えた。
闘技場のアリーナへと通じる通路では、イリーナとジュリアンが開会式の開幕を待っていた。
「・・・まさか魔王の前で剣技を見せる事になるとはな」
今となってはドラゴニアの市民として、すっかり街に馴染んだジュリアンではあったが、自分の出自を考えれば感慨深くもなろうという物だった。
「それは、誰かを傷付ける為の剣ではなくなった。そういう事じゃないですか?」
傍らのイリーナがジュリアンの言葉に応える。
「ふむ・・・そうか。そういう事かもな」
妙に納得した気持ちになったジュリアンは、腰の剣を再確認する様に一握りした。
「なら、今の剣で自分が幸せである事を皆に見てもらおうか」
「良いですね、それ」
ジュリアンの言葉にイリーナが思わず微笑んだ。
イリーナとジュリアンは自然と手を繋ぐ。
他の参加者達の様に濃厚な仲睦まじさを誇る訳でもなく、誰に見せつける訳でもなく、ただ、静かに手を繋ぐだけ。
それが二人の絆の有り様であった。
客席にはレオン一家とピーニャの姿があった。
レオンは二人の子竜を器用に両脇に抱きながら、闘技場を眺めている。
大会に出場するイリーナから、招待の手紙が来たのだ。
また、三人の間に産まれた子供をピーニャ達に見せる為に、ドラゴニアへ再び来ていたのである。
「こんな人混みの中でもニコニコしてられるんだから、きっと二人とも大物になるわよ?」
子竜の頬をプニプニとつつきながら、ピーニャは感心していた。
子竜は喜んでその指にじゃれついている。
「ラスティもエルも少々の事じゃ動じないですから」
「鈍感みたいに言わないでよ〜」
レオンの言葉に傍らのエルが不本意げに頬を膨らませる。
母親になり、少し髪を伸ばして体つきも丸みを帯びたエルは、少しだけ大人びている。
自身も子供ではあるのだが、ラスティと一緒に子育てが出来る事で、エルも母親として安心して日々を過ごせていた。
「私たちが敏感なのは、レオンが一番知っているくせに〜♥️」
レオンにピッタリとくっついているラスティは、以前と変わらず豊かで柔らかな身体をしている。
二人目の子供ではあるものの、今の姿での子育てはラスティも初めての事である。
それでも動じる事もなく、二人の子竜の子育てをしていられるのは、やはり元から母性が強いからなのかもしれない。
一番大変だったのは、仕事の傍ら家族が一度に二人も増えたレオンだったのだが、店員の竜達がフォローしてくれた事もあり、なんとか父親と夫と店長の三つの立場をこなせていた。
「あの時の暗器使いが、アクロバットを見せるって聞きましたけど」
「ええ。使うスモークを調合してるのは、貴方にナイフを投げたあの子よ」
そう言ったピーニャは、少し感慨深げに目を細めた。
世話好きなピーニャがあちこちに手を回した事で、彼等は平和にドラゴニアで生きている。
いや、ピーニャだけではない。
ドラゴニアの住人達は、皆が大なり小なり彼等を受け入れてくれていた。
それはレオンとて例外ではない。
子竜を抱くレオンの右手には、今もあの時の傷跡がはっきりと残っている。
治療が上手くいった為に後遺症は残ってはいないが、それでも右手と左足の傷跡を見ると、時々はあの時の事を思い出す。
だが、恨みの様な感情は全く無い。
ただ忘れる事が出来ない記憶として、である。
あの時、敵味方に分かれて死闘を繰り広げた者達が、平和に一つの場所へ集える。
それはつまり、レオン達がドラゴニアへ潜伏した事がレオン達だけでなく、彼等にとっても幸せな結末をもたらしたという事なのだろうとレオンは思う。
それどころか、レオンとラスティとエルも、ドラゴニアに来ていなければ夫婦ではなかったかもしれない。
いつかは夫婦になってはいただろうが、ずっと時間がかかっていただろう。
「・・・ドラゴニアって良い国ですね」
思わず微笑んだレオンがそう呟く。
「良い国でしょ」
ピーニャも笑顔でそれに応える。
「エルは最初から知ってたよ?」
「わたしも来たときからずっと思ってましたよ〜」
最初からドラゴニアを気に入っていたエルとラスティにとっては、今更言う事でもなかったらしい。
四人の笑顔に、レオンの腕の中の子竜達も、キャッキャと笑顔を見せた。
サテュロス達が吹くファンファーレが闘技場に響き渡る。
いよいよ開会式が始まるのだ。
二人の餓竜の為に集まった者達は、こうして再び集まった。
一度目は剣を交わし、二度目は剣を交わさずに。
おそらく、これからも魔物娘達と剣を交わそうとする者が現れるのだろう。
だが、そうした者達と剣を交わさずに会える時もまた来る。
魔物娘達はそうした者達も受け入れてくれるのだから。
地元のドラゴン達だけでなく、津々浦々から集まった様々な魔物達、中には物好きな人間の姿まである。
もちろん大闘技大会その物は、参加者達の武の競い合いと絆の深さを披露する為の物である。
しかし、開催セレモニーはそれとはまた違った趣で、華やかに大会の始まりを彩る。
この武と愛の祭典を祝福するセレモニーの参加者達もまた、大会そのものの参加者達とは違った意味で、その名誉に浴するのだ。
魔王夫妻や女王デオノーラを始めとした貴賓達も席に着き、セレモニーはいま正に始まろうとしていた。
「話には聞いていたけど、まさか、こんなところで再会するとはね」
ルカは思わず苦笑してしまった。
空戦機動研究班が待機する滑走路で彼が出会ったのは、かつての仲間であるバノッティだった。
彼等はアクロバット飛行でセレモニーを飾る予定なのである。
「そっちこそ随分と有名になった。あの頃から中々の奴とは思っていたが、ここでそんな形で出世するとはな」
バノッティも釣られる様に笑ってしまう。
かつて竜を狩る為に奔走した者同士が、こんな形で再会するとは誰も予想できなかったのだ。
「これは本当に遅効性なんだろうな?」
「もちろん。私が何度も試しているから間違いないわよ」
ルイーザが効き目について太鼓判を捺す。
ルカとルイーザは研究班が開会式で使うスモークを届けに来ていたのである。
それは研究班が飛んだ後の軌跡を彩るだけでなく、会場の魔物達を軽く発情させる効果も加えていた。
当然、大闘技大会を盛り上げる為の演出の一つである。
「ここに帰ってきてからの事は保証しないけどね」
「仕事の後ならいくら盛っても問題ないさ」
それは諦めてるという様な笑顔でバノッティは応えた。
闘技場のアリーナへと通じる通路では、イリーナとジュリアンが開会式の開幕を待っていた。
「・・・まさか魔王の前で剣技を見せる事になるとはな」
今となってはドラゴニアの市民として、すっかり街に馴染んだジュリアンではあったが、自分の出自を考えれば感慨深くもなろうという物だった。
「それは、誰かを傷付ける為の剣ではなくなった。そういう事じゃないですか?」
傍らのイリーナがジュリアンの言葉に応える。
「ふむ・・・そうか。そういう事かもな」
妙に納得した気持ちになったジュリアンは、腰の剣を再確認する様に一握りした。
「なら、今の剣で自分が幸せである事を皆に見てもらおうか」
「良いですね、それ」
ジュリアンの言葉にイリーナが思わず微笑んだ。
イリーナとジュリアンは自然と手を繋ぐ。
他の参加者達の様に濃厚な仲睦まじさを誇る訳でもなく、誰に見せつける訳でもなく、ただ、静かに手を繋ぐだけ。
それが二人の絆の有り様であった。
客席にはレオン一家とピーニャの姿があった。
レオンは二人の子竜を器用に両脇に抱きながら、闘技場を眺めている。
大会に出場するイリーナから、招待の手紙が来たのだ。
また、三人の間に産まれた子供をピーニャ達に見せる為に、ドラゴニアへ再び来ていたのである。
「こんな人混みの中でもニコニコしてられるんだから、きっと二人とも大物になるわよ?」
子竜の頬をプニプニとつつきながら、ピーニャは感心していた。
子竜は喜んでその指にじゃれついている。
「ラスティもエルも少々の事じゃ動じないですから」
「鈍感みたいに言わないでよ〜」
レオンの言葉に傍らのエルが不本意げに頬を膨らませる。
母親になり、少し髪を伸ばして体つきも丸みを帯びたエルは、少しだけ大人びている。
自身も子供ではあるのだが、ラスティと一緒に子育てが出来る事で、エルも母親として安心して日々を過ごせていた。
「私たちが敏感なのは、レオンが一番知っているくせに〜♥️」
レオンにピッタリとくっついているラスティは、以前と変わらず豊かで柔らかな身体をしている。
二人目の子供ではあるものの、今の姿での子育てはラスティも初めての事である。
それでも動じる事もなく、二人の子竜の子育てをしていられるのは、やはり元から母性が強いからなのかもしれない。
一番大変だったのは、仕事の傍ら家族が一度に二人も増えたレオンだったのだが、店員の竜達がフォローしてくれた事もあり、なんとか父親と夫と店長の三つの立場をこなせていた。
「あの時の暗器使いが、アクロバットを見せるって聞きましたけど」
「ええ。使うスモークを調合してるのは、貴方にナイフを投げたあの子よ」
そう言ったピーニャは、少し感慨深げに目を細めた。
世話好きなピーニャがあちこちに手を回した事で、彼等は平和にドラゴニアで生きている。
いや、ピーニャだけではない。
ドラゴニアの住人達は、皆が大なり小なり彼等を受け入れてくれていた。
それはレオンとて例外ではない。
子竜を抱くレオンの右手には、今もあの時の傷跡がはっきりと残っている。
治療が上手くいった為に後遺症は残ってはいないが、それでも右手と左足の傷跡を見ると、時々はあの時の事を思い出す。
だが、恨みの様な感情は全く無い。
ただ忘れる事が出来ない記憶として、である。
あの時、敵味方に分かれて死闘を繰り広げた者達が、平和に一つの場所へ集える。
それはつまり、レオン達がドラゴニアへ潜伏した事がレオン達だけでなく、彼等にとっても幸せな結末をもたらしたという事なのだろうとレオンは思う。
それどころか、レオンとラスティとエルも、ドラゴニアに来ていなければ夫婦ではなかったかもしれない。
いつかは夫婦になってはいただろうが、ずっと時間がかかっていただろう。
「・・・ドラゴニアって良い国ですね」
思わず微笑んだレオンがそう呟く。
「良い国でしょ」
ピーニャも笑顔でそれに応える。
「エルは最初から知ってたよ?」
「わたしも来たときからずっと思ってましたよ〜」
最初からドラゴニアを気に入っていたエルとラスティにとっては、今更言う事でもなかったらしい。
四人の笑顔に、レオンの腕の中の子竜達も、キャッキャと笑顔を見せた。
サテュロス達が吹くファンファーレが闘技場に響き渡る。
いよいよ開会式が始まるのだ。
二人の餓竜の為に集まった者達は、こうして再び集まった。
一度目は剣を交わし、二度目は剣を交わさずに。
おそらく、これからも魔物娘達と剣を交わそうとする者が現れるのだろう。
だが、そうした者達と剣を交わさずに会える時もまた来る。
魔物娘達はそうした者達も受け入れてくれるのだから。
18/09/15 10:00更新 / ドグスター
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