連載小説
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餓竜再び .6
白狼山地での会見からしばらく後。
レオン、ラスティ、エルの三名は身を潜める為にツァイスを離れていた。
今はと言えば、ドラゴニアの入国監理局の一室で、ドラゴニア側の人間を待っている最中である。
エミールは三人のセーフハウスを用意する為に、ドラゴニアへ協力を要請し、ドラゴニアの女王デオノーラもそれを受け入れていた。
「木の葉を隠すなら森の中」の格言の通り、三人が一番目立たないのは竜の国との判断である。

「確かに、竜の国ならわたし達は目立たないかもね〜」
「本当にドラゴンばっかりなんだね〜楽しそう」
「ここには観光で来ている訳じゃないんだけど・・・」
旅路の間は深いフードのローブで顔を隠してきた二人も、竜の国という事でフードを開け、ドラゴニアという国への興味に眼を輝かせている。
そんな二人の様子とは対称的に、レオンは疲れた様な顔で、やんわりと二人を嗜めた。

生前も現在も他人と接さずに生きてきたエルの目にとって、外の世界は何もかもが新鮮に写り、ラスティも魔物娘として生まれ変わって以来、人里へと降りたのは初めてである。
そんな世間知らずの二人と共に人目を避けて進んだ旅路は、目立たぬ事を仕事としてきたレオンと言えども、中々に気苦労が絶えない物だった。

とは言え、緊張感に満ちた往路(主にレオンにとっての話だが)を終えた事もあり、一行にはどこかホッとした空気が流れている。
そこへ部屋の扉を開けて入ってきたのは、一人のリザードマンだった。
「ラスタバン様の御一行ですね?ドラゴニアでの警護を務めさせていただくイリーナ・ダシュカです。よろしくお願いします」
そう言って一行の皆と握手を交わす。
武人気質のリザードマンの例に漏れず、腰には剣を帯き、よく引き締まった身体には幾つもの傷痕が窺える。
裏表の窺えない態度は、レオン達にとっても安心感を与えるものであった。

その後はイリーナと今後の話を詰めたのだが、レオンにはどうにも腑に落ちない点が一つある。
国外の要人であるラスティ達に対して礼儀を取るのは当然と言えば当然なのだが、どうもイリーナの態度には礼儀の枠に収まらない、なにがしかの敬意の様なものが窺える。
警戒感を抱かせる様な物ではないが、レオンはどうにもそれが引っ掛かっていた。

「それにしても、『ダブルドラゴンキラー』の方の護衛を任されるのは光栄です。ドラゴニアでも見た事が無いですから」
「・・・ダブルドラゴンキラー?」
イリーナの発した聞き慣れない物騒な響きの言葉に、レオンが僅かに眉をひそめる。
「ええ。このドラゴニアでのドラゴンゾンビは、革命以前の不幸な時代に命を落とした竜達が生き返った方々です。そんな彼女達に寄り添って幸せな夫婦となった男性は、ドラゴンキラーと呼ばれて尊敬されているんですよ」
「そんな〜♥夫婦だなんて〜♥」
「そうなったらレオンはパパでダーリンになっちゃうし〜♥」
夫婦という言葉にラスティとエルが顔を赤らめて恥ずかしがる脇で、レオンは言い様の無い危機感を感じていた。
「・・・すると、俺は」
「親子のドラゴンゾンビを一度に救った英雄ですよ。デオノーラ様も竜殺しが建てた国から大した男が出てきたものだと、大変に驚いていました」
既に尊敬を隠さないイリーナの言葉に、レオンは態度の理由を理解した。
それと同時に、「竜を隠すなら竜の国」という当初の計算が、最初から破綻していた事も悟ったのである。


イリーナにセーフハウスへと案内される道中の竜翼通りは、ドラゴニア一の目抜通りだけあって活気に満ちていた。
竜達の滑走路も兼ねた道路は、一行の誰も見た事が無い程に広く、その広さであっても閑散としている様には見えない程に、通りには人が絶えない。
意外な事にドラゴン以外の魔物娘の姿も目につくのだが、そこはやはり竜の国である。どこを見てもドラゴンやワイバーンといった、ドラゴン属の魔物娘達が生活していた。

見た事も無い産物や大勢の同族達の姿に、ラスティとエルの好奇心が動いているのがレオン達にも伝わってくる。
とりわけ、エルは感心しきりであった。
「凄いや・・・本当にこんな国があったんだ〜」
目深に被ったローブに遮られて表情は伺えないが、言葉の弾み具合で目を輝かせている事はよく伝わってきた。
さすがに衆目の真ん中で身元を晒す訳にも行かないので、レオンは繋いでいる手を離さない様に気を使う。

「今まで嗅いだ事の無い、いい臭いがする〜」
「ドラゴニアの料理にはスパイスが利いた物も多いですからね。どれも精力が付きますよ?」
「あそこの首飾り、ドラゴンの爪で出来てるの?」
「ドラゴンの爪は強力な魔力を持ってますから、魔法の道具を作るのに丁度いいんです」
エルの好奇心に対してイリーナは丁寧に答えてくれる。
生真面目な責任感は、護衛だけに向けられている訳ではないらしい。
「あたしの爪は、そんな感じはしないけど・・・」
エルは自分の指先を繁々と見つめる。
「自分ではあまり分からないかも知れませんね。それに、あの首飾りは単なる魔法の道具というだけでは無いですから」
「そうなの?」
「正しくは『番いの首飾り』と言って、ドラゴンが自分の爪を大切な人に身に付けてもらう為の物なんです」
「いいな〜♥やっぱりドラゴンの国はそういう素敵な物があるんだ〜」
街並みの一つ一つにも楽しそうにはしゃぐエルの姿を見ていると、エミールは最初から二人をドラゴニアへ旅行させるつもりだったのではないかとさえ思えてくる。
理由はどうあれ、ドラゴニアはラスティとエルにはよく馴染む国である事は確かな様だった。


イリーナに案内されて路地を曲がり、どんどん進んでいくのだが、次第に街の雰囲気が変わってくる。
用意された隠れ家にたどり着いた頃には、レオンは街の雰囲気に少々困惑していた。
隠れ家そのものは建物の一フロアを丸々使っており、一行で使うのには十分な間取りで、部屋の造りや調度品も粗末な物ではない。
しかし、窓の外は昼でもなお薄暗く、細く込み入った路地故に、道を挟んでいるはずの向かいの建物の壁は、驚くほど間近に見える。
その細く込み入った路地には、怪しさや如何わしさだけはよく伝わってくる、何ともつかない謎の店が軒を連ねていた。
街の雑踏からは程々に遠い為に、人混みによる喧騒は少なかったが、耳を澄ませてみれば近所の娼館や人気の無い路地からは微かに嬌声が聴こえてくる。
下町という言葉には収まらない、実に猥雑な街並みと言ってもいい。
ここはドラゴニア一のディープスポット、竜の寝床横丁でも殊更に深い地区であった。

「申し訳ありません。本来なら初めての客人を迎え入れる様な場所ではないのは、私達も分かってはいるのですが・・・」
「あー・・・いや、大丈夫。確かにこういう場所の方が何かと都合がいいから」
生真面目なイリーナは申し訳無さそうにしているが、この街が持つ独特の猥雑さが、何かと目立つ一行が紛れるのに有利なのは、レオンにも良く分かる。
それに、魔物連れでは無い者にとっては、ここまで来るだけでも一苦労なのだ。
なにせ、この街には独り者の魔物娘が大勢居るので、迂闊に迷い込めば瞬く間に餌食になってしまうだろう。
追手が魔物を否定している教団の人間である以上、この街並み自体が衛兵に囲まれた城塞にも匹敵する備えとなるのは明らかだった

「言いたい事は分かるけど、その言い方はここの住人に対して失礼ってもんじゃない?」
レオンが声のした方へ振り向くと、入り口に一人のワームが居た。
「ああ、ピーニャさん!すいません、先に皆さんを隠れ家に案内してから挨拶に行こうかと思って」
「別に気にしなくていいよ。あたしが勝手に来たんだからね」
後頭部で纏めた長い髪に豊満な体つき。パッと見には熟れた雌という言葉が連想される雰囲気だが、その面立ちには剽悍と言いたくなる様な、どこか荒々しさが秘められている。
このワームが、この地区をまとめているピーニャ・クラーナハだった。
「デオノーラ様から話は聞いてるよ。少しばかし胡散臭い場所だと思うかも知れないけど、住んでいるのは気の良い奴らばかりだから、安心して隠れていておくれな」
そう言って人懐っこく歯を見せて笑う表情にも、一片の獰猛さを感じさせるのは、やはりこの地区を取り仕切る者が持つ、気性の表れなのかもしれない。

「あんたが話に聞いた『ダブルドラゴンキラー』かい?華奢なわりに随分とタフなんだねぇ」
大した物だと言わんばかりにピーニャが顔を近付けて、ジロジロとレオンを観察していると、大事な物を取られまいとするかの様に、ラスティとエルが両腕にしがみつく。
「レオンは確かに元気だけど〜、わたしとエルで十分だから〜」
「あたしとママ以外にまで分けてあげる分はないの」
その必死な表情を見て、ピーニャは思わず笑い出してしまった。
「あんた達の大事な人を取りゃしないよ。これでもあたしは旦那持ちの身だからね」
笑いながらクシャクシャとエルの頭を撫でると、腰に手を当て改めてレオン達三人に相対した。
「竜が住み、竜が治め、竜と共に生きる者達の国、ドラゴニアへようこそ。異国の古き竜と、古き竜と共に生きる者を、私達は歓迎するわ」
ドラゴニアで生きる者達を代表して、ピーニャは三人に深々と礼を捧げた。


一方の主神教団である。
近年は魔王軍に押され気味であったにしても、悠久とも言える時代を重ねてきたこの集団は、少なくとも表面上は小揺るぎもしていない。
世界の秩序を担い続けてきた彼等にとって、魔王による脅威は潮の満ち引きの様に巡ってくる物だからである。
そんな主神教団も、舞台裏では細波が立ち始めていた。

にわかに穏健派の活動が活発化し、軍事行動の自重と民政の立て直しを訴え始めたが、それを不審に思った守旧派も対応して動き始める。
穏健派やツァイスの備えが緩かった訳では無いが、守旧派も教団内部の権力闘争を泳ぎ続けてきた百戦錬磨の集団である。
その動きの後ろにツァイスとラスタバンが絡んでいるという事を守旧派が掴むのは、そう時間がかかる訳ではなかった。
しかし、ここで守旧派はにわかに足並みを乱してしまう。
ツァイスを締め上げ穏健派の頭を抑えるには、件のドラゴンゾンビがラスタバンである事を証明しなくてはならないが、彼女の姿が生前とまるで変わってしまっている以上、生きたまま確保して証言させなくては証明する事ができない。
そして、ドラゴンゾンビを生きたまま捕獲する事が至難である事は、守旧派の人間も十分に理解していた。
だが、それが至難であるからこそ、守旧派の中で頭一つ飛び抜ける為の功績となる事もまた、彼等は理解していたのである。
かくして誰が言い出した訳でもなく、互いの連携を図るどころか足を引っ張りかねない様な有り様で、守旧派内のいくつかの派閥がそれぞれ別々に追手を放つ事となった。
内実はどうあれ、この一件の主導権を握る為に、表には見えない場所で守旧派も動き始めたのである。

もっとも、ラスタバンを生け捕りにすれば他の派閥から頭一つ飛び抜ける事が出来るなどと、誰が最初に言い出したのかという事も、守旧派は探るべきであったのだが。

17/04/20 23:18更新 / ドグスター
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■作者メッセージ
続きが遅くなってしまい、大変申し訳ありませんでした。
プライベートの方が忙しくなってきたので、ペースが遅くなると思いますが、最後までお付き合いいただければ幸いです。

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