読切小説
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掘炬燵と大福帳
大福帳と掘炬燵

チャッチャッ、チャカチャッ、チャッチャッ

算盤が一定の調子を刻む音だけが部屋に響く。
時折音が切れるのは、湯呑みのお茶で喉を湿らせているからだ。
月に一度繰り返される、いつもの光景。
右手に細筆、左手に算盤と大福帳。
そう広くもない掘炬燵で向かい合いながら、二人で黙々と一月分の商いの検算をしていく。

チャッチャッ、チャカチャッ、チャッチャッ

正確に言えば二人ではなく、一匹と一人だろうか。
いや、自分の嫁を一匹なんて言うのは駄目だろう。
炬燵の向かいで小鼻に眼鏡を引っ掻けて、一緒に算盤を弾いている彼女は刑部狸という狸の妖怪だ。
算盤を弾く音に合わせて、耳と大きな尻尾がチョコチョコと調子を刻んでいる。

チャッチャッ、チャカチャッ、チャッチャッ

彼女と所帯を持って二人で商いをするようになってから、売上は右肩上がりだから、検算も右肩上がりに増えている。
商いが大きくなるのは嬉しいが、何かご褒美を作らなければ検算は辛くなる一方だ。
だから、炬燵の上の蜜柑には互いに手を出さない。
蜜柑は検算を終えた後のご褒美だ。

チャッチャッ、チャカチャッ、チャッチャッ

出歩く人も途絶えた夜中に、二人黙々と算盤を弾いては紙に結果を書き付けていく。
「商いとは飽きないという意味だ」などと言う人もいるが、黙々と計算を続けるというのは飽きる飽きない以前の仕事だろう。
何か喋っていないと、かえって集中力が途切れそうになる。

チャッチャッ、チャカチャッ、チャッチャッ

「そういえばさ」
算盤を弾く指は止めずに、向かいの彼女に問いかける。
「いつも検算の時に眼鏡掛けているけど、ひょっとして老眼なの?」

チャッチャッ、チャカチャッ、チャッチャッ、ボコッ

頭めがけて蜜柑が飛んできた。
いくら相手が嫁殿と言えども、雑談の枕にしては失礼すぎたかもしれない。
湯呑みを投げ付けなかったのは、大福帳を駄目にしたくないという理性が働いてくれたのだろう。
投げ付けられた蜜柑で、算盤の目が壊れなかったのは幸いだったけども。

チャッチャッ、チャカチャッ、チャッチャッ

「これ掛けてると計算に集中出来るだけや」
向こうも算盤と大福帳から目を話さずに答えてくれる。
良かった、機嫌は悪くなさそうだ。

チャッチャッ、チャカチャッ、チャッチャッ

互いに検算の山場は越えて、残り四半分といった所だろうか。
すぃ、とお茶で喉を湿らし、再び大福帳に向かう。
と、不意に太股の間へ何かが潜り込んできた。
「ひゃっ?!」
取り落としそうになった筆を、すんでの所で持ち直す。

チャッチャッ、チャカチャッ、チャッチャッ

掘炬燵の中でするすると爪先らしい感触が上下している。
「年寄り扱いした嫁の爪先はどうや?」
彼女の方を見れば算盤を弾く指先は乱れず、視線も算盤と大福帳に落としたまま。
でも、口端は既に好色そうに吊り上がっている。

チャッチャッ、チャカチャッ、チャッ、チャッ

「・・・年寄り扱いなんてしてないけど、僕よりずっと歳上なのは確かだろ?」
「そういう事を言うてる訳や無うてやなぁ」
反応するのも何か悔しいので、こちらも算盤を弾く指を休めずに検算していくが、下帯の中はどうしても膨らんでいく。
そして、その膨らんでいく物の形を確かめるように、彼女の爪先は更に絡み付いてくる。
くしくしとした荒い摩擦だけかと思えば、磁器を愛でる指先のように繊細に。

チャッチャッ、チャカチャッ、チャカ、チャカ

「んー、だんだん下帯がヌルヌルして来とぅけど?」
自分でも分かっている。
下帯には滲み続けたぬめりが染み出し、爪先の感触はくしくしからヌルヌルに変わり始めていた。
「古狸の爪先に弄られるだけでこんなに期待しとぉなんて、普通に見えて変態さんやったかな?」
彼女の方をもう一度チラと窺うと、算盤を弾く指先が止まっていないだけで、上気した顔は隠しきれない淫らな笑みを浮かべ始めている。

チャッチャッ、チャカ、チャカ、チャッ、チャカ

もうここまで来てしまったら、半ば互いの意地の張り合いだ。
検算を進める指先は何としても休めない。
その代わりに、彼女の下腹へこちらも爪先を押し付ける。
「っ?!そういうとこ、やっぱりあたしの旦那様やなぁ」
普段から下帯を着けていない彼女の下腹で、自分の爪先がぬるりと滑るのが分かる。
爪先で僕の下腹を弄っていただけで、既に座布団まで湿らせるほど濡らしてしまっていたらしい。

チャッ、ヂャカ、チャカヂャカ、チャッチャッ

互いに息は不自然に乱れ始め、算盤を弾く指先も時折乱れるけれど、掘炬燵の上と下で驚くほど器用に二つの仕事をこなせている。
ゆっくりと爪先を上下させると、彼女の薄い下生えのチャリチャリとした感触が足の裏に伝わってきた。
下生えとは明らかに違う突起の感触も微かに伝わって来始めた時、不意に彼女の方も行動を起こした。
「?!」
爪先を下帯に引っ掛けると、一気に下帯を手前に引っ張って緩めてしまったのだ。
当然、下帯の内側に彼女の爪先が、すぐに潜り込んでくる。

ヂャッ、チャカ、ヂャカチャッ

裏筋に彼女の足指が這い、足指に挟まれて擦り上げられる感触に、我を失いそうになりながらも検算だけは辛うじて続ける。
それに、彼女の方も限界が近そうに見える。
さっきの刺激で足を突っ張った時、こっちの爪先も彼女へ深く押し込まれてしまったらしい。
親指の腹から伝わってくるのは、肌とは明らかに違う肉の感触。
考え無しに爪先を動かすと、炬燵布団越しにも聞こえるほどに泡混じりの液体を捏ね回す音がする。

ヂャッ、ヂャカ、ヂャカヂャッ

指先と爪先が揃って同じ調子を刻む。
擦られている互いの身体も同じ調子で応えていく。
目の前の算盤を弾けば、彼女の身体も反応する。
もう、弄っているの爪先だけじゃない。
算盤を弾くだけで、互いの身体が快感に震える。

ヂャカ、ヂャッ、ヂャカ、ヂャッ

大福帳の最後の行が目に入る。
もう検算が終わる。
もう意地を張る理由が無くなる。
もうこの快感に抵抗する理由が無くなる。
もう、終わる。

ヂャッ、ヂャカ、ヂャッ!

算盤を弾いていた音が止むと同時に、互いに炬燵へ突っ伏してしまった。
爪先へ何かが噴き出す感触があったけど、彼女も同じ感触を感じたかもしれない。
回らない頭のまま彼女の方を見ると、傾いだ眼鏡を辛うじて小鼻に引っ掛けながら、蕩けきった顔で放心していた。
こういう表情、可愛いな。
やっぱり彼女と一緒になってよかった。
「・・・一緒になる時は、ここまで変態さんやとは思わんかったんやけどなぁ・・・」
目の前の蜜柑を口惜しそうにコロコロと指先で転がしてる。
「・・・商いに支障が出ない限り、気持ち良かったら何でもいいって、いつも言ってたと思うけど?」
「・・・確かに気持ちええけど、こんなんが癖になってしもたら、来月から勘定が合わんなるやんかぁ・・・」
「あー・・・それはどうしたもんかね・・・」


・・・結論から言ってしまうと、僕らは一つも損をする事はなかった。
あの最中でも二人とも検算だけはしっかり行っていたという事実には、感心を通り越して互いに呆れるしかなかった。
ただ、正確に言えば、一つだけ損が出た。
色々な汁でぐちゃぐちゃになった炬燵布団と座布団だけは、さすがに新しい物を買わなければならなかったから。
もっとも、元の炬燵布団一式は「こんなええ匂いが染みた布団は、来月の検算の時にも使ぅに決まっとぅやんか?」という彼女の一言で、今も大事に仕舞われているのだけれど。

17/01/22 19:57更新 / ドグスター

■作者メッセージ
掘炬燵は中に潜ると命に関わるので爪先オンリーに。

適当関西弁なので、発音が変なのは御容赦をm(_ _)m

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