連載小説
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第3話:宵闇の、急襲

 ――騎士団長・デュラハンの夜は、短い。

 騎士団長の仕事は議場に留まらない。

 時には兵舎の外で部下と共に訓練を行い、時には市街に出て巡回を行う。

 それらが終わる頃には既に日は沈んで久しく、夜も更けてきたかという時間になっていた。

「団長、今日の業務は以上になります」

「む、そうかッ。アヌビス君もご苦労だったな」

「いえ。では、明日の予定の確認ですが……」

「おっと、それは問題ない。その君の手元の資料に書かれているのだろう? こちらに貸してくれたまえ、私のほうで勝手に読んでおくさ」

「しかし、団長」

「なあに、心配は要らない。君も疲れたろう、今日はぐっすり休むといい」

「しかし…………では、団長がお読みになる間のお茶を淹れて参ります」

「はっはっは! かなわないな、君にはッ」

「ご謙遜を。こちら、お茶になります」

「さすがアヌビス君、相変わらず準備が良いな。ふむ…………良い香りだ。また変わったハーブを仕入れたようだな?」

「お分かりになりますか」

「無論だ。いつも飲んでいるものと違えば、誰だって気付くさ。これは……ペパーミントかな?」

「団長。それは」

「む、もしやレモングラスあたりか?」

「団長。それは――――ほうじ茶です」

「………………そうか」

 それは予想外に、お茶だったな……。

 そんな団長の言葉とその時の微妙な表情が、非常に印象的だった。

 ちなみに、緑茶もほうじ茶もチャノキ由来であり、チャノキもハーブの一種ではあるので、決して団長の言葉は間違ってはいないことを明記しておく。

 しかし、一般的にはお茶はハーブとは呼ばない。







 執務室に静かな時間が流れる。

 響く音といえば、時おりカチャリとソーサーにカップが戻される小気味よい音と、団長が資料のページをめくる音のみ。

 就寝前の時間というのは、団長が迫る仕事に追い立てられることのない貴重な時間である。

「……ところで団長、お伝えしたいことが」

「む、何をだ?」

「ここ数日ほど、深夜になると街で不法侵入が発生しているようです」

「な、なにッ!?」

「毎夜に一軒程度の頻度ですが、昨日被害届が出されたために発覚しました」

「た、大変じゃないか。一体どういった届け出だったんだ?」

「はい。侵入された家宅に住む夫妻の、妻の側から提出されたものですが……。『寝ていた自分の夫が夜盗に奪われかけた。自分が気付くと、夜盗は逃げていった』と」

「な、なんということだッ……! この街でそんな大事件が発生していただなんて! 男を狙うのだとすると、そいつは魔物か?」

「現時点ではそう考えられています。そして聞き取り調査から、犯人の姿もある程度絞られました」

「そうか……。それは、どのような?」

「まず第一に、鎧を着込んでいたようです」

「なるほど、鎧か。鎧の模様は?」

「暗闇であったため、柄までは見ていないと」

「ふむ」

「第二に、腰に膨らんだ大きな袋のようなものを提げていたと」

「袋か。男を攫おうとするならば、その袋に入れるのだろうな」

「いえ、袋はそれほどの大きさではないようです」

「ふむ」

「第三に、これが重要なのですが……。犯人は、どうやら鎧だけで動いていたようなのです」

「な、なんだって?」

「被害届を出した者の話によれば、闇の中で僅かに見えた人影は、まるで鎧だけが動いている見えたと報告されています」

「そうか……。つまり魔物の中でも、実体が無いか、あるいは見えづらいタイプの魔物の犯行ということだな?」

「可能性はあります」

「ならば、リビングアーマーや、ゴーストのような魔物が相手として考えられるな?」

「霊体型の魔物の可能性はあるかと」

「ふむ、なるほどな。鎧姿だと言われた時には私も該当していたのだがな、はっはっは! さすがに私は霊体ではないし、袋など持っていないからな。そして、仮面も付けている!」

「そうですね」

「……だが、私も魔物だ。犯人の気持ちも分からなくはない。きっと独り身に耐えかねて夜襲を行い、侵入した先が既婚者であると気付いて慌てて逃げ出したのだろうさ。アヌビス君、捕まえても寛大な目で見るべきだろう」

「分かりました、覚えておきます」

「よし……では、明日の予定確認も終わった。ごちそうさまだ、今日はお互い休もう」

「お粗末さまでした」

 空になったティーカップを盆に載せ、挨拶もそこそこに給湯室へと向かう。

 明日の朝も早い。

 騎士たるもの、休める時に確実に休んでおくのも仕事だというのが団長の言である。








 そして、深夜。

 兵舎に満ちた夜の帳は、人の気配を感じさせない。

 伴侶でも居ればそこは魔物娘、行為の一つや二つもするのだろうが、兵舎住まいは独身の魔物のみが対象であり、夫婦になったものは外に出て自分の家を持つ必要がある。

 建物が静まりかえっているのも、理由の一つにはそれが挙げられるのだろう。

 しかし完全に無音かと言われれば、そうではない。

「……………………そろ〜り、そろ〜り……」

「そこに居るのはどなたですか?」

「ピャッ!?」

「団長でしたか」

「――あ、ああ。水を飲もうと思ってな?」

「外の井戸ですね。私が持って参ります」

「あ、いや、不要だッ! …………いや、やはり頼む。持ってきてくれ」

「分かりました」

「うむ。ゆっくりで構わんぞ、足元が暗いしな。ゆっくりで」

「では、こちらをどうぞ」

「仕事が早いなッ!?」

「いえ、まだまだです」

「……んぐっ、んぐっ…………ぷはっ。助かった」

「いえ、どう致しまして」

「いやはや、夜中に喉が渇くことほど厄介なものはないなッ! 水を飲んだら飲んだで、なんと言うか、どうにも催してしまうな。……私は少し、花を摘みに行ってから戻るとするよ」

「花、ですか」

「こらこら、あまりそこは深く聞くものではないよ。ではアヌビス君、私はこれにて……おっとっと」

「団長。何か落ちましたが」

「ああ、これか? 気にしないでくれ」

「紐のついた小型の袋のように見えましたが」

「最近は、少し首のすわりが悪くてな。寝る時にはベッドの横にこれを提げて、首を入れていたりするのだよ」

「団長。鎧を着ているようですが」

「これか? バレては仕方ないな。少し目が冴えてしまって、鎧を込みで鍛錬でもして身体を動かそうかと、そう思っていたのだよ」

「団長」

「どうかしたかね?」

「そうなるとなぜ、身体を黒く塗り、頭を外しているのでしょうか? とても準備の良い鍛錬、いや――――『花摘み』ですね」

「さらばだアヌビス君ッ!!」

「……魔力念話にて各員に通達。容疑者は兵舎の南側窓を破り逃走した模様。南方面に待機していたオーガ、リザードマンを中心に包囲せよ」

「な、なぜバレたーーーーッ!!」









 容疑者はすぐに現行犯で捕縛され、深夜のうちに兵舎の留置所へと移送された。

 翌朝から取り調べを開始したところ、身体を黒く塗って闇に溶け込ませる工夫をしていたこと、外した首は袋に入れて移動や侵入の際に利用していたことなどから、計画性のある犯行であったことが判明した。

 また犯人からは、『悪気はなかったが、反省はしている。だが、お前たちもこの気持ちは分かるはずだッ』という、意味不明の供述も記録された。

「……本日の朝より、団長は手首に鎖を装着し、一定期間団員の持ち回りで監視を受けつつ通常業務を遂行することが決定されました」

「なぁっ!? それはさすがに横暴ではッ!?」

 我が魔界軍第三騎士団の長は常々言っている。

 我々は魔界の平和を守る存在であると。

 街の治安を我々が形作るのだと。

「横暴ではありません。規定事項です。さあ、この仮面と鎖を身に付けてください」

「くぬッ! こ、これしきで私は屈しないッ! いつの日にか素敵な旦那様を……ッ!!」

「…………はっはっは」

 ――そう、我々は決して悪に屈しない。

 今後とも、団員の抜け駆けには厳しい姿勢で臨む所存である。
 もちろんそこには、一切の例外はない。


 そうしてデュラハン騎士団長と、彼女が率いる団員たちの戦いは、まだまだ続くのだ。


 いつの日か、魔界に平和が訪れることを願って。


17/04/11 19:43更新 / しっぽ屋
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■作者メッセージ
――皆様、どの時点でお気付きでしたかッ……?
――ひとまず、お話はこれにて完ッ……です!

騎士団長の勇気が魔界を救うと信じて……!!

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