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第2話:引き裂かれる、世界

 ――騎士団長・デュラハンの昼は、遅い。

 毎日、朝食もそこそこに切り上げて仕事に取り掛かっている騎士団長。

 しかし、騎士団に求められる仕事は日々多く、そして次々と舞い込むことが常である。

 直前の審理が長引いたため、今日の昼食に充てる時間は大幅に遅れてしまっていた。

「団長、昼食をお持ちしました。……執務室に戻る時間はないため、この議場でお召し上がりください」

「ありがとうアヌビス君、だが、君は?」

「私は不要です。団長のをお持ちする際に、既に食べ終えております」

「ふむ、そうか。おっと、今日はサンドイッチか!」

「本日の調理番であったオーガの選択した献立です」

「カラフルで見栄えが良いな、これはッ。彼女は気性のわりに意外と手先が器用だからな、はっはっは! ……私もこれくらいなら作れるかな?」

「団長はまず、パンをしっかり縦にスライスするところから練習が必要かと」

「うん……そうだな。いただきます」

「はい、お召し上がりください」

「むッ! サンドイッチが口の前で弾かれる!?」

「団長」

「これは、これは一体どうしたことだッ!?」

「団長、顔に付けたマスクを外してください」

「………………ははは、君を試していたのだ!」

「そうですか」

 そうして団長は珍妙なデザインの仮面を上に少しズラして、昼食を摂り始めた。

 仮面を完全には外さないのは、一度付けると決めた約束を反故にしないためである。

 大変立派な考えだ。先ほど厨房に行った時に私を見て大笑いしたオーガにもその点は見習わせたい。

 そう言ったところ、こちらを振り向いた団長にも大笑いされてしまった。

 なので、決して腹いせということではないが、団長が食事を終えていないうちに次の審理を始めることにする。

「時間もないため、待合室から次の用件の関係者をお呼び致します」

「ちょッ」







「では、お入りください」

「おおお、待っとったぞ! ようやく呼びがかかりおったか、まったく、我を待たせるとは困ったものよ……」

「ふむ、今度はバフォメット殿か。……もご」

「なんか食べとる!? しかもなんじゃその、くそダサい仮面は!?」

「バフォメット殿、くそダサいなどと言ってはならんッ! これを悪く言うことは、リリム様に反意があるものと受け取るぞ!」

「なんでじゃ!?」

「反省の心あらば、ここから退出する際には入り口で同じ仮面を受け取って帰るように」

「い、いやじゃ!? 要らんぞ、そんなもの!」

「それはさておきバフォメット殿、今日はどのような用件で参られたのかな?」

「う、うむ、そうじゃな……! 実は、我の部下達のことなんじゃが……」

「部下というと、貴殿の治めるサバト支部のことかな?」

「そうじゃ! 実はそれで困っておる!」

「なるほど。アヌビス君ッ、調書はないようだが?」

「バフォメット様は今回、事前の申請をなさらずにこちらに参られました」

「飛び込み案件か、なるほど」

「そ、そこは済まないと思うておる!」

「いやバフォメット殿、問題はないぞ。臨機応変に対処してこその騎士団だ。ただ、帰り際には仮面を2枚持って帰るように」

「増えとる!?」

「では、バフォメット殿。かいつまんででも良いので、今回の用件を話して戴けるだろうか?」

「わ、分かったのじゃ。……かれこれ2週間ほど前からな、少し問題が起きておってな。ほれ、うちのサバトにおるファミリア、覚えておるかのう?」

「ああ、無論覚えている」

「あやつが最近そのな、我と距離が近いんじゃ」

「距離が? 部下と上司の距離が近い、それだけ聞けば悪いことではないと思うが?」

「う、うむ。だが、なんというかあやつ、我と近すぎるのじゃ。朝起きればすぐに寄ってくるし、我のサバトの説法の時は一番前の席に寄っている。昼食もおやつも、ともすればお風呂や就寝の時も一緒に居ようとしよる」

「ふ、ふむ…………?」

「正直、息苦しゅうてかなわん! もうあれじゃぞ、ヘタすると我の履く下着のローテーションまで把握されておる!」

「それは困るなッ」

「じゃろう!?」

「ならば…………アヌビス君ッ!」

「はい。関係者と目されるファミリア様と、ついでに魔女様を既にこの議場へ召喚しています」

「ふむ。さすがの仕事の早さだ」

「いや、なぜ呼んだ!?」

「それはもちろん、話を聞くためだ。さて、追加の関係者をここへ!」







 難題の予感を感じた我々は、先んじて手を打っていた。

 新たに入ってきたのは、バフォメット様の下でサバトに属するファミリア様と、魔女様。

 ファミリア様は扉から入ってくると、途端にバフォメット様の元へ走り、抱きついた。

「バフォメット様ー! どうして私に相談せず、出かけちゃったんですかー!?」

「うわ、引っ付くでない! く、今日はお前さんのことで相談に来ていたのじゃ!」

「えー!? そんな、ヒドーい! なんでですかぁ?」

「ファミリア君、離れたまえ。君の方からも聞きたいことがあって呼ばせてもらった。魔女君もこちらへ」

「えっと、ボクもですか……?」

「そうだ。ではファミリア君、なぜここ最近、バフォメット殿にやたらとくっ付こうとしている? 話してもらおう、隠し事をするとためにならんぞ?」

「えー? それはも・ち・ろ・ん、バフォメットを愛しているから♥ に決まってるじゃないですかー☆ キャッ!」

「ぶふっ!? それはまことか、ファミリアよ!?」

「はい♥ まさかこんな場で言わせられるなんて、思ってませんでしたけどぉ☆」

「く、ならば毎晩毎晩、我のベッドに来て入り込もうとするのも?」

「はぁい☆」

「部屋を留守にして戻ってくると、いつもファミリアが部屋に入っていたのも?」

「愛ゆえに、ですぅ☆」

「バフォメット殿、おめでとう。ほらアヌビス君も」

「おめでとうございます」

「では、これにて審理を終了する! 解散ッ!」

「え、ま、待つのじゃ!! 終わりか!?」

「もちろんだ。何を話すことがある?」

「だ、だって困るじゃろう、こんなの!? 我はノーマルじゃ、ちょっと歳上がタイプなだけのノーマルじゃ!!」

「そうは言っても、ファミリア君の想いを無下にしてしまうのか? おめでとう」

「おめでとうございます」

「くっそー、他人事だからとおめでとうばっかり言いおって! 変な仮面かぶっとるクセに!!」

「――――ま、待ってくださいっ!」

「……む、魔女君か。どうかしたのかな?」

「その……ボクは見てしまったんです! ファミリアさんはウソをついています!」

「なにッ!?」

「ぼ、ボクは、見ましたっ……。ファミリアさんが、バフォメット様のいない時に部屋に入って、こっそりバフォメット様のお菓子を食べていたのを……」

「なんじゃと!?」

「あっ、魔女ちゃんひどーい! バフォメット様、私はそんなコトしませんっ!」

「ファミリアさん、もうやめましょう……。バフォメット様、ファミリアさんがいつもくっ付いていたのは、バフォメット様の生活リズムを把握するためですっ! 気をつけてください!」

「ななな、なんじゃってー!!」

「なるほど……それが真ならば……。ファミリア君、君からは何か言うことはあるか? 正直に言いたまえ」

「…………そ、そんなっ……!」

「む?」

「……そんなっ、まさか魔女ちゃんもバフォメット様のことを愛していたのねー! だから、私のことをバフォメット様の前で悪く言うんでしょうっ!!」

「え、ファミリアさん!?」

「なんじゃとーー!?」

 事態は我々の前で、急転直下を迎えた。

 それからファミリア様と魔女様は互いの意見を認めず平行線になり、間に挟まれたバフォメット様はオロオロするばかり。

 議場が騒然としかけたところで、一つ大きな声が上がった。

「全員、静粛にッ!! 皆、聞いてくれ――」
 
 そう、立ち上がったのは……。

「――――私に、いい考えがあるッ!」

 我らが騎士団の長、デュラハン団長である。







「………………」

「………………」

 場の空気は打って変わって、静まり返っていた。

 議場の真ん中に立っているのは、バフォメット様。

 それと向かい合うのはデュラハン団長。

 バフォメット様の両脇から少し離れた位置には、それぞれファミリア様と、魔女様。

 そして…………。

 バフォメットの左右の角には、綱が巻かれていた。

「なんじゃ!? なんなのじゃ、これは!?」

「バフォメット殿、私は考えた」

「なにをじゃ!?」

「愛とは、たとえ強引な手を使ってでも勝ち取ろうとするものだ。そして、これはファミリア君と魔女君の愛の深さを知るための装置」

「なぁ!? まさかあれか!? この両側の綱をこやつらに引っ張らせるとかそんなノリじゃなかろうな!?」

「2人とも、それぞれ近い方の綱を持ってくれ」

「や、やめれ!! そんな強引な手(物理)みたいなのはやめるのじゃ!! というか、さっきの話しからしてファミリアの方はなんかウソくさいぞ!」

「えー☆ そんなコトないですよぉ?」

「ほれ見ろ怪しいじゃろ!! あ、こやつ躊躇なく綱を持ちよった!」

「あの、ボクはどうすれば……? バフォメット様、これ、痛くはないですか?」

「魔女、おまえいいヤツじゃな!!」

「ありゃ、魔女ちゃん魔女ちゃん。あなたのバフォメット様への敬いはそんなものなのかーい?」

「え、ファミリアさん……?」

「いいのかい? そんな奥手な感じだと、私がバフォメット様をもらっちゃうぜぇ……?」

「………………っ!!」

「やめれ! なんでそこでファミリアの口車にのってキリッ! みたいになるんじゃ魔女よ!!」

「では、時間もないので始めようッ!」

「デュラハンきさま!!」

「よし…………両者、引っ張れ!」

「えーいっ☆」

「え、えーいっ……?」

「ああっ、あにゃにゃにゃにゃにゃ!!」

「……や、やっぱりムリですよぅ!」

「バフォ様キャーッチ!!」

「なるほど。魔女君が手を離してしまったか」

「助かったぞ魔女よ! ほれ見ろ、魔女のほうが我を思いやってくれおった! 魔女のほうが正しかったのじゃ!」

「うむッ!! 勝者、ファミリア殿!!」

「どうしてそうなる!?」

「バフォメット殿…………ご存知か?」

「な、何をじゃ?」

「力は、何にも勝るのだ」

「こやつ脳筋!! 脳筋がおるぞ!!」

「それでは、これにて審理を終了する! 解散ッ!」

「さーバフォメット様☆戻って愛を育みましょーね♥」

「い、いやじゃぁぁぁぁ………………」

「ファ、ファミリアさん! バフォメット様! 待ってくださいー!」







 そうして、午後の最初の仕事は終わった。

 彼女達はそれぞれ出口で仮面を2枚ずつ持たせられて帰宅し、我々は議場に残った。

「アヌビス君。情愛や親愛に限らず、愛とは…………難しいものだな」

「そうですね」

「時には二者択一になってしまうこともある。片側を選んで、後になって後悔することもある。それはきっと人間にとっても、魔物にとっても無縁ではないのだろう」

「心に留めておきます、団長」

「アヌビス君。もし、だが…………いや」

「なんでしょうか」

「そうだな…………何かあった時には、君は私を選んでくれるのかな、と思ってしまってね」

「団長」

「ははは。私のガラじゃないな、これは」

「団長のことは、尊敬しております」

「……ならば、一生この仮面を付け続けて私を選ぶか、外して私を見捨てるかだったら、どちらを選ぶ?」

 そんなの決まっている。

 もちろん………………。

 もち…………。

「さて、次の審理を始めましょう」

「アヌビス君ッ!?」
17/04/10 18:43更新 / しっぽ屋
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■作者メッセージ

――こんなでも、サバト組は実際は仲良しッ……!!
――ズッ友だょっ……!

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