連載小説
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開戦前夜
 
 おナベが後ろでくつくつと煮えている。

 赤い窓から、カラスの鳴き声が遠く聞こえる。

 たまに紙にエンピツを走らせると、カリカリと小さな響きが居間に広がっていく。

 とても静かで、考えごとがはかどりそうな時間。
 ぼくの好きな時間のひとつだった。

「ただいま。戻ったぞ」

 あ、姉さんが帰ってきた。

 玄関からの凛々しい声を聞いて、メモを自分のポケットにしまってイスから立ち上がる。

 ほどなくして、ぼくのいるダイニングキッチンにつながるドアが開いた。

 ひょこっ、と金色の髪と黒い片角が廊下から部屋の中を覗く。
 そのままくるりとこちらを向いた。

「今日は……誰も遊びに来ていないのか、スズ?」

 マジメそうな表情としっかり着こなしたレディーススーツに対して、どこかキョロキョロと周りをうかがうような様子のギャップ、それにすこしだけ笑ってしまった。

 だれも来てないよ、と答える。
 ついでに、きょうのゴハンはビーフポトフを作ってみたよ、とも。

「そうか…………そうか」

 二度ほど深くうなずいてから、首がひっこむ。

 バタバタっと階段を上がる音と二階の部屋のドアが閉まる音がしたのは、そのすぐ後。

 さらに、上からドタタッと走り下りてくる音。

 そして部屋の中まで足音が勢いよく入ってくると、おナベに向かっていたぼくは後ろから思いきり抱きつかれた。

「うあぁぁ〜〜! もう疲れたぁぁ、スズぅ〜!!」

 ドン、と押されてオタマを取り落としそうになる。
 あぶないよタツねえ、とあわてて声をかける。

「ふぁぁ……ふぁぁぁ、あふぁ……ふぁぁっ!!」

 だめだ聞こえてない。
 今の姉さんは、ふあふあ言いながらぼくの背中に頭をグリグリこするだけのマッサージ機じみたナニカになってしまっている。

 これでは作業ができない。
 たまにツノも当たってちょっと痛い。

 火を止めて後ろを向く。

「スズぅ……私なぁ、これでも頑張ってるんだぁ……! なのになぁ……あのガンコ主任、なんどもなんどもデザインの修正かけてきてなぁ……ふあぁぁ……!」

 ピシッと背すじをのばせば少なくともぼくよりは30センチは背が高いであろう女の人が、ぼくのおなかに向かってシャツ越しにふにゃふにゃと泣きごとを言っている。
 本当に泣いてはいない、と思うけど。

「ふぁぁ……! ゴト姉は気が向いた時にしか仕事してくれないしぃ……トラとスナは元から戦力外だしぃ……」

 戦力外とはひどい言いかたな気がしたけれど……でも、よく考えたらその通りかもしれない。

 今こうしてひっつき虫になってしまっているのが、ぼくの姉さん。
 4人の姉さんたちのうちの1人、タツねえだ。
 キマイラである姉さんの中で、ドラゴンにあたる。

 いつもは姉さんたちの中でもすごくしっかりした人で、お役所の手続きや町内会のお仕事とかの外向きの用事なども一手にこなす、カッコいいオトナな女の人……なのだけれど。

 下を見る。

「もう私はダメだぁ! ダメダメだぁ……!」

 シャツと下着以外を自室に脱ぎ捨ててきて台所の床にヒザをついて、ぼくのおなかに顔をうずめている今の姉さんは、少し…………いや、かなり、カッコいいドラゴンとは言いにくい感じだった。

 これは、あれかな。
 たまにタツねえがなってしまう、トラねえが"あまえんぼトカゲ"と名付けてからかっているあの状態になってるみたいだ。
 一応タツねえ本人が言うには、甘える相手は選んでいるらしいけど。

「スズぅ……! あぁぁぁ、スズぅ…………ずびっ」

 選んでいるというか、スズ――つまりはぼく限定で、こんなふうにひっついてくる。
 他の人の見ていないところ、という条件付きで。

 あと今、ハナミズをかまれてしまった気がする。
 エプロン着てて本当によかった。

「……………………っ!! ずずっ!」

 だめだ離れてくれない。
 やんわり頭を離そうとしたら、思いのほか強い力で抵抗されてしまった。
 一瞬、前にTVでみたアメリカンフットボールの試合を思いだすくらいの力強さだった。
 そして、また鼻をかまれてしまった。
 
 姉さん、夢がかなって広告をつくるシゴトについた時には喜んでいたけど、しばらく経った最近は少し悩んでいるらしい。
 タイジンカンケイ、って言うんだっけ?

 押しつけられてくしゃくしゃになっていた、普段はきっちり整えられている金の髪をなでる。
 ついでに、よしよしと言ってみる。

「スズぅ……ありがとぉスズぅ……あぁ癒されるなぁ……なんだか香ばしい、スズのいいにおいもするなぁ……」

 たぶんそれはぼくじゃないと思う。
 後ろの料理のにおいだと思う。

 しかしこのままではずっとゴハンの時間にならないし、エプロンが涙やその他もろもろのなにかでさらに汚れてしまうかもしれない。

 まずはタツねえに立ち上がってもらわないと。
 いろいろな意味で。

 タツねえ、ほら、起きて?

「や! 私、もっとこうしてるんだい!」

 …………いつもは、本当に立派な人なんだ。
 本当に、本当なんだ。

 首を横にふられ、頭もグリグリ。
 片側だけはえてるツノもゴリゴリと当たる。
 これがさっきから地味に痛い。

 ……ほら、タツねえはドラゴンなんでしょ?
 強いドラゴンなら、きっとそれくらいの悩みなんてバーンとはね返しちゃうんじゃない?

「……そ、そうだ……私は気高きドラゴン……スズの頼りになる姉さんなんだ…………」

 あ、ちょっとはげましの効果が出てきた。
 グリグリが止まってる。

 ぼ、ぼく、タツねえのことは働きものだし、マジメだけれど優しいし、すっごくカッコいいと思ってるよー?
 そんなカッコいいタツねえが見たいなー?

「……カッコいい私のこと、スズは好きか?」

 それはまあ………その、うん。

「…………………………キライか……?」

 そ、そんなことないよ!

 大好きだよ、もちろん!
 すこし恥ずかしかったから口ごもっただけ!

「うむ…………うむ、うむ! そ、そうだぞっ! 姉さんは強いんだからな! ドラゴンはこれしきでヘコたれないんだ!」

 キュッ、と床をならして立ち上がるタツねえ。
 グッと両方のうでを天井に届くくらいに上げてみせる。
 背すじがピンと張り、いかにも堂々といった感じ。

 よかった、元気になってくれたみたいだ。

「あのリャナンシーの主任、今度また文句言ってきたらビンタかまして火を吹いてやるぞ! 火を! ゴォッとな!」

 ちょっと元気になりすぎじゃないかな?

「ありがとうな、スズ! 元気が出てきたぞ! さ、スズの用意してくれた晩餐、冷めないうちにいただこうじゃないか!」

 …………ま、まあいいや。
 
 ワイシャツにパンツが1枚なカッコもいつも通りといえばいつも通りだし、まあそれもいいや。

 じゃあ、ゴハンよそっちゃうね。

「うむ、配膳ぐらいは手伝わせてくれ」

 ぼくがお皿によそって、姉さんが運ぶ。
 2人で準備をすればあっというまで、すぐに晩ゴハンの時間になってしまう。

 しかしテーブルを見ると、どうもお皿の置かれかたというか、位置がヘンだった。
 テーブルの一方にだけお皿が集まっている。
 いや、よく見るとハシも姉さんとぼくのハシがまとめて置かれている。

 …………タツねえ?

「さあさあ、早く座ってくれ!」

 お皿の集まった側の席に座ったタツねえが、ぽんぽんと自分の太ももをたたく。

 ……いや、もうぼくそこまで小さい子じゃないよ?

「なにを言ってるんだ、スズはまだこーんなに小さいだろう! ほらっ!」

 力強く手を引かれて、はずみで姉さんのヒザの上に座ってしまう。
 すると自分の考えに反して、ぼくの体はカンタンにタツねえの左右の腕のあいだにおさまってしまった。
 ズボンの下から、じんわりとタツねえの太ももの温かさが伝わってくる。
 なんとも言えない恥ずかしさ。

「はぁぁ……本当にスズは小さくてかわいいなぁ……癒されるなぁ…………はぁぁ」

 頭をなでくりなでくり。

 姉さんは体がおっきいし、ぼくは逆に学校のクラスの中でも背の順で前のほうだしで、こうすると本当にオトナとコドモのような感じになってしまう。
 もっと早くぼくの体、大きくならないかな。

 頭上からタツねえの声が降ってくる。

「ふふ。姉弟なのだ、そんなに照れることはないだろう? まったく、どうしてこうも母性が刺激されるのか……。もうなんだか、スズを食べてしまいたいくらいだ」

 ……ドラゴンであるタツねえが言うと、本当のように聞こえてしまうのがこわいところだ。

 そして、後ろからギュッとされたかっこうのままゴハンが始まってしまった。

「では、いただきます! ……うむ、おいしいっ!」

 器用にぼくの横から顔を出し、鳥の手羽先やポトフを食べているタツねえ。
 たまにほっぺが当たると、スリスリとほおずりされてしまう。

 あまりお行儀はよくないけど、こんなにおいしいおいしいと言って食べてもらえると、注意をする気もなくなってしまう。

「おジャガがよくスープに馴染んでいて、口の中で溶けるようだ……! 腕を上げたなぁ、スズ! んー、よしよし❤」

 食べて、あれこれと感想を言って、たまにハシを置いて後ろからギュッとされて、頭をなでて、そしてまた食べるのを繰り返す姉さん。

 ……まあ、これでタツねえが元気になってくれるなら、ぼくはいいや。

「む、スズ、箸が進んでないぞ? あぁなるほど、おねえちゃんに食べさせてほしいというワケだな? ほら、あーん……っ❤」

 むぐ。

 おいしい。

 でも、やっぱりこれは恥ずかしい。
 あかちゃんじゃないんだから。

「なーにを言ってるんだ、私はおまえがオムツしてた時から面倒を見てたんだぞぅ? これからもずーっと姉さんはスズと一緒だからな!」

 十歳も年が上な姉さんの言うことだから、きっと本当の話なんだろう。

 言葉にできない恥ずかしさに身をちぢこまらせていると、肩といいおなかといい、体の全体を包むように抱きしめられる。
 背中にあたる、ふにっとした感触がこそばゆい。

「あんな小さかったスズが大きくなって、こーんなにおいしい料理まで作れるようになって……」

 頭の上にアゴをのせられる。

「……するといつの日か、外に嫁いでいってしまうのだろうか…………?」

 そしてなんだかおかしなコトを言いだした。

 どうしてそこで、しんみりとした雰囲気を出してしまうのか。

 ぼくは男だから、トツぐというのは違うだろうし。
 ……背は小さいし髪も長いからまわりの人に間違えられることはあるけど、それでも少なくとも、ぼくは男子なんだから。

「……やらん! やらんぞ! ぐぬぬ、スズをどこぞのウマの骨になんかやるものか! ドラゴンは決して自分の財宝を手放したりしないのだからなっ」
 
 いたっ、いたたたっ!?
 タツねえっ、痛い痛い!!

「あ、すまない! つい腕に力が入ってしまった」

 キマイラ、その中でもドラゴンのタツねえはすごく力が強いから、加減してもらわないとぼくくらいアルミ缶のようにクシャッとつぶされてしまいそうだ。
 いや、姉さんは優しいから、ぜったいにそんなコトにはならない……というのはわかってるんだけど。

 というか、もしどこかにトツぐと言うなら、それは姉さんのほうなんじゃないの?

「私が、嫁ぐ? ……考えたこともなかったな」

 ニンジンをハシでスープからすくいつつ、ぼくの上で首を傾げてみせるタツねえ。

 まだ姉さんたちから見たら小さなぼくだろうけど、そんなぼくでも姉さんたちのことは美人さんだと思うくらいなのに。
 特にタツねえはやさしいし、しっかりしてるし、キリッとしててカッコいいし。
 たまにふにゃふにゃしちゃうけど。

 きっと、姉さんたちとケッコンしたいっていう人もたくさんいるだろうな…………。

 …………と、そう思ったとたん。
 なんだか少しだけ息が苦しくなった。
 おなかが痛くなるのともちがう感じ。

「嫁ぐ……? うーん…………?」

 タツねえはピンときていないのか、悩んだまま。

 ぼくはなんだかこれ以上そのコトを考えたくなかったので、目の前のゴハンをたべることにした。




















 ゴハンもおわり、食器をあらってからダイニングのほうに戻ろうとする。

 ……と、また姉さんに抱きつかれた。

「スーズーーっ! あっそぼーぜっ!」

 ワタワタもがいているうちには肩にかつぐように乗せられて、姉さんは自分の部屋にダッと走っていく。
 横にある姉さんの頭を見れば、金の髪のあいだからまるい耳が見えていた。
 そして、黒いツノは頭のどこにも見当たらない。

「ほりゃーっ!」

 二階の姉さんの部屋、ベッドに転がされるぼく。

 起き上がると今度はぼくのヒザに、ひざまくらのようにしてどさっと姉さんの頭が乗せられる。

「うっへへー! 腹はいっぱいになったしー、スズっ、何する? ゲーム? あ、借りてた映画でもみるか? でもあれ長いんだよなぁ」

 ……トラねえ、いつ起きたの?

「オレ? んー、さっき! タツ姉さんがあくびしてユダンした瞬間を見計らって、パパッと交代してやったぜ!」

 ぼくのほうを見上げて、いひひっと笑ってみせる。
 キバのようにのびた犬歯どころか全部の歯が見えるような笑いかたで、ちょっとコドモっぽい笑いかた。

「んじゃ、テレビ付けてーっと……コントローラーはベッドのどっかにー……お、あったあった」

 今、ぼくのヒザに寝転がったままTVゲームを始めようとしているのが、トラねえ。

 タツねえがドラゴンなら、トラねえはキマイラのうちのトラにあたる。
 ちなみにトラねえは三女で、タツねえは次女、らしい。
 歳は同じで、それどころか体も同じなんだけどね。

「んーふふー♪ スズはこっちのコントローラーなー! なっにしよっかなー、っと」

 リモコンでパパッと操作して、すぐにゲームが始まってしまう。
 最近発売された、格闘ゲームのひとつ。
 対戦しよう、ってことなのかな。

 ……いや、ゲームをする前に言っておくことがあったんだった。

 トラねえ、ちょっと!

「んー? どしたの?」

 ええっと、ね?

 あそぶなとは言わないけど、タツねえを困らせるのはダメだよ!
 あと、少しはおしごと手伝ってあげてよ!
 タツねえ泣いてたんだから!

「そ、そんな怒るなってスズぅ、オレが手伝ったってあんま役に立ちゃしないんだからさぁ……。ってかタツ姉さん、今日も仕事自体はすげぇキッチリこなしてたぜ?」

 あれ、そうなの?
 なにか困ってそうだったけど。

「ま、多少は上からぐちぐち言われてたみてーだけど、そこはタツ姉さんだからなぁ。すぐに直して上手いこと原案通してたぜ。ばっちり合格ー、ってカンジ?」

 おしごとの細かい部分は、まだぼくにはよく分からない。

 けど、ひとつの体で"イシキをキョウユウ"してるトラねえが言うなら、それは間違いないのかもしれない。

「でも少し溜まったストレスを解消するためっつーか、まぁただ何かしら口実にしてスズに甘えたいだけなんだろうなー」

 いひひ、こう言うと姉さんに怒られちまうなー、とトラねえが笑う。

 くるんと上を向くと、笑顔のままぼくのおなかに鼻をこすりつけてきた。

「だからオレはこうやって遊んでていーの! ついでにスズは、オレのこともなーでーろっ♪」

 なにが"だから"と"ついで"なのかは分からないけど、勢いにおされて頷いてしまった。

「やたっ! ほらっ、なでろっ、なでろっ♪」

 くるんと、今度は下を向いて耳の後ろが見えるように位置を変えるトラねえ。

 わりと姉さんたちの中でもワガマ……いや、自由なトラねえだから、ここで言うことを聞いておかないと暴れたりするかもしれない。
 最悪、パンツを脱がされかねない。
 この前は実際にやられそうになった。

 ……まるいトラ耳の後ろあたりをなでたり、カリカリと軽くひっかいてみたり、耳のあいだをさすりさすりしてみたり。

「ぐるぐる……っ、ふにゃぁ……♪ あーいいわ……やっぱなでてもらうのすげーきもちーなー❤」

 トラねえが目を細めてノドを鳴らし、トラ耳もぴこぴこと動く。
 ベッドに寝転がってる足はパタパタとバタ足のように毛布をたたいてる。

「うっし、ゲームゲーム! あ、スズはせっかくだからオレの頭なでたまんまやれ、な?」

 ……え、それじゃ片手しかつかえないんじゃ。

「ハーンデ、ハンデっ! どうせスズの方がこーいうアタマ使うの得意なんだし、いけるいける!」

 いやあ、どうなんだろう。

 トラねえよりはうまくできるかもしれないけど…………それでもさすがに、片手だと難しいんじゃないかな?

「えー、ノリわりーなぁ。…………あっ、なんか賭けるか! そんならスズもヤル気わくっしょ?」

 それはだめだよ!
 お父さんもお母さんも、"カケゴトはダメだ"って口をすっぱくして言ってたじゃんか!

「いひひ、オヤジもオフクロも今は海外なのに、スズはおカタいなぁー! 第一、賭けっつってもそんな重いモンじゃないって!」

 そしてトラねえは、再びころんと転がってぼくのヒザの上であおむけになった。

「んじゃ、オレが負けたらオッパイ揉ませてやる!」

 ………………え゛!?

「ほーれ、オッパイだぞー? ゴト姉さんかタツ姉さんのおかげか分かんねーけど、こーんなにでっかく育っちまったオッパイ、揉みたくねーのかー?」

 シャツの下から両手をおっぱいに当てて、ゆさりゆさりと何度も揺らしてみせるトラねえ。
 顔がその近くにあったこともあり、目がはなせなくなってしまう。

「いひひっ❤ スズもこーいうことにキョーミわいちゃうお年頃かー?」

 そ、そんなんじゃないよ!
 だけど…………。

 タツねえがおしごとの時に着ているワイシャツはちょっと胸元がキツそうで、指でおされるたびにおっぱいのところがギュウギュウと盛り上がっていた。
 なんだか、すごくそれが、気になって……。

「……あ、ちなみにスズが負けたらオレらの高校の時着てたスカート履いて女装なっ❤」

 えっ。

 ちょ、ちょっと!?

「はいスタートっ! にひ、くっらえー!」

 そう言ってトラねえは寝がえりをうつとTVのほうを向いて、パパッと対戦を始めてしまった。

 あわててぼくもコントローラーをつかむ。

 あ、でも、片手しかだめなんだっけ!?
 いや、おっぱいがどうのとか関係なく!

 とにかく、ヒザに乗ったトラねえの背中にでも、コントローラーを置いてっ……。

「わ…………ひゃ!? ふ、ふひひっ! スズっ、それくすぐってぇよぉ! ふひゃっ!?」

 だ、だって姉さんがいきなり始めるから!
 片手だとこうするしかないじゃんか!

「んなろー、策士だなっ、策士スズっ! う、うひひっ…………そんなにオッパイ揉みてーのかー!!」

 そんなんじゃないよ!
 でも、スカートは着たくないから!

「えー、ぜってー似合うと思うんだけどなーっ」

 やだ! ゼッタイやだーっ!!

 ……そうして、バタバタ暴れながらコントローラーをにぎっているトラねえとTVゲームで対戦すること、15分ほど。

 最初はトラねえが勝っていたものの、後半はじょじょに片手での操作になれてきたぼくが勝つことができた。

 姉さんがくすぐったがりだったのも、勝った理由の一つかもしれない。

「っあー、負けたー! も、もう一戦だー!」

 ……トラねえ、もうおフロわいてるだろうし、入らなきゃいけない時間だと思うよ。
 入らないとぬるくなっちゃうよ。

 ちぇー、終わりかぁ……と言って両手を上げ、のびの姿勢になるトラねえ。

 結果は3対3くらいで、ひきわけだった。

 これならどちらの賭けも、不成立!
 一番いい終わりかたじゃないかな、これ!

「そんじゃ、スズが上はフツーでスカートだけ履いて、オレが片方だけモミモミさせてやるってことでおーけー?」

 ……ぼく、洗ったお皿拭いて歯をみがいて、それからおフロ入ってくるね!

「あっ、おいっ! ……もー、そんなにマジに逃げなくたっていーじゃんかよー…………?」




















 ……まったく、トラねえはホントにからかうのが好きなんだから。
 それだから、タツねえもぼくもいつも困って……。

 でも、姉さんたちの中で一番元気なのもトラねえなんだよね。
 ぼくが落ち込んでいるときも、すぐに気づいてなぐさめてくれるのは大抵トラねえだ。
 トラねえといると、イヤなことなんてすぐに忘れてしまうんだ。

 口をゆすいで、歯みがきはおわり。

 そのまま服をぬいで、洗面台のとなりにあるおフロに入る。

 そして湯イスに座ってお湯を頭からかぶってから、顔を上げたときのことだった。

「スズちゃーん? 入ってるのぉ?」

 姉さんの声だけど、タツねえやトラねえとはまた違ったしゃべりかた。
 少しおっとりとした、間のびした口調。

 これは…………。

 ……ゴトねえ? どうしたの?

「うぅんとね、おねぇちゃんも一緒に入りたいなぁ、と思って」

 だからトラちゃんに代わってもらっちゃったぁ、とおフロの外から声が話しかけてくる。

 すりガラスのドアの外に、姉さんの大きな体がカゲになって映っていた。

「ねぇ、いいでしょぉ? ほらぁ、小さなスズちゃんがちゃぁんとひとりでおフロに入れてるか、確認が必要じゃないかなぁ?」

 い、いや、必要ないと思うよ!
 だいじょうぶ、体も頭もちゃんと洗うし!
 あと、さすがにそこまで小さくないよ!

「シャンプーハット……お外に置いてあるけどぉ、いらなぁい? おねぇちゃんが持っていこうか?」

 い、いらないよ!
 もうそんなコドモじゃないんだから!

 おフロの湯気の中で、そう答える。

 外にいた姉さんはそれを聞いて、ようやく洗面所から出て――――。

「んー、でもぉ…………」

 ――行くことはなく、引き戸を開けてしまった。

「……もうおねぇちゃん、脱いじゃったからぁ❤」

 わーっ! わーっ!?

 ゴトねえ、なんでっ!?

「あんまり大きな声を出すと、お外に聞こえちゃうよぉ? スズちゃん」

 いったいどうしてそこまで差が出るのか、タツねえやトラねえとは全然違うかんじの、ふんわりした笑いかたのゴトねえ。

 姉さんたちの中でいちばん上、長女のゴトねえ。
 キマイラの中では、ヤギにあたるのだとゴトねえ本人におしえてもらったことがある。

 タツねえとは頭の左右、反対がわに白いツノがのびて、足は太もものところまでフサフサの毛がはえていたら、それが姉さんかゴトねえに代わっている証拠だった。

「あらぁ、カラダ洗うところだったの? おねぇちゃんがお背中流してあげるぅ」

 そんなゴトねえが、笑顔のまま普通におフロに入ってきてしまった。
 体なんて、白いタオルひとつで前のほうをかくしているだけ。

「うふ、じゃぁシャンプー貸してくれるぅ? 前は向いたままでいいからねぇ」

 ほわほわした口調ではあるけど、有無をいわせないかんじの話しかたで、ゴトねえは手にとったオケでたっぷりのお湯をぼくに頭からかける。
 わぷっ、と声をあげてしまう。

「ダメよぉ、暴れちゃ……男のコなんだからぁ❤」

 カシュ、カシュッとシャンプーのボトルが後ろで音を立てる。

 そしてゴトねえは、髪を指でかき混ぜるようにしてぼくの頭を洗い始めてしまった。

 ……もう、頭くらい自分でも洗えるのに。

「そんなこと言ってもぉ、こぉんなに長く伸ばした髪の毛だと、ひとりじゃ洗いづらいでしょぉ? お手伝い、お手伝い〜」

 長いって、髪をきっちゃだめっていつも言ってるのはゴトねえだよね……。

「だってぇ、スズちゃんはその方がかわいいんだものぉ❤」

 なぜかゴトねえのお願いによって、髪の毛をずっと伸ばしているぼくだった。
 正直にいえば確かに洗いづらいし、それになにより、女の子のような外見になってしまう。

 いっそ切っちゃいたい。
 そう思って前にこっそり髪の毛用のハサミを持ってこっそり切ろうとしたら、どういうわけかおフロで待ち受けていたゴトねえにあっというまにハサミを取られてしまったことがある。

「リンス、リンス〜…………それから、お湯をかけてぇ…………はい、おしまぁい❤」

 水でぬれた頭をなでなでされる。

 さすがに体は自分で洗うと言って、そしてゴトねえも頭を洗わなきゃいけないでしょ、と言ってセッケンだけは守りきった。

「そんなぁ……体も洗いっこすればいいのにぃ」

 い、いや、それは逆に時間がかかっちゃうし!
 それぞれ別に洗ったほうがぜったい早いよ!

 早口でそう言って、少し不満そうな様子のゴトねえよりも先に体をいそいで洗う。
 そして、どぽんとおフロに入る。
 なんだかゴトねえの前で自分のハダカがさらされてると思うと、すっごく恥ずかしかったから。

 お湯に入ると、少しだけ心のよゆうが生まれた…………気がする。
 湯気でお湯の中は見えないし。

「あぁ、待って待ってぇ、おねぇちゃんも一緒に入るんだからぁ…………。んもう、この足ぃ、いっつも洗うのがメンドウで困っちゃうなぁ……」

 ゴトねえがフサフサの毛がはえた足を洗おうとして前かがみになると、身につけていた白いタオルが外れて落ちてしまった。

 ふよん、と湯気の中でゴトねえのおっぱいが見えてしまう。
 下向きになっておわんみたいな形のおっぱいが、そのいちばん先っぽのきれいなピンク色が。

 ……かぁっ、とぼくのおなかの下が熱くなる。
 心のよゆう、なんてふっとんでしまった。

「なぁに、スズちゃぁん? どうしたのぉ?」

 な、なんでもない!
 なんでもないから!

 あわててお湯に首までつかって、声に出して100までを数えることにした。
 急いで100まで数えて急いで出れば、ゴトねえもうるさく言わないはず。

「うふ、スズちゃん、そんなに恥ずかしがることないのにぃ……。スズちゃんは弟なんだからぁ、おねぇちゃんと一緒におフロに入るのなんてふつうでしょう?」

 でも、25まで数えたところでゴトねえはおフロに入ってきちゃった。
 お湯が少しだけあふれて、ゴトねえはぼくをお湯の中でカンタンに持ち上げてヒザの上にのせてしまう。

「よいしょ……っと。おねぇちゃんのお船だよぉ❤」

 だ、だからそんな、あかちゃんじゃないんだから、ぼく!!

 学校でも、他の子たちの家でおねえちゃんと一緒におフロ入ってるところなんてないと思うよ!?

「そーお? スズちゃん、誰かから聞いたりしたの?」

 い、いや、聞いたワケじゃないけど……。
 でもクラスのみんなは、ひとりで入ってるって言ってたしっ。

「んー……おねぇちゃん、そんなことないと思うけどなぁ……? それにぃ、よそはよそ、うちはうちだから〜❤」

 もがこうとしたら押さえつけられて、ぎゅむっと抱きかかえられてしまう。
 おっぱいとか太ももとか、ゴトねえの体の全部がぼくの体に当たってしまう。
 また、おなかの下のところがジワリと熱くなった。

 それがゴトねえに知られるのがなんだかイヤで、でも、だめだよ、と他に言葉を探す。

 そして、思いついたのが……。

「……スズちゃんとおねぇちゃんの血が繋がってないから、ダメって?」

 言ってからゴトねえの言葉を聞き、うなずく。

 ぼくは、この家の"もらわれ子"だから。
 きっと、もし他の家では良かったとしても、ぼくとゴトねえが一緒におフロに入るのは良くないことだと――――。

「――だ〜〜めぇ〜〜〜〜っ!!」

 とたん、ぎゅぅぅっとゴトねえのうでがぼくの体に強く巻きついた。
 それはもう、少し息ぐるしくなるほどに。

「スズちゃぁん、そんなこと言わないでよぉ……。おねぇちゃん、寂しいよぉ……」

 グリグリ、とゴトねえの頭が後ろから押しつけられる。
 なんだかタツねえと仕草がそっくりで、2人の姉さんに話しかけられているようだった。

「スズちゃんとおねぇちゃんは家族、それは絶対にぜーったいなんだからねぇ? 他の人がなんて言ったって、おねぇちゃんはいつでもスズちゃんと一緒にいるんだからね?」

 ぼくに言い聞かせるように、ひとことひとことをゆっくりと言ってくれるゴトねえ。

 そうだった。
 頭がこんがらがっていたとはいえ、ゴトねえにひどいことを言ってしまったかもしれない。

 あかちゃんの時に捨てられてしまったぼくが昔この家に引き取られた時、誰よりも怒って、そして泣きじゃくっていたのはゴトねえだったと、そんなことをタツねえから聞いた覚えがある。
 まだ物心もついていなかったぼくの代わりに、泣いてくれていたゴトねえ。
 そんなゴトねえに"もらわれ子だから"なんて言いかた、言い訳の理由にしてもひどい言葉だった。

 ゴトねえ、ごめんなさい。
 ひどいこと言っちゃったね、ぼく。

「ううん、いいのぉ……。血が繋がってなくても、おねぇちゃんはおねぇちゃんなんだからねぇ……?」

 うん。もちろんだよ。
 ありがとう、ゴトねえ。

「ううん、いいのぉ……。血が繋がってないほうが、ちょっと燃えるというか、興奮するしぃ……」

 うん? あれ?

「……あっ。な、なんでもないよぉ、えへへぇ!」

 よかった。

 今少しだけ、後ろからどろどろモヤっとしたかんじの雰囲気が出たような気もしたけど、やっぱり気のせいだったみたいだね。

「それじゃぁスズちゃん、あったまったしおフロ出ましょう? おねぇちゃん、カラダ拭いてあげるねぇ」

 そうして、やけに熱心にぼくの体をタオルで拭いてくれたゴトねえは、毎日のストレッチをすると言って早々に自室にもどっていってしまった。

 ぼくは一階の雨戸とかを閉めたり、明日の朝ごはんの準備をするためにダイニングのほうに向かった。




















 一応、ぼくにも自分の部屋がある。

 べつにそこまで必要だとは思わないんだけど、でもお父さんやお母さん、そして姉さんから言われて、二階のお部屋のひとつがぼくの部屋になっていた。

 明日の学校のしゅくだいはもう済んでいるし、今日は何かマンガでも読んじゃおうかな、とか考えながら、お部屋に戻る。

「……おかえりんぐー」

 しかし戻ったら、ドアを開けたとたんに姉さんの声がした。
 ぼくの部屋なのに、なぜか姉さんの声。

 しかも、このぐてっとした雰囲気の声は……。

「スズ……待ってたよん。またこの部屋のマンガを借りにきたんだけどね、ちょっとね」

 ぼくのベッドの上に寝ころがっていた姉さん。
 ベッドのまくらを抱きかかえたまま、のそのそと転がりおりてこちらにずりずりと這ってくる。

「相変わらずこのマクラ、いい匂いだねぇ……濃密なスズの匂いが…………借りてっていい?」

 だ、だめだよスナねえ。
 それじゃ、ぼくが寝れなくなっちゃうよ。

「じゃー……ボクと一緒に寝よう、そうしよう。スズとボクは決して離れられない赤い鎖に結ばれてるんだし、なにより姉弟なんだからね」

 しゅるり、と姉さんのおしりの上からシッポのようにはえていたヘビの体が、ぼくの足に軽く巻きついてきた。
 姉さんの目は黒目が細くなって、白いところが黄色になっている。

 いつの間にか、また姉さんが交代していた。
 ヘビの四女、スナねえさんだ。

 一日で全員と話す日はあんまり多くないので、今日はちょっとめずらしい日だと思う。
 とくに、このスナねえはいろいろと面倒くさがりなので、そんなに出てこようとはしないのだ。

「スーズー……早く寝よ。ボクをスズのカラダで温めてほしいなー…………あ、じゃなくて」

 カーペットの上でうねうね動いていたスナねえは、はだけた自分のパジャマの胸に手をいれた。

 なんでっ、とぼくがビックリするひまもなく、おっぱいの間から紙きれが一枚でてくる。

「これ、これ、これ。部屋に入ったら机の上にあってさー、ボクすごい気になっちゃって。なぁにこれ?」

 あ、それ、ぼくがおフロ入る前に置いたやつだよ。
 ゴハン作ってる時に書いて…………って。

 あぁぁぁ、それは見ちゃだめ!!
 スナねえ、ちょっとそれ返してっ!!

 そう言って、ぼくはスナねえに飛びつく。

「わおっ!? あんっ❤ ぼ、ボクの初めてがこんな風に奪われるなんて…………ま、全然抵抗する気はないから、かもーん……。あれ、違う?」

 スナねえの不思議な言動はムシしてしまったけれど、それでもメモは取り返すことができた。
 おっぱいに入ってたせいか、ちょっと温かい。

「あぅ…………シカトはつらい。スズ、お部屋に勝手に入ったのは謝るから、その紙がなんなのかだけ教えてほしい。だめ? だめなら泣く」

 べ、別に怒ってなんかいないよ、だいじょうぶ。
 これは…………その、本当にただのメモなんだ。

「それじゃー安心。……安心? いや、ボクはスズに嫌われてさえいなければそれでよし。スズにキライって言われたら、ボクはどうなるか分からないからね?」

 ……ど、どうなるんだろう。
 ちょっと怖いから聞けないけど。

 手元のメモを見ると、自分の名前と姉さんの名前が並んで書かれていただけだった。
 よかった、まだそこまでしか書いてなかったんだ、あの時のぼく。

「なんだかホッとしてるね、スズ。その紙は意外と重要なものと見た。ボクの名前に、スズの名前?」

 ええっと、どう説明しようかな。
 まだ、あまり姉さんたちにバレちゃダメだから……。

「"ボクたちに知られたらダメだから、どう言おう?" そんなことを考えてる表情かな、スズ?」

 どきっ。

「スズ、スズ、ボクの、スズ…………」

 にじりにじり、とスナねえが寝ころがったまま床を進んでくる。
 ぼくの足元までくると、こちらを支えにしてズルズルと這いあがるように立ち上がった。

「スズ……姉に秘密、それはあまりよくないこと。そこにあったのがボクの名前だったからまだいいけど、クラスの子とか、特に、女のコの名前が、もし、書いてあったら」

 スナねえの少し眠たげな目が、その目の奥のほうがどんよりと鈍く光っている気がする。
 ヘビのシッポもぼくの首のところで、シュルルとうなり声。

「スズ…………スズは友達もたくさんいそうだし、仲のいいコもいるかも。でも、いちばん仲のいいのは誰? ボク? ボクにはスズしかいないし、スズしかありえない。スズだけ、スズだけがとてもとてもとても欲しいな。スズといちばん仲よくシたいし、仲よくサレたい。だめ? だめなら――」

 ――だ、だめじゃないよ!

 スナねえもゴトねえもタツねえもトラねえも、姉さんたちがいちばんだいじだと思ってるよ!
 いつも家で一緒だし!

「…………よかったぁ」

 ふんわり、と笑うスナねえ。
 花が咲くような、とはこんな感じなのかも。
 さっきのなんだか危険な目の輝きはなくなっていた。

 よかった…………のかな?

「姉さんたちとボクが同率なのは、まあ…………大目に見ておくね。ホントはボクだけだったら百点満点だったけれど。これはテストに出るよ」

 そ、そうなんだ。わかったよ。

 あ、この紙はね、本当になんでもないんだよ。
 今は秘密だけど……姉さんにも関わるかも、とだけ言っておくね。

「……ふむん?」

 ここからは、ヒミツの話。
 実は、姉さんに関わるというか、むしろ姉さんのためにどうするかを考えているんだ。

 もうあと二週間くらいすれば、姉さんの誕生日。
 姉さんと、生まれた日がわからないぼくの、一緒の誕生日。

 スナねえには言ったけど、ぼくにとっての姉さんたちは、感謝してもしきれないほど、とてもとてもだいじな人だ。

 だからこんどの誕生日には、なにかすごく"とっておき"のものを姉さんたちにあげられれば、なんてことを考えていたり。
 いったい、どんなものがいいかなぁ?

「なんだかスズ……嬉しそう。スズが嬉しいとボクも嬉しくなる。なんだか安心した。ボクは戻って寝るね。…………んっ❤」

 ほっぺたにチュッとしてから、スナねえは自分の部屋に戻っていった。
 頬のところに、温かい感触がのこった。




















 けっきょくスナねえが戻ったあともいろいろと考えてみたけれど、"とっておき"は思いつかないまま寝る時間になってしまった。

 ……そうして夜、ヘンな夢をみた。

 リビングがベッドか、それかお外なのかもわからないけど、とにかくぼくが寝ころがっていて、その上にだれかが乗っている夢。

 だれかは分からないけど、なんとなくオンナの人のような感じだった。

 だけどその人は、ぼくに乗っているだけじゃなくて、TVで見た馬に乗る人のように体を上に下に動かしたり、くねらせるように前後に動かしている。

 それを見ていると、ぼくのおなかの下がカァッと熱くなった。

 熱くなって、フワフワして、そしたらギュッとおなかに力が入って。

 …………どろっと、何かがはじけた。




















 どうしよう。

 どうしよう。

 目がさめた時にはぼくのパンツの中がびちゃびちゃになっていた。

 チチチ、と外で鳥が鳴く声がきこえる中で、ぶわぁっと汗が出てくる。

 夜のあいだに、オモラシ。
 おしっこをオモラシしてしまった。
 パジャマまでぬれてる。

 もうあかちゃんじゃないのに。
 は、恥ずかしい。
 死にたい。

 あ、いや、どうしよう!?
 姉さんたちに見られたくないよ!!

 服を脱いで、かくしちゃう…………よりも、洗ったほうがいいかな?
 だってなんだかコレ、ヘンなニオイだ。
 しかも、まだ乾いてないところが白くにごってるし。

 じゃあ、はやく洗わなきゃ!!

 そう思い、脱いだ服を丸めてから、足音を立てないようにして一階におりる。

 ――――そして、洗面所で姉さんとぶつかった。

「あたっ!? む、スズ?」

 歯をみがいていたタツねえとぶつかって、ころんでしまう。
 ズボンとパンツも手から離れてしまった。

「ど、どうしたんだ、スズっ!? 服を脱いで、下がハダカじゃないか!」

 タツねえが駆けよってくる。

 ぼくは、ヘンなオモラシをしてしまったことや、なにより姉さんにオモラシを見られてしまったことから動けなくなってしまった。

「スズ……っ、このパジャマは、いったい……!?」

 あいだに落ちていたズボンをタツねえが拾い上げ、その太ももの付け根のところを見てから目を大きく開く。

 スン、と鼻を鳴らしたとたん。

「そ、そんなっ……!?」

 ボンっと音を立てて、タツねえの体からもう片方の白いツノや、まるい耳、ヘビのシッポが全て出てきてしまった。

 あれは、姉さんたちが全員起きてしまった時になる状態だった。

 姉さんたちは、ひとつの口で一斉につぶやくように話しはじめてしまう。

「嘘だろう、まだスズには早いはずっ」
「そんなことは……ない。多少早いけど、スズの歳ならありえない話ではない」
「うあー、これ一番……ってヤツだろっ!? しまったー! 逃しちまったー!」
「まさか寝てるときにぃ、なんてねぇ……。おねぇちゃんがムリ言ってでもぉ、夜に一緒にいてあげてればぁ……」
「そっ、それは協定に反するだろうっ!」
「タツ姉さん、もう協定もなんもねーって! 一番はなくなっちまったんだからっ」
「それならぁ……どうやって決めるのぉ?」

 姉さんたちが、ぐるん、とこちらを向く。

 その相談の剣幕がなんだか怖くて、おちんちんが出たままの自分が恥ずかしくて、なんだか泣けてきてしまった。

 ぼく、何かのビョウキなの? と言う。
 声に涙がまじってしまう。

 すると、あわてた様子の姉さんたちが、今度はぼくを力強く抱きしめた。
 
「そんなことはないぞっ、スズっ!」
「そーだぜっ、むしろ――」
「はい……ストップ。トラ姉は余計なことを言いそう。というか言う」
「うんうん。スズちゃぁん、安心して? ……あはぁ、なんだかコレ、すっごいニオイぃ……」
「ゴト姉さん! なに鼻を動かしてっ、て、ふ、ふにゃぁぁ…………❤」
「ゴトっ、トラっ! ええいくそ、お前らだけ」
「ズルい」
「そうだ、ズルいぞ……じゃなかった! やめろ!」

 騒いでいた姉さんたちが、やがてじょじょに静かになっていく。

 そして、全員が一度静かになってから。

「……一番は、なくなっちゃったけどぉ」
「……うむ。残念だが……」
「なら、次は……ってなるよなー?」
「二番絞り。ボクが欲しい」

 そのとき、ぼくはまだちょっと泣いていたと思う。

 それでも、姉さんたちの様子があまりにおかしかったので、涙声だけども聞いてしまった。

 おねえちゃん、だいじょうぶ? と。


「「「「大丈夫、任せて」」」」

 
17/09/10 16:20更新 / しっぽ屋
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■作者メッセージ
 
あなたはどのお姉さんが好きですか?
 

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