財団Tales : Dクラス職員ってなんだろう?
D-33671の私的活動記録より抜粋
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・████/3/15
これは日誌、いや、日誌モドキの何かだ。とはいえ、この日は当日に書いたワケじゃなく、今になって思い出しながら書いているだけなんだが。
確かこの日だったと思う。俺が日課のネトゲでクランのメンバーと夜にダベってたら、なんとなく話の流れでバイトの話題になっていた。その時は6〜7人くらいでくっちゃべってたんだが、中の1人がいきなり「景色眺めてるだけで日当█████円をもらえるバイトがある」みたいなことを言い出した。なんでも、交通量調査とか野鳥観察とか、それらを数段ラクにしたようなチョロい仕事をこなすだけで結構稼げるとのこと。
元からそいつはメンバーの中じゃ冗談みたいなオカルト話や珍妙な話題が好きなヤツだったし、お得意のネタ話なんだろうと皆思ってたが、ヤツが名前を出した登録サイトを検索してみたら本当にあったのには驚いた。ページには、動物保護と個体数観測のためのうんぬんかんぬん、人手不足につき外部からの労働力を募集してなんたらかんたら、とかもったいつけたようなことが書いてあったと思う。調べたら結構有名な野生動物の保護団体だと分かった。
で、話を聞いたメンバーの内の何人かが冗談半分に登録して、日雇いフリーター生活な自分も笑いのネタついでに登録することになった。正直うさんくさかったが、サイトに指定された記入事項(名前と捨てアド、年齢に性別、あといくつか簡単なアンケートみたいなのを記入した)を打ち込んで、その日はそれっきりだった。
・████/4/15
これも思い出し書きだ、そもそもこんな下手な文章の、しかも内容は適当なメモ未満の日誌に意味があるのか? いや、書けって言われたからには書くが。
会員登録してから1ヶ月経ったこの日、例のサイトから俺のメールボックスに連絡が来てた。すっかり応募したことなんて忘れてたし、危うく迷惑メールとして捨てそうになった。
慌ててネトゲにログインして応募したって言ってた他のヤツらにも聞いたら、俺以外のヤツらは何も来ていないと返してきた。抽選なのかもしれない、お前やってみろよ報告だけ頼むわと皆から言われ、無責任に応援してきやがった。
最初に勧めてきたヤツはその時ログインしてなかったから相談もできないし、他のは急かしてくるしで、かなり面倒なことになったとは思ったが、とりあえず新しく来た二次アンケートの質問に答えて、自分の大まかな住所も記入して返信した。
・████/4/20
若干後悔したのは、例のサイトからまた返事が来てしまってからのことだ。よく分からないうちに二次選考とやらも通過してしまったらしく、今度は都内の██████の████ビルで詳しい業務説明と職員面接を行いたい、って感じの文面が俺のところに来た。交通費を理由に辞退しようとしたら、それも支給するとのこと。結局断りきれず、行くことになってしまった。
・████/5/1
指定されたビルに着くと、入り口に立ってたスーツの男に案内されて説明会場へと送られた。会場は結構広くて、意外と集まった人も多いことが分かった。多分50人は居たんじゃないか? 選考通過の基準なんてものは知らないけど、老若男女関係なく集められていた。さすがに子供は居なかったが。
受付で名札を貰ってから適当な席に座り、30分ほど大会場で説明を受けた。説明で初めて知ったんだが、この保護団体はペットフード等の食品製造会社や一部の動物病院とも連結していて、場合によっては転属や正規職員雇用もあり得ると聞いて驚いた。なんでも、上の経営母体がやたら色々と手広くやってるらしい。
説明が終わると、集まったヤツらが何グループかに分けられ、それぞれビルの中の別のブースへと移動させられた。しまったな、ここまで本格的な面接だったのか、話の受け答えなんて何も考えてないぞ、などと思ったのも束の間のことで、すぐに俺の順番が回ってきて職員と一対一で話すことになってしまった。
運が良かったのは、相手が割合気さくなヤツだったってことだろうか。スーツも着てない、ジーンズにダボついたタートルネックって感じのラフな服装をしていた。俺より歳下で柔和な感じのヤツだったが、もしかしたらそいつが小柄だから歳下に見えただけかもしれない。
面接の質問の流れでペットの飼育経験はあるかと訊かれたので、「特にないが、住んでるアパートがボロくて隙間だらけで、侵入してくるクモなら沢山飼ってる。見かけたら毎回つまんで家外にリリースしてるくらいには仲良くしてる」と話したら大笑いされた。それ以外の質問はあまり印象がないが、まあ他のも大した質問じゃなかったと思う。
・████/5/3
朝から電話が掛かってきたと思ったら、一昨日の面接の職員だった。どうやらそいつにいたく気に入られたらしく、本来ならバイトの人間は働き始めの際にのべ数十日の研修セミナーがあるのだが、ちょうど自分の下のポストに空きができたので俺に来てくれないかとのこと。研修時よりも実働の方が給料が高くなるよ、という言葉に乗せられた俺は、何も考えずに了承した。
ネトゲの仲間にはドヤ顔で自慢したところ、「羨ましい、██ね」だとか「もげろ」「呪ってやる」などと熱い応援メッセージが返ってきた。最初にバイトの話題を出してきたヤツだけは普通に喜んでいたが。もし良いツテを手に入れてもヤツらだけにはやらんと心に誓った。
・████/5/10
朝、住んでたアパートから1時間ほど電車を乗り継いで指定された駅に着けば、既に例の職員がこちらに手を振って待っていた。ダボダボの白衣を着こんでいたそいつに案内されたのは、駅からほど近い████大学だった。名前は有名だから知っている人間も多いと思う。
そして案内された一室で、そいつが表向きはその大学の博士という肩書きであることを聞かされた。そう、表向きだ。実際は例の保護団体の職員であり、“MCPオブジェクト”に関する研究者であるともヤツは話した。正直今でも“財団”がどうの、女性型存在がどうのといったくだりの話はにわかには信じられないが、実際に今度見せてもらえるとヤツから言われたし、そういう世界もあるのだと納得するしかないだろう、とその時は思った。
とりあえず、財団はとにかく規模がデカく金も力もある組織で、次々に発見されるMCPオブジェクトについての調査を行なっているらしい。保護団体も動物病院もペットフード食品会社も実は全て財団のフロント企業である、ってなんだそりゃ。どんだけ凄いんだよ。
・████/5/20
ようやく今日のところまで書けた。思い出しつつ書くのはどうも苦手だ、今後はなるべく小まめに書くようにした方がいいかもしれない。
ヤツ、博士とは何通かメールでやり取りを行い、今日までの何日間かはMCPオブジェクトについての勉強をさせられていた。そして、ついでにこの日誌を書けとも言われ、今は自室であくびをしながら書いている。
数日前に旅行のような距離の移動があって、今俺が居るのは███県の████山地、████高原だ。財団が管理しているデカい施設、サイト-42ってところで、セキュリティは厳重だが、かなり建物はキレイめな雰囲気だった。床に掃除は行き届いていて、メシは美味く、貸し出されたオレンジ色のツナギみたいな作業着は清潔だった。泊まってる個室も、広さはカプセルホテルくらいだが設備はまあまあ悪くない。少なくとも、屋根の隙間からクモが入ってくることはないしな。
ようやくハッキリした業務内容だが、俺は財団(MCP財団、とか呼ばれることもあるとかないとか)の中で一番下っ端、MCPオブジェクトと直にコンタクトを取る実働部隊の1人として働くらしい。現に、今は“D-33671”って書かれた身分証明プレートを首から下げてる。俺たちがMCPオブジェクトと相対してあらゆる形のコミュニケーションを行い、その結果をヤツのような博士たちが記録し、検証し、MCPオブジェクトの特性を解析する。ざっくり言えばそんなところだ。
本当はもっと財団やMCPオブジェクトについて説明するべきなんだろうし、俺だって色々書きたいが、特にその辺りをここで記述する必要はないとのことだった。これはあくまでも日誌で、解説書ではないのだそうだ。
じゃあこの日誌はなぜ書かされてるんだと博士に聞いたところ、むしろ財団内の職員がDクラスの扱いを参照したい時や、君自身の業務内容証明として記入が義務付けられてるんだよ、という答えが返ってきた。今後の俺次第では、Dクラスの活動のモデルケースとして財団のログに保存される可能性もあるらしい。
・████/5/22
広大なサイト-42の中を2日ほどかけて見学していた。MCPオブジェクトってのは本当に色々なヤツがいるようで、羽が生えてたり、動物の耳や獣毛が生えてたり、果てはカラフルななゼリーみたいなの(MCP-████なんかがそれだ)とかも居て、かなり驚いた。これでもこのサイトに収容されているMCPオブジェクトの数は財団全体で発見されている総数からすればほんの少しの割合なんだそうだ。
しかし、どれも女の姿で、露出が多いどころかほぼまっ裸なヤツも居るのが非常に目の毒だ。博士にそれを言ったら曖昧な感じの苦笑いを返された。
・████/5/25
あー、MCPオブジェクトが“目の毒”な理由がようやく分かってきた。機密度の低いMCPの文書を整理させられるついでに幾つか読ませてもらったが、博士の言っていた“あらゆる形のコミュニケーション”ってのは、MCPオブジェクトとの“性行為”も含むらしい。いや、違うな。含むどころじゃなく、結構大きなウェイトを占めているらしい。博士め、なんだかんだ難しい言葉で説明してくるもんだから話の意味が伝わり辛いんだよ。
MCPオブジェクトは往々にして、普通の食事以外にも男の精(ぶっちゃけ、精液のことだ)からよく分からん原理でエネルギーを得る特性があるとのことだった。1人をパートナーと決めると、日がなそいつとヤりまくりとかなんとか、ヘタすれば一生MCPオブジェクトと共に暮らすことになるとか、文書を意訳すればそんな艶っぽいことも起こり得るらしい。
日当█████円のために働きに来たのが、なんだか話がおかしな方向に進み始めているように思うのは気のせいか?
・████/5/28
困った。博士が言うには、俺の“配属”が決まったのだそうだ。いったいどんなMCPオブジェクトの割り当てとなるのか、怖いような、若干興味があるような。
・████/5/29
サイト-42の外れにある新しい収容室に案内されたのでガラス張りの部屋外から覗いてみれば、部屋の中央には縦長のロッカーみたいな箱が置いてあった。外側から操作できる室内マニピュレータを使って遠くからロッカーが開けられると、その中には布でグルグル巻きにされた細長い物が台座に刺さって安置されていた。
博士が言うにはこれはMCP-151として既に番号付けがなされているオブジェクトの1つであり、『魔界銀の黒剣』という大層な名前が付けられた、博士の研究対象として新しく移送されて来たオブジェクトであるとのことだった。今日はさしずめ顔合わせ、といったところか。
見かけはあまりエロくはなかったな、うん。
・████/6/1
実験用の機材が揃うまでの間、MCP-151についての文書を読ませてもらった。というか、博士に渡された。今までの文書とは違ってMCP-151に関する文書は機密度が高く、俺じゃ読むことができないんだが、より高次のクリアランスを持っている博士が許可を出せば読んでも構わないんだそうだ。機密保持の同意書を書くことが条件だったが。
最初のMCP-151が発見されたのは██年前のこと。海外である遺跡が発見された時、入った盗掘屋のグループが発掘したことによりその存在が発覚したらしい。不運だったのは、グループの中には女もいて、そいつが剣を手にしてしまったことだろうか。後ほど判明したMCP-151の特性は『手にした女性の精神を汚染する』ことと、『剣で斬られた人間を発情させる』ことの2つだったため、まんまと剣に取り憑かれた女は近くの男の1人に斬りかかり、そしてその場でアレな行為をおっぱじめてしまったらしい。
事件後にMCP-151-1として女ごと剣が財団に回収され(ついでに男もパートナーとして回収したそうだ)、さらに幾つかのMCP-151が発見されたが、どれも同じような特性を持っていたことでこうして文書として記録された。今回博士のところに送られて来たのはMCP-151-7、つまり7番目のオブジェクトだ。
何を隠そう、あの剣が発見されるのはいつも誰かしら女性が手にしてしまった後であり、151-1〜6のどれも、“剣のみで”回収されたことはなかった。しかも剣は1度手に持つとそれ以降、持った女から離れることはなくなってしまうのだ。今回ようやく単体で発見されたため、じゃあ今度は女性を介さずに男性のみを近づけて詳しく調べてみようや、という話になったのが今回の経緯だった。
なるほど、頑張れ博士と感想を言ったら、君が頑張るんだよと半眼で返された。
・████/6/5
今日からMCP-151-7の実験が始まった。
と言っても、まだ大したことはしていない。今日は記録機材や通信機が揃ったため、実験方法の確立をしようという博士の宣言の下、俺はMCP-151-7との簡単なコンタクトを取っていた。収容室の外にあるマイク越しに博士が指示を出し、密閉された室内で俺が作業を行う、って感じだ。言わば俺は、博士の指示で動くラジコンのようなものか。
今回はロッカーの外からMCP-151-7にあれこれと呼びかけるだけの作業だったが、やはり多少緊張はしていた。が、特に反応はなかった。
今後はこのやり方で進めていくとのこと。
・████/6/8
ここ3日ほどMCP-151-7にロッカー越しに相対し、様々な国の言葉で自己紹介を繰り返し続けている。反応は全くなかった。
・████/6/10
自己紹介はもういいとのことで、さらにあれこれと他のことを話し続けている。天気の話題とか、ロッカーの中の剣に話して何の意味があるのかと博士に聞いてみたが、こういう検証は地道な積み重ねが必要なんだそうだ。
頑張れ自分、全ては日給のためだ。
・████/6/15
あれこれ話しかけ続けたり、ロッカーにノックしたり、思うままに動いてみてくれと指示があったのでロッカーの付近で反復横跳びとかリンボーダンスをしてみたりしたが、中身はうんともすんとも反応を返さなかった。一度は顔を赤くした博士に何かを手渡されたかと思えば官能小説で、それをロッカーの前で朗々と音読させられた時にはどんな羞恥プレイかと悩んだ。
これ以上は大きな反応は得られないだろう、という博士との話し合いにより、次回以降の実験はMCP-151-7へさらに接近してのコミュニケーションを行うことになった。
・████/6/16
1日まるごと休みをもらえたので、サイト内の許可されたエリアをうろうろしていた。面白いものがあったのかと訊かれれば、結構沢山あった。他のDクラス職員とMCPオブジェクトのカップルなんかがそうだ。ある程度MCPオブジェクトの特性解析が済んでいたり、脅威度が低いと判定されたヤツらは、割と普通にサイト内でうろちょろしているらしい。
廊下の隅でMCP-████とイチャコラしていたそのパートナーらしき男が遂にヤり始めそうになっていたのを見かけた時にはなんとも言えない気分になったが、それはすぐさま他の職員(彼らはセキュリティ、警備部隊、なんて呼ばれてるらしい)が駆けつけて注意勧告をしていた。他のMCPオブジェクトが行為中の姿を見れば連鎖的に発情してしまう可能性が高いため、見つけ次第すぐに止める必要があるのだそうだ。
皆あんな感じなのかと昼の食堂にやって来た博士に聞いてみたところ、まあ、それなりにないこともない、というやたら曖昧な回答を小さな声で返された。どうやらそういったエロ系の話のネタは気恥ずかしいらしいが、ならばどうしてこんなところで働いているのか。謎だ。
・████/6/18
MCP-151-7の入れられたロッカーを開け、これまで行ってきたコミュニケーションを再度繰り返すといった作業を昨日から行なっている。まだMCP-151-7自体は布で包まれたままだが。
やはり反応は全くなかった。色っぽいことが起きる気配も全くなかった。
・████/6/24
最近は、博士の昼の予定が埋まっていない時は一緒にメシを食うことが多い。なかなかおしゃべりなやつで、というか研究に関することになるとかなり饒舌になるのがヤツで、今日もMCP-151-7についての推測や自論を熱っぽく身ぶり手ぶりも加えて話していた。よく分からないが、MCP-151が完全に女性に寄生するだけのタイプなのか、実は霊体(霊だってよ、マジで博士はそう言ってた)が存在するタイプのMCPオブジェクトなのかが非常に重要な争点で、結果次第で分類が大きく変わってくるとかなんとか。あまり知識もないDクラスの俺は頷いて聞き流していたが、とりあえず博士がそういったオカルトや不思議アイテムがすこぶる好きなんだなというのは分かった。
午後は特にやることがなかったが、このサイトでは雇用期間中はなるべくサイト内に居ることが推奨されるため、仕方ないのでメディアルームで雑誌を読んで過ごしていた。ちらほら居る俺と同じオレンジ色のツナギを着たやつは、例外なくDクラス職員であるようだ。1人が熱心に読んでいたカタログらしきものが気になったので話しかけてみれば、彼は今度注文する紅茶の茶葉を選んでいたらしい。週に2度ほど通販形式で給料使って娯楽品とかの買い物が出来るのか、初耳だ。というか博士は説明しろよ、ちゃんと。
せっかくなので、今度MCPオブジェクトと一緒にお茶するとノロケてきたおっさんからカタログを借りて、俺も良さげなボールペンを2本頼んでおいた。備品のペンじゃ少しガリガリして書き辛かったんだ、これで日誌も書きやすくなるだろ。
・████/6/30
大して変わったことはしてないな、今日は。
新しく発見されたMCPオブジェクトなんかは、ばんばんDクラスが投入されて使い潰されることが多いらしい。使い潰されるって表現はちょっとアレか。だが実際に今(博士に許可もらって)読んでるMCP-████の文書じゃ、いきなり山の奥に現れたMCP-████の群れに、オブジェクトの特性を調べるために数人のDクラスが送り込まれて速攻で犠牲になっていた。犠牲とはいえ実際はただのカップル成立である、というのは笑いどころなのかどうか。MCPオブジェクトは基本的に人に危害を加えないらしいからな。
だから、というわけではないだろうが、Dクラスは新しい人員の補充・交換もそれなりの頻度で起こるし、1人のDクラスが複数のMCPオブジェクトの被験者として使われることもない。俺の実験はどうも長い期間を俺1人で担当しそうな気配だが、これは意外とレアなケースであるようだ。
対して他の財団職員、博士やエージェントは、能力や本人のキャパシティに応じて幾つかのMCPオブジェクトを受け持っていることもある。あの博士も例外ではなく、MCP-151-7以外にも2つほどオブジェクトの調査をしているらしい。あいつ、子どもっぽい見かけのわりに優秀だったのか。
・████/7/10
MCP-151-7に対して行う実験は、1日に2〜3時間程度と最初に取り決めがあったのを思い出した。理由はMCPオブジェクトとの暴露時間が長いと何かしらの悪影響が出かねないからだそうだ。悪影響とはなんだと博士に聞いたが、言葉を濁されてしまったのも覚えている。
最近は実験以外の時間に何をすればいいのかを考えていて、今日ふと思いついて実験終わりの時に博士に、何か他に手伝えることはないのかと聞いてみた。MCP-151-7に行う実験がそれだけ代わり映えせず、ぶっちゃけ退屈だということでもある。いや、重要な実験データだって言う博士の主張は分かるが。
話し合いの結果、博士の扱う他のオブジェクトへの実験時に書記として雑用仕事をすることになった。給料は変わらないらしいけど、まあ興味本位で言い始めたことだから構わない。
・████/7/14
MCPオブジェクトは、それぞれ脅威度に応じてクラス分類がなされている。それぞれSafe、Goetia、Voynichの順番に危険性が増していく。MCP-151『魔界銀の黒剣』は真ん中のGoetiaクラスで、積極的に男に襲いかかるようなヤツはだいたいこれに当てはまる。ただ、今俺がやってる実験次第ではMCP-151の分類が変わる可能性もあるらしい。
そして、今日見てきたのはMCP-████だ。あー、ここにはあんまし書けないんだっけか? とにかく、目のやり場に困るような姿のやつだった。全裸どころか、身体自体がそもそも透けて、いや、これ以上はいいか。MCP-████は博士とガラス窓越しに話していて、どうやら博士はそいつの社会性に関する意識向上を目指した対話というか、ぶっちゃけ勉強みたいなことを行なっているようだった。俺は横で記録を取っていたが、博士は彼女に社会常識を教えるのにだいぶ難航しているようだ。そりゃそうだろう。まずそいつ、服着てなかったしな。さすがにそんなんじゃ表には出せないわな。
なるほど、こういった面があるから財団はMCPオブジェクトを収容する形で保護しているってワケだ。
・████/7/29
今日は博士のMCP-████への対話調査を手伝っていた。オレンジ色のツナギを着たDクラスがあれこれ動いているのは外聞が悪いということで、最近はMCP-151-7以外の実験時には俺も博士と同じ感じの白衣を着ていたんだが、それでも絶縁衣なんてのを装備したのは初めてだった。
MCP-████はいかにも触ったらビリっときそうなオブジェクトだったが、その隣にいたパートナーのDクラスの男は全く平然としていた。ビリビリする感覚が気持ちいいらしい。ドMか。
・████/8/6
昼飯の時に延々と博士に愚痴られていた。どうも昨日あった研究サイト間のウェブ報告会議でいろいろあったらしい。この近くの別サイトで収容違反未遂が発生したとかなんとかで、関係ないこちらにまでとばっちりで厳重な注意勧告が来たそうだ。確かに理不尽だろうが、それをわざわざヤツの自室で(食堂ではさすがに話せない内容だから、と言われた)聞かされていた俺もなんだか理不尽な気がした。
今日は博士は半休だったようで、昼メシ後に今後のMCP-151-7の実験について軽く打ち合わせをした。そろそろ次のステップに進んで、被験者の俺が剣に直に接触した時の反応を調査するようだ。いい加減実験も単調でダルくなってきた、うんともすんとも反応を返さないあの剣だが、そろそろ何か変化があるんだろうな、と博士に話したら、ヤツは「もしかすると、剣に触れたら君の性別が変わる可能性もある」などと恐ろしいことを笑顔でのたまった。まあ、ちょっと冗談で脅かしてきただけだろう。冗談だよな? そんなMCPオブジェクトの特性なんて実際にあるのか?
その後もオフィスに留まって博士の実験ログを借りて読んでいると、なんと気付けばヤツは自分の席で寝こけていた。博士ってのも疲れが溜まるもんなんだろうか? 空調の真下にいたので寒かろうと、ヤツが脱いでいた白衣を掛けてやったら、白衣の胸元のボールペンがすっぽ抜けて寝顔にぶすっと刺さった。かなり怒られた。ちなみにボールペンは俺が買ったうちの1本をあげたやつだった。なんだこの、恩を仇で返される感じは。
・████/8/13
ようやく布を取り払って姿を見ることになったMCP-151-7は、見た感じは普通の西洋風な直剣だった。色が真っ黒なのが若干不吉な印象だが、少々拍子抜けした。MCP-151の文書に載っていた画像ではもっと表面に血管が脈打っているような歪な形の剣だったのだが、それはどうやら女性に寄生してから変化した形状なのだろうというのが博士の見解だ。
で、俺が持ってみることになった。今まで剣なんて持ったこともないし、さらにMCPオブジェクトだしで非常に緊張しながらも台座に刺さったそれの柄を握ってみた。刃には絶対触れてはいけないとも言われ、かなり自分自身へっぴり腰でビビっていた。
結果から言えば、いきなり俺のアレが取れたり、胸が膨らんだりすることはなかった。一安心した。これからもよろしく、ありがとうマイサン。部屋の外で大笑いしやがって、くそったれ博士め。
・████/8/17
今日は台座からMCP-151-7を持ち上げてみたが、今のところ大きな変化や、エロ的なイベントは起こる気配が全くない。相変わらずパートナーとイチャついてるMCP-████やMCP-████とは違って、そもそもあれ、見かけはただの剣だしな。博士の言ってた霊体の女性型存在なんてのも、俺には一向に見える気配がない。自慢じゃないが昔から霊感はない方なんだ。本当に自慢にもならないなコレ。
・████/8/27
隣の個室のDクラス職員、D-33856のやってた接触実験が終わったらしい。そいつの相手はいわゆる“獣人型”と呼ばれるタイプのGoetia分類MCPオブジェクトで、行為の時はいつも激しいんだなどと毎回苦言のようなノロケを俺に語ってきていた。
D-33856とそのMCPオブジェクトは、2人して別の場所に移るらしい。本人達の希望が通り、山奥の里でのんびり畑仕事でもやりながら2人で過ごすんだそうだ。財団所有地の、元は廃村だったところだとかなんとか。あの野郎、幸せそうな顔しやがって。祝ってやる。
・████/9/4
MCP-151-7にほんの少しの変化があった。俺が持ち上げた時に、前回と比べて若干だが重さが増した印象を受けたのだ。質量計測では全く以前と変わりがなかったが、それでも剣を持って素振りをしていると前よりも疲れた気がするのは間違いない。
実験後の処理が終わった後で室外の博士に上の内容をつぶさに伝えたところ、目を輝かせてオフィスに駆け戻っていった。俺は放置された。仕方ないのでやつのオフィスに自分も向かったところ、いたる所に書類をぶちまけて資料を漁り、ホワイトボードにすごい勢いで何やら書き殴ってる博士の姿を見てしまった。ちょっとヒいた。
・████/9/5
わざわざDクラス職員用の宿舎にやって来た博士に叩き起こされ、早朝から前倒しでMCP-151-7の実験を行うことになった。試してみてくれと言われたので再び剣を持ち上げれば、さらに重くなっていることが分かった。あれこれ部屋の外から指示されて持った姿勢なども変えてみたが、やはり重いものは重い。ヘトヘトになってようやく解放されたのは昼頃だった。
博士の立てた仮説では、MCP-151には“男性がオブジェクト本体を持てないようにする”特性が備わっている可能性があるのだそうだ。男の俺が持った時に剣が重く感じたのは、剣自身がなんらかの力で俺が持つことに反発し、避けようとする機構なのではないか、とのこと。今後さらに変化が顕著になれば、オブジェクトの新しい特性として確定されるだろう、とヤツはこちらに身を乗り出して話していた。
ところで、その話をされたのは食堂なのだが、あんなに大声でMCPオブジェクトについての情報を垂れ流しても大丈夫だったのだろうか?
・████/9/6
案の定、ヤツは始末書を書かされていた。
だが、それもオフィスで鼻歌交じりに書いていたところをみるに、あまり反省はしていないようだ。研究者というのは皆こんな感じなんだろうか?
・████/9/18
MCP-151-7は重さをさらに増して、もう両手でも持つのも辛くなってきた。ダンベル上げとかじゃないんだぞ。筋トレかよ。楽しそうに指示を出してくる博士にそんな恨み言をぶつけたところ、何を間違ったのか実験後に購買でプロテインゼリーを奢られた。だから筋トレじゃねえっての。むしろヤツが筋トレすればいい、俺よりよほど華奢なんだから。
ああ、そろそろ博士の管轄だったMCP-████の学習能力の検証が終わるらしい。この前服を着ることを覚えてたしな、この調子で社会性を身につければ、あいつも財団サイト内なら出歩けるようになるのかもしれない。
・████/9/27
珍しく、本当に珍しく俺のところに郵便が届いていたので見てみれば、D-33856からだった。あいつがパートナー(手紙の文ではもう完全に“嫁さん”と書かれていた)と一緒に肩を組んでいる写真が入っていた。後ろの景色見た感じマジで畑仕事やってんのな、D-33856。
手紙の最後にはそっちは元気か、どうしてる? みたいなことが書かれていたので、俺も財団内の流通に乗せて手紙を返信することにした。毎日重量挙げトレーニングをしてる、このままじゃ元気どころかムキムキになりそうだとだけ書いて郵便を出した。俺もMCP-151-7とのツーショットでも送れば良かったのだろうか。想像したらシュールだった。
・████/10/15
MCP-151-7は完全に持ち上げることが不可能になった。俺が持てなかったMCP-151-7が、博士が操作する室内備え付けのマニピュレータのアームを使って簡単に台座から引き抜かれるのを見せられた時には妙な気分だった。
博士は近頃かなり上機嫌だ。扱っているMCPオブジェクトの実験結果が上手いこと出せているためだろう。しばらく前から夕飯もオフィスで一緒に食っている。ヤツは料理がヘタなので(コーヒーを淹れるのだけは上手かった)、なぜか俺が材料を渡されて作らさせられているが。
ここ最近さらに饒舌になってきたヤツは、過去のMCPオブジェクトの特性や来歴について俺に話してくる。財団は機密情報にクリアランスレベルという形で公開制限を設けているが、多分俺の頭には自分のクリアランスレベル以上の知識が入ってしまっている気がする。もしかしなくてもマズイだろこれ。というか、こいつは俺以外に話す職員は居ないのだろうか。いろいろと怖くて聞けないけど。
・████/10/18
博士の実験により、さらにMCP-151-7から新しいことが分かった。俺以外の男性Dクラス職員ならば持ち上げられるのかということを検証したところ、なんと彼らはMCP-151-7に触れるどころか、収容室の中に入ることすらできなくなっていたのだ。「脱力感を感じた」「立ちくらみのような感覚があった」等々の幾つかの理由により、彼らは部屋の前でへたり込んでしまったため、実験は中断された。
疲弊した彼らとは対照的に、この結果に狂喜乱舞したのは博士だ。どうやら男性が所持することを嫌うMCP-151-7も、他のMCPオブジェクトと同様に1人の男性を選別する性質は備えている可能性が見出された、とのこと。そして、他のDクラス職員をよそに普通に部屋に入ることができ、MCP-151-7を持ち上げることはできなくてもツーショットぐらいならば平気な顔をして撮れた俺こそが、MCP-151-7に選ばれた男性であるらしい。
剣に選ばれたと書くと少しカッコいい気もするが、依然として持てないことには変わりない。MCP-151-7はきっとツンデレなのだろうと勝手に納得してみる。ちなみにツーショットはD-33856に今度送ろうと思う。
・████/10/24
数日の検証の末、やっぱり俺だけがMCP-151-7に近付けることが分かった。他のDクラス男性は全滅、男と比べれば人数は少ないものの居るには居るDクラス女性ならば、接近することは可能だった。まあ、さすがに手に持ったらマズイのでそこまでの実験は行われなかったが。
ある程度結果が出揃ったと満足げな博士に、それなら俺のアルバイトも遂に仕舞いかと尋ねてみたところ、まだ他の検証もしておきたい、君にはまだまだ居てもらわなくちゃ困ると早口に返されてしまった。夕飯として作ったカルボナーラの皿を倒しかけるぐらいの勢いだった。案の定ヤツの服にソースがこぼれ、慌ててシャワールームの方へ駆け込んでいた。
それから自室に戻った今、もし実験がすべて終了して自分が解雇になった時、俺を選んだというMCP-151-7はどうなるのだろうか、ヤツは新しく何の研究をするのだろうか、なんてことをふと考えた。
・████/10/25
今日はたまには食堂で、と他のDクラスのやつらと晩メシを食ってから自室に戻ったら、留守の間に内線で何度もコールが来ていた。
何があったのかと予備のカードキーを使ってオフィスに入ってみれば、あいつ、博士のヤツがぐてっとデスクに突っ伏してたからかなり焦った。が、しかしよく見れば酔っ払っていただけだった。酒には弱いらしい。近くにあったワイングラスは中身がほとんど残っていたから、相当弱いのだろう。なぜ飲んだ。
起こそうかどうかと迷っているうちに、博士が勝手に目を覚ました。しばらくボケッとしていたが、俺を見て「さあ飲め」だとか「祝杯だ」とか、そんな言葉を連呼しながら自分のグラスを押し付けてきた。完全に酔っ払いだったなアレ。結局むりやり飲まされ、それを笑って見ていたヤツ自身はとっとと寝てしまった。軽かったのでベッドに運ぶのは簡単だったが、後処理という名の片付けを押し付けられた腹いせに未開封だったおつまみをパクってきた。うまいなコレ。
・████/10/26
昨日のことは特に話題に出なかった。ヤツも酒で忘れてしまったのだろう。多分。
・████/11/1
昼間は博士からの提案を了承し、MCP-151-7により積極的なアプローチを仕掛けるという名目での実験を行っていた。MCP-151個体はどれも刀剣であり、斬られた男性をMCP-151の寄生した女性に対して発情させる特性を持っている。それを、女性という存在を除いて試してみようと言われたのだ。
で、斬ってみた。台座に刺さった剣はもう持てないが、とりあえず刃のところに人差し指を当ててシュッと擦ってみたところ、よく分からない感触があった。このオブジェクトは『魔界銀の黒剣』なんてふうに呼ばれるが、その魔界銀ってのが生物を傷付けられないってのはマジだった。指先にはペーパーナイフほどの切り傷すら無かったからだ。
ただ、実験後になんか違和感があるなと思ったら、微妙に下半身に血が集まっているような感じがした。一応博士には報告しておいたが、なぜか曖昧な感じの返事しか返ってこなかった。さっき少し寝て起きたら、もう収まっていた。
・████/11/9
今日は失敗だった。手が滑って、MCP-151-7の刃を思いっきり右腕全体に当ててしまったのだ。例によって切り傷は全くなかったが、どばっと体中が熱くなって汗が出て、いきなり目まいがしたかと思ったら収容室の床に自分が倒れていた。室内マニピュレータのアームを操作して俺を引き寄せればいいところを、動転していて考えが及ばなかったのか、博士が慌てて室内に入ってきたところまでは覚えてる。
起きてみればヤツのオフィスで寝かせられていて、時間は数時間も経ってた。あの後は、ヤツ1人では俺を運ぶことができずに、結局セキュリティチームを呼んで運んでもらったらしい。非力すぎるだろあいつ。
日誌を書いている今は、もう体調もラクになってる。倒れる直前は自分自身結構ヤバいことになっていて、股に血が集まって頭が貧血になるぐらいだったのだけど、寝て起きたらスッキリ元に戻っていた。なんだかんだで博士には迷惑をかけたっぽいな、明日は洗ってもらったツナギを受け取りに行くついでに謝っておくべきか。
・████/11/16
女性に取り憑いていない状態のMCP-151であっても刃に触れるのは危険であることは確認できたので、ここ数日は以前までのアプローチに立ち戻り、MCP-151-7の反応を直に触れずに観察するような実験に戻っている。
ただ、少しばかりMCPオブジェクトの共通特性に近い部分を調べたいという博士の言葉もあり、対話の中でもより性的な感じのことを試すことになった。まさか再びエロ本を朗読することになるとは思わなかった。
・████/11/21
えー、今日の実験はさぞ面白かっただろう。はたから見れば、と注釈はつくけど。
対話だけじゃラチがあかないという博士の意見から、若干の押し問答の末、俺はMCP-151-7の前で半裸になっていた。何が悲しくて剣の前でまっ裸でポージングをキメなきゃいけないんだ? MCPオブジェクト達の整った裸なら芸術的価値なんてのもあるんだろうが、俺なんかが脱いでも誰も喜ばないだろ。いや、喜ぶのか? 剣が?
・████/11/30
指示に押し切られて、これまで巻いていた腰布すらも外して俺は収容室で数十分ほどを過ごしていた。端的に言って全裸だ。でもよく考えたら部屋にはMCP-151-7を除けば俺1人だし、見学者もせいぜい博士くらいだしで(それも遠慮があったのか、ガラス窓はブラインドを降ろされて、ヤツとは通信機でやり取りしていた)、自室でシャワー上がりにくつろいでるのと変わらないのかもな、と考えてみた。うん、そう思わないとやってられん。
・████/12/4
冗談交じりで言っただけなのに、まさか案が通るとは思わなかった。機会があれば他のDクラス職員に聞いてみたい気もするが、オブジェクトの前で自慰をしてみせるなんて実験があるのか? いや、意外となくはなさそうなのが怖いところだ。
いろいろはしょるが、まあそんな感じのことをMCP-151-7の前で今日は最後に試してみたが、結果は悲しくなるくらい無反応だった。反応されても困るが。
そして日誌を書いている今、MCPオブジェクトの収容室にはだいたいの部屋に監視カメラが付いていたのを思い出した。もちろんMCP-151-7が置いてある部屋も例外じゃない。記録残っちまってんじゃねえか。とっとと博士に伝えて消してもらおう。録画データってどこに保管されてるんだ?
・████/12/10
先日のある意味究極の実験から、また何回かの小規模な実験をあれこれ試していたが、どれも大した成果はなかった。
で、ここからが今日の重要な話だ。どうやらまた新しいMCP-151が発見されたらしい。それもMCP-151-7と同じで、まだ女性に取り憑いていないタイプのやつだ。
今日の段階ではどう取り扱われるのかは分からなかったが、なにやらヤツはオフィスで難しい顔をしていた。こっちが話しかけても上の空だった。大方、新しいMCP-151でどんなことを検証しようか迷ってるんだろう。実験好きなヤツだしな。
・████/12/11
ヤツから打診があった。他のMCP-151を調査していた研究者とコンタクトを取ったところ、向こうから“MCP-151が女性に寄生する前と後の変化を調べてみてはどうか?”というような内容の話をされたらしい。
今日まで俺がやってきた実験は、MCP-151-7が他のMCP-151とは状態が違っていたから行えた実験だった。MCP-151-7を女に寄生させてしまえばもう、その後の検証は他のMCP-151と同様の条件となる。つまり、俺は遂にこのサイトでの仕事もお役御免となるのだ。
博士から提案された道は2つだった。1つは、MCP-151-7に被験希望者の女性を取り憑かせ、俺との反応を調査する。もう1つは、新しく見つかったMCP-151-8を使って俺のこれまで行った実験と同様の試験を他のDクラス男性で行い、女性を取り憑かせる実験もMCP-151-8で検証する。
前者なら俺は財団での活動を続投。後者ならば解雇となってこれまでの期間分の給金を受け取り、守秘義務を守りつつ自由なフリーターに戻る。MCP-151-7は、MCP-151を剣単体で長期に渡って保管した時の反応を見るために財団が管理することになるらしい。
博士も決めあぐねていたのかどうか、なにやら遠慮がちな様子で「選択は当人である俺に委ねる」と言ってきた。明日には答えを聞かせてくれ、とのこと。
・████/12/12
迷ったが、俺は続投を選んだ。
なんだかんだでMCP-151-7とは半年以上の付き合いだし、ここで仕事を放り出すのも忍びない気がした。いや、ちょっとばかり、MCP-151-7に女性を取り憑かせた後の実験への興味があったのも否定はしない。D-33856も楽しそうにしてたしな。
だからD-151-7には可愛い子を頼むわ、となるべく軽い調子でおちゃらけた風に博士に頼んでみた。こいつは本当に仕方ないな、的なリアクションをイメージしてたんだが、予想外に反応は薄く、ああ、そう、みたいな冷たい感じだったのには拍子抜けだった。「続投する」と最初にヤツに言った時には、少し嬉しそうにしていたんだけどな。
その後は予定があるとかで、いつもの昼メシも断られてしまった。さっき晩メシも食ってきたが、ヤツには連絡がつかなかったので、仕方なく1人で食堂に行っていた。なんか微妙に退屈だった。
そして今、退屈ついでになんとなくMCP-151について考えている。
MCP-151-7は、これまでの博士の検証から分かったように、“男がオブジェクトを持てないように遠ざける特性”を持っていた。しかし、それだとMCPオブジェクト全般に共通する“男の精からエネルギーを補給する”という特性とはイマイチ噛み合っていない気がする。
もしかすると、上の2つの特性の間には、もう1つくらい何かの特性が挟まってくるんじゃないか? それこそ、“男は遠ざける”の反対として、“女はMCP-151-7を持ちたくなるように引き寄せられる”とか、どうだ?
よし。憶測も憶測だが、あり得なくはないような気がする。どうやってその特性を調べるか、とかはきっとヤツが考えてくれるだろう。明日はそんな感じの話題を会話の糸口にしてみるか。
・████/12/13
朝から出鼻をくじかれた。「今日は自室待機」の一言だけ言って電話切るって、あいつなんなんだよ。間違いない、これ完全に避けられてるな。
納得がいかなかったので、MCP-████とかMCP-████とか、ヤツが行きそうなところを探してみた。いや、すぐにセキュリティに目え付けられてつまみ出されたけど。仕方ないから今日はメディアルームにこもってずっと、下戸なヤツでも飲めそうな酒をカタログで探していた。
よく考えたら、MCP-151-7と同じか、それ以上の時間をあの博士の下で過ごしていたことに気付いた。あいつは身勝手で話し方はもったいぶってるし、たまに突拍子もない言動もするし家事も苦手で酒も弱いが、少なくとも悪いヤツじゃない。研究熱心で努力型なところや、笑い上戸なところは俺にはない美徳だと思う。話も聞いていて飽きない。ただの臨時雇われのDクラスでしかない俺にも根気よく付き合って実験を進めてくれていた。
なんやかんや書き出してみたが、見直してみるとこりゃ相当恥ずかしいわ。俺1人が勝手に、ヤツのことを友人のようだと思っちまってたみたいじゃないか。アホか、なんて情けない、みっともない。明日こそあのくそ身勝手な博士と会って話さないと。いや、今行くか? 夜だけど構わない、話題なんてオブジェクトについてでも昼間注文した酒でもなんでもいい。とにかく、俺はあいつのことを悪く思ってないんだ。あいつが何かしら俺の行動で気を悪くしたってんなら、謝るくらいのことはしなければ。
ん、なんだ、さっきからドアの方でガリガリって感じの音がしてるんだが。新しく来た隣のDクラスのやつ、酔っ払って部屋でも間違えたか?
ドアが引っ掻かれて傷付いたりでもしたら困る、ちょっと注意してくるか。
・████/12/14
朝に日誌を書くのは初めてだ。
昨日は大変だった。MCPオブジェクトの収容違反ってのは文書の中で読んでたけど、まさかこのサイトで発生するとは露ほども思ってなかった。
脱走したのはMCP-151-7だ。セキュリティが気付いた時には収容室から無くなってたんだそうだ。というか、今も収容室には戻って来ていないらしい。いや、実際のところ本当の話だ。
これって俺にも責任があるのだろうか。あるんだろうな、恐らく。半分ぐらい現実逃避のために今は日誌を書いてる気もする。
まあ、その、なんだ。
博士のこと、今まで完全に男だと思い込んでたのは本当に悪かったよ。反省してる。
とりあえず、今日の仕事はベッドの掃除から始まりそうだ。
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17/08/10 12:39更新 / しっぽ屋
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