読切小説
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マザードール・コンプレックス

 僕の初恋は人形の少女だと言ったら、いったいどれくらいの人が笑うだろう。


 その当時、僕は小学六年生だった。
 都会から少しだけ離れた町に住んでいた僕が、一人で遠くまで出掛ける許可を貰えるようになってからの、ある日のこと。
 お店の連なる商店街の大通りから伸びる路地裏を、好き勝手に歩くうちに、僕はどこか分からない脇道に迷い込んだ。
 独特な雰囲気の中、僕以外に通る人もおらず、街にいたはずなのにとても静かで。
 高い塀と建物の壁に阻まれて自分がどの辺りにいるのかも分からない。
 どこに行くでもなく建物たちを眺めて歩くと、ある古びた建物にあるとても大きな窓の向こうで、小さな女の子たちが慎ましやかに、けれど気品さを溢れさせて立っていた。

 そしてその中に居る一人の銀髪の少女に、僕は一瞬で目を奪われる。

「……わぁ」

 背はその時の僕より頭一つ小さいくらいで、さらりと流れる縦にくるくるとロールした銀色の長い髪と、頭の後ろから見える紫の大きなリボン。宝石のように大きい薄紫の瞳。息を呑むほど整った顔立ちに、お姫様のように煌びやかな、白と紫を基調にしたドレス。
 一目見ただけで、僕は彼女にくぎ付けになっていた。
 学校のクラスの女の子たちよりも、テレビや本で見たどんな女性よりも、その子が魅力的に見える。
 全身がぴくりとも動かないし、よくよく見ると指には線のようなものがあったから、幼い僕にもそれが人形なのは分かった。だけどそんなことがどうでもよくなるくらい、彼女に見惚れていたのだ。

「ここ、人形屋さん……?」

 大きくて厚い窓ガラスの近くには、建物の中に続くであろう古びた扉が一枚あるだけ。看板や店名を書いてある札もない。
 この扉を開ければ、彼女にもっと近づけるだろうか。
 でも女の子ならまだしも、男の子が人形を見たいだなんて言ったら、きっとヘンに思われる。
 結局その扉を開ける勇気が僕にはまだなくて、ただガラス越しに彼女を見つめ続けるだけ。
 暗くなり始めた頃には慌てて家路を急いで、来た道を戻ってなんとか帰ることができた。




 それから休みの日になると、彼女のいるあの建物に何回も行くようになった。
 いつ訪れてもあの人形は窓の向こうで微笑みを浮かべてぴしっと立っていて、窓の外を眺めているようにも見えた。
 来るたびに立ち方やポーズが変わっていたので、お店の人もちゃんといるのかな、と思っていると、

『おいで』

 という声が、どこからか聞こえた。
 静かな裏通りにいるので空耳だとは思わなかったけど、誰がどこでそう言ったのかは分からない。
 考えられるとしたら、いや、まさか。
 困惑している間に、さっきの声とは違う、大人っぽい声が僕の後ろから聞こえた。

「あらあらぁ。どうしたの、ボク?」

 慌てて振り向くと、そこに立っていたのは背の高いお姉さんだった。
 腰まで伸びた紫色の長い髪に、上下とも黒いスーツをびしっと着こなしていて、服の上からでもスタイルの良さがわかる。
 特にその大きな胸はスーツからはみ出てしまいそうなほど――と、考えてしまった自分を恥じた。

「もしかして、ウチのお店に何か御用?その年で随分マセちゃってるわねぇ〜♪」
「い、いえ、あの……」

 その目は優しそうなのにどこか鋭くて、見つめられるとドキッとした。
 初対面なのにお姉さんはぐいぐいと僕に近づいてきて、一緒に香水のような甘い匂いが漂って頭がぼんやりしてくる。
 そしてつい、僕は本音を漏らしてしまう。

「えっと……!ぼく、あそこにいるお人形さんに、興味があって……!」
「あはは、モチロン知ってるわよぉ、何回もお店の前をウロウロしてたものね」
「あ……し、知ってたんですか?」
「アナタの目当てはあの銀髪の子よね。
 あの子がここに来たのは、わりと最近だったかしら。
 来てばっかりは、もう酷い有様だったけど……綺麗になって良かったわ」
「……ここの人形さんはみんな、売り物なんですか?」
「ま、そうねぇ。気に入らないヒトには売らないし、売れないけど」
「うっ……」

 そう言われると、途端に自信がなくなってしまう。自分は人形遊びをする年頃でも性別でもない。
 
「そ、そうですよね。男が人形さんを欲しがるなんて、おかしい――」
「すとっぷ♪」
「んむっ?!」

 いきなりお姉さんに僕の唇を人差し指で抑えられ、驚きで心臓が跳ねた。

「だーれもそんなコト言わないわよぉ。
 もしも言う子がいたら、ワタシがすぐに黙らせてあげる♪
 それにアナタはあの子が好きで何度もココに来てたんでしょ? 自分にウソをつくのはよくないわぁ」
「は、はい……」
「もう外で眺めるだけじゃマンゾクできないでしょ? さあさあ入って入って♪」
「え、ええっ?」



 お姉さんに半ば強引に手を引かれ、僕は扉の向こうへと連れて行かれる。
 その建物に入った瞬間、お姉さんから漂っていた甘い匂いがより濃くなったようにも感じた。

「せっかくのお客様なんだから、お名前を聞いてもいいかしら?」
「あ……えっと、慧(けい)です」
「慧くんね。ちゃあんと覚えておくわ」

 建物の中はちょっと狭いし、明かりも少なくて薄暗い。
 部屋の中心には古そうだけど綺麗なテーブルとイス、周りには本棚と、大きな窓からも見えていた分厚い赤のカーテン。あのカーテンの向こうに人形たちが並べられているのだろう。

「ちょっと待ってねぇ、今あの子を連れてきてあげるから」
「あ、ありがとうございます」

 お姉さんはカーテンの端から身を滑らせると、支えるための土台と一緒に、あの銀髪の子をお姫様みたいに抱えて持ってくる。
 そして僕の目の前で立たせてくれた。

「ほーら、アナタがいつも探してたあの子。慧くんっていうのよ。
 アナタの事、もっと近くで見たいらしいわ」
「うわあ……」

 近くで見ても汚れや傷など一つもなく、それどころかより美しく見える。
 本物の女の子だと緊張で動くことさえ出来なそうなほどに綺麗だけど、相手が人形だと分かっていれば少しだけで済む。
 そうしてまじまじと彼女を見つめていると、

『……ぅ』
「あれ……?」

 さっきまでは透き通るように白かった彼女の頬が、なぜか赤く染まって見えた――気がした。

「くすっ……その子、アナタに触ってほしいのかもね」
『……っ?!』
「え? でも……」
「あらぁ、人形が人間みたいに動いて考えないなんて、誰が決めたのかしら?
 こんなにしっかりと造られた人形なら、人間みたいになっても不思議じゃないでしょ?」

 そんなまさか――とは言えないぐらいには、実際その人形は精巧で、美しかった。

「え、えっと……この子に触っても、いいんですか?」
「もちろん。大切にされて喜ばない人形はいないわぁ。でも、優しくしてあげてね?」
「はい」

 お姉さんが土台に立たせ終えたのを見てから、恐る恐る僕は手を伸ばして、その子の頬をそっと触ってみる。
 ……柔らかい。
 体温なんてないはずなのにほんのり温かくて、まるで人間みたいだ。
 流れるようにさらりとロールした長い銀髪も、とても指通りが良くて滑らかで。
 ドレスの袖から覗く小さな手を握ってみても、関節の穴以外には人形らしさがほとんどない。実は人間だ、と言われた方が納得できるくらいだった。

「それで……アナタはこの子が欲しいのかしら?」

 様子を見ていたお姉さんが僕に問いかけてくる。
 僕はどう答えるべきか、いろいろな意味で悩んだ。

「……欲しい、です。でも、きっと凄く高いですよね、こんなに大きくて綺麗な子だから」
「まぁ、ね」
「僕のお父さん……母がいなくなってからは、お小遣いだけじゃなくて、僕の欲しいゲームもマンガもほとんど買ってくれて。
 もしかしたら、ちゃんと頼めばお金も出してくれるかもしれません。
 でも……これ以上お父さんにワガママを言うのはイヤなんです。今だって優しくしてくれるから、母さんのことだってそんなに気にしてないのに……」
「お母さんがいなくなった……っていうのは?」
「……詳しくは教えてもらえなかったけど、元々身体が弱くて、僕を産んでから、少しずつ持病が悪化していったらしくて、一年前に……」

 不意にママ……母さんのことを思い出してしまうのを、唇を噛んでごまかす。
 もう何年も前のことだし、整理は付けたつもりだから、人前で泣いたりはしない。
 立派な子になるって、父さんとも母さんとも約束したんだから。
 そしたらお姉さんは傍目にも分かるぐらいに目をうるうるとさせて、にじり寄ってきた。

「な……なんて健気な男の子なの……!お姉さんがぎゅってしてあげてもいい?!」
「い、いや、それはちょっとっ……」
『ダメにきまってるでしょっ!』
「えっ? い、今の声は……?」

 聞き覚えのある声が、前よりは少しはっきりと聞こえた。
 ただお姉さんには聞こえていないのか、まったく気にする様子はない。

「んむぅ……生殺しなんてイジワルだわぁ。
 まあそれはともかく……欲しいのは欲しいけど、買うのはムリってことよね」
「はい……こんなに大きいと、持って帰るのも、その後のお手入れも大変だと思いますし」
「あらあら、意外としっかり考えてるじゃない。
 小っちゃいのは見た目だけで、随分オトナねぇ……。
 でもね、真剣にあの子たちの事を考えてくれるなら、お金なんてどーでもいいのよぉ?
 だから、アナタみたいな子にこそ貰ってほしいのに」
「でも……ごめんなさい」

 そうするとお姉さんは少しだけ考える素振りをしてから、こんな提案をした。

「そうだわぁ。もし苦でないなら、ココに来ればいいのよ」
「えっ?」
「こんなに良い貰い手が見つかったんだから、もう他の人に渡したりはしないわ。
 自分の近くに置きたくなったり、実際に置けるようになった時に、改めてあの子を譲ってあげる。
 ウチはいつでも空いてるから、アナタの好きな時、あの子に会いたいと思った時に、ココへ来ればいいの」
「そんな……いいんですか?」
「未来のお得意様を無碍にするなんて、おバカさんのやることよぉ。
 ま、べつに商売人ってワケじゃないから、もともとテキトーだけど」
「あ、ありがとうございます!」

 僕が思いきり頭を下げると、お姉さんは彼女の頭を撫でながらこう言った。

「それじゃあ、将来の貰い手さんからこの子に名前を付けてあげなくちゃね。
 どんなのがいいかしらぁ?」
「名前、ですか……えっと、うーんと……」
「慌てなくてもいいわ。じっくり考えてね」

 誰かに名前を付けるような機会なんてなかったので、少し悩む。
 考えながら彼女の周りを歩いていると、くるりとロールした銀髪の毛先が指に触れた。

「綺麗な銀色の髪……銀、シルバー……シル。
 ”シル”っていう名前は……ちょっと単純ですか?」
「いいえ、とてもいい名だと思うわ。この長い銀の髪は、彼女の自慢のひとつだもの」
『……ん』

 また誰かわからない小さな声。
 でもそれは思わず漏れてしまったような、嬉しい声色に聞こえた。

「それじゃあこれからもよろしくねぇ、慧くん。
 ……ああでも。あんまり夜遅くに来ちゃダメよぉ。
 夜道は小さい子には危ないし、お店が”オトナの時間”になってるコトもあるからねぇ……♪」
「は、はあ……」

 そのお姉さん(一応店主らしい)は他の人に人形を譲らないことを約束してくれて、いつでも店に来てくれていい、と言ってくれた。
 それでお店が成り立つのか疑問で仕方なかったけど、ともかくあの子とこれからも会えるのはとても嬉しい。
 実際、週に一度はお店に行くぐらいに僕は通い詰めていた。
 好きなもの、得意なこと、学校や家でのことを、いっぱい彼女に話した。
 返事をしてくれるわけではないけど、彼女はいつも微笑むような優しい瞳と表情をしていた。たまに本当に僕を見ているんじゃないか、と思うくらいに。


 しかし、そんな日常は長く続かなかった。


 あの店を始めて知ってから、たった数ヶ月のこと。
 僕たちはお父さんの仕事の都合で、小学校の卒業と同時に引っ越しをしなければいけなくなった。
 お店の事を父さんにも話して、あの子を一緒に連れて行くべきか否か。
 悩みに悩んで、僕はあの店に行った。

「ううん……ホントにいいの?お金なんて取る気ないのに?」
「……はい。そう言っていただけるのは嬉しいですけど。
 ちゃんと自分でお金を払えるようになったときに、また来ます。
 勝手ばかり言って本当に申し訳ないですけど……それまで、待っててください」
「んむむむ……もどかしいわぁ。そーいうコトが言える子にこそ渡してあげたいのに。
 でも仕方ないわ、オトナになったらまた来てちょうだい?」
「必ず来ます」
「けどもしかしたら、この店もなくなってるかもなのよねぇ。
 イロイロこっちもオトナの理由があるから、ずっとここに店を構えてるとは限らないわぁ」
「……そう、ですよね」
「でも、会えなくなる心配をするコトはないのよ。
 命を運ぶと書いて運命……アナタが望んだその時には、きっとまた会えるでしょう。
 アナタの想いが本物なら、ね」

 そう言ってお姉さんは微笑むと、僕を送り出してくれた。
 この時僕は、この店の住所も電話番号も知らず、聞いてもいない事に気付かなかった。
 もっとも、聞いたとしても誤魔化されていたかもしれない。

 僕が二十歳になって戻ってきた時、そんな場所は”どこにもなかった”のだから。





――――――――――――――――――――――――――――





「……ふう」

 冬の様相を見せ始める十一月上旬の、午後十時。
 自宅である1Kのアパートに帰ってきた僕は、買い物袋を降ろし、ネクタイを外して一息つく。
 大学まで滞りなく卒業、就職と同時に一人暮らしを始めた。そして新卒で会社に入ってもう半年以上経つ。研修も終わり本格的に業務に取り掛かっており、特に今の時期は繁忙期で残業も多い。
 とはいえ残業代はちゃんと出るし、いわゆるブラック企業というほど過酷な労働を強いられているわけでもない。
 しかし覚える事が山ほどあるのと同時に、雑務を全てこなさなければならず、疲労はどんどん溜まっていく。近頃は休日出勤も相成って、家に帰るとご飯を食べてすぐに寝てしまう生活が続いていた。

「明日は久しぶりの土日休みか……部屋の掃除と洗濯だけでもしとかないと」

 一人暮らしにはそれなりに慣れたけど、「ただいま」を言える相手がいないのは思ったより淋しいものだ。でも父さんにも同じ思いをさせているのだと考えると、余計に弱音は言いづらい。
 もし”あの子”がいてくれたら、こんな寂しさも紛らわせるのかな――と、たまに思ってしまう。

「そうだ、冷凍食品もまた買っておかないとな」

 誰に言っても信じてもらえるとは思えないけど、いまだに僕は思い出す。
 確かにあったはずの”あの店”は、どこに消えて行ってしまったのか――。
 ちょうどさっき着けたテレビでは、近年急増し、また過去の事例も発覚し始めた”記憶障害・妄想性障害”についての話題で、複数のコメンテーターが話をしていた。
 人によって症状は様々だが、酷い時にはあり得ないはずの現象を目撃したと言ったり、架空の存在としか思えない生物がいた、と公言するらしい。
 若い世代には特に多いらしく、創作物の氾濫による弊害だ、青少年の健全な発育の為に規制すべきだ――そんな議論がされているようだ。

「……やっぱり全部、夢だったんだろうか」

 あの頃と同じ道を通ったはずなのに、そこはただ古ぼけた建物が並ぶだけの通りになっていた。道行く人たちに聞いても知る人は一人もいない。
 覚えているのは彼女の外見と、あの子に触った時の感触だけ。
 でもそれがまだ、記憶にずっと焼き付いている。
 あれから長い時間が経ったけれど、あの子より美しいと印象に残った子を見た覚えはない。それが人形でも、人間でも。

「……おっと、もうこんな時間か。そろそろ寝よう」

 今日もインスタント製品で出来た夕食を食べ終え、シャワーを浴びた後、僕は冬の始まりを感じる冷ややかなベッドに入って目を閉じる。
 疲労の溜まった身体はすぐに眠りに落ちていった。




『……やっと、見つけたよ。慧ちゃん』


―――――――――――――――――――――――――――



「――ううん、」

 身体に掛かる何かの重み。
 布団とは違った別の柔らかさと、伝わってくる人肌のような温もり。
 眠っていた意識がぼんやりと目覚めて、瞼が少しだけ開く。
 薄紫の、つぶらで大きな瞳が僕を覗き込んだ。

「おはよう、慧ちゃん」

 それはとても見覚えのある顔だった。
 その綺麗な銀髪も、幼さの際立つ丸っこい顔も、僅かに赤い頬の色も。
 どこをどう見ても、あの子と寸分の違いもない。
 僕の身体の上へ覆いかぶさる彼女は、吐息が掛かるぐらいの近さまで顔を向かい合わせて、話しかけてきた。

「まだ、ねむい?」
「……もうちょっと、だけ」

 身体に掛かる声と息と、重みと温もり。その全てを感じながら、返事をする。
 服はいつも見ていたドレスではなく、薄桃色のネグリジェみたいなもので、たくさん付いた小さなリボンやフリルが可愛らしさを引き立てている。ただ生地の薄さと裾の短さのせいか、際どい色気のようなものも感じてしまった。

「あ、もしかして、わたしのせいでおこしちゃった? ごめんね。
 めざましどけいも、とめておいたからだいじょうぶ。まだねててもいいよ」

 もう見つけることのできないあの子と会えるのは、やはり夢の中だけなんだろう。
 それでも、僕にとってはとても嬉しい夢で。
 
「……シル……」
「わたし、もうちょっとしたらあさごはんのようい、してくるね」

 気を遣っているのか、密やかにささやくような、幼くもどこか落ち着いた不思議な声色が、ぼーっとしたままの頭に沁みこむ。

「慧ちゃんがすごくつかれてるの、わかってるよ。
 あたま、なでなでしてあげるから……ゆっくり、まっててね」

 子供よりも小さい掌が、僕の頭を優しく撫でる。
 それと一緒に、大人になった今では小さく感じてしまうその全身を使って、僕にぎゅっと抱きついてくる。
 さらに左手は僕の指に絡ませて掌を合わせ、まるで恋人のように手を繋ぎながら。

「……ん」

 ああ、なんて素敵な夢なんだろう。
 記憶に残る彼女と一致した、夢とは思えないその圧倒的な手触りを確かめながら、僕はまた朝の微睡みに落ちていく。



 だがもう一度目が覚めても、彼女はやはりそこにいた。動いていた。

 丈に合わせたミニサイズの白いエプロンを身に着けて、ベッドの傍にシルが立っている。デフォルメされたひよこが大きく描かれたそのエプロンは、子供っぽいけれどやはり似合ってるな、なんて思う。

「あさごはん、できましたよ。いっしょにたべましょう」
「……うん」

 気が付くと、部屋には炊きたてのごはんや焼いた魚のいい匂いが漂っている。
 最近は自炊をする余裕もなかったので冷蔵庫にまともな食材はないはずだけど、どうやって買ってきたのだろう。
 そんな事をぼんやり考えながら、促されて僕がテーブルの前に座ると、シルはキッチンへ行ってお盆に料理を載せて戻ってきた。

「サバのしおやきに、たまごやき、とうみょうのおみそしるです。どうぞ」
「いただきます」
「はい、めしあがれ。じゃあわたしも、いただきます」
 
 彼女とテーブルを挟んで向かい合って座り、一礼をしてから料理に手を付ける。

「あ……おいしい」
「そう?よかった、すきなものがかわってなくて」
 
 思わず口に出てしまうくらいちゃんと作られている。
 父子家庭になってからは僕も多少は料理をするようになったけれど、僕が作るよりいい出来だろう。どれもしっかりと味が付いていて美味しいし、何より丁寧に作られていた。砂糖が入った卵焼きも甘くておいしい。
 忙しさで最近は適当で、食べないことも多かった朝食。
 そのせいか、あっという間に白米がお茶碗からなくなってしまった。

「おかわり、いる?」
「あ、うん。頼むよ」

 そう言って僕がお茶碗を手渡すと、シルはキッチンにある炊飯器からご飯をよそう。踏み台みたいな物もちらっと見えて、あれに乗って料理をしていたのが分かる。
 彼女の背丈は1メートルそこそこ――つまり幼稚園児ほどしかないが、その仕草は手慣れていた。

「はい、どうぞ」
「ありがとう」

 受け取る時にまた少し、指が彼女の手に触れる。球体関節の穴が開いた、ヒトならざる人形の手。
 その感触を確かに僕は感じていた。

「ごはんをたべたら、おへやのおそうじをしましょう」
「うん」
「あっ、だめですよ。慧ちゃんはやすむんです。つかれてるんでしょう」
「えっ? ん……まあ」
「わたしはこんなおにんぎょうだから、じかんがかかるとおもうけど。
 つかれがとれるまではベッドにいて、てつだうのはげんきになってから、ね?」
「……はい」

 彼女には何とも言いがたい迫力と、頑固なところがあって、なぜかは分からないけど懐かしさのようなものを感じる。
 結局のところ料理も、掃除も、洗濯も、シルに任せっきりだった。
 でも、こうやって自分の為に誰かが尽くしてくれるのを眺めていられるのは嬉しい。
 それが喪ってしまった恋慕する相手でも、人間ではない人形だったとしても。
 こんな荒唐無稽な光景は、夢の中にしかないのだから。




「さあ、おゆはんのかたづけがおわりました。
 おゆもわかしておいたので、おふろに入りましょう」
「うん。じゃあ、掃除もしてもらったから。君が先でいいよ」
「まあ。なにをいってるんですか、いっしょに入るのにきまってますよ」
「……え」

 その言葉だけで、色んな思いが脳内を駆け巡る。
 流石にそれは恥ずかしいんじゃないか。彼女は濡れても大丈夫なのか。
 いくら夢でも、そんなことをしていいのか。
 けどそんな考えはシルの押しに流されて、何一つ口に出なかった。

「おようふくは、わたしがぬがせてあげます。台をとってくるから、ちょっとまってて」
「そ、それぐらいは自分で……」
「ふふふ。はずかしがらなくてもいいの。慧ちゃんのことはよくしってるんだから。
 はい、かがんでー」

 気恥ずかしさはあっても抵抗する気にはならず、まるで子供のように僕は一枚一枚服を脱がされていく。
 上半身はまだよかったけど、問題は下着だった。

「ちょ、ちょっと、さすがにそこは自分でやるから……むこう向いてて」
「あらあら、そんなにはずかしい?
 わたしはただのおにんぎょうなのに……みられるのがはずかしいの?」
「そ、それは……」
「ふふっ、でもわたしはみたいの。
 まだみたことない、おようふくの下にある、慧ちゃんのからだ……♪」

 不意に幼い顔に浮かぶ、ゾクっとするほど淫靡な表情。
 その薄紫の瞳に見惚れるように、魅入られるように、僕は動けなくなってしまう。

「さあ、ぬぎぬぎしましょうね♪」

 シルの細い指がパンツに掛かり、ゆっくり降ろされていく。
 羞恥心のせいで少し大きくなってしまった股間が、彼女の目前で露わになった。

「あら……♪ たくましくて、でもピクピクふるえてて、かわいらしいおちんちん……」
「そ、そんなに見ないで……」
「ダメよ、慧ちゃんのそういうおかおがみたくて、やってるんだもの。ふーっ♪」
「ひゃっ!」

 僕の顔と股間を交互に見ながら、シルは突然僕のモノに熱い吐息を吹きかけてきた。
 くすぐったい感覚でさらに身体がぞくっとしてしまう。
 それを見て彼女はまた淫らに笑みを増していく。
 そして同時に、僕の肉棒もどんどん勃ちあがってしまう。

「まあ、とってもビンカンさん……♪それに、ますますおおきくなって……すごいわ♪」
「うう……は、早くお風呂に入ろう。身体が冷えちゃうから」
「あらごめんなさい、イジワルしちゃったみたい。
 わたしもすぐにおようふくをぬぐから、ちょっとまってて」
「え、あ……」

 そう、一緒に入ると言うのだからそれは当然だった。
 でも待ってほしいだなんて言えない。僕だって、シルの服の下にある体を見てみたい。
 戸惑っているうちに彼女は白いエプロンをするりと外し、その下に着ていたピンク色の、長いキャミソールのようなインナーを脱ぎ始めた。
 幼さに溢れた、ぽっこりとやわらかそうな白肌のお腹と、綺麗なおへそが見える。
 それから服がずり上がって僅かに膨らみを持った乳房が露わになり、小さな薄桃色の乳首がツンと勃って主張していた。

「んっ……もう……そんなにみられたら、わたしもはずかしいよ……?」
「ご、ごめん」

 そう言いつつもシルはそんな僕を咎めたりはしないし、不機嫌そうな顔もしない。
 寧ろそれを喜ぶかのように笑みを浮かべ、下に着ていた小さなドロワーズをさっと降ろす。
 毛の一つもないつるんとした股間は、一本の筋と、その周りに僅かな膨らみがあるだけで、幼女らしさを醸しながらもヒトとは思えないほど美しい形だった。
 裸体に白のハイソックスだけまだ履いたままなのが、さらに背徳感を煽ってくる。

「まあ……♪おにんぎょうの、こんなちいさな子のはだかで、こうふんしてるの……?
 おちんちん、またぴくぴくってうごいてる……♪」
「う……いや、その」

 恥ずかしさで火が出そうになるけど、自分のそれを隠そうとするとたしなめられる。

「ほらほら、おててはどけて、ちゃんとみせて。
 わたしをみてそうなってるのは、わたしにとってもうれしいコトなの。
 みられてると、わたしも……なんだか、からだがあつくなってきちゃった……♪」
「い、行くよ」

 情欲を振り払うように僕は彼女に背を向け、お風呂場に歩き出した。

「あ、まだくつしたが……はい、ぬげました。
 すぐにいくから、まっててね」



「さあさあ、あたまをあらってあげますから。そこにすわって」
「う、うん」
「じゃあ、お湯をかけますよ。めをつむって」

 お風呂場にあるイスに座って、彼女にシャワーでお湯を掛けてもらう。背が低いぶんシャワーの取り回しは大変そうだけど、なんとかなりそうだ。
 目を瞑っていると、シャンプーらしき液体が付いたシルの指が僕の頭を撫でていく。

「ふふふ、かゆいところはないかしら? なーんて」

 楽しそうに話しながら、丁寧に髪の毛を洗われていく。短髪なのですぐに終わるはずだけど、彼女はたっぷりと時間をかけてくまなく洗ってくれた。

「はい、ながします。……うん、すっきり。
 そうだ……せっかくだから、わたしのかみも、あらってほしいかな」
「ああ、いいよ」

 彼女が言うには「ホントはあらわなくてもだいじょうぶだけど、慧ちゃんにしてもらえるのはとってもうれしい」らしいので、洗うことにする。
 でも正面に立つのは気恥ずかしすぎるので、僕は彼女の背中側に座ることにした。
 そのあまりにも小さな裸体を目の前にすると、自分に娘が出来たような気分になる。でも、子供のようにお世話をされているのはむしろ僕のほうだというのも変な話だ。

「お湯は熱くない?いや……そういえば、水気は大丈夫なの?」

 バスチェアに彼女を座らせて、頭からシャワーを掛ける。お湯を吸った銀髪はさらりと下に流れて、光で煌めいて見えた。

「ふふ、ヘンなこときくんだから。ダメならダメって、ちゃんとさきにいうよ」
「そう、だね。じゃあ、シャンプーつけていくよ。
 そんなに高いのじゃないから、今より悪くなっちゃうかもだけど」
「そんなのいいの、慧ちゃんのおててで、かみをあらってもらえるのがうれしいんだから。
 ひゃっ……なんだか、ぞくぞくしちゃう……」

 髪の先端までシャンプーを行き渡らせてから、ゆっくりとお湯をかけていく。
 指通りのいい銀の髪はかなり長いので、洗うのに結構時間が掛かった。

「ん〜……♪かみのけなでられるの、きもちいい……♪
 どうかな?わたしのかみ、きれい……?」
「うん……さらさらで、とっても綺麗だよ」
「えへへ……よかったぁ、ありがとう。
 慧ちゃんがほめてくれて、わたしのなまえにしてくれた、かみのけだもんね」

 髪や頭を指で撫でるたび、幼いのに色めいた声を上げるので、また変な気分になりかける。
 なんとか欲望を抑えて、銀髪に付いた泡を全部落とした。

「じゃあ、からだのほうも、おねがいしていいかな」
「う……うん」

 しかし僕がフックに掛けてあるボディタオルを取ろうとしたところで、

「タオルは、つかわなくていいの。慧ちゃんのおててで、わたしをあらって……?」
「えっ……?!あ、ああ……」

 言われるままに僕はボディソープを手に乗せて、そっとシルの肌を洗剤の付いた掌で撫ぜる。
 きめ細やかな肌は今まで触れたどんな肌よりも柔くて、すべすべで。本当に洗う必要なんかないと思うぐらい、芸術品のように綺麗で。
 背中から肩、首筋。脇の下から両腕へ。

「ひゃっ、んっ……いがいと、くすぐったくて、でもきもちいい……♪」

 その感触と艶っぽい声に心を奪われながらも、シルの身体を泡でいっぱいにしていく。
 しかし問題はここからだった。

「ほら、慧ちゃん……おむねも、おまたのあいだも、まだだよ?」
「で、でも……」
「なにもしんぱいしなくていいの。
 慧ちゃんになら、どこをさわられたって、うれしいんだから。
 さあ、せなかじゃなくて、わたしのまえにきて……?」

 ごくりと唾を飲んで意を決して、僕はシルの正面に身体を持っていく。
 そして慎ましやかなその乳房に手を滑らせる。小さくてもそこには確かに他とは違う柔さがあって、指が僅かに沈む、マシュマロのような感触だ。泡の中に埋もれ掛けたツンとした乳首に指が触れるたび、シルが声を漏らす。

「んぁっ……そこ、いいっ……も、もっと、あらってぇ……♪」

 洗うのでなく触る事に夢中になりそうな気持ちを何とか押しとどめ、腫れ物を触るみたいにゆっくりと、股間のほうへ手を伸ばす。
 太腿の内側から徐々に泡を広げていって、割れ目の上をそっとなぞっていく。

「んーっ……♪そこのね、おまめさんみたいなの、しっかりあらって……♪」

 筋の上部分には確かに、ほんの少しだけ膨らんだクリトリスがあった。
 敏感な所だとは知っているので、乱暴にならないように指でくりくりと撫でる。
 するとシルの身体が一段と強く震えて、甘い声を漏らした。

「みゃっ……!す、すごいぃ……慧ちゃんのゆび、きもちいいよっ……!」

 彼女の吐息が荒くなって、頬がさらに紅潮していくのが分かる。滑った股間にはすでにボディソープ以外の粘液が溢れ出していた。
 くすぐったさやマッサージのようなものではない、強い性感帯を直接刺激される快感に喘いでいる。
 幼気な外見のシルが見せるその表情は、少女がするにはあまりにも淫らで、背徳的なものだった。

「あ、あぁっ、すごっ……からだ、ぴりぴりって、びくって……だめっ、ふあぁっ……!!」

 お湯ではない、もっとぬるぬるとした蜜のような愛液が、シルの小さい秘部からぴゅっとこぼれ出す。
 全身を震わせて蕩けたその表情は、軽い絶頂に達したように見えた。
 僕が一度手を止めると、彼女は息を整えながら僕に抱きついてくる。

「はあ、はあ……慧ちゃん、もっとだよ……♪
 こんどは、いっしょにからだをあらうの……♪
 ぬるぬるになったわたしのからだで、慧ちゃんをあらってあげる……」
「えっ、ちょ……ちょっと!」

 膝立ちをしていた僕の太腿に、泡まみれになったシルの股間と細い腿が擦り付けられる。
 ぬるぬる、ぬちゅぬちゅとすり合わされる肌の感触がたまらなく気持ちいい。
 一緒にシルは同じく泡の付いた全身を使い、僕の身体に纏わりつかせるように密着してくる。

「どう?わたしのからだ、きもちいい……?
 あっ、これ、むねも、おまたも、こすれて……わたしも、いいよぉっ……♪」
「あ、あああ……」

 身体をくまなく這い回られ、気持ちよさに支配されそうになる。
 でも知ってか知らずか、僕の股間にあるモノには僅かに触れるばかりで、しっかりとした刺激をしてこない。
 焦らすような快感で、もう僕の肉棒は完全に勃起していた。

「うふふ……おちんちん、さわってほしい?慧ちゃん」
「う、そ、その……」
「だいじなところだもんね、ちゃあんとあらってあげる……♪」

 僕の太腿から降りて、シルは僕の両足を開かせその間に座り込む。
 新しくボディソープを掌にたっぷり取りだしてから、肉棒をむにゅりと手で包んでくる。それだけの刺激でもう腰が浮きそうになってしまう。

「くぅっ、ああ……」
「うふふ、おちんちんごしごし、しゅっしゅっ……♪
 さきっぽも、たまたまさんも、おしりのあなも……ぜんぶキレイにするよ。
 でもまだ、だしちゃうのはおあずけ……いまは、からだをあらってるだけ、なんだから」

 ペニスと陰嚢、さらにお尻の穴にまでシルの指が伸びてきて、泡で汚れをくまなく落とされる。
 シルの言うとおり、性感を高めるための動きではないはずなのに、ただ洗われているというだけの刺激で身体が跳ねてしまう。
 
「ごめんね、でもがまんしたら、いっぱいきもちよくなれるから……♪
 さあ、おわったよ。おゆ、かけてあげるね」

 よいしょ、とシルがシャワーを手に取って、お互いの身体に付いた泡を流していく。
 隅々まで泡を落とし終えると、二人で一緒に湯船に漬かる事にした。大きいお風呂ではないけど、彼女の小ささのおかげで十分に入れる。
 お湯の温かさとシルの熱を感じながら目を瞑っていると、僕の胸にぎゅっと彼女が抱きついてきて、耳元でささやく。

「わたしはね、ずっと、ずーっと……。
 慧ちゃんと、こんなふうになれたら、って、おもってたんだから……」
「ずっと……?」
「そう。あなたがおみせのそとで、わたしを見てくれていたときから、だよ。
 はなすことも、うごくこともできないおにんぎょうなのに……わたしを、ほんもののおんなのこみたいに、あつかってくれた。
 なんどだって、あいにきてくれた」

 心に浮かぶのは、”あの店”と、大きな窓の向こうに居る、煌びやかな彼女。
 それは思い出の姿と何一つ変わることなく、色褪せず僕の目前に映っている。
 僕は、彼女を目に焼き付けながらまた、目を閉じた。

「……そうか。そうだったんだね、ありがとう。僕も君と一緒に居られて幸せだった。
 窓の向こうじゃない、傍に立っている君に触ったあの時の事を、やわらかな感触を、今だって思い出せるよ。
 でも、夢はいつか終わるんだ。目を覚まさないといけない時が来る」

 肌に触れるこの感触も、彼女の声も。

「もういいんだ。君が思い出の中にいてくれるだけで、十分なんだ。
 だから――」

 言葉を発しようとしたその瞬間、僕の唇は柔らかい何かで塞がれる。

「――っ」

 驚きで僕が目を開くと、さっきより彼女の顔は間近にあって。
 口づけをされているのだと、何秒か掛かって理解した。

「だめ……っ」

 呻くように息が漏れて、彼女の唇がゆっくりと離れていく。
 近すぎてちゃんと見えなかった彼女の顔が、ようやく視界に入った。

「いや……いやだよ……! わたしを、おもいでだけに、しないで……!」

 彼女の悲痛な声とともに、潤んだ薄紫の瞳から大粒の涙が何度も零れる。

「わたしは……どこまでいっても、ただのおにんぎょうかもしれない。
 でもわたしはいま、ここにいるの……あなたのまえに、いるの!
 慧ちゃんのために、うごけるようになったの! いっしょにいられるの!
 いまここにいるわたしを、ちゃんと、みて……!
 あなたがつけてくれた、わたしのなまえを、よんで……!
 おねがい、だからっ……」

 僕の胸に顔を埋めた彼女から、息を殺すような泣き声が静かなバスルームに響く。
 僕には分からない。これが偽りない現実なのか、ただ一時の甘い夢なのか。
 だけどもうどちらでもいい、ただ彼女と居られるこの時を、ずっと過ごしていたい。
 濡れた銀の髪を、シルの頭をそっと撫でながら、僕は言った。

「……シル。君は本当に、僕のそばに……居てくれるの?」
「あたりまえ、だよ」
「僕のことを置いて……いなくなったり、せずに……?」

 ゆっくりとシルが顔を上げて、僕を見る。
 身体を起こし、僕の頭に腕を回して、自分の幼く小さな胸に僕の顔を抱き寄せる。

「ぜったいに、そんなことしないよ。
 慧ちゃんは……まだこどもなのに、おかあさんをなくして……つらかったんだよね。
 きっと……おかあさんを……ううん。
 おかあさんいがいにも、あまえられる人を……ずっと、求めてたんだよね。
 慧ちゃんがほしいものなら、わたしが、ぜんぶあげる。
 いままで、あまえられなかったぶん、わたしがあまやかしてあげるの……」

 彼女の甘い香りと感触に包まれて、ひどく安心してしまう。

「慧ちゃん……あの日からいままで、ひとりにして、ごめんね。
 これからは、ずっといっしょに、いてあげられるよ」
「し……シル……僕、ぼくはっ……」

 同時に抑え込んでいた感情が溢れ出し、分別を知らない子供のように露わにする。
 
「う……あ……ああ……シル……シルっ……」
「よしよし……なでなでしてあげるから、いっぱいないていいよ。
 なきやむまで、ずっと……なきやんだあとも、ずっと。
 わたしがそばにいるから……もうさみしいおもいなんて、させないよ……」

 もう言葉にもならず泣き出す僕の頭を、シルの小さな手がやさしく撫でる。
 僕もまた彼女の細い身体を抱きしめながら、落ち着くまでずっとその温もりに包まれていた。




 お風呂から上がると、お互いにバスタオルで身体の水気を拭き合い、それから彼女の長い銀髪を乾かす。手で櫛を入れながら、ドライヤーを当てる。
 僕は冬用の寝巻に着替えて、彼女はまたあのネグリジェのような薄桃色の服を着ていた。
 そしてどちらともなくベッドに並んで座り、二人で身を寄せ合う。 

「ねえ、慧ちゃん。わたしがしてほしいこと……わかる?
 わたしのからだ……ちゃんと、おんなのこみたいにあそこがあるの、みたよね。
 あのときからずっと、カラダがあつくて……がまん、できないの……」
「え……その……えっと、」
「うふふ、もうテレちゃって、かわいい……。
 しんぱいすることないよ、わたしがちゃんとおしえてあげるから……ね?」
「シル……いいの?」
「もちろん。こうみえてもわたし、慧ちゃんよりずーっと、としうえなんだよ?
 ……なーんて、じつはわたしもはじめてなんだけど……だいじょうぶ。
 いっぱいいっぱい、やさしく、きもちよくしてあげる……♪」

 彼女がちゅっ、と軽いキスを頬にしてくる。それ以上は何も言えず、何も言ってはいけない気がした。
 ベッドの上で、身体の感触を確かめるみたいに触れあいながら、少しずつお互いの服を脱がせていく。
 興奮が高まる頃にはもう二人とも裸で、産まれたままの姿だった。
 球体関節の穴が開いたシルの身体は、人形ではあっても、人間とは思えない程均整がとれた美しさがある。
  
「まずは、やさしく手でこすってあげる。そこにねころんで」

 僕がベッドで仰向けに寝転ぶと、シルが添い寝をするみたいにして、横に並んで寝る。
 左腕で僕の頭を抱いて、小さい右手を伸ばして肉棒を優しく握ると、上下にしゅっしゅっと動かし始めた。

「うふふ、おちんちん、もうかちかち……。
 ちっちゃなおててでごしごしされるの、きもちいい?」
「あ、ああ……気持ちいいよ……」

 すると、僕の顔にシルの小さく膨らんだ乳房が当たる。

「ほら、わたしのちくび、すっていいよ……?
 まだおっぱいはでないけど、すわれると、わたしもすっごくきもちいいから……♪」
「ん……んんっ、」

 恥ずかしさより欲望が勝って、ピンと立った薄桃色の乳首を唇でついばむ。こりこりした感触が心地よくて、つい何回も甘噛みする。
 いつしか母乳をねだる幼児のように、僕はちゅうちゅうと夢中で吸い付いてしまう。

「あっ♪ そんな、はげし……んぅっ♪ もう、やんちゃなあかちゃんなんだから……♪」

 片腕で頭を撫でながらも、肉棒をこするシルの手は少しずつ早くなっていく。

「あはっ、おちんちんからぬるぬるしたの、でてきたね。
 これなら、もっとビンカンなところをさわっても、いたくないかな……?
 ほらほら、さきっぽクリクリ……すじのとこも、くにくに……♪」

 先走り汁でぬめった指が、敏感な亀頭や裏筋にまで這わせられる。
 シルの小さな乳房に吸い付く背徳感と、手での巧みな奉仕で快感が一気に高まっていく。
 我慢はしたけどその気持ちよさに耐えられず、僕はすこしだけぴゅっと精液を漏らしてしまった。

「あ、あああっ……!」
「わっ、もうでちゃった……そうだよね、さっき、いっぱいじらしちゃったもんね」
「ご、ごめん、シル……」

 シルは僕に微笑みを向けたあと、手に飛び散った精子をぺろりと舌で舐め取る。
 その仕草は優しさと淫らさに染まった、幼い淫魔のようにも見えた。

「れろっ……ぜんぜんいいのよ、こっちこそごめんね。
 おちんちんキレイにしてあげるから、ちょっとまってて……んむっ、もぐもぐ……♪」
「え、あ……!く、口の中、あったかい……!」

 小さいけど温かい口内にぱっくりとペニスが咥え込まれ、隅々まで熱くてぬるぬるの舌が這い回って、飛び散った精液を舐め取られる。
 射精したばかりの肉棒を丁寧に磨かれるのは腰が抜けてしまいそうな快感で、我慢していた分の精液までまた出してしまいそうだった。

「まら、らしちゃらめよ……ぷはっ。やっぱり、こくておいしいセイエキ……♪
 ガマンできればできるほど、きもちよくなれるからね……♪
 でも、だしたくなったら、すぐにだしちゃってもいいのよ。
 慧ちゃんがいちばんきもちよくなれるのが、わたしにとってのしあわせなんだから……♪」

 綺麗に舐め終えたシルは口を離し、また僕の頭を撫でる。
 ペニスには精液こそなくなっていたが、代わりに彼女の唾液でいっぱいになっていた。

「わたしのおまんこはとっても小さいから、これぐらいぬるぬるにしておかないとね……♪」
「え。も、もしかして……?」
「そうよ、慧ちゃん……あなたはいまから、わたしと”せっくす”をするの。
 おにんぎょうさんのちっちゃなおまんこに、セイエキいーっぱいだしちゃうの……♪」
「そ、そんな……!だめだよ!」
「あら……?どうしてだめなのかしら?」
「え、えっと……その、君は僕にとっての……大事な、大事な人で……」
「だからこそ、するんでしょう?
 わたしはこんなこと、慧ちゃんにしか、ぜったいにしないよ。
 だいすきなあなただから……ひとつになりたい。いっぱい、あいしてほしいの」

 シルは小さな小さな体をころんと仰向けにして、膝を立ててベッドに寝転がる。

「でも、もし……君を傷つけてしまったら……」
「だいじょうぶ、からだはちっちゃいけれど、かんたんにはこわれないから。
 もしこわれても、慧ちゃんがそばにいれば、すぐになおっちゃうの。
 わたしはもう、ふつうのおにんぎょうじゃないんだから。
 だから……あんしんして、わたしをめちゃくちゃにして……♪」

 顔を赤らめながら両足をゆっくり開いて、股間に両手を添え、そこにある未成熟そうな割れ目の秘部をぱっくりと指で開いた。
 愛液で濡れそぼったその小さい穴は、ヒクヒクといやらしく動いている。

「さあ、わたしも、もうがまんできないよぉ。
 はやくわたしのおまんこ、おちんちんでうめて……セイエキで、いっぱいにして?」
「う、あ……あぁぁ、シルっ……!」

 欲情心を高めるためなのか、卑猥な単語ばかりを使いはじめるシル。
 誘うようなその仕草と表情で、欲望を抑えていた理性が消え去ってしまう。
 小さい彼女に体重を掛けてしまわないよう気を付けながら、覆いかぶさるようにシルの上に身体を持っていく。
 いわゆる正常位の姿勢だった。
 力強く勃起した肉棒の先っぽを膣穴に添えると、熱くぬるりとした感触が亀頭を包んでいく。幼い肉壁をめりめりと掻き分けると、きつく狭い穴がきゅっとペニスを締め付ける。

「ふああっ……慧ちゃんのおちんちん、ずぷずぷって、はいって、くるぅ……♪
 あつくて、カタくて……ちっちゃなこどもおまんこ、こわれちゃいそう……♪」
「す、すごいっ……シルの中、きつきつで、ぎゅって締め付けてきて……きもちいい……!」

 ぐぷぐぷと張りつめた肉棒が呑みこまれていくけど、途中で止まる。
 さすがにこの幼い身体に全部を挿入するのは難しい――と思った矢先、シルがささやく。

「ねえ……このままわたしをだきかかえて、あなたのふとももにすわらせて。
 そうしたら、ちゃんとおくまで、入っちゃうはずだから……♪」
「う、うんっ……いくよ、シル……」

 彼女の腰と小ぶりなお尻に手を入れて抱きかかえると、普通の子供よりずっと軽く、彼女は簡単に持ち上がった。
 僕がベッドの縁に座ってからシルを抱える力を少しずつ緩めると、そのまま彼女が腰をゆっくり降ろしていく。

「ひあぁぁ……!!すごいぃっ、さっきより、ずっとおくまで、はいってぇ……♪
 おまんこのなか、おちんちんでぎちぎちになっちゃうぅっ……♪」

 シルの身体が下がるたび、ペニスがまたゆっくり呑まれていく。
 ずぷっ……ぬぷぷっ……と、音を立てて。
 驚くことに、彼女はその小さな膣に根元までずっぽりと肉棒を埋めてしまった。
 やわらかくて小さなお腹がペニスの形に浮き上がり、ぽこっと膨らんでいるのを見ると、背徳感がまた刺激されてしまう。

「わあっ……これだと、おちんちんがどこまではいってるか、よくわかるね……♪
 もうあかちゃんのおへやまで、とどいちゃいそう♪
 おなかのうえからも、さわってあげる……さすさす♪」
「あああっ、それ、すごっ……き、きもちよすぎてっ……」

 お腹越しに、シルの膣内に挿入ったペニスを撫でられる感覚が伝わってくる。
 ヒダでいっぱいの肉壁でさらに擦れて、ペニスに纏わりついて離れない。
 腰を動かさなくても搾り取られてしまいそうな快感だ。

「ほらぁ……慧ちゃんのすきなようにしていいんだよ……。
 おにんぎょうさんにするみたいに、めちゃくちゃに、らんぼうにしても、おなにーようのおまんこにしても。
 だからセイエキ、いっぱいわたしのなかに、だして……?」
「し、シル……う、ぐぅっ……」

 耳元でささやくその甘い声に、また獣のような欲望が燃え上がる。
 でも、その情欲に流されるだけにはしたくなかった。
 
「できるだけ……優しく、したいから。痛かったら、すぐに言ってっ……」
「えっ……?」
「人形なんかじゃない……いや、君は確かに人形なのかもしれない。
 でも、違うんだ。シルを人形みたいに、モノみたいになんか、したくない。
 シルは、僕にとって、他の誰よりも、人間よりも……!一番愛してる人なんだ……!」
「け、慧……ちゃん……。ほんとうに、そういってくれるの……?
 こんな、おにんぎょうのわたしを……あなたのなかのいちばんに、してくれるの?」
「うん……僕だって、シルに淋しい思いなんてさせない。
 これからずっと、愛して、離したくないよ……!」
「わ……わたしもっ……慧ちゃんと、ずっと、いっしょにいたい……!
 いっしょに、いっしょに……しあわせに、なりたい……!♥」
「ああ……動かすよ、シルっ……♥」

 ゆっくり、ゆっくりと腰を動かして、ペニスの抽送を始める。
 ぬぷっ、ぐぷっ、と淫らな音を立てて、シルの秘部に出たり入ったりを少しずつ繰り返していく。

「い、痛くない……? もうすこし、速くするよっ……!♥」
「あ、ああっ、けいちゃっ……♥き、きもちいいよぉっ……♥もっと、もっとはげしくして、いいからぁっ……♥」

 ピストンを繰り返すたびに愛液が溢れ、膣肉がぐにゅりと掻き分けられて、大胆な動きがしやすくなっていく。
 僕が突き上げるたびに、シルが腰を上下させるたびに、ぱんっ、ぱんっ、と小さなお尻が僕の太ももで小気味良い音を鳴らす。

「んああっ♥おちんちんっ、すごいよぉっ♥わたしの、おくのっ、いちばんきもちいいとこ、こすっててぇっ、ごりごりってぇ……♥♥」

 痛みに苦しむ表情など一切ない、快楽に溶け切った彼女の顔を見て、さらにピストンを激しくする。
 結合部はもう蜜のような濃い愛液でぐしょぐしょに濡れていて、滑りが良くなったなおもきゅうきゅうとペニスを強く締め付けてくる。
 もっとシルの快感を高めたくて、シルに触れていたくて、小さな乳房に手を這わせて乳首をくりくりと弄っていく。

「やあぁっ♥ち、ちくびとおまんこ、いっしょにされひゃっ……♥らめえぇっ……♥
 きもちよすぎてぇっ♥あたまのなか、ふわふわってするぅっ……♥♥」

 膣の奥を肉棒で突き上げたり、指で乳首を撫でるたび、膣がきゅうっと締まって男根を刺激しつつ、彼女が甘くとろけた嬌声を上げる。幼くも淫らなその音色がますます情欲を高めていく。
 さらにシルが身体を密着させると、僕のお腹に彼女の小さなクリトリスが擦りついてきた。

「はぅんっ……♥ら、らめっ♥おまめまで、こすれてっ……♥ぜんぶ、ぜんぶきもちよくてぇ……っ♥♥
 おまんこが、びくびくって♥ちくびも♥おまめもっ♥びりびりって、しびれるみたいにぃっ♥
 も、もおっ、らめぇ……っ♥慧ちゃっ、けいちゃあっ……!!♥♥」

 快感に震えるお互いの身体がさらに刺激を送り、快感を高め合って。
 必死で我慢していた絶頂が、もうすぐそこまで来ていた。

「シルっ、も、もうっ、出るっ……♥出ちゃうよっ、シルの中に、出すよっ……!」
「うんっ……♥わたひも、もう、イっひゃうよぉっ……♥
 けいちゃんのセイエキ、わたひに、いっぱい、そそぎこんでぇっ……♥
 いっしょに、いっしょにイこっ……♥♥」
「し、シルっ、あ、あああああっ――……!!♥♥♥」

 彼女の最奥まで突き上げた瞬間、ペニスが脈打ち、精液がどぷっ、どぴゅっ、と彼女の中に迸っていく。
 神経が焼き切れそうなほど熱い快感の絶頂が身体中を駆け巡る。
 ぎゅうっ、と一際強い秘部の締め付けが、ペニスの射精を促進させ、最後の一滴まで絞り出そうとするかのようにうごめく。

「ひあぁぁぁっ……!♥とってもあついの、わたしのなかにっ、でてるぅっ……♥♥
 けいちゃんの、こいせーえきっ♥どくんっ、どくんっ、てぇっ……♥!」

 何秒間、何分間と続くような長い長い絶頂で、目の前が白くなる。
 気が付くと二人とも互いの身体を抱きしめ合っていて、彼女の細い両足が僕の腰に絡められ、離さないと言わんばかりに強くぎゅうっとされていた。

「ふーっ、ふーっ……♥し、しんじゃうかと、おもっちゃったよぉ……♥
 からだのなかも、あたまのなかも……慧ちゃんで、いっぱいになって……。
 ほかのこと、なあんにも、かんがえられないぐらい……♥」

 そう言いながら、彼女は蕩けた表情のまま口づけをしてくる。
 舌まで絡めあう深いキスをしていると、繋がったままの性器が彼女の中で、またむくむくと大きくなり始めていた。

「まあ……♪おちんちん、まだまだげんきなのね?すごい……♥
 いいよ、慧ちゃん……♥わたしのからだで、慧ちゃんのセイエキ、ぜんぶうけとめてあげるから……♥
 つかれきってねちゃうまで、ずーっとつながっていようね……♥♪」

 そしてまた、彼女との激しい動物のような交尾に夢中になっていく。
 膣の中を、お尻の中を、口の中を、情欲と精液で満たさんばかりに何度も吐き出す。

「シルっ、愛してるよっ、シルっ……♥ぜんぶ、中で受け止めてっ……!」
「慧ちゃんっ、けいちゃぁっ……♥だいすき、だよぉっ……♥」

 自信はないけれど、理性と意識が残る間は、僕は出来るかぎり彼女を優しく抱いた。
 大事な、僕の恋人として。








 頬に触れる、柔らかな感触で目が覚める。
 目を開けて見なくても、それがシルの唇なのが分かった。

「おはよう、慧ちゃん。もう、あさになっちゃったよ」

 仰向けに寝たまま目線を下げると、布団の下にある僕と彼女の一糸纏わぬ裸体が視界に入る。
 どうやら彼女と僕は一つに繋がったまま寝てしまい、それから先にシルが起きたらしい。事後の処理もさせてしまったのだろう。
 
「ん……ごめん、シル。また、助けてもらっちゃったみたいで」
「ううん、そんなことないよ。
 わたしのからだは”精”をたべちゃうから、きれいにするのはカンタンなの。
 シーツのおせんたくはおたがいさまだし、いつもすることだしね」

 とはいえ、シルの幼く小さな体に無茶をさせてしまったのは事実である。
 罪悪感に囚われそうなところで、僕の気持ちを察したかのように、シルがもぞもぞと身体を起こして掛け布団から上半身をはみ出させる。
 そして細い腕と小さな胸でぎゅうっと僕の顔を挟み込みながら、頭を優しく撫でてくる。

「慧ちゃんはね、いままでよくがんばってきたよ。
 おかあさんがいなくなっても、さびしくても、わたしとあえなくなっても。
 ほかのだれかに、あまえたりしなかった。
 それってすっごく、たいへんなこと。くるしいこと」

 女の子らしい石鹸の匂いと、花のような甘い香りが混ざり合った、不思議な匂い。
 マシュマロのような弾力と柔らかさを持った小さな胸と、球体関節の穴が空いた細くもしなやかな腕と手。
 そんな儚くも優しい、シルのすべてに包まれるような心地よさで、心の奥底にあった不安や苦しみが解けていく。

「なによりも……わたしのことをずっと、ずーっとおもっていてくれた。
 ほかでもない、慧ちゃんのおかげで、わたしはいっしょにいられるようになったの」

 労わるように頭を撫でられるたび、また泣いてしまいそうになって、でもそんな悲しみもまたすぐに消え去っていく。

「あまえなくても生きられるのは、とってもりっぱなことだよ。
 だけどね、そんなひと、きっとひとりもいないの。
 ……わたしはね、ずっとあまえられなかった慧ちゃんだからこそ、あまえてほしいの」

 その言葉は、いつか僕が小さい頃、母さんが言った言葉にとてもそっくりで。
 病弱で細くて痩せていた母さんの身体は、今の彼女にどこか似ていて。

「そんなやさしい慧ちゃんをうんで、そだてた、おとうさんやおかあさんみたいに。
 みんなにも、おにんぎょうさんにも……そう、わたしにも……やさしくなれるように、あまえさせてあげた。
 そんな慧ちゃんの、やさしいおかあさんみたいに、なりたい」

 ひどく懐かしい思い出に浸りかけながらも、僕を抱きしめてくれているのはシルなのだと思い返す。
 僕の母さんのように優しくて、甘えさせてくれる、シルという小さな女の子。

「おかあさん、だなんて……なんかすごく、恥ずかしいな。
 成人して、仕事にも就けて。ようやく親離れができたかなって、思ってたのに……」

 僕がそう言うとシルはゆっくり腕を外し、僕と顔を間近に合わせてくる。

「でも……そうだよね。君の言うとおりだ。
 君の為にも、ちゃんと甘えられる人になって……シルの為に、立派な人になるよ」
「うん。ずーっとそばにいて、おせわも、おうえんも、してあげる。
 わたしはきみの、しあわせなおにんぎょうさん。
 しあわせな、おかあさんで……しあわせなこいびと、だから」

 どちらともなく動いて、軽い口づけを交わす。
 僕はもう二度と、その感触を夢と間違えることはなかった。
















「……でもね、慧ちゃん。あのえっちなほんは、しょぶんしちゃいましたからね」
「…………え?」
「ほんだなのおくにも、ベッドのしたにも、たくさんありました。
 おむねのおっきなおねえさんに、おちんちんをはさまれるほんとか。
 かとおもえば、おむねがおおきいのにちっちゃい子と、えっちなことするほんとか」
「……その……見たの?」
「ええ。ぜんぶ」
「……全部?」
「ぜんぶです。ちょうどごみの日だったので、ぜんぶすてちゃいました」
「あ……あの、えっと」
「おかあさんとして、あんなえっちなほんはゆるしません。
 どうしてもしたいなら、わたしがしてあげます。
 おにんぎょうだから、おむねをおっきくするのだって、けっこうカンタンなんですよ」
「でも、なにも捨てなくても……」
「むっ……わ、わたしいがいで、えっちなことしちゃダメなの!
 ひとりでしこしこするのも、だめ!
 おちんちんがおっきくなった、そのしゅんかんに、わたしがしぼっちゃうから!」
「え、えええ……?!」
「……あれ?なんだか、もうおっきくなってるね……♥」
「あ……ち、違うよ、シル!これは朝立ちっていって、生理現象で――」
「だーめ♥おかあさんがせきにんをもって、ぴゅっぴゅさせてあげるの……♪」


 そんなシルとのこれからは、嬉しくもやっぱり大変にはなりそうだった。
18/11/13 19:53更新 / しおやき

■作者メッセージ
最後までお読みいただき、ありがとうございます。

えっ?! 母性溢れるリビングドールちゃんに甘えるSSを?!
できらぁっ!

って感じの作品です。
色んな子に甘やかされたい願望が強すぎるぼくにとって、リビングドールママを書くのはもはや必然だった……。
書き上げたくて書くんじゃない 書いてしまうのがSS作者(謙虚なナイト風)
リビングドールちゃんに母性を加えるという発想とインスピレーションを生み出した、ミドリマメ氏に敬礼。

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