セフレ / 甘口 / 現代
自慢にもならないが、僕は彼女という物を持ったことがない。
魔物娘という存在が世界に知れ渡り、身近になった現代でも、だ。
性交の経験など勿論ないので当然童貞だ。キスさえしたことがないし、はっきり言って手を繋いだことのある女性も数えるほどしかいない。
そもそも女性の友達や知り合いがほとんどいない、というのも理由の一つだろう。
ただ一人、例外と言えるのが同い年で幼馴染の『ゲイザー』、レティナという少女だ。
僕が物心ついてからの付き合いで、遡れば確か小学校に入学した頃からになる。
とはいえ、幼馴染というほど聞こえの良い関係ではない。
彼女は何かにつけて僕にイタズラや意地悪をしてくるからだ。
「おい、宿題やるの忘れたから見せろよ」
「で、でも自分でやらないと意味が……」
「うっさい!いいから見せろっ!」
僕はいつも抵抗するものの、彼女の”暗示”の力に掛かればそんなもの無力に等しい。
レティナと一瞬目を合わせただけで、どんな無理矢理な主張だって通されてしまうのだ。
いじめというほど陰湿なものではなかったけれど、子供の僕にはかなり堪えた。
「おっ、ウマそうなモン食べてるじゃないか。アタシにもくれよ」
「うっ……わ、分かったよ」
「よしよし、素直なヤツは好きだぜ」
けれど、中学校に入ってから僕らの関係は劇的に変わった。
それは僕がこっそりえっちな雑誌を拾い、家に持って帰った次の日からだ。
「オマエ……昨日、エロ本読んだだろ?」
どうやって気づいたのかは分からないけど、レティナは学校で僕と会ってすぐに言った。
”暗示”を掛けたわけでもないのに、僕の内心は見透かされているかのようだった。
それにウソを付いたところで、彼女の尋問から逃れる事はできない。
「いやいや、ベツに責めてるんじゃないんだぜ?
オマエもそういうのに興味を持ち始めたんだなぁーって、感心してるだけさ。
でも……これがもし他のみんなに知られたりしたら、大変だよなぁ?
大人しか読んじゃいけない本を、ヒミツで読んでるんだからよ」
「み、みんなには内緒に……」
「内緒に……ねぇ。考えてやってもいいけど……フェアじゃないのは良くねェな。
秘密を守るからには、ただの口約束じゃダメだ、秘密を共有する必要がある。
オマエだって、一発抜いてスッキリしたいんだろ?そりゃあオトコとして当然だ。
でも、オマエには彼女なんていない。
そんな事を頼めるほど仲の良いヤツもいないよなぁ?」
「うう……」
「だから――カネを払えば、オマエの性欲処理をアタシが手伝ってやる」
「え?」
思ってもいない言葉に、僕は思わず聞き返す。
「オマエは好きなだけ欲望を発散できる、精を食べるアタシは腹も財布も膨れる……。
これがオトナの関係、両方が満足できる、ウィンウィンってやつだな」
「そ、それって、」
「ただし、一回ごとの金額はアタシが決める。時と場所、方法によってな。
モチロン、オマエに余裕があるならいつでもどんな所でも抜いてやるってコトだ……。
そしてもう一つ、この取り決めに関してアタシは絶対に”暗示”を使わない。
オマエの意思だけで決定できるってワケだ……どうだ、すごく公平だろ?」
おカネさえあれば、どんな時でも気持ち良くなれる。
その取引は思春期真っ盛りの僕にとってあまりにも魅力的だった。
「わ……分かった。約束する」
「ししっ。交渉成立……だな♪」
その日から、僕と彼女の秘密の関係が始まった。
「さて、最初は精通記念サービスだ。タダでやってやるよ」
「えっ……?」
「それもアタシの口の中で、たっぷりねっとり舐め回して――。
気持ちよさで立てなくなるまで焦らしてから、ゼンブ飲み干してやる……♥」
僕の初めての射精はレティナの温い口内に咥えられてだった。
今まで味わった事のない、体が蕩けるかのような快楽。
その味を身体に覚えさせられた僕は、一週間で財布の中の半分を失った。
「なんだ、今日もシて欲しいのか?これで三日連続だぞ」
いくら出しても毎日のように性欲の湧いてくる僕は、毎日彼女へ貢ぐようになっていた。
ある時は手で、またある時は口で。
レティナの機嫌が良い日には、身体の一部に擦りつけて出させてくれる事もあった。
家やお風呂ではもちろん、外や学校、トイレの中、森の中――。
彼女は僕の願いを一度も断ることはなかった。
ただし、提示した金額を値切ってくれることもなかった。
おかげで僕の小遣いはほぼ全部彼女の懐に消えることになる。
そして。
高校生になってからも、僕達の秘密の関係はずっと続いていた。
というより、高校生になってからますます激化したと言っていい。
僕がアルバイトをするようになって、金銭面である程度の余裕ができたからだ。
まあ、それによって値段も吊り上げられていったのは言うまでもないのだけれど。
ある日、僕は冗談めいてレティナに聞いてみた。
「……いくら払ってもらえたら、レティナは……その、カラダを許すの?」
「なに?」
「いや……おカネを集めてるみたいだからさ。
もしかしたら、いっぱいおカネを積まれたら、そういう事もするのかなって……」
「……」
「あ、いや、ごめん。聞くべきじゃなかったね、こんな事」
何も言わない彼女を見て、僕はとたんに気まずくなる。
「逆に聞くけどよ。オマエは……いくらならアタシを買えると思う?」
「え? えーっと……ひゃ、百万円、くらい?」
「なんだそりゃ……小学生かオマエは。もうちょっと考えてからモノ言えよ」
「うぐ……」
「アタシの身体を買おうってんなら――同じだけの物を支払ってもらうさ。
それが対等な関係、取引ってことだ」
その言葉の意味が、僕にはまだ分かっていなかった。
時は流れ、高校の卒業式。
この日は魔物娘たちが生涯で二、三を争うぐらい騒ぐ日だと言っていい。
それはなぜか?
彼女たちを縛っている鎖が消える日だからだ。
案の定、卒業式が終わり、下校が始まるその瞬間から暴動のような大騒ぎが起こった。テロリストに占拠された方がまだマシかと思うぐらいに。
「せんぱい!ここに入学してからずっと好きでした!いま、会いに行きまーす!!」
「兄様―!儂はもうガマンできんぞ、ほれ!この婚姻届にサインをするのじゃ!」
「……籍、入れる。 私と貴方で……誰よりも……早く!」
「も、もう家まで待ちきれない……早く!学校近くのホテルへ行きましょう!」
「えへへー♪おにいちゃんとけっこんだー♪うれしいなー♪」
「キサマの真摯な想い、しかと受け取ったぞ。この身を捧ぐに相応しい伴侶だ……」
「ふふふ……卒業を持って、契約は完了したわ。これで貴方はワタシのモノ……♥」
「えっ、ぼ……ボクでいいの?ずうっと変身できないままのボクでも……?」
「リ、リリムである私にどうして殿方が来ないの?もしやこれは何かの陰謀では……?!」
――という具合に、殆どの魔物娘は学校を卒業するまで婚約を禁止されている。
家や校則によっては交わりさえも禁止される場合も多く、ずっとお預けを食らっていた子もいる。
それが卒業によって解禁されるのだ。
積もり積もった想いが爆発するこの日が、静かに終わる訳がない。
「……」
僕に掛かる声はない。自分の伴侶を捕まえるので忙しくて、皆それ所ではないのだろう。
大騒ぎの中、一人ぽつんと取り残されたような気分で僕は座っていた。
ほぼ全ての子がカップル(人によっては一対多)になり、教室から去っていく。
流石に学校での性交は禁止なので、適当な場所を見つけてすぐにでも出て行きたいのだ。
出入り口はヒトとマモノでひしめき合い、阿鼻叫喚の様相を呈している。
そんな嵐のような騒ぎが治まってから、ようやく僕は立ち上がり、教室を出ようとする。
「待てよ」
僕を呼び止める静かな声。
「……レティナ」
外で待っていたらしい彼女は、廊下に立っていた。
「まったく、えらい騒ぎだぜ。学校ってヤツはどんな時でも忙しないモンだな」
「……そうだね」
「さ、帰るぞ。もうみんなとっくに出て行った頃だろうよ」
他の皆が目の色を変える中、彼女の言動だけがいつもと変わらない。
「レティナは……?」
「んん?」
「一緒に帰る……いや、一緒になる人は、いないの?」
僕の言葉を聞いた彼女は、元々大きい赤い一つ目をさらに丸くする。
「……ははっ、面白いコト言うじゃねェか。
こんな特別な日に、今までずうっと待っていた相手に向かって、それはねェだろ」
「……?」
「なんだよ……オマエなぁ、アタシがどれだけガマンしてたか……分かってんのか?」
ずい、とレティナは僕に顔を寄せてくる。
今までにないほど真剣な目つきで。
「でも……すぐに迎えには来なかったし、告白されたことだって……」
「ばーか、そりゃアタシが『ゲイザー』だからだ。
オマエには他の女が寄り付かないよう、他のヤツにずうっと”暗示”を掛けてたのさ。
何にも慌てることはねェ、辛いのは待ってる間だけだった。
アタシはもう何年も待ったんだ……ほんの数十分ぐらい、まばたきするヒマもなかった」
「……」
「分かったよ……疑り深いオマエに、とっておきのモンを見せてやる。
ホントは、もっと景色のいいトコで渡したかったけどな」
そう言って、レティナは自分の鞄からごそごそと小さな箱を取り出す。
ぱかっと開いたその箱の中には、彼女の瞳と同じくらい煌びやかな指輪があった。
「知り合いのサイクロプスに作ってもらった、特注の……結婚指輪だ」
それは豪華なのに派手さの少ない、落ち着いた輝きのリング。
「こんな……高そうなものを?」
「ばーか。オマエに貰った金と比べりゃ、こんなモン二束三文だ。
残りは大事に取っとかないとな……明るい将来のために」
ぎざっとした歯を見せて笑いながら、彼女は黒い指で指輪を取り出す。
「さあて。大事なトコなんだ……余計な茶々入れるなよ?」
そして僕の指にそれを宛がうと、僕の目を見つめながら言う。
「いつだったかオマエに、いくらならカラダを売るか――って聞かれたよな。憶えてるか?
当たり前だが、アタシの答えはノーだ。金で買えるモンは金と同じ価値のモノだけ。
いくら積まれたって、アタシの身体はカネじゃあ売らないし、売るつもりもない」
「……レティナ」
「アタシの身体と、純潔と釣り合うだけの価値を持つモノ。
それは……オマエの身体しかないんだよ。
それこそ、本当の意味での対等で、公正な取り引きなんだ」
僕の指にすっぽりと指輪が嵌められる。
ぴったり合ったサイズのそれは、体の一部のようにしっくりときていた。
「返事は……余計なコトバじゃなくて、行動で頼むぜ。
目はつむっててやるから……オマエの、好きなようにするといい」
レティナはにやりと笑ってから、そっと大きな眼を閉じる。
「でも……今まで……長かった。ずっと……ずっと待ってたんだ……」
大きな滴(しずく)が、彼女の目尻から一筋垂れる。
「だから、初めては……やっぱり、オマエからが……いいな……」
吸い寄せられるかのように僕は彼女の両肩を抱いて、目を閉じる。
「――っ」
初めての口づけは、婚約という僕らの新しい契約の始まりになった。
魔物娘という存在が世界に知れ渡り、身近になった現代でも、だ。
性交の経験など勿論ないので当然童貞だ。キスさえしたことがないし、はっきり言って手を繋いだことのある女性も数えるほどしかいない。
そもそも女性の友達や知り合いがほとんどいない、というのも理由の一つだろう。
ただ一人、例外と言えるのが同い年で幼馴染の『ゲイザー』、レティナという少女だ。
僕が物心ついてからの付き合いで、遡れば確か小学校に入学した頃からになる。
とはいえ、幼馴染というほど聞こえの良い関係ではない。
彼女は何かにつけて僕にイタズラや意地悪をしてくるからだ。
「おい、宿題やるの忘れたから見せろよ」
「で、でも自分でやらないと意味が……」
「うっさい!いいから見せろっ!」
僕はいつも抵抗するものの、彼女の”暗示”の力に掛かればそんなもの無力に等しい。
レティナと一瞬目を合わせただけで、どんな無理矢理な主張だって通されてしまうのだ。
いじめというほど陰湿なものではなかったけれど、子供の僕にはかなり堪えた。
「おっ、ウマそうなモン食べてるじゃないか。アタシにもくれよ」
「うっ……わ、分かったよ」
「よしよし、素直なヤツは好きだぜ」
けれど、中学校に入ってから僕らの関係は劇的に変わった。
それは僕がこっそりえっちな雑誌を拾い、家に持って帰った次の日からだ。
「オマエ……昨日、エロ本読んだだろ?」
どうやって気づいたのかは分からないけど、レティナは学校で僕と会ってすぐに言った。
”暗示”を掛けたわけでもないのに、僕の内心は見透かされているかのようだった。
それにウソを付いたところで、彼女の尋問から逃れる事はできない。
「いやいや、ベツに責めてるんじゃないんだぜ?
オマエもそういうのに興味を持ち始めたんだなぁーって、感心してるだけさ。
でも……これがもし他のみんなに知られたりしたら、大変だよなぁ?
大人しか読んじゃいけない本を、ヒミツで読んでるんだからよ」
「み、みんなには内緒に……」
「内緒に……ねぇ。考えてやってもいいけど……フェアじゃないのは良くねェな。
秘密を守るからには、ただの口約束じゃダメだ、秘密を共有する必要がある。
オマエだって、一発抜いてスッキリしたいんだろ?そりゃあオトコとして当然だ。
でも、オマエには彼女なんていない。
そんな事を頼めるほど仲の良いヤツもいないよなぁ?」
「うう……」
「だから――カネを払えば、オマエの性欲処理をアタシが手伝ってやる」
「え?」
思ってもいない言葉に、僕は思わず聞き返す。
「オマエは好きなだけ欲望を発散できる、精を食べるアタシは腹も財布も膨れる……。
これがオトナの関係、両方が満足できる、ウィンウィンってやつだな」
「そ、それって、」
「ただし、一回ごとの金額はアタシが決める。時と場所、方法によってな。
モチロン、オマエに余裕があるならいつでもどんな所でも抜いてやるってコトだ……。
そしてもう一つ、この取り決めに関してアタシは絶対に”暗示”を使わない。
オマエの意思だけで決定できるってワケだ……どうだ、すごく公平だろ?」
おカネさえあれば、どんな時でも気持ち良くなれる。
その取引は思春期真っ盛りの僕にとってあまりにも魅力的だった。
「わ……分かった。約束する」
「ししっ。交渉成立……だな♪」
その日から、僕と彼女の秘密の関係が始まった。
「さて、最初は精通記念サービスだ。タダでやってやるよ」
「えっ……?」
「それもアタシの口の中で、たっぷりねっとり舐め回して――。
気持ちよさで立てなくなるまで焦らしてから、ゼンブ飲み干してやる……♥」
僕の初めての射精はレティナの温い口内に咥えられてだった。
今まで味わった事のない、体が蕩けるかのような快楽。
その味を身体に覚えさせられた僕は、一週間で財布の中の半分を失った。
「なんだ、今日もシて欲しいのか?これで三日連続だぞ」
いくら出しても毎日のように性欲の湧いてくる僕は、毎日彼女へ貢ぐようになっていた。
ある時は手で、またある時は口で。
レティナの機嫌が良い日には、身体の一部に擦りつけて出させてくれる事もあった。
家やお風呂ではもちろん、外や学校、トイレの中、森の中――。
彼女は僕の願いを一度も断ることはなかった。
ただし、提示した金額を値切ってくれることもなかった。
おかげで僕の小遣いはほぼ全部彼女の懐に消えることになる。
そして。
高校生になってからも、僕達の秘密の関係はずっと続いていた。
というより、高校生になってからますます激化したと言っていい。
僕がアルバイトをするようになって、金銭面である程度の余裕ができたからだ。
まあ、それによって値段も吊り上げられていったのは言うまでもないのだけれど。
ある日、僕は冗談めいてレティナに聞いてみた。
「……いくら払ってもらえたら、レティナは……その、カラダを許すの?」
「なに?」
「いや……おカネを集めてるみたいだからさ。
もしかしたら、いっぱいおカネを積まれたら、そういう事もするのかなって……」
「……」
「あ、いや、ごめん。聞くべきじゃなかったね、こんな事」
何も言わない彼女を見て、僕はとたんに気まずくなる。
「逆に聞くけどよ。オマエは……いくらならアタシを買えると思う?」
「え? えーっと……ひゃ、百万円、くらい?」
「なんだそりゃ……小学生かオマエは。もうちょっと考えてからモノ言えよ」
「うぐ……」
「アタシの身体を買おうってんなら――同じだけの物を支払ってもらうさ。
それが対等な関係、取引ってことだ」
その言葉の意味が、僕にはまだ分かっていなかった。
時は流れ、高校の卒業式。
この日は魔物娘たちが生涯で二、三を争うぐらい騒ぐ日だと言っていい。
それはなぜか?
彼女たちを縛っている鎖が消える日だからだ。
案の定、卒業式が終わり、下校が始まるその瞬間から暴動のような大騒ぎが起こった。テロリストに占拠された方がまだマシかと思うぐらいに。
「せんぱい!ここに入学してからずっと好きでした!いま、会いに行きまーす!!」
「兄様―!儂はもうガマンできんぞ、ほれ!この婚姻届にサインをするのじゃ!」
「……籍、入れる。 私と貴方で……誰よりも……早く!」
「も、もう家まで待ちきれない……早く!学校近くのホテルへ行きましょう!」
「えへへー♪おにいちゃんとけっこんだー♪うれしいなー♪」
「キサマの真摯な想い、しかと受け取ったぞ。この身を捧ぐに相応しい伴侶だ……」
「ふふふ……卒業を持って、契約は完了したわ。これで貴方はワタシのモノ……♥」
「えっ、ぼ……ボクでいいの?ずうっと変身できないままのボクでも……?」
「リ、リリムである私にどうして殿方が来ないの?もしやこれは何かの陰謀では……?!」
――という具合に、殆どの魔物娘は学校を卒業するまで婚約を禁止されている。
家や校則によっては交わりさえも禁止される場合も多く、ずっとお預けを食らっていた子もいる。
それが卒業によって解禁されるのだ。
積もり積もった想いが爆発するこの日が、静かに終わる訳がない。
「……」
僕に掛かる声はない。自分の伴侶を捕まえるので忙しくて、皆それ所ではないのだろう。
大騒ぎの中、一人ぽつんと取り残されたような気分で僕は座っていた。
ほぼ全ての子がカップル(人によっては一対多)になり、教室から去っていく。
流石に学校での性交は禁止なので、適当な場所を見つけてすぐにでも出て行きたいのだ。
出入り口はヒトとマモノでひしめき合い、阿鼻叫喚の様相を呈している。
そんな嵐のような騒ぎが治まってから、ようやく僕は立ち上がり、教室を出ようとする。
「待てよ」
僕を呼び止める静かな声。
「……レティナ」
外で待っていたらしい彼女は、廊下に立っていた。
「まったく、えらい騒ぎだぜ。学校ってヤツはどんな時でも忙しないモンだな」
「……そうだね」
「さ、帰るぞ。もうみんなとっくに出て行った頃だろうよ」
他の皆が目の色を変える中、彼女の言動だけがいつもと変わらない。
「レティナは……?」
「んん?」
「一緒に帰る……いや、一緒になる人は、いないの?」
僕の言葉を聞いた彼女は、元々大きい赤い一つ目をさらに丸くする。
「……ははっ、面白いコト言うじゃねェか。
こんな特別な日に、今までずうっと待っていた相手に向かって、それはねェだろ」
「……?」
「なんだよ……オマエなぁ、アタシがどれだけガマンしてたか……分かってんのか?」
ずい、とレティナは僕に顔を寄せてくる。
今までにないほど真剣な目つきで。
「でも……すぐに迎えには来なかったし、告白されたことだって……」
「ばーか、そりゃアタシが『ゲイザー』だからだ。
オマエには他の女が寄り付かないよう、他のヤツにずうっと”暗示”を掛けてたのさ。
何にも慌てることはねェ、辛いのは待ってる間だけだった。
アタシはもう何年も待ったんだ……ほんの数十分ぐらい、まばたきするヒマもなかった」
「……」
「分かったよ……疑り深いオマエに、とっておきのモンを見せてやる。
ホントは、もっと景色のいいトコで渡したかったけどな」
そう言って、レティナは自分の鞄からごそごそと小さな箱を取り出す。
ぱかっと開いたその箱の中には、彼女の瞳と同じくらい煌びやかな指輪があった。
「知り合いのサイクロプスに作ってもらった、特注の……結婚指輪だ」
それは豪華なのに派手さの少ない、落ち着いた輝きのリング。
「こんな……高そうなものを?」
「ばーか。オマエに貰った金と比べりゃ、こんなモン二束三文だ。
残りは大事に取っとかないとな……明るい将来のために」
ぎざっとした歯を見せて笑いながら、彼女は黒い指で指輪を取り出す。
「さあて。大事なトコなんだ……余計な茶々入れるなよ?」
そして僕の指にそれを宛がうと、僕の目を見つめながら言う。
「いつだったかオマエに、いくらならカラダを売るか――って聞かれたよな。憶えてるか?
当たり前だが、アタシの答えはノーだ。金で買えるモンは金と同じ価値のモノだけ。
いくら積まれたって、アタシの身体はカネじゃあ売らないし、売るつもりもない」
「……レティナ」
「アタシの身体と、純潔と釣り合うだけの価値を持つモノ。
それは……オマエの身体しかないんだよ。
それこそ、本当の意味での対等で、公正な取り引きなんだ」
僕の指にすっぽりと指輪が嵌められる。
ぴったり合ったサイズのそれは、体の一部のようにしっくりときていた。
「返事は……余計なコトバじゃなくて、行動で頼むぜ。
目はつむっててやるから……オマエの、好きなようにするといい」
レティナはにやりと笑ってから、そっと大きな眼を閉じる。
「でも……今まで……長かった。ずっと……ずっと待ってたんだ……」
大きな滴(しずく)が、彼女の目尻から一筋垂れる。
「だから、初めては……やっぱり、オマエからが……いいな……」
吸い寄せられるかのように僕は彼女の両肩を抱いて、目を閉じる。
「――っ」
初めての口づけは、婚約という僕らの新しい契約の始まりになった。
18/07/23 19:32更新 / しおやき
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