My Little Vampire
ぷぅーーん。
蚊特有の特徴的な羽音を響かせながら、魔物は静かな夜の空を飛んでいた。
その魔物は昆虫界の吸血鬼――ヴァンプモスキートと呼ばれる存在だ。
黒髪のショートヘアに細いツインテール、つり目がちな目と八重歯。僅かに膨らんだ乳房とぷりぷりとした小さなお尻に、虫に似た模様の入ったしなやかな手足、という外見をしている。見た目はすべっとした裸体を惜しげもなく晒す幼い少女でしかないが、とても狡猾で意地悪な魔物だ。
今日も獲物を探して飛行していた彼女は、ある家屋の二階から獲物の匂いを感じ取った。
何故だろうと思って近寄ると、どうやら家の窓が空いていたらしい。それも彼女が入れそうなぐらいにだ。
こっそり近づいてみると、さらに幸運なことにその部屋に居るのは小さな少年だけ、それも自分のベッドにひとりで寝ているだけ。
「ボク好みの匂い……ししっ、ボクってついてるっ」
少女はにやりと笑いながら、身を乗り出して窓からすっと中に入り込む。
家の中は真っ暗だったが、夜目の効く彼女に問題はない。少なくとも部屋の中を見渡せるぐらいには視界を保持できている。
ベッドと机しかない簡素な部屋だ。
「(入る前から灯りが消えてたってことは、もう寝てるのかな?)」
彼女の特徴的な羽音は部屋の中に響いているが、少年はベッドに寝ているまま。
ペロリと舌なめずりをしながら、少しずつ少年ににじり寄っていく。
ついにベッドのそばまで少女は近づいたが、少年がそちらに顔を向ける様子もなければ、目を開ける様子もない。
そもそもこの暗さなら、人間の目では誰が立っているかを確認することすら難しいだろう。
「(ありゃりゃ、ほんとに寝てる。
こんな時期に窓を開けっぱなしで寝るなんて不用心なのー)」
部屋に響くのは規則的な少年の呼吸音と少女のか細い羽音だけ。
「まあいいや、今のうちに噛みついてちょーっとイタズラを――」
少女がそっと身を屈めると、
「誰?」
「――うぇっ?!」
突然の声にビクっと少女の細い身体が跳ねる。間違いなくそのベッドにいる少年が発したものだ。
そのまま少年はベッドから身を起こして、声がしたほうを向いた。
「え? え? なっ、なんで寝てないのっ」
「僕一人だから、電気は付けてなかったんです。
……でも扉の開く音はしなかったのに……変だなあ。
あ、すみません、僕に何か用ですか?」
「えあ、その、えーっと」
身じろぐ少女はうろたえながら、必死で言い訳を考える。
しかし、どこか少年の様子は彼女にとっておかしく見えた。
自分に話しかけているはずなのに、こちらを向いていない。
それに相手は自分よりも背が小さい女の子だと分かっているはずなのに、敬語を使っている。
「(暗いから見えてない? でも、こんなに近くにいるのに……?)」
それだけではなく、少年は目もつむっているまま。
もしや、と思った少女は、自分の羽音と呼吸を止める。
「……あれ? どこに行かれたんですか?」
そう少年は呟いたが、もちろん少女はさっきの場所から動いていない。
少年の目が開かれても、その視線は部屋の中を泳いだまま、少女と合わさる事はない。
――やっぱり。
感づいた魔物の少女は、ゆっくり口を開く。
「もしかしてキミ――目が見えないの?」
それが、二人の最初の出会い。
「ボクはマリア。キミは?」
「ユータです」
「ふうん、ユータくんか。包帯とかはしてないみたいだけど、目が見えないのは生まれつき?」
「いえ……数年前に、事故で……」
「そっかあ。 でもそれなら……もしかしたら」
「?」
分からないといった顔をするユータに対し、マリアは微笑む。
「もしかしたら――それ、治るかも」
「えっ?」
マリアの言葉にユータは疑問の表情を浮かべる。
「……。
でも、お医者様が言うには視神経の問題で、治るかどうかも分からなくて……、たとえ治すにしろ魔法にしろ薬にしろ、すごい時間とお金が掛かるって……」
「ふーん? あんまり難しいコトはよく分かんないなぁ……。
でもねえ、ボク知ってるよ。
時間は……どれくらいか分からないケド、お金なんてひとつもいらない治しかたをね」
「ほ、本当に……?」
ユータの声が少し震え、身を乗り出そうと前かがみになったのがマリアには分かった。
「んっふふ〜。もちろんっ」
「そ、それって?」
食い入るように少女の方を向くユータ。
羽音を止め、彼の耳元にそおっと近づき、マリアは耳打ちするように囁く。ふうっと耳の中に温い吐息を掛けるようにして。
「せ・っ・く・すっ♪」
「えっ……?」
同時にマリアはベッドに飛び乗り、その小さな体を弾ませた。そして横から少年の肩を抱きすくめるようにして、耳元で囁き続ける。
「ボクはねー、ヴァンプモスキートっていう魔物なの」
「ま、魔物?魔物ってもしかして、人を襲って堕落させるっていう……」
「んー? まあそうかもね。
でもね、ボクとえっちなことをしたら目が治るって言ったら……信じる?」
「えっ?」
「魔物さんと一緒に居るとねー、一緒に居るオトコのヒトも『インキュバス』っていう魔物になっちゃうの」
「ま、魔物にだって?! そ、そんな、僕はまだ……」
その言葉に少年はごくり、と唾を飲む。
ユータたちのいる村は反魔物領ではないが、魔物になると言われてこの地方で心配しない者はいない。
「いやいや、ちょっと待って。確かに人間とはベツモノになっちゃうけど――、
ボクたちはね、人間とは違ってとてもカラダが丈夫なんだ。
骨が折れたって数日で治っちゃう子もいるし、そもそもケガなんかしなくなっちゃう子もいるんだよ」
少年の中の常識では考えられない言葉だが、少なからずユータの興味を引いたらしい、恐怖する表情の中にどこか違う感情が混じる。
とはいえ、それを鵜呑みにはできなかった。
「う……嘘だっ。そうやってたぶらかして、僕を……」
「んもー、男の子のくせに疑り深いなあ。
じゃあねえ、ちょっとだけおためし――なんてどう?」
マリアはくすりと笑いながらも時折耳に息を吹きかけるのを止めず、その度に少年はぴくっと反応してしまう。
「例えば――ちょっと血が出ちゃう程度に――ケガしてさ。それでいつもより傷の治りが早くなったら、ボクの言ってる事がホントだってわかるでしょ?」
「で、でも……ううん……」
「だいじょぶだいじょぶ、最初っから子作りなんてしたりしないからさ。
まずはちょっとずつ――ね?」
「ちょっとずつ……?」
訝しみを隠せないユータの手首をマリアがそっと握ると、ほんのりと暖かな感触がユータに広がる。
目の見えない彼にとっては少し驚いたらしく、「ひゃっ」と声をあげた。
「うーんと、そ〜だなー……最初は手の甲にしてみよっか。
今回だけは分かりやすくケガしないと意味がないから、ちょっと痛いかもだけど……ガマンしてね」
そう言いながら、マリアは口元をユータの手に近づける。小さな八重歯が暗がりで光った。
……かぷっ。
「んっ……」
マリアが手の甲に優しく噛みつくと、思わずユータの口から声が漏れた。
痛みはチクッとした程度だが代わりに、むず痒さに似た不思議なくすぐったさと熱さが少年を襲う。
――ヴァンプモスキートたちは獲物に噛みつくのと同時に、唾液に毒を混ぜて注入する。毒の効能は疼きをもたらす快楽と、痛みの麻痺――その効果が表れているのだ。
手の甲の傷跡から出たほんの僅かな血を、ぺろりとマリアが舐めとる。その味に思わず彼女は笑みを零れさせた。
「な、何を、したの」
「ちょーっと嚙んだだけだよ? そんなに痛くなかったでしょ。
ししっ……でもキミの血、すっごく甘くて美味しいね♪
まだ舐めただけなのに、ちょっとだけ……濡れちゃった……♪」
れろりと舌なめずりをしながらマリアは血液を味わう。
「でも、これだけじゃまだ魔力は移んないかなぁ。体液の交換とかもしないと……。
イチバンいいのは血液だけど、ん〜……そだ、ちょっと待っててねっ」
「?」
マリアの身体が自分から少し離れたのを少年は感じる。 代わりに顔のすぐ近くから聞こえてくる、にちゅっ、ぬちゅっ、という微かな水音と、艶っぽい「んっ、あっ」という艶めいた声。
「んっ……ふぅっ。 ね、ちょっと舌出して……舐めてみて?」
言葉と共に、少年の口元にぬるぬるとした液体で塗れた熱い何かが当たる。液体はまるで蜜のようにとろりとしていて、熱い何かに付着している。
目の見えない少年にはそれが何かよく分からないが、つい言われるまま舌を出してしまう。
「んゃっ……」
れろりと舐め上げると、そのぬるりとした蜜の味が少年の口に広がる。
それは今まで味わったことのない味で、ほんのりとハチミツのように甘い。ヴァンプモスキートは花の蜜を主食としているため、体液が独特な甘味を持っているのだ。
「あっ……も、もうちょっと、だけ、舐めて……?」
「う、うん……」
どこか荒い吐息のマリア、そして自分は今何を舐めているんだろう――と少年は困惑しながらも、舌を動かす。
ぺろっ、れろっ。
舐める回数に比例して、どんどん蜜の味が濃くなるような感じがする。
「ん、はぁっ……こ、これぐらいで、いいかなっ……」
十分に『蜜』を味あわせると、マリアはゆっくりユータから身体を離す。
「んー……それじゃ、手のケガが治るまで待たないとね。
また明日、来てもイイ?」
「う、うん……。
あ!でも明るい頃に来ちゃダメだよ! お父さんがびっくりしちゃうから……」
「分かってる分かってる、夜になってから来るよ。 あ、窓はちゃんと開けておいてね」
――翌日の朝。
父とユータが二人、リビングで朝食をとっている時のこと。
「おはよう、ユータ」
「おはよう……。 ねえ父さん。次はいつ帰って来れるの?」
「!……ああ……今度は、一週間……いや、二週間はかかるかもしれん。
お前一人で家にいるのは辛いだろうが……」
「ううん、大丈夫だよ。もう、慣れたって」
「いや……母さんが亡くなってから、お前には迷惑ばかり掛けてる。
すまない……俺にもっと金があれば、もっとお前に楽をさせてやれるのに……。
もっと街のほうにさえ引っ越せれば、お前の目のことだって――」
「ううん。父さんが一生懸命働いてくれてるおかげで、生活するには十分なほどお金はあるよ。
ほんとうに気にしなくていいから」
「ああ……。ありがとう。だけどな、良い知らせもあるんだ。
なんでも今度の仕事はデカいらしくて、報酬も期待できるって聞いてな」
「でも……それって、危ないってことでしょ? 僕は……」
「そうかもしれん、だけどこれはまたとないチャンスなんだ。
だから、お前はここでのんびり待っててくれ」
「……うん」
コーヒーを飲み終えた父が立ち上がると、ユータは慌てて声を掛ける。
「あ……そうだ、父さん」
「うん?」
「えっと……僕の手の甲、ケガとかしてない……かな?
なにかに嚙まれた跡とか、ある?」
「うん? どれどれ」
父はそのごつごつとした手でユータの手を持ち上げる。
「いや、別に何もないな」
「――え?」
ユータの驚く声を聞いて、父は不思議そうに首をひねる。
「どうした、昨日何かあったか?」
「う、ううん。ちょっと気になっただけだよ」
言葉とは裏腹に、ユータの内心はざわめいていた。
昨夜マリアに噛まれたはずの手の甲に傷はなかった。
それなのに――妙に身体が疼く。
昨日噛まれた時からの不思議な疼きが、まるで今もなお噛まれているかのように止まらない。
ぷるんとした彼女の唇でずっと優しく撫でられているような、くすぐったさを伴う疼きが。
その日の夜。
灯りを消し、窓を開け、ベッドで寝ながらユータはマリアを待っていた。
しばらくすると、ユータの耳に聞こえてくるのは特徴的なヴァンプモスキートの羽音。
「……マリア!」
マリアは颯爽と飛んできて、ひょいと窓から家の中に入る。
「こんばんわ、ユータ。気分はどう?」
「えっと……」
「あれぇ? なんだか昨日と違って、モジモジしてるみたいだけど〜?」
「!」
図星を突かれたユータは戸惑いながら、ベッドの布団をぎゅっと握る。
「ぼ……僕に昨日、何をしたの?」
「さあ? ボクは『身体が治る』証明のためにちょーっと嚙んだだけだよぉ?
どう、昨日の傷は治った?」
「うん……確かにマリアに噛まれたはずなのに、何にもなってなかった。
で、でも……昨日から、何だかちょっとヘンなんだ」
「ふ〜ん? どういうふうにヘンなのかな〜?」
「それは……その……」
ひらりと飛ぶと、マリアはベッドにいるユータに顔を近づける。目の見えない彼にも分かるように、吐息が当たるほどの距離まで。
「まあいいや、でも早く目を治したいんでしょ? だったらもっとたくさんエッチなことしないとねー」
「え、えっちなことって……」
「にしし、今日はねえ、そうだなぁ……足の方を噛んじゃおっかなー。
ほーら、早くお布団めくって、ズボン脱いでっ」
「ちょ、ちょっと!」
止めるヒマもなく少年の布団はばさっとめくられ、下半身が露わになる。
そうして見えたユータの股間は明らかに膨らんでおり、それに気づいたマリアがにやあと笑う。
「あれぇ〜? ココ、こんなに大きくなってるけど……どうしちゃったの?
ボク、まだ触ってもいないのに」
「それは、だから、キミが昨日噛んだせいで……ずっと疼いて、止まらないんだよっ」
「そうなんだぁ。じゃあ……触ってほしい?」
「んむっ……うぅ……」
言いにくそうに唇を噛むユータの顔を見ながら、マリアはさらに口元を歪ませる。
「でも、まだダーメ♪」
ユータはズボンに手を掛けられたのに気付いて止めようとするものの、うまくいかず簡単に脱がされてしまう。
下着がさらけ出されると、ユータの股間の勃起がますます目立って主張していた。女の子に見られているのだと思うと、いやでも頬がかっと熱くなってしまう。
「あ、あうう……」
「触られて気持ちいいのは、おちんちんだけじゃないんだよ。
ほら、たとえばここ……」
マリアの柔らかい指がつーっと太腿の内側を撫ぜると、くすぐったいような、ぞくぞくとした快感がユータに流れる。その反応を見ながら、マリアはすりすりと愛撫を続けていく。
さわさわと内腿を撫でられる気持ちよさのせいで、股間の膨らみがぴくりと震えていた。
「んっ……」
「もう、おねだりするみたいにおちんちんピクピクさせちゃって。
ちゃんと言えるイイ子にはご褒美をあげないとね〜♪」
子供の頭を撫でるように優しく、マリアの手が股間を弄る。膨らみの頂点をほんの少しさするだけで強い刺激ではないが、昨日から疼きに悩まされていたユータにとっては耐え難いものだった。
撫でられるたびに疼きは解けていくけれど、同時に蕩けそうな快楽も走っていく。
「あ、あっ」
「ふふっ、気持ちよさそうなカオしちゃって……。
じゃあ今日もちょーっと血を貰っちゃうからね〜」
マリアはユータの太腿に口付けすると、昨日と同じようにそっと噛みつく。太い血管が通っているぶん、前より血を吸う量も毒を注入する量も増やして。
「ま、また噛んでるの……?」
「そうだよぉ。こうすると、ボクのツバがキミと混じっていくんだ。
それに……少しずつ気持ちよくなっていくでしょ?」
その光景を見れないユータにとっては何をされているのか不安だったが、確かにマリアの言うとおりに少しずつ体が火照っていくのを感じる。
「あっ、またおちんちんがピクピクしてる。
そんなに慌てなくてもいまなでなでしてあげるから……♪」
「やっ、あっ、」
下着越しに片手で先っぽを撫でるだけの愛撫から、両手で包み込むような動作に変わり、さらにはゆっくりと揉まれ始める。撫でられるたびにじんわりと気持ちよさが広がり、ゆったりとユータは溶かされていく。
右太腿の吸血は終わったのか、今度は左足のほうをかぷっと噛み始めた。
「んん、イイ顔……ね、ユータってオナニーとかしたことあるの?」
「し、したことは……ある……けどっ」
「やっぱりそーなんだ……男の子だもんねぇ。
でも自分でやる時も、こんなにゆっくりシたことってないでしょ?
今だってホントは、思いっきりしこしこしたくてたまらないんじゃない……?」
「う、ううっ」
マリアの言うとおりで。彼女が目の前にいなければもうユータは我慢出来ず、自分のモノを扱いていただろう。
見透かされたような言葉に、ユータの頬がさらに熱くなる。
「ん〜……でもあんまり一度に吸っちゃうと良くないかもしれないし。
今日はここまでかな?」
「え……あ、う、うん……」
マリアの言葉にユータの顔が曇る。もっとして欲しい――なんて事を自分の口から言えるはずもなく、口をつむぐばかり。
「そーんなカオしなくても、まだ夜は長いんだからさ。
ちょっとお話でもしない? そういやボク、キミのこと何にも知らないからさ」
「う、うん。いいよ」
「にしても喉乾いたな〜。トマトジュースあるー?」
その後はすこしばかり他愛ないことを話していたが、内心ユータはこみ上げてくる疼きを耐えるのに必死だった。
翌日の夜。
マリアが慣れた手つきで窓から入ると、ベッドの上に座って息を荒げるユータの姿が見えた。
特徴的な羽音が聞こえると、待ちわびていたかのようにユータは窓の方を向く。
「うん? だいじょうぶ、ユータ?」
「はぁ、はぁ……だ、大丈夫じゃないよ。き、昨日からずっと疼きがひどくなってて……」
「それで?」
「その……自分でどうにかしようとしたけど、全然治まらなくて……」
「ふ〜ん。 そのカオだと、シャセイしたくても出来なかった、ってカンジだねー。
いっぱい血吸っちゃったし、放っておいても二日や三日じゃ治まらないかなー?」
「うっ……」
また顔を曇らせるユータへ、いつものようにマリアは顔を近づけながらささやく。
「”放っておいたら”ね。だけどボクが手伝ってあげたら、治まるかもよ〜?」
「……っ」
「ちゃーんとお願いできたら、おクチで吸い出してあげてもいいよ? キミのセイエキ♪」
昨日ならまだ断れていたかもしれないが、今の疼きはユータにとって耐えがたいものだった。何しろ二ヵ所を、それも股間に近く太い血流のある太腿の両方を刺されているからだ。手の甲の疼きはまだどうにかなったものの、すでにもうユータは我慢の限界だった。
「し……射精、させて……くださいっ……」
「よく言えました〜。それじゃ服、脱いじゃおっか……?」
マリアに手伝われながら、ゆっくりズボンと下着を脱がされる。
元気よくそそり立った肉棒が露わになると、マリアは舌なめずりをしながらそれに顔を近づける。ふうっと吐息がかかるだけでユータはぞくっとしてしまう。
「キミも辛そうだし、すぐにイカせてあげちゃうからねぇ。あーんっ」
大きく開いたマリアの口がぱっくりとユータの肉棒を咥え込む。
ぬるりと唇を割ってペニスが熱い口内へ入っていく感触がして、ねっとり絡みつくような唾液に敏感な亀頭が包まれる。
幼い女の子にフェラチオをされるという、初めての体験。
ユータは腰が溶けそうなほどの快感を得ていた。
「あっ……ああッ……!」
「ほう、ひもひいい? ほのままいっひにいかへてあげる……♪」
れろれろっ、とマリアの柔らかな舌が亀頭の上を這い回る。カリ首や尿道口といった男の弱点を突くよう的確に、かつ大胆に。
「し、舌が、ぬめってっ……」
さらに舌での舐め回しに加えて、肉棒を擦るように口を激しく上下させはじめた。
ぐぽっ、ぬちゅっ、ぬぷっ。
ちゅっと咥え込むときには優しく唇で包み、しかし引き抜くときには頬をへこませて唇をペニスに吸い付かせる。じゅぷっ、じゅぽっという淫らな水音だけでも目の見えないユータにとってはたまらないのに、ペニスはもっと凄まじい快感を受けているのだ。
「んっ、むぐっ、んちゅっ」
「だ、だめっ、そんな、はげしっ……!」
「ほは、にげひゃだめっ」
にゅぷにゅぷと激しすぎる肉棒への舌技にユータは腰を引いてしまいそうになるが、動かせないよう腰をしっかりとマリアに抱え込むように抱きつかれてしまう。
それに咥え込んだまま喋られると、それだけで口内が蠢いてさらに刺激されてしまう。
強烈な愛撫から逃げだすこともできず、射精欲だけがもう限界を迎えていた。
「あッ、あぁぁ……や、やめてぇっ……」
「んもー、ひもひいいくせに〜」
「で、でちゃ、出ちゃうぅ……ッ」
そのままユータはどくん、どくんとマリアの口内で射精を迎えてしまう。
マグマが尿道を通っていくような熱い感覚と、身体が溶けていくような快楽に頭の中が真っ白になる。
幼いユータの身体からは考えられないほどの精液が、ドクドクとマリアの口の中に迸っていく。
「んっ……ふっごくおいひいね〜」
「あぁ、く、くわえたまま、喋らないでぇっ……」
「んぐっ、んーっ♪」
「す、吸わないでっ……あぅぅ……」
ちゅうっと射精直後のペニスを吸い上げられ、さらにレロレロと亀頭をキレイに舐め回すよう丹念に愛撫される。度重なる強烈な快感で肉棒が溶けてしまいそうだった。
「――ぷはぁっ。美味しかったあ……♪
ね、どう? 身体の疼き、少しは治まってきたでしょ?」
ニコニコと笑いながら、マリアはユータに話しかける。根強く残る快感の余韻に浸ったままユータは返事した。
「そ、そういえば、確かに……」
まだ無くなってはいないものの、太腿からこみ上げていた熱い疼きは少しずつ治まっている。
「ねっ、言った通りでしょ。
だからほら、ボクともーっとえっちなこと、しようよ♪」
「……と、とりあえず……今日はもう、休ませてぇ……」
おぼつかない口調でユータはつぶやく。マリアに刺された二ヵ所の疼きがもたらした快感は凄まじく、ユータはもう腰が抜けて立てそうになかった。それに気怠い射精の余韻が響き、しばらくペニスも回復しそうにない。
そのことを悟ったマリアはむすっとした表情をする。
「んもう、自分だけ気持ちよくなっちゃって……。
今日は仕方ないから許したげるけど、次はぜーったいないからねっ」
ぷりぷりと怒った口調をしながら、マリアはぷぅーんと音を立てて窓の外へ飛び立って行ってしまった。
「……待ってたよ、マリア」
「ちぇっ、こっそり入ってびっくりさせられると思ったんだけどな」
次の日の夜、マリアは音をできるだけ殺してそっと家に入り、ベッドまで近づいたものの、ユータには簡単に気づかれてしまった。
「マリアが来るときは、いつも不思議な音が聞こえるからね。すぐに分かるよ」
「でも、そーっと飛んできたのに……」
「目が見えないぶん、耳が良くなったのかもね」
ユータのそばまで来ているマリアは素早くふとんを捲ると、ぴょんとベッドに飛び乗り、仰向けに寝転んでいるユータに馬乗りになった。そのまま身を屈めて顔を近づけ、二人は向かい合う。
「ねえ……ほんとに、こんなことを続けてるだけで……目が見えるようになるの?」
「あせっちゃダメだよぉ、魔力が浸透するまでは時間が掛かっちゃうものなの。l
それじゃ、今日は……き、きす……や、首筋に、しよっかな……?」
かぷり。
キスマークを付ける恋人のように、マリアは細いユータの首筋に八重歯でそっと噛みつく。
敏感な急所にちくりとわずかな痛みが走り、疼くような熱を持ち始める。
「それだけじゃ許してあげないよ、今度はこっちっ……」
マリアはユータのシャツにあるボタンを外していき、胸板をさらけ出させる。
そのままマリアは顔を降ろすと、肌寒さで少し勃ったユータの乳首に唇を当てた。
「ひゃっ、」
「ココを責められるの、男の子だって弱いんだよ。知ってた?」
ぷにっと柔らかい唇が当たるだけでもユータはぞくっとしてしまう。さらにチロチロと舌で乳首を転がされる。
先っちょをツンツンと突っついたり、乳輪を円を描くようにして舐め回してからちゅっと乳頭に吸い付いたり。
「ん……っ」
「こんな敏感なトコを噛んであげちゃったら、どうなるかな〜?んふふ、かぷっ……」
「んあっ……?! んんっ……!」
ピンと勃った乳首を甘噛みされ、さらに唾液を塗される。もちろんヴァンプモスキートの快楽毒入りだ。
乳腺からも唾液がしみ込んでいき、あっという間に乳首が熱を持ち始める。女性が乳房を責められる時にも似た快楽にも似た甘い快感がユータを襲っていく。
「あはっ、乳首舐められて喘いじゃって、もうオンナのコみたいっ。
ほぉーら、ちゅーっ、れろれろっ……」
「あぅぅ……っ」
一方的にされるがままの快感で、ムクムクと肉棒が痛いほどに勃起していく。
「キミの熱いの、もうボクの身体をツンツンしてるよ。
だけどね、今日は女の子みたいにイカせてあげるんだから」
マリアはぱっとユータのズボンとパンツをはぎ取り、あっという間にユータを半裸にさせる。
そして寝転んだユータの両足を持ち上げると、そのまま足が頭側の地面につくように押していく。
いわゆるちんぐり返し、という姿勢だ。
マリアの顔前にユータの股間、ペニスから蟻の門渡り、お尻の穴が丸見えになる姿勢であり、いくら視界が見えないとはいえ彼にとっては非常に恥ずかしいポーズだった。
「ちょ、ちょっと……マリア?」
「だいじょうぶだいじょうぶ、ちゃんと念入りにほぐしてあげるからね〜」
ふーっとユータのお尻の穴に息が吹きかけられる。ひゃっと声を上げながら、ユータはこれから行われるであろうことを予測した。
「も、もしかして……」
「んふふ、そうだよぉ。今日はお尻の穴で気持ちよくなっちゃおうね……♪
ほら、力入れちゃだめだよぉ……?」
れろぉっ、と菊門の表面をマリアの舌がなぞる。ぞくっとする奇妙な快感が走った。
「だ、だめだよっ!そ、そんなとこきたなっ……」
「らーめ♪ ほはほは、おひりでひもひよくなれ〜♪」
にゅるりとした熱い舌は皺を舐め尽くそうとするかのようにアナルを這い回り、唾液でぬるぬるにしていく。
アナルの窄まりをツンツンと突っついたり、ぐにぐにと押し付けたり。
そしてべろべろに舐め尽くされて柔らかくなった尻穴の入り口に、ベロがねじ込むようにゆっくり入り込んでいく。
ぐに、ぐにぐにぃ……と、柔らかい舌でアナルをこじ開けられていく感覚。
中に入り込んだマリアの舌は、まるで生き物のようにうごめいて内部を舐め尽くす。
出した事しかない不浄の穴に舌を突き入れられる感覚は、ユータにとってもちろん初体験であり、下半身から昇ってくるその不思議な快楽に身を任せる他なかった。
「あ、あぁぁ……」
「ぷはあ……んふっ、カオが蕩けちゃってるよ?
キミってお尻の穴で気持ちよくなっちゃうヘンタイさんなんだ……♪」
唾液をたっぷりとアナルに塗り込んだマリアは一度口を離す。
そして今度はぱくっと自分の指を口に含み、唾液でぬるぬるにしていく。
そうして滑りのよくなった人差し指をお尻に近づけ、指の腹で菊門を撫でた。
「ボクの唾をたっぷり塗り込んであげたから、初めてでも天国にいっちゃうかもね。
ほーら、キミのおしりにボクの指が食べられてく……♪」
にゅぷっ、っとマリアの指がアナルに挿し込まれる。
舌より太く硬いそれは、ユータが気持ちよくなれるポイントを的確に突いてうごめきだす。
「だ、だめぇ……そんなのぉ……」
「こんなにぱっくり僕の指を咥えこんで離してくれないのに、何がダメなのかな〜?
ココのこりこりしたトコを優しく擦ってあげると、すっごく気持ちいいんだよ……♪」
こりっ、こりっとマリアの指が前立腺のポイントを責めると、触られてもいないのにユータのペニスがビクビクと震えて跳ねまわる。
「あっ、あっ、だめっ、そこっ、へん、なのっ……」
「あはは、おちんちんピクピクしてる。
でも女の子みたいにイクんだから、ココは触ってあげないよ。
だから、代わりに乳首をコリコリしてあげる……♪」
開いている方の手で、マリアはユータの乳首を責めはじめる。
責められるのは初めての場所ばかりだが、マリアの快楽毒のせいで性感帯としては既に開発されたといってもいい程の快楽を発していた。
「あ、ああっ、だめ、へ、へんになっちゃうよおっ……!」
「いいんだよ、ヘンになって。ほら、女の子みたいにイっちゃえっ!」
くりっ、と一際アナルと乳首を強く刺激されたとたん、ユータは絶頂に達してしまう。
ペニスは触れられていないのにびゅくん、びゅくんと精液を吹き出し、自分の胸や顔を汚していく。
「あーあ、イっちゃった……♪
おちんちん触ってもないのに、いっぱい出しちゃったね〜♪
飛び散ったセイエキは僕がゼンブ舐めてあげるから、動いちゃダメだよ〜」
「あ、ああ、あぅぅっ……」
未知の性感帯の快楽に溶かされながら、ユータは身体を震わせることしかできなかった。
――マリアが窓から出ていった、その日の深夜。
「ユータ! ユータはいるかい?!」
ドンドンと扉を叩く騒音で、眠りかけていたユータは目を覚ます。
頭はまだ回っていなかったが、それが隣に住んでいるキムおばさんの声である事は分かった。
キムおばさんは父がいない際の保護者代わりになってもらっていた隣人だが、面倒をかけさせたくないユータはどうしても用がある時以外には彼女を頼らなかった。
元々あまり落ち着きのない性格だが、その慌てぶりは普通ではない。
「……どうしたんですか、キムさん。こんな夜中に……」
「そ、それが……昼には届いてて、でも気づかなかったんだ。
けどね、手紙が届いてたんだよ。ごめんね、すぐに教えてやれなくて……」
伝えたい事がやや混濁した言葉だったが、ユータにもなんとか伝わる。
そして次の言葉は、ユータの目を覚ますのには十分だった。
「手紙に、戦場に行ったあんたの父さんが、行方不明になったって――」
――翌日の、夜。
マリアはいつものようにやってきたが、家の窓とカーテンが閉まっている事に気付く。
近寄って確かめてみるがどうやら鍵は掛かっておらず、外からでも開けられた。
「変なの。いつもは開けてくれてるのに……」
窓を開け、カーテンを捲ってマリアは家の中に入る。部屋の中は暗く、電気は付いていない。
ただいつものようにベッドの縁に座っているユータの姿がそこにあった。
「もー、びっくりしたじゃん。開いてないかと思ったよ」
ぷりぷりと怒りながらマリアは声を掛けるが、ユータは返事をしない。
マリアの声がした方を向くこともなかった。
「……ユータ?」
特徴的な羽音を響かせながら、ゆっくりとベッドにマリアは近づく。
「近寄らないで」
それはマリアが聞いた事の無いような、冷たい声。
「ど……どうしたの?」
マリアはそれに驚きながらも、彼の心情を掴もうと表情を伺う。
「……魔物のせいで、僕の父さんが行方不明になったって……聞いたんだ」
「え……?」
暗がりの中に浮かぶユータの顔は、静かに怒っていた。
「父さんは魔物との戦いに行って……それで、魔物に捕まえられたって……!
お城は魔物達のせいで壊滅状態で、助けにも行けないって……!」
「で、でも!私達はニンゲンに悪いコトなんて……」
弱い声で返事をしようとするマリアに対して、ユータは声を荒げる
「そんなこと……どうして君にわかるんだよっ!!
父さんたちを襲った奴が良い魔物かどうかなんて、分かるもんか!!」
「そ、そんな……」
そんな事は決してしない――けれどそれを証明することができず、マリアは何も言えなくなる。
ほんの僅かな静粛があって、またユータが口を開く。
「やっぱり……魔物は魔物なんだ。
君だって、僕をからかって遊んでいただけなんだ……」
「ち、ちがうよ! そんなコト――」
「うるさいッ!」
唸る獣のようなその怒声に、マリアは委縮して声が出せなくなる。
「僕の目が治せるなんてウソまでついて――人の心を弄んで!
どれだけ僕たちを傷つければ気が済むんだ!」
「ユータ……待って、キミの目はほんとに――」
口を挟もうとしても、感情に火の付いたユータは止まらない。もうマリアの声など聞こえていない。
「父さんは僕のために……僕の目を治すために、危険な仕事もして、昼も夜も一生懸命死にもの狂いで働きつづけて、頑張ってくれてたっていうのにっ!!
もうすぐ、また一緒に居られるようになると思ったのにっ……、
どうして……どうして、僕たちが、こんな目に合わなくちゃいけないんだよ……っ」
怒号が収まると、また部屋は静けさを取り戻す。
真っ暗な部屋の中を、すすり泣くユータの声だけが響いていた。
「……」
何も言えなかった。何を言えば彼に届くのかマリアには分からなかった。
「……出ていってくれ」
「っ……」
「早く、出ていってくれよッ!」
マリアは羽を揺らして飛び、黙って部屋の中にある机のそばに行く。
「……これ、借りるね」
そして、机の上にある空のビンを手に取った。
「キミが……インキュバス化するには、まだまだ……魔力が足りないと思う。
だから、このビンの中に……僕の”血”を入れておくよ。
これを飲めば……きっとキミを、治せるはずなんだ……」
自分の手首に歯を当て、マリアは強く肉を噛み千切る。いつものような吸血の動作とは似ても似つかない、荒々しい噛みつき。眉をしかめて痛みに耐えながら、そっとマリアはビンを手首に添える。
流れ出した鮮血が手首から零れ、ビンに赤い液体が少しずつ溜まっていく。
「キミは魔物になんかなりたくないって、そう言うだろうけど……。
ボクにできるのは……ここまで。
明日また、来るから――ボクをまだ信じてくれるなら、これを飲んで」
「……」
血が溜まったのを確認すると、ユータにも分かるように、机の上にコトリと音を立ててビンが置かれた。
「……ユータ……約束、だからね」
羽を鳴らしながらマリアが窓から飛び立っていく。
耳にあの音が聞こえなくなっても、ユータはずっと動かなかった。
次の日も、マリアはユータの元を訪れた。
しかし家の窓はいつでもカーテンと鍵が閉められていて、マリアでは開けることも中の様子を伺う事も出来ない。
開けられない事が分かると、マリアはドンドンと外から窓を叩く。
「……ユータ、いるかい?」
何回声を掛けても、返事は返ってこない。中のカーテンが揺れることもない。
それでも声が届くことを信じて、窓越しにマリアが話しかける。
「……今日も、ボクの血をビンに入れて持ってきたから……。
信じてもらえないかもしれないし、気持ち悪いかもしれないけど……お願いだから、飲んでほしい。
ユータ……気づいて、くれるかな……」
マリアは持ってきた血入りのビンを落ちないように窓の縁に置いておく。
唇を噛みしめながら、その場を後にする事しかできなかった。
翌日の夜。
浮かない顔でユータの家にまでやって来たマリアだったが、遠目からでも家を見た時にマリアは安堵していた。
まず、窓に昨日置いた血入りのビンがなくなっていたこと。
ユータは自分が置いたビンに気づいてくれたのだ。
それに家のカーテンが開けられていた。窓は閉まっているけれど、これで中の様子が分かる。
「よかった……ユータ、気付いてくれたんだ」
その事実に思わず笑みが零れた。
しかし窓のそばにまで飛んで来てみると、少し様子がおかしいようにマリアには思える。
外から伺った限りでは、部屋の中にユータの姿が見えない。それに今日は珍しく、部屋に明かりが灯っており、ぼんやりと中を照らしている。
「あれ? どうしたんだろう……?」
とんとんと窓を叩いてみるが、どこからも返事はない。
すると窓の鍵が開いている事に気付いたマリアは、窓を開けて中に入る。
「ユータぁ、ボクだよー、どこにいるの?」
トイレにでも行っているのだろうか、と思いながらマリアは部屋の中を見渡す。真っ先に目に止まったのは机の上に置いてある、手紙のようなものだ。何枚か重ねて置かれてあるらしい。
傍に行くと、一番上の紙にはとても汚いずれた字で『マリアへ』と書かれている。
「……なんだろ、これ。あっ、もしかして……らぶれたーってやつ?」
にんまりと笑みを浮かべながら、そっと一番上の紙をめくってみる。
『 マリアへ
きみが このてがみをみるころには ぼくはもうここにはいないとおもいます』
その一文を読んだだけで、マリアの胸がざわつく。次の文がうまく読めなくなる。
『 もう あえないかもしれません 』
「なに、これ……」
『 はなれるまえに 』
「やだ、やだっ……」
『 マリアのかおを みてみたかった 』
「あ、あああ、あああ……!」
身体中から力が抜けて、その場にへたりこんでしまう。
「あぁぁぁっ、うわぁぁあああっ――!!」
頭の中が真っ赤に熱くなる。留処なく涙があふれ出て止められない。視界が滲んでもう前が見えない。机を叩く。何度も何度も叩く。
どうして、どうして助けてあげられなかったんだ。
ボクはあんなに、ユータのことを――。
『 だから 』
マリアの手が震え、持っていた紙がひらりと落ちる。
その下にある次の紙が表れた。
そこにあるのはとても綺麗な、整った文字。
『「 いつものお返しに、これぐらいは許してね 」』
マリアの後ろから、ぎゅっと誰かが抱きしめる。
一瞬だけ思考が追い付かなかった。
けれど後ろを振り向かなくても、それが誰かは声で分かる。
「――いじわる」
ぽつりと呟いたマリアの目から、また一筋の涙が流れていく。
震えていた肩は止まり、暖かい何かにココロが包まれる。
「んっ」
そっとマリアを振り向かせると、少年は長いキスをした。
それができるのは、彼女のおかげだと伝えたくて。
「……もういっかい。 今度は、ボクから。
ほら、ベロ出して」
少年はマリアに言われるまま、目を閉じて舌を出す。
――かぷり。
返ってきたのは、舌への優しい甘噛み。
「ふんだ。 さっきのお返しっ」
――――――――――――――――――――――――――――――――
○さらに翌日
「おらおらマリア、モテモテなお姉さまのおかえりよ〜、三つ指ついてお出迎えしなさぁい」
「あっ、姉ちゃん。一週間もどこ行ってたの?」
「私達の仕事先でねぇ、そりゃもう結婚式だらけで……しばらく帰れなくてさぁ」
「へー」
「そうよワタシもね、ナイスミドルなおじさまと恋に落ちたの!」
「ふーん」
「けど大変なのよぉ、目の見えない息子さんが故郷にいるから、早く迎えに行かなきゃいけないの。 その子ユータ君っていうんですって」
「えっ」
「えっ」
蚊特有の特徴的な羽音を響かせながら、魔物は静かな夜の空を飛んでいた。
その魔物は昆虫界の吸血鬼――ヴァンプモスキートと呼ばれる存在だ。
黒髪のショートヘアに細いツインテール、つり目がちな目と八重歯。僅かに膨らんだ乳房とぷりぷりとした小さなお尻に、虫に似た模様の入ったしなやかな手足、という外見をしている。見た目はすべっとした裸体を惜しげもなく晒す幼い少女でしかないが、とても狡猾で意地悪な魔物だ。
今日も獲物を探して飛行していた彼女は、ある家屋の二階から獲物の匂いを感じ取った。
何故だろうと思って近寄ると、どうやら家の窓が空いていたらしい。それも彼女が入れそうなぐらいにだ。
こっそり近づいてみると、さらに幸運なことにその部屋に居るのは小さな少年だけ、それも自分のベッドにひとりで寝ているだけ。
「ボク好みの匂い……ししっ、ボクってついてるっ」
少女はにやりと笑いながら、身を乗り出して窓からすっと中に入り込む。
家の中は真っ暗だったが、夜目の効く彼女に問題はない。少なくとも部屋の中を見渡せるぐらいには視界を保持できている。
ベッドと机しかない簡素な部屋だ。
「(入る前から灯りが消えてたってことは、もう寝てるのかな?)」
彼女の特徴的な羽音は部屋の中に響いているが、少年はベッドに寝ているまま。
ペロリと舌なめずりをしながら、少しずつ少年ににじり寄っていく。
ついにベッドのそばまで少女は近づいたが、少年がそちらに顔を向ける様子もなければ、目を開ける様子もない。
そもそもこの暗さなら、人間の目では誰が立っているかを確認することすら難しいだろう。
「(ありゃりゃ、ほんとに寝てる。
こんな時期に窓を開けっぱなしで寝るなんて不用心なのー)」
部屋に響くのは規則的な少年の呼吸音と少女のか細い羽音だけ。
「まあいいや、今のうちに噛みついてちょーっとイタズラを――」
少女がそっと身を屈めると、
「誰?」
「――うぇっ?!」
突然の声にビクっと少女の細い身体が跳ねる。間違いなくそのベッドにいる少年が発したものだ。
そのまま少年はベッドから身を起こして、声がしたほうを向いた。
「え? え? なっ、なんで寝てないのっ」
「僕一人だから、電気は付けてなかったんです。
……でも扉の開く音はしなかったのに……変だなあ。
あ、すみません、僕に何か用ですか?」
「えあ、その、えーっと」
身じろぐ少女はうろたえながら、必死で言い訳を考える。
しかし、どこか少年の様子は彼女にとっておかしく見えた。
自分に話しかけているはずなのに、こちらを向いていない。
それに相手は自分よりも背が小さい女の子だと分かっているはずなのに、敬語を使っている。
「(暗いから見えてない? でも、こんなに近くにいるのに……?)」
それだけではなく、少年は目もつむっているまま。
もしや、と思った少女は、自分の羽音と呼吸を止める。
「……あれ? どこに行かれたんですか?」
そう少年は呟いたが、もちろん少女はさっきの場所から動いていない。
少年の目が開かれても、その視線は部屋の中を泳いだまま、少女と合わさる事はない。
――やっぱり。
感づいた魔物の少女は、ゆっくり口を開く。
「もしかしてキミ――目が見えないの?」
それが、二人の最初の出会い。
「ボクはマリア。キミは?」
「ユータです」
「ふうん、ユータくんか。包帯とかはしてないみたいだけど、目が見えないのは生まれつき?」
「いえ……数年前に、事故で……」
「そっかあ。 でもそれなら……もしかしたら」
「?」
分からないといった顔をするユータに対し、マリアは微笑む。
「もしかしたら――それ、治るかも」
「えっ?」
マリアの言葉にユータは疑問の表情を浮かべる。
「……。
でも、お医者様が言うには視神経の問題で、治るかどうかも分からなくて……、たとえ治すにしろ魔法にしろ薬にしろ、すごい時間とお金が掛かるって……」
「ふーん? あんまり難しいコトはよく分かんないなぁ……。
でもねえ、ボク知ってるよ。
時間は……どれくらいか分からないケド、お金なんてひとつもいらない治しかたをね」
「ほ、本当に……?」
ユータの声が少し震え、身を乗り出そうと前かがみになったのがマリアには分かった。
「んっふふ〜。もちろんっ」
「そ、それって?」
食い入るように少女の方を向くユータ。
羽音を止め、彼の耳元にそおっと近づき、マリアは耳打ちするように囁く。ふうっと耳の中に温い吐息を掛けるようにして。
「せ・っ・く・すっ♪」
「えっ……?」
同時にマリアはベッドに飛び乗り、その小さな体を弾ませた。そして横から少年の肩を抱きすくめるようにして、耳元で囁き続ける。
「ボクはねー、ヴァンプモスキートっていう魔物なの」
「ま、魔物?魔物ってもしかして、人を襲って堕落させるっていう……」
「んー? まあそうかもね。
でもね、ボクとえっちなことをしたら目が治るって言ったら……信じる?」
「えっ?」
「魔物さんと一緒に居るとねー、一緒に居るオトコのヒトも『インキュバス』っていう魔物になっちゃうの」
「ま、魔物にだって?! そ、そんな、僕はまだ……」
その言葉に少年はごくり、と唾を飲む。
ユータたちのいる村は反魔物領ではないが、魔物になると言われてこの地方で心配しない者はいない。
「いやいや、ちょっと待って。確かに人間とはベツモノになっちゃうけど――、
ボクたちはね、人間とは違ってとてもカラダが丈夫なんだ。
骨が折れたって数日で治っちゃう子もいるし、そもそもケガなんかしなくなっちゃう子もいるんだよ」
少年の中の常識では考えられない言葉だが、少なからずユータの興味を引いたらしい、恐怖する表情の中にどこか違う感情が混じる。
とはいえ、それを鵜呑みにはできなかった。
「う……嘘だっ。そうやってたぶらかして、僕を……」
「んもー、男の子のくせに疑り深いなあ。
じゃあねえ、ちょっとだけおためし――なんてどう?」
マリアはくすりと笑いながらも時折耳に息を吹きかけるのを止めず、その度に少年はぴくっと反応してしまう。
「例えば――ちょっと血が出ちゃう程度に――ケガしてさ。それでいつもより傷の治りが早くなったら、ボクの言ってる事がホントだってわかるでしょ?」
「で、でも……ううん……」
「だいじょぶだいじょぶ、最初っから子作りなんてしたりしないからさ。
まずはちょっとずつ――ね?」
「ちょっとずつ……?」
訝しみを隠せないユータの手首をマリアがそっと握ると、ほんのりと暖かな感触がユータに広がる。
目の見えない彼にとっては少し驚いたらしく、「ひゃっ」と声をあげた。
「うーんと、そ〜だなー……最初は手の甲にしてみよっか。
今回だけは分かりやすくケガしないと意味がないから、ちょっと痛いかもだけど……ガマンしてね」
そう言いながら、マリアは口元をユータの手に近づける。小さな八重歯が暗がりで光った。
……かぷっ。
「んっ……」
マリアが手の甲に優しく噛みつくと、思わずユータの口から声が漏れた。
痛みはチクッとした程度だが代わりに、むず痒さに似た不思議なくすぐったさと熱さが少年を襲う。
――ヴァンプモスキートたちは獲物に噛みつくのと同時に、唾液に毒を混ぜて注入する。毒の効能は疼きをもたらす快楽と、痛みの麻痺――その効果が表れているのだ。
手の甲の傷跡から出たほんの僅かな血を、ぺろりとマリアが舐めとる。その味に思わず彼女は笑みを零れさせた。
「な、何を、したの」
「ちょーっと嚙んだだけだよ? そんなに痛くなかったでしょ。
ししっ……でもキミの血、すっごく甘くて美味しいね♪
まだ舐めただけなのに、ちょっとだけ……濡れちゃった……♪」
れろりと舌なめずりをしながらマリアは血液を味わう。
「でも、これだけじゃまだ魔力は移んないかなぁ。体液の交換とかもしないと……。
イチバンいいのは血液だけど、ん〜……そだ、ちょっと待っててねっ」
「?」
マリアの身体が自分から少し離れたのを少年は感じる。 代わりに顔のすぐ近くから聞こえてくる、にちゅっ、ぬちゅっ、という微かな水音と、艶っぽい「んっ、あっ」という艶めいた声。
「んっ……ふぅっ。 ね、ちょっと舌出して……舐めてみて?」
言葉と共に、少年の口元にぬるぬるとした液体で塗れた熱い何かが当たる。液体はまるで蜜のようにとろりとしていて、熱い何かに付着している。
目の見えない少年にはそれが何かよく分からないが、つい言われるまま舌を出してしまう。
「んゃっ……」
れろりと舐め上げると、そのぬるりとした蜜の味が少年の口に広がる。
それは今まで味わったことのない味で、ほんのりとハチミツのように甘い。ヴァンプモスキートは花の蜜を主食としているため、体液が独特な甘味を持っているのだ。
「あっ……も、もうちょっと、だけ、舐めて……?」
「う、うん……」
どこか荒い吐息のマリア、そして自分は今何を舐めているんだろう――と少年は困惑しながらも、舌を動かす。
ぺろっ、れろっ。
舐める回数に比例して、どんどん蜜の味が濃くなるような感じがする。
「ん、はぁっ……こ、これぐらいで、いいかなっ……」
十分に『蜜』を味あわせると、マリアはゆっくりユータから身体を離す。
「んー……それじゃ、手のケガが治るまで待たないとね。
また明日、来てもイイ?」
「う、うん……。
あ!でも明るい頃に来ちゃダメだよ! お父さんがびっくりしちゃうから……」
「分かってる分かってる、夜になってから来るよ。 あ、窓はちゃんと開けておいてね」
――翌日の朝。
父とユータが二人、リビングで朝食をとっている時のこと。
「おはよう、ユータ」
「おはよう……。 ねえ父さん。次はいつ帰って来れるの?」
「!……ああ……今度は、一週間……いや、二週間はかかるかもしれん。
お前一人で家にいるのは辛いだろうが……」
「ううん、大丈夫だよ。もう、慣れたって」
「いや……母さんが亡くなってから、お前には迷惑ばかり掛けてる。
すまない……俺にもっと金があれば、もっとお前に楽をさせてやれるのに……。
もっと街のほうにさえ引っ越せれば、お前の目のことだって――」
「ううん。父さんが一生懸命働いてくれてるおかげで、生活するには十分なほどお金はあるよ。
ほんとうに気にしなくていいから」
「ああ……。ありがとう。だけどな、良い知らせもあるんだ。
なんでも今度の仕事はデカいらしくて、報酬も期待できるって聞いてな」
「でも……それって、危ないってことでしょ? 僕は……」
「そうかもしれん、だけどこれはまたとないチャンスなんだ。
だから、お前はここでのんびり待っててくれ」
「……うん」
コーヒーを飲み終えた父が立ち上がると、ユータは慌てて声を掛ける。
「あ……そうだ、父さん」
「うん?」
「えっと……僕の手の甲、ケガとかしてない……かな?
なにかに嚙まれた跡とか、ある?」
「うん? どれどれ」
父はそのごつごつとした手でユータの手を持ち上げる。
「いや、別に何もないな」
「――え?」
ユータの驚く声を聞いて、父は不思議そうに首をひねる。
「どうした、昨日何かあったか?」
「う、ううん。ちょっと気になっただけだよ」
言葉とは裏腹に、ユータの内心はざわめいていた。
昨夜マリアに噛まれたはずの手の甲に傷はなかった。
それなのに――妙に身体が疼く。
昨日噛まれた時からの不思議な疼きが、まるで今もなお噛まれているかのように止まらない。
ぷるんとした彼女の唇でずっと優しく撫でられているような、くすぐったさを伴う疼きが。
その日の夜。
灯りを消し、窓を開け、ベッドで寝ながらユータはマリアを待っていた。
しばらくすると、ユータの耳に聞こえてくるのは特徴的なヴァンプモスキートの羽音。
「……マリア!」
マリアは颯爽と飛んできて、ひょいと窓から家の中に入る。
「こんばんわ、ユータ。気分はどう?」
「えっと……」
「あれぇ? なんだか昨日と違って、モジモジしてるみたいだけど〜?」
「!」
図星を突かれたユータは戸惑いながら、ベッドの布団をぎゅっと握る。
「ぼ……僕に昨日、何をしたの?」
「さあ? ボクは『身体が治る』証明のためにちょーっと嚙んだだけだよぉ?
どう、昨日の傷は治った?」
「うん……確かにマリアに噛まれたはずなのに、何にもなってなかった。
で、でも……昨日から、何だかちょっとヘンなんだ」
「ふ〜ん? どういうふうにヘンなのかな〜?」
「それは……その……」
ひらりと飛ぶと、マリアはベッドにいるユータに顔を近づける。目の見えない彼にも分かるように、吐息が当たるほどの距離まで。
「まあいいや、でも早く目を治したいんでしょ? だったらもっとたくさんエッチなことしないとねー」
「え、えっちなことって……」
「にしし、今日はねえ、そうだなぁ……足の方を噛んじゃおっかなー。
ほーら、早くお布団めくって、ズボン脱いでっ」
「ちょ、ちょっと!」
止めるヒマもなく少年の布団はばさっとめくられ、下半身が露わになる。
そうして見えたユータの股間は明らかに膨らんでおり、それに気づいたマリアがにやあと笑う。
「あれぇ〜? ココ、こんなに大きくなってるけど……どうしちゃったの?
ボク、まだ触ってもいないのに」
「それは、だから、キミが昨日噛んだせいで……ずっと疼いて、止まらないんだよっ」
「そうなんだぁ。じゃあ……触ってほしい?」
「んむっ……うぅ……」
言いにくそうに唇を噛むユータの顔を見ながら、マリアはさらに口元を歪ませる。
「でも、まだダーメ♪」
ユータはズボンに手を掛けられたのに気付いて止めようとするものの、うまくいかず簡単に脱がされてしまう。
下着がさらけ出されると、ユータの股間の勃起がますます目立って主張していた。女の子に見られているのだと思うと、いやでも頬がかっと熱くなってしまう。
「あ、あうう……」
「触られて気持ちいいのは、おちんちんだけじゃないんだよ。
ほら、たとえばここ……」
マリアの柔らかい指がつーっと太腿の内側を撫ぜると、くすぐったいような、ぞくぞくとした快感がユータに流れる。その反応を見ながら、マリアはすりすりと愛撫を続けていく。
さわさわと内腿を撫でられる気持ちよさのせいで、股間の膨らみがぴくりと震えていた。
「んっ……」
「もう、おねだりするみたいにおちんちんピクピクさせちゃって。
ちゃんと言えるイイ子にはご褒美をあげないとね〜♪」
子供の頭を撫でるように優しく、マリアの手が股間を弄る。膨らみの頂点をほんの少しさするだけで強い刺激ではないが、昨日から疼きに悩まされていたユータにとっては耐え難いものだった。
撫でられるたびに疼きは解けていくけれど、同時に蕩けそうな快楽も走っていく。
「あ、あっ」
「ふふっ、気持ちよさそうなカオしちゃって……。
じゃあ今日もちょーっと血を貰っちゃうからね〜」
マリアはユータの太腿に口付けすると、昨日と同じようにそっと噛みつく。太い血管が通っているぶん、前より血を吸う量も毒を注入する量も増やして。
「ま、また噛んでるの……?」
「そうだよぉ。こうすると、ボクのツバがキミと混じっていくんだ。
それに……少しずつ気持ちよくなっていくでしょ?」
その光景を見れないユータにとっては何をされているのか不安だったが、確かにマリアの言うとおりに少しずつ体が火照っていくのを感じる。
「あっ、またおちんちんがピクピクしてる。
そんなに慌てなくてもいまなでなでしてあげるから……♪」
「やっ、あっ、」
下着越しに片手で先っぽを撫でるだけの愛撫から、両手で包み込むような動作に変わり、さらにはゆっくりと揉まれ始める。撫でられるたびにじんわりと気持ちよさが広がり、ゆったりとユータは溶かされていく。
右太腿の吸血は終わったのか、今度は左足のほうをかぷっと噛み始めた。
「んん、イイ顔……ね、ユータってオナニーとかしたことあるの?」
「し、したことは……ある……けどっ」
「やっぱりそーなんだ……男の子だもんねぇ。
でも自分でやる時も、こんなにゆっくりシたことってないでしょ?
今だってホントは、思いっきりしこしこしたくてたまらないんじゃない……?」
「う、ううっ」
マリアの言うとおりで。彼女が目の前にいなければもうユータは我慢出来ず、自分のモノを扱いていただろう。
見透かされたような言葉に、ユータの頬がさらに熱くなる。
「ん〜……でもあんまり一度に吸っちゃうと良くないかもしれないし。
今日はここまでかな?」
「え……あ、う、うん……」
マリアの言葉にユータの顔が曇る。もっとして欲しい――なんて事を自分の口から言えるはずもなく、口をつむぐばかり。
「そーんなカオしなくても、まだ夜は長いんだからさ。
ちょっとお話でもしない? そういやボク、キミのこと何にも知らないからさ」
「う、うん。いいよ」
「にしても喉乾いたな〜。トマトジュースあるー?」
その後はすこしばかり他愛ないことを話していたが、内心ユータはこみ上げてくる疼きを耐えるのに必死だった。
翌日の夜。
マリアが慣れた手つきで窓から入ると、ベッドの上に座って息を荒げるユータの姿が見えた。
特徴的な羽音が聞こえると、待ちわびていたかのようにユータは窓の方を向く。
「うん? だいじょうぶ、ユータ?」
「はぁ、はぁ……だ、大丈夫じゃないよ。き、昨日からずっと疼きがひどくなってて……」
「それで?」
「その……自分でどうにかしようとしたけど、全然治まらなくて……」
「ふ〜ん。 そのカオだと、シャセイしたくても出来なかった、ってカンジだねー。
いっぱい血吸っちゃったし、放っておいても二日や三日じゃ治まらないかなー?」
「うっ……」
また顔を曇らせるユータへ、いつものようにマリアは顔を近づけながらささやく。
「”放っておいたら”ね。だけどボクが手伝ってあげたら、治まるかもよ〜?」
「……っ」
「ちゃーんとお願いできたら、おクチで吸い出してあげてもいいよ? キミのセイエキ♪」
昨日ならまだ断れていたかもしれないが、今の疼きはユータにとって耐えがたいものだった。何しろ二ヵ所を、それも股間に近く太い血流のある太腿の両方を刺されているからだ。手の甲の疼きはまだどうにかなったものの、すでにもうユータは我慢の限界だった。
「し……射精、させて……くださいっ……」
「よく言えました〜。それじゃ服、脱いじゃおっか……?」
マリアに手伝われながら、ゆっくりズボンと下着を脱がされる。
元気よくそそり立った肉棒が露わになると、マリアは舌なめずりをしながらそれに顔を近づける。ふうっと吐息がかかるだけでユータはぞくっとしてしまう。
「キミも辛そうだし、すぐにイカせてあげちゃうからねぇ。あーんっ」
大きく開いたマリアの口がぱっくりとユータの肉棒を咥え込む。
ぬるりと唇を割ってペニスが熱い口内へ入っていく感触がして、ねっとり絡みつくような唾液に敏感な亀頭が包まれる。
幼い女の子にフェラチオをされるという、初めての体験。
ユータは腰が溶けそうなほどの快感を得ていた。
「あっ……ああッ……!」
「ほう、ひもひいい? ほのままいっひにいかへてあげる……♪」
れろれろっ、とマリアの柔らかな舌が亀頭の上を這い回る。カリ首や尿道口といった男の弱点を突くよう的確に、かつ大胆に。
「し、舌が、ぬめってっ……」
さらに舌での舐め回しに加えて、肉棒を擦るように口を激しく上下させはじめた。
ぐぽっ、ぬちゅっ、ぬぷっ。
ちゅっと咥え込むときには優しく唇で包み、しかし引き抜くときには頬をへこませて唇をペニスに吸い付かせる。じゅぷっ、じゅぽっという淫らな水音だけでも目の見えないユータにとってはたまらないのに、ペニスはもっと凄まじい快感を受けているのだ。
「んっ、むぐっ、んちゅっ」
「だ、だめっ、そんな、はげしっ……!」
「ほは、にげひゃだめっ」
にゅぷにゅぷと激しすぎる肉棒への舌技にユータは腰を引いてしまいそうになるが、動かせないよう腰をしっかりとマリアに抱え込むように抱きつかれてしまう。
それに咥え込んだまま喋られると、それだけで口内が蠢いてさらに刺激されてしまう。
強烈な愛撫から逃げだすこともできず、射精欲だけがもう限界を迎えていた。
「あッ、あぁぁ……や、やめてぇっ……」
「んもー、ひもひいいくせに〜」
「で、でちゃ、出ちゃうぅ……ッ」
そのままユータはどくん、どくんとマリアの口内で射精を迎えてしまう。
マグマが尿道を通っていくような熱い感覚と、身体が溶けていくような快楽に頭の中が真っ白になる。
幼いユータの身体からは考えられないほどの精液が、ドクドクとマリアの口の中に迸っていく。
「んっ……ふっごくおいひいね〜」
「あぁ、く、くわえたまま、喋らないでぇっ……」
「んぐっ、んーっ♪」
「す、吸わないでっ……あぅぅ……」
ちゅうっと射精直後のペニスを吸い上げられ、さらにレロレロと亀頭をキレイに舐め回すよう丹念に愛撫される。度重なる強烈な快感で肉棒が溶けてしまいそうだった。
「――ぷはぁっ。美味しかったあ……♪
ね、どう? 身体の疼き、少しは治まってきたでしょ?」
ニコニコと笑いながら、マリアはユータに話しかける。根強く残る快感の余韻に浸ったままユータは返事した。
「そ、そういえば、確かに……」
まだ無くなってはいないものの、太腿からこみ上げていた熱い疼きは少しずつ治まっている。
「ねっ、言った通りでしょ。
だからほら、ボクともーっとえっちなこと、しようよ♪」
「……と、とりあえず……今日はもう、休ませてぇ……」
おぼつかない口調でユータはつぶやく。マリアに刺された二ヵ所の疼きがもたらした快感は凄まじく、ユータはもう腰が抜けて立てそうになかった。それに気怠い射精の余韻が響き、しばらくペニスも回復しそうにない。
そのことを悟ったマリアはむすっとした表情をする。
「んもう、自分だけ気持ちよくなっちゃって……。
今日は仕方ないから許したげるけど、次はぜーったいないからねっ」
ぷりぷりと怒った口調をしながら、マリアはぷぅーんと音を立てて窓の外へ飛び立って行ってしまった。
「……待ってたよ、マリア」
「ちぇっ、こっそり入ってびっくりさせられると思ったんだけどな」
次の日の夜、マリアは音をできるだけ殺してそっと家に入り、ベッドまで近づいたものの、ユータには簡単に気づかれてしまった。
「マリアが来るときは、いつも不思議な音が聞こえるからね。すぐに分かるよ」
「でも、そーっと飛んできたのに……」
「目が見えないぶん、耳が良くなったのかもね」
ユータのそばまで来ているマリアは素早くふとんを捲ると、ぴょんとベッドに飛び乗り、仰向けに寝転んでいるユータに馬乗りになった。そのまま身を屈めて顔を近づけ、二人は向かい合う。
「ねえ……ほんとに、こんなことを続けてるだけで……目が見えるようになるの?」
「あせっちゃダメだよぉ、魔力が浸透するまでは時間が掛かっちゃうものなの。l
それじゃ、今日は……き、きす……や、首筋に、しよっかな……?」
かぷり。
キスマークを付ける恋人のように、マリアは細いユータの首筋に八重歯でそっと噛みつく。
敏感な急所にちくりとわずかな痛みが走り、疼くような熱を持ち始める。
「それだけじゃ許してあげないよ、今度はこっちっ……」
マリアはユータのシャツにあるボタンを外していき、胸板をさらけ出させる。
そのままマリアは顔を降ろすと、肌寒さで少し勃ったユータの乳首に唇を当てた。
「ひゃっ、」
「ココを責められるの、男の子だって弱いんだよ。知ってた?」
ぷにっと柔らかい唇が当たるだけでもユータはぞくっとしてしまう。さらにチロチロと舌で乳首を転がされる。
先っちょをツンツンと突っついたり、乳輪を円を描くようにして舐め回してからちゅっと乳頭に吸い付いたり。
「ん……っ」
「こんな敏感なトコを噛んであげちゃったら、どうなるかな〜?んふふ、かぷっ……」
「んあっ……?! んんっ……!」
ピンと勃った乳首を甘噛みされ、さらに唾液を塗される。もちろんヴァンプモスキートの快楽毒入りだ。
乳腺からも唾液がしみ込んでいき、あっという間に乳首が熱を持ち始める。女性が乳房を責められる時にも似た快楽にも似た甘い快感がユータを襲っていく。
「あはっ、乳首舐められて喘いじゃって、もうオンナのコみたいっ。
ほぉーら、ちゅーっ、れろれろっ……」
「あぅぅ……っ」
一方的にされるがままの快感で、ムクムクと肉棒が痛いほどに勃起していく。
「キミの熱いの、もうボクの身体をツンツンしてるよ。
だけどね、今日は女の子みたいにイカせてあげるんだから」
マリアはぱっとユータのズボンとパンツをはぎ取り、あっという間にユータを半裸にさせる。
そして寝転んだユータの両足を持ち上げると、そのまま足が頭側の地面につくように押していく。
いわゆるちんぐり返し、という姿勢だ。
マリアの顔前にユータの股間、ペニスから蟻の門渡り、お尻の穴が丸見えになる姿勢であり、いくら視界が見えないとはいえ彼にとっては非常に恥ずかしいポーズだった。
「ちょ、ちょっと……マリア?」
「だいじょうぶだいじょうぶ、ちゃんと念入りにほぐしてあげるからね〜」
ふーっとユータのお尻の穴に息が吹きかけられる。ひゃっと声を上げながら、ユータはこれから行われるであろうことを予測した。
「も、もしかして……」
「んふふ、そうだよぉ。今日はお尻の穴で気持ちよくなっちゃおうね……♪
ほら、力入れちゃだめだよぉ……?」
れろぉっ、と菊門の表面をマリアの舌がなぞる。ぞくっとする奇妙な快感が走った。
「だ、だめだよっ!そ、そんなとこきたなっ……」
「らーめ♪ ほはほは、おひりでひもひよくなれ〜♪」
にゅるりとした熱い舌は皺を舐め尽くそうとするかのようにアナルを這い回り、唾液でぬるぬるにしていく。
アナルの窄まりをツンツンと突っついたり、ぐにぐにと押し付けたり。
そしてべろべろに舐め尽くされて柔らかくなった尻穴の入り口に、ベロがねじ込むようにゆっくり入り込んでいく。
ぐに、ぐにぐにぃ……と、柔らかい舌でアナルをこじ開けられていく感覚。
中に入り込んだマリアの舌は、まるで生き物のようにうごめいて内部を舐め尽くす。
出した事しかない不浄の穴に舌を突き入れられる感覚は、ユータにとってもちろん初体験であり、下半身から昇ってくるその不思議な快楽に身を任せる他なかった。
「あ、あぁぁ……」
「ぷはあ……んふっ、カオが蕩けちゃってるよ?
キミってお尻の穴で気持ちよくなっちゃうヘンタイさんなんだ……♪」
唾液をたっぷりとアナルに塗り込んだマリアは一度口を離す。
そして今度はぱくっと自分の指を口に含み、唾液でぬるぬるにしていく。
そうして滑りのよくなった人差し指をお尻に近づけ、指の腹で菊門を撫でた。
「ボクの唾をたっぷり塗り込んであげたから、初めてでも天国にいっちゃうかもね。
ほーら、キミのおしりにボクの指が食べられてく……♪」
にゅぷっ、っとマリアの指がアナルに挿し込まれる。
舌より太く硬いそれは、ユータが気持ちよくなれるポイントを的確に突いてうごめきだす。
「だ、だめぇ……そんなのぉ……」
「こんなにぱっくり僕の指を咥えこんで離してくれないのに、何がダメなのかな〜?
ココのこりこりしたトコを優しく擦ってあげると、すっごく気持ちいいんだよ……♪」
こりっ、こりっとマリアの指が前立腺のポイントを責めると、触られてもいないのにユータのペニスがビクビクと震えて跳ねまわる。
「あっ、あっ、だめっ、そこっ、へん、なのっ……」
「あはは、おちんちんピクピクしてる。
でも女の子みたいにイクんだから、ココは触ってあげないよ。
だから、代わりに乳首をコリコリしてあげる……♪」
開いている方の手で、マリアはユータの乳首を責めはじめる。
責められるのは初めての場所ばかりだが、マリアの快楽毒のせいで性感帯としては既に開発されたといってもいい程の快楽を発していた。
「あ、ああっ、だめ、へ、へんになっちゃうよおっ……!」
「いいんだよ、ヘンになって。ほら、女の子みたいにイっちゃえっ!」
くりっ、と一際アナルと乳首を強く刺激されたとたん、ユータは絶頂に達してしまう。
ペニスは触れられていないのにびゅくん、びゅくんと精液を吹き出し、自分の胸や顔を汚していく。
「あーあ、イっちゃった……♪
おちんちん触ってもないのに、いっぱい出しちゃったね〜♪
飛び散ったセイエキは僕がゼンブ舐めてあげるから、動いちゃダメだよ〜」
「あ、ああ、あぅぅっ……」
未知の性感帯の快楽に溶かされながら、ユータは身体を震わせることしかできなかった。
――マリアが窓から出ていった、その日の深夜。
「ユータ! ユータはいるかい?!」
ドンドンと扉を叩く騒音で、眠りかけていたユータは目を覚ます。
頭はまだ回っていなかったが、それが隣に住んでいるキムおばさんの声である事は分かった。
キムおばさんは父がいない際の保護者代わりになってもらっていた隣人だが、面倒をかけさせたくないユータはどうしても用がある時以外には彼女を頼らなかった。
元々あまり落ち着きのない性格だが、その慌てぶりは普通ではない。
「……どうしたんですか、キムさん。こんな夜中に……」
「そ、それが……昼には届いてて、でも気づかなかったんだ。
けどね、手紙が届いてたんだよ。ごめんね、すぐに教えてやれなくて……」
伝えたい事がやや混濁した言葉だったが、ユータにもなんとか伝わる。
そして次の言葉は、ユータの目を覚ますのには十分だった。
「手紙に、戦場に行ったあんたの父さんが、行方不明になったって――」
――翌日の、夜。
マリアはいつものようにやってきたが、家の窓とカーテンが閉まっている事に気付く。
近寄って確かめてみるがどうやら鍵は掛かっておらず、外からでも開けられた。
「変なの。いつもは開けてくれてるのに……」
窓を開け、カーテンを捲ってマリアは家の中に入る。部屋の中は暗く、電気は付いていない。
ただいつものようにベッドの縁に座っているユータの姿がそこにあった。
「もー、びっくりしたじゃん。開いてないかと思ったよ」
ぷりぷりと怒りながらマリアは声を掛けるが、ユータは返事をしない。
マリアの声がした方を向くこともなかった。
「……ユータ?」
特徴的な羽音を響かせながら、ゆっくりとベッドにマリアは近づく。
「近寄らないで」
それはマリアが聞いた事の無いような、冷たい声。
「ど……どうしたの?」
マリアはそれに驚きながらも、彼の心情を掴もうと表情を伺う。
「……魔物のせいで、僕の父さんが行方不明になったって……聞いたんだ」
「え……?」
暗がりの中に浮かぶユータの顔は、静かに怒っていた。
「父さんは魔物との戦いに行って……それで、魔物に捕まえられたって……!
お城は魔物達のせいで壊滅状態で、助けにも行けないって……!」
「で、でも!私達はニンゲンに悪いコトなんて……」
弱い声で返事をしようとするマリアに対して、ユータは声を荒げる
「そんなこと……どうして君にわかるんだよっ!!
父さんたちを襲った奴が良い魔物かどうかなんて、分かるもんか!!」
「そ、そんな……」
そんな事は決してしない――けれどそれを証明することができず、マリアは何も言えなくなる。
ほんの僅かな静粛があって、またユータが口を開く。
「やっぱり……魔物は魔物なんだ。
君だって、僕をからかって遊んでいただけなんだ……」
「ち、ちがうよ! そんなコト――」
「うるさいッ!」
唸る獣のようなその怒声に、マリアは委縮して声が出せなくなる。
「僕の目が治せるなんてウソまでついて――人の心を弄んで!
どれだけ僕たちを傷つければ気が済むんだ!」
「ユータ……待って、キミの目はほんとに――」
口を挟もうとしても、感情に火の付いたユータは止まらない。もうマリアの声など聞こえていない。
「父さんは僕のために……僕の目を治すために、危険な仕事もして、昼も夜も一生懸命死にもの狂いで働きつづけて、頑張ってくれてたっていうのにっ!!
もうすぐ、また一緒に居られるようになると思ったのにっ……、
どうして……どうして、僕たちが、こんな目に合わなくちゃいけないんだよ……っ」
怒号が収まると、また部屋は静けさを取り戻す。
真っ暗な部屋の中を、すすり泣くユータの声だけが響いていた。
「……」
何も言えなかった。何を言えば彼に届くのかマリアには分からなかった。
「……出ていってくれ」
「っ……」
「早く、出ていってくれよッ!」
マリアは羽を揺らして飛び、黙って部屋の中にある机のそばに行く。
「……これ、借りるね」
そして、机の上にある空のビンを手に取った。
「キミが……インキュバス化するには、まだまだ……魔力が足りないと思う。
だから、このビンの中に……僕の”血”を入れておくよ。
これを飲めば……きっとキミを、治せるはずなんだ……」
自分の手首に歯を当て、マリアは強く肉を噛み千切る。いつものような吸血の動作とは似ても似つかない、荒々しい噛みつき。眉をしかめて痛みに耐えながら、そっとマリアはビンを手首に添える。
流れ出した鮮血が手首から零れ、ビンに赤い液体が少しずつ溜まっていく。
「キミは魔物になんかなりたくないって、そう言うだろうけど……。
ボクにできるのは……ここまで。
明日また、来るから――ボクをまだ信じてくれるなら、これを飲んで」
「……」
血が溜まったのを確認すると、ユータにも分かるように、机の上にコトリと音を立ててビンが置かれた。
「……ユータ……約束、だからね」
羽を鳴らしながらマリアが窓から飛び立っていく。
耳にあの音が聞こえなくなっても、ユータはずっと動かなかった。
次の日も、マリアはユータの元を訪れた。
しかし家の窓はいつでもカーテンと鍵が閉められていて、マリアでは開けることも中の様子を伺う事も出来ない。
開けられない事が分かると、マリアはドンドンと外から窓を叩く。
「……ユータ、いるかい?」
何回声を掛けても、返事は返ってこない。中のカーテンが揺れることもない。
それでも声が届くことを信じて、窓越しにマリアが話しかける。
「……今日も、ボクの血をビンに入れて持ってきたから……。
信じてもらえないかもしれないし、気持ち悪いかもしれないけど……お願いだから、飲んでほしい。
ユータ……気づいて、くれるかな……」
マリアは持ってきた血入りのビンを落ちないように窓の縁に置いておく。
唇を噛みしめながら、その場を後にする事しかできなかった。
翌日の夜。
浮かない顔でユータの家にまでやって来たマリアだったが、遠目からでも家を見た時にマリアは安堵していた。
まず、窓に昨日置いた血入りのビンがなくなっていたこと。
ユータは自分が置いたビンに気づいてくれたのだ。
それに家のカーテンが開けられていた。窓は閉まっているけれど、これで中の様子が分かる。
「よかった……ユータ、気付いてくれたんだ」
その事実に思わず笑みが零れた。
しかし窓のそばにまで飛んで来てみると、少し様子がおかしいようにマリアには思える。
外から伺った限りでは、部屋の中にユータの姿が見えない。それに今日は珍しく、部屋に明かりが灯っており、ぼんやりと中を照らしている。
「あれ? どうしたんだろう……?」
とんとんと窓を叩いてみるが、どこからも返事はない。
すると窓の鍵が開いている事に気付いたマリアは、窓を開けて中に入る。
「ユータぁ、ボクだよー、どこにいるの?」
トイレにでも行っているのだろうか、と思いながらマリアは部屋の中を見渡す。真っ先に目に止まったのは机の上に置いてある、手紙のようなものだ。何枚か重ねて置かれてあるらしい。
傍に行くと、一番上の紙にはとても汚いずれた字で『マリアへ』と書かれている。
「……なんだろ、これ。あっ、もしかして……らぶれたーってやつ?」
にんまりと笑みを浮かべながら、そっと一番上の紙をめくってみる。
『 マリアへ
きみが このてがみをみるころには ぼくはもうここにはいないとおもいます』
その一文を読んだだけで、マリアの胸がざわつく。次の文がうまく読めなくなる。
『 もう あえないかもしれません 』
「なに、これ……」
『 はなれるまえに 』
「やだ、やだっ……」
『 マリアのかおを みてみたかった 』
「あ、あああ、あああ……!」
身体中から力が抜けて、その場にへたりこんでしまう。
「あぁぁぁっ、うわぁぁあああっ――!!」
頭の中が真っ赤に熱くなる。留処なく涙があふれ出て止められない。視界が滲んでもう前が見えない。机を叩く。何度も何度も叩く。
どうして、どうして助けてあげられなかったんだ。
ボクはあんなに、ユータのことを――。
『 だから 』
マリアの手が震え、持っていた紙がひらりと落ちる。
その下にある次の紙が表れた。
そこにあるのはとても綺麗な、整った文字。
『「 いつものお返しに、これぐらいは許してね 」』
マリアの後ろから、ぎゅっと誰かが抱きしめる。
一瞬だけ思考が追い付かなかった。
けれど後ろを振り向かなくても、それが誰かは声で分かる。
「――いじわる」
ぽつりと呟いたマリアの目から、また一筋の涙が流れていく。
震えていた肩は止まり、暖かい何かにココロが包まれる。
「んっ」
そっとマリアを振り向かせると、少年は長いキスをした。
それができるのは、彼女のおかげだと伝えたくて。
「……もういっかい。 今度は、ボクから。
ほら、ベロ出して」
少年はマリアに言われるまま、目を閉じて舌を出す。
――かぷり。
返ってきたのは、舌への優しい甘噛み。
「ふんだ。 さっきのお返しっ」
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○さらに翌日
「おらおらマリア、モテモテなお姉さまのおかえりよ〜、三つ指ついてお出迎えしなさぁい」
「あっ、姉ちゃん。一週間もどこ行ってたの?」
「私達の仕事先でねぇ、そりゃもう結婚式だらけで……しばらく帰れなくてさぁ」
「へー」
「そうよワタシもね、ナイスミドルなおじさまと恋に落ちたの!」
「ふーん」
「けど大変なのよぉ、目の見えない息子さんが故郷にいるから、早く迎えに行かなきゃいけないの。 その子ユータ君っていうんですって」
「えっ」
「えっ」
15/10/12 23:47更新 / しおやき