徒然人形
僕のバイト先はリサイクルショップで、個人経営だったけどそれなりに大きな店構えだった。
家具や電化製品なんかはもっとサービスのいい大手会社に引き取られることが多いらしく、お世辞にも体力があるとはいえない僕でもなんとか勤まるバイトだったのは幸運だろう。
なのでうちの店にやってくる品物はどちらかというと、バッグや家庭用品、おもちゃや人形なんかが多かった。
まだまだ綺麗なのにうちの店に売られてくるぬいぐるみや人形たちを見ていると、どこかいたたまれない気持ちになる。
そのうち店に置いてある人形が話しかけてくるんじゃないか、と思うぐらいに。
「ね、そこのてんいんさん」
話しかけてきた。
一瞬頭がおかしくなったのかと思ったが、とにかくその人形は僕に話しかけてきたのだ。僕が店の奥で、在庫の品質確認をしているときに。
「わたしをもらってくれないかしら」
言葉を喋ったのは、長いドレスを着た美しい人形だ。アンティークドールのような気品と、今にも動き出しそうな造形のリアルさがいかにも高級品の様相を呈している。銀色の髪は綺麗に螺旋を描いていて美しく、猫のように鋭い赤の瞳が印象的だ。
ただそのせいで、どう贔屓目に見てもこんなリサイクルショップに売られるような雰囲気には見えない。
その声は幼い響きだったけれど落ち着いていて、まさしくおとぎ話に出てくるお姫様のように澄んだ声だった。
「ちょっと、ムシしないでくださいな。 きこえるようにしゃべってるでしょう」
「確かに聞こえてるけど、それって僕の幻聴じゃないのか」
「ちがいますよ」
「幻聴はみんなそう言うんだ」
「むーっ。まえに買ってくれたヒトもそんなこといって、あっというまにわたしをほうりだしたんです。
どうしてですか。どうしてわかってくれないんですか」
「人形は普通喋らない」
「わたしはふつうじゃないかもしれませんが、それとこれとはベツです」
「なるほど」
会話が成立しているのに少しずつ怖くなってきて、僕はそそくさと仕事を切り上げる。
「こんにちは。おかおがすぐれませんけど、だいじょうぶですか」
「……まあ」
話しかけてきた。
前と同じ、あのドレスを着た人形だ。
アルバイトにも人生にも疲れた覚えはないが、今度精神科に通った方がいいかもしれない。
幻聴のせいだ、きっとそうだと言い聞かせながら僕は在庫の確認作業に徹する。
「つかれているなら、よくねないとだめですよ」
「そうだね」
「こんなくらいばしょにながくいたら、いけません」
「仕事だから」
作業上僕は仕方なく、あの人形がいる棚のところに近づく。大小様々な人形やぬいぐるみ達がぎっしりと敷き詰められている棚だ。
人形は包装箱に腰掛けるようにして座りながら、上から僕を眺めている。
……いや、眺めているというのがもう変なのか。
「ここ、わたしたちにとっても、とってもいやなばしょです。
ほこりっぽくて、くらくて、さみしくて……」
「そう」
「……こんなところにいたって、だあれもみてくれない……。
ほかのみんなだって、さびしがってる……」
「……ふうん」
ここでの仕事は終わった。
さあ早く戻ろうと、急ぐ僕の背中を刺すかのように、
「わたしを、もらってくれませんか」
「……」
彼女の声が聞こえてくる。
僕は何も言えず、そこから逃げた。
青ざめた僕の顔を見ると店長も「今日は休め」と言ってくれた。
とりあえず、僕のアパートに戻ろう。
「おかえりなさい」
そんな予感は少しだけしていた。
自分のアパートに帰ってくると、そこにはあの人形がいたのだ。
リサイクルショップで話しかけてきたあの人形が。
長いドレスは部屋の隅でハンガーに吊るされていて、今はお魚の柄が入った人間用サイズのエプロンをつけている。余った丈は無理矢理折ったようだ。
エプロンの下にはワンピースのような可愛らしい下着が覗いている。
「……」
「あ、もうすぐごはんできますよ。いっしょにたべましょう」
「……きみもご飯、食べられるの?」
「はい」
もう僕には怖がる気も青ざめる気も起きなかった。
どうしてこんな妄想が生まれてしまったんだ――と思いながら部屋の中にはいると、ちゃんとご飯の用意ができている。
これはどういうことなんだ、夢か、夢でなければ何だ?
戸惑いながらも僕はテーブルに着く。サバの塩焼きとサラダとほかほかの白米。どれも幻想には見えない。
もぐもぐ。
ちょっと魚の焼き加減がきつすぎただけで、サラダも変なところはなく簡単な盛りつけではあるけども文句はない。
料理はやはり幻想ではない、ということは目の前で一緒になってご飯を平らげている人形も?
「どうしました?」
「あ、いや。 おいしいよ」
「そうですか。 それならよかった、りょうりするのはひさしぶりですから」
「ん」
僕を見る瞳も、それが人形だとはっきり僕には分かるのに、人間のようにくりくりと動いている。
「ごはんがおわったら、おふろをわかしておきますね」
「うん」
色々と考えるのをあきらめ始めた僕は、これ以上彼女という存在を疑わなくなりかけていた。
それはまずい。非常にまずい。
「明日は病院に行くから」
「えっ? どこか、わるいんですか。なんでしたらわたしがみましょうか」
「いや、そういうわけにも」
お風呂に入ろうとすると「おせなかをながしましょうか」と言ってきたので、丁重にお断りした。
「おかえりなさい」
「……ただいま」
「びょういんに行ってきたんですか」
「うん」
「どうでしたか」
「特に悪い所はないから、とりあえずよく寝なさいって」
「よかった! おからだをわるくしていたらどうしようかとおもってました」
「うん」
「ごはん、できてますよ」
「……うん」
どうしよう。
にこにこと笑顔でエプロンを外す人形が今もそこに見える。
おはようからおやすみまでを見つめられている。
バイトを休んで行った病院は二度目のせいか、まともに取り合ってもらえなかった。
人形が動いて喋ることなんて、いやそれどころか見送りや家事までしてくれると誰が信じてくれるだろう。
僕は人形の、彼女の作ったであろう料理を食べながら悩んでいた。
「おげんきがなさそうですが、ごはんはたべれますか」
「……なんとか」
「にんげんはごはんをたべないとたいへんですからね」
今日のメニューはカレーライスだった。
「じゃあ……君が動いているのは僕の妄想ではないと」
「だから、さいしょからそういってます」
「それで、君はその……精を得ることで、動けていると」
「そう――そうなんです」
人と人形という背の都合上、彼女は立ったまま、僕は座ったまま。
部屋で向かい合って話をする。
「ごしゅじんさまがわたしを愛してくだされば……それで、いいんです」
「にわかには信じがたいけど……」
僕が言葉を濁すと、彼女の口調はとたんに重くなる。
「ごしゅじんさまも、わたしのこと……、しんじられませんか。
にんぎょうがしゃべって、うごくのなんて、こわいですか」
「それは……」
「……でも、ごしゅじんさまには、わかっていただきたいんです。
にんぎょうは、みてくれるひとがいて、はじめてイミがあるんだって」
彼女は表情を曇らせながら、とぼとぼとテーブルの横を歩いていく。
僕のベッドがある方向へ向かっているようだった。
「わたしは……もうあんなところで……すわってまっているだけなんて、ごめんです」
そういえば、彼女が居たのは僕の勤めていたリサイクルショップだ。
中古の人形たちに並んで置かれていた彼女を思い出す。
手に取られる事も稀な、奥まった倉庫の中で主人を待つのはどんな気分なのだろう。
「わたしは、わたしたちは……ごしゅじんさまに、見ていられたい……いっしょにいたい!
だから……ひつようでなくなることが、こわくてしかたないんです……」
彼女達にとって、あの場所は一体どんな所なのだろう。
持ち主を失った人形やぬいぐるみたちは、どんな気分でそこに座っているのだろう。
「ですから、わたしは……ごしゅじんさまを、まんぞくさせてみせます。
そう、ごしゅじんさまがおつかれのようですから……きょうこそおせなかをながしますよ」
彼女はふわりとベッドに飛び乗ると、自分のドレスをひらりと舞わせる。
僕が止めてももう無駄だと言わんばかりに。
「えっと……これが、ニンゲンさんのつかうおふろばなんですね」
ふだん着ている服は流石に邪魔なのか脱いできているようだ。
小さな子供とよく似た張りのある白肌は人間そっくりで、けれど球体関節の穴がそれを否定するかのように付いている。
大きさとその穴を除けば、どれもこれも幼い女の子の姿にしか見えなかった。
「あ、あんまりじろじろみないでください」
彼女は胸のあたりからタオルを巻いて姿を隠している。それでも抑えきれない小さな二つの膨らみが胸部には見えていた。
いくら相手が人形であっても、入浴を共にして意識しない方が難しい。
それも彼女のように人間そっくりな人形であれば、なおさらだ。
必然的に、お風呂場のイスに座った僕の後ろ側に彼女が立つ、という形になる。
「じゃあ、あたまからあらいますね」
僕が何か言う暇もなく、彼女がシャワーをひったくった。
取り回しに少し難儀しながらも、熱いお湯を僕の身体に掛けはじめる。
「あつくないですか?」
「ん」
適度な所でお湯を止めてもらってシャンプーをつける。
頭を洗い終えたらまた彼女にお湯を掛けてもらって、髪の毛を濯ぎ終える。
「おからだをあらってさしあげますから、じっとしててください」
いつの間にか彼女はボディソープを付けたハンドタオルを手にしていて、ごしごしと僕の背中を擦り始める。
やんわりとした刺激が身体を沿っていき、独特のくすぐったさを感じながら、くまなく身体中を洗われていく。
やがて、下半身の方まで彼女に手を伸ばされた。
「ちょ、ちょっと待って。さすがにそこは自分で」
「だめですっ。 ここがいちばんよごれがたまりやすいんですよ」
諌める声にびっくりして、僕も動きが止まってしまう。
泡の付いたタオルが股間にまでぞぞぞっと滑っていき、丹念にそこを擦られる。
正直な所、彼女とお風呂場にいるだけで妙な気分だったのに、刺激までされると――
「……あっ、」
勃起したその部分を見て、彼女が小さく声を漏らす。
「もう……、あらおうとしただけなのに、こんなにしちゃったんですね、ごしゅじんさま?」
彼女は赤い顔をしながらも手を動かすのは止めない。
いやむしろ、より入念になっている気がする。
僕が恥ずかしさで足を閉じようとした瞬間、彼女はその間に割って入ってきた。
「ちょ、ちょっと……?!」
いつの間にか彼女はタオルではなく、自分の小さな両手で股間に触れている。
そして右手でペニスを、左手でその根元にごしごしと泡を塗りつけてくる。
掌のじんわりした温度と泡の柔らかさで、たまらない快感が襲ってきた。
「んふふ、それならキレイにしてあげますから……」
ぬちゅっ、ぐちゅっ、にちゅっ。
泡を擦りつけて肉棒を擦りあげられ、ぬちゅぬちゅと刺激される。
ただ洗われているだけなのに、それはどこか卑猥な音にさえ聞こえてしまう。
「どうですか? ごしゅじんさま……?」
股間に割って入って僕を見上げる少女の顔は、まるで小悪魔のように悪戯な表情で。
しかし、刺激はそこで止まってしまう。
「……だめですよ。いまはただあらっているだけ、なんですから……」
「!」
見透かされたような言葉に、僕は内心どきっとする。
そうして彼女がいつの間にかシャワーを手に取って、全身を洗い流していく。
肩から背中、胸から股間、足へ。
シャワーが当たるのも微弱なマッサージのようで、快感に感じてしまう
しかし刺激されたままお預けを食らった肉棒は、泡が落ちてもそそり立ったままになっていた。
「はい、おからだはおわりましたよ」
羞恥と刺激で動けなかった僕に、耳元で少女が語りかけてくる。
「……ね。ごしゅじんサマ……つづき、してほしいですか?」
その不思議な声色にぞくっとして、背中が少しだけ跳ねた。
「ごしゅじんさまのここ、ぴくぴくしてますよ……?
してほしいなら、ちゃあんと、言ってくださらないと……」
「……し、して……ほしい……」
僕が小さな声で答えると、その返事のように耳の穴へ息がふーっと吹きかけられた。
背中が跳ねるのと同時に股間も、また頭を上にもたげる。
「んふふ。 じゃあ、わたしのおクチで、キレイにしてさしあげます」
意地悪そうな笑みを浮かべながら、また彼女は僕の足の間に入った。
――ちゅっ、と亀頭に唇が触れる。
それだけでそそり立った肉棒はびくん、と動いてしまう。
「んあ……むっ、」
「あ、ああっ……」
ゆっくり、ゆっくりと口内へと亀頭が押し込まれていく。
中の粘膜がにゅるりと敏感な先っぽを擦って、ぬるぬるの唾液がペニスをじんわり包む。
幼い少女の、それも人形の狭い口の中に肉棒を咥えられる感覚。
人間では味わう事のない、倒錯的な快感。
「んぐっ、むぁー、んぷっ、」
「う、うああ……」
温かくぬるりとした口内に包まれたかと思うと、裏筋をちろちろと小さな舌先が擦っていく。
ざらっとした舌で、亀頭の特に敏感な所を徹底的に責められ、腰が抜けそうな快感が走る。
「あ……!そ、そこ、だめ……!」
「んふ……♪ ふぐに、いかへてはひあげまふ……♪」
さらに彼女は舌をペニスに絡みつかせ、まとわりつかせる。
れろれろっ、にちゅぬちゅっ……。
ペニスの全体を甘く刺激するように、吸い付く動き。
口内の粘膜が肉棒に密着し、ちゅうちゅうと弄るように吸われる。
同時に玉袋の所も、もみもみと両手で優しく扱われていた。
「で、出る……っ」
腰から下が甘い快感に包み込まれ、ペニスが脈動する。
僕は耐えられず、狭い口内に思い切り射精してしまった。
「ごくっ、ごくごく……っ」
「あ、あふぅっ……」
さらに喉を鳴らしてペニスに吸い付く彼女に、溢れ出る精液が飲み込まれていく。
キュッと締め付けられる感触がさらに肉棒を刺激し、射精を促していく。
僕は奥の奥まで、彼女に精液を搾り尽くされてしまった。
「――ぷはぁっ。おいしかったですよ、ごしゅじんさま……♪」
「う……ううぅ」
彼女の淫らな責めに屈服してしまった僕は、快感のせいでしばらく放心してしまう。
「い……いったいどうして、こんな……」
「あら、言いませんでしたか、ごしゅじんさま。
わたしはおとこのひとのセイエキがいちばん、すきなんですよ」
「え、ええ?」
「これからも、よろしくおねがいしますね……ごしゅじんさま♪」
彼女の微笑みに妖しいものを感じながらも、僕はうなずくことしかできなかった。
家具や電化製品なんかはもっとサービスのいい大手会社に引き取られることが多いらしく、お世辞にも体力があるとはいえない僕でもなんとか勤まるバイトだったのは幸運だろう。
なのでうちの店にやってくる品物はどちらかというと、バッグや家庭用品、おもちゃや人形なんかが多かった。
まだまだ綺麗なのにうちの店に売られてくるぬいぐるみや人形たちを見ていると、どこかいたたまれない気持ちになる。
そのうち店に置いてある人形が話しかけてくるんじゃないか、と思うぐらいに。
「ね、そこのてんいんさん」
話しかけてきた。
一瞬頭がおかしくなったのかと思ったが、とにかくその人形は僕に話しかけてきたのだ。僕が店の奥で、在庫の品質確認をしているときに。
「わたしをもらってくれないかしら」
言葉を喋ったのは、長いドレスを着た美しい人形だ。アンティークドールのような気品と、今にも動き出しそうな造形のリアルさがいかにも高級品の様相を呈している。銀色の髪は綺麗に螺旋を描いていて美しく、猫のように鋭い赤の瞳が印象的だ。
ただそのせいで、どう贔屓目に見てもこんなリサイクルショップに売られるような雰囲気には見えない。
その声は幼い響きだったけれど落ち着いていて、まさしくおとぎ話に出てくるお姫様のように澄んだ声だった。
「ちょっと、ムシしないでくださいな。 きこえるようにしゃべってるでしょう」
「確かに聞こえてるけど、それって僕の幻聴じゃないのか」
「ちがいますよ」
「幻聴はみんなそう言うんだ」
「むーっ。まえに買ってくれたヒトもそんなこといって、あっというまにわたしをほうりだしたんです。
どうしてですか。どうしてわかってくれないんですか」
「人形は普通喋らない」
「わたしはふつうじゃないかもしれませんが、それとこれとはベツです」
「なるほど」
会話が成立しているのに少しずつ怖くなってきて、僕はそそくさと仕事を切り上げる。
「こんにちは。おかおがすぐれませんけど、だいじょうぶですか」
「……まあ」
話しかけてきた。
前と同じ、あのドレスを着た人形だ。
アルバイトにも人生にも疲れた覚えはないが、今度精神科に通った方がいいかもしれない。
幻聴のせいだ、きっとそうだと言い聞かせながら僕は在庫の確認作業に徹する。
「つかれているなら、よくねないとだめですよ」
「そうだね」
「こんなくらいばしょにながくいたら、いけません」
「仕事だから」
作業上僕は仕方なく、あの人形がいる棚のところに近づく。大小様々な人形やぬいぐるみ達がぎっしりと敷き詰められている棚だ。
人形は包装箱に腰掛けるようにして座りながら、上から僕を眺めている。
……いや、眺めているというのがもう変なのか。
「ここ、わたしたちにとっても、とってもいやなばしょです。
ほこりっぽくて、くらくて、さみしくて……」
「そう」
「……こんなところにいたって、だあれもみてくれない……。
ほかのみんなだって、さびしがってる……」
「……ふうん」
ここでの仕事は終わった。
さあ早く戻ろうと、急ぐ僕の背中を刺すかのように、
「わたしを、もらってくれませんか」
「……」
彼女の声が聞こえてくる。
僕は何も言えず、そこから逃げた。
青ざめた僕の顔を見ると店長も「今日は休め」と言ってくれた。
とりあえず、僕のアパートに戻ろう。
「おかえりなさい」
そんな予感は少しだけしていた。
自分のアパートに帰ってくると、そこにはあの人形がいたのだ。
リサイクルショップで話しかけてきたあの人形が。
長いドレスは部屋の隅でハンガーに吊るされていて、今はお魚の柄が入った人間用サイズのエプロンをつけている。余った丈は無理矢理折ったようだ。
エプロンの下にはワンピースのような可愛らしい下着が覗いている。
「……」
「あ、もうすぐごはんできますよ。いっしょにたべましょう」
「……きみもご飯、食べられるの?」
「はい」
もう僕には怖がる気も青ざめる気も起きなかった。
どうしてこんな妄想が生まれてしまったんだ――と思いながら部屋の中にはいると、ちゃんとご飯の用意ができている。
これはどういうことなんだ、夢か、夢でなければ何だ?
戸惑いながらも僕はテーブルに着く。サバの塩焼きとサラダとほかほかの白米。どれも幻想には見えない。
もぐもぐ。
ちょっと魚の焼き加減がきつすぎただけで、サラダも変なところはなく簡単な盛りつけではあるけども文句はない。
料理はやはり幻想ではない、ということは目の前で一緒になってご飯を平らげている人形も?
「どうしました?」
「あ、いや。 おいしいよ」
「そうですか。 それならよかった、りょうりするのはひさしぶりですから」
「ん」
僕を見る瞳も、それが人形だとはっきり僕には分かるのに、人間のようにくりくりと動いている。
「ごはんがおわったら、おふろをわかしておきますね」
「うん」
色々と考えるのをあきらめ始めた僕は、これ以上彼女という存在を疑わなくなりかけていた。
それはまずい。非常にまずい。
「明日は病院に行くから」
「えっ? どこか、わるいんですか。なんでしたらわたしがみましょうか」
「いや、そういうわけにも」
お風呂に入ろうとすると「おせなかをながしましょうか」と言ってきたので、丁重にお断りした。
「おかえりなさい」
「……ただいま」
「びょういんに行ってきたんですか」
「うん」
「どうでしたか」
「特に悪い所はないから、とりあえずよく寝なさいって」
「よかった! おからだをわるくしていたらどうしようかとおもってました」
「うん」
「ごはん、できてますよ」
「……うん」
どうしよう。
にこにこと笑顔でエプロンを外す人形が今もそこに見える。
おはようからおやすみまでを見つめられている。
バイトを休んで行った病院は二度目のせいか、まともに取り合ってもらえなかった。
人形が動いて喋ることなんて、いやそれどころか見送りや家事までしてくれると誰が信じてくれるだろう。
僕は人形の、彼女の作ったであろう料理を食べながら悩んでいた。
「おげんきがなさそうですが、ごはんはたべれますか」
「……なんとか」
「にんげんはごはんをたべないとたいへんですからね」
今日のメニューはカレーライスだった。
「じゃあ……君が動いているのは僕の妄想ではないと」
「だから、さいしょからそういってます」
「それで、君はその……精を得ることで、動けていると」
「そう――そうなんです」
人と人形という背の都合上、彼女は立ったまま、僕は座ったまま。
部屋で向かい合って話をする。
「ごしゅじんさまがわたしを愛してくだされば……それで、いいんです」
「にわかには信じがたいけど……」
僕が言葉を濁すと、彼女の口調はとたんに重くなる。
「ごしゅじんさまも、わたしのこと……、しんじられませんか。
にんぎょうがしゃべって、うごくのなんて、こわいですか」
「それは……」
「……でも、ごしゅじんさまには、わかっていただきたいんです。
にんぎょうは、みてくれるひとがいて、はじめてイミがあるんだって」
彼女は表情を曇らせながら、とぼとぼとテーブルの横を歩いていく。
僕のベッドがある方向へ向かっているようだった。
「わたしは……もうあんなところで……すわってまっているだけなんて、ごめんです」
そういえば、彼女が居たのは僕の勤めていたリサイクルショップだ。
中古の人形たちに並んで置かれていた彼女を思い出す。
手に取られる事も稀な、奥まった倉庫の中で主人を待つのはどんな気分なのだろう。
「わたしは、わたしたちは……ごしゅじんさまに、見ていられたい……いっしょにいたい!
だから……ひつようでなくなることが、こわくてしかたないんです……」
彼女達にとって、あの場所は一体どんな所なのだろう。
持ち主を失った人形やぬいぐるみたちは、どんな気分でそこに座っているのだろう。
「ですから、わたしは……ごしゅじんさまを、まんぞくさせてみせます。
そう、ごしゅじんさまがおつかれのようですから……きょうこそおせなかをながしますよ」
彼女はふわりとベッドに飛び乗ると、自分のドレスをひらりと舞わせる。
僕が止めてももう無駄だと言わんばかりに。
「えっと……これが、ニンゲンさんのつかうおふろばなんですね」
ふだん着ている服は流石に邪魔なのか脱いできているようだ。
小さな子供とよく似た張りのある白肌は人間そっくりで、けれど球体関節の穴がそれを否定するかのように付いている。
大きさとその穴を除けば、どれもこれも幼い女の子の姿にしか見えなかった。
「あ、あんまりじろじろみないでください」
彼女は胸のあたりからタオルを巻いて姿を隠している。それでも抑えきれない小さな二つの膨らみが胸部には見えていた。
いくら相手が人形であっても、入浴を共にして意識しない方が難しい。
それも彼女のように人間そっくりな人形であれば、なおさらだ。
必然的に、お風呂場のイスに座った僕の後ろ側に彼女が立つ、という形になる。
「じゃあ、あたまからあらいますね」
僕が何か言う暇もなく、彼女がシャワーをひったくった。
取り回しに少し難儀しながらも、熱いお湯を僕の身体に掛けはじめる。
「あつくないですか?」
「ん」
適度な所でお湯を止めてもらってシャンプーをつける。
頭を洗い終えたらまた彼女にお湯を掛けてもらって、髪の毛を濯ぎ終える。
「おからだをあらってさしあげますから、じっとしててください」
いつの間にか彼女はボディソープを付けたハンドタオルを手にしていて、ごしごしと僕の背中を擦り始める。
やんわりとした刺激が身体を沿っていき、独特のくすぐったさを感じながら、くまなく身体中を洗われていく。
やがて、下半身の方まで彼女に手を伸ばされた。
「ちょ、ちょっと待って。さすがにそこは自分で」
「だめですっ。 ここがいちばんよごれがたまりやすいんですよ」
諌める声にびっくりして、僕も動きが止まってしまう。
泡の付いたタオルが股間にまでぞぞぞっと滑っていき、丹念にそこを擦られる。
正直な所、彼女とお風呂場にいるだけで妙な気分だったのに、刺激までされると――
「……あっ、」
勃起したその部分を見て、彼女が小さく声を漏らす。
「もう……、あらおうとしただけなのに、こんなにしちゃったんですね、ごしゅじんさま?」
彼女は赤い顔をしながらも手を動かすのは止めない。
いやむしろ、より入念になっている気がする。
僕が恥ずかしさで足を閉じようとした瞬間、彼女はその間に割って入ってきた。
「ちょ、ちょっと……?!」
いつの間にか彼女はタオルではなく、自分の小さな両手で股間に触れている。
そして右手でペニスを、左手でその根元にごしごしと泡を塗りつけてくる。
掌のじんわりした温度と泡の柔らかさで、たまらない快感が襲ってきた。
「んふふ、それならキレイにしてあげますから……」
ぬちゅっ、ぐちゅっ、にちゅっ。
泡を擦りつけて肉棒を擦りあげられ、ぬちゅぬちゅと刺激される。
ただ洗われているだけなのに、それはどこか卑猥な音にさえ聞こえてしまう。
「どうですか? ごしゅじんさま……?」
股間に割って入って僕を見上げる少女の顔は、まるで小悪魔のように悪戯な表情で。
しかし、刺激はそこで止まってしまう。
「……だめですよ。いまはただあらっているだけ、なんですから……」
「!」
見透かされたような言葉に、僕は内心どきっとする。
そうして彼女がいつの間にかシャワーを手に取って、全身を洗い流していく。
肩から背中、胸から股間、足へ。
シャワーが当たるのも微弱なマッサージのようで、快感に感じてしまう
しかし刺激されたままお預けを食らった肉棒は、泡が落ちてもそそり立ったままになっていた。
「はい、おからだはおわりましたよ」
羞恥と刺激で動けなかった僕に、耳元で少女が語りかけてくる。
「……ね。ごしゅじんサマ……つづき、してほしいですか?」
その不思議な声色にぞくっとして、背中が少しだけ跳ねた。
「ごしゅじんさまのここ、ぴくぴくしてますよ……?
してほしいなら、ちゃあんと、言ってくださらないと……」
「……し、して……ほしい……」
僕が小さな声で答えると、その返事のように耳の穴へ息がふーっと吹きかけられた。
背中が跳ねるのと同時に股間も、また頭を上にもたげる。
「んふふ。 じゃあ、わたしのおクチで、キレイにしてさしあげます」
意地悪そうな笑みを浮かべながら、また彼女は僕の足の間に入った。
――ちゅっ、と亀頭に唇が触れる。
それだけでそそり立った肉棒はびくん、と動いてしまう。
「んあ……むっ、」
「あ、ああっ……」
ゆっくり、ゆっくりと口内へと亀頭が押し込まれていく。
中の粘膜がにゅるりと敏感な先っぽを擦って、ぬるぬるの唾液がペニスをじんわり包む。
幼い少女の、それも人形の狭い口の中に肉棒を咥えられる感覚。
人間では味わう事のない、倒錯的な快感。
「んぐっ、むぁー、んぷっ、」
「う、うああ……」
温かくぬるりとした口内に包まれたかと思うと、裏筋をちろちろと小さな舌先が擦っていく。
ざらっとした舌で、亀頭の特に敏感な所を徹底的に責められ、腰が抜けそうな快感が走る。
「あ……!そ、そこ、だめ……!」
「んふ……♪ ふぐに、いかへてはひあげまふ……♪」
さらに彼女は舌をペニスに絡みつかせ、まとわりつかせる。
れろれろっ、にちゅぬちゅっ……。
ペニスの全体を甘く刺激するように、吸い付く動き。
口内の粘膜が肉棒に密着し、ちゅうちゅうと弄るように吸われる。
同時に玉袋の所も、もみもみと両手で優しく扱われていた。
「で、出る……っ」
腰から下が甘い快感に包み込まれ、ペニスが脈動する。
僕は耐えられず、狭い口内に思い切り射精してしまった。
「ごくっ、ごくごく……っ」
「あ、あふぅっ……」
さらに喉を鳴らしてペニスに吸い付く彼女に、溢れ出る精液が飲み込まれていく。
キュッと締め付けられる感触がさらに肉棒を刺激し、射精を促していく。
僕は奥の奥まで、彼女に精液を搾り尽くされてしまった。
「――ぷはぁっ。おいしかったですよ、ごしゅじんさま……♪」
「う……ううぅ」
彼女の淫らな責めに屈服してしまった僕は、快感のせいでしばらく放心してしまう。
「い……いったいどうして、こんな……」
「あら、言いませんでしたか、ごしゅじんさま。
わたしはおとこのひとのセイエキがいちばん、すきなんですよ」
「え、ええ?」
「これからも、よろしくおねがいしますね……ごしゅじんさま♪」
彼女の微笑みに妖しいものを感じながらも、僕はうなずくことしかできなかった。
15/08/09 23:22更新 / しおやき