小屋の中でふたり
僕の家の近くにあるちょっと高い山を十五分ほど入っていったところ。途中まではちゃんとした山道を通って、そこから先はけもの道を辿って行く。
するとそこには木で出来た小さな小屋と、小さな穴の開いた洞窟がある。
初めてここに来た時からその小屋は古っぽくて、中は靴を脱いで上がるようになっているけれど、木の椅子とテーブルぐらいしかない。
扉には鍵が付いていなかったし、窓も汚れていたので、長い間誰も使っていないような感じだった。
何の為にある小屋なのかは分からないけれど、この小屋を初めて見たとき、僕はここを秘密の場所にしようと決めた。
仲の良い子だけにこの場所を教えて、お父さんたちには内緒にしよう。
自分達だけの、小さな秘密基地にするんだ。
その時、僕は『彼女』がここにいる事なんて、一つも知らなかった。
次の休みの日、僕はあの小屋をもっと改造しようと色々な物を家から持ち出してきた。お父さんに見つからないようにするのは大変だったけど、何とかばれずに済んだ。
でも入り口の扉を開けて小屋の中に入ろうとした瞬間、
「おい、だれだよオマエ」
背中から掛けられる、女の子のようなちょっと低い声。
その声にびっくりして僕が振り向くと、そこには黒い女の子――のような、誰かがいた。
一目見ただけで、その子が人間じゃないのが分かる。
まだ上着がないと寒いのに服の一枚も着ていないし、白寄りな灰色の肌と、墨汁みたいに真っ黒な手足をしている。背中からはケーブルみたいな黒いうねうねが何本も伸びているし、お尻のあたりからは尻尾みたいな黒い毛も生えている。
でも一番驚いたのは、その子の大きな眼。
顔の真ん中に張り付いた、真っ赤な丸い一つの目だ。
「この場所はアタシのモンだぞ! 勝手に入るなよっ」
古っぽい木の扉の前に立つ僕を、彼女の目が見つめる。彼女の顔にある一つ目はもちろん、背中から伸びる黒いうねうねの先にも丸い眼が付いていて、僕をじーっと睨んでいるのだ。
作り物でも見間違いでもない、本物の目玉。
僕はとっさに声が出せず、口を開けたまま彼女を見ているだけだった。
「……んだよ、何とか言えっての」
むっとした顔で彼女がつかつかと近寄ってきて、僕の胸を右手で小突く。彼女の手は真っ黒だけどしなやかで、柔らかかった。
相手が何なのか分からない怖さと、自分でもよく分からない不思議な気持ちが混ざり合って、なんだか顔も体も熱くなる。
それにその女の子は服を着ていなくて、裸みたいな格好をしていたから、なんだかとっても恥ずかしい。
「ご、ごめん。誰もいないって思ったから」
頭を下げながら僕が言うと、僕の右手にあるバケツが揺れて中身が転がって音を立てる。この小屋の中を掃除しようと思って、僕が持ってきたものだ。
女の子は僕の持っているバケツをひったくって中を覗き、その中身と僕の顔を交互に見る。
「おい、これなんだよ? オマエ、ここで何するつもりだったんだ」
「そ……掃除しよう、と、思って」
「……ふーん。へえー、そーかそーか」
どもりながら言う僕を、彼女が怪しむ目で睨む。
「じゃ、やってくれよ」
「え?」
「せっかくだ、『掃除してくれる』ってんならしてもらわないと――なァ?」
「う、うん……」
赤い一つ目がじっと僕を睨むと、このまま「帰る」とは言えない気分になる。きっと彼女は僕にこの小屋を遣わせてくれないだろうけど、それでもなぜか断れる気が起きなかった。
僕が返事をすると、にやっと彼女が笑って鋭そうな白い歯を見せる。近所に住む大きな犬みたいで、ちょっと怖い口元だった。
「――隅々までキレーにしろよー。
ちゃーんとできたらココ、使わせてやってもいいぜ。もちろんアタシの家来として」
近くにある小川から水を汲んできて、雑巾を絞って小屋の中を拭いていく。
その間も彼女は僕に近寄ってはからかったり、邪魔したりした。
黒いうねうねで足を引っ掛けようとしたり、僕をぺしぺしと叩いたり。
水で濡らした手を僕の背中に突っ込んでびっくりさせたり。
「ほーら、休んでないでちゃんと働けー!」
そのせいで、ほとんど何もない小さな小屋なのに結構な時間が掛かってしまった。
でもこれで見違えるほど綺麗になって、ごろっと寝転がっても汚れないようになった。
終わった事を彼女に伝えると、
「あんまりキレーじゃないけど、ま、これぐらいで許してやるか。
ごくろうさん、帰っていいぜ」
「えっ」
彼女はすっかり埃の取れた椅子にどっかりと座って僕に言った。
「ちょ、ちょっと。掃除が終わったらここに居てもいいって、言ったじゃない」
「んー? なんだよ、まだアタシと一緒にいたいってのかよ?」
「それにこの小屋、ホントは勝手に使ってるんじゃ……」
「なっ、なんだよ、疑ってんのか」
「そうじゃないけど、でも、」
「もう! うるさいなあ、家来のくせにごちゃごちゃ言うなっ!
ここはアタシの家だ、アタシがいまそう決めた! モンクあるか!」
やっぱり、この小屋は彼女の物じゃないらしい。
「でも、ホントにここを使ってる人がいたら、怒られるかも……」
この辺りの場所は誰が管理しているのか知らないけど、大人が建てた物のはずだ。
だから勝手に使っていると僕もこの子も怒られてしまう。
「口答えばっかりしやがって。
オマエはアタシの家来だってことがよく分かってないみたいだなあ。
ちょうどいい、今のうちに教えておいてやるっ」
突然、彼女の背中にある黒いうねうねが僕目がけて伸びてくる。いきなりのことに驚く暇も逃げる暇もなく、僕はそのうねうねに腕も足も絡みつかれてしまう。
絡みついたうねうねを外そうとしても、ぐるぐると巻き付いたそれは簡単には離れない。
その時、ふっと体が軽くなったかと思うと、僕は宙に浮いていた。
「う、うわっ!」
白く尖った歯を見せながら、彼女はにやにやと笑って僕を見ている。
一体どこにそんな力があるのか分からないけれど、彼女の背中から伸びる黒いうねうねで僕が持ち上げられている事だけは分かった。
「そーら、怖いか? 暴れたら落っことしちゃうかもなあ」
そのままどんどん上に持ち上げられて、天井にくっついてしまいそうな高さになる。
「お、降ろして……」
「アタシに逆らわないって誓えるなら、降ろしてやってもいいぜ」
「わ、分かった、分かったから!」
僕が泣きそうな声で言うと、彼女はゆっくりとうねうねを下げて僕を木の床までそっと降ろした。
ドキドキしたままうつむいていた僕が顔を上げると、彼女の誇らしげな顔が見えた。
「これからアタシのいう事にはちゃーんと従うこと。分かったな」
床に足が着くと気が落ち着いてきて、同時に彼女に仕返ししてやりたい気持ちが溢れてくる。
いくら相手が女の子でも、こんな風に馬鹿にされてしまうと僕もガマン出来なかった。
「そうだなー。今度は何をさせよっかなぁ……」
よろよろと立ち上がった僕の前で彼女が偉そうに腕を組んで、何かを考えるみたいによそを向いている。黒いうねうねもしゅるりと彼女の後ろに戻っていた。
今なら、手を伸ばせば彼女にすぐ手が届く。
チャンスだと思った僕は、不意打ちで彼女のわき腹を思いっきりくすぐってやった。
「っ!? おま、ぁうっ、あっ、ひゃっ、や、やめろっ! てえっ、ひゃふぅっ!」
さわさわとその白い肌の上で指を動かすと、面白いくらいに彼女が身体をくねらせる。どうやらくすぐりには非常に弱いらしい。
服も着ていないから尚更威力は大きいだろう、でもそれを意識すると僕の方が真っ赤になってしまうから、今は必死で考えないようにした。
彼女は僕の手から離れようとしたけど力がうまく入らないのか、バランスを崩して木板の床に倒れてしまう。だけど僕は手を休めないで、もっともっとくすぐりを続ける。
脇もくすぐってみると笑い声がもっと大きくなり、暴れていた体は小刻みな動きになっていく。
「ふぁ、っ、めろぉ、っえ……ぇっ……!」
一分も経つと声を上げる力がなくなってきたのか、彼女は息を荒くするばかりで動かない。動けないのかもしれない。わき腹をつんつんするだけでもビクンと身体が反応するけど、暴れることはない。
「んぅ……あ、くぅっ……ぅ」
あんまり彼女の反応が良いので夢中になってくすぐっていた僕は、ようやく落ち着いて彼女の顔を見る。
大きな赤い一つ目には大きな涙が溜まっていて、肌には汗を掻いている。涎も少し垂れていた。
また彼女が暴れないように、くすぐりを適度に続けながら声を掛ける。
「……大丈夫?」
「っ……ひぅっ、ぁ、」
「けど、ちゃんとわかってくれるまで止めないからね。
この小屋は、僕たちだけで使おうよ。家来とかそういうの抜きにして、いっしょに」
「あ、んぅっ、わかっ、わかった……から、やめっ、て……ぇ、って……」
身体をよじらせながらもうんうんと頷いてくれたので、くすぐりを止める。涙目になった彼女の一つ目がとろんとしていた。
なんだか悪い事をしてしまった――のに、ぞくぞくするような変な気分だった。
時間が経って落ち着いた彼女は、しゃがんだまま四本足で動いて、壁に背をついて体育座りをしていた。
また怒って僕をうねうねで持ち上げるのかと思ったけど、そのまま少しの間彼女は動かなかった。顔は見えたけど、怒っているようにも悲しんでいるようにも見えない。
けれど何だか申し訳ない僕は、彼女の前で謝る。
「ごめんね」
「……なんで謝るんだよ、あっアタシが、好きなようにされてたみたいじゃんか。
さ、さっきのは……アタシが許してやっただけだからな」
「でもほら、女の子の体に勝手に触っちゃったし……悪いコトしたかなって」
「う……、そりゃこっちだって、ちょっとワガママだったかもしれねえけどさ」
「じゃあ……仲直り、かな?」
「しょ、しょうがねえな。
……でも、ココに入っていいのはオマエだけだ。
他のヤツは入れてやんないぞ」
それもどうかと思ったけど、友だちを呼ぶのは彼女ともっと仲良くなってからでもいいかもしれない。
そう思った矢先、彼女がとんでもない事を言った。
「アタシはここに住んでるんだからな。ほんのちょっと前からだけど」
「えっ? 住んで……って、じゃあ、ご飯とかはどうやって?」
とてもじゃないけど、こんな所に誰かが住めるとは思えない。
もちろんそれは人間の話だけれど……彼女も人間のようには見えるし、きっと同じような体のつくりをしているんだと思っていた。
「ゴハン? ……あぁそうか。そうだな、オマエにはまだ言ってなかったっけ」
楽しそうに微笑みながら彼女が手招きするので、僕は座った姿勢のまま彼女に近づく。
「アタシはな、」
そのまま、すっと彼女が耳打ちをしてきた。
「ニンゲンのオトコを、食べるんだよ」
「え……」
彼女がにかっと笑うと鋭い八重歯が見えてちょっと怖くなる。けれど、今から僕を食べてやろうなんて風には見えない。
「た、食べ、るの? 僕を?」
「はは、やっぱりカン違いしてるなァ。
食べるってのは――こういうことだよっ」
彼女の身体がふっと動いて、座ったままの僕に飛び掛かってくる。
木板の床に倒されて寝転がった僕の上に彼女がのしかかり、顔をすっと近づけてきた。
「そらっ、さっきのお返しだっ」
そう言って彼女は、僕の服の中に手を突っ込んでお腹を直接撫でてきた。なんだかおぼつかない手つきだったけど、それがかえってくすっぐたくさせる。彼女ほどオーバーではないけれど、僕も身をくねらせてしまう。
でも、僕を食べるって言ったのは一体どういう意味なのだろう。
「ご、ごめんって、いった、のにぃ……!」
「ふふん、オマエもけっこう感じやすいじゃないか。こりゃ楽しみだなァ」
服の下で動いていた彼女の手が止まって、今度は僕のズボンの上を擦る。しかも股の間の、あれがある場所を。
今までこんな所を女の子に触られた事なんてなくて、頭の中がぐちゃぐちゃなまま、僕はさらに顔を赤くしてしまった。
大きくなったままのそれを何度か彼女が擦ると、面白い物を見つけた猫のような表情で僕の顔を覗き込んでくる。
「ちょっと触っただけなのに、こんなに大きくしやがって。
ほら、触ってほしいならそう言えっての」
「ううっ、」
触られたいという気持ちはあるけれど、そんな事言えるわけがない。
「やっ、やめてよっ!」
僕は訳が分からなくなりながら、夢中で彼女の肩を突き飛ばす。
大した抵抗にもならないだろうと思っていたけれど、
「うあっ!?」
「えっ、」
僕よりも軽いその体は思ったよりも簡単に飛んで、転がった彼女の身体がどん、と小屋の壁に当たり、大きな音を立てる。しかめっ面で彼女が呻いた。
しまった、と思いながら、僕は急いで彼女に駆け寄る。
「ご、ごめん! 大丈夫?」
「……なんだよ。アタシに触られるの、そんなにイヤかよ」
「いや、そ、そうじゃなくて……」
いてて、と声を上げながら彼女が起き上がる。そのまま近くの壁にもたれかかって、項垂れるように座り込む。
「分かったよ……もうやらないっての」
謝る事しか僕にはできず、彼女も下を向いたままで、簡単に機嫌を治してくれそうにない。
でも小屋に付いていた古っぽい時計を見ると、そろそろ帰らないといけない時間になっていた。
僕は仕方なく帰る準備をする。
「ごめんね。僕、そろそろ帰らないと」
「ふんっ」
彼女の返事は素っ気なくて、怒っている感じなのが伝わってくる。
でも靴を履いて玄関を出ようとすると、彼女の声が背中から届いた。
「……また、来てくれるよな」
その声に合わせて僕は振り向く。
彼女はうつむいたままでこっちを向いてくれなかったけど、
「うん。また来るよ」
僕は力強く返事をした。
休みの日は何度も彼女のいる小屋に行っていた。
たまに小屋には居ない事もあったけれど、僕がじっと待っていると彼女はどこからかやって来る。
一体どこに住んでいるのかなと思ったけれど、彼女が洞窟の中から出てきたときはびっくりした。その時僕は小屋からそれを覗いていたけれど、彼女には気づかれなかったと思う。
やっぱり彼女は人間じゃなくて、ベツの何か。
でも図書館や本屋にある図鑑を探してみても、彼女のような生き物はどこにも載っていなかった。
僕は彼女が誰なのか、聞こうとして聞けないまま――ずっと彼女と一緒にいた。
彼女と初めて会って、何週間か経った頃。
その日は台風が近づいていて、雨も風もとても強く、傘が壊れてしまいそうなほど天気が荒れていた。
小屋にいる彼女の事が心配で、とにかく急いで僕は走っていた。
もしかしたら、台風で小屋が壊れてしまうかもしれない――って。
雷がごろごろとうるさく鳴って、空はまるで世界が終わるみたいに暗かった。
僕が息を切らして小屋の扉を開けると、彼女は床の上で丸まって寝ていた。背中にあるうねうねが彼女自身を包み込んでいて、だんご虫みたいに丸くなっている。
扉を開ける音で目が覚めたのか、彼女は驚いた顔で起き上がった。
「ど……どうしたんだよ、こんな雨の日に」
「なんだか、ちょっと、心配になって、」
僕は息を整えながら濡れたカッパを脱いで、小屋の中に干しておく。
そして、彼女の為に持ってきた毛布をぎゅっと縛ったナイロン袋から取り出した。
「ほら、これ。きっと今日は寒くなるから」
「あ、ああ。ありがとよ……ってオマエ、震えてるじゃんか!」
とりあえずカッパは着ていたけれど、雨が強かったせいで中の服も濡れていて肌寒い。くしゅん、と僕は大きくくしゃみをしてしまった。
家ならストーブで服もすぐに乾かせるけど、この小屋ではそんなものはない。
「オマエの方が濡れてどうすんだよ、ったく。 ほら、早く脱げ」
そう言って彼女は僕のそばに寄り、僕が持ってきた毛布を袋から出す。
僕は濡れた服を脱いで、出来るだけ乾くように広げておいた。下に着ていたシャツやパンツまでは濡れていなかったので、少しだけ安心する。とはいっても、流石に彼女の前でこのままの格好は恥ずかしい。
そんなことを思っていると僕の背中が毛布で包まれる、どうやら彼女が掛けてくれたみたいだ。
「どうだ、まだ寒いか?」
「ご、ごめん。君のために持ってきたのに……」
そう言いながらも、僕は寒さに耐えられず毛布にくるまってしまう。
その時ふっと、後ろからさらに包まれるような感覚がした。
「そ……そんならさ。毛布の中、一緒に入っても……いい、よな?」
彼女が僕の耳元でそっとささやく。
僕に触れていたのは彼女の身体で、毛布を伝わってその温もりが伝わってきた。
「う、うん」
僕がぎこちなく返事して毛布をめくると、僕を背中から抱きしめるみたいに彼女が寄り添ってくる。元々服を着ていない彼女の身体と、シャツとトランクスしか履いてない僕の身体がそっと触れ合う。
そして僕の身体と彼女の両方を縄で縛りつけるみたいに、彼女の背中から伸びた黒いうねうねがぐるりと巻き付いてきた。
その上から毛布で包まれると、もう寒さを感じなくなりそうなぐらいに暖かくなっていく。
「……っ、」
でも暖かくなる原因はむしろ、僕が恥ずかしがっているせいだろうか。
それに彼女の熱い息と長い髪が、首元や背中に掛かってくすぐったい。こんなに密着していると、彼女にのしかかられ、股間を触られた事まで思い出してしまう。
「あ、暖めてる、だけだから。……ベツに、オマエが嫌がる事なんか、しないから……」
そう言った彼女の声はどこか力がなくて、何かをガマンしているようにも、怖がっているようにも聞こえた。
「この前のコトは、ごめん。 女の子なのに突き飛ばしちゃって」
「そんな前の事、気にするなよ。オマエが今日来てくれたってだけで十分だ。
もうそろそろバレちまうかもって……思ってたから」
でも後ろから抱きしめられているから、彼女の表情は分からない。
「……今から大事なコト言うから、アタシの目を見せないようにしたんだ。
たぶん、前に掛けた”暗示”もそろそろ切れる頃合いなんだよ」
僕が聞き返そうとした瞬間、ぎゅっと彼女が僕を抱きしめなおす。
言葉を出せないまま、僕はただその感触に浸ってしまいそうになる。
「なあ……どうしてオマエがここにいるのか、教えてほしいか?」
「……? どうして、って」
「自分の意思で来てるって、そう思ってるだろ?」
「そんなの当たり前じゃないか」
「オマエはそう思ってるだろうさ。だけどな、アタシは知ってるんだ。
ここに来たいと思わせているのは、アタシがそう差し向けたからなんだよ」
窓が強い雨音を鳴らす中、いつもとは違う静かな、彼女の湿った声。
「信じられないだろうけど、本当なんだ。
アタシは顔の目と背中から伸びる目で、”暗示”を掛けることができる。
……一番最初、オマエはアタシを見て、どう思った?」
「さいしょ……は、」
「気持ち悪いと思ったんじゃないか? 怖かったんじゃないのか?」
「そんな、こと、」
なかった――なんて、本当にはっきり言えるだろうか。彼女のその一つ目を見て、気にしなかったなんて言えるだろうか。
分からない。
ぐるぐる回る頭の中、僕は何一つ口に出すことができない。
「いいんだ、分かってる。責めてるワケじゃないんだ。
ただ、もうアタシが耐えられないんだよ。無理やりに……オマエを引き留めてるのが」
「無理やりになんて思ったこと、」
「あるワケないだろ! アタシがそうしてんだ!」
徐々に強くなる雨よりも大きい、怒ったような彼女の声が僕の耳を揺らす。
それでも僕には分かる、彼女が怒っているはずなんかない。
……怒っているのは。
「……いいんだ。全部バカらしくなってきてんのさ。
紛いものなんかじゃ満足できやしないって、分かってんのに、わかってたはずなのによ」
「じゃあ……僕は、僕の思いは、どうなるの?」
「安心しろ、オマエの心はちゃんと元に戻るよ。
だから――」
その瞬間、僕は思い切り彼女を振り払う。
「いいかげんにしろっ!」
誰よりも怒っているのは、僕だった。
「何が暗示だ!そんなの信じられるわけないだろ!
そんなウソまでついて、どうして、キライになったって、素直に言ってくれないんだよっ!
そんな冗談、いくら君のイタズラだからって――、」
喉を割りそうなほどの大声でそこまで言って、僕ははっと我に返った。
彼女のその、言葉を忘れてしまったような表情が、あまりにも印象的で。
「……だからって……だから、って……?」
僕は言葉を続けられない。
少しだけ口を開けたまま、彼女はしばらく何も言わなかった。身体も触手も動かさなかった。
その赤く大きな瞳から、ただほろりと滴がこぼれて。
「……ぅ、あ、あた、し、だって……、オマエに、嫌われたく、なんか……っ」
「なんで……泣くの」
「お、オマエが、ひどい……コト、ゆうっ、からっ」
「ひ、ひどいこといったのは……そっちから、じゃないか」
「うるさい! ばか! ばかっ!」
「ばかじゃない!このわからずや!」
「るっさい!よわむし!なきむしっ!」
「なっ、ないてるのは、そっちだろ!」
「ばか!ばーかっ!」
僕たちは掴みあって、顔を見つめたままお互いを罵り合っていた。
頭の中にある事を全部絞り出して、思いを吐き出して。
いつまにか僕たちは持ってきた毛布の上でごろんと、二人して仰向けになって――、
一体どれくらいの時間、悪口を言い合ってただろう。
思いっきり怒るのも怒られるのも久しぶりだった。
僕たちは小さな子供みたいに、ただただ自分の感情をぶつけあって、
「……ばか、」
「また……ばかって、いった……それ、さきにアタシが……ゆったもん……」
「……そう、だっけ?」
「そう、だよ」
やがてどちらが言ったのか、もう覚えていないぐらいに疲れ切ったあと。
二人とも、相手の顔を見ていた。
「……へへっ」
「……ふふっ」
片方が笑ってしまって、
「オマエの、かお。もうぐちゃぐちゃじゃないか」
「そっち、だって。顔じゅうべったべたになってるくせに」
「……あは、ははは、」
「くふっ、ぷふふっ」
今度はしばらく、笑うことしか出来なかった。
……少しの間、寝ていたのかもしれない。
雨はまだ降っていて外は暗いままだったけれど、彼女の整った寝息は微かに聞こえる。
僕がゆっくり体を起こしても、彼女は大きな一つ目を閉じたまま静かに胸を上下させていた。
「……」
少しずつ僕は彼女のそばにすり寄っていく。
小屋の木の匂いに混じって漂っていた、花に似た香りは次第に強くなって、誘うように気を引いてくる。
仰向けで寝る彼女の顔を覗きこみたくて、だけど起こしたりしてしまわないように、僕は彼女の身体を跨いで膝をつき、彼女の隣の床に着いた両手で自分の体を支える。
そこからゆっくりと肘を曲げて、僕と彼女の顔の距離を狭めていく。
大きな瞼、綺麗に生えた睫毛を目に焼き付けながら。
その瞬間、彼女がぽかっと口を開ける。
驚いて僕は声を出しそうになったけど、なんとかこらえた。
「くー……すー……」
それが彼女を起こしてしまったわけではなかったらしく、彼女に当たらないようにして安堵の溜息を付く。
様子を見ているうちに、また彼女の口は慎ましく閉じられた。
そしてもう一度。
少しずつ、少しずつと顔を近づける。
熱いミルクの入ったマグカップに、ゆっくりと口をつけるように。
「――んっ、」
唇が触れた瞬間、そこから感じる体温は僕の体中に伝わっていった。
反発もなく、沈み込むように唇は潰れあう。
そしてお互いの息が止まるのが分かって、やっぱりばれたかな――と、僕はすぐに離れる。
けれど、彼女は目を開けなかった。
「……んん……」
そんなはずはないのに、もっと、と彼女がねだっているような気がして。
また僕は、彼女の唇の感触を味わう。
ちゅっ、にちゅっ。
水音が鳴るのも気にせずに、僅かに開いた彼女の口内へ舌を滑りこませる。
「……っ、」
口に伝わる、桃のようなわずかな甘み。
もう彼女が今この瞬間に起きても僕は自分を止められる気がしなかった。
「あ……う?」
三度目の口づけで、彼女の大きなまぶたが開く。
すぐに目は見開かれて、それから何回か瞬きをして――彼女が何を思っていたかは分からない。
「――っ、」
彼女は、何も言わなかった。慌てて僕から離れようともしなかった。
息継ぎの為に僕がそっと口を離すと、ようやく事態が飲み込めたのか、水を怖がる子供みたいに彼女はぎゅっと目を閉じた。
頬が赤く染まっていくその様をじっと見たのはこの時がはじめてかもしれない。
吸い寄せられるように、僕はまたキスをする。
「んっ、むっ……ぷはっ」
今度は僕も目を閉じていた。
起きている彼女にキスをするのは、寝ているときよりも数倍どきどきした。外で鳴る雷も、雨で濡れて冷えていた身体も気にならなくなるぐらいに。
「……もっと……して……っ」
こっそり読んだエッチな本では、男と女のヒトが服を脱いで、いつも隠しているところを曝け出して、擦り付けあうみたいにして、「好き」って「愛してる」って何度も叫んでいた。
僕もそうするべきなんだろうか。
そうしたら、もっとドキドキして、一緒にいやらしい気持ちになれるのかな。
覚悟を決めるように僕は、顔を彼女の胸元に寄せていく。
真っ白な肌は柔らかくて、おへそのあたりに鼻を押し付けると微かな声が聞こえた。
「んん、」
彼女の体温はとても熱くて、気が付くとその肌を舌でなぞっていた。
味はしないけれどすべすべで、跳ねるような弾力があって、猫のように何度も舐めてしまう。
そして少しずつお腹へ、その下にある秘所へと近づいていく。
覆いかぶさるようにしていた体を起こして、僕は彼女の両足をゆっくり開いていく。
「あっ……ん、」
太腿の付け根のあたりには黒いゲルのようなものが秘所を隠すように付いている。
そこを舐めとってみるとそれは濃い牛乳のような甘さがあって、ゲルが剥がれて股間が露わになり、舌が直に触れるようになると、彼女の上げる声も大きくなっていく。
「ひゃ、うっ」
初めて見る、女の子のきゅっと閉じたヒミツの場所。
えっちな本を見ていなかったら、どこを触っていいかも分からなかっただろう。
彼女の隠し事を知ったような後ろめたい気持ちと、抑えようのない興奮。
その小さな割れ目をこじ開けるようにして、その温い秘所に舌を挿し込んでいく。
「はぁっ、んっ、」
ぐりぐりと唾液を塗り込むように舌を回し、ゆっくりと抜き挿しを繰り返す。
そうしているうちに、割れ目からぷっくりと芽のような膨らみが勃ちあがる。
たしかクリトリスとかいう、とても敏感な所。
そこをなぞってあげたら、彼女はどんな声を上げてくれるだろう。
できるだけ優しく、唾液を塗したベロでそのクリトリスを僕は舐め上げた。
「〜ッ……!! ふひゃっ、あぁ、そこ、だめっ、」
ベロがクリトリスを擦りあげるたびに、彼女はびくんと身体を震わせる。
僕の顔を濡らしそうなほど、割れ目の穴から温かいぬるぬるがどんどん零れ出てくる。
「あ、あぁ、んっ、やっ、あっ、んっ、」
感じてる。僕の舌でいやらしい気分になってくれている。彼女を支配しているような征服感が溢れる。
気を良くした僕はそこをぺろぺろと徹底的に責め続けた。
「も、あっ、へ、へんに、なっちゃ、あぁっ……!」
リズミカルに跳ねる彼女の声と身体。
もう彼女の秘穴は溢れ出るぬるぬるな蜜でどろどろだった。
そこで僕はぴったりと舐めるのを止めて、自分の下着を脱ぎ始める。
「ふぇっ……? あ……」
ぴったり止んだ僕の動きに気付いた彼女は、次に何をするのか察したのだろう。
「……うん」
僕の顔を見ながら、ゆっくりと、そして確かに頷いた。
もう痛いほどに膨らんだ僕のおちんちんを、くちゅ、と小さな秘穴に添える。
そしてゆっくりと僕は腰を浮かし、その割れ目の奥へと挿し込んでいく――。
「あ――、はいって、くるぅ……っ」
ずぶ、ずぶぶ……っ。
いやらしい音を立てながら、おちんちんが彼女のナカに包み込まれていく。
お湯が入ったみたいに熱いその穴の中はぬるぬるなのに、ぎゅっとおちんちんを締め上げる。
「あぁ、ぁぁ……あつくて、かたいのっ、きたぁっ」
おちんちんのゼンブがずっぽりと銜え込まれて、僕は覆いかぶさるように彼女の方へ倒れ込む。
彼女のナカは温かくて柔らかくて、心地が良くて仕方がない。
閉じかかった彼女の大きな一つ目と目が合うと、少しだけ彼女は微笑んだ。
「は……はや、くぅっ。 もう、がまん、できない……っ」
その声でスイッチが入ったみたいに、僕は腰をゆっくり動かし始める。
ぬちゅっ、ぐちゅちゅっ、ずちゅっ。
抜こうとすると彼女の穴が離したくないと言わんばかりにきゅっと絡みついて、挿し込もうとするとナカでおちんちんを舐めるみたいにヒダが擦りあげてきて。
まだ挿れたばかりなのに、もう何かがこみ上げはじめる。
「んっ、あっ、んんっ、いい、いいよぉっ、もっと、もっとぉっ、」
ずぽっ、ぐちゅ、にちゅっ。
腰の動きはどんどん早くなっていって、おちんちんが刺激される勢いも強くなる。
「あっ、あぁ、す、すきっ、あたし、オマエのこと、だ、だいしゅき、だよぉっ。
お、オマエの、はいってるって、おもうとっ、ど、どんどん、きもちよく、なってっ、」
敏感なおちんちんの先っぽがぬるっとしたナカの肉と擦れるたびに、すごくいやらしい音が鳴る。
気持ちいい。すぐにでもおちんちんから何かを吐き出してしまいたい。
けれどガマン出来そうにないのは僕だけじゃないらしい。
涎が飛ぶのも涙が流れるのも気にせずに、素直な言葉と表情を彼女は僕に見せてくれる。
「だ、だいしゅ、きぃっ、オマエと、いっ、いっしょに、なれてぇっ、
カラダ、お、おかしく、なっちゃ、あぁっ、」
もっと、もっと気持ちよくなりたい。彼女を気持ちよくさせたい。
いつもは見せてくれない、彼女の泣きそうなしおらしい表情が、たまらなく好きになる。
「んやぁ、あぁっ、あ、あたし、もうっ、あ、あたしっ、だめぇっ」
ぱんぱんと小さな白いお尻に腰を打ち付けながら、夢中になってキスをした。
「んむっ、ちゅっ、んんんっ」
にちゅっ、ぐちゃっ、ぬぷぷ、ぬちゃっ。
頭の中も何もかもぐちゃぐちゃになりそうな気持ちよさが絡まりあって、おかしくなりそうになる。
必死でお尻の穴を閉めて我慢していたけど、もう耐えられない。
出すよ、と何度も叫びながら、また激しくおちんちんの出し入れを繰り返す。
「あっ、だっ、だして、だしてぇっ。あたしの、ナカにぃっ、せいえきっ!
あ、あたしも、き、きちゃぁ、うぅっ んんん――っ!」
頭が真っ白になる感覚とともに、ナカの一番奥までおちんちんを突き入れた。
びゅくっ、びゅるっ、びゅるる……!
僕の出した白い液体は吸い込まれるように彼女の奥底へ注ぎこまれていく。
同時に勢いよく身体を跳ねさせた彼女は、なおも搾り取るようにナカをひくひくとうごめかせる。
その刺激で腰が抜けそうになって、僕は力が入らず、まだおちんちんとナカとでつながったまま、彼女の身体にゆっくり倒れ込んでしまった。
「はーっ、はーっ……あぁ、オマエの、セイエキ……あついよぉっ……♪」
彼女の熱い体温を身体とおちんちんで感じながら、目を閉じる。
熱に浮かされたままの僕と彼女は、どちらからでもなく抱きしめあっていた。
「……なぁ、もうちょっとだけ、このまま……オマエの、感じさせてくれ……」
お互いの荒い吐息は、大雨の中でも確かに聞こえていた。
夜になって小屋の中が真っ暗になっても、雨はまだ降り続いていて。
雷も風も強いままなので、まだ帰れそうにはない。
僕は、お父さんから持たされた携帯電話で「友達の家に泊まる」と連絡をした。
実際は彼女とこうして小屋の中で、毛布にくるまって寄り添っているわけだけど。
「ね……ところでさ。”暗示”って、なんなの?」
「さあ、な。ちゃんと教えてやりたいけど……どうせバカには効かないんだよ、たぶん」
「……またバカって言った」
「ふんだ。ヒトの言う事も聞かないで怒るヤツなんて、バカ以外あるか」
「……僕がきみとこうやって、一緒にいるのも……、
”暗示をかけた”とか言ったことで僕が怒ったのも……きみのせいだって、本気で言ってるの?」
「で、でも……アタシは、たしかに最初、オマエに……」
「最初、だけ?」
「……」
続く言葉は無く、鳴るのは雨音だけになる。
「ねえ、ひとつだけ、いいかな」
「な、なんだよ」
僕は毛布の中で少しだけ体を動かして、彼女の顔を覗きこむ。
彼女もそれに気付いて、大きな赤い一つ目が僕を見た。
「僕は今、君が好きだよ」
僕が言って、その直後に大きな雷が落ちると、部屋の中は少しだけ光った。
驚いたような彼女の顔がその光でちょっとだけ見えて。
そして僕の真っ赤な顔も、彼女に見られてしまっただろう。
「――っ、なっ、」
慌てたように声を漏らしながら、勢いよく彼女は背を丸める。顔は隠れるように毛布の中へ入り込んでしまった。
彼女の背中にある触手はぴくぴくと震えている。
「あ……か……みなりの、せいで……わるいけど、聞こえなかった、な、」
毛布の中から、うめくような彼女の声が聞こえる。
「だ、だから……も、もういっかい……だけ……ゆ、ゆってくれ、よっ」
自分の真っ赤な顔を見られないように、僕は丸まった彼女の身体を、頭から包み込むように抱きしめる。
ふわっとした長い黒髪からは、桃のような匂いがした。
「ぼ、ぼくばっかり言わせないでよ!」
「なな、何言ってんだ、あたしは何回もなんかいも、オマエとシてるときにっ――〜ッ、いや、ちがっ――」
大雨で小屋の中は冷え切っていたはずなのに、僕らはしばらく凍える心配もなさそうだった。
するとそこには木で出来た小さな小屋と、小さな穴の開いた洞窟がある。
初めてここに来た時からその小屋は古っぽくて、中は靴を脱いで上がるようになっているけれど、木の椅子とテーブルぐらいしかない。
扉には鍵が付いていなかったし、窓も汚れていたので、長い間誰も使っていないような感じだった。
何の為にある小屋なのかは分からないけれど、この小屋を初めて見たとき、僕はここを秘密の場所にしようと決めた。
仲の良い子だけにこの場所を教えて、お父さんたちには内緒にしよう。
自分達だけの、小さな秘密基地にするんだ。
その時、僕は『彼女』がここにいる事なんて、一つも知らなかった。
次の休みの日、僕はあの小屋をもっと改造しようと色々な物を家から持ち出してきた。お父さんに見つからないようにするのは大変だったけど、何とかばれずに済んだ。
でも入り口の扉を開けて小屋の中に入ろうとした瞬間、
「おい、だれだよオマエ」
背中から掛けられる、女の子のようなちょっと低い声。
その声にびっくりして僕が振り向くと、そこには黒い女の子――のような、誰かがいた。
一目見ただけで、その子が人間じゃないのが分かる。
まだ上着がないと寒いのに服の一枚も着ていないし、白寄りな灰色の肌と、墨汁みたいに真っ黒な手足をしている。背中からはケーブルみたいな黒いうねうねが何本も伸びているし、お尻のあたりからは尻尾みたいな黒い毛も生えている。
でも一番驚いたのは、その子の大きな眼。
顔の真ん中に張り付いた、真っ赤な丸い一つの目だ。
「この場所はアタシのモンだぞ! 勝手に入るなよっ」
古っぽい木の扉の前に立つ僕を、彼女の目が見つめる。彼女の顔にある一つ目はもちろん、背中から伸びる黒いうねうねの先にも丸い眼が付いていて、僕をじーっと睨んでいるのだ。
作り物でも見間違いでもない、本物の目玉。
僕はとっさに声が出せず、口を開けたまま彼女を見ているだけだった。
「……んだよ、何とか言えっての」
むっとした顔で彼女がつかつかと近寄ってきて、僕の胸を右手で小突く。彼女の手は真っ黒だけどしなやかで、柔らかかった。
相手が何なのか分からない怖さと、自分でもよく分からない不思議な気持ちが混ざり合って、なんだか顔も体も熱くなる。
それにその女の子は服を着ていなくて、裸みたいな格好をしていたから、なんだかとっても恥ずかしい。
「ご、ごめん。誰もいないって思ったから」
頭を下げながら僕が言うと、僕の右手にあるバケツが揺れて中身が転がって音を立てる。この小屋の中を掃除しようと思って、僕が持ってきたものだ。
女の子は僕の持っているバケツをひったくって中を覗き、その中身と僕の顔を交互に見る。
「おい、これなんだよ? オマエ、ここで何するつもりだったんだ」
「そ……掃除しよう、と、思って」
「……ふーん。へえー、そーかそーか」
どもりながら言う僕を、彼女が怪しむ目で睨む。
「じゃ、やってくれよ」
「え?」
「せっかくだ、『掃除してくれる』ってんならしてもらわないと――なァ?」
「う、うん……」
赤い一つ目がじっと僕を睨むと、このまま「帰る」とは言えない気分になる。きっと彼女は僕にこの小屋を遣わせてくれないだろうけど、それでもなぜか断れる気が起きなかった。
僕が返事をすると、にやっと彼女が笑って鋭そうな白い歯を見せる。近所に住む大きな犬みたいで、ちょっと怖い口元だった。
「――隅々までキレーにしろよー。
ちゃーんとできたらココ、使わせてやってもいいぜ。もちろんアタシの家来として」
近くにある小川から水を汲んできて、雑巾を絞って小屋の中を拭いていく。
その間も彼女は僕に近寄ってはからかったり、邪魔したりした。
黒いうねうねで足を引っ掛けようとしたり、僕をぺしぺしと叩いたり。
水で濡らした手を僕の背中に突っ込んでびっくりさせたり。
「ほーら、休んでないでちゃんと働けー!」
そのせいで、ほとんど何もない小さな小屋なのに結構な時間が掛かってしまった。
でもこれで見違えるほど綺麗になって、ごろっと寝転がっても汚れないようになった。
終わった事を彼女に伝えると、
「あんまりキレーじゃないけど、ま、これぐらいで許してやるか。
ごくろうさん、帰っていいぜ」
「えっ」
彼女はすっかり埃の取れた椅子にどっかりと座って僕に言った。
「ちょ、ちょっと。掃除が終わったらここに居てもいいって、言ったじゃない」
「んー? なんだよ、まだアタシと一緒にいたいってのかよ?」
「それにこの小屋、ホントは勝手に使ってるんじゃ……」
「なっ、なんだよ、疑ってんのか」
「そうじゃないけど、でも、」
「もう! うるさいなあ、家来のくせにごちゃごちゃ言うなっ!
ここはアタシの家だ、アタシがいまそう決めた! モンクあるか!」
やっぱり、この小屋は彼女の物じゃないらしい。
「でも、ホントにここを使ってる人がいたら、怒られるかも……」
この辺りの場所は誰が管理しているのか知らないけど、大人が建てた物のはずだ。
だから勝手に使っていると僕もこの子も怒られてしまう。
「口答えばっかりしやがって。
オマエはアタシの家来だってことがよく分かってないみたいだなあ。
ちょうどいい、今のうちに教えておいてやるっ」
突然、彼女の背中にある黒いうねうねが僕目がけて伸びてくる。いきなりのことに驚く暇も逃げる暇もなく、僕はそのうねうねに腕も足も絡みつかれてしまう。
絡みついたうねうねを外そうとしても、ぐるぐると巻き付いたそれは簡単には離れない。
その時、ふっと体が軽くなったかと思うと、僕は宙に浮いていた。
「う、うわっ!」
白く尖った歯を見せながら、彼女はにやにやと笑って僕を見ている。
一体どこにそんな力があるのか分からないけれど、彼女の背中から伸びる黒いうねうねで僕が持ち上げられている事だけは分かった。
「そーら、怖いか? 暴れたら落っことしちゃうかもなあ」
そのままどんどん上に持ち上げられて、天井にくっついてしまいそうな高さになる。
「お、降ろして……」
「アタシに逆らわないって誓えるなら、降ろしてやってもいいぜ」
「わ、分かった、分かったから!」
僕が泣きそうな声で言うと、彼女はゆっくりとうねうねを下げて僕を木の床までそっと降ろした。
ドキドキしたままうつむいていた僕が顔を上げると、彼女の誇らしげな顔が見えた。
「これからアタシのいう事にはちゃーんと従うこと。分かったな」
床に足が着くと気が落ち着いてきて、同時に彼女に仕返ししてやりたい気持ちが溢れてくる。
いくら相手が女の子でも、こんな風に馬鹿にされてしまうと僕もガマン出来なかった。
「そうだなー。今度は何をさせよっかなぁ……」
よろよろと立ち上がった僕の前で彼女が偉そうに腕を組んで、何かを考えるみたいによそを向いている。黒いうねうねもしゅるりと彼女の後ろに戻っていた。
今なら、手を伸ばせば彼女にすぐ手が届く。
チャンスだと思った僕は、不意打ちで彼女のわき腹を思いっきりくすぐってやった。
「っ!? おま、ぁうっ、あっ、ひゃっ、や、やめろっ! てえっ、ひゃふぅっ!」
さわさわとその白い肌の上で指を動かすと、面白いくらいに彼女が身体をくねらせる。どうやらくすぐりには非常に弱いらしい。
服も着ていないから尚更威力は大きいだろう、でもそれを意識すると僕の方が真っ赤になってしまうから、今は必死で考えないようにした。
彼女は僕の手から離れようとしたけど力がうまく入らないのか、バランスを崩して木板の床に倒れてしまう。だけど僕は手を休めないで、もっともっとくすぐりを続ける。
脇もくすぐってみると笑い声がもっと大きくなり、暴れていた体は小刻みな動きになっていく。
「ふぁ、っ、めろぉ、っえ……ぇっ……!」
一分も経つと声を上げる力がなくなってきたのか、彼女は息を荒くするばかりで動かない。動けないのかもしれない。わき腹をつんつんするだけでもビクンと身体が反応するけど、暴れることはない。
「んぅ……あ、くぅっ……ぅ」
あんまり彼女の反応が良いので夢中になってくすぐっていた僕は、ようやく落ち着いて彼女の顔を見る。
大きな赤い一つ目には大きな涙が溜まっていて、肌には汗を掻いている。涎も少し垂れていた。
また彼女が暴れないように、くすぐりを適度に続けながら声を掛ける。
「……大丈夫?」
「っ……ひぅっ、ぁ、」
「けど、ちゃんとわかってくれるまで止めないからね。
この小屋は、僕たちだけで使おうよ。家来とかそういうの抜きにして、いっしょに」
「あ、んぅっ、わかっ、わかった……から、やめっ、て……ぇ、って……」
身体をよじらせながらもうんうんと頷いてくれたので、くすぐりを止める。涙目になった彼女の一つ目がとろんとしていた。
なんだか悪い事をしてしまった――のに、ぞくぞくするような変な気分だった。
時間が経って落ち着いた彼女は、しゃがんだまま四本足で動いて、壁に背をついて体育座りをしていた。
また怒って僕をうねうねで持ち上げるのかと思ったけど、そのまま少しの間彼女は動かなかった。顔は見えたけど、怒っているようにも悲しんでいるようにも見えない。
けれど何だか申し訳ない僕は、彼女の前で謝る。
「ごめんね」
「……なんで謝るんだよ、あっアタシが、好きなようにされてたみたいじゃんか。
さ、さっきのは……アタシが許してやっただけだからな」
「でもほら、女の子の体に勝手に触っちゃったし……悪いコトしたかなって」
「う……、そりゃこっちだって、ちょっとワガママだったかもしれねえけどさ」
「じゃあ……仲直り、かな?」
「しょ、しょうがねえな。
……でも、ココに入っていいのはオマエだけだ。
他のヤツは入れてやんないぞ」
それもどうかと思ったけど、友だちを呼ぶのは彼女ともっと仲良くなってからでもいいかもしれない。
そう思った矢先、彼女がとんでもない事を言った。
「アタシはここに住んでるんだからな。ほんのちょっと前からだけど」
「えっ? 住んで……って、じゃあ、ご飯とかはどうやって?」
とてもじゃないけど、こんな所に誰かが住めるとは思えない。
もちろんそれは人間の話だけれど……彼女も人間のようには見えるし、きっと同じような体のつくりをしているんだと思っていた。
「ゴハン? ……あぁそうか。そうだな、オマエにはまだ言ってなかったっけ」
楽しそうに微笑みながら彼女が手招きするので、僕は座った姿勢のまま彼女に近づく。
「アタシはな、」
そのまま、すっと彼女が耳打ちをしてきた。
「ニンゲンのオトコを、食べるんだよ」
「え……」
彼女がにかっと笑うと鋭い八重歯が見えてちょっと怖くなる。けれど、今から僕を食べてやろうなんて風には見えない。
「た、食べ、るの? 僕を?」
「はは、やっぱりカン違いしてるなァ。
食べるってのは――こういうことだよっ」
彼女の身体がふっと動いて、座ったままの僕に飛び掛かってくる。
木板の床に倒されて寝転がった僕の上に彼女がのしかかり、顔をすっと近づけてきた。
「そらっ、さっきのお返しだっ」
そう言って彼女は、僕の服の中に手を突っ込んでお腹を直接撫でてきた。なんだかおぼつかない手つきだったけど、それがかえってくすっぐたくさせる。彼女ほどオーバーではないけれど、僕も身をくねらせてしまう。
でも、僕を食べるって言ったのは一体どういう意味なのだろう。
「ご、ごめんって、いった、のにぃ……!」
「ふふん、オマエもけっこう感じやすいじゃないか。こりゃ楽しみだなァ」
服の下で動いていた彼女の手が止まって、今度は僕のズボンの上を擦る。しかも股の間の、あれがある場所を。
今までこんな所を女の子に触られた事なんてなくて、頭の中がぐちゃぐちゃなまま、僕はさらに顔を赤くしてしまった。
大きくなったままのそれを何度か彼女が擦ると、面白い物を見つけた猫のような表情で僕の顔を覗き込んでくる。
「ちょっと触っただけなのに、こんなに大きくしやがって。
ほら、触ってほしいならそう言えっての」
「ううっ、」
触られたいという気持ちはあるけれど、そんな事言えるわけがない。
「やっ、やめてよっ!」
僕は訳が分からなくなりながら、夢中で彼女の肩を突き飛ばす。
大した抵抗にもならないだろうと思っていたけれど、
「うあっ!?」
「えっ、」
僕よりも軽いその体は思ったよりも簡単に飛んで、転がった彼女の身体がどん、と小屋の壁に当たり、大きな音を立てる。しかめっ面で彼女が呻いた。
しまった、と思いながら、僕は急いで彼女に駆け寄る。
「ご、ごめん! 大丈夫?」
「……なんだよ。アタシに触られるの、そんなにイヤかよ」
「いや、そ、そうじゃなくて……」
いてて、と声を上げながら彼女が起き上がる。そのまま近くの壁にもたれかかって、項垂れるように座り込む。
「分かったよ……もうやらないっての」
謝る事しか僕にはできず、彼女も下を向いたままで、簡単に機嫌を治してくれそうにない。
でも小屋に付いていた古っぽい時計を見ると、そろそろ帰らないといけない時間になっていた。
僕は仕方なく帰る準備をする。
「ごめんね。僕、そろそろ帰らないと」
「ふんっ」
彼女の返事は素っ気なくて、怒っている感じなのが伝わってくる。
でも靴を履いて玄関を出ようとすると、彼女の声が背中から届いた。
「……また、来てくれるよな」
その声に合わせて僕は振り向く。
彼女はうつむいたままでこっちを向いてくれなかったけど、
「うん。また来るよ」
僕は力強く返事をした。
休みの日は何度も彼女のいる小屋に行っていた。
たまに小屋には居ない事もあったけれど、僕がじっと待っていると彼女はどこからかやって来る。
一体どこに住んでいるのかなと思ったけれど、彼女が洞窟の中から出てきたときはびっくりした。その時僕は小屋からそれを覗いていたけれど、彼女には気づかれなかったと思う。
やっぱり彼女は人間じゃなくて、ベツの何か。
でも図書館や本屋にある図鑑を探してみても、彼女のような生き物はどこにも載っていなかった。
僕は彼女が誰なのか、聞こうとして聞けないまま――ずっと彼女と一緒にいた。
彼女と初めて会って、何週間か経った頃。
その日は台風が近づいていて、雨も風もとても強く、傘が壊れてしまいそうなほど天気が荒れていた。
小屋にいる彼女の事が心配で、とにかく急いで僕は走っていた。
もしかしたら、台風で小屋が壊れてしまうかもしれない――って。
雷がごろごろとうるさく鳴って、空はまるで世界が終わるみたいに暗かった。
僕が息を切らして小屋の扉を開けると、彼女は床の上で丸まって寝ていた。背中にあるうねうねが彼女自身を包み込んでいて、だんご虫みたいに丸くなっている。
扉を開ける音で目が覚めたのか、彼女は驚いた顔で起き上がった。
「ど……どうしたんだよ、こんな雨の日に」
「なんだか、ちょっと、心配になって、」
僕は息を整えながら濡れたカッパを脱いで、小屋の中に干しておく。
そして、彼女の為に持ってきた毛布をぎゅっと縛ったナイロン袋から取り出した。
「ほら、これ。きっと今日は寒くなるから」
「あ、ああ。ありがとよ……ってオマエ、震えてるじゃんか!」
とりあえずカッパは着ていたけれど、雨が強かったせいで中の服も濡れていて肌寒い。くしゅん、と僕は大きくくしゃみをしてしまった。
家ならストーブで服もすぐに乾かせるけど、この小屋ではそんなものはない。
「オマエの方が濡れてどうすんだよ、ったく。 ほら、早く脱げ」
そう言って彼女は僕のそばに寄り、僕が持ってきた毛布を袋から出す。
僕は濡れた服を脱いで、出来るだけ乾くように広げておいた。下に着ていたシャツやパンツまでは濡れていなかったので、少しだけ安心する。とはいっても、流石に彼女の前でこのままの格好は恥ずかしい。
そんなことを思っていると僕の背中が毛布で包まれる、どうやら彼女が掛けてくれたみたいだ。
「どうだ、まだ寒いか?」
「ご、ごめん。君のために持ってきたのに……」
そう言いながらも、僕は寒さに耐えられず毛布にくるまってしまう。
その時ふっと、後ろからさらに包まれるような感覚がした。
「そ……そんならさ。毛布の中、一緒に入っても……いい、よな?」
彼女が僕の耳元でそっとささやく。
僕に触れていたのは彼女の身体で、毛布を伝わってその温もりが伝わってきた。
「う、うん」
僕がぎこちなく返事して毛布をめくると、僕を背中から抱きしめるみたいに彼女が寄り添ってくる。元々服を着ていない彼女の身体と、シャツとトランクスしか履いてない僕の身体がそっと触れ合う。
そして僕の身体と彼女の両方を縄で縛りつけるみたいに、彼女の背中から伸びた黒いうねうねがぐるりと巻き付いてきた。
その上から毛布で包まれると、もう寒さを感じなくなりそうなぐらいに暖かくなっていく。
「……っ、」
でも暖かくなる原因はむしろ、僕が恥ずかしがっているせいだろうか。
それに彼女の熱い息と長い髪が、首元や背中に掛かってくすぐったい。こんなに密着していると、彼女にのしかかられ、股間を触られた事まで思い出してしまう。
「あ、暖めてる、だけだから。……ベツに、オマエが嫌がる事なんか、しないから……」
そう言った彼女の声はどこか力がなくて、何かをガマンしているようにも、怖がっているようにも聞こえた。
「この前のコトは、ごめん。 女の子なのに突き飛ばしちゃって」
「そんな前の事、気にするなよ。オマエが今日来てくれたってだけで十分だ。
もうそろそろバレちまうかもって……思ってたから」
でも後ろから抱きしめられているから、彼女の表情は分からない。
「……今から大事なコト言うから、アタシの目を見せないようにしたんだ。
たぶん、前に掛けた”暗示”もそろそろ切れる頃合いなんだよ」
僕が聞き返そうとした瞬間、ぎゅっと彼女が僕を抱きしめなおす。
言葉を出せないまま、僕はただその感触に浸ってしまいそうになる。
「なあ……どうしてオマエがここにいるのか、教えてほしいか?」
「……? どうして、って」
「自分の意思で来てるって、そう思ってるだろ?」
「そんなの当たり前じゃないか」
「オマエはそう思ってるだろうさ。だけどな、アタシは知ってるんだ。
ここに来たいと思わせているのは、アタシがそう差し向けたからなんだよ」
窓が強い雨音を鳴らす中、いつもとは違う静かな、彼女の湿った声。
「信じられないだろうけど、本当なんだ。
アタシは顔の目と背中から伸びる目で、”暗示”を掛けることができる。
……一番最初、オマエはアタシを見て、どう思った?」
「さいしょ……は、」
「気持ち悪いと思ったんじゃないか? 怖かったんじゃないのか?」
「そんな、こと、」
なかった――なんて、本当にはっきり言えるだろうか。彼女のその一つ目を見て、気にしなかったなんて言えるだろうか。
分からない。
ぐるぐる回る頭の中、僕は何一つ口に出すことができない。
「いいんだ、分かってる。責めてるワケじゃないんだ。
ただ、もうアタシが耐えられないんだよ。無理やりに……オマエを引き留めてるのが」
「無理やりになんて思ったこと、」
「あるワケないだろ! アタシがそうしてんだ!」
徐々に強くなる雨よりも大きい、怒ったような彼女の声が僕の耳を揺らす。
それでも僕には分かる、彼女が怒っているはずなんかない。
……怒っているのは。
「……いいんだ。全部バカらしくなってきてんのさ。
紛いものなんかじゃ満足できやしないって、分かってんのに、わかってたはずなのによ」
「じゃあ……僕は、僕の思いは、どうなるの?」
「安心しろ、オマエの心はちゃんと元に戻るよ。
だから――」
その瞬間、僕は思い切り彼女を振り払う。
「いいかげんにしろっ!」
誰よりも怒っているのは、僕だった。
「何が暗示だ!そんなの信じられるわけないだろ!
そんなウソまでついて、どうして、キライになったって、素直に言ってくれないんだよっ!
そんな冗談、いくら君のイタズラだからって――、」
喉を割りそうなほどの大声でそこまで言って、僕ははっと我に返った。
彼女のその、言葉を忘れてしまったような表情が、あまりにも印象的で。
「……だからって……だから、って……?」
僕は言葉を続けられない。
少しだけ口を開けたまま、彼女はしばらく何も言わなかった。身体も触手も動かさなかった。
その赤く大きな瞳から、ただほろりと滴がこぼれて。
「……ぅ、あ、あた、し、だって……、オマエに、嫌われたく、なんか……っ」
「なんで……泣くの」
「お、オマエが、ひどい……コト、ゆうっ、からっ」
「ひ、ひどいこといったのは……そっちから、じゃないか」
「うるさい! ばか! ばかっ!」
「ばかじゃない!このわからずや!」
「るっさい!よわむし!なきむしっ!」
「なっ、ないてるのは、そっちだろ!」
「ばか!ばーかっ!」
僕たちは掴みあって、顔を見つめたままお互いを罵り合っていた。
頭の中にある事を全部絞り出して、思いを吐き出して。
いつまにか僕たちは持ってきた毛布の上でごろんと、二人して仰向けになって――、
一体どれくらいの時間、悪口を言い合ってただろう。
思いっきり怒るのも怒られるのも久しぶりだった。
僕たちは小さな子供みたいに、ただただ自分の感情をぶつけあって、
「……ばか、」
「また……ばかって、いった……それ、さきにアタシが……ゆったもん……」
「……そう、だっけ?」
「そう、だよ」
やがてどちらが言ったのか、もう覚えていないぐらいに疲れ切ったあと。
二人とも、相手の顔を見ていた。
「……へへっ」
「……ふふっ」
片方が笑ってしまって、
「オマエの、かお。もうぐちゃぐちゃじゃないか」
「そっち、だって。顔じゅうべったべたになってるくせに」
「……あは、ははは、」
「くふっ、ぷふふっ」
今度はしばらく、笑うことしか出来なかった。
……少しの間、寝ていたのかもしれない。
雨はまだ降っていて外は暗いままだったけれど、彼女の整った寝息は微かに聞こえる。
僕がゆっくり体を起こしても、彼女は大きな一つ目を閉じたまま静かに胸を上下させていた。
「……」
少しずつ僕は彼女のそばにすり寄っていく。
小屋の木の匂いに混じって漂っていた、花に似た香りは次第に強くなって、誘うように気を引いてくる。
仰向けで寝る彼女の顔を覗きこみたくて、だけど起こしたりしてしまわないように、僕は彼女の身体を跨いで膝をつき、彼女の隣の床に着いた両手で自分の体を支える。
そこからゆっくりと肘を曲げて、僕と彼女の顔の距離を狭めていく。
大きな瞼、綺麗に生えた睫毛を目に焼き付けながら。
その瞬間、彼女がぽかっと口を開ける。
驚いて僕は声を出しそうになったけど、なんとかこらえた。
「くー……すー……」
それが彼女を起こしてしまったわけではなかったらしく、彼女に当たらないようにして安堵の溜息を付く。
様子を見ているうちに、また彼女の口は慎ましく閉じられた。
そしてもう一度。
少しずつ、少しずつと顔を近づける。
熱いミルクの入ったマグカップに、ゆっくりと口をつけるように。
「――んっ、」
唇が触れた瞬間、そこから感じる体温は僕の体中に伝わっていった。
反発もなく、沈み込むように唇は潰れあう。
そしてお互いの息が止まるのが分かって、やっぱりばれたかな――と、僕はすぐに離れる。
けれど、彼女は目を開けなかった。
「……んん……」
そんなはずはないのに、もっと、と彼女がねだっているような気がして。
また僕は、彼女の唇の感触を味わう。
ちゅっ、にちゅっ。
水音が鳴るのも気にせずに、僅かに開いた彼女の口内へ舌を滑りこませる。
「……っ、」
口に伝わる、桃のようなわずかな甘み。
もう彼女が今この瞬間に起きても僕は自分を止められる気がしなかった。
「あ……う?」
三度目の口づけで、彼女の大きなまぶたが開く。
すぐに目は見開かれて、それから何回か瞬きをして――彼女が何を思っていたかは分からない。
「――っ、」
彼女は、何も言わなかった。慌てて僕から離れようともしなかった。
息継ぎの為に僕がそっと口を離すと、ようやく事態が飲み込めたのか、水を怖がる子供みたいに彼女はぎゅっと目を閉じた。
頬が赤く染まっていくその様をじっと見たのはこの時がはじめてかもしれない。
吸い寄せられるように、僕はまたキスをする。
「んっ、むっ……ぷはっ」
今度は僕も目を閉じていた。
起きている彼女にキスをするのは、寝ているときよりも数倍どきどきした。外で鳴る雷も、雨で濡れて冷えていた身体も気にならなくなるぐらいに。
「……もっと……して……っ」
こっそり読んだエッチな本では、男と女のヒトが服を脱いで、いつも隠しているところを曝け出して、擦り付けあうみたいにして、「好き」って「愛してる」って何度も叫んでいた。
僕もそうするべきなんだろうか。
そうしたら、もっとドキドキして、一緒にいやらしい気持ちになれるのかな。
覚悟を決めるように僕は、顔を彼女の胸元に寄せていく。
真っ白な肌は柔らかくて、おへそのあたりに鼻を押し付けると微かな声が聞こえた。
「んん、」
彼女の体温はとても熱くて、気が付くとその肌を舌でなぞっていた。
味はしないけれどすべすべで、跳ねるような弾力があって、猫のように何度も舐めてしまう。
そして少しずつお腹へ、その下にある秘所へと近づいていく。
覆いかぶさるようにしていた体を起こして、僕は彼女の両足をゆっくり開いていく。
「あっ……ん、」
太腿の付け根のあたりには黒いゲルのようなものが秘所を隠すように付いている。
そこを舐めとってみるとそれは濃い牛乳のような甘さがあって、ゲルが剥がれて股間が露わになり、舌が直に触れるようになると、彼女の上げる声も大きくなっていく。
「ひゃ、うっ」
初めて見る、女の子のきゅっと閉じたヒミツの場所。
えっちな本を見ていなかったら、どこを触っていいかも分からなかっただろう。
彼女の隠し事を知ったような後ろめたい気持ちと、抑えようのない興奮。
その小さな割れ目をこじ開けるようにして、その温い秘所に舌を挿し込んでいく。
「はぁっ、んっ、」
ぐりぐりと唾液を塗り込むように舌を回し、ゆっくりと抜き挿しを繰り返す。
そうしているうちに、割れ目からぷっくりと芽のような膨らみが勃ちあがる。
たしかクリトリスとかいう、とても敏感な所。
そこをなぞってあげたら、彼女はどんな声を上げてくれるだろう。
できるだけ優しく、唾液を塗したベロでそのクリトリスを僕は舐め上げた。
「〜ッ……!! ふひゃっ、あぁ、そこ、だめっ、」
ベロがクリトリスを擦りあげるたびに、彼女はびくんと身体を震わせる。
僕の顔を濡らしそうなほど、割れ目の穴から温かいぬるぬるがどんどん零れ出てくる。
「あ、あぁ、んっ、やっ、あっ、んっ、」
感じてる。僕の舌でいやらしい気分になってくれている。彼女を支配しているような征服感が溢れる。
気を良くした僕はそこをぺろぺろと徹底的に責め続けた。
「も、あっ、へ、へんに、なっちゃ、あぁっ……!」
リズミカルに跳ねる彼女の声と身体。
もう彼女の秘穴は溢れ出るぬるぬるな蜜でどろどろだった。
そこで僕はぴったりと舐めるのを止めて、自分の下着を脱ぎ始める。
「ふぇっ……? あ……」
ぴったり止んだ僕の動きに気付いた彼女は、次に何をするのか察したのだろう。
「……うん」
僕の顔を見ながら、ゆっくりと、そして確かに頷いた。
もう痛いほどに膨らんだ僕のおちんちんを、くちゅ、と小さな秘穴に添える。
そしてゆっくりと僕は腰を浮かし、その割れ目の奥へと挿し込んでいく――。
「あ――、はいって、くるぅ……っ」
ずぶ、ずぶぶ……っ。
いやらしい音を立てながら、おちんちんが彼女のナカに包み込まれていく。
お湯が入ったみたいに熱いその穴の中はぬるぬるなのに、ぎゅっとおちんちんを締め上げる。
「あぁ、ぁぁ……あつくて、かたいのっ、きたぁっ」
おちんちんのゼンブがずっぽりと銜え込まれて、僕は覆いかぶさるように彼女の方へ倒れ込む。
彼女のナカは温かくて柔らかくて、心地が良くて仕方がない。
閉じかかった彼女の大きな一つ目と目が合うと、少しだけ彼女は微笑んだ。
「は……はや、くぅっ。 もう、がまん、できない……っ」
その声でスイッチが入ったみたいに、僕は腰をゆっくり動かし始める。
ぬちゅっ、ぐちゅちゅっ、ずちゅっ。
抜こうとすると彼女の穴が離したくないと言わんばかりにきゅっと絡みついて、挿し込もうとするとナカでおちんちんを舐めるみたいにヒダが擦りあげてきて。
まだ挿れたばかりなのに、もう何かがこみ上げはじめる。
「んっ、あっ、んんっ、いい、いいよぉっ、もっと、もっとぉっ、」
ずぽっ、ぐちゅ、にちゅっ。
腰の動きはどんどん早くなっていって、おちんちんが刺激される勢いも強くなる。
「あっ、あぁ、す、すきっ、あたし、オマエのこと、だ、だいしゅき、だよぉっ。
お、オマエの、はいってるって、おもうとっ、ど、どんどん、きもちよく、なってっ、」
敏感なおちんちんの先っぽがぬるっとしたナカの肉と擦れるたびに、すごくいやらしい音が鳴る。
気持ちいい。すぐにでもおちんちんから何かを吐き出してしまいたい。
けれどガマン出来そうにないのは僕だけじゃないらしい。
涎が飛ぶのも涙が流れるのも気にせずに、素直な言葉と表情を彼女は僕に見せてくれる。
「だ、だいしゅ、きぃっ、オマエと、いっ、いっしょに、なれてぇっ、
カラダ、お、おかしく、なっちゃ、あぁっ、」
もっと、もっと気持ちよくなりたい。彼女を気持ちよくさせたい。
いつもは見せてくれない、彼女の泣きそうなしおらしい表情が、たまらなく好きになる。
「んやぁ、あぁっ、あ、あたし、もうっ、あ、あたしっ、だめぇっ」
ぱんぱんと小さな白いお尻に腰を打ち付けながら、夢中になってキスをした。
「んむっ、ちゅっ、んんんっ」
にちゅっ、ぐちゃっ、ぬぷぷ、ぬちゃっ。
頭の中も何もかもぐちゃぐちゃになりそうな気持ちよさが絡まりあって、おかしくなりそうになる。
必死でお尻の穴を閉めて我慢していたけど、もう耐えられない。
出すよ、と何度も叫びながら、また激しくおちんちんの出し入れを繰り返す。
「あっ、だっ、だして、だしてぇっ。あたしの、ナカにぃっ、せいえきっ!
あ、あたしも、き、きちゃぁ、うぅっ んんん――っ!」
頭が真っ白になる感覚とともに、ナカの一番奥までおちんちんを突き入れた。
びゅくっ、びゅるっ、びゅるる……!
僕の出した白い液体は吸い込まれるように彼女の奥底へ注ぎこまれていく。
同時に勢いよく身体を跳ねさせた彼女は、なおも搾り取るようにナカをひくひくとうごめかせる。
その刺激で腰が抜けそうになって、僕は力が入らず、まだおちんちんとナカとでつながったまま、彼女の身体にゆっくり倒れ込んでしまった。
「はーっ、はーっ……あぁ、オマエの、セイエキ……あついよぉっ……♪」
彼女の熱い体温を身体とおちんちんで感じながら、目を閉じる。
熱に浮かされたままの僕と彼女は、どちらからでもなく抱きしめあっていた。
「……なぁ、もうちょっとだけ、このまま……オマエの、感じさせてくれ……」
お互いの荒い吐息は、大雨の中でも確かに聞こえていた。
夜になって小屋の中が真っ暗になっても、雨はまだ降り続いていて。
雷も風も強いままなので、まだ帰れそうにはない。
僕は、お父さんから持たされた携帯電話で「友達の家に泊まる」と連絡をした。
実際は彼女とこうして小屋の中で、毛布にくるまって寄り添っているわけだけど。
「ね……ところでさ。”暗示”って、なんなの?」
「さあ、な。ちゃんと教えてやりたいけど……どうせバカには効かないんだよ、たぶん」
「……またバカって言った」
「ふんだ。ヒトの言う事も聞かないで怒るヤツなんて、バカ以外あるか」
「……僕がきみとこうやって、一緒にいるのも……、
”暗示をかけた”とか言ったことで僕が怒ったのも……きみのせいだって、本気で言ってるの?」
「で、でも……アタシは、たしかに最初、オマエに……」
「最初、だけ?」
「……」
続く言葉は無く、鳴るのは雨音だけになる。
「ねえ、ひとつだけ、いいかな」
「な、なんだよ」
僕は毛布の中で少しだけ体を動かして、彼女の顔を覗きこむ。
彼女もそれに気付いて、大きな赤い一つ目が僕を見た。
「僕は今、君が好きだよ」
僕が言って、その直後に大きな雷が落ちると、部屋の中は少しだけ光った。
驚いたような彼女の顔がその光でちょっとだけ見えて。
そして僕の真っ赤な顔も、彼女に見られてしまっただろう。
「――っ、なっ、」
慌てたように声を漏らしながら、勢いよく彼女は背を丸める。顔は隠れるように毛布の中へ入り込んでしまった。
彼女の背中にある触手はぴくぴくと震えている。
「あ……か……みなりの、せいで……わるいけど、聞こえなかった、な、」
毛布の中から、うめくような彼女の声が聞こえる。
「だ、だから……も、もういっかい……だけ……ゆ、ゆってくれ、よっ」
自分の真っ赤な顔を見られないように、僕は丸まった彼女の身体を、頭から包み込むように抱きしめる。
ふわっとした長い黒髪からは、桃のような匂いがした。
「ぼ、ぼくばっかり言わせないでよ!」
「なな、何言ってんだ、あたしは何回もなんかいも、オマエとシてるときにっ――〜ッ、いや、ちがっ――」
大雨で小屋の中は冷え切っていたはずなのに、僕らはしばらく凍える心配もなさそうだった。
15/03/28 14:33更新 / しおやき