連載小説
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4 一つ目の魔法
『化け物め。お前があいつをたぶらかしたんだな』

おい、あたしはあいつに暗示なんか掛けてないぞ。

『嘘をつけ。お前みたいな魔物、魔法も無しに誰が好きになるっていうんだ』

そんなの、あたしが知るかよ。あいつが物好きだったんだろ。

『お前のせいであいつが、あいつの友人が、家族が、泣くハメになるんだ』

ああそうかい。だったらなんだって言うんだよ。

『お前があいつを騙したせいだ』

――だから、あいつには暗示なんか掛けてないって言ってるだろ。

『オマエがいなければ、こんな事になんか』

うるさい。

『どうせ会ったニンゲンみんな、オマエの魔法で懐柔してきたんだろ?』

違う。

『お前がもらう好意なんて、全部ニセモノだ』

……違う。

『全部作り物だ。オマエをホントに好きになる奴なんか、どこにもいない』

……そんなの、分かんないじゃないか。

『どうかな。確かめる勇気もないんだろ、オマエには』

……オマエ、どうしてあたしのこと、そんなに分かんだよ。

『ばぁか。他人を騙してるオマエ自身が騙されるなんてな、大笑いだ』

あたし、自身?

『あたしは、オマエだ』

オマエが、あたし?

『もういい、臆病モンのオマエは引っ込んでろ』

――そんなの嫌だ。あたしはあいつを信じてるんだ。

『黙れよ。
 散々ニンゲンを騙してたくせに、いまさら一丁前に好かれたいなんて。
 オマエはムシが良すぎるんだよ』

違う。ホントにあたしは、暗示なんか掛けてない。

『そんなの誰が信じるんだ?
 散々他人を騙しといて、いまさら私を信じてください、ってか?』

あいつは、あたしのコトを、本当に。

『どっちだっていいじゃねえか。オマエ一人がウソつきになれば、全部丸く収まるんだよ』

あたし、ウソなんか……付いてない。

『なあ』

……あいつの言葉はウソじゃなかった。ホントに、あたしを、

『だからさあ――もうオマエは黙ってろって言ってんだよ!』


――――――――――――――――――――――――――――――


「――カナメ。もう回りくどいのはヤメだ」

カナメのアパートで静かに『ぱそこん』を触っていたカナメに、あたしは言ってやった。
この部屋は、ベッド以外には本棚と『ぱそこん』に『てれび』ぐらいしかない。
暇つぶしの『でぃーえす』も、煮詰まってしまって今はやる気が無い。
かといって、あたしは魔物だから大っぴらに外を出歩くわけにもいかない。
だから――というわけでもないけど、前から思ってたことを実行に移そうと思った。

あたしは色々なニンゲンに暗示を掛けてきたけど、コイツにはまだ一度も暗示を掛けてない。
元からあたしには嫌悪感を持ってなかったみたいだけど、だからこそ。
「あたしを好きになれ」と言ったらどうなるだろう。

「今ちょっと忙しいから後でね、レティナ」

いつものちょっかいだと思ったのか『ぱそこん』の画面から視線も外さず、カナメは軽く流す。
仮にも上級魔物と恐れられるあたしに向かってなんて言い草だ。
ま、それは『元の世界』での話だけど。

「おい、カナメ。ちょっとこっち見てみなよ」

ちょっと間をおいて、カナメの座った椅子が回り、あたしの赤い一つ目をカナメが見る。
あたしとカナメの視線が絡み合ったそこに、容赦なくあたしは暗示の魔法を流し込む。
よし、最初からクライマックスだ。

『単眼は可愛い』
『特に目の前にいるレティナという単眼の女の子が、可愛くて仕方がない』
『レティナの好きなようにされたい』
『レティナに犯されたい』

これだけ掛ければ、ただのニンゲンのあいつにはもう抗えない。
あたしの刷り込んだ暗示が多い分、カナメはぽーっとした顔をしている。
一度に多くの暗示を掛けると飲み込むのに時間が掛かるらしく、大体のニンゲンは少しの間こうなってしまう。
ぼんやりした顔が少しずつ元に戻っていき、カナメは椅子から立つ。
そして、あたしに優しくキスをした。

「……んっ、」

舌を絡めることもない、ただそっと唇を重ねるだけのキス。
これはあたしがカナメに掛けた暗示の中でも、一番強いモノが『レティナに犯されたい』だからだ。
カナメの方からは、あたしに対して愛撫以上のコトをしたい気分にはならない。
あたしのチカラは『暗示』であって、洗脳ではないのが重要なトコロだ。
意識はハッキリ残っているし、操られているなんて感覚はどこにもない。
恥ずかしいって気持ちも残ってるけど、あたしの言葉はすんなり受け入れてしまう。
もっとも、その後の行動までカンペキには予測できないけど――まあ、その辺をあたしにとって都合よくできてしまうのが、あたしのスゴイところだ。
顔を一度離して、あたしはカナメの目を見つめる。

「カナメ。あたしに、犯されたい?」
「お……犯されたい、レティナに。レティナの好きなように……犯してほしい」

ようし。ここ最近使う機会がなかったからウデが落ちてないかと思ったけど、そうでもないな。
羞恥心に溢れたカナメの表情に、あたしは堪らなくソソられる。

「ほら、早く着てるもん脱いで。あたしの前でね」
「……うん」

言われたとおりに、顔を赤くしながらカナメは着ている服を脱ぎ始めた。
ドキドキしながら服を一枚一枚脱いでいくのが、あたしにも伝わる。
――あれ。おかしいな、あたし心を読む能力まであったっけ。
色んなヤツに魔法を掛けてたからレベルアップしたのかな、『どらくえ』みたいに。

「し、下着も……?」
「あったりまえだろ。自分で脱ぐのが恥ずかしいんなら、あたしが脱がせてやるよ」

下着一枚の姿で立っているカナメの前にあたしは座って、その下着に手を掛ける。
あたしの手を止めようとしたのか、ほんの少しだけカナメの手が動いた。
けどその手はそれ以上動かず、なんの抵抗もしない。

――なんだ、やっぱりこういうコトされたいんじゃないか。
にやっと笑いながらあたしは、焦らすようにゆっくりと、カナメの下着を降ろしてく。
露わになった元気な股間にふーっと息を吹きかけてやると、カナメはビクッと震えた。

「ちょ、ちょっとレティナ……」

弱々しい抗議の声をカナメが上げた。
けど、あたしはそんなのお構いなしにパンツを脱がせていく。

「さ、脱いだらベッドに座って。これからカナメは動いちゃダメだよ」

ベッドにカナメを座らせると、勢いよく勃ったペニスが、触ってほしそうにピクピクしている。
カナメの顔は赤いままで、いつもなら手か何かですぐにでも股間を隠してるだろう。
でも、あたしの暗示でそれも出来ない。恥ずかしいけど、何故かそういう気にならない。
カナメの心が、手に取るようにあたしには分かった。

「いい? 動いちゃダメってことは、シャセイもダメだからね。
 あたしがイイっていうまで出しちゃダメ。もし出しちゃったら……
 すんごいオシオキ、しちゃうよ?」

『シャセイしちゃダメ』という言葉は暗示じゃないから、ベツに強制力はない。
あたしの命令に従いたくなるからガマンはするけれど、刺激に耐えられなくなったらカナメはそのまま射精してしまうだろう。
ニヤリとあたしは微笑んで、カナメの恥ずかしそうな表情を堪能する。

まずは右手で、そっとペニスを撫でていく。
暗示で欲望の高まったカナメはそれだけでも反応してしまうらしい、擦ってやるたびに、ガマンできないと言いたげな顔をしてる。

「おいおい、まだ触っただけじゃないか。
 これからもっと気持ちイイコトしてやろうってのにさ」

ベッドに座らせたカナメの前で、あたしが座る。
ちょうど、あたしのカオとカナメのペニスが向かい合うぐらいの高さだ。
こっちを見つめるカナメを意地悪な顔であたしは見上げて、それからペニスに舌を這わせる。
まずは柔らかい先っぽの部分を、ちょんちょんと舌先で突いてやる。
カナメの反応を確かめてから、舌の表面で先っぽをペロペロと、猫のように舐め上げていく。

「……っ」

小さな声をカナメが上げるのを、あたしは聞き逃さない。
そうでなくとも、カナメが感じてるのがあたしにもなぜか分かってしまう。
もっと強い愛撫を求めて、カナメの体が疼いているのが伝わってくる。

「今日は焦らさないけど、出しちゃったらダメだからねぇ?」

あたしは唾液を口の中いっぱいに含ませる。
右手でペニスの根元を支えながら、溜まった唾液をだらっと口からペニスへと垂らし、ペニスを唾液まみれにしてやる。
そうしてぬるぬるになったペニスをあたしの手で、ぐちゅぐちゅ、にちゃにちゃと、大きな音を鳴らして擦っていく。
ビンカンな裏筋やカリを撫でまわしてやると、苦しそうにカナメが身体を震わせた。
カナメの手はぎゅっとベッドのシーツを掴んでいる、あたしに言われたとおりにガマンしているんだろう。
んん、イイ表情だよ、カナメ。

「……ん、あっ、」
「んふふ、気持ちよさそうにしてるじゃん? じゃ、もーっとしてくよ」

またあたしは唾液を含みながら、すぼめた唇でゆっくりとペニスを咥えていく。
咥える瞬間にはちゅーっと亀頭を吸って、吸い込むように唾液で満たされた口の中へとペニスを誘う。
口の中いっぱいまで銜え込んだら、またゆっくりとペニスを口から離す。
聞こえるようにじゅぽじゅぽと水音を立てながら、あたしはその動きを繰り返した。
あたしの口の中にペニスが出たり入ったりするたび、カナメが震える。
たまに裏筋を舌でぐりぐりと擦ってやると、ますます感じてるようだった。

「あ、うっ、れ、レティナぁ……」
「ほお?ひもひいい?」

動きのペースをさらに早くして、カナメのペニスをたっぷりと味わう。
さらに空いている左手も使って、玉袋をもみもみと揉みしだく。
前後だけでなく、頭を動かして左右の動きを入れたり、ほっぺたの上から口の中のペニスをぐりぐりと擦ったりして、どんどんカナメを責める。これはカナメの部屋にあった本で覚えた。
それを一つ一つ試すと、カナメの顔にはどんどん余裕がなくなっていった。

「で、でちゃうよ、レティナ、もっ、もう……」
「……ぷはっ。出そうなの? でも出しちゃったらあたし、スッゴいイジワルしちゃうよ?」

あたしはペニスから口を離し、唾液でぬるぬるのペニスを右手で上下にしごいていく。
カナメはシーツをギュッと掴んだまま、必死で快感に耐えていた。
――よし、そろそろトドメを差してやろうかな。

「あっ、う……」

あたしは立ち上がって、ベッドの縁に座っていたカナメを押し倒す。
あたしの言葉が効いてるから、カナメの身体は何の抵抗もなくベッドに倒れ込んだ。

「ほーら、足上げてベッドに載せて、足開いて?」
「う、うん……?」

ベッドの上でカナメの足と腰を持ち上げていく。
カナメをでんぐり返しの途中みたいな姿勢にして、ペニスから玉袋、お尻の穴まで全部あたしに見えるようにしてやる。
カナメの家にあった本によると、これは「ちんぐり返し」という姿勢らしい。
あたしはカナメの前に座って、ぬるぬるの右手でペニスを刺激しながら、左手の人差し指を口で含んで、唾液を付ける。
それからその指で、カナメのお尻の穴をちょんちょんと突っついてやる。

「れ、レティ……!?」

カナメもこんな所を刺激されるとは思ってなかったらしく、突っつくたびにペニスも穴も震えている。
けど、嫌がってるわけじゃないみたいだ。
むしろペニスは、さっきよりもガチガチに硬くなってる気がする。

「この前で本で読んだの、やってやるよ。
 お尻いじられると、オトコは骨抜きになっちゃうんだってさ……?」
「あ、だ、ダメだよ……そんなとこ、汚いって……」
「なーに、エンリョするなよ……でもカナメ、ガマンできるかなぁ?」

抗議の声を上げるカナメを放っておいて、あたしは見せつけるように舌をぺろりと出す。
そのままカナメのお尻の穴へ、たっぷりの唾液でぬめった舌を添わせ、舐めていく。
同時に、右手でペニスを勢いよく上下に擦ってやる。
ペニスがピクピクと小刻みに震えるのが握った右手から伝わってきた。

「ぁ、お、おしりにっ、舌がぁっ」

どうやらカナメは限界が近いみたいで、あたしにもそれはよく分かっていた。
ダメ押しとばかりに舌を尖らせて、お尻の穴の中にぬるりと滑りこませていく。
舌で中の肉壁を擦るたび、ペニスもビンカンに反応する。

「あ、だ、ダメ、そ、そんなこと、されたらっ……」

嫌がるような声を上げていても、身体は正直に反応していた。
お尻に入った舌をぐにぐにと動かして、中をにゅむにゅむと舐め回してやると、カナメは一際大きく声を上げた。
ペニスの震えが段々と強くなり、カナメのお尻の穴があたしの舌をきゅっと締め付ける。
――ああ、ガマンできずに出しちゃうんだ、カナメ。

「ひゃ、あぁっ!で、出ちゃ……っ!」

カナメの身体とペニスがピクピクと震えた瞬間、勢いよくカナメはシャセイする。
あたしの右手と、カナメの身体に濃い精液が飛び散っていった。
荒い吐息をつきながら、カナメは呆然とシャセイの余韻に浸っているようだった。

「はぁっ、はぁっ……」
「わっ、こんなにたくさん、セイエキ出るなんて……♪
 全部舐めとってやるから、ちょっと待ってなよ」

上がったままだったカナメの腰と足を降ろし、ベッドに寝っころがらせる。
あたしは右手に付いたセイエキをぺろりと舐めとると、カナメに飛び散ったセイエキを残さず舐めていく。
舐めとる為だけに舌を這わせていても、カナメは気持ちよさそうに声を上げた。
カナメのセイエキを全部舐め終えると、あたしは微笑みながらカナメに顔と顔を突き合わせる。

「ごちそうさん。今日のも濃くて良かったよ、カナメ。
 けどあたしが言ったのに、ガマンできずに出しちゃったねえ……。
 聞き分けのないオトコには、たぁっぷりお仕置きが必要だよなぁ?」
「お、おしおき……?」
「んふふ、そんな期待する目で見ないでよ。
 そうだなぁ……今日はたっぷり一時間ほど焦らして、それからあたしの中に出してもらおうかな?」

カナメが、期待と不安を抱えてあたしを見る。一時間も焦らされたらどうなってしまうだろうと。
あたしもその視線に、真っ赤な一つ眼を向けて答えた。
その前に一つ言いたいことがあるんだ、とカナメがこっちを見る。


――あれ。おかしいな。
今日はどうして、カナメの考えることがこんなにはっきり分かるんだ?

「……レティナ」

カナメの口が開いて、あたしを呼ぶ。それを見てあたしは驚き、息が止まりそうになった。
そのカオは恐ろしいほどに無表情で、何の感情も籠ってないように見えたからだ。


「どうして、僕に暗示を掛けたの?」


カナメの口から出た言葉が信じられなくて、あたしは何も言えない。
ワケが分からなくなって、ただ身体を震わせる事しかできなかった。
何よりも信じられないのは、カナメが『暗示』を掛けたのに気付いたということ。
――あり得ない。
普通のニンゲンが『暗示』を掛けられた事に気付けるわけがない。
いや、暗示を掛けられてしまえば、気づくことなんかできないはずなんだ。

「ホントに暗示を掛けたんだね。その表情からだって、分かるよ」

機械のようなカナメの声は、あたしに罪状を述べ上げる悪魔の声に聞こえた。

「僕の心を、都合の良いように、勝手に変えようとしたんだね」

「違う」ってあたしは言ったはずなのに、言えない。言葉が出ない。
あたしの口が開いても、言葉にはならず、ただ空気が漏れるだけだった。

「僕はレティナを、信じてたのに」

氷の塊を押し付けられたような寒気と、言いようのない恐怖があたしを襲う。

「全部ウソだったんだね。
 レティナを愛してた僕の気持ちは、はじめからニセモノだったんだ」

違う。違うんだ。あたしは、ただ、カナメに。

「やっぱり僕はレティナにとって、ただのエサなんだね」

違う。

「いいよ。君が飽きるまで、僕を好きにするといい。
 僕にはもう、君の魔法がちゃんと効いているみたいだから。
 最初から、僕に暗示を掛けてたんだろう?」

そうじゃないよ。ホントにこれが初めてなんだよ。
カナメの気持ちは、ウソなんかじゃなかったのに。

「そんな顔しなくたっていいじゃないか。
 勘違いしないで、レティナの暗示はちゃんと効いてるよ。
 君を嫌いになる事なんてない。
 もう君を裏切ることもない。僕は死ぬまでずっと、無邪気に君を愛する人形だ」

違うんだ、カナメ。
あたしが望んでたのはこんなコトじゃないんだよ。

「――じゃあ、君はどんなカナメを望んでた?
 魔法で、暗示で、レティナの都合がいいように愛してほしかったんだろう?」

カナメの顔は変わらない。ただひたすらに無表情のまま。

「心の底じゃ分かってるはずだ。
 君が好きなのは僕じゃない。君しか知らない、君の中にだけいるカナメだ。
 僕のことなんか、何一つだって君は好きになろうとしてないんだ」
「や……やめて……やめてよ、カナメ……」

あたしの意識が揺らいでいく。
身体が溶かされていくような、どろりとした感覚があたしを包み込む。
ドロドロの底なし沼に包まれて、もがくことさえ出来ず、ゆっくりと沈んでいくような気分。
罵声を浴びせられたわけでも、傷を受けたわけでもない。
何の痛みもない。
けれど、底知れない恐怖がそこにはあった。

「レティナ。ホントの僕は、ここで消えていくみたいだ。
 さよならだね」

カナメの姿が真っ白に溶けて、霞んで消えていく。
あたしは指一つ動かせずに、それを見ているだけ。
助けて。
カナメ、あたしは、あたしは、

「だから、レティナ。そろそろ起きてよ――」



―――――――――――――――――――――――――――――――



「だから、レティナ。そろそろ起きてよ。
 天気のいいうちに布団干したいから」

ぐにゃりと歪んだあたしの視界には、ベッドの縁に座って、困ったような顔であたしを見るカナメがいた。
ここは確かにカナメの部屋で、そのベッドの上にあたしが寝ていた。
カーテンの間からは、眩しいぐらいに煌々と照る太陽の光が差し込んでいる。

「……あ」

半開きだったあたしの目から、何かが零れる。
つーっと滴が顔を伝って、シーツに落ちていった。

「……レティナ? どうしたの?」

あたしの異変に気が付いたらしいカナメは、そっと顔を覗き込んでくる。
何の変哲もない、いつものカナメの顔。涙で滲んでよく見えない。
けど、そこにいるのが分かっただけで、あたしはどこか安心していた。

「カナ……メ。なんか……怖くて。すごく、寒いんだよ。
 ちょっとだけ……ほんの少しでいいから……ぎゅって、して……」

あたしの声は、自分でも情けなくなるほど震えていた。
――あれは夢だ。そんなの分かってる。だけど怖い。
そっとカナメは布団の中に入って、あたしの身体を優しく包んだ。

「大丈夫、レティナ? 体の調子でも悪い?」

あたしは黙って首を横に振り、返事する。
同時に、胸の中でしがみつくように、あたしはカナメの体を抱き返した。
柔らかな肌の温もりが、じんわりとあたしを落ち着かせてくれる。
しばらくしてカナメの胸から顔を離すと、あたしの顔をカナメが心配そうに覗き込んでいた。

「ごめん。抱きしめてないと、……カナメが、いなくなっちゃいそうで」
「僕が……? どうして?」

困ったような調子でカナメが言う。
あたしにもよく分からない、ぼんやりとしてて、だけど重く苦しい不安。
体温は普通のはずなのに、カラダの中が真夜中みたいに寒くて、冷たい。
カナメもこんな気分になったコト、あるのかな。

「たしか、カナメに言ったコトあるよね。
 あたしは何回も、何人も、ニンゲンに暗示を掛けてきた。それで、好きなようにしてたって。
 ……ちょっと前までは、そんなの、気にしてなかった。
 会ったヤツみんな、記憶を消しちゃってたから。
 だけどたまに、怖くなっちゃうんだよ」
「怖い?」
「もしかしたらあたし、知らないうちに、カナメに暗示を掛けてたんじゃないかって。
 そんなふうに疑われて、あたしを嫌いになるんじゃないかって。
 それで、それで、目が覚めて、カナメがどこにも……いなくなってたらって……」

カナメの温もりに必死でしがみついて、あたしは言う。
胸のあたりをずっと誰かに押さえつけられているようで、落ち着かない。

「……ねえ、カナメ。
 もしあたしがあんたと会った時から、『好きになれ』って暗示を掛けてたとしたら――」

そこまで言い掛けて、あたしは青ざめる。
わざわざカナメを疑わせるようなコトを言ってどうするんだと、軽薄な自分を責めた。

「――あ、ち、違うよ。これはもしも、もしもの話で。
 まだあたしは暗示なんて掛けてない。今のカナメの気持ちは本物なんだ。
 ウソじゃないよ。カナメの気持は、あたしがやったんじゃないんだよ。
 ホントだよ……カナメ、信じて……っ」

あたしは必至で自分の言葉を弁護する。なんて、余計な事を言ってしまったんだろう。
また視界が歪んで、水滴が目じりに溜まっていくのを感じる。
息の仕方を忘れてしまったみたいに胸が苦しい。
勢いよく顔をカナメの胸に埋めて、あたしは顔を隠そうとする。
だけど、口から零れる情けない嗚咽はごまかせそうもなかった。

「分かってるよ。それにどっちだって、レティナを好きなのには変わりないから」

あたしはカラダが潰されそうな気持ちを振り払うように、小さく首を振る。

「……そうじゃ、ない。
 あんたから、あたしを好きに、なってくれて……嬉しかった。
 魔法や暗示じゃ、なくても……あたしを、愛してくれた。
 それが、あたし。嬉しくて、嬉しくて、仕方なかったんだ」

涙が溢れるのと同時に、せき止められていたはずの感情や思いも、溢れ出してくる。
ホントの気持ちを何もかも、ぽろっと零してしまいそうだった。

「僕は今のところ、レティナへの気持ちで何かされた覚えはないけど。
 ホントにされてたら、僕自身にはそれも分かんない、ってことだよね」
「……うん」

カナメの胸元に顔を埋めたまま、あたしはうつむいた。
あたしのカオも見られたくないし、カナメの顔を見るのも怖い。
さっき夢で見た、生気のない虚ろな表情に変わってしまったらどうしようって、思ってしまう。
……そんなの、あり得ない話だ。
だけどあの夢が生々しすぎて、その恐怖を振り払うことができない。

「けどどうして、そんな悪いコトみたいに言うの?」
「……え?」

カナメの言葉はあたしにとって、あまりに意外だった。

「いや、なんだかそんな気がしたんだよ。
 自分のしてるコトは悪いコトだ、って言ってるみたいで」

ココロを好き勝手に弄んでいいわけがない。
例えそれが、された当人には気付けないことだったとしても。

「……悪いコトだよ。他人のココロをいじくるなんて、やっちゃいけないコトなんだ」
「そうかな」

あたしは何か言ってしまいそうになる口を閉じて、カナメの言葉を待った。

「だって、レティナは『好き』になってほしくて暗示を掛けるんだよね。
 それなら、みんな同じじゃないか。
 人間だって動物だって、相手に好きになってほしいから、色んなコトするよ。
 レティナはそれがたまたま、暗示っていうチカラだっただけじゃないかな」
「……」
「それに、少なくとも僕は――」

一度言葉を切って、カナメが息を整える。

「レティナに暗示を掛けられてたって、僕の気持ちが嘘だっていい。
 レティナが僕に好きになって欲しくて、そうしているんだったら――
 僕はすごく、嬉しい」

またそんな恥ずかしいセリフを、さらりとこいつは言ってのける。
さっきまで寒くて仕方なかったのに、頬ばっかり熱くなってヘンな感じだ。

「……カナメは、お人好しにも程があるよ。
 そんなコト言われたら、あたしが困るんだ。
 今までだって、みんなあたしの都合の良いように使ってきちゃったのに。
 そんなんで許されちゃったら、あたしは、どうしたらいいんだよ……?」
「レティナがどんな事をしてきたのか、僕は知らないけど――、
 ホントにやっちゃいけないような事を、レティナはしない。
 僕はそう信じてるよ」

カナメの言葉は、ふんわりとあたしを包み込んで、守ってくれるように優しかった。
さっきまで息をするのも苦しかったのに、もう落ち着いてきている。

「……じゃ、じゃあ。
 あたし、一つやりたいコトがあるんだ」
「?」

あたしはほんの少し勇気を出して顔を上げ、カナメの顔を胸のところから見上げる。
――カナメの顔はいつものままだ。よかった。

「あたし、あんたに暗示を掛けたい。
 さっき言ってたこととはムジュンしてるかもしんないけど……
 あたしはカナメに、もっともっと愛されたいよ。
 カナメが許してくれるんなら――あたしのコト、好きにさせたい」

恐る恐る、あたしは言葉を繋いでいく。カナメの顔は、柔らかく微笑んだままだ。

「……あんたの心を裏切っちゃうみたいで、複雑な感じだけどさ。
 あんなコト言われたら、やっぱりガマンできないよ、あたし。
 ココロの底から――いや、それ以上にだって、カナメに愛されたいんだよ。
 カナメは優しいから、あたしのコト気にして、抑えてるトコがあったと思う。
 だからそんな遠慮なくして、思い切り、滅茶苦茶に――あたしのコト、求めてほしいんだ」

カナメの胸元から上目で顔を覗き込んだまま、あたしは言った。
目が合うと、もう吸い付くように離せない。
あたしも相当頬が赤いだろうけど、あいつだって真っ赤だから、お互い様だ。

「……れ、レティナ。もう暗示掛けてる?」
「えっ。 ま、まだだけど」
「あ……ごめん。なんかすごく、ドキッとしたから」

カナメの言葉に思わず、あたしはくすっと笑ってしまった。

「そ、そう? ま、まあいいや。ホントに掛けたら、もっとスゴいコトになるからさ。
 ……けど、いいの? あたし、暗示掛けちゃうよ。
 うずいてうずいて、仕方ないようにしちゃうよ……?」
「うん、ちょっとだけ怖いけど大丈夫。
 レティナの事、信じてるから」

その一言があたしにとっては、何より聞きたかった言葉かもしれない。
あたしのコトも、あたしのチカラも受け入れてくれた、その言葉。
もうそれだけで、あたしを好きなのが伝わるのに。
――これからもっと、カナメが好きになってくれるんだ。

「カナメ。 あたしの目だけ見ててね――ずっと」




ちょっと残念なコトに――暗示を掛けた後の出来事は、あんまり詳しく覚えてない。
暗示を掛けた瞬間、カナメに唇を奪われ、体をゼンブ舐めつくすように愛撫されて。
いつの間にか、いきなり奥まで突き入れられて。
それから何度も交わって、何度も中に出されて、カナメのセイエキであたしの体の中は満たされていった。
シャセイされるたび、あたしは快感に溶かされるような気分で。
日が落ちて行って、夜になるまで――いや夜になっても、カナメはあたしを愛し続けた。
カナメの欲望は、あたしの小さなカラダじゃとても受け止めきれなかったらしい、
気が付くとあたしは、全身をカナメのセイエキでどろどろにされていた。
何回カナメに愛されたのか、ちっとも分からないぐらいに。
カナメが愛してくれた証拠を全身に残して、蕩けた顔のまま、あたしは放心していた。

蕩けたままのあたしの頬に何かが触れる。カナメの手だ。

「レティナ……だ、大丈夫?」

カナメがようやく治まったのは、もう空が明らみそうになった時だった。
そんな心配そうなカオしないでよ、カナメ。
あたし、嬉しくて嬉しくて仕方ないんだからさ。

「……うん。しあわせだよ。
 かなめが、こんなに、あいして、くれたから……」

途切れ途切れにしか声が出ない。あたしもさすがに疲れちゃったみたいだ。

「レティナ。お風呂の用意できてるから、身体洗おうか」

そう言いながら、カナメがあたしの体を抱きあげる。
カナメも疲れてるはずなのに、あたしを持ち上げて運ぶ体力まで残ってるなんて。
でも、身体を洗う……オフロ……。お風呂は、ニガテだ。
なんか、恥ずかしい。
体を重ねるのとは違う、よく分かんない気恥ずかしさがするから。

「あ……。や、はずかし……」
「ダメだよ。いくらなんでもこのままじゃ寝られないでしょ」

あたしは身体をくねらせて抵抗するけど、全身に力が入らなくて、何の意味もない。
触手も思うように動かなくて、ぺちぺちとカナメを叩くぐらいしかできなかった。

「あ、は、はなしてよぉ……」
「大丈夫だよ。レティナはじっとしてればいいから」

あたしを抱きかかえるカナメの表情は、どことなく楽しそうに見えた。




『お風呂に入らないのは女の子としてよくない』ってカナメに言われて、あたしは毎日しぶしぶオフロに入る。
でも、あたしはお湯に入るのがやっぱりニガテだ。
だからいつもは”入るフリ”をしたり、入ってもすぐ出ちゃったりする。
そういうカンジで一人ならちょちょっとごまかせるんだけど、一緒に入るとそうはいかない。
小さな台みたいなのに座らされて、あたしはぼーっと待つ。

「シャワー掛けるよ」
「ん……」

お湯があたしの頭に掛かり、長い黒髪を伝って流れる。
カナメの指で髪の毛を梳かされながら、まんべんなくシャワーが髪を濡らしていく。
お湯の流れが止まると、よく分からない液体を付けられて、髪中を泡だらけにされる。
他人に髪の毛を梳かされるのも慣れてないからくすぐったくて、カラダがぞわっとしてしまう。

「目、開けちゃダメだよ。染みるから」
「ん……ぁ、」

あたしに体力が残ってたら、もっと抵抗してたかもしれない。
けどそんなチカラももう残ってなくて、僅かに体をよじらせるぐらいしか出来なかった。
くまなく髪の毛を洗われた後は、泡を勢いの強いお湯で流される。
髪の泡が全部落ちると、今度は身体のほうを洗われていく。
泡がいっぱい付いた布で、あたしはカラダをくまなくカナメに擦られる。
触手から尾のほうまで、汚れた所はぜんぶ。

「……ほら、動いちゃダメだって。ちゃんと汚れ、落ちないよ」
「ん、んぅ、くすぐったいっ、それ……ひゃっ」

この布も泡もヘンな感触で、脇腹や足なんかをゴシゴシされるとくすぐったくてたまらない。
お湯で全身の泡を流されるまで、あたしは全然落ち着かなかった。

「はい、全部流したよ。じゃ、先にお湯浸かってて」
「あ……うん」

言われるまま、あたしはお湯の溜まった所に入る。浴槽、って言ったっけ。
しばらくの間浴槽でまどろんでいたら、カナメも体を洗い終えたらしい、浴槽に入ってきた。
カナメとあたしは向かいあって、それこそ体を重ねる時みたいに、くっついて湯船に入る。
あたしは座ったカナメの足の上に乗り、その胸にしなだれかかる。浴槽からは少しだけ湯が零れた。
二人だと浴槽はホントに狭いけど、くっついたらちゃんと入れる。
それに。
こうやってカナメと一緒のお風呂に入るのは、イヤでもなんでもない。

「ふー。レティナ、大丈夫? のぼせてない?」
「……だいじょぶ」
「そう。くらくらしたら、すぐに言ってね」

お湯の中でカナメの腕が動いて、あたしを抱き寄せる。
柔らかいカナメの肌の感触は、熱いお湯の中でもはっきり分かった。

「……今日のカナメ、すごかったよ。いっつもと違って、ホントに激しくて、嬉しかった。
 あたしのコト、いっぱい求めてくれて」

あたしが腕を動かすと、ちゃぽん、と水音が立つ。

「僕も、夢中になってた。なりすぎて、あんまり覚えてないぐらい」
「……あたしも」

ゆったりと言葉を交わしながら、お湯の中でお互いのカラダをもっと寄せ合う。

「カナメ。これからずっと、暗示掛けるよ。
 もうあたしの目以外、見えないようにする。
 ずーっと、ずーっと、……ね?」

――だけど、ホントに目を離したくないのは、あたしの方なんだよね。
そう思って、ちょっとだけあたしは笑ってしまった。

14/12/21 18:33更新 / しおやき
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■作者メッセージ
最後まで読んでくださり、ありがとうございます。

今回のも元々はゲイザーちゃんとイチャイチャしたいだけが為に書いてました。
夢オチが許されるのは小学生までだよねーキャハハー

エロの邪魔にならないように、かつそれっぽくなるように物語を繋げられたらいいなあと思う次第です。

連載に移ったことで、カナメにもキャラ付けがされるかもしれません。
しかしエロ話としては、男キャラってどっちの方がいいんでしょうか。
その辺の意見がお聞きしたいですね。


12/21 蛇足として続けるよりはと思い、完結とさせていただきました。
もし続きを待ってる方が居たとすれば誠に申し訳ないです。

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