四章 運命の日
通夜から一日開けた午前11時、東帝大学の広場にて……
東帝大学の合格発表が行われていた。
合格者が貼られている掲示板の前に人集りが出来ている。
そこからいろんな声が聞こえた。
歓喜の声、落胆の声、情事の声……おい誰だ、こんな時間にこんなところでセックスしている奴は?
そこから少し離れたところ……東帝大学の紅桜門前に俺と斉田はいた。
まだ合格発表を見ていない。
「さぁ、早く見に行くぞ。いつまでそうしているんだ?」
「でも、見るの怖い……もし、落ちていたらと思うと……」
「はぁ……」
こんな調子でさっきから斉田はグズっている。
「それに、知っている人に見られるのも嫌だし……」
「ここまで姿を晒している状態で来て、今さら何だよ……」
そう、今さらだ。
姿を見られるのが嫌と言うのは言い訳。
最初から口にしている、合格しているかどうか見るのが怖いというのがとにかくの本音だ。
気持ちは分かる。
俺も合格発表の時は口から心臓が飛び出るんじゃないかというくらい不安だった。
だが、いくらなんでもこれはグズりすぎではないだろうか?
付き添いに来ている俺の時間のことも考えて欲しい。
「お願い! なんでもするから代わりに見てきて!」
「何でもねぇ……そう言ったって、何もできないだろ……」
そう、なんでもすると言う割には、彼女は何もできないはずだ。
ゴーストになったばかりで俺のところに転がり込んできたから無一文だし……ここまでの交通費を出したのも俺だ。
とにかく、斉田は自分で見に行きたくないようだ。
俺はとうとう折れ、ため息をつきながら答えた。
「分かった分かった。俺が見に行ってやるから。ここでおとなしく待っていろ」
「うん、お願い」
番号を間違えないためにも、俺は斉田から受験票を受け取り、掲示板前の人集りに入り込んだ。
斉田の受験番号はC-3786だ。
まずCブロックの掲示板に行く。
あった。
そこから数字を辿って探していく。
10……22……31……34……41……行き過ぎた。
3429、3440……3522、35,35,35……37。
ようやくここまで来た。
3713、3741、3742、3758、3770、3781、37……3786!
あった!
もう一度確認してみる。
ここはCブロック。
そこの番号……3・7・8・6……!
間違いない、3786……斉田の番号だ。
確認と証拠のため、携帯で撮影する。
そして俺は報告のために斉田の元に戻った。
「斉田! 合格していたぞ!」
「本当!?」
門の隅に隠れるようにしてうずくまり、地面に牡マークと雌マークをたくさん描いていた斉田が顔を上げる。
「ああ! 証明の写真も……このとおり撮ってきた!」
俺は携帯で撮った写真と斉田の受験票を並べて彼女に見せる。
3786……受験票にある番号と携帯のディスプレイにある番号は何度見ても一緒だ。
「やった!!」
「ああ……やったな、斉田!」
「ちょっと、直接見てくる!」
ゴーストの特性を生かし、人を貫通して斉田は文字通り飛んでCブロックの掲示板に向かう。
「やれやれ、人騒がせな」
俺は苦笑しながらその様子を見送る。
本当に人騒がせだった。
いきなり俺の部屋に乱入し、夢精させ、エロ本を引っかき回し、オナニーを強要し、AVを借りるように頼み……彼女がいる日々は実にドタバタした日々だった。
少し寂しいが、その日々は終わり、これで斉田は成仏できる。
あれ?
なんで俺、今「寂しい」なんて思ったんだ?
すぐに戻ってきて「本当にあった!」と喜んでいる斉田を見て俺はぼんやりとそんなことを考えていた。
いや、それはどうでもいい。
「……」
「……」
「……なぁ斉田、成仏しないのか?」
斉田は成仏せず、まだその場にいた。
「う〜ん? 変ねぇ……成仏まで時間がかかるのかもしれない」
「そうなのか?」
「どうなんだろう?」
斉田も首をかしげている。
だが待てども待てども、斉田は成仏する様子がないし、何か変化が起こっているようにも見えない。
5分くらい待ったところで俺は諦めて口を開いた。
「……とりあえず、ちょっと落ち着くためにも喫茶店に行こうぜ?」
東帝大学の最寄駅だと混雑が考えられたので、俺と斉田は二つ離れた駅まで電車で行き、そこのチェーン店の喫茶店に入った。
ちなみに移動中も斉田が成仏する様子はなく、何も変化がなかった。
「どうしてかしら?」
「俺に訊かれても……」
顔をしかめて俺はコーヒーをすする。
魔物娘が普通に闊歩するこの世界ではあるが、俺はゴーストについて詳しく知っているわけではない。
ゴーストが成仏するとき、どのような変化が現れるのか、また、未練が解消できたゴーストが成仏しない理由など、知るはずもない。
せいぜいゴーストという種族の大体の特徴を知っているくらいだ。
だから、斉田の成仏に関しては俺の手に余る。
で、あれば、今できることは一つ……これから先のことを考えることだ。
「……もしこのままだったらどうするんだよ?」
俺の質問に斉田は怪訝そうな顔をした。
「どうするって?」
「どうするって、決まっているだろう。斉田は東帝大学に合格した。そして、その……一度死んだとは言え、ゴーストとして生きているから東帝大学に入学する権利はまだある。どうするんだ? もし成仏しなかったらそのまま東帝大学に入学するか?」
「あ、そうね……う〜ん……」
あ、そうねって……おい、今までそのことを考えていなかったのか?
もしかして、ゴーストとして俺のところに来て最初に言ったとおり、合格発表さえ見れば、あるいは合格していることさえ分かれば、それで満足だったのか?
大学に行ったらどうするかとか、どんなことを学びたいとか、何を研究するとか、そんなことは受験前から考えていなかったのか?
顎に手を当てて考えている様子にその疑念が俺の中でどんどん膨らんでいく。
「斉田、何を悩んでいるんだ?」
「いや、だって……」
「お前は東帝大学に行きたかったんだろ? そのために今まで勉強していたんだろう? じゃあ、行けばいいじゃないか」
「う〜ん……」
ここまで言っても煮え切らない様子の斉田を見て、俺の中の疑念が確信めいた物に変わった。
「斉田、お前はなんのために東帝大学を受験したんだよ?」
「なんのためって……」
俺の言葉に斉田は困ったように俯く。
おい、もしかして……本当に動機とか大学でやりたいことがないのか?
「俺は誰かを守りたいと思っていた。文系科目が得意な俺に何が出来るかと考えたら、法律の道があった」
「……」
「弁護士がベストだけど、司法書士でも弁理士でもなんでもいい。法律の面から人を守りたいと思った。だから俺は法学部を目指した。斉田はどうだ?」
「…………」
斉田はうつむいたまま黙っている。
よく見ると、その肩は少し震えていた。
「考えてなかったのかよ……考えもせずに大学を目指すなんて、いまどき……」
「……るさい」
「ん?」
斉田が何かつぶやいたような気がして、俺は言葉を切る。
次の瞬間、顔に熱さと鈍い痛みを感じた。
コーヒーカップを投げつけられたのだと理解するには少し時間が必要だった。
「佐々木君に何が分かるのよ!? 勉強を強制されて、東帝大学に入ることを強要された、私の何が分かるのよ!?」
斉田が目の前で感情を爆発させ、わめく。
突然の展開に、斉田の激情に俺は固まってしまった。
「勉強も遊びもできた佐々木君なんかに……あんたなんかに……!」
ぶるぶると怒りに身体を震わせながら、斉田は俺を睨む。
そして次の瞬間、彼女は風を巻き起こし、壁を通り抜けて喫茶店を飛び出してしまった。
止める間もなく、俺は呆然とそれを見送ることしかできなかった。
「あの……お客様、大丈夫ですか?」
バイトのウェイトレスが遠慮がちに俺に話しかけ、おしぼりを差し出した。
「あ、どうも……」
俺は彼女に、そして何事かとこっちを見ていた周りの客に頭をさげた。
『まったくなんなんだよ、斉田のやつ……』
おしぼりで顔にかかったコーヒーをぬぐいながら俺は腹の中で呻く。
コーヒーは火傷するほどの物でもなかったけどやはり熱かったし、コーヒーカップがぶつかったのは痛かった。
それに、周囲の視線がとても痛い。
俺も斉田のように壁を通り抜けて喫茶店から飛び出し、ここから逃げ出したい気分だった。
『いきなりあんなことを叫び出して、コーヒーを俺にぶっかけやがって……』
どうして斉田があんな行動に出たのか、俺の何が彼女の逆鱗に触れてしまったのか分からない。
だが、少なくともひとつだけ分かったことがあった。
斉田の未練は東帝大学に関することではなく、もっと別なところにある、ということだった。
東帝大学の合格発表が行われていた。
合格者が貼られている掲示板の前に人集りが出来ている。
そこからいろんな声が聞こえた。
歓喜の声、落胆の声、情事の声……おい誰だ、こんな時間にこんなところでセックスしている奴は?
そこから少し離れたところ……東帝大学の紅桜門前に俺と斉田はいた。
まだ合格発表を見ていない。
「さぁ、早く見に行くぞ。いつまでそうしているんだ?」
「でも、見るの怖い……もし、落ちていたらと思うと……」
「はぁ……」
こんな調子でさっきから斉田はグズっている。
「それに、知っている人に見られるのも嫌だし……」
「ここまで姿を晒している状態で来て、今さら何だよ……」
そう、今さらだ。
姿を見られるのが嫌と言うのは言い訳。
最初から口にしている、合格しているかどうか見るのが怖いというのがとにかくの本音だ。
気持ちは分かる。
俺も合格発表の時は口から心臓が飛び出るんじゃないかというくらい不安だった。
だが、いくらなんでもこれはグズりすぎではないだろうか?
付き添いに来ている俺の時間のことも考えて欲しい。
「お願い! なんでもするから代わりに見てきて!」
「何でもねぇ……そう言ったって、何もできないだろ……」
そう、なんでもすると言う割には、彼女は何もできないはずだ。
ゴーストになったばかりで俺のところに転がり込んできたから無一文だし……ここまでの交通費を出したのも俺だ。
とにかく、斉田は自分で見に行きたくないようだ。
俺はとうとう折れ、ため息をつきながら答えた。
「分かった分かった。俺が見に行ってやるから。ここでおとなしく待っていろ」
「うん、お願い」
番号を間違えないためにも、俺は斉田から受験票を受け取り、掲示板前の人集りに入り込んだ。
斉田の受験番号はC-3786だ。
まずCブロックの掲示板に行く。
あった。
そこから数字を辿って探していく。
10……22……31……34……41……行き過ぎた。
3429、3440……3522、35,35,35……37。
ようやくここまで来た。
3713、3741、3742、3758、3770、3781、37……3786!
あった!
もう一度確認してみる。
ここはCブロック。
そこの番号……3・7・8・6……!
間違いない、3786……斉田の番号だ。
確認と証拠のため、携帯で撮影する。
そして俺は報告のために斉田の元に戻った。
「斉田! 合格していたぞ!」
「本当!?」
門の隅に隠れるようにしてうずくまり、地面に牡マークと雌マークをたくさん描いていた斉田が顔を上げる。
「ああ! 証明の写真も……このとおり撮ってきた!」
俺は携帯で撮った写真と斉田の受験票を並べて彼女に見せる。
3786……受験票にある番号と携帯のディスプレイにある番号は何度見ても一緒だ。
「やった!!」
「ああ……やったな、斉田!」
「ちょっと、直接見てくる!」
ゴーストの特性を生かし、人を貫通して斉田は文字通り飛んでCブロックの掲示板に向かう。
「やれやれ、人騒がせな」
俺は苦笑しながらその様子を見送る。
本当に人騒がせだった。
いきなり俺の部屋に乱入し、夢精させ、エロ本を引っかき回し、オナニーを強要し、AVを借りるように頼み……彼女がいる日々は実にドタバタした日々だった。
少し寂しいが、その日々は終わり、これで斉田は成仏できる。
あれ?
なんで俺、今「寂しい」なんて思ったんだ?
すぐに戻ってきて「本当にあった!」と喜んでいる斉田を見て俺はぼんやりとそんなことを考えていた。
いや、それはどうでもいい。
「……」
「……」
「……なぁ斉田、成仏しないのか?」
斉田は成仏せず、まだその場にいた。
「う〜ん? 変ねぇ……成仏まで時間がかかるのかもしれない」
「そうなのか?」
「どうなんだろう?」
斉田も首をかしげている。
だが待てども待てども、斉田は成仏する様子がないし、何か変化が起こっているようにも見えない。
5分くらい待ったところで俺は諦めて口を開いた。
「……とりあえず、ちょっと落ち着くためにも喫茶店に行こうぜ?」
東帝大学の最寄駅だと混雑が考えられたので、俺と斉田は二つ離れた駅まで電車で行き、そこのチェーン店の喫茶店に入った。
ちなみに移動中も斉田が成仏する様子はなく、何も変化がなかった。
「どうしてかしら?」
「俺に訊かれても……」
顔をしかめて俺はコーヒーをすする。
魔物娘が普通に闊歩するこの世界ではあるが、俺はゴーストについて詳しく知っているわけではない。
ゴーストが成仏するとき、どのような変化が現れるのか、また、未練が解消できたゴーストが成仏しない理由など、知るはずもない。
せいぜいゴーストという種族の大体の特徴を知っているくらいだ。
だから、斉田の成仏に関しては俺の手に余る。
で、あれば、今できることは一つ……これから先のことを考えることだ。
「……もしこのままだったらどうするんだよ?」
俺の質問に斉田は怪訝そうな顔をした。
「どうするって?」
「どうするって、決まっているだろう。斉田は東帝大学に合格した。そして、その……一度死んだとは言え、ゴーストとして生きているから東帝大学に入学する権利はまだある。どうするんだ? もし成仏しなかったらそのまま東帝大学に入学するか?」
「あ、そうね……う〜ん……」
あ、そうねって……おい、今までそのことを考えていなかったのか?
もしかして、ゴーストとして俺のところに来て最初に言ったとおり、合格発表さえ見れば、あるいは合格していることさえ分かれば、それで満足だったのか?
大学に行ったらどうするかとか、どんなことを学びたいとか、何を研究するとか、そんなことは受験前から考えていなかったのか?
顎に手を当てて考えている様子にその疑念が俺の中でどんどん膨らんでいく。
「斉田、何を悩んでいるんだ?」
「いや、だって……」
「お前は東帝大学に行きたかったんだろ? そのために今まで勉強していたんだろう? じゃあ、行けばいいじゃないか」
「う〜ん……」
ここまで言っても煮え切らない様子の斉田を見て、俺の中の疑念が確信めいた物に変わった。
「斉田、お前はなんのために東帝大学を受験したんだよ?」
「なんのためって……」
俺の言葉に斉田は困ったように俯く。
おい、もしかして……本当に動機とか大学でやりたいことがないのか?
「俺は誰かを守りたいと思っていた。文系科目が得意な俺に何が出来るかと考えたら、法律の道があった」
「……」
「弁護士がベストだけど、司法書士でも弁理士でもなんでもいい。法律の面から人を守りたいと思った。だから俺は法学部を目指した。斉田はどうだ?」
「…………」
斉田はうつむいたまま黙っている。
よく見ると、その肩は少し震えていた。
「考えてなかったのかよ……考えもせずに大学を目指すなんて、いまどき……」
「……るさい」
「ん?」
斉田が何かつぶやいたような気がして、俺は言葉を切る。
次の瞬間、顔に熱さと鈍い痛みを感じた。
コーヒーカップを投げつけられたのだと理解するには少し時間が必要だった。
「佐々木君に何が分かるのよ!? 勉強を強制されて、東帝大学に入ることを強要された、私の何が分かるのよ!?」
斉田が目の前で感情を爆発させ、わめく。
突然の展開に、斉田の激情に俺は固まってしまった。
「勉強も遊びもできた佐々木君なんかに……あんたなんかに……!」
ぶるぶると怒りに身体を震わせながら、斉田は俺を睨む。
そして次の瞬間、彼女は風を巻き起こし、壁を通り抜けて喫茶店を飛び出してしまった。
止める間もなく、俺は呆然とそれを見送ることしかできなかった。
「あの……お客様、大丈夫ですか?」
バイトのウェイトレスが遠慮がちに俺に話しかけ、おしぼりを差し出した。
「あ、どうも……」
俺は彼女に、そして何事かとこっちを見ていた周りの客に頭をさげた。
『まったくなんなんだよ、斉田のやつ……』
おしぼりで顔にかかったコーヒーをぬぐいながら俺は腹の中で呻く。
コーヒーは火傷するほどの物でもなかったけどやはり熱かったし、コーヒーカップがぶつかったのは痛かった。
それに、周囲の視線がとても痛い。
俺も斉田のように壁を通り抜けて喫茶店から飛び出し、ここから逃げ出したい気分だった。
『いきなりあんなことを叫び出して、コーヒーを俺にぶっかけやがって……』
どうして斉田があんな行動に出たのか、俺の何が彼女の逆鱗に触れてしまったのか分からない。
だが、少なくともひとつだけ分かったことがあった。
斉田の未練は東帝大学に関することではなく、もっと別なところにある、ということだった。
12/03/06 19:37更新 / 三鯖アキラ(旧:沈黙の天使)
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