三章 協力者
「にゃ〜いし〜む〜いしき〜かい〜 むむみょ〜や〜く〜 む〜むみょ〜じーん にゃーいしむろうし やーくむろ〜しじん むくしゅーめーどー むちゃ〜くむん〜と〜く」
『……クソッ』
お坊さんの間延びしたお経を読む声に、俺の意識が遠くなる。
眠い。
とてつもなく眠い。
つまらない先生の授業よりはるかに眠い。
某ゲームで僧侶が催眠魔法を覚えるのは、これに基づいているのではないかと思うくらい眠くなれる。
お経は宗派にもよるが、亡くなった人へのお別れ、そして仏に死者を極楽へ導いて欲しいという祈り、という意味で唱えられるらしい。
本当かどうか、死者に確かめてみたい。
とりあえず、お経をあげられている斉田本人に訊ねてみたい。
その斉田は俺の部屋でAVを見ている。
それを考えると、このお経がありがたいものにはとても聞こえない。
ただの催眠音波だ。
今日は斉田の通夜と言うことで、斉田の家に俺はいる。
斉田の家は広く、通夜の会場も詰めれば結構な人数は入るのではないかと思われた。
しかし、通夜の会場に学校の生徒は数えるほどしかいない。
みんな受験で忙しいというのもあるが、斉田にそこまで親しい人がいなかったのも大きいと思われる。
会場にいるのはほとんど、見たことのないおっさんやおばさんだ。
おそらく、斉田の両親の関係者なのだろう。
『そう言えば、斉田の家の人を見るのも初めてだな……』
暇つぶしに俺は斉田の家族の方に視線を転じてみる。
どうやら、斉田は4人家族だったようだ。
いや、実際はゴーストとして生きているから過去形にするべきではないのか?
こういうことを考えるとき、斉田のゴーストという立場は実にややこしい。
それはともかく、斉田は4人家族だった。
父と母と、妹と、そして今はゴーストの本人と……
父親はいかにも真面目で厳しそう、悪く言えば融通の効かなそうな印象があった。
印象だけで言えば同じく生真面目でガリ勉で融通の効かない斉田に似ている。
けれども同じ真面目でも、少し違うところも多く見られ、斉田に似ているかというと、そうでもない気がした。
見た目も似ていないように見える。
父親は手入れが行き届いているスーツを身にまとい、髪やヒゲもきちんと整えられていた。髪がボサボサだった斉田と比べると、そういう細かいところに気が配れている。
しかし真面目そうな印象があるのだが、今が通夜ということを差し引いても不愉快そうにへの字に曲がっている口や四角い顔が、やけに固くて怖い印象を出していた。
軟弱者は絶対に許さず、認めず、排除する……そんな、キツい厳しさが印象的だ。
一方、母親は見たとき、正直驚いた。
パッと見、とても若くて美人だ。
いや、実際俺たちの年代の母親としては、かなり若いだろう。
40才に行っていないようにも見える。
だが、美人でも仲良くしたいと思える印象ではなかった。
口をきいていないのでなんとも言えないが、なんかしゃべりだしたらキンキンとやかましい感じがする。
通夜ということで控えめにされているが、華美な化粧やしわのある喪服がその印象を強めていた。
しわのある服は斉田のだらしなさと少し似ているかもしれない。
そして妹と思われる人物は……どちらかというと、父親似の印象があった。
父のように口をへの字に曲げたりはしていないが、制服を乱すことなく着ており、髪も姉と違ってちゃんと手入れされている模様だ。
そう言う清潔感が父親に近い印象があった。
『あの制服は……鈴岡中学校だな』
俺が彼女を斉田の「妹」と言える理由は、制服から判断したからだ。
私立鈴岡中学校はかなり上級な進学校だ。
お嬢様が多いのだが、実力も持った生徒が多いのが特徴らしい。
そのせいだろうか?
だが、どこかすましているというか、ツンとしている、生意気そうにも見える。
軟弱者を認めない父と同様、自分より格下の人間を見下す……そんな印象もあった。
厳しくて固そうな父、少しだらしなく口やかましそうな母、生意気そうな妹……
『なんか……ちょっと息苦しそうな家庭だな……』
通夜という重苦しい雰囲気ということもあったのかもしれないけどそれが、俺が斉田家に抱いた印象だった。
『……きくん……さき君……佐々木君……』
突然、脳内に声が響いた。
とうとう夢の中に行ってしまったかと思ったが、どうやら誰かが念話で俺に話しかけているみたいだ。
念話とは、魔物たちが使う魔術のひとつで、術者が対象者の心に直接話しかけて会話する魔法だ。
ある意味、斉田の、ゴーストの妄想を流し込む技を応用したもの、と言える。
斉田も短い時間であれば念話を使えるが、今俺に話しかけているのは斉田ではないようだ。
彼女は俺の部屋でAVを見ているわけだし。
話しかけているのは……
『聞こえる? 私よ、村野よ』
『お前か……』
村野 美穂……俺や斉田のクラスメイトで、サキュバスだ。
そう言えば彼女は推薦入試でさっさと合格したため、今日通夜に来ることができた。
だが、いつの間にか中座していたようだ。
『ちょっと話があるんだけど、自販機のところまで来てもらっていい?』
『あのベンチのあるところだな、了解』
俺は礼を一つして、その場を後にした。
村野の話が気になるが、少なくともお坊さんの催眠お経から逃げられたのは嬉しかった。
村野はもう既に約束の場所で待っていた。
「これ、奢り!」
そう言って俺に何か缶を放ってくる。
キャッチして見てみると、それはホルスタウルスのミルク入りカフェ・オ・レ……つまり、精力増強作用もある飲み物だった。
『な!?』
まさか、斉田のことを感づいていて、これを渡したのだろうか?
勘ぐりすぎかもしれないが、女のカンというものはそのくらい鋭いことを俺は身をもって知っている。
「サンキュー」
とりあえず平静を装って村野の隣に座り、貰ったカフェ・オ・レを開けて飲む。
「さて、単刀直入に聞くけど……史織はどうしたの?」
「……なんのことかな?」
感づかれている覚悟をしていたため、俺は口に含んでいたカフェ・オ・レを吹くことなく、飲んでから返事をすることができた。
でも、すぐに斉田のことは触れない。
斉田は自分がゴーストになったことをあまり広められたくないようだ。
なんとなくだが、これまでの言動を見るとそんな気がする。
俺もあまり厄介事を抱えたことを人に知られたくない。
だが……
「私は淫魔だからね……魔物の魔力とか匂いとかには敏感なの」
やはり誤魔化せないようだ。
「で? 史織はどうしたの?」
「……俺のところに、ゴーストとなっているよ」
隠しても無駄だと悟り、俺は素直に打ち明けた。
やっぱりねぇと村野は頷きながら持っている飲み物を煽る。
ホットココアのようだ。
「で、シたの?」
「はぁ!?」
「いや、だからセックスしたの?」
「何を急に言い出すんだ、お前はっ!?」
あまりの急な話のふりに俺は驚くしかない。
そんな俺に村野は、私はエッチな魔物娘だから、と悪びれた様子もなく返してきた。
「それに、魔物娘にとって精は大事なものだからね……それで?」
「シてないよ」
「本当? 薬でもいいから精を摂取しないと大変よ?」
「いや、俺の夢精や自慰で何回か摂取しているはずだから大丈夫なはず……ってなんてことを言わせているんだ!?」
「あら? 強制はしなかったのに詳しい内容を言ったのはあなたよ?」
ケラケラと村野は笑い、俺は自分の馬鹿正直さにうなだれた。
「時間がないわ。詳しいエロ話はまた今度にするとして」
ココアを飲み干し、村野は真面目な声を出した。
「実際のところ、なんで佐々木君のところに来たの? 精を得るだけなら、普通に家に戻ってもいいはずなのに……」
確かにそうだ。
家に帰れば家族は彼女のために精の薬を買い与えるだろう。
斉田本人と同様、気難しそうな家族だが、それくらいはするはずだ。
だが
「……なぜか帰ろうとしないんだ。理由は分からないけど」
俺は首を横に振りながら答える。
そう、斉田はなぜか自分の家に帰ろうとしない。
初めて俺の家に来た時もなぜか「帰りたくない」と言っていた。
あれ以降、何度か俺は家に帰ってゴーストになったことを家族に言うように説得してみたのだが、彼女は曖昧な返事をするだけで、帰る様子は見せない。
そして今日の通夜も行こうとしなかった。
かと言って、家に引き篭っていたいというわけでもない。
何度かふわふわと外に散歩にも行ったようだ。
「……まぁ、仕方ない気がしなくもないけどね……」
「……えっ?」
村野が漏らした意外な言葉に俺は耳を立てた。
「村野、何か知っているのか?」
「……知らないわけじゃないけど、はっきりした情報じゃないし、私も確信が持てないし……」
「でも、教えてくれると助かる……」
「今、あなたが知るべきことじゃないわ」
かすかに顔をしかめて村野は言った。
その言い方は有無を言わせぬものがあり、俺はそれ以上追求するのは止めた。
「必要な時が来たら教えるわ。さて!」
強引に彼女は話を打ち切って立ち上がった。
手にもっていた空き缶をゴミ箱に放り込む。
「まぁ、急なことで佐々木君も驚いているでしょう。何かあったら私に相談しなさい」
てっきり弄り倒されるだけだと思っていた俺は村野を見上げたまま目を瞬かせた。
そんな俺に村野は笑いかける。
「一人で抱え込むのは大変でしょう? かと言って、史織はあまり自分がゴーストになったことは広められたくないんでしょう?」
「今のところはそうみたいだね」
俺も自分のところにゴーストの史織が転がり込んできたことをクラスメイトは愚か、家族にも言っていない。
今のところ、史織がゴーストになったことを知っているのは本人の史織と、転がり込まれた俺、そして……
「私も史織が魔物になったって事に気づいた以上、何も知らないフリはできないからね」
この村野と3人だけだ。
「だから、あなたも何かあったら私に相談しなさい。史織にもそう言っておいて」
「……ありがとう」
「どういたしまして。じゃ、早く戻らないと失礼だから、戻ろう?」
そう言って彼女は通夜の会場に戻っていく。
俺も、これからまた催眠お経を聞かされるのかとうんざりしながらついていった。
「……という訳でだ」
その夜、家に戻った俺は斉田に今日のことを話した。
「村野にはお前のことを教えた。お前も何かあったら村野に相談するといい」
やはり他の人に自分がゴーストになったことを知られたくなかったか、少し渋い顔を斉田はしていたが
「まぁ、サキュバスじゃ気づかれても仕方がないか。分かった」
と頷いた。
ちなみにその横にはDVDのケースが散らばっている……全て今朝、斉田のために借りたAVだ。
やはり俺が通夜に行っている間、ずっとそれを見ていたらしい。
俺が帰ってきたとき
「おかえり。遅かったわね。もう2週目に入っているわよ」
なんて言っていた。
通夜に行くことを頑として拒否し、親に自分がゴーストになって生きていることを報告もせず……そして、俺がお坊さんの催眠音波に苦しんでいる間、こいつは何をしていたんだ、まったく……
「さて、話はこれくらいにして……」
ボヤキは自分の心の中にしまうことにし、俺はそれを振り払うかのように、そして話題を打ち切るように声を上げた。
「早く寝ろ。明日は東帝大学の合格発表だろう?」
「あっ、そうだったわね」
「そうだったって、お前……」
まるでさっきまで忘れていたかのような言い方に俺は脱力する。
いや、AVに夢中になっていて、本当に忘れていたのかもしれない。
『かと言ってその言い方はないだろう……』
明日の合格が気になって気になって仕方がないというのが普通だと思う。
つい数日前に俺もその気持ちを味わった。
それなのに斉田は明日が合格発表だったことを忘れているかのような口調だ。
『神経が太いのか、魔物娘ってそんなものなのか……』
部屋の電気を切り、布団に潜り込んで俺はそんなことを考えながら、眠りに就こうとした。
……さっさと寝るつもりだったのに、斉田に今日のAVの内容を絡めた妄想を流し込まれ、また自慰を強要されて精を三回も絞られた。
『……クソッ』
お坊さんの間延びしたお経を読む声に、俺の意識が遠くなる。
眠い。
とてつもなく眠い。
つまらない先生の授業よりはるかに眠い。
某ゲームで僧侶が催眠魔法を覚えるのは、これに基づいているのではないかと思うくらい眠くなれる。
お経は宗派にもよるが、亡くなった人へのお別れ、そして仏に死者を極楽へ導いて欲しいという祈り、という意味で唱えられるらしい。
本当かどうか、死者に確かめてみたい。
とりあえず、お経をあげられている斉田本人に訊ねてみたい。
その斉田は俺の部屋でAVを見ている。
それを考えると、このお経がありがたいものにはとても聞こえない。
ただの催眠音波だ。
今日は斉田の通夜と言うことで、斉田の家に俺はいる。
斉田の家は広く、通夜の会場も詰めれば結構な人数は入るのではないかと思われた。
しかし、通夜の会場に学校の生徒は数えるほどしかいない。
みんな受験で忙しいというのもあるが、斉田にそこまで親しい人がいなかったのも大きいと思われる。
会場にいるのはほとんど、見たことのないおっさんやおばさんだ。
おそらく、斉田の両親の関係者なのだろう。
『そう言えば、斉田の家の人を見るのも初めてだな……』
暇つぶしに俺は斉田の家族の方に視線を転じてみる。
どうやら、斉田は4人家族だったようだ。
いや、実際はゴーストとして生きているから過去形にするべきではないのか?
こういうことを考えるとき、斉田のゴーストという立場は実にややこしい。
それはともかく、斉田は4人家族だった。
父と母と、妹と、そして今はゴーストの本人と……
父親はいかにも真面目で厳しそう、悪く言えば融通の効かなそうな印象があった。
印象だけで言えば同じく生真面目でガリ勉で融通の効かない斉田に似ている。
けれども同じ真面目でも、少し違うところも多く見られ、斉田に似ているかというと、そうでもない気がした。
見た目も似ていないように見える。
父親は手入れが行き届いているスーツを身にまとい、髪やヒゲもきちんと整えられていた。髪がボサボサだった斉田と比べると、そういう細かいところに気が配れている。
しかし真面目そうな印象があるのだが、今が通夜ということを差し引いても不愉快そうにへの字に曲がっている口や四角い顔が、やけに固くて怖い印象を出していた。
軟弱者は絶対に許さず、認めず、排除する……そんな、キツい厳しさが印象的だ。
一方、母親は見たとき、正直驚いた。
パッと見、とても若くて美人だ。
いや、実際俺たちの年代の母親としては、かなり若いだろう。
40才に行っていないようにも見える。
だが、美人でも仲良くしたいと思える印象ではなかった。
口をきいていないのでなんとも言えないが、なんかしゃべりだしたらキンキンとやかましい感じがする。
通夜ということで控えめにされているが、華美な化粧やしわのある喪服がその印象を強めていた。
しわのある服は斉田のだらしなさと少し似ているかもしれない。
そして妹と思われる人物は……どちらかというと、父親似の印象があった。
父のように口をへの字に曲げたりはしていないが、制服を乱すことなく着ており、髪も姉と違ってちゃんと手入れされている模様だ。
そう言う清潔感が父親に近い印象があった。
『あの制服は……鈴岡中学校だな』
俺が彼女を斉田の「妹」と言える理由は、制服から判断したからだ。
私立鈴岡中学校はかなり上級な進学校だ。
お嬢様が多いのだが、実力も持った生徒が多いのが特徴らしい。
そのせいだろうか?
だが、どこかすましているというか、ツンとしている、生意気そうにも見える。
軟弱者を認めない父と同様、自分より格下の人間を見下す……そんな印象もあった。
厳しくて固そうな父、少しだらしなく口やかましそうな母、生意気そうな妹……
『なんか……ちょっと息苦しそうな家庭だな……』
通夜という重苦しい雰囲気ということもあったのかもしれないけどそれが、俺が斉田家に抱いた印象だった。
『……きくん……さき君……佐々木君……』
突然、脳内に声が響いた。
とうとう夢の中に行ってしまったかと思ったが、どうやら誰かが念話で俺に話しかけているみたいだ。
念話とは、魔物たちが使う魔術のひとつで、術者が対象者の心に直接話しかけて会話する魔法だ。
ある意味、斉田の、ゴーストの妄想を流し込む技を応用したもの、と言える。
斉田も短い時間であれば念話を使えるが、今俺に話しかけているのは斉田ではないようだ。
彼女は俺の部屋でAVを見ているわけだし。
話しかけているのは……
『聞こえる? 私よ、村野よ』
『お前か……』
村野 美穂……俺や斉田のクラスメイトで、サキュバスだ。
そう言えば彼女は推薦入試でさっさと合格したため、今日通夜に来ることができた。
だが、いつの間にか中座していたようだ。
『ちょっと話があるんだけど、自販機のところまで来てもらっていい?』
『あのベンチのあるところだな、了解』
俺は礼を一つして、その場を後にした。
村野の話が気になるが、少なくともお坊さんの催眠お経から逃げられたのは嬉しかった。
村野はもう既に約束の場所で待っていた。
「これ、奢り!」
そう言って俺に何か缶を放ってくる。
キャッチして見てみると、それはホルスタウルスのミルク入りカフェ・オ・レ……つまり、精力増強作用もある飲み物だった。
『な!?』
まさか、斉田のことを感づいていて、これを渡したのだろうか?
勘ぐりすぎかもしれないが、女のカンというものはそのくらい鋭いことを俺は身をもって知っている。
「サンキュー」
とりあえず平静を装って村野の隣に座り、貰ったカフェ・オ・レを開けて飲む。
「さて、単刀直入に聞くけど……史織はどうしたの?」
「……なんのことかな?」
感づかれている覚悟をしていたため、俺は口に含んでいたカフェ・オ・レを吹くことなく、飲んでから返事をすることができた。
でも、すぐに斉田のことは触れない。
斉田は自分がゴーストになったことをあまり広められたくないようだ。
なんとなくだが、これまでの言動を見るとそんな気がする。
俺もあまり厄介事を抱えたことを人に知られたくない。
だが……
「私は淫魔だからね……魔物の魔力とか匂いとかには敏感なの」
やはり誤魔化せないようだ。
「で? 史織はどうしたの?」
「……俺のところに、ゴーストとなっているよ」
隠しても無駄だと悟り、俺は素直に打ち明けた。
やっぱりねぇと村野は頷きながら持っている飲み物を煽る。
ホットココアのようだ。
「で、シたの?」
「はぁ!?」
「いや、だからセックスしたの?」
「何を急に言い出すんだ、お前はっ!?」
あまりの急な話のふりに俺は驚くしかない。
そんな俺に村野は、私はエッチな魔物娘だから、と悪びれた様子もなく返してきた。
「それに、魔物娘にとって精は大事なものだからね……それで?」
「シてないよ」
「本当? 薬でもいいから精を摂取しないと大変よ?」
「いや、俺の夢精や自慰で何回か摂取しているはずだから大丈夫なはず……ってなんてことを言わせているんだ!?」
「あら? 強制はしなかったのに詳しい内容を言ったのはあなたよ?」
ケラケラと村野は笑い、俺は自分の馬鹿正直さにうなだれた。
「時間がないわ。詳しいエロ話はまた今度にするとして」
ココアを飲み干し、村野は真面目な声を出した。
「実際のところ、なんで佐々木君のところに来たの? 精を得るだけなら、普通に家に戻ってもいいはずなのに……」
確かにそうだ。
家に帰れば家族は彼女のために精の薬を買い与えるだろう。
斉田本人と同様、気難しそうな家族だが、それくらいはするはずだ。
だが
「……なぜか帰ろうとしないんだ。理由は分からないけど」
俺は首を横に振りながら答える。
そう、斉田はなぜか自分の家に帰ろうとしない。
初めて俺の家に来た時もなぜか「帰りたくない」と言っていた。
あれ以降、何度か俺は家に帰ってゴーストになったことを家族に言うように説得してみたのだが、彼女は曖昧な返事をするだけで、帰る様子は見せない。
そして今日の通夜も行こうとしなかった。
かと言って、家に引き篭っていたいというわけでもない。
何度かふわふわと外に散歩にも行ったようだ。
「……まぁ、仕方ない気がしなくもないけどね……」
「……えっ?」
村野が漏らした意外な言葉に俺は耳を立てた。
「村野、何か知っているのか?」
「……知らないわけじゃないけど、はっきりした情報じゃないし、私も確信が持てないし……」
「でも、教えてくれると助かる……」
「今、あなたが知るべきことじゃないわ」
かすかに顔をしかめて村野は言った。
その言い方は有無を言わせぬものがあり、俺はそれ以上追求するのは止めた。
「必要な時が来たら教えるわ。さて!」
強引に彼女は話を打ち切って立ち上がった。
手にもっていた空き缶をゴミ箱に放り込む。
「まぁ、急なことで佐々木君も驚いているでしょう。何かあったら私に相談しなさい」
てっきり弄り倒されるだけだと思っていた俺は村野を見上げたまま目を瞬かせた。
そんな俺に村野は笑いかける。
「一人で抱え込むのは大変でしょう? かと言って、史織はあまり自分がゴーストになったことは広められたくないんでしょう?」
「今のところはそうみたいだね」
俺も自分のところにゴーストの史織が転がり込んできたことをクラスメイトは愚か、家族にも言っていない。
今のところ、史織がゴーストになったことを知っているのは本人の史織と、転がり込まれた俺、そして……
「私も史織が魔物になったって事に気づいた以上、何も知らないフリはできないからね」
この村野と3人だけだ。
「だから、あなたも何かあったら私に相談しなさい。史織にもそう言っておいて」
「……ありがとう」
「どういたしまして。じゃ、早く戻らないと失礼だから、戻ろう?」
そう言って彼女は通夜の会場に戻っていく。
俺も、これからまた催眠お経を聞かされるのかとうんざりしながらついていった。
「……という訳でだ」
その夜、家に戻った俺は斉田に今日のことを話した。
「村野にはお前のことを教えた。お前も何かあったら村野に相談するといい」
やはり他の人に自分がゴーストになったことを知られたくなかったか、少し渋い顔を斉田はしていたが
「まぁ、サキュバスじゃ気づかれても仕方がないか。分かった」
と頷いた。
ちなみにその横にはDVDのケースが散らばっている……全て今朝、斉田のために借りたAVだ。
やはり俺が通夜に行っている間、ずっとそれを見ていたらしい。
俺が帰ってきたとき
「おかえり。遅かったわね。もう2週目に入っているわよ」
なんて言っていた。
通夜に行くことを頑として拒否し、親に自分がゴーストになって生きていることを報告もせず……そして、俺がお坊さんの催眠音波に苦しんでいる間、こいつは何をしていたんだ、まったく……
「さて、話はこれくらいにして……」
ボヤキは自分の心の中にしまうことにし、俺はそれを振り払うかのように、そして話題を打ち切るように声を上げた。
「早く寝ろ。明日は東帝大学の合格発表だろう?」
「あっ、そうだったわね」
「そうだったって、お前……」
まるでさっきまで忘れていたかのような言い方に俺は脱力する。
いや、AVに夢中になっていて、本当に忘れていたのかもしれない。
『かと言ってその言い方はないだろう……』
明日の合格が気になって気になって仕方がないというのが普通だと思う。
つい数日前に俺もその気持ちを味わった。
それなのに斉田は明日が合格発表だったことを忘れているかのような口調だ。
『神経が太いのか、魔物娘ってそんなものなのか……』
部屋の電気を切り、布団に潜り込んで俺はそんなことを考えながら、眠りに就こうとした。
……さっさと寝るつもりだったのに、斉田に今日のAVの内容を絡めた妄想を流し込まれ、また自慰を強要されて精を三回も絞られた。
12/02/27 19:59更新 / 三鯖アキラ(旧:沈黙の天使)
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