Y Risoluto ~折れない葦~
窓から差し込む光に俺は目を覚ました。自分のではないベッドの上で。隣には青肌の堕天使が寝ていた。ルイだ。
ふたりともパジャマや学校の制服とかは愚か、下着も着ていない。それらはベッドの周りに脱ぎ散らかされている。
今の状況を理解すると同時に自分の昨日の行動を思い出す。学園祭でバンドでルイといっしょに演奏して、ルイの家に招かれて二人でセッションして、そのまま……その身体に、太陽のようなみんなの憧れの存在に、俺は……
ルイも起きたようだ。顔を赤らめて俺の方を見ている。
「のぶくん、おはよう……」
「おはよう……」
恥ずかしそうにあいさつし合う俺達。昨日のことを思い出してふたりとも頬を赤らめる。が同時に、もう一度朝から互いに楽しみ合いたい気持ちが出てきてしまう。
本当にそうしても良かったのだが、お腹が鳴ったので起きることにした。さすがに裸はまずいので俺は制服を着てリビングに行く。ルイもパジャマを羽織る。
リビングではルイの母親が朝食の準備をしていた。彼女は俺たちを見て……ニヤニヤしていた。俺は顔を赤くした。そこにさらに父親の秋月鷹也さんも現れる。
「おはよう、楠本くん! 昨日の演奏は素晴らしかったぞ! はっはっは!」
わざとらしいほどの大きな声と笑い。子どものころに数えるほどだけど会ったことがあり、テレビに出ているのを見たことがあるが、本当はそんな竹を割ったような人ではない。空元気だ。
「あ、ありがとうございます……」
俺がそう感じた理由はその態度だけではない。父親の頬には涙の筋があったからだ。と言うより目が泣き腫らした目だ。そして少しやつれているように見える。恐る恐るルイも声をかける。
「えーっと、パパ? 泣いてる?」
「……これは涙ではない、これはクレッシェンドの果てだ」
「……何言ってるの?」
心配していた調子から一転、呆れたように言う娘のルイ。その親子のやり取りに俺は思わず笑ってしまう。
「では楠本くん! 娘をよろしくな! はっはっは! では私は海にでも行って演奏してこようかな! はっはっは!」
そう言って泣き腫らした目のまま、鷹也さんはトランペットのケースを持って出ていく。それを俺とルイは呆然と見送った。
「大丈夫よ。娘が大人の女になってちょっと寂しいだけよ」
「ママったら!」
バチンと音が立つくらい、母親の肩を叩くルイ。ニヤニヤ笑いを崩さないルイの母親のエルザさん。その肌はつややかだ。もしかして俺らが部屋でしていたことを察して、夫を襲っていたのかもしれない。涙は俺が原因として、やつれているのはエルザさんが原因だったのでは……
「ルイ、ちょっとママは楠本くんに用があるからシャワーを浴びてきなさい」
戸惑うルイに、悪いようにはしないから、と笑うエルザさん。まあ、魔物娘の母親ならそんなに心配することはないだろう、と考えたらしいルイは、それでも一緒にお風呂入りたかったのに、と少し文句をいいながら風呂場に向かった。
リビングに残る俺とルイの母親。エルザさんは俺の顔を見てにっこりと笑って頷いた。
「いい顔になったね、のぶくん。前はルイの横にいると逃げ出したくなるような、頼りなさそうな情けない顔だったけど、しっかりとした顔になったじゃない」
「……そんなことないですよ。ついこの間までは惨めだと思っていましたし、この先もそう思うかもしれない」
「けど、もう心が折れることはないでしょう。ふふ……サックスとかに使われるリードの材料、葦はね、頼りなく揺れるけど大木をも折る風にも折れない強さがあるのよ」
歌うように言うエルザさん。自分はそんなに強い人間だろうか、と不安になるが、それでも恋人の母親に認められたのは、嬉しかった。
「改めてのぶくん。うちの子と仲良くしてくれてありがとうね。みんながルイ=トランペットと思う中、ルイにサックスを託してくれて」
「いえ……別に……」
「私はね、別にルイはトランペットじゃなくて他の楽器をやっていいと思うし、別にプロにならなくたっていいと思っている。でも周囲の期待に縛られてた……それをあなたは助けてくれたのよ」
ありがとうね。ともう一度、エルザさんはお礼を言った。そんな助けるとか言う意図がなかった俺はくすぐったくて縮こまるばかりだ。
あの時、ルイのサックスを聞いて、のびのびとしていい音だった、もっと聞いてみたいと思ったから頼んだだけだ。そう言うとエルザさんは「いい耳しているよ」と笑ってくれた。
そうだ、サックスと言えば少し気になることがあった。ルイは本当にいろんな楽器ができる。でも……
「なんであの時サックスを吹いていたんですか? 他の楽器だとサックスをやることが多いんですか?」
「……このあたりはまだまだね。なんでルイはトランペットの次にサックスをやることが多いか。簡単よ。あなたがサックスをやっていたからよ」
え? と驚く俺にエルザさんは笑って続ける。
「恋する乙女は好きな人の好きなものをしたがるものよ。ま、ルイが本当にやりたいことは他にあったんだけどね」
「え、何なんですか、それは?」
「ふふ、ルイが本当にしたかったことはね……」
エルザさんの笑いがいたずらっぽいものに変わる。
「サックスじゃなくてあなたとのセックスだったのよ!」
「ちょっとママ〜?」
いつの間にかシャワーから上がってバスタオル一枚のルイがそこに立っていた。母親のくだらない下ネタの冗談に、恥ずかしさと怒りでおかしな表情をしている。
終焉のラッパが秋月家に響いた。
ふたりともパジャマや学校の制服とかは愚か、下着も着ていない。それらはベッドの周りに脱ぎ散らかされている。
今の状況を理解すると同時に自分の昨日の行動を思い出す。学園祭でバンドでルイといっしょに演奏して、ルイの家に招かれて二人でセッションして、そのまま……その身体に、太陽のようなみんなの憧れの存在に、俺は……
ルイも起きたようだ。顔を赤らめて俺の方を見ている。
「のぶくん、おはよう……」
「おはよう……」
恥ずかしそうにあいさつし合う俺達。昨日のことを思い出してふたりとも頬を赤らめる。が同時に、もう一度朝から互いに楽しみ合いたい気持ちが出てきてしまう。
本当にそうしても良かったのだが、お腹が鳴ったので起きることにした。さすがに裸はまずいので俺は制服を着てリビングに行く。ルイもパジャマを羽織る。
リビングではルイの母親が朝食の準備をしていた。彼女は俺たちを見て……ニヤニヤしていた。俺は顔を赤くした。そこにさらに父親の秋月鷹也さんも現れる。
「おはよう、楠本くん! 昨日の演奏は素晴らしかったぞ! はっはっは!」
わざとらしいほどの大きな声と笑い。子どものころに数えるほどだけど会ったことがあり、テレビに出ているのを見たことがあるが、本当はそんな竹を割ったような人ではない。空元気だ。
「あ、ありがとうございます……」
俺がそう感じた理由はその態度だけではない。父親の頬には涙の筋があったからだ。と言うより目が泣き腫らした目だ。そして少しやつれているように見える。恐る恐るルイも声をかける。
「えーっと、パパ? 泣いてる?」
「……これは涙ではない、これはクレッシェンドの果てだ」
「……何言ってるの?」
心配していた調子から一転、呆れたように言う娘のルイ。その親子のやり取りに俺は思わず笑ってしまう。
「では楠本くん! 娘をよろしくな! はっはっは! では私は海にでも行って演奏してこようかな! はっはっは!」
そう言って泣き腫らした目のまま、鷹也さんはトランペットのケースを持って出ていく。それを俺とルイは呆然と見送った。
「大丈夫よ。娘が大人の女になってちょっと寂しいだけよ」
「ママったら!」
バチンと音が立つくらい、母親の肩を叩くルイ。ニヤニヤ笑いを崩さないルイの母親のエルザさん。その肌はつややかだ。もしかして俺らが部屋でしていたことを察して、夫を襲っていたのかもしれない。涙は俺が原因として、やつれているのはエルザさんが原因だったのでは……
「ルイ、ちょっとママは楠本くんに用があるからシャワーを浴びてきなさい」
戸惑うルイに、悪いようにはしないから、と笑うエルザさん。まあ、魔物娘の母親ならそんなに心配することはないだろう、と考えたらしいルイは、それでも一緒にお風呂入りたかったのに、と少し文句をいいながら風呂場に向かった。
リビングに残る俺とルイの母親。エルザさんは俺の顔を見てにっこりと笑って頷いた。
「いい顔になったね、のぶくん。前はルイの横にいると逃げ出したくなるような、頼りなさそうな情けない顔だったけど、しっかりとした顔になったじゃない」
「……そんなことないですよ。ついこの間までは惨めだと思っていましたし、この先もそう思うかもしれない」
「けど、もう心が折れることはないでしょう。ふふ……サックスとかに使われるリードの材料、葦はね、頼りなく揺れるけど大木をも折る風にも折れない強さがあるのよ」
歌うように言うエルザさん。自分はそんなに強い人間だろうか、と不安になるが、それでも恋人の母親に認められたのは、嬉しかった。
「改めてのぶくん。うちの子と仲良くしてくれてありがとうね。みんながルイ=トランペットと思う中、ルイにサックスを託してくれて」
「いえ……別に……」
「私はね、別にルイはトランペットじゃなくて他の楽器をやっていいと思うし、別にプロにならなくたっていいと思っている。でも周囲の期待に縛られてた……それをあなたは助けてくれたのよ」
ありがとうね。ともう一度、エルザさんはお礼を言った。そんな助けるとか言う意図がなかった俺はくすぐったくて縮こまるばかりだ。
あの時、ルイのサックスを聞いて、のびのびとしていい音だった、もっと聞いてみたいと思ったから頼んだだけだ。そう言うとエルザさんは「いい耳しているよ」と笑ってくれた。
そうだ、サックスと言えば少し気になることがあった。ルイは本当にいろんな楽器ができる。でも……
「なんであの時サックスを吹いていたんですか? 他の楽器だとサックスをやることが多いんですか?」
「……このあたりはまだまだね。なんでルイはトランペットの次にサックスをやることが多いか。簡単よ。あなたがサックスをやっていたからよ」
え? と驚く俺にエルザさんは笑って続ける。
「恋する乙女は好きな人の好きなものをしたがるものよ。ま、ルイが本当にやりたいことは他にあったんだけどね」
「え、何なんですか、それは?」
「ふふ、ルイが本当にしたかったことはね……」
エルザさんの笑いがいたずらっぽいものに変わる。
「サックスじゃなくてあなたとのセックスだったのよ!」
「ちょっとママ〜?」
いつの間にかシャワーから上がってバスタオル一枚のルイがそこに立っていた。母親のくだらない下ネタの冗談に、恥ずかしさと怒りでおかしな表情をしている。
終焉のラッパが秋月家に響いた。
25/06/12 22:00更新 / 三鯖アキラ(旧:沈黙の天使)
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