連載小説
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W Da capo ~俺が楽器を奏でる理由~
 あのときの俺とルイのわだかまりも消えてから合奏はスムーズに行き、いよいよ本番の学園祭になった。
 俺達の演奏は大盛況だった。ルイが参加するだけでも驚きだったのに、加えて演奏した楽器がサックスという意外性にみんな驚いたようだ。しかしその意外性だけでなくてもちろん実力もちゃんとある。だがそれもルイのソロプレイというわけではなく、俺達がちゃんと一緒に合奏できているという力も見せたのは大きかった。本当に大成功に終わった。
 ちなみに吹奏楽部に関しての問題も今はなんとかなっている。話は顧問にまで行ったようだが、コンクールの時期ならともかく学園祭に関しては別にかけもちはいいだろうという姿勢らしい。
 こうして急遽ルイが助っ人として参加したニッコリッコの学園祭での演奏は大成功に終わったのであった。
 お疲れ様会を近所のファミレスで行い、二次会はカラオケ……と言いたいところだが、魔物娘が、打ち上げという盛り上がることをやったら我慢できるはずがない。ましてや、アルプの湊とリーダーの陽介は付き合っているんだから。一次会が解散になったら二人は帰ってしまった。
 そうなってしまったので、俺達も帰ることにした。まだ夜遅くってほどでもないけど、暗いので、ルイを家まで送ることにする。
 ルイの家は俺が子どものときにあったところと何も変わっていなかった。まあ、そうだろう。家で親やルイが楽器を演奏するときのために防音室とかがいろいろあるのだから。おいそれと引っ越しとかはしないだろう。別荘を新しく作ることはあっても。ちなみに楠本家は10年くらい前に電車で少し離れたところに引っ越した。
「どうしようかな……」
 歩きながらルイがポツリと呟いた。
「……吹奏楽部のことか」
「うん。もういっそやめちゃおっかなぁ♪」
「おいおいマジかよ」
 ルイの将来のことは聞いていないが、音大に進んでトランペットで飯を食っていくというなら、軽音楽部より「吹奏楽部に所属してコンクールで賞をとった」の方が箔が付く。吹奏楽部としても学園祭ではともかくコンクールでは金管のリーダーであるルイの力が欲しいだろう。
 ルイがニッコリッコにいてくれることは嬉しいが、それはルイの将来のためにならないのではないだろうか? 軽音を甘く見るつもりは、軽音に所属している人間としては毛頭ないのだけれども、そうでないのが世の中だというのも分かってしまうのが俺らのお年頃だ。
「親御さんはなんて言うよ?」
 たまたま休みだったのだろう。俺達の演奏を、世界的に有名なトランペッター、秋月鷹也(あきづきたかや)……つまりルイの父親と、ルイの母親の秋月エリザが見に来ていた。緊張しなかったわけじゃないけど、でもその二人を前にしても俺達は楽しく演奏ができた。
「んー? パパは『プロなら他の楽器にも精通しろ。片手間の楽器で本業の精度が落ちるようなら、所詮その程度の奏者だ』って」
 うわ、親父さん厳しいな……アンブシュアアンブシュア叫んでた武田が聞いたら発狂するかもしれない。
 そんな厳しい親父さんが自分の楽器の腕で築いた家が見えてきた。周囲の家より頭一つ高いからすぐ分かる。
「ママも『別に好きにしたらー? そもそもプロにならなくたっていいんだしー』とか言っていたよ」
 なるほど、それも確かに大事な意見だ。ルイのサックスを聞いた今ならわかる。ルイのお母さんは、ルイ=トランペットとなる構図の危険性を前々から気にしていたのかもしれない。
 このあたりでルイの家の前についた。明日は、学園祭があったから、学校自体が振替休日だ。次に会うのは火曜日……けど学園祭明けだから俺らももうちょっとのんびりして、木曜日が次の練習日だ。
 それじゃあ、また。と帰ろうとしたとき、ルイが呼び止めた。
「ねえ、のぶくん。久しぶりにバンドの練習とか以外でゆっくり話せたんだし、上がって、もうちょっと話していかない?」


 帰りが遅くなるが、ルイが母親に言って、その母親が俺の親に言って、話がついた。俺のおふくろは手土産もなしに家にお邪魔することを恐縮していた。
「なんだったら泊まっていってもいいからね」
 と久しぶりに会ったルイのお母さんはにこやかに笑って言った。
 夕飯はすでにファミレスでみんなで食べたから、俺はそうそうにルイの部屋に招かれる。そう言えば、中学生以降になってから、ルイの部屋にあがったことがなかったから、久しぶりだ。
 部屋のつくりはほとんど変わっていなかったが、ポスターとかそのあたりは子どもっぽいものから、有名なトランペット奏者や他のプロの演奏家のものになっている。秋月鷹也のポスターがないのは、まあ思春期というものだろう。俺だってルイの立場なら貼りたくない。
 あと気付いたことと言えば、部屋にはトランペットと、アルトサックスと、そしてバイオリンが置かれていた。
「この部屋にはないけど、家には他にもいろんな楽器あるよ」
「はあ……本当にいろんな楽器やるんだな……」
「まぁね。だからサックスも吹けたの」
 腰に手を当てて軽く胸を張るルイ。
「だからね、私=トランペット、ってのぶくんが決めつけないでくれたのはすごく嬉しかったの」
「いや、まあ……」
 そんな高尚なものはなく、ただたんにルイのサックスがのびのびしているように感じただけだったのだけど。
「ま、トランペットもいいんだけどね。だからさのぶくん。二次会のカラオケ代わりに一曲一緒に吹いてみない?」
「ちょ、いきなり!? 練習も何もしてないぞ!?」
「大丈夫、吹けるよ。"おひさまマーチ"だもん」
 懐かしいタイトルだ。当時5歳くらいの俺とルイはこの子ども向けの曲、"おひさまマーチ"をよく子ども用のラッパで吹いていたのであった。
 俺達はそれぞれのトランペットを取り出した。ちなみにルイの部屋も防音がされている。さすが音楽家の家である。
 目の合図だけで、俺達はセッションを始めた。
 マーチなのだから当たり前なのだが、まるで二人でマーチで行進しているかのように楽しかった。あのときはプラスチックのラッパだったが、今度は本物のトランペットだからか、よりその行進感がある。
 二人の音色は合わさりながら部屋の中に響いた。拍手なき二人のセッション。だけれども俺達は幸せだった。
「やっぱり一緒に吹くのって楽しいね」
「ああ」
 曲が終わってルイはニッコリと笑って言った。その笑顔に俺も笑って返事をする。
 そして……ああ、思い出した……人といっしょに演奏をする楽しさってのは確かに思い出した。でも、それだけじゃない。人と一緒に演奏する楽しさは、湊や陽介との演奏でも楽しかったんだから。
 もう一つ思い出した。それは……
「ねえ、のぶくん……」
 トランペットの手入れを終えたルイが不意に、真剣な調子で切り出した。
「あの時、私言ったじゃん? 『誰かと一緒に演奏して気持ちよくなりたいから楽器をやっている』って」
「言ったね」
 武田に向かって揺るぎない声で言ったこと、そしてあの時涙ながらに言ったことは忘れない。さらにその後に「私といっしょに演奏するのが惨めとか、やめてよ」と言われたのは本当に心に来た。
「でもね、その『誰か』って誰でも良いわけじゃないの。のぶくんが良いの。のぶくんとしたいの」
「……え?」
 話の雰囲気が変わってきた。
「それは俺が、ルイ=トランペットと決めつけなかったから?」
「うぅん。それはきっかけみたいなもの。ずっとずっと、私はのぶくんとセッションしたかったの。途中でのぶくんが引っ越して小中学校が離れちゃったり、のぶくんがトランペットを避けちゃったり、私が吹奏楽部で忙しくてなかなかできなかったけど……私はのぶくんとセッションしたかったの」
 俺との二人で合奏したい気持ちをアピールするルイ。でも、それがただ単に、演奏のパートナーとして俺を求めているというだけではないことは、雰囲気で分かる。
「うぅん……セッションだけじゃない。私はのぶくんと一緒にいたいの。ずっとずっとそう思っていた」
 そういうルイはいつの間にか俺に体を寄せ、手を握っていた。もう疑いようがない。魔物娘でアルプの湊が陽介を求めたように、魔物娘でサルピンクスのルイは俺を求めている。
「それとも、のぶくんは嫌? やっぱり……」
 惨めな気持ちになるのか、とルイの表情がまた悲しそうなものになる。そう言えば俺はルイの、あの時の問に答えてなかった。
「なあ、ルイ……ルイは俺に訊ねたじゃん? どうして楽器をやろうと思ったのかって」
 うん、とルイは不安そうに返事をする。俺は続けた。
「確かに、誰かといっしょにセッションをするのは楽しいよ。でも、俺が楽器をやるのは、それだけじゃなかったんだよ。さっき、ルイとセッションして、ようやく思い出したんだ」
 俺が楽器を奏でる理由。それは……
「さっきみたいにルイが『楽しいね』と笑ってくれるのが見たかったからだよ」
「のぶくん……!」
 ルイは叫んで俺の胸に飛び込んできた。俺はそれを何も言わず受け止めた。でも言葉がないのは締まらないので、はっきりと言う。
「ルイが好きだ! セッションでもデートでもなんでもやるから一緒にいよう! 付き合ってくれ!」
「うん! 私ものぶくんが好き! 大好き!」
 ルイが俺を抱きしめ返してくる。しかもルイは腕だけでなく、背中の堕天使の翼も使って俺を包みこんできた。
 しばらく俺達は抱き合っていたが、それだけで我慢できるはずがない。ましてや、魔物娘のルイは。
 少しだけ顔を離した俺達は互いの目を見て……曲を始めたのと同じようにその目の合図だけで、目を閉じて顔を寄せた。普段は楽器を奏でている二人のくちびるが、つながった。
25/06/07 21:01更新 / 三鯖アキラ(旧:沈黙の天使)
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■作者メッセージ
Da capo:最初から

 そんなわけで第4章、告白シーン! いつ書いてもエロシーンより気恥ずかしくなっちゃいますね。主人公の信也の気持ち……なぜ楽器を続けるかは直前まで「楽しいから」と月並みになっていたのですが、直前で思いついてこの形になりました。やれやれ、よかった。
 そんなわけで次回はエロシーンです! 皆様もうすこしおまちください。

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