連載小説
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T Vivace ~新たな仲間~
 俺達は愛の宮北高校の軽音楽部でポップ・ジャズ系バンドグループ、ニッコリッコだ。俺達のメンバーを紹介するぜ。
 トランペット担当の俺、楠本信也(くすもとのぶや)!
 ベースとコントラバス担当、アルプの折場湊(おりばみなと)!
 リーダーで、折場とデキているドラム担当、森高陽介(もりたかようすけ)!
 そしていきなりの脱退宣言、テナー・サックス担当の佐久間風太(さくまふうた)!
 以上!
 ……いや、それはとても困るぞ。
「マジかよ風太……」
「本当に申し訳ない。俺もマジで悔しいんだけど……」
 俯いて声を詰まらせる風太。俺達にも重苦しい空気が漂う。しかし仕方がない。親の転勤の都合で海外に行くのはいかんともしがたい。後日、お別れパーティーをするとして、目下、解決しなければならないことがある。抜けた風太の代わりのサックス担当に誰をスカウトするかだ。急がなければならない。なぜなら、学園祭まで一ヶ月ちょっと。それまでに見つけなければならない。見つけても練習時間も短い。
「……まあ最悪、サックスは俺ができるけどさあ……」
 俺はつぶやく。金管楽器のトランペットと、見かけによらず木管楽器に分類されるサックスは、演奏方法が違う楽器である(ちなみにトランペットはマウスピースに自分のくちびるを押し当てて自分のくちびるを震わせることで音を出す。サックスはリードという葦を加工した板のようなものを震わせて音を出す)。けど俺は、父親が昔ながらのジャズなどを楽しんでいて自分も触らせてもらったので、サックスは吹くことができる。楽器も持っている。というか、諸事情あってどちらかというとトランペットよりサックスの歴の方が長くて得意だ。まあ、佐久間がサックス担当で金管楽器はできないから俺がこのニッコリッコではトランペットをやっていたのだけど。
 けど、俺がサックスを担当したところで、解決にならない。今度はトランペットをする人を探さなければならなくなるだけだ。
 どっちにしても難しい。先程の通り俺達はポップ・ジャズのバンドだ。よくあるバンドならギター、ベース、キーボード、ドラム、という感じで人口も多く、助っ人を頼むのは難しくないのだが、俺達はそうはいかない。特に、トランペットとサックスは。
 いや、この楽器2つも決してマイナーというわけでは全然ない。探そうと思えば人だけならとっても簡単に見つかる。
「……やっぱり吹奏楽部(ブラバン)に頼むしかないかなぁ?」
 小首をかしげ、アルプになってから伸ばした黒髪を揺らしながら湊がため息をつく。彼……いや、彼女の言う通り。吹奏楽部にはサックス奏者もトランペット奏者もたくさんいる。奏者を探すだけならとても簡単だ。けれども概して『隠れた運動部』の異名を持つ吹奏楽部の連中は俺達エンジョイ勢と違ってガチ勢なことが多い。軽音楽部をチャラチャラしていると言って小馬鹿にする部員も少なくない。そんなお高い吹奏楽部の連中たちも学園祭のために練習があるのに、簡単に力を貸してくれるはずがない。
 ……けど、一人だけ俺にはアテがあった。そんな忙しくてガチ勢な吹奏楽部の中でも一番頼られている、天才トランペット奏者……
「秋月ルイ……」
「え!?」
 驚いたように目を可愛らしく見開く湊に俺は続ける。
「……あいつなら頼めるかもしれない。知らん仲じゃないし」
「いや『知らん仲じゃない』どころかお前ら幼馴染だろ」
 俺の答えに陽介はケラケラと笑う。
 秋月ルイ……俺の幼馴染で、同じ高校で、吹奏楽部所属でトランペット担当のサルピンクスだ。
 そもそもサルピンクスとは? サルピンクスとはアルプと同じように魔物娘で、天使族の一種だ。平和と音楽を愛してその音楽は安寧と幸福をもたらしてくれる可憐な存在と言われる一方、吹けば大災厄を呼び起こすラッパを奏でる恐ろしい存在とも言われている。もっとも、その災厄というのは魔物娘絡みなので、だいたい淫らな魔界化なのだが。
 そんな古からラッパを操っていた魔物娘の末裔であると同時に父親が世界的に有名なトランペット奏者というサラブレッドな彼女は、天才トランペット奏者の名を欲しいままにして愛の宮北高校の吹奏楽部で活躍していた。それを鼻にかけることなく、多くの人に慕われている。たまに妬んでいる人がいるけど。
 俺もそのうちの一人だ。いや、妬んでいるからといって陰湿なこととかはしないけど、ただ彼女の存在は子どもの頃から眩しすぎて、ちょっと近くに居づらかったのだ。だから俺はトランペットよりサックスを吹くことが多くかったのだ。分かっていないのか、ルイはいつも俺と遊びたがったり一緒に楽器をやりたがっていたけど。
 俺の気持ちはともかく、ルイに頼みやすいのは事実だ。ほとんどが話したことがない吹奏楽部員の中で一番話しやすいのがルイだし、彼女の実力なら俺達のバンド演奏に手を貸す余力はあるだろう。
「決まりだな」
 特に反対意見も何も起きなかったので、陽介が手を打ち合わせて話をまとめる。
 こうして俺は明日、秋月ルイに話しかけて、ニッコリッコの応援をお願いすることになったのであった。



 翌日の放課後。俺は3階の音楽室に向かっていた。ちなみに音楽室はTとUの2つある。Tは防音が効いている部屋、Uは効いていない予備の部屋だ。月水金曜日は吹奏楽部が音楽室Tで全体合奏をしたり、音楽室Uも使ってパート練習をしたりして、軽音楽部は火木曜日に音楽室TやUを使う。けれども軽音楽部は複数人のグループがいくつもあるので、全員が音楽室Tに入るのは難しい。他のバンドと音がかぶって不協和音を作り出す覚悟が必要だ。それが嫌なら近くのスタジオを使ってくれというのだ。これを決めた先生たちは、ちょっと俺達の扱いが不公平な気もする……
 今日は火曜日。軽音楽部の練習日だ。それなのに、音楽室Uの中からは伸びやかで甘いサックスの音が響いていた。サックスを演奏する軽音楽部は俺と風太の二人しかいない。風太は引っ越しの準備で放課後はいないから、つまりはサックスの吹奏楽部員が自主練習のためにいるということになる。上手いなぁと関心しながら俺は音楽室Uのドアをノックした。軽音楽部が使うから遠慮してもらいたいことを言うついでに、ルイのことを聞こうと思ったのだ。
 ノックした瞬間にぴたりとサックスの音が止んだ。ただ単に中断したというより、びっくりして慌てて止めた、という印象があった。何もそんなに驚かなくても、と苦笑いしながら俺は音楽室Uのドアを開けた。
 中を見て俺は驚いた。音楽室Uの中心には当然だが、さっきまでサックスを演奏していた人物がいた。
 絹を思わせるようなつややかなブラス(真鍮)の髪……前髪はぱっつんと切っていて、後ろは後頭部で束ねている。大きく見開いている目の瞳はエメラルドのような緑色。愛の宮北高校の女子制服に身を包んでいる。そのブラウスはパンパンに張り詰めていて、彼女の胸元に実っている果実が大きいことを物語っている。スクールベストは着ていない。それ故にブラウスの下が透けて見えるはずなのだが、ブラジャーのラインは見えない。 たまに、ガチの吹奏楽部女子は締め付けを嫌がってブラジャーをつけないのだが、彼女もその類のようだ。
 ブラウスの袖や臙脂色のスカートから伸びる四肢は人間離れして青い。そして背中からは落ち着いた木彫を思わせる茶色の翼が広がっていた。
 サルピンクスだ。そしてサルピンクスはこの高校には一人しかいない。
 その人物は……秋月ルイだったのだ。
「る、ルイ……?」
「え、あ、の、のぶくん……」
 手にアルトサックスを握ったまま、凍りついた表情のルイ。目的の人物に会えた俺としては話が早くて僥倖なのだが、それはそうとして、ルイがサックスを吹いていたのには驚いた。
 お互い驚きのあまり沈黙してしまう。先にその固まった時を動かしたのはルイだった。
「ち、違うの! ちょっと楽器が余っていたりして、吹いてみたいなぁと思ったりして……!」
 聞かれてもいないことをワタワタと言い訳めいて言うルイ。その声に俺も気をとりもどし、手を振った。
「いや、別になんでもいいよ。ってか、上手かったよ」
「……え?」
「音楽室の外にもちょっと聞こえてたからさ。滑らかな音で良かったよ」
「そ、そう……」
 まんざらでもなさそうに微笑むルイだが、それでも普段とは異なる楽器を演奏しているところを見られたのは恥ずかしかったのか、俯いてしまった。
 再び沈黙の帳が降りるが、それを破ったのはまたルイだった。
「それで? のぶくん音楽室に何か用?」
「用も何も今日は軽音の練習日だけど、それはそうとして実はさ……」
 俺は事情を説明した。自分たちのバンドでサックス奏者が抜けたこと、そこで自分がサックスを代わりに担当し、今回の学園祭でルイに自分たちのバンドにトランペットで参加して欲しいこと……
「え? 私でいいの!?」
「私でいいの、ってか……ルイがいたら百人力だよ。むしろいいのか? 吹奏楽部は大変だろうし、それに……」
「全然! 部活以外で演奏するのって新鮮で楽しそうだし!」
 にっこりと笑うルイ。サルピンクスは一応堕天使に分類されるが、その笑顔はまさに天使であった。こちらも釣られて笑顔になりそうなくらいだ。



「というわけで、よろしくお願いします!」
 数十分後、俺とルイがいる音楽室に、湊と陽介が合流した。最強の助っ人の参加に湊も陽介もテンションが上がっている。
「それじゃ、早速やろうと思っている曲なんだけど……」
 そう言って三曲の楽譜を取り出す。一曲目と三曲目は流行りの曲のジャズアレンジバージョン。二曲目は俺たちのオリジナル曲だ。陽介の作戦で、一曲目はみんなが知っている曲で気を引いて脚を止めて聞いてもらい、二曲目は自分たちをアピール、三曲目は盛り上がってもらって次のグループにバトンタッチ……という流れだ。陽介は音楽に真摯だが、こういう戦略を立てることにも余念がない。
 どれもいい曲そう! と笑い、さっそくさらってみる、とルイはトランペットを取り出して一曲目を吹き出した。ちょっと楽譜を見ただけで曲をマスターしていた。全体練習で俺達と合わせるという調整は必要だが、問題ないレベルだ。
「いやー、さすがだよ! これならばっちしだね!」
 手放しで褒める陽介。それに対して笑顔でありがとうと言うルイ。だが、その笑顔に俺はなんとなく違和感を覚えていた。何か、少し受け答えが機械的と言うか……
 いや、違和感は笑顔だけではない。実はさっき、トランペットで演奏もなんか違和感があるのだ。いや、演奏自体はほぼ完璧だ。なんどもルイの演奏は聞いているし、いつもどおりではある。だけどやっぱり完成されきった、よく言えば精巧なのだが……なんか、伸びやかじゃない。なんでだろう……さっきのサックスの音を聞くと何か引っかかってしまう。
 全体合わせ練習の打ち合わせを始めようとする陽介を止めて、俺は思いついたことを口にしていた。
「なあ、ルイ……サックスを吹いてみてくれないか?」
 場が凍りついた。
「え、信也くんいきなり何言ってるの?」
「秋月と言ったらトランペットだろ?」
 ありえないとばかりに訊ねる湊と陽介を気にする余裕はなかった。俺は自分のテナーサックスをルイに渡していた。 ……あとから思えば、自分が使っているマウスピースのまま渡したのはデリカシーがなさすぎたかもしれない。けどそのくらい、俺はルイのサックスの音を聞きたかった。さっき、扉越しに聞いたあの甘く伸びやかな音が脳裏から離れなかった。
 ためらいながらもルイは受け取った。そして吹く。伸びやかなロングトーン、滑らかな指使いでのスケール練習。
 そうしてからルイは一曲目のサックスパートを吹いた。その演奏に俺達は聞き入っていた。
「る、ルイちゃん……サックスもできたの?」
 演奏を終えた彼女に、驚いた様子の湊が訊ねる。口をぽかんと開けたままの陽介。恥ずかしそうに、実は……とはにかんで笑うルイ。そして俺は……
「ああ……」
 思わず俺は声を漏らしていた。トランペットの時とは全く違う。先程は扉越しだったが、生で聞くその音は、のびのびとしていて、感情豊かだった。
「なあ、俺はルイにサックスをやってもらった方がいいと思うんだけど、どうかな?」
「うーん……秋月と言ったらトランペットの方がいいと思うんだが……」
「うん、私も。けれども、今から信也くんがサックスにチェンジするのも大変だし……」
 俺の意見に、陽介も湊も渋い顔をする。戦略を考える陽介としては、トランペットに、天才と言われるルイをおいて目立たせるという算段もあるのだろう。
 だが結局、俺の意見が通った。悔しいが湊も言った「今から俺がサックスの楽譜をさらい直す」という負担が大きかったからだ。ただたんに吹けるのと、みんなで併せて練度を上げるのとは全く違う。その負担を、ルイなら無しにできると判断されたのだ。
「よーし! そんなわけで学園祭まで頑張るぞー!」
 陽介の号令とともに、急遽助っ人として秋月ルイを迎えたバント、ニッコリッコはこうしてメンバーが欠けて学園祭不参加の危機を乗り越えて、再発進したのであった。
25/06/05 22:03更新 / 三鯖アキラ(旧:沈黙の天使)
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■作者メッセージ
 Vivace:活発に、生き生きと

 ご無沙汰しております、三鯖アキラです。
 いつのまにか新魔物娘、サルピンクスが更新されていてびっくりしました。早速書こうと思ったら、自分が大学時代にトランペットとサックスの二重奏を部活の勧誘で披露してくれた先輩とかを思い出したり、他やりたいことがあったり、それからすでに図鑑世界のサルピンクスがすでに投稿されていたこともあって、今回、現代日本の高校を舞台に、軽音楽部と吹奏楽部を絡めたお話しを書かせていただきました。いかがだったでしょうか?

 エロシーンまでちょっと長くなりますが、砂糖を吐くような甘いイチャエロに持っていきますので、信じてお待ちいただければ幸いです。よろしくお願いします(と言いつつ、その引き立てのためにも次はちょっとビターです)。

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