前編
「けほっ、こほっ……」
「……辛いですか、ハンナ」
質素なベッドの上で、痩せた女性が咳をしていた。その横で白と青を基調にした僧服に身を包んだ男が跪いて声をかけている。女は男を見上げた。
「このくらいなんともありません、クレンメ神父様……けほっ、けほっ……」
答えるハンナの声は、内容とは裏腹に苦しそうだ。その横で男、クレンメ神父は苦り切った顔をしている。
「すまない……私がもっと癒やしの力を学んでいればこのような事……」
「いいのです、神父様……神父様は十分に学んでいます。神父様の書斎を幼き頃より見ている私が知っています」
病床のハンナは小さく笑って見せる。その笑顔は道端でしおれかけながらも咲いている花を思わせた。ハンナの言葉にクレンメは少しだけ慰められるが、本当に少しだけ。自分の回復魔法がハンナをほんの少ししか楽にすることができず、病気を根本的に治すことができないかのように。
「神父様……こんな時に暗い話をしていてはいけません。何か楽しい話をしましょう」
「楽しい話?」
「そうです。例えば、私の病気が治った後、何をするか……」
自身が苦しいと言うのに若きシスターは笑って神父を励まし続けようとする。彼女の気丈さに神父はますます小さくなる。とても楽しいことなど考えられない。だから、質問をする。
「ハンナは何をしたいですか?」
「私ですか? そうですね……この教会を神父様と一緒に出て、二人で色んな所を旅したいですね……」
「伝導の旅ですか? それとも聖地巡礼ですか?」
「それもそうですが……」
その時であった。クレンメが神父を務める小さな教会の扉が開く音がし、男の声が響いた。近くの村の者だろう。
「神父様ぁ、助けてくだせぇ〜! うちの父ちゃんと母ちゃんとせがれがゲェゲェ吐いていやしてぇ……!」
「それは大変だ! すぐ行かなければ……! しかし……」
村人の頼みであるが、それに応えようとすると、病気のハンナを置いて行くことになる。立ち上がった神父は困った表情でハンナを見た。そんな神父にハンナは気丈に笑いかけた。
「いってらっしゃいませ、神父様……私はここで待っています……けほっ、けほっ……」
「……すまない。すぐ戻る! シスター・ハンナに主神の加護があらんことを……」
「クレンメ……けほっ、クレンメ神父に神様のご加護があらんこと……こほっ、こほっ……」
ハンナの祝福の言葉は、病魔による咳で遮られてしまう。神父は後ろ髪を引かれる思いであったが、外套を手にした。
「……無理しなくていい、ハンナ。では行ってくる」
「ええ……」
「……呼んだ方のご両親は毒草を食べたことが分かりました。解毒の魔法で命はとりとめましたが……その時の夕食を一緒にしていた、彼の二人目の奥さんは毒草は食べていなかった……偶然ではありえません。当然これは殺しの未遂……」
真夜中の小さな教会……明かりはろうそくのみの暗い礼拝堂にて男の声が響く。声の主は、闇にそのまま溶けてしまうかのような黒い服を身にまとっていた。黒服の男は礼拝堂の床に膝をついて頭を垂れ、手を組んでつぶやき続けている。
「自警団が呼ばれ、取り調べが行われました。私も三人を診たと言うことで証人として呼ばれ、留められました……」
祈りを捧げると言うより、その声は懺悔のように苦々しい物であった。それを聞く主神の像の表情は当然変わらない。
「そして次の日の夕方に戻ると……貴女は……」
男が頭を上げた。クレンメ神父だ。もともと歳は四十に手が届くくらいであったが、やつれた彼の顔はそれ以上に老けて見えた。
一度頭を上げたクレンメであったが、すぐにまた項垂れた。
「貴女は神の御下に旅立たれていた……」
神父が立つ祭壇の上には黄色いオキザリスの花が供えられている。シスター・ハンナが好きな花であった。再び顔を上げたクレンメはその花を見ながらつぶやく。その更に奥、天にいるハンナに語りかけるかのように。
「水もパンも口をつけられていなかった……おそらく私が離れたその日の夜のうちだったのでしょう……」
育ての親でもあるクレンメもおらず、一人ベッドの上で苦しんで逝った……そのことを考えるとクレンメは罪悪感で胸が張り裂けそうになった。あの時、自分が離れなければハンナを独りで苦しませることはなかった。いや、それどころか命を落とさずに済んだはずだ。それなのに……
だがここで自分が挫けていてはいけない。ここは小さな村の外れの教会であり、村人が訪ねてくることも多いし、旅の者だって一夜の宿として頼ってくることもある。
「だから私は……貴女がこの世を去ってから三ヶ月……主神様のために、そして皆のためにこの身を捧げていますが……」
またクレンメの首が曲がる。その手はもう祈りのために組まれておらず、だらりと、首と同じように力なく垂れ下がっていた。
「何をしても心が虚ろなのです……」
神父とて人間。家族も同然の、たった一人の自分の側にいた者を失ったその苦しみは耐え難いものなのだ。しかも、死に目に自分がいなかったという罪悪感も大きい。
うなだれているクレンメの目からしずくが落ち、礼拝堂のカーペットに落ちた。涙を流す神父の口から絞り出すような声が漏れる。その内容は、敬虔な主神教団の僧侶や騎士が聞いたらすぐその場で糾弾しかねないものであった。
「ハンナ……ほんの少しの間でいい。どんな姿になっていてもいい。せめてもう一度、君と話すことはできはしまいか……謝らせてはくれまいか……」
その時であった。教会の扉がとんとんと叩かれた。ハッとクレンメは顔を上げる。このような姿を見せられない。素早くクレンメは黒の修道服で涙を拭い、いかがなされた、と扉に向かって声をかけた。
クレンメの問いに返事をすることなく、扉が開かれた。そのことにクレンメは訝しげに片眉を掲げる。何者だろうか。村人だったら、あるいは旅の者だったら扉を開ける前に要件を言うはずだ。ならば相手は強盗か……クレンメに緊張が走る。相手を見極めんとクレンメは振り返った。
月を背負っており、顔はよく分からない。だが、相手は女性であることは分かった。修道女がよく着る外套を身に纏っている。背丈は……亡きシスター・ハンナと同じくらいだろうか。と言うことは旅のシスターだろうか。旅のシスター自体は珍しくはないが、一人でと言うのはまずない。クレンメの中で違和感がさらに膨れ上がる。
「どちら様ですかな?」
「……やはり神父様は、みんなのために働いているのですね。毎晩、こんなに泣くくらい辛いのに……」
礼拝堂に吹き込むそよ風に乗ってくる声に、クレンメ神父は腰を抜かさんばかりに驚いた。その声は……
「私が亡くなってから……それを隠して……」
「ハ、ハンナ!? ハンナなのですか!?」
素早く立ち上がり、腰を落としてクレンメ神父は思わず身構える。確かに自分は死んだハンナにまた会いたいと願った。だがそれが現実の物になると言うことは、彼女がアンデッド型の魔物になったことを意味する。少なくとも、自分が身を置く教団とは相対する存在だ。
「はい、仰るとおり、ハンナですよ。その警戒心は分からないでもないですが……いざそうされると、少し傷つきますね……」
寂しそうにハンナと名乗る女はそう言い、ヴェールを脱いだ。慈愛に満ちた優しい青い目、小さく可憐な口、首のところで短く切られた絹を思わせる柔らかな髪……現れたのは確かにハンナであった。その絹のようなシルバーブロンドの髪が薄い桃色に染まり、後ろにハート型の輪が淡い光を放っていること以外は。
「ハ、ハンナ……君は……!?」
「驚かせてしまったでしょうか? 私は天使として……フーリーとして生まれ変わったのです」
これも神のお導きですね、とハンナはにこりと笑う。生前と変わらない。その笑顔にクレンメの警戒心が溶かされていく。
ハンナは警戒心をクレンメに近づき、胸に顔をうずめた。警戒心をゆるめていたクレンメは逃げたり突き放したりすることなく、ぼうぜんと立ち、それを受け止める。胸に顔をうずめたハンナは先ほどの笑顔と変わって、苦しげにつぶやく。
「とても苦しかったです……いえ、病気ではなく、神父様を一人残して逝くことが。それに、したいこともたくさんありました。何より、神父様ともっと一緒にいたかった……」
「ハンナ……」
娘のような存在であった、フーリーに転生した女性に抱きつかれるクレンメ。それまで神父として女を絶っていた彼はオタオタするばかりだ。その彼を置いてハンナの言葉は続く。
「その気持ちが汲み取られたのか神……愛の神、エロス様は私をフーリーに転生してくれました。そして、こうも言ってくれたのです。『クレンメ神父が貴女を忘れておらず、そしてフーリーの貴女が認めるほどに善行を続けているのなら、行きなさい』と」
そして彼女はここに来た。ハンナを失った悲しみを隠して神父として働き、毎晩ハンナを思って涙を流していたクレンメの元に。
「……それとも私がここに来たのは迷惑だったでしょうか? 仮にもここは主神教団の土地……そこに神族とは言え、エロス神と言う違う神の使徒、それも魔物にも近い存在が来るのは……」
「そんなことない!」
天使の言葉を遮って神父は叫ぶ。
「ただ、少し驚いただけです。私にまた姿を見せてくれて嬉しいと思っています。そして……」
未だに自分にしがみついているハンナをクレンメは肩を掴んでそっと離した。彼女のサファイアのような目には涙が浮かんでいる。だが自分はそれ以上に顔を濡らしているだろう。再会の喜びに、そして……悔恨に。
「……すまなかった! あの時……私があの時、ハンナの元を離れなければ……!」
「……それはもう良いのです。あの時は仕方がなかったし、神父が行かなければいけなかったのですから。知ってますよ? あの時何があって神父がどうしていたのか……」
どうやらあちらの世界で彼女は見ていてくれたらしい。嬉しくもあり、気恥ずかしくもある。泣きながら顔を赤くして黙っているクレンメにハンナはまた笑って言う。
「私が死ぬ前に神父様がやりたかったことはやりましたね? では今度は私が、死ぬ前にやりたかったことをしてもいいですか?」
「もちろんですとも」
クレンメは大きく頷く。汝が欲することを他人にもすべし。自分はハンナにしたかったことをした。ならばハンナが望んでいることも応えるべきだろう。
快諾したクレンメに、ハンナは目を閉じるように言った。何をするのだろうと思いつつクレンメは目を閉じた。その目が次の瞬間、見開かれる。
ハンナは腕をクレンメの後頭部にまわして自分に引き寄せ、自分のくちびるをクレンメのそれに押し付けたのだ。
「んっ、んんっ!?」
抵抗のためにぴくりと動いたクレンメの手だが、すぐにその力が抜ける。相手は女であり、神族でもある存在なのだ。フーリーのキスは、それまで女に触れたことがなく免疫のない彼の脳をとろかし、抵抗力を奪うことなど造作もなかった。
結婚式も行われる真夜中の小さな教会で、普段は男女の間に立って執り行う神父とシスターであった天使のくちびるが新郎・新婦のようにつながっていた。
まだしたいことがある。そう言ってフーリーのハンナはクレンメを生前使っていた自身の寝室に引き込んだ。キスでとろかされた神父はふらふらとなすがままついていく。だが、さすがの彼もベッドに二人で腰掛けたとき、彼女の意図をようやくすべて察した。如何に女に免疫がなく、恋などとは縁もない神に身も心も捧げた生活をしていた彼でも分かる。
ハンナはフーリーとして転生する前から、自分のことを慕っていたのだと。神学の師や育ての父としてではなく、男として。そして今、男女の仲を結ぼうとしている。キスなどという生半可なものではない、深く濃厚な物で。
「ハンナの、生前やりたかったことをする」と言うことに快諾したクレンメであったが、ここで断りを入れようとした。あれやこれやと言い訳するが、すべてハンナに言い返されて封じられてしまう。ついに彼は禁じ手にも近い二つの言い訳をする。「自分は神父だから女性と結婚などはできない」「自分は育ての父のつもりでハンナに接したからこのようなことはできない」と。
だが、「魔物だから交われない」。これだけは言わなかった。主神教団の人間から見たらフーリーの最終的な分類がどうであろうと、異教徒であり、魔物ともとれる。神父らを始めとする教団の者からしたら彼女らの行為を断る一番の理由だ。だが言わなかった。彼女の存在自体を否定することはしなかったのだ。
クレンメを愛しているハンナもそれは察していた。だから、なお強気に攻め続ける。そして彼女もまた切り札を切った。
「いろいろ言ってますが、神父様も私と交わりたいと思っていますよね? 身体は正直ですよ?」
そう言って天使は神父の、黒の僧服の上から股間に触れた。そこには確かに勃立した逸物があった。欲情を理性や信仰心で抑えきれていない……そのことにクレンメは罪悪感と屈辱感を覚える。それでも身体は、そして心のどこかでは、帰ってきた、娘だと思っていた女を求めていた。
「なにもやましいことはありません、神父様……肌を重ねることは一番、愛を確かめるのに良い行為なのです」
歌うような愛の天使の言葉が神父の抵抗感を溶かし崩していく。言葉だけではない。
「見てください、クレンメ神父様……」
それまで着ていた修道女の外套をハンナは脱ぎ落とした。外套の下は下着姿も同然であった。いや、むしろ下着なのではないだろうか。そう思えるくらい、ハンナの衣服は衣服の用を成さないくらいに肌を出していた。
特に、下半身がそう思わせる。膝から下はストッキングで包んでいるのはいい。腰回りはショーツしか穿いていない様子だ。ピンクを基調とした、ハンナの年頃の娘が好みそうな可愛らしいデザインである。
上半身は下半身よりは多少衣服らしくなっている。ケープのような物を羽織っており、前が閉じられている。だが前は大きくハート型に繰り抜かれているため、乳房の下の裾野と谷間が見えていた。つまるところ、ブラジャーなどの類はつけていな。そのケープを外せば胸がさらけ出されるのだ。
この下着も同然の服に包まれているハンナの身体は、女性として成長していた。胸は男のクレンメの手になんとか収まるかというくらい膨らんでいる。腰回りも女性らしく豊かになっていた。それでいてむき出しになっている腹回りはきゅっと引き締まっていて天使らしく無駄のない肉付きをしていた。
このような天使の魅惑の身体を前にして目を反らし誘惑から逃れられる男などいない。たとえ信仰深い神父であろうと。いや、むしろ信仰深い神父だからこそ、食い入るように見てしまう。
「どうですか、神父様? この身体……幻ではないですよ。生きている、私の身体ですよ……ほら」
そう言ってハンナはクレンメの手をとり、自分の胸に押し当てた。確かにそこから鼓動を感じる。心臓が、今彼女が生きていることを、そしてクレンメを求めていることを訴えていた。だがクレンメは同時に柔らかな感触を手のひらから感じていた。ハンナの乳房だ。男にはないその柔らかさにクレンメは少年のように戸惑い、ハンナと同じように心臓が早鐘を打つ。
「さあ、神父様もそのような服を脱いで……だいたい、私が帰ってきたのですから、喪服はもうふさわしくないですよ?」
顔を赤くして固まっているクレンメに少し苦笑しながら、ハンナは彼の服を脱がせていく。質素な修道服は脱がせるのも難しくはない。あっという間に彼は下帯一枚の姿に、娘だと思っていた存在によって剥かれてしまう。下帯は大きなテントの形を作っている。その支柱を見ようと、ハンナはその下帯も取り去った。現れたのは青筋を作るくらいに固く張り詰めたペニス。ハンナの目が輝く。
「私を見てこんなにしてくれているのですね……嬉しいです♥ 私を女として見てくれて……」
ハンナは手を伸ばしてそのペニスに触れ、包み込んだ。そしてゆっくりと上下に動かす。信心深い神父は自慰の経験などもない。性器から上る、本能が全力で肯定する快感にクレンメは戸惑う。加えて、それを与えているのは自分ではなく、女の柔らかな手……それも相手はハンナだ。その事実だけでクレンメはどうにかなってしまいそうであった。
「どうですか、神父様? 気持ち良いですか?」
「あ、あああ……なんとも言えない気持ちです……」
「それが気持ち良いということですよ。愛を交わすことはこんなにも……いえ、これ以上に気持ちいいのですよ」
手を休めずにハンナは言う。生前はクレンメに神学などの教えを請い、また彼の仕事の手伝いをしていた彼女だが、今は彼の師匠となっていた。
色事の師を務める天使はさらに弟子の神父を導く。もう一方の手で彼女は彼の手を取った。
「ほら、私も……ここを触ってみてください」
そう言ってハンナは自らの股間を触らせる。クレンメの指先に濡れた布の感触があった。驚いた彼は指を引こうとしたが、ハンナがガッシリと手首を握って固定していたため、叶わなかった。
「ハンナ……これは一体……?」
「ね、濡れているでしょう? 女は愛し合いたいと思うとこうして男を受け入れるべく、濡れてくるんですよ」
私、こんなに神父様と愛を交わしたいと思っているんですよ、とハンナは囁く。相手も自分を求めてくれている……その事がクレンメの情事への罪悪感を鎮めていく。
「中、直接触ってみます? 良いですよ、神父様なら……」
ごくりとクレンメは喉を鳴らした。ハンナはまだ赤ん坊だったころこの教会の前に捨てられていたのを先代の神父と当時は今のハンナと同じくらいの歳であったクレンメが拾った。赤ん坊の時や幼い頃は沐浴をさせたり一緒にしたことこそあるが、"ソコ"を触ったことは愚か、じっくりと見たこともない。その女性の性器に触っても良いと言うのだ。いやでも緊張と期待が高まる。
おっかなびっくりと言った感じでクレンメは布地をどけた。果たしてそれはショーツだったのか、それ以上、外界と柔肉を隔てている物はなかった。クレンメの指が彼を欲しているハンナのヴァギナに触れる。そこはマグマのように熱く、ぬるぬるとしていた。
「んっ……」
小さな声を上げ、ぴくんとハンナが身体を震わせる。やけどでもしたかのようにクレンメは指を引っ込める。
「あっ、申し訳ありません、ハンナ……痛かったですか?」
「痛くなんてありません。気持ち良かったのです。温泉に入ると思わず声が出てしまうでしょう? あれと同じです」
ハンナの例えには納得出来たが、納得できてもクレンメの動きは先ほど以上におそるおそるとしている。下の口からよだれを垂らすほど彼の挿入を待ち望んでいる天使は焦れた。再び神父の指を取って導く。今度はクレヴァスではなく、その上に位置する突起に。
「あんっ♥ ここ……女の人はですね、ここが一番気持ち良いのですよ……んっ♥ でも、あんまり強く触ると痛いですから、優しくしてくださいね」
「あ、はい……そうしま……す……」
クレンメの声はとぎれとぎれだ。ハンナの片手はクレンメをクリトリスに導いているが、もう一方の手は相変わらず剛直をしごいている。その動きは着実にクレンメを追い詰めていた。そして、ハンナの次の講義が彼にとどめをさす。
「ここは……はぅ、クリトリスと言いまして……んっ、男の人のおちんちんの先っぽに当たるんですよ。ここ……」
指で亀頭を一撫で。男にとっても敏感なところ、ましてやそれまで刺激をろくに受けてないところへの愛撫。
ぶるりとクレンメの身体が震え、射精が始まった。禁欲的な生活を送っていたためか、その精液はもはや塊に近い。それが勢い良く飛び出した。亀頭を撫でていた指では止まらず、胸に、さらに顔にまでかかった。
突然の神父の絶頂にフーリーは驚いたが、すぐににっこりと、その白い粘液がへばりついた顔に笑みを浮かべた。
「クレンメ神父様……イッてくれたのですね……私の指で……ふふふ、神父様の赤ちゃんの元、こんなに……」
そう言ってフーリーは精液をぺろりと舐めた。自分の泌尿器から出た物を娘だと思っていた女が舐めている……その天使の背徳的な絵に決して若くはないクレンメのペニスは萎える隙も無く再び臨戦態勢を整える。ハンナもそれを見て満足そうに笑った。
「そうですよね、神父様……♥ これは赤ちゃんの元……しかるべきところに注がないといけませんよね♥」
ハンナも受け入れる準備は出来ている。
「ベトベトになってしまいましたね、脱いでしまいましょう」
言いながらハンナはケープのような上着を脱ぐ。ぷるんと弾力性のある、上向きで形のよい胸が顕になる。さらに、自分の淫液で濡れたショーツも脚から抜き取った。それらをハンナは丁寧に畳む。そこのところの几帳面さは生前のシスターのころと変わらない。
そうして、産まれたままの姿になった天使はベッドの上で横になり、軽く手を広げて愛する神父を受け入れる姿勢を取った。
「来てください、クレンメ神父様……」
「……!」
ハンナが……天使が、生前はシスターだった彼女が、娘のような存在だと思っていた女性が、自分を求めて誘っている。それに抗うことは、クレンメにはできなかった。ハンナがクレンメを男として慕っていたように、彼もまた彼女に女を求めていたのかもしれない。本人が自覚できるレベルではない。だがそれと、ハンナの誘惑は、信仰心や理性などを吹き飛ばすには十分であった。
ガバッとクレンメはハンナに覆いかぶさる。そしてその身を彼女の中に沈めようとした。だが女性の秘密の入り口は彼が思うよりも下にある。存在は知れども、実戦となったら話は全く違う。加えて挿入を手助けする愛液のぬめりが逆に妨げとなっていた。つるつるとクレンメの男性器は滑り、秘裂を撫でるだけに終わってしまう。
焦らされることと亀頭での性器への愛撫はハンナにとって快感ではあるのだが、真に望むことではない。そっと天使は手を伸ばし、神父を導く。天国への入り口へと。
そこから先は神父の、オスの本能が教えてくれた。腰を進めるに連れ、牡器がずぶずぶと肉壷の中に沈んでいき、亀頭や幹がぬるぬるとぬめった柔肉に撫でられる。それまで感じたことのなかった至福の快感がクレンメを震わせた。もし、クレンメが先ほどハンナの手によって射精させられていなければ、ここで果てていたことだろう。それだけ、ハンナの膣内は彼にとって心地よかった。
ハンナもまた長く満ち足りた声をその口から漏らした。慕っていた男の分身が今、自分の胎内にある……膣への摩擦と圧迫感、それによる脳髄を駆け巡る快感がそれを感じさせる。もっと、と愛欲を求める天使は神父の腰に自らの脚をからみつけ、奥へと引き込んだ。二人の結合がより深くなる。
神父と元シスターで今は愛の天使であるフーリー、育ての親と育てられた娘、その二人が今、一つになった。
「ああ、クレンメ神父様……私、私……神父様と愛しあえて……ひとつになれて幸せです……♥」
とろけた目でハンナはクレンメ神父を見る。一方、クレンメは何も言わない。ちょっとでも気を抜くと射精してしまいそうであった。先ほど手でしごかれていた時ハンナは「これ以上に気持ち良い」と言っていたが、その言葉に嘘偽りはなかった。そして、挿入時には感じられなかった物が今、彼の亀頭に当たっている。それはハンナの子宮口……この奥で彼女は育ての親である者の欲望の証を受け止め、愛の結晶を育むことになるのだ。
誰に教わったわけでもないのに、もちろん神の教えにも載っていなかったのに、クレンメは自然と動き出した。腰が前後に揺り動かされ、肉棒が天使の肉壷を採掘する。教会の一室に、そこにあるまじき卑猥な水音と嬌声が響いた。
「う、あっ♥ 神父様……神父様♥」
育ての親に組み敷かれ、膣で男性器を受け入れ、ハンナは悶える。先ほど、指でクリトリスをいじられて温められた彼女はこの短時間の抽送でも高まってきていた。ややもすると彼女もまたアクメに達しそうであった。快感で口にするのは彼女の本音……
「ああ、私……♥ あの神父様と愛し合っている……♥ 恋人同士のように……♥」
「ハンナ……ハンナ……!」
一方、僧服を脱いだクレンメは今は男となり、女の肌を、大切な人の肌のぬくもりを、そして快感を一心不乱に貪っていた。その結果が迫ってきている。膣内でぶくりと肉棒が膨れ上がった。快感に頭が弾けそうになりながらもそれを感じ取った元シスターは、教会の自分が暮らしていた部屋で淫語を喚き散らす。
「イッて♥ 出して神父様ッ♥ 神父様のお情けを……精子を……いっぱいくださいッ……♥」
「……!」
彼女の言葉に導かれるように、クレンメ神父は達した。男は娘のような存在である女にどくどくと精をその胎内に吐き出す。生前はシスターで今は愛の天使であるハンナも、育ての親の精をその身体で受け止めた。それが彼女を限界に押し上げる。
真夜中の小さな教会の中で、神父と愛の天使は同時に天国を見ていた。
「……」
真夜中の教会は静まり返っている。先ほど、一対のオスとメスが乱れて絡み合っていたことが嘘だったかのように。だが事があった部屋では今もまた甘ったるい、教会に相応しくない気が漂っていた。その部屋で、教会を預かっている者はそっと身を起こした。その顔は苦悩に満ちている。その横では何も脅威がなく安心しきっている女性が寝息を立てていた。彼女を見ながら男、クレンメ神父は考える。
今夜したことは、彼にとっては間違いなく神への反逆だ。女人を避けて清く正しく生きなければならない人間でありながら、異教の神の使徒と交わった……それをこともあろうか神の家でした。今、ここで神の裁きを受けて塵にされても、いたし方あるまい。
だが……それを望むかと訊かれたら、間違いなく否と答えるだろう。今した行為を悔みこそすれど、ではなかったほうが良かったかと訊かれると、これも答えは否だ。
彼女、ハンナをクレンメは愛している。今までの親としてや師としてではなく、男として。彼女を女として愛している。今、こうして帰ってきてくれたことを喜んでいる。自分を愛してくれたことを喜び、また自分が愛することを喜んだ。はっきりとそれを自覚している。
神の裁きなど受けられようか。自分と一緒にいたいと生前に願い今こうして一緒にいるハンナと同じように、自分もハンナと一緒にいたい。自分を愛してくれている存在を、自分が愛している存在を失いたくない。
そっと彼はベッドを抜け出し、沐浴をし、青の僧服を纏って礼拝堂に出た。そこで跪き、祈りを始める。
「神よ……私はこれまで通り、善良であり続け、人のためにつくします。ですから……」
クレンメ神父は主神の像を真っ直ぐに見る。そして続けた。
「彼女と愛しあうのは許していただけないでしょうか?」
真夜中の教会の礼拝堂に響く彼の祈りの言葉は揺るぎも迷いもなかった。
「……辛いですか、ハンナ」
質素なベッドの上で、痩せた女性が咳をしていた。その横で白と青を基調にした僧服に身を包んだ男が跪いて声をかけている。女は男を見上げた。
「このくらいなんともありません、クレンメ神父様……けほっ、けほっ……」
答えるハンナの声は、内容とは裏腹に苦しそうだ。その横で男、クレンメ神父は苦り切った顔をしている。
「すまない……私がもっと癒やしの力を学んでいればこのような事……」
「いいのです、神父様……神父様は十分に学んでいます。神父様の書斎を幼き頃より見ている私が知っています」
病床のハンナは小さく笑って見せる。その笑顔は道端でしおれかけながらも咲いている花を思わせた。ハンナの言葉にクレンメは少しだけ慰められるが、本当に少しだけ。自分の回復魔法がハンナをほんの少ししか楽にすることができず、病気を根本的に治すことができないかのように。
「神父様……こんな時に暗い話をしていてはいけません。何か楽しい話をしましょう」
「楽しい話?」
「そうです。例えば、私の病気が治った後、何をするか……」
自身が苦しいと言うのに若きシスターは笑って神父を励まし続けようとする。彼女の気丈さに神父はますます小さくなる。とても楽しいことなど考えられない。だから、質問をする。
「ハンナは何をしたいですか?」
「私ですか? そうですね……この教会を神父様と一緒に出て、二人で色んな所を旅したいですね……」
「伝導の旅ですか? それとも聖地巡礼ですか?」
「それもそうですが……」
その時であった。クレンメが神父を務める小さな教会の扉が開く音がし、男の声が響いた。近くの村の者だろう。
「神父様ぁ、助けてくだせぇ〜! うちの父ちゃんと母ちゃんとせがれがゲェゲェ吐いていやしてぇ……!」
「それは大変だ! すぐ行かなければ……! しかし……」
村人の頼みであるが、それに応えようとすると、病気のハンナを置いて行くことになる。立ち上がった神父は困った表情でハンナを見た。そんな神父にハンナは気丈に笑いかけた。
「いってらっしゃいませ、神父様……私はここで待っています……けほっ、けほっ……」
「……すまない。すぐ戻る! シスター・ハンナに主神の加護があらんことを……」
「クレンメ……けほっ、クレンメ神父に神様のご加護があらんこと……こほっ、こほっ……」
ハンナの祝福の言葉は、病魔による咳で遮られてしまう。神父は後ろ髪を引かれる思いであったが、外套を手にした。
「……無理しなくていい、ハンナ。では行ってくる」
「ええ……」
「……呼んだ方のご両親は毒草を食べたことが分かりました。解毒の魔法で命はとりとめましたが……その時の夕食を一緒にしていた、彼の二人目の奥さんは毒草は食べていなかった……偶然ではありえません。当然これは殺しの未遂……」
真夜中の小さな教会……明かりはろうそくのみの暗い礼拝堂にて男の声が響く。声の主は、闇にそのまま溶けてしまうかのような黒い服を身にまとっていた。黒服の男は礼拝堂の床に膝をついて頭を垂れ、手を組んでつぶやき続けている。
「自警団が呼ばれ、取り調べが行われました。私も三人を診たと言うことで証人として呼ばれ、留められました……」
祈りを捧げると言うより、その声は懺悔のように苦々しい物であった。それを聞く主神の像の表情は当然変わらない。
「そして次の日の夕方に戻ると……貴女は……」
男が頭を上げた。クレンメ神父だ。もともと歳は四十に手が届くくらいであったが、やつれた彼の顔はそれ以上に老けて見えた。
一度頭を上げたクレンメであったが、すぐにまた項垂れた。
「貴女は神の御下に旅立たれていた……」
神父が立つ祭壇の上には黄色いオキザリスの花が供えられている。シスター・ハンナが好きな花であった。再び顔を上げたクレンメはその花を見ながらつぶやく。その更に奥、天にいるハンナに語りかけるかのように。
「水もパンも口をつけられていなかった……おそらく私が離れたその日の夜のうちだったのでしょう……」
育ての親でもあるクレンメもおらず、一人ベッドの上で苦しんで逝った……そのことを考えるとクレンメは罪悪感で胸が張り裂けそうになった。あの時、自分が離れなければハンナを独りで苦しませることはなかった。いや、それどころか命を落とさずに済んだはずだ。それなのに……
だがここで自分が挫けていてはいけない。ここは小さな村の外れの教会であり、村人が訪ねてくることも多いし、旅の者だって一夜の宿として頼ってくることもある。
「だから私は……貴女がこの世を去ってから三ヶ月……主神様のために、そして皆のためにこの身を捧げていますが……」
またクレンメの首が曲がる。その手はもう祈りのために組まれておらず、だらりと、首と同じように力なく垂れ下がっていた。
「何をしても心が虚ろなのです……」
神父とて人間。家族も同然の、たった一人の自分の側にいた者を失ったその苦しみは耐え難いものなのだ。しかも、死に目に自分がいなかったという罪悪感も大きい。
うなだれているクレンメの目からしずくが落ち、礼拝堂のカーペットに落ちた。涙を流す神父の口から絞り出すような声が漏れる。その内容は、敬虔な主神教団の僧侶や騎士が聞いたらすぐその場で糾弾しかねないものであった。
「ハンナ……ほんの少しの間でいい。どんな姿になっていてもいい。せめてもう一度、君と話すことはできはしまいか……謝らせてはくれまいか……」
その時であった。教会の扉がとんとんと叩かれた。ハッとクレンメは顔を上げる。このような姿を見せられない。素早くクレンメは黒の修道服で涙を拭い、いかがなされた、と扉に向かって声をかけた。
クレンメの問いに返事をすることなく、扉が開かれた。そのことにクレンメは訝しげに片眉を掲げる。何者だろうか。村人だったら、あるいは旅の者だったら扉を開ける前に要件を言うはずだ。ならば相手は強盗か……クレンメに緊張が走る。相手を見極めんとクレンメは振り返った。
月を背負っており、顔はよく分からない。だが、相手は女性であることは分かった。修道女がよく着る外套を身に纏っている。背丈は……亡きシスター・ハンナと同じくらいだろうか。と言うことは旅のシスターだろうか。旅のシスター自体は珍しくはないが、一人でと言うのはまずない。クレンメの中で違和感がさらに膨れ上がる。
「どちら様ですかな?」
「……やはり神父様は、みんなのために働いているのですね。毎晩、こんなに泣くくらい辛いのに……」
礼拝堂に吹き込むそよ風に乗ってくる声に、クレンメ神父は腰を抜かさんばかりに驚いた。その声は……
「私が亡くなってから……それを隠して……」
「ハ、ハンナ!? ハンナなのですか!?」
素早く立ち上がり、腰を落としてクレンメ神父は思わず身構える。確かに自分は死んだハンナにまた会いたいと願った。だがそれが現実の物になると言うことは、彼女がアンデッド型の魔物になったことを意味する。少なくとも、自分が身を置く教団とは相対する存在だ。
「はい、仰るとおり、ハンナですよ。その警戒心は分からないでもないですが……いざそうされると、少し傷つきますね……」
寂しそうにハンナと名乗る女はそう言い、ヴェールを脱いだ。慈愛に満ちた優しい青い目、小さく可憐な口、首のところで短く切られた絹を思わせる柔らかな髪……現れたのは確かにハンナであった。その絹のようなシルバーブロンドの髪が薄い桃色に染まり、後ろにハート型の輪が淡い光を放っていること以外は。
「ハ、ハンナ……君は……!?」
「驚かせてしまったでしょうか? 私は天使として……フーリーとして生まれ変わったのです」
これも神のお導きですね、とハンナはにこりと笑う。生前と変わらない。その笑顔にクレンメの警戒心が溶かされていく。
ハンナは警戒心をクレンメに近づき、胸に顔をうずめた。警戒心をゆるめていたクレンメは逃げたり突き放したりすることなく、ぼうぜんと立ち、それを受け止める。胸に顔をうずめたハンナは先ほどの笑顔と変わって、苦しげにつぶやく。
「とても苦しかったです……いえ、病気ではなく、神父様を一人残して逝くことが。それに、したいこともたくさんありました。何より、神父様ともっと一緒にいたかった……」
「ハンナ……」
娘のような存在であった、フーリーに転生した女性に抱きつかれるクレンメ。それまで神父として女を絶っていた彼はオタオタするばかりだ。その彼を置いてハンナの言葉は続く。
「その気持ちが汲み取られたのか神……愛の神、エロス様は私をフーリーに転生してくれました。そして、こうも言ってくれたのです。『クレンメ神父が貴女を忘れておらず、そしてフーリーの貴女が認めるほどに善行を続けているのなら、行きなさい』と」
そして彼女はここに来た。ハンナを失った悲しみを隠して神父として働き、毎晩ハンナを思って涙を流していたクレンメの元に。
「……それとも私がここに来たのは迷惑だったでしょうか? 仮にもここは主神教団の土地……そこに神族とは言え、エロス神と言う違う神の使徒、それも魔物にも近い存在が来るのは……」
「そんなことない!」
天使の言葉を遮って神父は叫ぶ。
「ただ、少し驚いただけです。私にまた姿を見せてくれて嬉しいと思っています。そして……」
未だに自分にしがみついているハンナをクレンメは肩を掴んでそっと離した。彼女のサファイアのような目には涙が浮かんでいる。だが自分はそれ以上に顔を濡らしているだろう。再会の喜びに、そして……悔恨に。
「……すまなかった! あの時……私があの時、ハンナの元を離れなければ……!」
「……それはもう良いのです。あの時は仕方がなかったし、神父が行かなければいけなかったのですから。知ってますよ? あの時何があって神父がどうしていたのか……」
どうやらあちらの世界で彼女は見ていてくれたらしい。嬉しくもあり、気恥ずかしくもある。泣きながら顔を赤くして黙っているクレンメにハンナはまた笑って言う。
「私が死ぬ前に神父様がやりたかったことはやりましたね? では今度は私が、死ぬ前にやりたかったことをしてもいいですか?」
「もちろんですとも」
クレンメは大きく頷く。汝が欲することを他人にもすべし。自分はハンナにしたかったことをした。ならばハンナが望んでいることも応えるべきだろう。
快諾したクレンメに、ハンナは目を閉じるように言った。何をするのだろうと思いつつクレンメは目を閉じた。その目が次の瞬間、見開かれる。
ハンナは腕をクレンメの後頭部にまわして自分に引き寄せ、自分のくちびるをクレンメのそれに押し付けたのだ。
「んっ、んんっ!?」
抵抗のためにぴくりと動いたクレンメの手だが、すぐにその力が抜ける。相手は女であり、神族でもある存在なのだ。フーリーのキスは、それまで女に触れたことがなく免疫のない彼の脳をとろかし、抵抗力を奪うことなど造作もなかった。
結婚式も行われる真夜中の小さな教会で、普段は男女の間に立って執り行う神父とシスターであった天使のくちびるが新郎・新婦のようにつながっていた。
まだしたいことがある。そう言ってフーリーのハンナはクレンメを生前使っていた自身の寝室に引き込んだ。キスでとろかされた神父はふらふらとなすがままついていく。だが、さすがの彼もベッドに二人で腰掛けたとき、彼女の意図をようやくすべて察した。如何に女に免疫がなく、恋などとは縁もない神に身も心も捧げた生活をしていた彼でも分かる。
ハンナはフーリーとして転生する前から、自分のことを慕っていたのだと。神学の師や育ての父としてではなく、男として。そして今、男女の仲を結ぼうとしている。キスなどという生半可なものではない、深く濃厚な物で。
「ハンナの、生前やりたかったことをする」と言うことに快諾したクレンメであったが、ここで断りを入れようとした。あれやこれやと言い訳するが、すべてハンナに言い返されて封じられてしまう。ついに彼は禁じ手にも近い二つの言い訳をする。「自分は神父だから女性と結婚などはできない」「自分は育ての父のつもりでハンナに接したからこのようなことはできない」と。
だが、「魔物だから交われない」。これだけは言わなかった。主神教団の人間から見たらフーリーの最終的な分類がどうであろうと、異教徒であり、魔物ともとれる。神父らを始めとする教団の者からしたら彼女らの行為を断る一番の理由だ。だが言わなかった。彼女の存在自体を否定することはしなかったのだ。
クレンメを愛しているハンナもそれは察していた。だから、なお強気に攻め続ける。そして彼女もまた切り札を切った。
「いろいろ言ってますが、神父様も私と交わりたいと思っていますよね? 身体は正直ですよ?」
そう言って天使は神父の、黒の僧服の上から股間に触れた。そこには確かに勃立した逸物があった。欲情を理性や信仰心で抑えきれていない……そのことにクレンメは罪悪感と屈辱感を覚える。それでも身体は、そして心のどこかでは、帰ってきた、娘だと思っていた女を求めていた。
「なにもやましいことはありません、神父様……肌を重ねることは一番、愛を確かめるのに良い行為なのです」
歌うような愛の天使の言葉が神父の抵抗感を溶かし崩していく。言葉だけではない。
「見てください、クレンメ神父様……」
それまで着ていた修道女の外套をハンナは脱ぎ落とした。外套の下は下着姿も同然であった。いや、むしろ下着なのではないだろうか。そう思えるくらい、ハンナの衣服は衣服の用を成さないくらいに肌を出していた。
特に、下半身がそう思わせる。膝から下はストッキングで包んでいるのはいい。腰回りはショーツしか穿いていない様子だ。ピンクを基調とした、ハンナの年頃の娘が好みそうな可愛らしいデザインである。
上半身は下半身よりは多少衣服らしくなっている。ケープのような物を羽織っており、前が閉じられている。だが前は大きくハート型に繰り抜かれているため、乳房の下の裾野と谷間が見えていた。つまるところ、ブラジャーなどの類はつけていな。そのケープを外せば胸がさらけ出されるのだ。
この下着も同然の服に包まれているハンナの身体は、女性として成長していた。胸は男のクレンメの手になんとか収まるかというくらい膨らんでいる。腰回りも女性らしく豊かになっていた。それでいてむき出しになっている腹回りはきゅっと引き締まっていて天使らしく無駄のない肉付きをしていた。
このような天使の魅惑の身体を前にして目を反らし誘惑から逃れられる男などいない。たとえ信仰深い神父であろうと。いや、むしろ信仰深い神父だからこそ、食い入るように見てしまう。
「どうですか、神父様? この身体……幻ではないですよ。生きている、私の身体ですよ……ほら」
そう言ってハンナはクレンメの手をとり、自分の胸に押し当てた。確かにそこから鼓動を感じる。心臓が、今彼女が生きていることを、そしてクレンメを求めていることを訴えていた。だがクレンメは同時に柔らかな感触を手のひらから感じていた。ハンナの乳房だ。男にはないその柔らかさにクレンメは少年のように戸惑い、ハンナと同じように心臓が早鐘を打つ。
「さあ、神父様もそのような服を脱いで……だいたい、私が帰ってきたのですから、喪服はもうふさわしくないですよ?」
顔を赤くして固まっているクレンメに少し苦笑しながら、ハンナは彼の服を脱がせていく。質素な修道服は脱がせるのも難しくはない。あっという間に彼は下帯一枚の姿に、娘だと思っていた存在によって剥かれてしまう。下帯は大きなテントの形を作っている。その支柱を見ようと、ハンナはその下帯も取り去った。現れたのは青筋を作るくらいに固く張り詰めたペニス。ハンナの目が輝く。
「私を見てこんなにしてくれているのですね……嬉しいです♥ 私を女として見てくれて……」
ハンナは手を伸ばしてそのペニスに触れ、包み込んだ。そしてゆっくりと上下に動かす。信心深い神父は自慰の経験などもない。性器から上る、本能が全力で肯定する快感にクレンメは戸惑う。加えて、それを与えているのは自分ではなく、女の柔らかな手……それも相手はハンナだ。その事実だけでクレンメはどうにかなってしまいそうであった。
「どうですか、神父様? 気持ち良いですか?」
「あ、あああ……なんとも言えない気持ちです……」
「それが気持ち良いということですよ。愛を交わすことはこんなにも……いえ、これ以上に気持ちいいのですよ」
手を休めずにハンナは言う。生前はクレンメに神学などの教えを請い、また彼の仕事の手伝いをしていた彼女だが、今は彼の師匠となっていた。
色事の師を務める天使はさらに弟子の神父を導く。もう一方の手で彼女は彼の手を取った。
「ほら、私も……ここを触ってみてください」
そう言ってハンナは自らの股間を触らせる。クレンメの指先に濡れた布の感触があった。驚いた彼は指を引こうとしたが、ハンナがガッシリと手首を握って固定していたため、叶わなかった。
「ハンナ……これは一体……?」
「ね、濡れているでしょう? 女は愛し合いたいと思うとこうして男を受け入れるべく、濡れてくるんですよ」
私、こんなに神父様と愛を交わしたいと思っているんですよ、とハンナは囁く。相手も自分を求めてくれている……その事がクレンメの情事への罪悪感を鎮めていく。
「中、直接触ってみます? 良いですよ、神父様なら……」
ごくりとクレンメは喉を鳴らした。ハンナはまだ赤ん坊だったころこの教会の前に捨てられていたのを先代の神父と当時は今のハンナと同じくらいの歳であったクレンメが拾った。赤ん坊の時や幼い頃は沐浴をさせたり一緒にしたことこそあるが、"ソコ"を触ったことは愚か、じっくりと見たこともない。その女性の性器に触っても良いと言うのだ。いやでも緊張と期待が高まる。
おっかなびっくりと言った感じでクレンメは布地をどけた。果たしてそれはショーツだったのか、それ以上、外界と柔肉を隔てている物はなかった。クレンメの指が彼を欲しているハンナのヴァギナに触れる。そこはマグマのように熱く、ぬるぬるとしていた。
「んっ……」
小さな声を上げ、ぴくんとハンナが身体を震わせる。やけどでもしたかのようにクレンメは指を引っ込める。
「あっ、申し訳ありません、ハンナ……痛かったですか?」
「痛くなんてありません。気持ち良かったのです。温泉に入ると思わず声が出てしまうでしょう? あれと同じです」
ハンナの例えには納得出来たが、納得できてもクレンメの動きは先ほど以上におそるおそるとしている。下の口からよだれを垂らすほど彼の挿入を待ち望んでいる天使は焦れた。再び神父の指を取って導く。今度はクレヴァスではなく、その上に位置する突起に。
「あんっ♥ ここ……女の人はですね、ここが一番気持ち良いのですよ……んっ♥ でも、あんまり強く触ると痛いですから、優しくしてくださいね」
「あ、はい……そうしま……す……」
クレンメの声はとぎれとぎれだ。ハンナの片手はクレンメをクリトリスに導いているが、もう一方の手は相変わらず剛直をしごいている。その動きは着実にクレンメを追い詰めていた。そして、ハンナの次の講義が彼にとどめをさす。
「ここは……はぅ、クリトリスと言いまして……んっ、男の人のおちんちんの先っぽに当たるんですよ。ここ……」
指で亀頭を一撫で。男にとっても敏感なところ、ましてやそれまで刺激をろくに受けてないところへの愛撫。
ぶるりとクレンメの身体が震え、射精が始まった。禁欲的な生活を送っていたためか、その精液はもはや塊に近い。それが勢い良く飛び出した。亀頭を撫でていた指では止まらず、胸に、さらに顔にまでかかった。
突然の神父の絶頂にフーリーは驚いたが、すぐににっこりと、その白い粘液がへばりついた顔に笑みを浮かべた。
「クレンメ神父様……イッてくれたのですね……私の指で……ふふふ、神父様の赤ちゃんの元、こんなに……」
そう言ってフーリーは精液をぺろりと舐めた。自分の泌尿器から出た物を娘だと思っていた女が舐めている……その天使の背徳的な絵に決して若くはないクレンメのペニスは萎える隙も無く再び臨戦態勢を整える。ハンナもそれを見て満足そうに笑った。
「そうですよね、神父様……♥ これは赤ちゃんの元……しかるべきところに注がないといけませんよね♥」
ハンナも受け入れる準備は出来ている。
「ベトベトになってしまいましたね、脱いでしまいましょう」
言いながらハンナはケープのような上着を脱ぐ。ぷるんと弾力性のある、上向きで形のよい胸が顕になる。さらに、自分の淫液で濡れたショーツも脚から抜き取った。それらをハンナは丁寧に畳む。そこのところの几帳面さは生前のシスターのころと変わらない。
そうして、産まれたままの姿になった天使はベッドの上で横になり、軽く手を広げて愛する神父を受け入れる姿勢を取った。
「来てください、クレンメ神父様……」
「……!」
ハンナが……天使が、生前はシスターだった彼女が、娘のような存在だと思っていた女性が、自分を求めて誘っている。それに抗うことは、クレンメにはできなかった。ハンナがクレンメを男として慕っていたように、彼もまた彼女に女を求めていたのかもしれない。本人が自覚できるレベルではない。だがそれと、ハンナの誘惑は、信仰心や理性などを吹き飛ばすには十分であった。
ガバッとクレンメはハンナに覆いかぶさる。そしてその身を彼女の中に沈めようとした。だが女性の秘密の入り口は彼が思うよりも下にある。存在は知れども、実戦となったら話は全く違う。加えて挿入を手助けする愛液のぬめりが逆に妨げとなっていた。つるつるとクレンメの男性器は滑り、秘裂を撫でるだけに終わってしまう。
焦らされることと亀頭での性器への愛撫はハンナにとって快感ではあるのだが、真に望むことではない。そっと天使は手を伸ばし、神父を導く。天国への入り口へと。
そこから先は神父の、オスの本能が教えてくれた。腰を進めるに連れ、牡器がずぶずぶと肉壷の中に沈んでいき、亀頭や幹がぬるぬるとぬめった柔肉に撫でられる。それまで感じたことのなかった至福の快感がクレンメを震わせた。もし、クレンメが先ほどハンナの手によって射精させられていなければ、ここで果てていたことだろう。それだけ、ハンナの膣内は彼にとって心地よかった。
ハンナもまた長く満ち足りた声をその口から漏らした。慕っていた男の分身が今、自分の胎内にある……膣への摩擦と圧迫感、それによる脳髄を駆け巡る快感がそれを感じさせる。もっと、と愛欲を求める天使は神父の腰に自らの脚をからみつけ、奥へと引き込んだ。二人の結合がより深くなる。
神父と元シスターで今は愛の天使であるフーリー、育ての親と育てられた娘、その二人が今、一つになった。
「ああ、クレンメ神父様……私、私……神父様と愛しあえて……ひとつになれて幸せです……♥」
とろけた目でハンナはクレンメ神父を見る。一方、クレンメは何も言わない。ちょっとでも気を抜くと射精してしまいそうであった。先ほど手でしごかれていた時ハンナは「これ以上に気持ち良い」と言っていたが、その言葉に嘘偽りはなかった。そして、挿入時には感じられなかった物が今、彼の亀頭に当たっている。それはハンナの子宮口……この奥で彼女は育ての親である者の欲望の証を受け止め、愛の結晶を育むことになるのだ。
誰に教わったわけでもないのに、もちろん神の教えにも載っていなかったのに、クレンメは自然と動き出した。腰が前後に揺り動かされ、肉棒が天使の肉壷を採掘する。教会の一室に、そこにあるまじき卑猥な水音と嬌声が響いた。
「う、あっ♥ 神父様……神父様♥」
育ての親に組み敷かれ、膣で男性器を受け入れ、ハンナは悶える。先ほど、指でクリトリスをいじられて温められた彼女はこの短時間の抽送でも高まってきていた。ややもすると彼女もまたアクメに達しそうであった。快感で口にするのは彼女の本音……
「ああ、私……♥ あの神父様と愛し合っている……♥ 恋人同士のように……♥」
「ハンナ……ハンナ……!」
一方、僧服を脱いだクレンメは今は男となり、女の肌を、大切な人の肌のぬくもりを、そして快感を一心不乱に貪っていた。その結果が迫ってきている。膣内でぶくりと肉棒が膨れ上がった。快感に頭が弾けそうになりながらもそれを感じ取った元シスターは、教会の自分が暮らしていた部屋で淫語を喚き散らす。
「イッて♥ 出して神父様ッ♥ 神父様のお情けを……精子を……いっぱいくださいッ……♥」
「……!」
彼女の言葉に導かれるように、クレンメ神父は達した。男は娘のような存在である女にどくどくと精をその胎内に吐き出す。生前はシスターで今は愛の天使であるハンナも、育ての親の精をその身体で受け止めた。それが彼女を限界に押し上げる。
真夜中の小さな教会の中で、神父と愛の天使は同時に天国を見ていた。
「……」
真夜中の教会は静まり返っている。先ほど、一対のオスとメスが乱れて絡み合っていたことが嘘だったかのように。だが事があった部屋では今もまた甘ったるい、教会に相応しくない気が漂っていた。その部屋で、教会を預かっている者はそっと身を起こした。その顔は苦悩に満ちている。その横では何も脅威がなく安心しきっている女性が寝息を立てていた。彼女を見ながら男、クレンメ神父は考える。
今夜したことは、彼にとっては間違いなく神への反逆だ。女人を避けて清く正しく生きなければならない人間でありながら、異教の神の使徒と交わった……それをこともあろうか神の家でした。今、ここで神の裁きを受けて塵にされても、いたし方あるまい。
だが……それを望むかと訊かれたら、間違いなく否と答えるだろう。今した行為を悔みこそすれど、ではなかったほうが良かったかと訊かれると、これも答えは否だ。
彼女、ハンナをクレンメは愛している。今までの親としてや師としてではなく、男として。彼女を女として愛している。今、こうして帰ってきてくれたことを喜んでいる。自分を愛してくれたことを喜び、また自分が愛することを喜んだ。はっきりとそれを自覚している。
神の裁きなど受けられようか。自分と一緒にいたいと生前に願い今こうして一緒にいるハンナと同じように、自分もハンナと一緒にいたい。自分を愛してくれている存在を、自分が愛している存在を失いたくない。
そっと彼はベッドを抜け出し、沐浴をし、青の僧服を纏って礼拝堂に出た。そこで跪き、祈りを始める。
「神よ……私はこれまで通り、善良であり続け、人のためにつくします。ですから……」
クレンメ神父は主神の像を真っ直ぐに見る。そして続けた。
「彼女と愛しあうのは許していただけないでしょうか?」
真夜中の教会の礼拝堂に響く彼の祈りの言葉は揺るぎも迷いもなかった。
15/05/02 22:58更新 / 三鯖アキラ(旧:沈黙の天使)
戻る
次へ