愛情表現
「グレン〜、シチューができたよー」
「ああ、ありがとうセラス」
とある雪山にぽつんと立っている山小屋。
その山小屋の中に美味しそうなクリームシチューの匂いが漂っていた。
女がそのシチューを二つの皿に盛ろうとする。
だが彼女の姿は、シルエットは人ではあるのだが、人ではないところがいくつかみられた。
彼女の手足は大きく、毛むくじゃらで白く、獣の物だった。
実際に彼女は人ではない。
イエティ。
雪山に生息する獣人の魔物娘だ。
彼女達はどんなに極寒の環境でも活動できる。
性格は陽気で優しく、雪山で遭難している人を見かけたらすぐに助け、彼らを抱きしめて自らの体温で温めようとするほどだ。
そう、この男を助けたように。
つい昨日の話だ。
山小屋の中でのんびりしていたイエティのセラスがふと胸騒ぎを覚えて猛吹雪の外に出てみると、遠くでふらついているぽつんとした影を認めた。
こんな猛吹雪の中あまり出歩く獣もいないし、出歩く獣はふらつくほどやわではない。
そして何より吹雪に混じって彼女の鼻をくすぐるものがあった。
男の臭い……魔物である彼女はそれを敏感に感じ取っていた。
すぐに彼女は影に向かって走り出した。
果たしてその影の正体は人間、それも男だった。
雪山を歩くと言うのに彼の服装はおよそ冬の登山には向かない格好だった。
毛皮で出来たマントは羽織っていたが、その下は軽鎧を身にまとっていた。
「あ、こんなところに人が……助かった」
安心して気が緩んだのか、男はセラスを見て気を失ってしまった。
しかしこの極寒の中、気絶してしまうのはまずい。
下手をしたら死んでしまう。
一刻も争う事態だ。
セラスは彼を抱きかかえて温めながら、大急ぎで山小屋に戻った。
彼の意識が戻った後も彼女はずっと彼を抱きしめていたのだが……
「ああ、美味しいよ。こんなに美味しくて温かいもの、食べたことがない」
シチューを口にしたグレンがうっとりとして言う。
手放しで褒められてセラスは頬を染める。
だが同時に疑問も心に浮かび上がった。
「グレンは温かい物、食べたことないの?」
「……いや、そう言うわけじゃない。温かい物は食べていたし、美味しい物も食べていた。実際、パンはたいてい白パンだった」
シチューと一緒に出された堅い黒パンを苦労して引きちぎりながら、グレンはつぶやく。
彼の答えに対して、セラスは分かりかねると言った感じで首をかしげた。
しかし彼の言葉から、前から予想していたことに確信を持った。
一般の庶民はあまり口にすることのない贅沢な白パンを良く食べていたと言うことは、彼はかなり上流階級の人物ということになる。
山奥に住んでいるセラスもそれは知っていた。
そんな男がフラフラとこの雪山を、鎧なんかを着て歩いていたと言うことは……
「セラス?」
突然、グレンに呼びかけられてセラスはハッとした。
考え込みすぎていたようだ。
ごまかすようにセラスは笑ってシチューを口に運ぶ。
グレンも、彼女が何を考えていたかおおよそ予想はついたようだ。
何も言わず、黙ってシチューを食べ続けていた。
食事が終わり、片付けや薪の用意などしたら特にやることはない。
早々にセラスとグレンはベッドに就いていた。
もともとセラスが一人で暮らしていたため、ベッドは一つしかない。
そのベッドに二人は入っていた。
「なぁ、セラス」
「なぁに?」
ぽつんと声を出したグレンにセラスは少々間延びした甘い声で応える。
言いにくそうに少し黙っていたグレンだったが、やがて口を開いた。
「その……やっぱり抱きつくのか、俺に……」
「だってそうじゃないと二人でベッドにはいれないし、それに……こうした方が温かいでしょう?」
「それはそうなんだけど……」
ベッドの中でセラスはグレンに抱きついていた。
セラスの言葉通り、そうしないと二人が一緒にベッドに入れない。
そして、確かにセラスに抱きつかれた方が、グレンは温かかった。
昨日もそうして凍えていた身体を温めてもらっていた。
「でも……」
「ん〜? でもなぁに?」
顔を赤くするグレンにニヤニヤとセラスは笑って言う。
セラスのニヤニヤ笑いにグレンはますます顔を赤くし、そっぽを向いた。
でも、の後に本当は、セラスに抱きつかれるのを少し嫌がる理由が続くはずだ。
だがグレンはそれを言わない。
そしてセラスは、言われなくてもその理由が分かっていた。
「もしかして、また、おちんちんが勃っちゃったかなぁ?」
「くっ……!」
グレンの顔がまるで火でも出ているかのように真っ赤になる。
そのことが、セラスの2つの指摘を肯定していた。
一つは今勃起していること、もう一つは昨日もそれをしてしまったこと……
昨晩、セラスに抱きしめてもらって身体を温められていた。
抱きしめられると彼女から体温が伝わってくるのだが……それと同時に彼女の胸の膨らみも押し付けられていた。
グレンも男である。
その膨らみのやわらかさに思わず催して股間を勃たせてしまったのだ。
グレンを抱きしめていたセラスはすぐに、自分の身体に当たる彼の股間の膨らみに気付き、笑みを浮かべた。
自分が抱きしめている男が勃起する……それはイエティにとって「男性が自身との交尾を求めている」というサイン……
サイン通りに認識したセラスはその場でグレンを生まれたままの姿にした。
自分とグレンの素肌を密着させてより身体を温め、そして彼の分身を自分の熱くぬめった肉洞に迎え入れたのだった。
「えへへ♪」
仰向けに寝ていた自分の腕の中にいるグレンをセラスは強引に腕力で自分の方に転がして抱きしめ直した。
身体に彼の下腹部が当たる。
はたして……
「やっぱり勃っちゃってるね♥ また私と交尾したい?」
「くっ、そんなことは……!」
「我慢は良くないよ〜♪」
否定しようとするグレンを、歌うような調子で遮ってセラスは彼をまた剥き始めた。
昨日は鎧を脱いだ状態からだったため少々時間がかかったが、今の彼は薄着姿だ。
あっと言う間に彼はベッドの中で全裸になる。
「私も、我慢できないし……ほら……」
そう言って自身も生まれたままの姿になったセラスはグレンの手をとって自分の下腹部に導いた。
彼の指にぬるぬるとした温かい粘液が絡みつく。
まだなんの愛撫も施していないのに、彼女の性器は濡れていた。
「グレンが好きだから、グレンと交尾したいから、もうこんなになっているんだよ……」
とろけた声でそう言いながら、セラスはグレンの身体に腕をゆっくりと回して抱き直す。
抱きしめる腕にゆっくりと力を込めていって身体を密着させ、そしてセラスはグレンの耳元で囁いた。
「グレン……大好き♥」
「……」
グレンは応えない。
少し不安になってセラスは訊ねる。
「グレンは? グレンも私のことが好きでしょう?」
「随分な決めつけだな。どうしてそう思うんだ?」
「だってグレン、昨日私を抱きしめ返してくれたもの」
その時のことを思い出しているのだろう。
すこし遠い目をしてにへらとセラスは幸せそうな表情を顔に浮かべる。
「それがどうして『俺がお前のことが好き』ということになるんだ?」
「だって、イエティはそうとるんだよ。男の人の抱きしめ返しは、『お前をメスとして気に入った』って意味だって」
「そうなのか……」
初めて知った、騙された、と言った感じでグレンは嘆息した。
だが昨日、彼がセラスを抱きしめたのも事実だ。
イエティがそうとってしまったのなら、今更誤解だと言っても仕方のない話だろう。
「とすると……イエティにとって抱擁は親愛表現、愛情表現なのか?」
「そうだって言っているじゃない、えへへ〜♪」
「要は、キスにキスを返してしまったような物なんだな……」
ぽつりとつぶやいたグレンの言葉にセラスは首を傾げる。
「キス? キスってなぁに?」
「……お前、キスも知らないのか?」
「むぅ……ずっとここに住んでいるから、イエティのこと以外は知らな……んんっ!?」
少しむくれたように頬をふくらませたセラスだったが、突然驚いた声をあげる。
それもくぐもった声だった。
声がくぐもったのは、口を塞がれていたから。
セラスはグレンのくちびるで口を塞がれていた。
目を白黒させているセラスからゆっくりとくちびるを離し、グレンは言う。
「これがキスだ……人間の間で、恋人や夫婦がやる、愛情表現だ」
「あっ、あっ……」
セラスは声にならない声をあげている。
突然のなれないくちびるへの刺激に戸惑っているようだ。
それでもはっきりと快感のような物を覚えているらしく、その声はどこか甘い調子を含んでいた。
そして
「恋人……夫婦……」
それだけはきちんと聞き取れ、理解できたのであろう。
うっとりとした声でセラスは復唱する。
その顔が嬉しそうに笑顔を作った。
「つまり、今私にキスをしたグレンは……」
「ああ、俺も好きだぞ。昨日会ったばかりだけど、優しいセラスが……」
イエティに抱擁を返すことが、男からの愛情返しであることをグレンは知らなかった。
だが知らなかっただけで、グレンがセラスに好意を持っているのは確かだ。
セラスの誤解は誤解であって誤解ではない。
「んっ……」
自分の気持ちを打ち明けたグレンは再びセラスのくちびるに自分のくちびるを近づけ、そのまま塞いだ。
「んっ♥ んんっ!?」
キスの意味を理解し、嬉々とそれを受け止めたセラスだったが、また目を見開く。
グレンの舌が彼女の口内に侵入していた。
それはセラスの舌に絡みつき、歯列をなぞり、自分の唾液を送りつつ彼女の唾液を奪っていく。
意味は理解してもキス自体はまだ理解できていなかったセラスは、グレンにされるがままになっていた。
しかししばらくするとそこは魔物娘なのか、イエティの方もおずおずながら彼の舌に応え始める。
部屋には二人の吐息と舌が絡み合って立つ水音が響いた。
「あひゅう……気持ち、いい……」
たっぷり数分キスを交わし、ようやくくちびるが離れて、最初にセラスはつぶやいた。
そんなセラスにグレンは少し照れくさそうに笑う。
「あまり俺は上手くないけど……」
「グレンの物だったらなんだって気持ちいいの。それに……人間の愛情表現を知ることができて、嬉しい……」
「あー……」
実際のところは人間以外だってキスはする。
サキュバスだってキスはするだろうし、グールに至っては口のスペシャリストだ。
だが今、それを話すのは無粋というものだろう。
雰囲気が壊れるし、何より……
「グレン……私、グレンにキスされてもっと濡れてきちゃった……もう、我慢できない……」
グレンの身体を下から抱きしめながらセラスが切なげに言う。
ちょうどグレンの肉棒がセラスの股間と擦れ、にゅるりと粘液が絡みついた。
グレンもまた、もう我慢はできそうにない。
「いくぞ……」
「はい……」
昨日はセラスに乗られていたが、今日はグレンが上だ。
キスでとろけているセラスの身体に、グレンは自分の分身を潜り込ませた。
「ああっ、入って……」
「うく……熱い……」
二人の声が絡み合う。
セラスは自分の胎内を満たす彼の存在に、グレンは自分の分身を包む彼女の温かな存在に吐息を漏らしていた。
しばらく二人は挿入して微動だにしなかったが、セラスが下から身体を揺すり、動くように催促した。
ゆっくりとグレンは腰を振る。
あはぁ、と短い嬌声が断続的にセラスの口から上がった。
「あぅう、グレン、気持ちいい、気持ちいいよぉ……」
「ちょ、おい……!」
グレンが焦った声をあげる。
セラスの腕はグレンの背中に回っていてがっしりと固定し、彼女の脚は彼の腰に回っていてロックしていた。
「セラス、そんなにされると……動け、ない……!」
「いいの……大きく動かなくても気持ちいいからぁ……それより、ギュって……ぎゅってしてぇ……」
舌を軽く突き出しただらしのない顔でイエティは抱擁のおねだりをする。
セラスの頭を抱え込むようにして抱きしめて、グレンは彼女の要求に応えた。
腰も大きくは使えないが動かせるだけ動かして相手と自分を高める。
下腹部からの快感とグレンの行動にセラスが満足げで甘えた声をあげた。
昨日までの彼女だったらそれで満足し、あとは絶頂を見るだけだっただろう。
だが「知ってしまった」今日からの彼女はそれだけでは満足しなかった。
「あと、あと……ふぁんっ! キスぅ……キスしてぇ……」
つい先ほど、目の前の愛しい男に教えられた物をイエティは貪欲に要求する。
「ああ分かった……んちゅ……」
「ンンっ♥ ちゅっ、ちゅるっ、ちゅう……」
グレンのキスにキスで応えながら、セラスは嬉しげな声を喉の奥から漏らす。
声だけでなく、キスに対する彼女の嬉しさや気に入っている様子は身体にも現れていた。
背中に回っていた彼女の手が上がっており、彼の首根っこのあたりに回っている。
まるでこのくちびるを離したくないとでも言うかのように。
くちびるとくちびる、身体と身体、性器と性器……二人はこれ以上にないくらいつながっている。
しかも、セラスの手足がグレンの身体に絡みついており、その密着は容易には解けそうにない。
「ん、ぷはぁ! グレン、グレンん……もう、もう……」
一度キスを中断し、セラスは涙目で許しを乞うかのような声で、自分の身体に絶頂が迫っていることを訴える。
その艶かしい表情にどきりとしつつも、味わっている余裕はグレンにもなかった。
「ああ、俺も……んんっ!」
「ん、んふぅ! んちゅ、んっ、んっ、んんっ!」
皆まで言わないうちにグレンは首に回されている腕に力を込められた。
再び二人のくちびるがくっついた。
もう言葉はいらない。
あとは最後の瞬間を二人で待つだけ。
そしてその時が来た。
「んん、んんんん!」
「んふぅ!?」
一つになっている二つの身体が密着したまま、同時に震える。
どくどくとグレンの身体はセラスの身体に白濁液を吐き出し、そしてセラスの身体はそれを絶対に漏らすまいとするかのごとく、脚でぎゅっと彼の腰を自分の股間に押し付けさせた。
「……ねぇ」
一通り事が終わって、何もしていない時間。
それでも二人は抱き合ったままだ。
その時にセラスが訊ねる。
彼女の声は複雑だった。
訊ねにくいような、腫れ物に触るような恐る恐ると言った調子もありながら、どこか嫉妬のような物を孕んでいる。
「……グレンは、ほかの人ともキスをしたの? それにグレンは、どこから来たの?」
「……」
グレンはしばらく何も言わなかったが、ちゃんと説明しなきゃいけないよな、と一人つぶやき、そして話し始めた。
「ああ、あるよ……そもそも俺には妻がいた……」
グレンは少し遠い目をして話し始めた。
そもそも彼はある反魔物領のちょっとした貴族の息子だった。
妻も政略結婚でしたものだが、いた。
「それで最近、戦争があったのだが……」
実は、グレンの妻の実家が相手の国と内通していた。
あっという間にグレンの属する国は窮地に立たされ、グレン自身も敗走を余儀なくされた。
国から脱出し、遠い国に落ち延びるために彼はひたすら歩いたのだが……歩いて迷い込んでしまったところがこの雪山だった。
「それで、グレンは私に出会った……」
「そういうことだ」
ため息まじりにグレンは言う。
そして続けた。
「もともと俺は反魔物領の人間だ。セラスがイエティだと分かった時は俺はもうダメだと思った。だけどセラスは俺を献身的に温め、介抱してくれた」
身内を裏切るような人間と違ってね、と彼は苦笑しながら付け加えた。
「……だから……俺はお前のことが好きになった」
最後のほうは照れくさそうにグレンは言い、そこから真剣でかつ苦しげな表情になった。
「なぁセラス……こういうわけで俺は追われる身で、反魔物領出で、そして妻がいた人間だ。こんな男でいいのか……? むっ!? んんん!?」
二回、グレンが驚いた声をあげた。
一回目は、セラスが思いっきり彼を抱きしめたから。
二回目は、セラスが彼のくちびるを自分のくちびるで塞いだから。
たっぷりと数分、セラスからグレンへ、抱擁とキスがされた。
「これで分かる……? イエティ式と人間式、両方で……私の、気持ちが……」
それが彼女の答え。
十分だった。
口先だけではないその行動に、グレンは雪解けのような柔らかな喜びの笑みを顔に浮かべる。
「ああ、分かったよ。俺も……」
「んんっ♥」
キツく二人は抱き合い、くちびるを押し付け合った。
飽きもせずにずっと、ずっと。
二人が眠りに落ちるまでその抱擁とキスは続いた。
「ああ、ありがとうセラス」
とある雪山にぽつんと立っている山小屋。
その山小屋の中に美味しそうなクリームシチューの匂いが漂っていた。
女がそのシチューを二つの皿に盛ろうとする。
だが彼女の姿は、シルエットは人ではあるのだが、人ではないところがいくつかみられた。
彼女の手足は大きく、毛むくじゃらで白く、獣の物だった。
実際に彼女は人ではない。
イエティ。
雪山に生息する獣人の魔物娘だ。
彼女達はどんなに極寒の環境でも活動できる。
性格は陽気で優しく、雪山で遭難している人を見かけたらすぐに助け、彼らを抱きしめて自らの体温で温めようとするほどだ。
そう、この男を助けたように。
つい昨日の話だ。
山小屋の中でのんびりしていたイエティのセラスがふと胸騒ぎを覚えて猛吹雪の外に出てみると、遠くでふらついているぽつんとした影を認めた。
こんな猛吹雪の中あまり出歩く獣もいないし、出歩く獣はふらつくほどやわではない。
そして何より吹雪に混じって彼女の鼻をくすぐるものがあった。
男の臭い……魔物である彼女はそれを敏感に感じ取っていた。
すぐに彼女は影に向かって走り出した。
果たしてその影の正体は人間、それも男だった。
雪山を歩くと言うのに彼の服装はおよそ冬の登山には向かない格好だった。
毛皮で出来たマントは羽織っていたが、その下は軽鎧を身にまとっていた。
「あ、こんなところに人が……助かった」
安心して気が緩んだのか、男はセラスを見て気を失ってしまった。
しかしこの極寒の中、気絶してしまうのはまずい。
下手をしたら死んでしまう。
一刻も争う事態だ。
セラスは彼を抱きかかえて温めながら、大急ぎで山小屋に戻った。
彼の意識が戻った後も彼女はずっと彼を抱きしめていたのだが……
「ああ、美味しいよ。こんなに美味しくて温かいもの、食べたことがない」
シチューを口にしたグレンがうっとりとして言う。
手放しで褒められてセラスは頬を染める。
だが同時に疑問も心に浮かび上がった。
「グレンは温かい物、食べたことないの?」
「……いや、そう言うわけじゃない。温かい物は食べていたし、美味しい物も食べていた。実際、パンはたいてい白パンだった」
シチューと一緒に出された堅い黒パンを苦労して引きちぎりながら、グレンはつぶやく。
彼の答えに対して、セラスは分かりかねると言った感じで首をかしげた。
しかし彼の言葉から、前から予想していたことに確信を持った。
一般の庶民はあまり口にすることのない贅沢な白パンを良く食べていたと言うことは、彼はかなり上流階級の人物ということになる。
山奥に住んでいるセラスもそれは知っていた。
そんな男がフラフラとこの雪山を、鎧なんかを着て歩いていたと言うことは……
「セラス?」
突然、グレンに呼びかけられてセラスはハッとした。
考え込みすぎていたようだ。
ごまかすようにセラスは笑ってシチューを口に運ぶ。
グレンも、彼女が何を考えていたかおおよそ予想はついたようだ。
何も言わず、黙ってシチューを食べ続けていた。
食事が終わり、片付けや薪の用意などしたら特にやることはない。
早々にセラスとグレンはベッドに就いていた。
もともとセラスが一人で暮らしていたため、ベッドは一つしかない。
そのベッドに二人は入っていた。
「なぁ、セラス」
「なぁに?」
ぽつんと声を出したグレンにセラスは少々間延びした甘い声で応える。
言いにくそうに少し黙っていたグレンだったが、やがて口を開いた。
「その……やっぱり抱きつくのか、俺に……」
「だってそうじゃないと二人でベッドにはいれないし、それに……こうした方が温かいでしょう?」
「それはそうなんだけど……」
ベッドの中でセラスはグレンに抱きついていた。
セラスの言葉通り、そうしないと二人が一緒にベッドに入れない。
そして、確かにセラスに抱きつかれた方が、グレンは温かかった。
昨日もそうして凍えていた身体を温めてもらっていた。
「でも……」
「ん〜? でもなぁに?」
顔を赤くするグレンにニヤニヤとセラスは笑って言う。
セラスのニヤニヤ笑いにグレンはますます顔を赤くし、そっぽを向いた。
でも、の後に本当は、セラスに抱きつかれるのを少し嫌がる理由が続くはずだ。
だがグレンはそれを言わない。
そしてセラスは、言われなくてもその理由が分かっていた。
「もしかして、また、おちんちんが勃っちゃったかなぁ?」
「くっ……!」
グレンの顔がまるで火でも出ているかのように真っ赤になる。
そのことが、セラスの2つの指摘を肯定していた。
一つは今勃起していること、もう一つは昨日もそれをしてしまったこと……
昨晩、セラスに抱きしめてもらって身体を温められていた。
抱きしめられると彼女から体温が伝わってくるのだが……それと同時に彼女の胸の膨らみも押し付けられていた。
グレンも男である。
その膨らみのやわらかさに思わず催して股間を勃たせてしまったのだ。
グレンを抱きしめていたセラスはすぐに、自分の身体に当たる彼の股間の膨らみに気付き、笑みを浮かべた。
自分が抱きしめている男が勃起する……それはイエティにとって「男性が自身との交尾を求めている」というサイン……
サイン通りに認識したセラスはその場でグレンを生まれたままの姿にした。
自分とグレンの素肌を密着させてより身体を温め、そして彼の分身を自分の熱くぬめった肉洞に迎え入れたのだった。
「えへへ♪」
仰向けに寝ていた自分の腕の中にいるグレンをセラスは強引に腕力で自分の方に転がして抱きしめ直した。
身体に彼の下腹部が当たる。
はたして……
「やっぱり勃っちゃってるね♥ また私と交尾したい?」
「くっ、そんなことは……!」
「我慢は良くないよ〜♪」
否定しようとするグレンを、歌うような調子で遮ってセラスは彼をまた剥き始めた。
昨日は鎧を脱いだ状態からだったため少々時間がかかったが、今の彼は薄着姿だ。
あっと言う間に彼はベッドの中で全裸になる。
「私も、我慢できないし……ほら……」
そう言って自身も生まれたままの姿になったセラスはグレンの手をとって自分の下腹部に導いた。
彼の指にぬるぬるとした温かい粘液が絡みつく。
まだなんの愛撫も施していないのに、彼女の性器は濡れていた。
「グレンが好きだから、グレンと交尾したいから、もうこんなになっているんだよ……」
とろけた声でそう言いながら、セラスはグレンの身体に腕をゆっくりと回して抱き直す。
抱きしめる腕にゆっくりと力を込めていって身体を密着させ、そしてセラスはグレンの耳元で囁いた。
「グレン……大好き♥」
「……」
グレンは応えない。
少し不安になってセラスは訊ねる。
「グレンは? グレンも私のことが好きでしょう?」
「随分な決めつけだな。どうしてそう思うんだ?」
「だってグレン、昨日私を抱きしめ返してくれたもの」
その時のことを思い出しているのだろう。
すこし遠い目をしてにへらとセラスは幸せそうな表情を顔に浮かべる。
「それがどうして『俺がお前のことが好き』ということになるんだ?」
「だって、イエティはそうとるんだよ。男の人の抱きしめ返しは、『お前をメスとして気に入った』って意味だって」
「そうなのか……」
初めて知った、騙された、と言った感じでグレンは嘆息した。
だが昨日、彼がセラスを抱きしめたのも事実だ。
イエティがそうとってしまったのなら、今更誤解だと言っても仕方のない話だろう。
「とすると……イエティにとって抱擁は親愛表現、愛情表現なのか?」
「そうだって言っているじゃない、えへへ〜♪」
「要は、キスにキスを返してしまったような物なんだな……」
ぽつりとつぶやいたグレンの言葉にセラスは首を傾げる。
「キス? キスってなぁに?」
「……お前、キスも知らないのか?」
「むぅ……ずっとここに住んでいるから、イエティのこと以外は知らな……んんっ!?」
少しむくれたように頬をふくらませたセラスだったが、突然驚いた声をあげる。
それもくぐもった声だった。
声がくぐもったのは、口を塞がれていたから。
セラスはグレンのくちびるで口を塞がれていた。
目を白黒させているセラスからゆっくりとくちびるを離し、グレンは言う。
「これがキスだ……人間の間で、恋人や夫婦がやる、愛情表現だ」
「あっ、あっ……」
セラスは声にならない声をあげている。
突然のなれないくちびるへの刺激に戸惑っているようだ。
それでもはっきりと快感のような物を覚えているらしく、その声はどこか甘い調子を含んでいた。
そして
「恋人……夫婦……」
それだけはきちんと聞き取れ、理解できたのであろう。
うっとりとした声でセラスは復唱する。
その顔が嬉しそうに笑顔を作った。
「つまり、今私にキスをしたグレンは……」
「ああ、俺も好きだぞ。昨日会ったばかりだけど、優しいセラスが……」
イエティに抱擁を返すことが、男からの愛情返しであることをグレンは知らなかった。
だが知らなかっただけで、グレンがセラスに好意を持っているのは確かだ。
セラスの誤解は誤解であって誤解ではない。
「んっ……」
自分の気持ちを打ち明けたグレンは再びセラスのくちびるに自分のくちびるを近づけ、そのまま塞いだ。
「んっ♥ んんっ!?」
キスの意味を理解し、嬉々とそれを受け止めたセラスだったが、また目を見開く。
グレンの舌が彼女の口内に侵入していた。
それはセラスの舌に絡みつき、歯列をなぞり、自分の唾液を送りつつ彼女の唾液を奪っていく。
意味は理解してもキス自体はまだ理解できていなかったセラスは、グレンにされるがままになっていた。
しかししばらくするとそこは魔物娘なのか、イエティの方もおずおずながら彼の舌に応え始める。
部屋には二人の吐息と舌が絡み合って立つ水音が響いた。
「あひゅう……気持ち、いい……」
たっぷり数分キスを交わし、ようやくくちびるが離れて、最初にセラスはつぶやいた。
そんなセラスにグレンは少し照れくさそうに笑う。
「あまり俺は上手くないけど……」
「グレンの物だったらなんだって気持ちいいの。それに……人間の愛情表現を知ることができて、嬉しい……」
「あー……」
実際のところは人間以外だってキスはする。
サキュバスだってキスはするだろうし、グールに至っては口のスペシャリストだ。
だが今、それを話すのは無粋というものだろう。
雰囲気が壊れるし、何より……
「グレン……私、グレンにキスされてもっと濡れてきちゃった……もう、我慢できない……」
グレンの身体を下から抱きしめながらセラスが切なげに言う。
ちょうどグレンの肉棒がセラスの股間と擦れ、にゅるりと粘液が絡みついた。
グレンもまた、もう我慢はできそうにない。
「いくぞ……」
「はい……」
昨日はセラスに乗られていたが、今日はグレンが上だ。
キスでとろけているセラスの身体に、グレンは自分の分身を潜り込ませた。
「ああっ、入って……」
「うく……熱い……」
二人の声が絡み合う。
セラスは自分の胎内を満たす彼の存在に、グレンは自分の分身を包む彼女の温かな存在に吐息を漏らしていた。
しばらく二人は挿入して微動だにしなかったが、セラスが下から身体を揺すり、動くように催促した。
ゆっくりとグレンは腰を振る。
あはぁ、と短い嬌声が断続的にセラスの口から上がった。
「あぅう、グレン、気持ちいい、気持ちいいよぉ……」
「ちょ、おい……!」
グレンが焦った声をあげる。
セラスの腕はグレンの背中に回っていてがっしりと固定し、彼女の脚は彼の腰に回っていてロックしていた。
「セラス、そんなにされると……動け、ない……!」
「いいの……大きく動かなくても気持ちいいからぁ……それより、ギュって……ぎゅってしてぇ……」
舌を軽く突き出しただらしのない顔でイエティは抱擁のおねだりをする。
セラスの頭を抱え込むようにして抱きしめて、グレンは彼女の要求に応えた。
腰も大きくは使えないが動かせるだけ動かして相手と自分を高める。
下腹部からの快感とグレンの行動にセラスが満足げで甘えた声をあげた。
昨日までの彼女だったらそれで満足し、あとは絶頂を見るだけだっただろう。
だが「知ってしまった」今日からの彼女はそれだけでは満足しなかった。
「あと、あと……ふぁんっ! キスぅ……キスしてぇ……」
つい先ほど、目の前の愛しい男に教えられた物をイエティは貪欲に要求する。
「ああ分かった……んちゅ……」
「ンンっ♥ ちゅっ、ちゅるっ、ちゅう……」
グレンのキスにキスで応えながら、セラスは嬉しげな声を喉の奥から漏らす。
声だけでなく、キスに対する彼女の嬉しさや気に入っている様子は身体にも現れていた。
背中に回っていた彼女の手が上がっており、彼の首根っこのあたりに回っている。
まるでこのくちびるを離したくないとでも言うかのように。
くちびるとくちびる、身体と身体、性器と性器……二人はこれ以上にないくらいつながっている。
しかも、セラスの手足がグレンの身体に絡みついており、その密着は容易には解けそうにない。
「ん、ぷはぁ! グレン、グレンん……もう、もう……」
一度キスを中断し、セラスは涙目で許しを乞うかのような声で、自分の身体に絶頂が迫っていることを訴える。
その艶かしい表情にどきりとしつつも、味わっている余裕はグレンにもなかった。
「ああ、俺も……んんっ!」
「ん、んふぅ! んちゅ、んっ、んっ、んんっ!」
皆まで言わないうちにグレンは首に回されている腕に力を込められた。
再び二人のくちびるがくっついた。
もう言葉はいらない。
あとは最後の瞬間を二人で待つだけ。
そしてその時が来た。
「んん、んんんん!」
「んふぅ!?」
一つになっている二つの身体が密着したまま、同時に震える。
どくどくとグレンの身体はセラスの身体に白濁液を吐き出し、そしてセラスの身体はそれを絶対に漏らすまいとするかのごとく、脚でぎゅっと彼の腰を自分の股間に押し付けさせた。
「……ねぇ」
一通り事が終わって、何もしていない時間。
それでも二人は抱き合ったままだ。
その時にセラスが訊ねる。
彼女の声は複雑だった。
訊ねにくいような、腫れ物に触るような恐る恐ると言った調子もありながら、どこか嫉妬のような物を孕んでいる。
「……グレンは、ほかの人ともキスをしたの? それにグレンは、どこから来たの?」
「……」
グレンはしばらく何も言わなかったが、ちゃんと説明しなきゃいけないよな、と一人つぶやき、そして話し始めた。
「ああ、あるよ……そもそも俺には妻がいた……」
グレンは少し遠い目をして話し始めた。
そもそも彼はある反魔物領のちょっとした貴族の息子だった。
妻も政略結婚でしたものだが、いた。
「それで最近、戦争があったのだが……」
実は、グレンの妻の実家が相手の国と内通していた。
あっという間にグレンの属する国は窮地に立たされ、グレン自身も敗走を余儀なくされた。
国から脱出し、遠い国に落ち延びるために彼はひたすら歩いたのだが……歩いて迷い込んでしまったところがこの雪山だった。
「それで、グレンは私に出会った……」
「そういうことだ」
ため息まじりにグレンは言う。
そして続けた。
「もともと俺は反魔物領の人間だ。セラスがイエティだと分かった時は俺はもうダメだと思った。だけどセラスは俺を献身的に温め、介抱してくれた」
身内を裏切るような人間と違ってね、と彼は苦笑しながら付け加えた。
「……だから……俺はお前のことが好きになった」
最後のほうは照れくさそうにグレンは言い、そこから真剣でかつ苦しげな表情になった。
「なぁセラス……こういうわけで俺は追われる身で、反魔物領出で、そして妻がいた人間だ。こんな男でいいのか……? むっ!? んんん!?」
二回、グレンが驚いた声をあげた。
一回目は、セラスが思いっきり彼を抱きしめたから。
二回目は、セラスが彼のくちびるを自分のくちびるで塞いだから。
たっぷりと数分、セラスからグレンへ、抱擁とキスがされた。
「これで分かる……? イエティ式と人間式、両方で……私の、気持ちが……」
それが彼女の答え。
十分だった。
口先だけではないその行動に、グレンは雪解けのような柔らかな喜びの笑みを顔に浮かべる。
「ああ、分かったよ。俺も……」
「んんっ♥」
キツく二人は抱き合い、くちびるを押し付け合った。
飽きもせずにずっと、ずっと。
二人が眠りに落ちるまでその抱擁とキスは続いた。
12/11/25 03:28更新 / 三鯖アキラ(旧:沈黙の天使)