繋-絆と手綱-
静かに砂塵が舞う訓練場のグラウンド……そこにポツリと鎧を身につけた訓練用の人形が置かれている。
その周囲には誰もいない。
訓練後なのに誰も片付けなかったのか……いや、そうではなかった。
ビュンッ!
疾風が巻き起こり、次の瞬間にはその訓練用の人形が地面に叩きつけられて跳ね上がり、宙を舞った。
「おっと、また派手にやりすぎたな」
おどけたような声が訓練場に響く。
疾風によって巻き起こっていた砂埃が消え、声の主が姿を表す。
黒い軽鎧を身にまとい、手にはランスを持った30才ほどの男だ。
先ほどの訓練用人形が吹っ飛んだのは彼の攻撃によるものだったらしい。
普通は槍の一撃だけでこんなに人形が吹っ飛ぶことはないのだが……
「やれやれ、別に威力があるのはいいし戦闘でも使えるんだけど、訓練だと人形をいちいち立て直さないといけないんだよな、よっと……」
一人苦笑いしながらぶつぶつとつぶやきながら、その男はトサっと地面に降り立った。
ワイバーンから降りたのだ。
そう、この男は竜騎士である。
先ほどの槍の一撃は高いところから急降下しながらの一撃だったのだ。
鎧をまとっている人形でも吹っ飛ぶのも納得である。
「この人形もボロボロになってきたし、そろそろ修理時かなぁ……よいしょっと、んっ?」
人形を立て直そうとする男の手が止まる。
彼は背後から何者かに抱きつかれていた。
「ねぇジェイク。急降下攻撃を決めたら訓練はおしまいって約束でしょう? さっさとそれは片付けて……ね?」
男、ジェイクの耳元に甘い声がかけられる。
女の物だ。
そうだったなと笑ってジェイクは自分を抱きしめている女の手を取る。
だが取ったその手は人間の女の物ではない。
爬虫類のような鱗に覆われている。
人間ならざるのは手だけではない。
ジェイクを抱きしめている者の前腕からは緑色の皮膜に覆われた翼が広がっている。
また今はジェイクの目からは見えないが、彼女の腰からは蛇のような尾が太く長く伸びており、そして脚も手と同じように鱗に覆われていた。
その人ならざる部分はまるで竜。
竜といえばさっきまでジェイクが乗っていたワイバーンだが……そのワイバーンの姿は消えていた。
そう、今このジェイクに後ろから抱きついている女こそ先ほどのワイバーンの真の姿である。
「お前の言うとおりだな。訓練はこれで終わりだっ!」
人形をずるずると訓練場の隅っこの方に引きずって行きながらジェイクは言う。
彼の後ろをちょこちょこと、人の姿に戻ったワイバーンはついて行く。
そんなワイバーンにふとジェイクは訪ねた。
「それにしてもサラ。お前、また急降下の速度が上がったんじゃないか?」
「そうかしら? でも……うーん、そうかもね。前よりもさらに飛ぶのが良くなったみたい」
少し考えていたワイバーンのサラだったが、すぐにジェイクの言葉に頷いた。
「でもあたしの急降下の速度が速くなったとしても……ジェイクの突きのタイミングは相変わらずぶれなかったじゃない」
「まぁな。お前の息に合わせるくらいは何とかできるさ。何年、お前のパートナーをやっていると思っているんだ」
人形を隅の方に置いて振り向いたジェイクがニヤリと笑いかけてみせる。
その笑みは親友や戦友、相棒に向けるような信頼していて裏表がない、爽やかな笑みだった。
同じような笑顔を彼の相棒であり、戦友であるサラは浮かべて頷く。
が、その笑みがまた別の物に変わる。
「そうよね、あたしが赤ちゃんだったころから18年ね……あなたをあたし以上理解している者は、世界中どこを探してもいないはずよ……」
その笑みはとろけていて、まるで恋人に向けるような笑顔……
いや、まるでではなく、実際にそうだ。
二人は竜騎士と竜……戦友であり相棒であり、家族であり育ての親と子であり、幼馴染であり、そして……恋人である。
「サラ……」
「ジェイク……」
熱っぽく互いの名前を呼び合い、身体を密着させる。
サラの背中にジェイクのがっしりとした戦士の腕が回され、ジェイクの身体がサラの腕と翼によってすっぽりと包まれた。
ここはとある山岳地帯の村、ベルクオロス……ジェイクとサラはそこに住む。
元々は反魔物領にあって他国の侵略から国を守る防衛拠点として作られた砦だった。
戦争が終わってから村として人々が住むようになったのだが、傭兵くずれの山賊にしょっちゅう襲撃されることに困っていた。
もっとも防衛拠点として作られた村なので、被害は少なかったが、それでも悩むことには悩んでいた。
その山賊たちを追い払ったのが旅をしていたジェイクとサラだった。
始めは魔物とそのつがいを警戒していた村人たちだったが、ジェイクたちが山賊を追い払ったら彼らを信用し、村の一員として温かく迎え入れた。
今ではベルクオロスは周辺の森にも野良の魔物娘が住む、反魔領内でありながら親魔物的な村だ。
「ん、ちゅ、はふっ……」
「ちゅる、ん、んんっ……」
訓練場の隅に情熱的な吐息と水音が響く。
抱きしめ合っているジェイクとサラは訓練場内なのにきつく抱きしめ合って、熱いくちづけを交わしていた。
いかに竜騎士といえどもジェイクも男、そしていかに騎竜といえどもサラも魔物娘。
戦いのときでなければ恋人同士であり、一対のオスとメスである。
「ねぇジェイク……あたし、我慢できなくなっちゃった……」
「で、ここでか? まだ日もあるし、パトロールも終わってないのに?」
とろけた顔をしたサラの要求にジェイクは苦笑してみせる。
だが彼もまんざらではない。
強くサラを抱きしめていた腕の片方が力を緩め、サラのむき出しになっている背中をイヤらしく這っていた。
「良いでしょう? 一回くらい……」
ね? とダメ押しの笑顔を向けながらサラはジェイクの軽鎧を外し始める。
しょうがないなと言いながらジェイクも自分の鎧に手をかけたその時だった。
「伝令、でんれーい!!」
訓練場や戦場にふさわしい、そして今の二人の雰囲気にふさわしくない、鋭く緊張感に満ちた声が響く。
二人同時に舌打ちをし、苦笑いをしあいながら、二人は互いの身体を離した。
その二人の前にラージマウスがまろび出る。
近くの森に住んでいてパトロールも一部任せている者だ。
「エアラか、何事だ?」
「報告! 南南西の崖に教団兵の部隊が出現! その数およそ30!」
「さ、さんじゅ〜?」
あまりに慌てた様子だったのでどのくらいの兵が来たのかとジェイクは警戒したが、その人数の少なさに思わず力が抜けてつんのめりそうになる。
情事を邪魔されたサラも不快そうに軽く眉をひそめた。
だが人数だけでは判断してはいけない。
勇者クラスの人間を筆頭に強力な兵士たちを集めた部隊かもしれないし、人数は多くなくても教団兵たちのこの村への進行を許すわけにはいかない。
「他にも戦える奴はいると思うが……まぁ、いい。放浪していた俺たちを迎え入れてくれたこの村のためにも働かないとな。行くぞ、サラ……」
いささかやる気のない声でジェイクはいい、兜と実戦用の槍を取りに訓練場の建物の中に向かった。
サラもやる気のなさそうな返事をしながら旧世代の姿へと変身した。
『あれがそうね……』
「本当に30人くらいしか来ていないな」
数分後、二人は村の近くの空を舞っていた。
エアラの報告のとおり南南西の方向に、村から5マイル(約8キロメートル)ほど離れたところに教団兵の部隊が行軍している。
矢などが届かないところで旧世代の姿になっているサラとその背に乗っているジェイクはその軍を観察した。
討伐隊は崖を左手にして、岩肌がむき出しになった細い山道を3列縦隊で進んでいる。
向こうもこちらの存在に気づいたようだ。
慌てて戦闘準備をとった。
数人の弓兵が矢をつがえ、彼らを守るように槍兵がその前に立つ。
なるほど、訓練はそれなりに受けたいっぱしのようだ。
「だけど……」
ジェイクが渋い声を上げる。
「歩兵の装備が配給品っぽい……一般兵クラスだな」
『一人偉そうな格好をしている人も、せいぜい隊長クラスってところよねー』
ジェイクの言葉に、旧世代の姿になっているサラがテレパシーのようなもので応答する。
彼らの言うとおり、歩兵は弓や槍を装備しているがそのつくりは非常にシンプルなもので、大量生産されたものであると一目で分かった。
服装も安物の軽装だ。
一人違う服をまとっている者がいるが、彼が持っている盾に紋章が入っていないことを見ると、そう大した人物ではないだろう。
「なめられたものだな……サラ、急襲して二人か三人くらい崖から叩き落としてやろう。それで向こうも帰ってくれるだろう」
『それがいいわね』
ジェイクの提案にサラも頷く。
なおこの山の谷には特殊な魔法が貼られており、谷に落ちたらこの山の魔物が住む洞窟に転移するようになっている。
敵兵を谷底に叩き落としても、村人が事故で転落しても死者は出ないようになっているのだ。
『それでどこから急襲するの?』
いくらスピードとパワーを誇るワイバーンと竜騎士でも、矢の面射撃に正面から特攻するのは愚の骨頂だ。
さらに弓兵は槍兵によって守られている。
正面はもちろん側面からの突撃も無理だ。
陸上戦ならダメージ覚悟で攻撃しなければならないだろうが、ジェイクとサラは竜騎士とワイバーンである。
他から攻める方向がある。
「真上だ。さすがの弓兵も垂直に上に向かって矢は放たないだろう」
真上に放った矢が標的を外したらその矢はすべて自分に降り注ぐことになるから、真上には発射できないはずだ。
ジェイクの指示にサラは鼻息を鳴らして了解の返事をし、高度を上げていった。
「しかし、何か気に食わない……」
ぽつりとジェイクがつぶやく。
何が、とサラが訊ねるがジェイクは黙ったまま考える。
何か出来すぎているような気がする。
少なすぎる一般兵を中心とした討伐隊、そしてこちらが上から急降下攻撃をしかけるような素振りを見せても討伐隊は怖気つく様子がなく平然としている。
何か誘導されている気がする。
『ちょっと待てよ……』
始めにいた位置から20ヤードほど高度を上げたところでジェイクの中で違和感がはっきりと不安に変わった。
改めて敵の討伐隊の位置や周囲の土地の状況を見る。
彼らは切り立った岩肌の山道で布陣を張っている。
弓兵と隊長と思わしき騎兵を守るように槍兵が周囲を固めるような形だ。
さらに崖を背にして、こちらが急旋回をして背後を突くのを防ぐようにも考えられている。
やはり上から攻撃するのが定石となるだろう。
その上は……崖の上は森が広がっている。
寡兵な討伐隊、こちらの高度上昇に怖気つかない彼ら、そして上に広がっている森……
その森が目の前にしたとき、ジェイクは自分の中で形をなしていなかった不安が何かを認知した。
「ダメだ、サラ! こっちだ!」
グイッと左手で手綱を強くジェイクは引いた。
『ちょ、何よ!?』
手綱で首を引かれ、反射的にサラは宙返りを打ちながら左後方に飛んだ。
その次の瞬間、サラがいた空間を何か大きな物が音を立てて通り過ぎた。
岩だ。
『えっ!? 何よあれ!?』
「投石器だ! あの森に伏兵がいる!」
下にいる討伐部隊は囮だ。
急降下攻撃を誘うような陣を敷き、さらに意識を自部隊に向けて伏兵から気をそらす……それが狙いだった。
「……まだ来るぞ!」
空中で体勢を立て直しながらジェイクが叫ぶ。
言葉のとおり、今度は矢が森からまるで壁が迫ってくるかのように、一斉に飛んできた。
『くっ……!』
左下に飛びながらサラはそれをかわそうとした。
なんとか彼女はかわせたが……
「ぐあっ!」
サラの背中の上でジェイクが声を上げる。
彼の右肩に矢が一本突き立っていた。
ぐらりとジェイクの身体が揺れてサラの背中から滑り落ちる。
『ジェイク!?』
テレパシーだが悲痛な声をサラが上げる。
最悪の事態が予想されたが……
「くそっ、ドジ踏んじまった」
右手に持っていた魔界鉄の槍は落としてしまったが、なんとかジェイクは左手で手綱を握りしめており、ぶらりとサラの身体からぶら下がっていた。
『良かった、無事だった!』
「まだだ……早く俺を乗せ直してくれ!」
『分かった!』
サラが、ジェイクを軸に振り子が弧を描くように、彼の下に回り込む。
どさりと落下したジェイクがサラの背中におさまった。
「よし、これでとりあえずは大丈夫だ」
『ジェイク、大丈夫? 戦える? いったん村に引き返す?』
「いや、村に帰って治療を受けていたら奴らが村についてしまう。何とかしてこの場で止めるぞ」
右肩に矢を受けたが、まだ何とかなるだろう。
槍も落としてしまったが腰には手斧が2本、予備の武器として備えられている。
「先に伏兵部隊を片付ける。あの森を旋回して奴らの背後を突くぞ! さっき飛んできた矢の量を見たら、伏兵も決して多いとは言えないはずだ」
『了解』
ジェイクの指示どおりサラは森の上を旋回して、森の中に静かに入り込んだ。
「奴らの姿、見えなくなりましたね?」
一方こちらはジェイクとサラを攻撃した伏兵部隊。
一人の弓兵が隊長と思わしき騎兵に話しかけている。
「ふん。おそらく無事ではないだろうから、村に帰ったのだろう」
ニヤリと騎兵の顔に笑みが浮かぶ。
投石器の攻撃は失敗したが、矢の攻撃は上手く行った。
ワイバーンから落ちかけたところを見ると、あの竜騎士は無事ではないはずだ。
そう騎兵は判断した。
「もうここには用はない。下の囮部隊と麓の本隊に合図を出して村を討伐するぞ!」
「了解です! ……って、何か焦げ臭くないですか?」
返事をした弓兵が鼻を鳴らす。
彼の言葉通り、物が焼ける匂いが風に乗って彼らに届いていた。
風は後ろから吹いている。
その方向を振り向いてみると……
「うわっ!? 煙が!?」
「もしかして、山火事!?」
「別の魔物の火攻めか!?」
煙がもうもうと立ち上っており、ちらちらと赤い炎が上がっていた。
あっという間にパニックが伏兵部隊に広がっていく。
「焼け死ぬぞ! 逃げろ!」
「ひえええ、お助けぇええ!」
「あ、コラッ!待て! 勝手に行動するんじゃない!」
隊長が慌てて指示を出そうとしたが遅かった。
30人いた伏兵部隊のうち20人ほどが散り散りになって逃げ出す。
残っている者も今にも逃げ出したいような及び腰だった。
もう伏兵部隊は連携が崩れており、戦える状態ではない。
そんな兵士達は何人いようと烏合の衆……
「でやあああっ!」
鋭い掛け声と共に一人の弓兵に何かが振り下ろされる。
悲鳴と共に兵士は崩れ落ちた。
「安心しろ。このトマホークも魔界鉄だから死にはしない。一時的に無力化するだけだ」
にやりと、その兵士を打倒した者が笑う。
ジェイクだ。
「お、おのれ……ヘプッ!?」
気を取り直した別の弓兵が構えようとしたが、奇妙な声をあげて吹っ飛んだ。
側頭部を蹴り飛ばされたのだ。
「ジェイクを傷つけたことは絶対に許さないわ! 本当は私のブレスで丸焼きにしたり氷漬けにしたりしたいところだけど……魔王様とジェイクとこの森に住む魔物娘たちと魔物娘の誇りのために、特別の特別の特別に気絶だけで済ませてあげるわ!」
蹴り飛ばしたのは、人間の姿を取ったサラだ。
村に逃げ帰っていたと思っていた二人を前にし、隊長が驚愕と怒りが入り混じった表情を顔に浮かべる。
「お、おのれー! 奴らを射殺してしまえ!」
顔を真っ赤にして隊長は叫ぶが、先程の炎と煙でパニックに陥っているところに奇襲をかけられた部隊が戦えるはずがない。
あっという間に残っていた弓兵たちはジェイクとサラによって大地に伸ばされてしまった。
「さて、覚悟はいいか、隊長さん?」
「逃げた他の兵士は今頃、森の魔物たちに捕まってイイコトしているだろうから、あてにならないわよ?」
手斧を構えながらジェイクは静かに言い、サラは口元だけ笑みを作って楽しそうに言ってみせる。
わなわなと震えながら騎兵は腰の剣を抜いた。
「おのれ、図に乗るな! お前らなど、主神の加護を受けた我らに……」
「前置きはいい……これで終わりだ!」
あっと言う間にジェイクが間合いを詰めて跳躍する。
もともと強力な戦士だったわけでもない上、不意をつかれた騎兵は硬直して動けなかった。
手斧が騎兵の、鎧に守られていない首に叩き込まれる。
だが血が吹き出すのは愚か、首には傷ひとつすらつかない。
魔界銀が混ぜられた金属で出来た武器は攻撃した者の肉体を傷つけずに魔力を傷つけ、無力化する。
攻撃を受けたものが女性であれば魔物化もさせる。
斧の刃は首の肉に食い込み、何もなかったかのように通り抜けた。
「…………」
初撃を繰り出す間もなく騎兵は馬の上で固まり、そして落馬した。
「やったわね、ジェイク!」
「いや、まだだ! 下の部隊にお帰りいただかないと……、もうひと踏ん張りだ!」
まぁすぐ片付くだろうけどとジェイクは苦笑いを一つし、いかに簡単な手で下にいる部隊を撤退させるか、策を巡らせた。
「大した怪我じゃなくて良かったわね」
「ああ……」
数時間後、事を終えたジェイクとサラは村に帰投していた。
崖下にいた囮部隊は上から石ころを落としてみせたり、サラが炎のブレスや氷のブレスを吐きかけて威嚇したりすることであっさりと退散した。
本隊と合流してすごすごと国に帰ることだろう。
それを追撃しても意味はあまりないし、何より一騎で本隊に突撃するのは自殺行為だ。
ジェイクとサラは追撃はせず、森に散った兵士たちが全員魔物娘に捉えられて性的な意味で襲われているのを確認してから、村に戻ることにした。
今はサラがジェイクの怪我した右肩に、応急手当をしている。
ちなみにブレスで火をつけた森だが、それは氷のブレスでサラが責任をもって鎮火した。
「よし、これで大丈夫だわ」
ジェイクの肩の傷に刑部狸が売っていた特製の薬草を貼り付け、包帯を上から巻いてサラが頷いた。
幸い当たり所は悪くなく、しばらく安静にしていれば後遺症もなく回復するだろう。
「ありがとうサラ……どうした?」
礼を言ったジェイクが首を傾げる。
手当を終えたサラの肩が震えているように見えたからだ。
ううん、と彼女は曖昧な返事をしていたが、突然ジェイクに抱きついた。
「っと、サラ?」
「……久しぶりに怖かった。岩が尻尾をかすめたとき、矢が一斉に飛んできたとき、それと……ジェイクが怪我したとき」
ジェイクにしがみついたまま、サラが震える声で独り言のようにつぶやいた。
サラを落ち着かせようと、ジェイクは怪我をしてない左手を挙げて彼女の頭を撫でる。
「もっと上手くやれば怪我もせずに済んだかもしれないけど……まぁ、結果良しじゃないか?」
「でも、もしこれがなかったら……」
サラが何かを持ち上げる。
それはサラが竜の姿になった時に取り付けられる、手綱だった。
「もしあの時、ジェイクがこの手綱であたしを思いっきり引っ張らなかったら……あたしもジェイクも大怪我して……うぅん、怪我じゃ済まなかったかも……」
「だぁから。確かにそうだったかもしれないけど結局上手く行ったじゃないか。『もしこれがなかったら』なんて考えるより『これがあったから助かった』と明るく考えようぜ? な?」
言ってもなお暗い表情のままだったサラにジェイクは優しく言葉をかける。
二人の付き合いは長い。
むしろサラはワイバーンとして生まれて18年間、ジェイクと一緒ではなかった時間などほとんどなかった。
ジェイクの方が12才上のため、精神的にはジェイクの方が余裕を持っており、このようにサラを慰めたり励ましたり、時に厳しく叱ったりするのが常だ。
彼を「お兄ちゃん」と呼んだりはしないが(ジェイクが嫌がった)、そんな彼をサラは信頼し、頼り、そして甘えた。
「ごめん。ちょっと怖くなって弱気になっていたかも……」
ようやくサラは体の震えをとめ、そしてにこりと笑ってみせた。
サラが笑顔を取り戻したことにジェイクも笑う。
「良かった良かった。ははは……」
「ふふふ……」
笑って見つめ合っていたが、急に二人は黙った。
今、部屋には二人きりで、サラはジェイクに抱きついている。
しかもジェイクは応急手当のために上半身裸……
戦友であり相棒である二人だが、やはり男と女である。
妖しい気分にならないはずがない。
日はまだ地平線の向こうに顔を覗かせていたが、二人はそっとくちづけを交わし、そしてベッドにもつれるようにしてなだれ込んだ。
「ん、んぐ……んふぅ……」
数十分が経過したころ、部屋はすっかり暗くなっていた。
その薄暗い部屋にくぐもった声が響く。
サラの物だ。
彼女は仰向けになったジェイクの上にまたがり、そして股間に顔をうずめていた。
「ん、れろ……じゅる、あむっ……んぐ……」
一度口を離し、舌で舐め上げながら息をつき、そして再び銜えこんでジェイクを刺激する。
ジェイクの身体がぴくんぴくんと快感で細かく跳ねた。
「はぅ、サラ……それ、いい……」
サラの下でジェイクが声を上げる。
数時間前は旧世界の姿になったサラに乗って勇ましく戦い、つい先程はサラを優しく落ち着かせていた男の姿は、今はそこにない。
そこにいるのは恋人からもたらされる刺激によがる、快感に弱い男だった。
実を言うと、ジェイクはサラ以外に女性経験がない。
精通する前からサラに竜騎士として、親としてついていたため、他の女性と仲良くする機会などなかったのだ。
そしてジェイクはあるとき……発情したサラに襲われ、童貞を奪われた。
初めてだったのはサラも同じであったのだが、完全にサラの方が主導権を握っていた。
今もその傾向が残っている。
「ジェイク、気持ちいい? なら、あたしも気持ち良くして……はむっ、んんっ、れる……」
尾と尻を揺らしてサラがジェイクにお返しをねだった。
首を曲げてジェイクはサラの涎を垂らしている秘所にくちづけする。
「うぅんっ!」
ぴくんとサラの腰が跳ね上がる。
逃がすまいとするかのようにジェイクの腕が下から伸び、サラの腰を押さえつけた。
そして赤く尖ったクリトリスを舌先で転がし、淫液をすする。
サラが主導権を握る傾向こそ残ってはいるが、ジェイクもされっぱなしというわけではない。
初めてのころはサラによる逆レイプも同然だったが、今は互いに思いやってペースを測り合い、二人一緒に気持ち良くなれるようになっていた。
それでもサラの方がややリードしているのは否めず、体位もサラが上になることのほうが多いのだが。
「れる、んぷっ……気持ちいいか、サラ?」
「うん、気持ちいい……ジェイクも気持ちいいでしょう? おちんちんピクピクしているし、先っぽからもう我慢汁が出ているよ。もうイキそうなの?」
口を離してジェイクの問いに答えて、サラが逆に問いかける。
フェラチオを中断している間は翼膜でにゅるにゅると亀頭をこすって刺激した。
男の弱い箇所を意外と軟らかい感触の膜でこすられ、ジェイクの腰がビクビクと震える。
「あ、ああ……その、悪い……」
「うぅん。気にしないで。一度イッたら二回目以降は長持ちするからね……それじゃ、イカせてあげるね」
またサラがジェイクのモノを銜え込んだ。
そして緩やかに頭を動かして追い込みの刺激にかかる。
頭の動きは緩やかだが、口内での攻めは苛烈だった。
舌がジェイクの肉槍に巻き付き、締め上げ、唾液を擦り付け、扱き抜き、
サラに返しのクンニリングスをするのも忘れ、ジェイクは体を震わせた。
「サラ……出る、出すぞ……!」
構わないと言ったようにサラが銜え込んだまま軽く頷き、そしてチュッとペニスを吸い上げた。
肉槍がぶくりと膨れあがり、先端から勢い良く精液を吐き出す。
「くっ、かは……」
「んんん♪」
苦悶とも歓喜ともとれる男の声と、くぐもっているが恍惚としている女の声が部屋に短く響く。
少しの間、静寂が部屋を支配し、そしてそれを二つの脱力したような、満足げな吐息が破った。
「ふふ……いっぱい出したね、ジェイク。気持ち良かった?」
「ああ、最高だった」
互いにとろけた顔を向けながらねっとりとした視線を絡み合わせる。
サラが上体を上げ、ジェイクの方に向き直った。
そして腰の位置を調節して、亀頭と秘裂を擦り合わせる。
「出したばかりなのにジェイクのここ……んっ、まだ硬いままだね……」
「ああ……30にもなったと言うのに、自分でも驚いているよ。やっぱりサラが相手だからかな?」
ニヤリと笑うジェイクにサラは顔を赤くして横を向く。
「もう、そんなお世辞言っても何も出ない……いや、出るんだった。今思いついた」
恥ずかしそうにしていたサラが今度は悪戯っぽい笑顔を浮かべ、一度ジェイクの上から降りる。
ジェイクが上体を起し、サラが何をするのか見ていると、彼女はベッドの横に落ちていた何かを拾い上げた。
それは、ベッドに雪崩こむ前までサラが手に持っていた、彼女が旧世代の姿になっている時に取り付ける、手綱だった。
「そんなものを拾ってどうするんだ、サラ。いくら俺が受身でも、鞭は勘弁だからな?」
「ジェイクにそんなことをしないわよ。これをこうして……」
爪の先を器用に操り、サラは手綱を環状に束ねた。
「お、おい……首輪か?」
訝しげに、片眉を掲げてジェイクは訊ねた。
環状にされた手綱だが、首輪にしては長すぎで、ジェイクの腰から肩ほどの長さ……およそ2フィート半(約75cm)ほどだ。
「うーん、そうであってそうじゃない……もうちょっと待ってね……んっ……」
サラが再び彼にまたがった。
手綱を持った手をジェイクの肩に回してしがみつき、ペニスにもう一方の手の爪を添えて固定し、腰をゆるゆると下ろしていく。
手綱のことも気になるが、ジェイクも近づいていく二人の結合部に意識を集中させた。
くちゅりという粘液質な音が響き、ジェイクの亀頭がサラの花園に飲み込まれる。
それだけで止まるはずがない。
サラの腰はどんどん下ろされて行き、ジェイクの分身がねちねちと音を立てながらどんどんサラに飲み込まれていく。
くにゅ……
ジェイクの肉槍の先端が、膣の柔肉とは異なるコリコリとした硬い物に当たる。
ついに二人は一番深いところで結ばれた。
「あっ、ああ……ジェイクぅ……」
ジェイクの上で快感にぶるぶると体を震わせながらサラが甘い声を上げた。
一方のジェイクは歯を食いしばっている。
少しでも気を抜いたら、先程射精したばかりだと言うのにまた精を放ってしまいそうだった。
息を詰めてサラにしがみつき、落ち着くのを待つ。
意地悪く腰を動かしてジェイクを容赦なく射精に導くこともあるが、今回はサラも動かずにジェイクを抱きしめていた。
「そろそろ大丈夫?」
しばらくそうした後、サラがジェイクに訊ねる。
無言でジェイクは頷いた。
「良かった。それじゃあ、これを……」
ふわっと、サラがさっきから手に持っていた手綱をジェイクの首にかける。
やはり首輪だったのか、そう思っていたジェイクは次にサラがした行動に驚いた。
サラもその輪のなかに自分の首を通したのだ。
「えへへ、思ったより顔が近いわね……」
彼女が言うとおり顔が近い。
顔が近いこと自体は珍しいことではなく、二人は何度もくちづけしあったし、交わりの最中にも顔をぐっと近づけたりキスしたりもした。
だが、今のこの状況は同じ「顔が近い」という状況でも何か違う雰囲気があった。
その理由は……
「これって……」
ジェイクは上体を倒そうとする。
だが、できなかった。
首にかけられた手綱によってある角度で止められてしまう。
並みの女だったらジェイクの動きに耐え切れず一緒に倒れ込んでしまったかもしれないが、相手は魔物娘の中でもさらに頑強な、ワイバーンのサラだ。
後ろに倒れようとするジェイクを手綱と、彼女は自身の首の力だけで止め、支えていた。
「なぁサラ。これは一体……」
「えーっと、ジパングのエッチな本で見た気がするんだけど……うん、詳しくは忘れちゃった」
二人ははっきりと分かってはいないが、これは「首引き恋慕」というジパングの性技の一つだ。
対面座位の状態で挿入し、そして互いの首に輪になった状態の紐をかけるものである。
これによって……
「本当に顔が近いね……ふふふ」
「ああ、こういうのも悪くないな……」
効果と感想が互いの口から語られ……そして近かった顔が完全にくっついた。
互いにくちびるを貪り合う。
腕も互いの背中に回され、密着度を高めていた。
そのままサラが腰を少し浮かせ、そしてまた下ろす。
「んっ、んん……♪」
「んふっ、うあ……」
くちびるを押し付け合っているため、くぐもった声が二人の口の隙間から漏れた。
再びサラの腰が持ち上がり、また下ろされる。
「んんっ、んふぁあ……ジェイク、ジェイクぅ……はぁんっ、ん、んん……」
くちびるの端で喘ぎながら恋人の名前をサラは呼ぶ。
自分の動きによって、自分の体内をジェイクの肉槍が掻き分けて進み、抉り、擦りあげる……
その感覚にサラは悶えた。
悶えがさらに淫らな腰の上下運動に拍車をかける。
「いいっ、もっと、もっとぉ……!」
サラの腰がリズミカルに、パンパンと乾いた肉音とぐちゅぐちゅとした水音を立てながら、ジェイクの腰に叩きつけられる。
「くっ、サラ、激しすぎ……ああぅ……!」
サラの激しい腰使いにジェイクは音を上げた。
ぐらりとジェイクの体が後ろに倒れ込みそうになる。
「あっ、ダメ!」
くっと首と背中を反らしてサラが首に力を入れる。
後ろに倒れ込みそうになったジェイクが、首にかけられた手綱によってやはり止められた。
逃げようにも逃げられない。
二人の距離はこの手綱によって、この手綱の長さ以上には離れない。
「ダメだよジェイクぅ……しっかりしなきゃぁ……ほらほらぁ! ん、あんっ!」
ニヤニヤと笑うサラの腰の動きが、上下運動からぐりぐりと回転させるような動きに変わる。
柔肉によって肉竿がしごき抜かれる感覚も強烈だったが、子宮口で亀頭を圧迫してこすりつけられる感覚もまた筆舌にし難い快感だった。
もちろん、子宮口と亀頭がくにゅくにゅと擦れ合う感覚はサラにとっても極上だった。
竜騎士であるジェイクにまたがって見下ろしながらも、サラの顔もまただらしなくとろけきっている。
「いいよジェイクぅ……気持ちよすぎておかしくなっちゃうよぅ……あっ、あ、ふうううっ!」
快感とそれをもたらすジェイクの存在にサラは虜になっていた。
うわ言のようにつぶやき、夢中になって腰を動かす。
「ちょ、マジでサラ……あっ、く……」
沸き起こってくる射精をこらえようとジェイクは身体に力を込めた。
そのために姿勢は楽なものをとろうと、上体は無意識のうちにぐいぐいとベッドに近づこうとする。
慌ててサラは腰の動きはそのままに身体を反らしてジェイクの動きを止めようとしたが、ジェイクの身体はまるで逃げるかのようにベッドに近づき、サラから遠ざかろうとしていた。
「ちょっとジェイクぅ! 私から……離れないでよぉっ! んあっ、あっ、あん!」
「いや、俺もそうはしたいのは山々なんだが……くっ!」
「もう、しょうがないなぁ……」
ジェイクが自力ではどうしようもできないことを悟り、サラは行動を起こした。
彼の肩に回していた手を離す。
その手を、二人をつないでいる手綱にかけた。
ぐいっとその手が下に下ろされる。
さながら、騎馬や騎竜がブレーキをかけるかのように、グイっと手綱が引かれた。
「うおっ!?」
その動きに合わせてジェイクの上体が強制的に持ち上がる。
騎馬や騎竜の首が上がるかのように。
ジェイクの上体が持ち上がったため、サラのジェイクの顔が鼻先同士くっつくくらいにに近づく。
手綱の余剰分はサラの手によって引き下ろされているため、これ以上二人の顔が離れることはない。
「ねっ? こうすればもう離れないでしょ? くぅ、あ、あんっ、はああっ!」
嬉しそうにサラが言う。
ジェイクも軽く笑って肯定し、そして自分からも離さないという意思表示に、両腕をサラの背中に回した。
「サラ……んんっ」
「ん、んちゅう……」
ほぼ接していた二人のくちびるが繋がった。
二人の嬌声と愛しい相手を呼ぶ声が互いの口に送り込まれ、吸い込まれていく。
しばらく部屋には二人のくぐもった嬌声と荒い鼻息、そしてベッドが軋む音と結合部からのぐちゅぐちゅという卑猥な水音が響いた。
「あっ、うあっ……サラっ、もう本当に……」
キスを中断し、ジェイクが白旗宣言をする。
言われなくてもサラには分かっていた。
彼女の膣内で彼の性器は我慢に我慢を重ねた結果、通常よりも一回り大きく膨れ上がり、精を今にも吐き出そうとしている。
また彼女にも絶頂が迫っていた。
「うん、ジェイク……一緒に、イこう?」
再び互いのくちびるが重なり合う。
二人で腰を揺すり合って自分と相手を刺激し、一番いいときを二人で待つ。
そしてそのときが来た。
「んんっ!」
短い声を上げてジェイクがサラを抱きかかえた状態で、腰を軽く突き上げた。
彼の肉槍の先端から精がどぷりどぷりと彼女の子宮口をめがけて放たれる。
「んっ! んんんんんっ!」
同時にサラも達した。
柔肉がぎゅうぎゅうと肉槍を締め付け、もっともっとと射精をねだる。
力が体中に、とくに腕に入った。
より手綱が引かれ、ジェイクの身体が寄せられる。
竜騎士と騎竜、ジェイクとサラは……身も心もこれ以上にないくらいの一体感を最大の快感とともに味わい、まるで一つの彫像のように身体を硬直させた。
絶頂が過ぎ去ると硬直は解けたが、一体感はそのまま……むしろ二人が溶けて混じりあったかのように錯覚するほどだ。
甘くとろけた声をあげながら、二人はぐにゃりと同時にベッドの上に崩れ落ちた。
「今日は……とくにすごかった」
ジェイクの上に倒れ込んでいるサラがぽつりとつぶやく。
そうだなとジェイクも賛同した。
数時間前の戦闘と危機一髪だった恐怖、そしてそこから脱した安堵感がより二人の心と身体を燃え上がらせたのかもしれない。
だが、他にももう一つ、二人の心と交わりを激しい物にしたものがあった。
サラがそれを爪の先で摘まみ上げて軽く弄ぶ。
今も二人の首にかけられている手綱……
特にこれと言って特徴はない、使い込まれた茶革の手綱である。
だが先程の戦闘ではこれがあったから助かり、そして今も二人の密着度をいつも以上に高めている道具である……
「いつもより、ジェイクと一緒なんだと思えた……」
「ああ、俺もそうだ……サラと繋がっていると思えた」
サラの手に重ねるようにジェイクも手を伸ばして手綱を、そしてサラの爪を撫でて弄ぶ。
くすりとサラが微笑む。
「繋がっている……いい言葉ね。私とジェイクは赤い糸でもなく、赤い紐でもなく、手綱で繋がっている……」
「いい言葉だけど、色気がないな」
二人してくすくすと笑いあう。
ひとしきり笑ったあと、サラがあっと何か思いついたような声を上げた。
「良い事を思いついた! ねぇ、聞いて……」
山岳地帯にある親魔物派の村、ベルクオロス……
そこには一騎当千の竜騎士が村の守り手として就いている。
まるで乗り手と騎竜が一つであるかのように息のあった動きを見せる、心が一つにつながり合っているのではないかと思える、赤い手綱が目立つ竜騎士が……
その周囲には誰もいない。
訓練後なのに誰も片付けなかったのか……いや、そうではなかった。
ビュンッ!
疾風が巻き起こり、次の瞬間にはその訓練用の人形が地面に叩きつけられて跳ね上がり、宙を舞った。
「おっと、また派手にやりすぎたな」
おどけたような声が訓練場に響く。
疾風によって巻き起こっていた砂埃が消え、声の主が姿を表す。
黒い軽鎧を身にまとい、手にはランスを持った30才ほどの男だ。
先ほどの訓練用人形が吹っ飛んだのは彼の攻撃によるものだったらしい。
普通は槍の一撃だけでこんなに人形が吹っ飛ぶことはないのだが……
「やれやれ、別に威力があるのはいいし戦闘でも使えるんだけど、訓練だと人形をいちいち立て直さないといけないんだよな、よっと……」
一人苦笑いしながらぶつぶつとつぶやきながら、その男はトサっと地面に降り立った。
ワイバーンから降りたのだ。
そう、この男は竜騎士である。
先ほどの槍の一撃は高いところから急降下しながらの一撃だったのだ。
鎧をまとっている人形でも吹っ飛ぶのも納得である。
「この人形もボロボロになってきたし、そろそろ修理時かなぁ……よいしょっと、んっ?」
人形を立て直そうとする男の手が止まる。
彼は背後から何者かに抱きつかれていた。
「ねぇジェイク。急降下攻撃を決めたら訓練はおしまいって約束でしょう? さっさとそれは片付けて……ね?」
男、ジェイクの耳元に甘い声がかけられる。
女の物だ。
そうだったなと笑ってジェイクは自分を抱きしめている女の手を取る。
だが取ったその手は人間の女の物ではない。
爬虫類のような鱗に覆われている。
人間ならざるのは手だけではない。
ジェイクを抱きしめている者の前腕からは緑色の皮膜に覆われた翼が広がっている。
また今はジェイクの目からは見えないが、彼女の腰からは蛇のような尾が太く長く伸びており、そして脚も手と同じように鱗に覆われていた。
その人ならざる部分はまるで竜。
竜といえばさっきまでジェイクが乗っていたワイバーンだが……そのワイバーンの姿は消えていた。
そう、今このジェイクに後ろから抱きついている女こそ先ほどのワイバーンの真の姿である。
「お前の言うとおりだな。訓練はこれで終わりだっ!」
人形をずるずると訓練場の隅っこの方に引きずって行きながらジェイクは言う。
彼の後ろをちょこちょこと、人の姿に戻ったワイバーンはついて行く。
そんなワイバーンにふとジェイクは訪ねた。
「それにしてもサラ。お前、また急降下の速度が上がったんじゃないか?」
「そうかしら? でも……うーん、そうかもね。前よりもさらに飛ぶのが良くなったみたい」
少し考えていたワイバーンのサラだったが、すぐにジェイクの言葉に頷いた。
「でもあたしの急降下の速度が速くなったとしても……ジェイクの突きのタイミングは相変わらずぶれなかったじゃない」
「まぁな。お前の息に合わせるくらいは何とかできるさ。何年、お前のパートナーをやっていると思っているんだ」
人形を隅の方に置いて振り向いたジェイクがニヤリと笑いかけてみせる。
その笑みは親友や戦友、相棒に向けるような信頼していて裏表がない、爽やかな笑みだった。
同じような笑顔を彼の相棒であり、戦友であるサラは浮かべて頷く。
が、その笑みがまた別の物に変わる。
「そうよね、あたしが赤ちゃんだったころから18年ね……あなたをあたし以上理解している者は、世界中どこを探してもいないはずよ……」
その笑みはとろけていて、まるで恋人に向けるような笑顔……
いや、まるでではなく、実際にそうだ。
二人は竜騎士と竜……戦友であり相棒であり、家族であり育ての親と子であり、幼馴染であり、そして……恋人である。
「サラ……」
「ジェイク……」
熱っぽく互いの名前を呼び合い、身体を密着させる。
サラの背中にジェイクのがっしりとした戦士の腕が回され、ジェイクの身体がサラの腕と翼によってすっぽりと包まれた。
ここはとある山岳地帯の村、ベルクオロス……ジェイクとサラはそこに住む。
元々は反魔物領にあって他国の侵略から国を守る防衛拠点として作られた砦だった。
戦争が終わってから村として人々が住むようになったのだが、傭兵くずれの山賊にしょっちゅう襲撃されることに困っていた。
もっとも防衛拠点として作られた村なので、被害は少なかったが、それでも悩むことには悩んでいた。
その山賊たちを追い払ったのが旅をしていたジェイクとサラだった。
始めは魔物とそのつがいを警戒していた村人たちだったが、ジェイクたちが山賊を追い払ったら彼らを信用し、村の一員として温かく迎え入れた。
今ではベルクオロスは周辺の森にも野良の魔物娘が住む、反魔領内でありながら親魔物的な村だ。
「ん、ちゅ、はふっ……」
「ちゅる、ん、んんっ……」
訓練場の隅に情熱的な吐息と水音が響く。
抱きしめ合っているジェイクとサラは訓練場内なのにきつく抱きしめ合って、熱いくちづけを交わしていた。
いかに竜騎士といえどもジェイクも男、そしていかに騎竜といえどもサラも魔物娘。
戦いのときでなければ恋人同士であり、一対のオスとメスである。
「ねぇジェイク……あたし、我慢できなくなっちゃった……」
「で、ここでか? まだ日もあるし、パトロールも終わってないのに?」
とろけた顔をしたサラの要求にジェイクは苦笑してみせる。
だが彼もまんざらではない。
強くサラを抱きしめていた腕の片方が力を緩め、サラのむき出しになっている背中をイヤらしく這っていた。
「良いでしょう? 一回くらい……」
ね? とダメ押しの笑顔を向けながらサラはジェイクの軽鎧を外し始める。
しょうがないなと言いながらジェイクも自分の鎧に手をかけたその時だった。
「伝令、でんれーい!!」
訓練場や戦場にふさわしい、そして今の二人の雰囲気にふさわしくない、鋭く緊張感に満ちた声が響く。
二人同時に舌打ちをし、苦笑いをしあいながら、二人は互いの身体を離した。
その二人の前にラージマウスがまろび出る。
近くの森に住んでいてパトロールも一部任せている者だ。
「エアラか、何事だ?」
「報告! 南南西の崖に教団兵の部隊が出現! その数およそ30!」
「さ、さんじゅ〜?」
あまりに慌てた様子だったのでどのくらいの兵が来たのかとジェイクは警戒したが、その人数の少なさに思わず力が抜けてつんのめりそうになる。
情事を邪魔されたサラも不快そうに軽く眉をひそめた。
だが人数だけでは判断してはいけない。
勇者クラスの人間を筆頭に強力な兵士たちを集めた部隊かもしれないし、人数は多くなくても教団兵たちのこの村への進行を許すわけにはいかない。
「他にも戦える奴はいると思うが……まぁ、いい。放浪していた俺たちを迎え入れてくれたこの村のためにも働かないとな。行くぞ、サラ……」
いささかやる気のない声でジェイクはいい、兜と実戦用の槍を取りに訓練場の建物の中に向かった。
サラもやる気のなさそうな返事をしながら旧世代の姿へと変身した。
『あれがそうね……』
「本当に30人くらいしか来ていないな」
数分後、二人は村の近くの空を舞っていた。
エアラの報告のとおり南南西の方向に、村から5マイル(約8キロメートル)ほど離れたところに教団兵の部隊が行軍している。
矢などが届かないところで旧世代の姿になっているサラとその背に乗っているジェイクはその軍を観察した。
討伐隊は崖を左手にして、岩肌がむき出しになった細い山道を3列縦隊で進んでいる。
向こうもこちらの存在に気づいたようだ。
慌てて戦闘準備をとった。
数人の弓兵が矢をつがえ、彼らを守るように槍兵がその前に立つ。
なるほど、訓練はそれなりに受けたいっぱしのようだ。
「だけど……」
ジェイクが渋い声を上げる。
「歩兵の装備が配給品っぽい……一般兵クラスだな」
『一人偉そうな格好をしている人も、せいぜい隊長クラスってところよねー』
ジェイクの言葉に、旧世代の姿になっているサラがテレパシーのようなもので応答する。
彼らの言うとおり、歩兵は弓や槍を装備しているがそのつくりは非常にシンプルなもので、大量生産されたものであると一目で分かった。
服装も安物の軽装だ。
一人違う服をまとっている者がいるが、彼が持っている盾に紋章が入っていないことを見ると、そう大した人物ではないだろう。
「なめられたものだな……サラ、急襲して二人か三人くらい崖から叩き落としてやろう。それで向こうも帰ってくれるだろう」
『それがいいわね』
ジェイクの提案にサラも頷く。
なおこの山の谷には特殊な魔法が貼られており、谷に落ちたらこの山の魔物が住む洞窟に転移するようになっている。
敵兵を谷底に叩き落としても、村人が事故で転落しても死者は出ないようになっているのだ。
『それでどこから急襲するの?』
いくらスピードとパワーを誇るワイバーンと竜騎士でも、矢の面射撃に正面から特攻するのは愚の骨頂だ。
さらに弓兵は槍兵によって守られている。
正面はもちろん側面からの突撃も無理だ。
陸上戦ならダメージ覚悟で攻撃しなければならないだろうが、ジェイクとサラは竜騎士とワイバーンである。
他から攻める方向がある。
「真上だ。さすがの弓兵も垂直に上に向かって矢は放たないだろう」
真上に放った矢が標的を外したらその矢はすべて自分に降り注ぐことになるから、真上には発射できないはずだ。
ジェイクの指示にサラは鼻息を鳴らして了解の返事をし、高度を上げていった。
「しかし、何か気に食わない……」
ぽつりとジェイクがつぶやく。
何が、とサラが訊ねるがジェイクは黙ったまま考える。
何か出来すぎているような気がする。
少なすぎる一般兵を中心とした討伐隊、そしてこちらが上から急降下攻撃をしかけるような素振りを見せても討伐隊は怖気つく様子がなく平然としている。
何か誘導されている気がする。
『ちょっと待てよ……』
始めにいた位置から20ヤードほど高度を上げたところでジェイクの中で違和感がはっきりと不安に変わった。
改めて敵の討伐隊の位置や周囲の土地の状況を見る。
彼らは切り立った岩肌の山道で布陣を張っている。
弓兵と隊長と思わしき騎兵を守るように槍兵が周囲を固めるような形だ。
さらに崖を背にして、こちらが急旋回をして背後を突くのを防ぐようにも考えられている。
やはり上から攻撃するのが定石となるだろう。
その上は……崖の上は森が広がっている。
寡兵な討伐隊、こちらの高度上昇に怖気つかない彼ら、そして上に広がっている森……
その森が目の前にしたとき、ジェイクは自分の中で形をなしていなかった不安が何かを認知した。
「ダメだ、サラ! こっちだ!」
グイッと左手で手綱を強くジェイクは引いた。
『ちょ、何よ!?』
手綱で首を引かれ、反射的にサラは宙返りを打ちながら左後方に飛んだ。
その次の瞬間、サラがいた空間を何か大きな物が音を立てて通り過ぎた。
岩だ。
『えっ!? 何よあれ!?』
「投石器だ! あの森に伏兵がいる!」
下にいる討伐部隊は囮だ。
急降下攻撃を誘うような陣を敷き、さらに意識を自部隊に向けて伏兵から気をそらす……それが狙いだった。
「……まだ来るぞ!」
空中で体勢を立て直しながらジェイクが叫ぶ。
言葉のとおり、今度は矢が森からまるで壁が迫ってくるかのように、一斉に飛んできた。
『くっ……!』
左下に飛びながらサラはそれをかわそうとした。
なんとか彼女はかわせたが……
「ぐあっ!」
サラの背中の上でジェイクが声を上げる。
彼の右肩に矢が一本突き立っていた。
ぐらりとジェイクの身体が揺れてサラの背中から滑り落ちる。
『ジェイク!?』
テレパシーだが悲痛な声をサラが上げる。
最悪の事態が予想されたが……
「くそっ、ドジ踏んじまった」
右手に持っていた魔界鉄の槍は落としてしまったが、なんとかジェイクは左手で手綱を握りしめており、ぶらりとサラの身体からぶら下がっていた。
『良かった、無事だった!』
「まだだ……早く俺を乗せ直してくれ!」
『分かった!』
サラが、ジェイクを軸に振り子が弧を描くように、彼の下に回り込む。
どさりと落下したジェイクがサラの背中におさまった。
「よし、これでとりあえずは大丈夫だ」
『ジェイク、大丈夫? 戦える? いったん村に引き返す?』
「いや、村に帰って治療を受けていたら奴らが村についてしまう。何とかしてこの場で止めるぞ」
右肩に矢を受けたが、まだ何とかなるだろう。
槍も落としてしまったが腰には手斧が2本、予備の武器として備えられている。
「先に伏兵部隊を片付ける。あの森を旋回して奴らの背後を突くぞ! さっき飛んできた矢の量を見たら、伏兵も決して多いとは言えないはずだ」
『了解』
ジェイクの指示どおりサラは森の上を旋回して、森の中に静かに入り込んだ。
「奴らの姿、見えなくなりましたね?」
一方こちらはジェイクとサラを攻撃した伏兵部隊。
一人の弓兵が隊長と思わしき騎兵に話しかけている。
「ふん。おそらく無事ではないだろうから、村に帰ったのだろう」
ニヤリと騎兵の顔に笑みが浮かぶ。
投石器の攻撃は失敗したが、矢の攻撃は上手く行った。
ワイバーンから落ちかけたところを見ると、あの竜騎士は無事ではないはずだ。
そう騎兵は判断した。
「もうここには用はない。下の囮部隊と麓の本隊に合図を出して村を討伐するぞ!」
「了解です! ……って、何か焦げ臭くないですか?」
返事をした弓兵が鼻を鳴らす。
彼の言葉通り、物が焼ける匂いが風に乗って彼らに届いていた。
風は後ろから吹いている。
その方向を振り向いてみると……
「うわっ!? 煙が!?」
「もしかして、山火事!?」
「別の魔物の火攻めか!?」
煙がもうもうと立ち上っており、ちらちらと赤い炎が上がっていた。
あっという間にパニックが伏兵部隊に広がっていく。
「焼け死ぬぞ! 逃げろ!」
「ひえええ、お助けぇええ!」
「あ、コラッ!待て! 勝手に行動するんじゃない!」
隊長が慌てて指示を出そうとしたが遅かった。
30人いた伏兵部隊のうち20人ほどが散り散りになって逃げ出す。
残っている者も今にも逃げ出したいような及び腰だった。
もう伏兵部隊は連携が崩れており、戦える状態ではない。
そんな兵士達は何人いようと烏合の衆……
「でやあああっ!」
鋭い掛け声と共に一人の弓兵に何かが振り下ろされる。
悲鳴と共に兵士は崩れ落ちた。
「安心しろ。このトマホークも魔界鉄だから死にはしない。一時的に無力化するだけだ」
にやりと、その兵士を打倒した者が笑う。
ジェイクだ。
「お、おのれ……ヘプッ!?」
気を取り直した別の弓兵が構えようとしたが、奇妙な声をあげて吹っ飛んだ。
側頭部を蹴り飛ばされたのだ。
「ジェイクを傷つけたことは絶対に許さないわ! 本当は私のブレスで丸焼きにしたり氷漬けにしたりしたいところだけど……魔王様とジェイクとこの森に住む魔物娘たちと魔物娘の誇りのために、特別の特別の特別に気絶だけで済ませてあげるわ!」
蹴り飛ばしたのは、人間の姿を取ったサラだ。
村に逃げ帰っていたと思っていた二人を前にし、隊長が驚愕と怒りが入り混じった表情を顔に浮かべる。
「お、おのれー! 奴らを射殺してしまえ!」
顔を真っ赤にして隊長は叫ぶが、先程の炎と煙でパニックに陥っているところに奇襲をかけられた部隊が戦えるはずがない。
あっという間に残っていた弓兵たちはジェイクとサラによって大地に伸ばされてしまった。
「さて、覚悟はいいか、隊長さん?」
「逃げた他の兵士は今頃、森の魔物たちに捕まってイイコトしているだろうから、あてにならないわよ?」
手斧を構えながらジェイクは静かに言い、サラは口元だけ笑みを作って楽しそうに言ってみせる。
わなわなと震えながら騎兵は腰の剣を抜いた。
「おのれ、図に乗るな! お前らなど、主神の加護を受けた我らに……」
「前置きはいい……これで終わりだ!」
あっと言う間にジェイクが間合いを詰めて跳躍する。
もともと強力な戦士だったわけでもない上、不意をつかれた騎兵は硬直して動けなかった。
手斧が騎兵の、鎧に守られていない首に叩き込まれる。
だが血が吹き出すのは愚か、首には傷ひとつすらつかない。
魔界銀が混ぜられた金属で出来た武器は攻撃した者の肉体を傷つけずに魔力を傷つけ、無力化する。
攻撃を受けたものが女性であれば魔物化もさせる。
斧の刃は首の肉に食い込み、何もなかったかのように通り抜けた。
「…………」
初撃を繰り出す間もなく騎兵は馬の上で固まり、そして落馬した。
「やったわね、ジェイク!」
「いや、まだだ! 下の部隊にお帰りいただかないと……、もうひと踏ん張りだ!」
まぁすぐ片付くだろうけどとジェイクは苦笑いを一つし、いかに簡単な手で下にいる部隊を撤退させるか、策を巡らせた。
「大した怪我じゃなくて良かったわね」
「ああ……」
数時間後、事を終えたジェイクとサラは村に帰投していた。
崖下にいた囮部隊は上から石ころを落としてみせたり、サラが炎のブレスや氷のブレスを吐きかけて威嚇したりすることであっさりと退散した。
本隊と合流してすごすごと国に帰ることだろう。
それを追撃しても意味はあまりないし、何より一騎で本隊に突撃するのは自殺行為だ。
ジェイクとサラは追撃はせず、森に散った兵士たちが全員魔物娘に捉えられて性的な意味で襲われているのを確認してから、村に戻ることにした。
今はサラがジェイクの怪我した右肩に、応急手当をしている。
ちなみにブレスで火をつけた森だが、それは氷のブレスでサラが責任をもって鎮火した。
「よし、これで大丈夫だわ」
ジェイクの肩の傷に刑部狸が売っていた特製の薬草を貼り付け、包帯を上から巻いてサラが頷いた。
幸い当たり所は悪くなく、しばらく安静にしていれば後遺症もなく回復するだろう。
「ありがとうサラ……どうした?」
礼を言ったジェイクが首を傾げる。
手当を終えたサラの肩が震えているように見えたからだ。
ううん、と彼女は曖昧な返事をしていたが、突然ジェイクに抱きついた。
「っと、サラ?」
「……久しぶりに怖かった。岩が尻尾をかすめたとき、矢が一斉に飛んできたとき、それと……ジェイクが怪我したとき」
ジェイクにしがみついたまま、サラが震える声で独り言のようにつぶやいた。
サラを落ち着かせようと、ジェイクは怪我をしてない左手を挙げて彼女の頭を撫でる。
「もっと上手くやれば怪我もせずに済んだかもしれないけど……まぁ、結果良しじゃないか?」
「でも、もしこれがなかったら……」
サラが何かを持ち上げる。
それはサラが竜の姿になった時に取り付けられる、手綱だった。
「もしあの時、ジェイクがこの手綱であたしを思いっきり引っ張らなかったら……あたしもジェイクも大怪我して……うぅん、怪我じゃ済まなかったかも……」
「だぁから。確かにそうだったかもしれないけど結局上手く行ったじゃないか。『もしこれがなかったら』なんて考えるより『これがあったから助かった』と明るく考えようぜ? な?」
言ってもなお暗い表情のままだったサラにジェイクは優しく言葉をかける。
二人の付き合いは長い。
むしろサラはワイバーンとして生まれて18年間、ジェイクと一緒ではなかった時間などほとんどなかった。
ジェイクの方が12才上のため、精神的にはジェイクの方が余裕を持っており、このようにサラを慰めたり励ましたり、時に厳しく叱ったりするのが常だ。
彼を「お兄ちゃん」と呼んだりはしないが(ジェイクが嫌がった)、そんな彼をサラは信頼し、頼り、そして甘えた。
「ごめん。ちょっと怖くなって弱気になっていたかも……」
ようやくサラは体の震えをとめ、そしてにこりと笑ってみせた。
サラが笑顔を取り戻したことにジェイクも笑う。
「良かった良かった。ははは……」
「ふふふ……」
笑って見つめ合っていたが、急に二人は黙った。
今、部屋には二人きりで、サラはジェイクに抱きついている。
しかもジェイクは応急手当のために上半身裸……
戦友であり相棒である二人だが、やはり男と女である。
妖しい気分にならないはずがない。
日はまだ地平線の向こうに顔を覗かせていたが、二人はそっとくちづけを交わし、そしてベッドにもつれるようにしてなだれ込んだ。
「ん、んぐ……んふぅ……」
数十分が経過したころ、部屋はすっかり暗くなっていた。
その薄暗い部屋にくぐもった声が響く。
サラの物だ。
彼女は仰向けになったジェイクの上にまたがり、そして股間に顔をうずめていた。
「ん、れろ……じゅる、あむっ……んぐ……」
一度口を離し、舌で舐め上げながら息をつき、そして再び銜えこんでジェイクを刺激する。
ジェイクの身体がぴくんぴくんと快感で細かく跳ねた。
「はぅ、サラ……それ、いい……」
サラの下でジェイクが声を上げる。
数時間前は旧世界の姿になったサラに乗って勇ましく戦い、つい先程はサラを優しく落ち着かせていた男の姿は、今はそこにない。
そこにいるのは恋人からもたらされる刺激によがる、快感に弱い男だった。
実を言うと、ジェイクはサラ以外に女性経験がない。
精通する前からサラに竜騎士として、親としてついていたため、他の女性と仲良くする機会などなかったのだ。
そしてジェイクはあるとき……発情したサラに襲われ、童貞を奪われた。
初めてだったのはサラも同じであったのだが、完全にサラの方が主導権を握っていた。
今もその傾向が残っている。
「ジェイク、気持ちいい? なら、あたしも気持ち良くして……はむっ、んんっ、れる……」
尾と尻を揺らしてサラがジェイクにお返しをねだった。
首を曲げてジェイクはサラの涎を垂らしている秘所にくちづけする。
「うぅんっ!」
ぴくんとサラの腰が跳ね上がる。
逃がすまいとするかのようにジェイクの腕が下から伸び、サラの腰を押さえつけた。
そして赤く尖ったクリトリスを舌先で転がし、淫液をすする。
サラが主導権を握る傾向こそ残ってはいるが、ジェイクもされっぱなしというわけではない。
初めてのころはサラによる逆レイプも同然だったが、今は互いに思いやってペースを測り合い、二人一緒に気持ち良くなれるようになっていた。
それでもサラの方がややリードしているのは否めず、体位もサラが上になることのほうが多いのだが。
「れる、んぷっ……気持ちいいか、サラ?」
「うん、気持ちいい……ジェイクも気持ちいいでしょう? おちんちんピクピクしているし、先っぽからもう我慢汁が出ているよ。もうイキそうなの?」
口を離してジェイクの問いに答えて、サラが逆に問いかける。
フェラチオを中断している間は翼膜でにゅるにゅると亀頭をこすって刺激した。
男の弱い箇所を意外と軟らかい感触の膜でこすられ、ジェイクの腰がビクビクと震える。
「あ、ああ……その、悪い……」
「うぅん。気にしないで。一度イッたら二回目以降は長持ちするからね……それじゃ、イカせてあげるね」
またサラがジェイクのモノを銜え込んだ。
そして緩やかに頭を動かして追い込みの刺激にかかる。
頭の動きは緩やかだが、口内での攻めは苛烈だった。
舌がジェイクの肉槍に巻き付き、締め上げ、唾液を擦り付け、扱き抜き、
サラに返しのクンニリングスをするのも忘れ、ジェイクは体を震わせた。
「サラ……出る、出すぞ……!」
構わないと言ったようにサラが銜え込んだまま軽く頷き、そしてチュッとペニスを吸い上げた。
肉槍がぶくりと膨れあがり、先端から勢い良く精液を吐き出す。
「くっ、かは……」
「んんん♪」
苦悶とも歓喜ともとれる男の声と、くぐもっているが恍惚としている女の声が部屋に短く響く。
少しの間、静寂が部屋を支配し、そしてそれを二つの脱力したような、満足げな吐息が破った。
「ふふ……いっぱい出したね、ジェイク。気持ち良かった?」
「ああ、最高だった」
互いにとろけた顔を向けながらねっとりとした視線を絡み合わせる。
サラが上体を上げ、ジェイクの方に向き直った。
そして腰の位置を調節して、亀頭と秘裂を擦り合わせる。
「出したばかりなのにジェイクのここ……んっ、まだ硬いままだね……」
「ああ……30にもなったと言うのに、自分でも驚いているよ。やっぱりサラが相手だからかな?」
ニヤリと笑うジェイクにサラは顔を赤くして横を向く。
「もう、そんなお世辞言っても何も出ない……いや、出るんだった。今思いついた」
恥ずかしそうにしていたサラが今度は悪戯っぽい笑顔を浮かべ、一度ジェイクの上から降りる。
ジェイクが上体を起し、サラが何をするのか見ていると、彼女はベッドの横に落ちていた何かを拾い上げた。
それは、ベッドに雪崩こむ前までサラが手に持っていた、彼女が旧世代の姿になっている時に取り付ける、手綱だった。
「そんなものを拾ってどうするんだ、サラ。いくら俺が受身でも、鞭は勘弁だからな?」
「ジェイクにそんなことをしないわよ。これをこうして……」
爪の先を器用に操り、サラは手綱を環状に束ねた。
「お、おい……首輪か?」
訝しげに、片眉を掲げてジェイクは訊ねた。
環状にされた手綱だが、首輪にしては長すぎで、ジェイクの腰から肩ほどの長さ……およそ2フィート半(約75cm)ほどだ。
「うーん、そうであってそうじゃない……もうちょっと待ってね……んっ……」
サラが再び彼にまたがった。
手綱を持った手をジェイクの肩に回してしがみつき、ペニスにもう一方の手の爪を添えて固定し、腰をゆるゆると下ろしていく。
手綱のことも気になるが、ジェイクも近づいていく二人の結合部に意識を集中させた。
くちゅりという粘液質な音が響き、ジェイクの亀頭がサラの花園に飲み込まれる。
それだけで止まるはずがない。
サラの腰はどんどん下ろされて行き、ジェイクの分身がねちねちと音を立てながらどんどんサラに飲み込まれていく。
くにゅ……
ジェイクの肉槍の先端が、膣の柔肉とは異なるコリコリとした硬い物に当たる。
ついに二人は一番深いところで結ばれた。
「あっ、ああ……ジェイクぅ……」
ジェイクの上で快感にぶるぶると体を震わせながらサラが甘い声を上げた。
一方のジェイクは歯を食いしばっている。
少しでも気を抜いたら、先程射精したばかりだと言うのにまた精を放ってしまいそうだった。
息を詰めてサラにしがみつき、落ち着くのを待つ。
意地悪く腰を動かしてジェイクを容赦なく射精に導くこともあるが、今回はサラも動かずにジェイクを抱きしめていた。
「そろそろ大丈夫?」
しばらくそうした後、サラがジェイクに訊ねる。
無言でジェイクは頷いた。
「良かった。それじゃあ、これを……」
ふわっと、サラがさっきから手に持っていた手綱をジェイクの首にかける。
やはり首輪だったのか、そう思っていたジェイクは次にサラがした行動に驚いた。
サラもその輪のなかに自分の首を通したのだ。
「えへへ、思ったより顔が近いわね……」
彼女が言うとおり顔が近い。
顔が近いこと自体は珍しいことではなく、二人は何度もくちづけしあったし、交わりの最中にも顔をぐっと近づけたりキスしたりもした。
だが、今のこの状況は同じ「顔が近い」という状況でも何か違う雰囲気があった。
その理由は……
「これって……」
ジェイクは上体を倒そうとする。
だが、できなかった。
首にかけられた手綱によってある角度で止められてしまう。
並みの女だったらジェイクの動きに耐え切れず一緒に倒れ込んでしまったかもしれないが、相手は魔物娘の中でもさらに頑強な、ワイバーンのサラだ。
後ろに倒れようとするジェイクを手綱と、彼女は自身の首の力だけで止め、支えていた。
「なぁサラ。これは一体……」
「えーっと、ジパングのエッチな本で見た気がするんだけど……うん、詳しくは忘れちゃった」
二人ははっきりと分かってはいないが、これは「首引き恋慕」というジパングの性技の一つだ。
対面座位の状態で挿入し、そして互いの首に輪になった状態の紐をかけるものである。
これによって……
「本当に顔が近いね……ふふふ」
「ああ、こういうのも悪くないな……」
効果と感想が互いの口から語られ……そして近かった顔が完全にくっついた。
互いにくちびるを貪り合う。
腕も互いの背中に回され、密着度を高めていた。
そのままサラが腰を少し浮かせ、そしてまた下ろす。
「んっ、んん……♪」
「んふっ、うあ……」
くちびるを押し付け合っているため、くぐもった声が二人の口の隙間から漏れた。
再びサラの腰が持ち上がり、また下ろされる。
「んんっ、んふぁあ……ジェイク、ジェイクぅ……はぁんっ、ん、んん……」
くちびるの端で喘ぎながら恋人の名前をサラは呼ぶ。
自分の動きによって、自分の体内をジェイクの肉槍が掻き分けて進み、抉り、擦りあげる……
その感覚にサラは悶えた。
悶えがさらに淫らな腰の上下運動に拍車をかける。
「いいっ、もっと、もっとぉ……!」
サラの腰がリズミカルに、パンパンと乾いた肉音とぐちゅぐちゅとした水音を立てながら、ジェイクの腰に叩きつけられる。
「くっ、サラ、激しすぎ……ああぅ……!」
サラの激しい腰使いにジェイクは音を上げた。
ぐらりとジェイクの体が後ろに倒れ込みそうになる。
「あっ、ダメ!」
くっと首と背中を反らしてサラが首に力を入れる。
後ろに倒れ込みそうになったジェイクが、首にかけられた手綱によってやはり止められた。
逃げようにも逃げられない。
二人の距離はこの手綱によって、この手綱の長さ以上には離れない。
「ダメだよジェイクぅ……しっかりしなきゃぁ……ほらほらぁ! ん、あんっ!」
ニヤニヤと笑うサラの腰の動きが、上下運動からぐりぐりと回転させるような動きに変わる。
柔肉によって肉竿がしごき抜かれる感覚も強烈だったが、子宮口で亀頭を圧迫してこすりつけられる感覚もまた筆舌にし難い快感だった。
もちろん、子宮口と亀頭がくにゅくにゅと擦れ合う感覚はサラにとっても極上だった。
竜騎士であるジェイクにまたがって見下ろしながらも、サラの顔もまただらしなくとろけきっている。
「いいよジェイクぅ……気持ちよすぎておかしくなっちゃうよぅ……あっ、あ、ふうううっ!」
快感とそれをもたらすジェイクの存在にサラは虜になっていた。
うわ言のようにつぶやき、夢中になって腰を動かす。
「ちょ、マジでサラ……あっ、く……」
沸き起こってくる射精をこらえようとジェイクは身体に力を込めた。
そのために姿勢は楽なものをとろうと、上体は無意識のうちにぐいぐいとベッドに近づこうとする。
慌ててサラは腰の動きはそのままに身体を反らしてジェイクの動きを止めようとしたが、ジェイクの身体はまるで逃げるかのようにベッドに近づき、サラから遠ざかろうとしていた。
「ちょっとジェイクぅ! 私から……離れないでよぉっ! んあっ、あっ、あん!」
「いや、俺もそうはしたいのは山々なんだが……くっ!」
「もう、しょうがないなぁ……」
ジェイクが自力ではどうしようもできないことを悟り、サラは行動を起こした。
彼の肩に回していた手を離す。
その手を、二人をつないでいる手綱にかけた。
ぐいっとその手が下に下ろされる。
さながら、騎馬や騎竜がブレーキをかけるかのように、グイっと手綱が引かれた。
「うおっ!?」
その動きに合わせてジェイクの上体が強制的に持ち上がる。
騎馬や騎竜の首が上がるかのように。
ジェイクの上体が持ち上がったため、サラのジェイクの顔が鼻先同士くっつくくらいにに近づく。
手綱の余剰分はサラの手によって引き下ろされているため、これ以上二人の顔が離れることはない。
「ねっ? こうすればもう離れないでしょ? くぅ、あ、あんっ、はああっ!」
嬉しそうにサラが言う。
ジェイクも軽く笑って肯定し、そして自分からも離さないという意思表示に、両腕をサラの背中に回した。
「サラ……んんっ」
「ん、んちゅう……」
ほぼ接していた二人のくちびるが繋がった。
二人の嬌声と愛しい相手を呼ぶ声が互いの口に送り込まれ、吸い込まれていく。
しばらく部屋には二人のくぐもった嬌声と荒い鼻息、そしてベッドが軋む音と結合部からのぐちゅぐちゅという卑猥な水音が響いた。
「あっ、うあっ……サラっ、もう本当に……」
キスを中断し、ジェイクが白旗宣言をする。
言われなくてもサラには分かっていた。
彼女の膣内で彼の性器は我慢に我慢を重ねた結果、通常よりも一回り大きく膨れ上がり、精を今にも吐き出そうとしている。
また彼女にも絶頂が迫っていた。
「うん、ジェイク……一緒に、イこう?」
再び互いのくちびるが重なり合う。
二人で腰を揺すり合って自分と相手を刺激し、一番いいときを二人で待つ。
そしてそのときが来た。
「んんっ!」
短い声を上げてジェイクがサラを抱きかかえた状態で、腰を軽く突き上げた。
彼の肉槍の先端から精がどぷりどぷりと彼女の子宮口をめがけて放たれる。
「んっ! んんんんんっ!」
同時にサラも達した。
柔肉がぎゅうぎゅうと肉槍を締め付け、もっともっとと射精をねだる。
力が体中に、とくに腕に入った。
より手綱が引かれ、ジェイクの身体が寄せられる。
竜騎士と騎竜、ジェイクとサラは……身も心もこれ以上にないくらいの一体感を最大の快感とともに味わい、まるで一つの彫像のように身体を硬直させた。
絶頂が過ぎ去ると硬直は解けたが、一体感はそのまま……むしろ二人が溶けて混じりあったかのように錯覚するほどだ。
甘くとろけた声をあげながら、二人はぐにゃりと同時にベッドの上に崩れ落ちた。
「今日は……とくにすごかった」
ジェイクの上に倒れ込んでいるサラがぽつりとつぶやく。
そうだなとジェイクも賛同した。
数時間前の戦闘と危機一髪だった恐怖、そしてそこから脱した安堵感がより二人の心と身体を燃え上がらせたのかもしれない。
だが、他にももう一つ、二人の心と交わりを激しい物にしたものがあった。
サラがそれを爪の先で摘まみ上げて軽く弄ぶ。
今も二人の首にかけられている手綱……
特にこれと言って特徴はない、使い込まれた茶革の手綱である。
だが先程の戦闘ではこれがあったから助かり、そして今も二人の密着度をいつも以上に高めている道具である……
「いつもより、ジェイクと一緒なんだと思えた……」
「ああ、俺もそうだ……サラと繋がっていると思えた」
サラの手に重ねるようにジェイクも手を伸ばして手綱を、そしてサラの爪を撫でて弄ぶ。
くすりとサラが微笑む。
「繋がっている……いい言葉ね。私とジェイクは赤い糸でもなく、赤い紐でもなく、手綱で繋がっている……」
「いい言葉だけど、色気がないな」
二人してくすくすと笑いあう。
ひとしきり笑ったあと、サラがあっと何か思いついたような声を上げた。
「良い事を思いついた! ねぇ、聞いて……」
山岳地帯にある親魔物派の村、ベルクオロス……
そこには一騎当千の竜騎士が村の守り手として就いている。
まるで乗り手と騎竜が一つであるかのように息のあった動きを見せる、心が一つにつながり合っているのではないかと思える、赤い手綱が目立つ竜騎士が……
12/09/20 23:52更新 / 三鯖アキラ(旧:沈黙の天使)