連載小説
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新たな習慣と崩れた日常
「優香さん、ネギマとかわとレバー、あとビールをお願いします」
「はい」
数か月前から通い始めたお気に入りの焼鳥屋。
木立商店街の小道に入ったところに、その店【黒串】はある。
7人くらいしか入れない小さな店だ。
今日も俺はそこで焼鳥を食べてビールを飲んでいた。
「はい、ビール。焼鳥はもうちょっとだけ待って」
黒い羽毛に包まれた鉤爪状の手がビールのジョッキを俺の前に置く。
この店の女将、須黒 優香はブラックハーピーなのだ。
ブラックハーピーが営む焼鳥屋……共食いと言おうか餅は餅屋と言おうか……でも、前者は言ってはいけない。
以前、何気なく聞いたら結構怒られたことがある。
「カラスは本来肉食だ」「そもそも私たちはブラックハーピーであり、動物のカラスや鶏とは違う」という内容の説教を延々と、ビールを注がれながら小一時間された(もちろん、その分の料金は俺が払うことに……)
最後に優香さんはこう言った。
「まったく、最近の若いコは……」
社会人5年目の俺に対しての言葉である。
若いと言えば若いかもしれないが、若くないと言えば若くない……そんな俺を「若い」と上から言う彼女は何歳なのだろうか?
彼女は未婚のようだけれども……そのことも年齢も気になるけど、これはやっぱり聞けない。
まぁそんな説教っぽいことをされることもあるけど、美味しい焼鳥とビール、そして美人な女将さんが気に入って、俺はちょくちょくこの焼鳥屋に通っている。
もっとも、優香さんは目付きが鋭くてやや威圧的な印象があり、それに焼鳥屋をやるにしてはややぶっきらぼうだけど。
そのせいか、良いお店なのに客が入っているところを見たことがない。
「ゴクゴク……ぷはーっ!」
ジョッキに四分の一ほど残っていたビールを飲み干す。
季節は梅雨の時期に入った頃で、今日は雨が降っていたけど気温も高めだった。
暑くてジメジメした中、冷たいビールが喉を撫でて行く感覚は実に心地いい。
「あ、すみません。ぼんじりとハツとつくねを……あとビールのおかわりお願いします」
「あら、高野くん。ビール二杯目だなんて、今日は羽振りがいいのね? 何かあったの?」
「ええ、自分へのご褒美です」
俺、高野 朋彦は福来グループの子会社、福来レジャー株式会社で働いている。
今回、企画案を提出するという仕事があったのだが、それが今日、ようやく提出できたのだ。
あんまり大きいプロジェクトでもないのだが、なかなか大変だった。
何度も壁にぶち当たり、同僚で親友の有賀 圭介や彼女の横尾 曜子にも何度も相談した。
だがその分、よく練られた自信ある企画書だと思う。
「これが採用されたら企画のリーダーになれるんです。さらにその企画がうまくいけば昇進できますし」
「そうなの。上手く行くといいわね」
そう言って優香さんは口角をきゅっと吊り上げた。
リップサービスなんだろうけど、目付きはやっぱり鋭いけど、その微笑みを見ると本当に上手くいきそうな気がし、いい気持ちになれる。
そんなわけで俺は一週間か二週間に一回くらいのペースでこの焼鳥屋に通っているのだった。





「高野君、君には企画のサブリーダーを務めていただきたい」
数日後の金曜日、俺は課長に呼び出されてそう告げられた。
「サブリーダー、ですか……」
サブリーダーも重要な役ではあるが、リーダーではない。
どうやら俺の企画は通らなかたようだ。
自信のある企画書だった分、それが通らなかったのが悔しい。
なだめるように、アヌビスの課長は言う。
「有賀君と迷ったのだがなぁ。コンセプトも似ているし……と言うか、そっくりだった」
俺は耳を疑った。
コンセプトがそっくり?
何か不安や不信感などが混ざった黒々としたものが俺の胸の中でとぐろを巻く。
「どういうことですか?」
「見てみる?」
課長は書類をひと束、俺の前に置いた。
ひったくるようにして俺はそれを掴み、目を通す。
『こ、これは……!?』
俺は愕然とした。
そっくりなんてレベルではない。
パクリだった。
彼なりのオリジナル要素も確かに見られる。
だがコンセプトは同じだった。
いや、コンセプトが同じというだけなら、たまたま被ってしまったと言うことも考えられるかもしれない。
俺が「パクリだ」と断言できる部分は、すべて有賀に話をしたことがある部分だったのだ。
さらにページをめくっていくと、どんどん彼のえげつない所業が分かってくる。
企画の問題点に対する対策を有賀に相談したとき、彼は優しくアドバイスをしてくれ、俺はそれを企画書に盛り込んだ。
だが彼の企画書には、俺が相談した問題点に対する対策と比べてより良い物が書かれていた。
つまり、彼は俺にあえてベストではないアドバイスをし、自分の企画書にはベストな対策を書いたと思われる。
勘ぐりすぎかもしれないが、そうとしか思えないくらいの内容だった。
「おい高野君、大丈夫か?」
「はっ? あ、はい。大丈夫です」
俺は怒りを無理やり押さえ込み、つとめて平静を装って課長の前で気を付けをした。
ここで今、有賀が俺のアイディアを盗んだことを叫んでも仕方がない。
証拠はないし、企画書だけを見れば有賀の方が良い内容であることも事実なのだ。
そして課長はアヌビス……想定外の出来事には弱い。
ここで俺が余計なこと言うと混乱してしまい、企画が全部おじゃんになってしまっては、会社にも影響がでることも考えられる。
「とにかく、今回は君には有賀君のサポート役に回ってもらう。君も似たようなコンセプトだったから、上手くサポートできるだろう。頼んだぞ」
「……はい、失礼します」
歯を食いしばりながら、俺は課長に頭を下げたのだった。



『クソっ、有賀め! とっ捕まえて文句を言ってやる!』
腹の中で呻きながら自分の席に戻ろうとする。
だが、デスクに有賀はいなかった。
いないのが分かると、少しずつ心が落ち着いてきた。
『……冷静さを失った状態で詰め寄っても、言いくるめられてしまうだろうな。うん。もうちょっと落ち着こう』
席には座らず、俺はコーヒーでも飲もうと自販機に向かう。
自販機にはちょうど同じように休んでいた彼女の曜子がいた。
ちなみに彼女は人間だ。
「あ、曜子!」
彼女を見るとさらに心が落ち着いた。
「ねぇ、今夜は空いてる? ちょっと気分が落ち込んじゃってさぁ」
俺の言葉にちょっとうつむいて彼女は答えた。
「ごめんなさい、今夜はちょっと用事があるの」
「あ〜、それは仕方がない」
「うん、ごめんね。あっ、私、もう行かないと」
やや急いだように彼女はコーヒーを飲み干し、空き缶をゴミ箱に入れて去っていく。
その慌てたような様子は何か俺に違和感を覚えさせた。
自販機に硬貨を入れ、あんまり美味しくはないけど糖分とカフェイン摂取には優秀な缶コーヒーを煽る。
『まぁいいか。よし、頑張るぞ!』
違和感も有賀への怒りもとりあえずは流すことにし、俺は気合を入れ直す。
とりあえずは今日の仕事を終わらせることが大事だ。
今日も残業だろうけど、企画も通らず、彼女とデートの約束も取り付けられず、モチベーションが上がらないけど、頑張らなければ……



なんとか仕事を20時に終わらせ、会社を出た。
最寄り駅まで、考え事をしながら歩く。
『今日は夕飯どうするかなぁ……今日はおとなしく家に帰って飯作って、さっさと寝るかぁ』
優香さんのところで焼鳥を食べるという選択肢もなくはなかったが、なんとなくそれは選べなかった。
彼女とデートできなかったから代わりに優香さんと話す、という形になるのが嫌だったのだと思う。
『ん? あれは……』
駅に着いたところで、俺は人ごみの中にある人物を視界に捉えた。
有賀だ。
改札近くの柱で誰かを待っているように、その柱にもたれかかっている。
彼を見ると、抑え込んでいた怒りがまたぶり返してきた。
だが、こんなところで喧嘩を吹っかけるなんて、大人げない。
『それに、あの様子……これからデートなんだろうな。わざわざそれを邪魔する道理もないだろう。さて、有賀の彼女は誰なのかな……?』
ちょうどそのときデートの相手が来たようだ。
有賀が動いた。
その相手は……
「ごめ〜ん、待った?」
「大して待ってないよ、曜子」
「えへへ〜、優しい〜♪」
笑いながら有賀の腕に抱きついているのは俺の彼女のはずの、曜子だった。
「お腹空いちゃった。行こっ♪ あ〜、でも今日は夜から雨が降りそうな天気ね〜」
「俺もそう思ったから……じゃ〜ん。傘はちゃんと用意してあるんだな〜。一人分だけだけど……」
「って事は雨が降ったら相合傘? や〜ん、照れる〜♪」
腕を組んで二人は行ってしまった。
俺はその様子を呆然と見送る。
どんっ
突然、俺は身体を押された。
「おい、こんなところでボーッとしていたら危ないじゃないか!」
中年のおっさんが俺を睨んでいた。
そんなことを言ったって仕方がないじゃないか……
一番信頼していた親友と恋人に裏切られ、俺は絶叫するのを抑えるので精一杯だったのだから……
12/06/15 00:58更新 / 三鯖アキラ(旧:沈黙の天使)
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■作者メッセージ
はい、そんな訳で新たに連載を始めました!
時期も今のような梅雨の時期を狙って始めてみました。
完結もなんとか気象庁に梅雨明け宣言される前に決めたいです。

で、ブラックハーピーSSなのですが……その割りには、この章はブラックハーピー要素が少ないですね。
ってか、いきなり主人公が親友に裏切られて、人間女に浮気されたー!
ダブルパンチだー!
どうなる主人公!
次回、主人公が荒れます。
主人公が荒れるのでブラックハーピー要素が次回も少なめです(ダメじゃん!!!)
申し訳ありませんora
そして文章量も少なめです、申し訳ありません(滝汗)
頑張りますので、新連載SSをどうぞよろしくお願いします。

さて、日付が変わったから金曜日かぁ……
今日(?)が終わったら主人公のようにビールと焼鳥でゆっくりするかぁ!
えっ、体重と肝臓を気にしろって?
……orz

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