前編
「ここがそうだな……」
とある片田舎にぽつんとある小さな屋敷を見て女がつぶやいた。
女性にしては大柄でがっしりとした身体を軽装の鎧で包んでおり、背に150cmほどの短い槍と盾を背負っている。
その胸当てと盾には教団の紋章が入っている。
だが、彼女は勇者ではない。
かと言って、ただの兵士でもない。
【勇者狩り】と呼ばれる者だ。
勇者のなかには教団を裏切って魔物を妻とし、魔王軍につく者もいる。
当時最強と謳われた勇者でさえ今の魔王を妻としたのであるから、他の勇者も魔物に篭絡され、交わるものが多い。
それを見越して作られたのが、勇者狩りの組織だ。
この女、エリアル=グランツマンもその一人だ。
勇者狩りは、裏切った勇者を暗殺して魔王軍の戦力を削り、さらに勇者の妻も精の不足で干し殺しにするのが狙いである。
今回のエリアルのターゲットは……
『デニス=ブルーム……数か月前、戦士のオーギュスト、魔法使いのキャンディ、僧侶のニコライを連れて魔王の討伐に向かったものの、リリムと遭遇して敗走……』
館に歩を進めながらエリアルは情報を自分の中で確認する。
『しばらく行方不明だったが、デニスとオーギュストがこの館にいることが最近分かったと……』
そして今からそのデニスを始末するということだ。
館に侵入すると、あちこちから嬌声が壁や扉越しに聞こえてきた。
魔物というのは暇さえあれば夫と交わることしかしない存在だ。
ゆえに館の警備などはザル以下で、エリアルは容易に侵入することができた。
それでも誰かがいきなり襲いかかってくるかもしれない。
ショートスピアとラウンドシールドを手に持ってエリアルは赤い絨毯の上を歩いていく。
『おそらくデニスは一番贅沢な、主の寝室にいるはず……』
主の部屋までは単純。
複雑な迷路を進み、トラップなどを回避していくというのは御伽話の世界だ。
主の寝室らしい部屋も目星がついている。
屋敷の構造も侵入する前に外を見て回ったので、だいたいは頭の中に入っていた。
『それにしても本当に警備がなってないな……』
廊下を歩きながらエリアルは顔を軽くしかめた。
各部屋の中では汚れた魔物と男が猥がましく互いの体を貪っているのだ。
教団の人間であるエリアルにとっては吐き気を催す事態だ。
だがエリアルの目的はあくまで勇者を狩ること。
他の魔物を駆逐しようとして騒ぎになってしまっては本末転倒だ。
たとえ、その中に勇者の仲間であったオーギュストやニコライ、魔物化したと思われるキャンディがいたとしても、エリアルには勇者の討伐が優先される。
エリアルは聞こえてくる嬌声を振り払うかのように頭を軽く振り、再び歩みをすすめた。
ついにエリアルはある扉の前で足を止めた。
その扉はこの館で見た扉の中でエントランスを除き、一番豪華な扉だった。
そしてその中からは嬌声も聞こえる。
『ここだな……!』
デニスはこの中だ。
エリアルは確信した。
扉を蹴破り、ショートスピアを構えて叫ぶ。
「デニス=ブルーム! 勇者でありながら主神を裏切り、汚れた魔物の夫となった者め! 主神に代わって粛清する!」
「何者だ!?」
「うっ!?」
唸り声をあげたのはエリアルだった。
中には確かに一人の男がいて、そして彼にまたがっている淫魔が一人いた。
だが、こちらを向いているその男の顔はデニスのものではない。
その顔は……デニスの仲間であった戦士、オーギュストのものだった。
『くっ!? 部屋を間違えたか!? だがここは間違いなく主の部屋。隠し部屋などがあるとは思えないし……なのに、デニスがいない。どういうことだ!?』
パニックに陥るエリアル。
その間に淫魔が動き出した。
膣から肉棒を抜いて立ち上がる。
むわっと部屋に青臭い匂いが漂った。
「愛しき人と愛を育んでいる時に入って来るだなんて無粋ですわね。何者ですか?」
その声は甘く、とろけるように魅力的であったが、はっきりとした怒気も含まれていた。
淫魔がベッドから降りて悠然とエリアルに歩み寄ってくる。
シルエットだけを見ても魅惑的な身体だった。
可憐で細身な身体だが、それでいながら胸元では豊かな乳房が揺れている。
その身体には、背中からは蝙蝠のような翼が、腰からは矢印型の尾が、頭からは二本の角が生えていた。
「いえ、人に名前を訊ねる時は自分から名乗らなければいけませんわね。知っているかとは思いますが、名乗りましょう」
月明かりに淫魔が照らし出される。
そして彼女は名乗った。
「私がこの館の主、そして貴女が探している元勇者のデニス=ブルームです」
「馬鹿な!」
思わずエリアルは叫んでいた。
淫魔の顔はデニスに似ていた。
デニスに姉か妹がいたらこのような顔だっただろう。
だが、デニスに姉妹がいたことは聞いたこともない。
そして何より……
「デニス=ブルームは男のはずだぞ! お前のようなサキュバスのはずが……」
「ええ、確かに私は男でしたわ。 でも今はご覧の通り、魔物娘です」
武器を持っているエリアルに動じることなく、彼女は軽くポーズを作ってみせる。
その時、エリアルには淫魔の右肩に彫られた刺青が見えた。
エリアルの国では勇者になったとき、その者の右肩に識別のために刺青が彫られる。
他の人と被ることのない、その人だけの刺青だ。
淫魔の右肩にあるのは、勇者デニスに彫られた刺青であった。
それを見たらエリアルもこの淫魔がデニス=ブルームだと認めざるを得なかった。
『だが、デニスは男のはず……なのにどうして魔物娘に……? もしや!?』
混乱していたエリアルだったが、ひとつの答えを導き出す。
「アルプか……」
「そうですね、種族名で言えば私はアルプです」
頷いてからデニスは語りだす。
「あの時、私はリリムと強制的に交わらされ、魔力を流し込まれました。普通だったらそのままインキュバスになり、彼女のつがいになったでしょう。でも私はアルプになりました」
男が本人も無自覚なくらい、心の奥底で女になりたいと願っていたり、男と交わりたいと願っていたりする場合、魔物に魔力を流し込まれたときに無意識のうちに男の精の生成能力を自ら破壊して魔物となることがある。
それがアルプだ。
デニスの場合……
「私は女という存在が大嫌いでした。本当はキャンディもパーティーに入れたくなかったくらい……女はニコニコ笑って男を誘っておきながら裏ではどろどろとしたことを考え、さらに誰かを貶めるべく結託するえげつない存在……そんな人間に私は心を許せませんでした。私が心を許せる相手はオーギュストだけでした。そして私は……彼と結ばれたいと心の中で願っていたのでしょう。その結果が今の私です」
デニスの告白は続く。
「アルプになり、オーギュストと交わったことで私は悟りました。女性という性自体は悪いものではない。男を気持ちよくすることができ、自分も気持ちよくなれる……さらには命を生み出すことが出来る女性は素晴らしいものだと分かりました。悪いのは『人間の女性』であること……弱い人間の女性は平然と人を裏切り……」
「やめろ、吐き気がする、このオカマ野郎」
吐き捨てるようにエリアルは言ってデニスの言葉を遮った。
デニスは、口元は笑ったまま片眉をキリリと挙げてみせる。
「なんと言いましたか?」
「オカマ野郎と言った。気持ち悪いんだよ……元男のくせに貴族の婦人ぶった口調で話やがって」
「言ってくれますね……」
エリアルの言葉に、完全に笑顔を消してデニスは言った。
デニスが手招きをするような仕草をする。
次の瞬間には彼女の右手にはショートソードが、左手には彼女が元いた教団国の紋章が入った盾が装備されていた。
「挑発されてそれに乗るのは大人げないとは思いますが、そこまで言われて黙っていられませんね。このまま貴女を国に返すのも得策ではないでしょうし……お相手しますわ」
言い終わるや否や、デニスの左手が突き出される。
ドンッ!
強烈な衝撃波がデニスの突き出された左手から発生し、エリアルは廊下にたたき出された。
「クソっ!」
受身をとって素早く起き上がる。
だが立て直す猶予も与えずデニスが翼を使って滑空して間合いを詰めてきた。
デニスの剣が突き出される。
エリアルはそれを盾で受け止めた。
「でやあっ!」
牽制するためにエリアルはショートスピアで突くが、軽く剣でいなされる。
いなしたその動きのまま、デニスはエリアルを斬り付けた。
それも盾で防ぐが、二撃、三撃とデニスの斬撃がエリアルを絶え間なく襲う。
「ほらほらっ! 防戦一方でいつまで持ちますか?」
攻撃をしかけながらデニスは笑う。
デニスの言うとおり、エリアルは防戦一方に回ってしまっている。
だが、その心は少しも焦っていなかった。
そもそも、エリアルは戦闘能力だけを見れば、デニスに大きく引けをとっている。
エリアルに限らず、勇者狩りの人間は勇者と比べて戦闘能力自体は劣っているのだ。
上回っていたとしても、今エリアルがデニスに見せているように、攻撃などを防ぐ防御力くらいか……
『だが戦いとは強さや力、魔力だけで決まる物じゃない……!』
盾越しにデニスを冷ややかに見ながらエリアルは脳内で考える。
戦闘能力が勇者より低くても、防戦一方になっても、勇者狩りの人間は対勇者戦で勝つための切り札という物を持っていた。
それは……
『勇者の繰り出す奥義に隠された、大きな隙……』
エリアルとデニスの国では、勇者と認められた者は王宮に連れていかれ、そこで訓練される。
王宮で剣、魔法、学問など、あらゆる訓練を受けるのだ。
そして晴れて勇者となれた者は剣の奥義を伝授される。
伝授される奥義は、確かに当たれば強力だ。
しかし実は、素人目には分からない大きな隙がある。
これはわざと、奥義を編み出した国の剣聖が仕組んでいたものだ。
勇者狩りが、勇者がこの技を使ったときに勇者を倒すことができるように……
「ここまで防御されると、埒があきませんわね。貴女が伏兵などを用意していないとも限らないので……勝負を付けさせていただきましょう」
今、その時が来た。
元勇者で今はアルプのデニスが、奥義を放つ構えを取る。
「はああああっ!!」
魔力をまとったデニスの剣が突き出される。
この瞬間こそがエリアルの狙っていた隙だった。
突き出された剣をショートスピアで弾き飛ばし、そのまま喉を一突き……
「なんてね♪」
「……!?」
デニスの剣の軌道が突然変わった。
次の瞬間、金属音が響きわたる。
本来はデニスの剣が宙を舞うはずだったが、持ち主の手を離れて宙に舞ったのはエリアルのショートスピアだった。
そしてほぼ同時に鈍い音が響きわたる。
デニスの剣の柄頭がエリアルの首に叩き込まれていた。
「くそ、そんな……」
意識が遠のいていき、エリアルは崩れ落ちる。
くちびるを噛んで痛みで気絶するのを堪えようとするが、効果がない。
「リリムに負けたときもこの奥義で、隙を見破られて負けたのです。奥義にわざわざ隙を作って勇者狩りが勝てるようにするだなんて……教団の人も悪趣味ですわね」
デニスがそう言っているのを遠くに聞きながら、エリアルは完全に意識を手放した。
とある片田舎にぽつんとある小さな屋敷を見て女がつぶやいた。
女性にしては大柄でがっしりとした身体を軽装の鎧で包んでおり、背に150cmほどの短い槍と盾を背負っている。
その胸当てと盾には教団の紋章が入っている。
だが、彼女は勇者ではない。
かと言って、ただの兵士でもない。
【勇者狩り】と呼ばれる者だ。
勇者のなかには教団を裏切って魔物を妻とし、魔王軍につく者もいる。
当時最強と謳われた勇者でさえ今の魔王を妻としたのであるから、他の勇者も魔物に篭絡され、交わるものが多い。
それを見越して作られたのが、勇者狩りの組織だ。
この女、エリアル=グランツマンもその一人だ。
勇者狩りは、裏切った勇者を暗殺して魔王軍の戦力を削り、さらに勇者の妻も精の不足で干し殺しにするのが狙いである。
今回のエリアルのターゲットは……
『デニス=ブルーム……数か月前、戦士のオーギュスト、魔法使いのキャンディ、僧侶のニコライを連れて魔王の討伐に向かったものの、リリムと遭遇して敗走……』
館に歩を進めながらエリアルは情報を自分の中で確認する。
『しばらく行方不明だったが、デニスとオーギュストがこの館にいることが最近分かったと……』
そして今からそのデニスを始末するということだ。
館に侵入すると、あちこちから嬌声が壁や扉越しに聞こえてきた。
魔物というのは暇さえあれば夫と交わることしかしない存在だ。
ゆえに館の警備などはザル以下で、エリアルは容易に侵入することができた。
それでも誰かがいきなり襲いかかってくるかもしれない。
ショートスピアとラウンドシールドを手に持ってエリアルは赤い絨毯の上を歩いていく。
『おそらくデニスは一番贅沢な、主の寝室にいるはず……』
主の部屋までは単純。
複雑な迷路を進み、トラップなどを回避していくというのは御伽話の世界だ。
主の寝室らしい部屋も目星がついている。
屋敷の構造も侵入する前に外を見て回ったので、だいたいは頭の中に入っていた。
『それにしても本当に警備がなってないな……』
廊下を歩きながらエリアルは顔を軽くしかめた。
各部屋の中では汚れた魔物と男が猥がましく互いの体を貪っているのだ。
教団の人間であるエリアルにとっては吐き気を催す事態だ。
だがエリアルの目的はあくまで勇者を狩ること。
他の魔物を駆逐しようとして騒ぎになってしまっては本末転倒だ。
たとえ、その中に勇者の仲間であったオーギュストやニコライ、魔物化したと思われるキャンディがいたとしても、エリアルには勇者の討伐が優先される。
エリアルは聞こえてくる嬌声を振り払うかのように頭を軽く振り、再び歩みをすすめた。
ついにエリアルはある扉の前で足を止めた。
その扉はこの館で見た扉の中でエントランスを除き、一番豪華な扉だった。
そしてその中からは嬌声も聞こえる。
『ここだな……!』
デニスはこの中だ。
エリアルは確信した。
扉を蹴破り、ショートスピアを構えて叫ぶ。
「デニス=ブルーム! 勇者でありながら主神を裏切り、汚れた魔物の夫となった者め! 主神に代わって粛清する!」
「何者だ!?」
「うっ!?」
唸り声をあげたのはエリアルだった。
中には確かに一人の男がいて、そして彼にまたがっている淫魔が一人いた。
だが、こちらを向いているその男の顔はデニスのものではない。
その顔は……デニスの仲間であった戦士、オーギュストのものだった。
『くっ!? 部屋を間違えたか!? だがここは間違いなく主の部屋。隠し部屋などがあるとは思えないし……なのに、デニスがいない。どういうことだ!?』
パニックに陥るエリアル。
その間に淫魔が動き出した。
膣から肉棒を抜いて立ち上がる。
むわっと部屋に青臭い匂いが漂った。
「愛しき人と愛を育んでいる時に入って来るだなんて無粋ですわね。何者ですか?」
その声は甘く、とろけるように魅力的であったが、はっきりとした怒気も含まれていた。
淫魔がベッドから降りて悠然とエリアルに歩み寄ってくる。
シルエットだけを見ても魅惑的な身体だった。
可憐で細身な身体だが、それでいながら胸元では豊かな乳房が揺れている。
その身体には、背中からは蝙蝠のような翼が、腰からは矢印型の尾が、頭からは二本の角が生えていた。
「いえ、人に名前を訊ねる時は自分から名乗らなければいけませんわね。知っているかとは思いますが、名乗りましょう」
月明かりに淫魔が照らし出される。
そして彼女は名乗った。
「私がこの館の主、そして貴女が探している元勇者のデニス=ブルームです」
「馬鹿な!」
思わずエリアルは叫んでいた。
淫魔の顔はデニスに似ていた。
デニスに姉か妹がいたらこのような顔だっただろう。
だが、デニスに姉妹がいたことは聞いたこともない。
そして何より……
「デニス=ブルームは男のはずだぞ! お前のようなサキュバスのはずが……」
「ええ、確かに私は男でしたわ。 でも今はご覧の通り、魔物娘です」
武器を持っているエリアルに動じることなく、彼女は軽くポーズを作ってみせる。
その時、エリアルには淫魔の右肩に彫られた刺青が見えた。
エリアルの国では勇者になったとき、その者の右肩に識別のために刺青が彫られる。
他の人と被ることのない、その人だけの刺青だ。
淫魔の右肩にあるのは、勇者デニスに彫られた刺青であった。
それを見たらエリアルもこの淫魔がデニス=ブルームだと認めざるを得なかった。
『だが、デニスは男のはず……なのにどうして魔物娘に……? もしや!?』
混乱していたエリアルだったが、ひとつの答えを導き出す。
「アルプか……」
「そうですね、種族名で言えば私はアルプです」
頷いてからデニスは語りだす。
「あの時、私はリリムと強制的に交わらされ、魔力を流し込まれました。普通だったらそのままインキュバスになり、彼女のつがいになったでしょう。でも私はアルプになりました」
男が本人も無自覚なくらい、心の奥底で女になりたいと願っていたり、男と交わりたいと願っていたりする場合、魔物に魔力を流し込まれたときに無意識のうちに男の精の生成能力を自ら破壊して魔物となることがある。
それがアルプだ。
デニスの場合……
「私は女という存在が大嫌いでした。本当はキャンディもパーティーに入れたくなかったくらい……女はニコニコ笑って男を誘っておきながら裏ではどろどろとしたことを考え、さらに誰かを貶めるべく結託するえげつない存在……そんな人間に私は心を許せませんでした。私が心を許せる相手はオーギュストだけでした。そして私は……彼と結ばれたいと心の中で願っていたのでしょう。その結果が今の私です」
デニスの告白は続く。
「アルプになり、オーギュストと交わったことで私は悟りました。女性という性自体は悪いものではない。男を気持ちよくすることができ、自分も気持ちよくなれる……さらには命を生み出すことが出来る女性は素晴らしいものだと分かりました。悪いのは『人間の女性』であること……弱い人間の女性は平然と人を裏切り……」
「やめろ、吐き気がする、このオカマ野郎」
吐き捨てるようにエリアルは言ってデニスの言葉を遮った。
デニスは、口元は笑ったまま片眉をキリリと挙げてみせる。
「なんと言いましたか?」
「オカマ野郎と言った。気持ち悪いんだよ……元男のくせに貴族の婦人ぶった口調で話やがって」
「言ってくれますね……」
エリアルの言葉に、完全に笑顔を消してデニスは言った。
デニスが手招きをするような仕草をする。
次の瞬間には彼女の右手にはショートソードが、左手には彼女が元いた教団国の紋章が入った盾が装備されていた。
「挑発されてそれに乗るのは大人げないとは思いますが、そこまで言われて黙っていられませんね。このまま貴女を国に返すのも得策ではないでしょうし……お相手しますわ」
言い終わるや否や、デニスの左手が突き出される。
ドンッ!
強烈な衝撃波がデニスの突き出された左手から発生し、エリアルは廊下にたたき出された。
「クソっ!」
受身をとって素早く起き上がる。
だが立て直す猶予も与えずデニスが翼を使って滑空して間合いを詰めてきた。
デニスの剣が突き出される。
エリアルはそれを盾で受け止めた。
「でやあっ!」
牽制するためにエリアルはショートスピアで突くが、軽く剣でいなされる。
いなしたその動きのまま、デニスはエリアルを斬り付けた。
それも盾で防ぐが、二撃、三撃とデニスの斬撃がエリアルを絶え間なく襲う。
「ほらほらっ! 防戦一方でいつまで持ちますか?」
攻撃をしかけながらデニスは笑う。
デニスの言うとおり、エリアルは防戦一方に回ってしまっている。
だが、その心は少しも焦っていなかった。
そもそも、エリアルは戦闘能力だけを見れば、デニスに大きく引けをとっている。
エリアルに限らず、勇者狩りの人間は勇者と比べて戦闘能力自体は劣っているのだ。
上回っていたとしても、今エリアルがデニスに見せているように、攻撃などを防ぐ防御力くらいか……
『だが戦いとは強さや力、魔力だけで決まる物じゃない……!』
盾越しにデニスを冷ややかに見ながらエリアルは脳内で考える。
戦闘能力が勇者より低くても、防戦一方になっても、勇者狩りの人間は対勇者戦で勝つための切り札という物を持っていた。
それは……
『勇者の繰り出す奥義に隠された、大きな隙……』
エリアルとデニスの国では、勇者と認められた者は王宮に連れていかれ、そこで訓練される。
王宮で剣、魔法、学問など、あらゆる訓練を受けるのだ。
そして晴れて勇者となれた者は剣の奥義を伝授される。
伝授される奥義は、確かに当たれば強力だ。
しかし実は、素人目には分からない大きな隙がある。
これはわざと、奥義を編み出した国の剣聖が仕組んでいたものだ。
勇者狩りが、勇者がこの技を使ったときに勇者を倒すことができるように……
「ここまで防御されると、埒があきませんわね。貴女が伏兵などを用意していないとも限らないので……勝負を付けさせていただきましょう」
今、その時が来た。
元勇者で今はアルプのデニスが、奥義を放つ構えを取る。
「はああああっ!!」
魔力をまとったデニスの剣が突き出される。
この瞬間こそがエリアルの狙っていた隙だった。
突き出された剣をショートスピアで弾き飛ばし、そのまま喉を一突き……
「なんてね♪」
「……!?」
デニスの剣の軌道が突然変わった。
次の瞬間、金属音が響きわたる。
本来はデニスの剣が宙を舞うはずだったが、持ち主の手を離れて宙に舞ったのはエリアルのショートスピアだった。
そしてほぼ同時に鈍い音が響きわたる。
デニスの剣の柄頭がエリアルの首に叩き込まれていた。
「くそ、そんな……」
意識が遠のいていき、エリアルは崩れ落ちる。
くちびるを噛んで痛みで気絶するのを堪えようとするが、効果がない。
「リリムに負けたときもこの奥義で、隙を見破られて負けたのです。奥義にわざわざ隙を作って勇者狩りが勝てるようにするだなんて……教団の人も悪趣味ですわね」
デニスがそう言っているのを遠くに聞きながら、エリアルは完全に意識を手放した。
12/04/18 19:22更新 / 三鯖アキラ(旧:沈黙の天使)
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