雪国のハーピーと少年のお話
雪国の凍える風は、地を行く者以上に、空を飛ぶ者たちに牙を剥く。
だから、寒冷地に適応した一部のハーピーたち以外は、そんな寒い場所は避けて飛ぶことが多い。
しかし、その少女が飛べないのは、そんな理由以前に先天的な「センス」とでも言うものの欠如が大きいようだった。
「……今度こそ!今度こそ飛べる気がする!」
「うん、頑張って」
少女の今日何度目か分からない「今度こそ」という宣言に、少年は若干投げやりな返事をした。
厚着をして耳あてまで着けた人間の少年とは対照的に、彼の幼馴染であるハーピーの少女は雪国には相応しくない薄着姿だった。セミロングの髪が首筋に張り付いているのは、溶けた雪のせいだけでなく、彼女自身が汗を滲ませているせいでもある。
顔についた雪もそのままに、少女は深呼吸を繰り返し、火照った体を内から冷ます。
そして、鮮やかな水色の翼を軽く振ってから、雪の上に敷いた木板から細い足で跳び上がった。
跳躍の勢いを殺さないように両翼で更に強く羽ばたき続けると、小さな体は少しずつ浮かび上がりはじめた。
「やった……っ!?」
跳躍から浮上はできた。次は、滑空。
もう少しで飛べると喜んだのも束の間、雪を纏った冷たい風が、少女を横殴りにした。
途端に少女はバランスを崩し、浮上していた体は重力に従って地上へと向かう。
転ばぬように翼を振りながら、なんとか木板の上に着地した少女に、少年はあくびを噛み殺しながら言った。
「……着地成功?」
「……疲れたから、今日はおしまいにしようと思ったの!ほら、帰ろ!」
「そうだね」
それが恥ずかしさを誤魔化すための言い訳だと知っていたが、少年はそれ以上茶化したりはしなかった。
椅子代わりにしていた樽から降りると、預かっていた上着を少女の肩にかけて、自分が着ていた上着もその上から重ねた。
「……こんなにいらない。暑い」
挑戦が上手く行かなかった悔しさと年頃の少女らしい天邪鬼から、口を尖らせて少女は言った。
だが、少年はやんわりと首を横に振って、上着を脱ごうとした少女の肩を抑えた。
「動いた後は厚着しないと汗が冷えて風邪を引くって、母さんが言ってたよ」
不満そうな少女とは対照的に、少年は平然と言いながら、厚い手袋を着けた手で少女の頭に乗っていた雪を払いのける。
そして、少女の翼に隠れた、鋭い爪状の手を握った。
「また明日、頑張ろう。僕も応援するから」
「……うん」
少女も観念したのか、意地を張らず素直に頷いた。
また明日、また明日。
幼馴染がくれる、いつも同じ励ましの言葉に、自分でも気付かないほどに小さな罪悪感が、少女の胸をちくり刺した。
少女が「もしかしたら、自分は最初から飛べるようになるつもりなんて無いのかもしれない」などと思うようになるのは、もう少し先の話。
だから、寒冷地に適応した一部のハーピーたち以外は、そんな寒い場所は避けて飛ぶことが多い。
しかし、その少女が飛べないのは、そんな理由以前に先天的な「センス」とでも言うものの欠如が大きいようだった。
「……今度こそ!今度こそ飛べる気がする!」
「うん、頑張って」
少女の今日何度目か分からない「今度こそ」という宣言に、少年は若干投げやりな返事をした。
厚着をして耳あてまで着けた人間の少年とは対照的に、彼の幼馴染であるハーピーの少女は雪国には相応しくない薄着姿だった。セミロングの髪が首筋に張り付いているのは、溶けた雪のせいだけでなく、彼女自身が汗を滲ませているせいでもある。
顔についた雪もそのままに、少女は深呼吸を繰り返し、火照った体を内から冷ます。
そして、鮮やかな水色の翼を軽く振ってから、雪の上に敷いた木板から細い足で跳び上がった。
跳躍の勢いを殺さないように両翼で更に強く羽ばたき続けると、小さな体は少しずつ浮かび上がりはじめた。
「やった……っ!?」
跳躍から浮上はできた。次は、滑空。
もう少しで飛べると喜んだのも束の間、雪を纏った冷たい風が、少女を横殴りにした。
途端に少女はバランスを崩し、浮上していた体は重力に従って地上へと向かう。
転ばぬように翼を振りながら、なんとか木板の上に着地した少女に、少年はあくびを噛み殺しながら言った。
「……着地成功?」
「……疲れたから、今日はおしまいにしようと思ったの!ほら、帰ろ!」
「そうだね」
それが恥ずかしさを誤魔化すための言い訳だと知っていたが、少年はそれ以上茶化したりはしなかった。
椅子代わりにしていた樽から降りると、預かっていた上着を少女の肩にかけて、自分が着ていた上着もその上から重ねた。
「……こんなにいらない。暑い」
挑戦が上手く行かなかった悔しさと年頃の少女らしい天邪鬼から、口を尖らせて少女は言った。
だが、少年はやんわりと首を横に振って、上着を脱ごうとした少女の肩を抑えた。
「動いた後は厚着しないと汗が冷えて風邪を引くって、母さんが言ってたよ」
不満そうな少女とは対照的に、少年は平然と言いながら、厚い手袋を着けた手で少女の頭に乗っていた雪を払いのける。
そして、少女の翼に隠れた、鋭い爪状の手を握った。
「また明日、頑張ろう。僕も応援するから」
「……うん」
少女も観念したのか、意地を張らず素直に頷いた。
また明日、また明日。
幼馴染がくれる、いつも同じ励ましの言葉に、自分でも気付かないほどに小さな罪悪感が、少女の胸をちくり刺した。
少女が「もしかしたら、自分は最初から飛べるようになるつもりなんて無いのかもしれない」などと思うようになるのは、もう少し先の話。
23/09/10 20:05更新 / みなと
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