第五章
歓迎パーティから数日、ついに訓練が始まった。
朝一番から訓練所には新兵が集まっている。
「おーっすお前ら、今日から本格的に訓練を始めるぞ。配属部隊はもう予め聞いてるな?剣技の訓練は俺コールマンがする。魔法の訓練はマックス・ケナード先生に教えてもらう。希望する奴は一日の全ての訓練が終わった後に盾の訓練もしてやるからな。取り敢えず配属通り2つのグループに分かれろ。」
コールマンは朝から声が大きい。
それに対して殆どの兵が頭を痛そうにしている。
入団当初のリストビア軍の訓練は週1回ずつ訓練内容が変わる。
それは一日おきに内容が変わるとどちらも中途半端に仕上がってしまうという教官達による考えによるものであった。
やがて魔法グループ、剣技グループの2つに別れ訓練が始まった。
「ルディと同じ配属で良かったよ。本当に不安だったんだから。」
「そっかそっか、そう言ってもらえたなら何よりだな。」
大げさだなとルディは苦笑いを浮かべている。
そうこうしているのも束の間、コールマンによる訓練が始まった。
「よしお前ら、徹底的に鍛え上げてやるから覚悟しとけよな!まずはこの一週間でお前らには眼を鍛えてもらう。」
コールマンのその発言に驚く者達も少なく無かった。
その中にはキョトンした顔を浮かべるもの、あからまさに嫌そうな表情を浮かべる者もいた。
「ふん、何でか分かる奴と分からない奴の半々ぐらいか。じゃあ何で剣を振る練習でもなく眼を鍛えるか教えてやる。」
すると一人の青年が前に出た。
「そんなもの簡単ですよ。眼が良いと相手の剣裁きを読む事ができるからでしょう?」
何でこんな当たり前の事を答えさせるんだ、と言わんばかりにムスっとした顔で発言する。
「おう分かってんじゃねぇか。お前名前はなんて言う?」
コールマンはそれに満足そうな顔をする。
「フィリートーマスです」
(あ〜模擬戦で相手の攻撃を全ていなしてみせた奴か!)
ルディは一人で内心非常に喜んでいた。
トーマスの動きは無駄の無いものであり、ルディの目指す戦い方をするには非常に参考になるものである。
そんな人と一緒に訓練できる!
それがルディという青年を沸き立てていた。
「ほうトーマスか。何でお前は眼の重要性を理解していて、今からその訓練をするっていうのに不服そうな顔をしてんだ?」
「僕は自分の眼、及び動体視力に自信が有ります。前の模擬戦の時だって遠目からでも皆の振り一筋一筋見えていましたし。だから、僕にはそんな訓練なんかよりもっと高度な技を教えて欲しいのです。」
終止ムスッとした表情を浮かべ、くだらないといった雰囲気を醸し出しトーマスは進言する。
チャキ….パンッ!
しかし、いきなりトーマスの声以外に強烈な破裂音が鳴り、皆を驚かせた。
何より一番驚いているのはトーマスであろう。
何故なら少しの風圧を感じ、気が付けば赤い刃が斬るぞと言わんばかりに首に宛てがわれているのだから。
もちろん剣を握るのはコールマンである。
先程の破裂音は剣先が音速を超えた音だったのである。
鞭のように長くしなるものであれ訓練をつめばあれば切っ先が音速を超える事は用意であろう。
しかしコールマンが握っているものはたかが1メートル程しか無い剣である。
「おうトーマスよ。いまの剣筋が見えたか?」
その問いかけにハッとしたトーマスは悔しそうに口をギュッと閉じている。
その姿は悔しさを耐えているようにも、自分の考えの甘さを恥じているようにも見えた。
ルディもまた多少なりとも尊敬の念を抱いていた相手がいとも容易く黙り込まされる姿を見て、驚き戸惑っていた。
「なぁコレン、今の見えたか?」
「うん。僕にもハッキリと見えた訳じゃないけど、柄に手を当てて剣を引き抜いた後に手首でスナップを効かせて振るとこまで見えたかな。」
「まじかコレン…コレンって本当に眼が鋭いんだな…」
今の一瞬の動きを細かく説明してくれたコレンをルディは驚きの相を隠さずに
見続けている。
「ちょっとルディ、そんなに見られると恥ずかしいんだけど…///」
コレンは頬を染め目を逸らして、魔物娘らしい発想を見せつけルディを嘆息させる。
「はぁ…やっぱコレンはコレンだな…」
そんな二人のボソボソ話が聞こえていたコールマンは
「おうコレンだったか?お前眼がいいな。今のは演舞用の剣の振り方で実践には使えないもんだ。だから無駄に手首を使って加速させてる。
並の奴じゃ全く見えない筈なんだがな。流石母親譲りってとこか?」
そう言われたコレンはムッとしてコールマンを睨め付けた。
「ワッハッハそうかそうか、母親と比べられるのは嫌いか。すまんな、次からは気をつけよう」
コレンの視線も気にする事なくコールマンは呆気からんとしている。
周りの皆もコールマンの様子を見て、何か有るだろうと悟ったのか気にしない様にしている。
しかしルディはそうも言っていられなかった。
この中で一番コレンと仲が良いと自負しているルディとしては、彼女が持っている過去の事がやはり気になるのであった。
「まぁとにかく、お前らには今のくらしっかり見える様になって欲しいな。見えれば対処できる。見えれば致命傷を避ける事ができる。それが俺の考えだ。大丈夫さ、模擬戦を見た限りお前らのレベルは高い。もちろん得意分野に偏りはあるだろうがな」
「コールマン教官、一つ質問が有ります。」
そう言って出たのは先程打ちのめされたトーマスであった。
「何故あなたはそんなにこの訓練に拘るのでしょうか?」
「ほう…そこが気になるか。実は俺も過去に痛い目にあってるんだ。俺が魔物との戦争で最前線を張っていたときなんだがな。敵が放ったか味方が放ったか分からない対軍魔法級の代物が頭上に降って来たんだ…その時に判断を誤っちまってなぁ大怪我負ってしまった…そのせいで大事な友を失ったんだ。まぁ俺が眼を良くしろって事に拘るのはそう言う事だな。
ここでいう眼ってのは、視覚的な意味も勿論ある。だが俺が一番言いてえのは迷わないで済む判断力を付けろってことだ。分かったか?」
実戦経験の乏しい彼らにとってコールマンの実際の戦場を想像させる話しっぷりは、ただ「重要だ」と言うよりもよっぽど納得し易く、説得力があるのだった。
その結果、場に居るもの全員が訓練に対する気持ちを切り替えたのが見て取れる。
「まぁ辛気くさい話をしちまった。とにかく訓練を始めるぞ。」
そう言って遂に訓練は始まった。
その訓練の内容とはペアを作りお互いにゆっくりと棒を振り合うだけのものだった。
この説明だけを聞くと何をやっているんだと思われるだろうが、この訓練にはしっかりとした狙いがあるのであった。
相手の身体に向けてあらゆる方法で棒を振り攻撃する。そして攻撃される側はそれに対して無駄がなく、且つ力の要らない方法を瞬時に見極めて去なさなければならない。これをひたすら繰り返す。そしてやがてはいつも剣を降っている速さまで速めてゆく。
これは一見意味の無さそうな訓練に見えるだろうが実はとてつもなく難しく硬度な訓練となっているのだ。達人と素人がこの訓練を行うと、素人はゆっくりとした動作であるのに防ぐ事がままならない。それほど相手の動きを瞬時に見極め、次の動作を決めるという事は難しい事である。
何度も反復して攻撃を去なす訓練をしていると、だんだんその動きが身体に染み付いてくる。
すると実践においても攻撃さえ見えれば身体が勝手に動く様になる。その結果、防ぐのに必死になるのではなく、身体に染み付いた動きをするのみであるのでそこに思考は必要ない。
つまりこの訓練は無心で攻撃を防御するというものを目指したものであるのだ。
もちろん剣の振り方には多少の角度の違いなどによって、何千いや何万種類と存在するであろう。しかし大元の数十通りの去なし方のみ身に付ければ、そこからは応用できるのだ。
「よし今日の訓練は終わりだ!
そんな訓練が六日間続いた。
皆、しどろもどろになりながら必死に剣を振り、剣を防ぎ避ける練習を行って来たお陰で多少は良い動きを出来る様になっていた。
「おうお前らお疲れ。今日の訓練は終わりだ。多分あんまり訓練の実感は無かっただろうが、よく文句を言わずついてきたな。明日は休みだ、今晩はハメを外して良いぞ!」
リストビア軍の新人は訓練が週6で行われる。この国では充実した衣食住、及び装備が与えられ、休日もしっかりと与えられる。それほど新兵達に対する期待が高い事が伺える。
「なぁコレン、さっきおっさんも言ってたけど上達してる実感はあったか?」
「う〜ん、ちょっとだけね。って言っても相手の眼の方向や体重移動を瞬時に読み取れるって位だけどね〜」
「まじかよ、それって凄いんじゃねぇのか?俺なんてようやく剣の効率的な去なし方が分かったくらいだよ…」
コレンは非常に高度な事を簡単に言ってのける。魔物であるが故に身体能力が人間とは段違いである。コレンはもともと眼が良い、効率的な訓練方法によって長所の使い方を理解し始めているのであろう。
「負けない様に頑張らないとな」
とルディは一人ウンウン頷きながら呟く。ルディにとってコレンは友でもあり、ライバルのような存在となっていた。
「僕もルディには負けないようにしないと…ところでルディ、明日は暇かな?」
「えーっと、うん用事はないな」
「ほんと!?やったー、じゃあ一緒に街に行こうよ!服とか買いたいんだ!」
コレンは子供のようにピョンピョンと飛び跳ねて喜んでいる。それをルディは妹を見守る兄の様な表情で見ている。
「はぁ、それだけ喜ばれたら断れないよな。」
「え?嫌だった…かな?」
「いやいやいや、そうじゃなくて。コレンのはしゃぐ姿を見ると大きな妹が出来たみたいに感じてね」
「妹って…もう!僕を子供扱いすると怒るよ!」
先程とうって変わってプンプンと怒る様子を身体で体現するコレンである。この時ルディはコレンの頭を妹をあやす様に撫でてみたいと僅かに葛藤していた。
しかし、ルディはコレンが魔物と分かった時以来できるだけスキンシップを拒もうとしていた。
「ははは、ごめんごめん…で、明日は何処に何時に集合にする?」
「…?…そうだね、前の公園の広場に訓練が始まる時間と同じに集合で」
そのルディの逡巡にコレンは勿論気付いている。しかし敢えて口に出す事はしなかった。
「わかった、じゃあ明日楽しみにしてるよ」
「僕も!今からワクワクして今夜は眠れないね!」
「はは、そうだな」
「もう愛想笑いしちゃって…まぁいいや、今日はお疲れさま」
「あぁお疲れ。また明日な」
そう言って二人は訓練場の入り口で分かれる。本来、新兵は宿舎で寝泊まりするものだが、コレンだけは何故か特例で別の所に宿が有る。
「おぅルディ、随分とコレンちゃんと仲が良えやんか。何や?もう付き合ったりしとるんか?」
声をかけて来たのはマーティン・ホークス、ルディとコレンとは同期である。生まれた地域の訛りが非常に濃く残っているのが特徴的である。槍を使わせたら同期の中でも、先輩達の中でも右に出る者は居ないだろうと言えるくらいの実力を持っている。
「付き合ってねぇよ、たまたま最初に一緒に模擬戦をしたからそれ以降もよく話すってだけだよ」
「ふーん、そうなんや。お前ら二人はお似合いやと思うし、同期のみんなこっそり応援しとるぞ」
「ちょっ、お似合いって。しかも応援してるって…そんな感じじゃないんだけどなぁ」
「ははは、まぁ違うにせよ合ってるにせよ俺らは応援しとるよ。なぁポール!」
気が付けば訓練を後片付けを追えたポールが後ろに立っていた。
ポールことジョン・ポールは弓術に長けている。まことしやかに、1マイル離れてても的に当てるんじゃないかと言う有り得ない噂まで立っている。
「そうだな、二人は特別が仲がいいしな!頑張れよルディ!」
そう言ってホークスとポールはルディの肩をガッシリと掴んで笑っている。それに対して、自分達が周りからどう見られているかを知ったルディは笑える様な状況では無かった。
(はぁ、仲が良いのはそうかもしれないけど、あいつは魔物だしなぁ)
ルディはコレンを良き友でありライバルと考えており、純粋に可愛いと感じており、もっと仲良くなりたいと思っている事は確かである。しかし、彼にとってまだまだ魔物というものは得体の知れない生き物である、それがルディの感じているコレンとの大きな壁になっていた。
「じゃあ俺は寄り道をして帰るよ。ホークスにポールお疲れさま、また後で宿舎でな」
そう言ってルディは宿舎とは逆方向に向かって歩きだして行く。
訓練場から歩いて15分、ルディはアラクネが営む仕立て屋の前にいた。
その彼の面持ちは非常に緊張で強張っている。
2、3分仕立て屋の前で悩んだ後、ルディは意を決して店の戸を開く。
「ごめんくださ〜い」
店の中は服以外誰も居なかった。陳列棚には煌びやかな金のボタンなどが付けられた精巧な作りをされた祭典用の衣服から、普段着に使えそうな服までずらっと並べられている。
ルディはその作りの良さに思わずマジマジと服を眺めてしまう。アラクネの糸で作られた服は手触りも最高に良く、思わず頬擦りしたくなる程であった。
「誰かいるのかしら?ってあらぁ新人さんじゃないの」
そうしていると、奥から女主人が出てきた。
彼女が出て来た瞬間ルディは身体が強張るのを感じた。やはりまだ魔物に慣れておらず、意識せずとも心の底から恐怖心が浮かび上がってしまうのであった。
「用は何かしら?新しい服でも仕立てて貰いに来たのかしら?」
「い、いや…ちょっと聞きたい事がありまして」
「ふ〜ん、何かしら?」
女主人は何もせず、ただそこに立っているだけである。しかし、ルディはその彼女の佇まいだけで、萎縮しそうになるのであった。その理由は、ルディだからこそ感じる事ができる仕立て屋内に僅かに充満する彼女の魔力、そして彼女がアラクネという魔物であると言う絶対的な恐怖感である。
「なるほどね、あなた気付いているのね?」
「えっ?」
「私が魔物娘だって気付いてるんでしょ?」
「い、いや…何で?」
「ふふふ、そんなに怖じ気付かなくても大丈夫よ。食べたり殺したりしないわ」
「はい…分かってはいるんですけど、慣れてなくて…」
「でしょうねぇ、聞きたい事が有るんでしょう?落ち着くまでそこのカウンターの椅子にでも座ってなさい。紅茶でも用意してあげるから」
「はい…有り難うございます」
そう言って彼女は再び店の奥に消えて行く。それと同時にルディも気が抜けたかの様に椅子に座り込んでしまう。この時ルディの額には大粒の汗が浮かんでいた。
そして待つ事数分。
「はい、お待たせ。ミルクと砂糖は自分で好きな量入れてね」
「有り難うございます」
ルディはいくらか精神的にも落ち着いた様子で、出された紅茶を口にする。
「あら、魔物に出されたものなのに先に口にしちゃうのね…」
「っ!?」
彼女のその台詞にルディは口に含んだ紅茶を思わず吹き出そうとする、しかしそうなる前に口は彼女の手で塞がれていた。
「ふふふふ、冗談よ冗談。何も悪いものは入れてないわ、普通の紅茶よ。」
彼女は悪戯っぽい表情を浮かべ『ほら、これが茶葉の箱』と言って市販されている紅茶をルディに見せつける。
それは街のお茶屋でも一番高いとされるリストビア国ブランドの高級茶葉であった。しかし、ルディのその高級紅茶の記念すべき一口目は全く味わえないものとなってしまうのであった。
「はぁ冗談がキツ過ぎますよ!」
「ごめんなさいね。だってあまりにも緊張した面持ちをしてるんだもの、ちょっとくらい悪戯をしたくもなるわよ。どう?多少、緊張は解れたでしょ?」
「えぇお陰様で…まぁでも自分を気遣ってくれて有り難うございます」
「良いの良いの、魔物娘に歩み寄ろうとしてくれる子を無下にできないもの」
「そこまで気付いてたんですね」
「えぇ勿論よ。まず貴方が私を見た瞬間、一気に緊張した表情を見せたわよね。そこでこの場で緊張をする理由は@私に惚れている。A私の正体を知っている。のどちらかだと考えたの。ここで@は無いと思ったから、私の正体を知っていたから緊張したんだろうなって考えたの。そこで『聞きたい事が有る』なんて言われたら、もう必然的に答えは出るわよね?」
「はぁ…完璧な考察です、流石ですね」
「伊達に200年以上もここで仕立て屋を続けてないわ。ずっと色々な人を見て来たから分かるのよ。まぁその話は置いておいて、聞きたい事って何かしら?」
「200年ってのも凄く気になるのですが、まぁ良いです。自分が今回聞きたい事って言うのは、魔物の…じゃなくて、その魔物娘っていうものの生態を知りたいんです」
「ふ〜ん、成る程ねぇ。で、知ってどうしたいのかしら?この国が帝国領で、貴方がその帝国軍に所属している以上、魔物娘について知って得する事は無いわよ?」
「それは分かっています。でも、仲間として友として魔物の事を少しでも知っておきたいと考えているんです」
この時のルディは先程と違い語気にも力があり、カウンターを乗り出すんじゃないかという勢いがあった。
「あら、コレンちゃんの正体にも気付いてたのね。いいわ、魔物娘については教えてあげる」
「有り難うございます!」
「あなたが魔物娘について何も知らないっていう前提で話を進めるわよ…」
そうして数分後
紅茶の湯気は消え去り、砂糖もコップの下部に沈殿しきった頃
ルディは女主人から魔物娘の生態について聞かされて呆然としていた。
ルディにも多少の知識はあったが、彼女の口から告げられたのはルディの予想の上を行く内容であった。
魔物娘が人間のオスを伴侶とするなんて知らなかった。
魔物娘が人間のオスを襲うのは、人間の精を糧としているなんて勿論知らなかった。
魔物娘が伴侶を何よりも大事にしている事も当然ながら知らなかった。
前に祭典用の服を仕立てて貰う為にこのお店に来た時、コレンは『この人には旦那様がいる』と言っていた。しかしルディはこれを聞いて、以前に軽く眼を通した魔物娘図鑑には載ってなかったがアラクネのオスが存在すると勝手に考えていた。
ルディは話を聞いている間、相槌をうつことすら忘れてただボーッとしているしか出来なかった。それ程ルディにとって衝撃的な話であった。
「と、まぁこんな所ね。大丈夫?茫然自失って感じだけど?」
「え?あ、はい。あまりに自分の予想を超えていた話でしたので…」
「まぁ無理も無いわね。教団が教えてる事なんて一つも合っている事なんて無いですものね」
「そうですね…それは前々から気付いてはいたんですが…ところで、これはダンピールって種族にも勿論当てはまるんですよね?」
ここでルディが一番聞きたかった事を口にする。
「えぇ勿論よ」
「じゃあ、ダンピールって種族について教えてくれませんか?」
「それはダメね」
「な、何でですか?」
先程まで何でも教えてくれた彼女の突然の否定の言葉にルディは面食らっている。それもその筈、この時ルディは聞きたい事が聞けると軽く興奮していたのであり、突然「ダメ」なんて言われたらビックリするのも当然であった。
「コレンちゃんについて気になっちゃうあなたの気持ちはよく分かるわ。でもね、コレンちゃんの事を私が勝手にあなたに教えちゃうのは不公平かなって思うのよ」
「言われてみれば確かにそうかもしれないですね…」
しかし否定された理由は自分の事もコレンの事も考えての事であり、ルディもすぐに納得する事が出来た。
「ふふふ、物わかりのいい子ね。だからその点については、コレンちゃんと仲良くなっていく中でゆっくりと理解していけば良いと思うわ、焦らなくて良いのよ」
「そうですね、有り難うございます!」
「いえいえ、私もコレンちゃんとルディちゃんが結ばれる様に応援してるわよ!」
「え?いえ、自分とコレンはそんなじゃないです…じゃなくて、自分はコレンの事何とも考えてないですよ?」
先程訓練場でも言われた勘違いに思わず素っ頓狂な声をあげざるをえないルディである。そのルディの反応は彼女にとっても予想外であったらしい。
「あらぁ、そうだったの?それならそうで良いわ、取り敢えず頑張りなさい」
「はいお世話になりました!あと美味しい紅茶ごちそうさまでした」
「どういたしまして、また相談があれば何時でも来て良いからね」
「はい!」
そう言ってルディは店の戸を開く。
外は先程まではまだ陽が西方に輝いていたのに、今ではすっかり輝くのは星と月のみとなっていた。
ルディは寂しさすら感じさせる人通りの減った大通りを宿舎に向けて歩き出した。
その後ルディは布団に入って寝付くまで、今日聞いた内容の事を考えて悶々として過ごすのであった。
朝一番から訓練所には新兵が集まっている。
「おーっすお前ら、今日から本格的に訓練を始めるぞ。配属部隊はもう予め聞いてるな?剣技の訓練は俺コールマンがする。魔法の訓練はマックス・ケナード先生に教えてもらう。希望する奴は一日の全ての訓練が終わった後に盾の訓練もしてやるからな。取り敢えず配属通り2つのグループに分かれろ。」
コールマンは朝から声が大きい。
それに対して殆どの兵が頭を痛そうにしている。
入団当初のリストビア軍の訓練は週1回ずつ訓練内容が変わる。
それは一日おきに内容が変わるとどちらも中途半端に仕上がってしまうという教官達による考えによるものであった。
やがて魔法グループ、剣技グループの2つに別れ訓練が始まった。
「ルディと同じ配属で良かったよ。本当に不安だったんだから。」
「そっかそっか、そう言ってもらえたなら何よりだな。」
大げさだなとルディは苦笑いを浮かべている。
そうこうしているのも束の間、コールマンによる訓練が始まった。
「よしお前ら、徹底的に鍛え上げてやるから覚悟しとけよな!まずはこの一週間でお前らには眼を鍛えてもらう。」
コールマンのその発言に驚く者達も少なく無かった。
その中にはキョトンした顔を浮かべるもの、あからまさに嫌そうな表情を浮かべる者もいた。
「ふん、何でか分かる奴と分からない奴の半々ぐらいか。じゃあ何で剣を振る練習でもなく眼を鍛えるか教えてやる。」
すると一人の青年が前に出た。
「そんなもの簡単ですよ。眼が良いと相手の剣裁きを読む事ができるからでしょう?」
何でこんな当たり前の事を答えさせるんだ、と言わんばかりにムスっとした顔で発言する。
「おう分かってんじゃねぇか。お前名前はなんて言う?」
コールマンはそれに満足そうな顔をする。
「フィリートーマスです」
(あ〜模擬戦で相手の攻撃を全ていなしてみせた奴か!)
ルディは一人で内心非常に喜んでいた。
トーマスの動きは無駄の無いものであり、ルディの目指す戦い方をするには非常に参考になるものである。
そんな人と一緒に訓練できる!
それがルディという青年を沸き立てていた。
「ほうトーマスか。何でお前は眼の重要性を理解していて、今からその訓練をするっていうのに不服そうな顔をしてんだ?」
「僕は自分の眼、及び動体視力に自信が有ります。前の模擬戦の時だって遠目からでも皆の振り一筋一筋見えていましたし。だから、僕にはそんな訓練なんかよりもっと高度な技を教えて欲しいのです。」
終止ムスッとした表情を浮かべ、くだらないといった雰囲気を醸し出しトーマスは進言する。
チャキ….パンッ!
しかし、いきなりトーマスの声以外に強烈な破裂音が鳴り、皆を驚かせた。
何より一番驚いているのはトーマスであろう。
何故なら少しの風圧を感じ、気が付けば赤い刃が斬るぞと言わんばかりに首に宛てがわれているのだから。
もちろん剣を握るのはコールマンである。
先程の破裂音は剣先が音速を超えた音だったのである。
鞭のように長くしなるものであれ訓練をつめばあれば切っ先が音速を超える事は用意であろう。
しかしコールマンが握っているものはたかが1メートル程しか無い剣である。
「おうトーマスよ。いまの剣筋が見えたか?」
その問いかけにハッとしたトーマスは悔しそうに口をギュッと閉じている。
その姿は悔しさを耐えているようにも、自分の考えの甘さを恥じているようにも見えた。
ルディもまた多少なりとも尊敬の念を抱いていた相手がいとも容易く黙り込まされる姿を見て、驚き戸惑っていた。
「なぁコレン、今の見えたか?」
「うん。僕にもハッキリと見えた訳じゃないけど、柄に手を当てて剣を引き抜いた後に手首でスナップを効かせて振るとこまで見えたかな。」
「まじかコレン…コレンって本当に眼が鋭いんだな…」
今の一瞬の動きを細かく説明してくれたコレンをルディは驚きの相を隠さずに
見続けている。
「ちょっとルディ、そんなに見られると恥ずかしいんだけど…///」
コレンは頬を染め目を逸らして、魔物娘らしい発想を見せつけルディを嘆息させる。
「はぁ…やっぱコレンはコレンだな…」
そんな二人のボソボソ話が聞こえていたコールマンは
「おうコレンだったか?お前眼がいいな。今のは演舞用の剣の振り方で実践には使えないもんだ。だから無駄に手首を使って加速させてる。
並の奴じゃ全く見えない筈なんだがな。流石母親譲りってとこか?」
そう言われたコレンはムッとしてコールマンを睨め付けた。
「ワッハッハそうかそうか、母親と比べられるのは嫌いか。すまんな、次からは気をつけよう」
コレンの視線も気にする事なくコールマンは呆気からんとしている。
周りの皆もコールマンの様子を見て、何か有るだろうと悟ったのか気にしない様にしている。
しかしルディはそうも言っていられなかった。
この中で一番コレンと仲が良いと自負しているルディとしては、彼女が持っている過去の事がやはり気になるのであった。
「まぁとにかく、お前らには今のくらしっかり見える様になって欲しいな。見えれば対処できる。見えれば致命傷を避ける事ができる。それが俺の考えだ。大丈夫さ、模擬戦を見た限りお前らのレベルは高い。もちろん得意分野に偏りはあるだろうがな」
「コールマン教官、一つ質問が有ります。」
そう言って出たのは先程打ちのめされたトーマスであった。
「何故あなたはそんなにこの訓練に拘るのでしょうか?」
「ほう…そこが気になるか。実は俺も過去に痛い目にあってるんだ。俺が魔物との戦争で最前線を張っていたときなんだがな。敵が放ったか味方が放ったか分からない対軍魔法級の代物が頭上に降って来たんだ…その時に判断を誤っちまってなぁ大怪我負ってしまった…そのせいで大事な友を失ったんだ。まぁ俺が眼を良くしろって事に拘るのはそう言う事だな。
ここでいう眼ってのは、視覚的な意味も勿論ある。だが俺が一番言いてえのは迷わないで済む判断力を付けろってことだ。分かったか?」
実戦経験の乏しい彼らにとってコールマンの実際の戦場を想像させる話しっぷりは、ただ「重要だ」と言うよりもよっぽど納得し易く、説得力があるのだった。
その結果、場に居るもの全員が訓練に対する気持ちを切り替えたのが見て取れる。
「まぁ辛気くさい話をしちまった。とにかく訓練を始めるぞ。」
そう言って遂に訓練は始まった。
その訓練の内容とはペアを作りお互いにゆっくりと棒を振り合うだけのものだった。
この説明だけを聞くと何をやっているんだと思われるだろうが、この訓練にはしっかりとした狙いがあるのであった。
相手の身体に向けてあらゆる方法で棒を振り攻撃する。そして攻撃される側はそれに対して無駄がなく、且つ力の要らない方法を瞬時に見極めて去なさなければならない。これをひたすら繰り返す。そしてやがてはいつも剣を降っている速さまで速めてゆく。
これは一見意味の無さそうな訓練に見えるだろうが実はとてつもなく難しく硬度な訓練となっているのだ。達人と素人がこの訓練を行うと、素人はゆっくりとした動作であるのに防ぐ事がままならない。それほど相手の動きを瞬時に見極め、次の動作を決めるという事は難しい事である。
何度も反復して攻撃を去なす訓練をしていると、だんだんその動きが身体に染み付いてくる。
すると実践においても攻撃さえ見えれば身体が勝手に動く様になる。その結果、防ぐのに必死になるのではなく、身体に染み付いた動きをするのみであるのでそこに思考は必要ない。
つまりこの訓練は無心で攻撃を防御するというものを目指したものであるのだ。
もちろん剣の振り方には多少の角度の違いなどによって、何千いや何万種類と存在するであろう。しかし大元の数十通りの去なし方のみ身に付ければ、そこからは応用できるのだ。
「よし今日の訓練は終わりだ!
そんな訓練が六日間続いた。
皆、しどろもどろになりながら必死に剣を振り、剣を防ぎ避ける練習を行って来たお陰で多少は良い動きを出来る様になっていた。
「おうお前らお疲れ。今日の訓練は終わりだ。多分あんまり訓練の実感は無かっただろうが、よく文句を言わずついてきたな。明日は休みだ、今晩はハメを外して良いぞ!」
リストビア軍の新人は訓練が週6で行われる。この国では充実した衣食住、及び装備が与えられ、休日もしっかりと与えられる。それほど新兵達に対する期待が高い事が伺える。
「なぁコレン、さっきおっさんも言ってたけど上達してる実感はあったか?」
「う〜ん、ちょっとだけね。って言っても相手の眼の方向や体重移動を瞬時に読み取れるって位だけどね〜」
「まじかよ、それって凄いんじゃねぇのか?俺なんてようやく剣の効率的な去なし方が分かったくらいだよ…」
コレンは非常に高度な事を簡単に言ってのける。魔物であるが故に身体能力が人間とは段違いである。コレンはもともと眼が良い、効率的な訓練方法によって長所の使い方を理解し始めているのであろう。
「負けない様に頑張らないとな」
とルディは一人ウンウン頷きながら呟く。ルディにとってコレンは友でもあり、ライバルのような存在となっていた。
「僕もルディには負けないようにしないと…ところでルディ、明日は暇かな?」
「えーっと、うん用事はないな」
「ほんと!?やったー、じゃあ一緒に街に行こうよ!服とか買いたいんだ!」
コレンは子供のようにピョンピョンと飛び跳ねて喜んでいる。それをルディは妹を見守る兄の様な表情で見ている。
「はぁ、それだけ喜ばれたら断れないよな。」
「え?嫌だった…かな?」
「いやいやいや、そうじゃなくて。コレンのはしゃぐ姿を見ると大きな妹が出来たみたいに感じてね」
「妹って…もう!僕を子供扱いすると怒るよ!」
先程とうって変わってプンプンと怒る様子を身体で体現するコレンである。この時ルディはコレンの頭を妹をあやす様に撫でてみたいと僅かに葛藤していた。
しかし、ルディはコレンが魔物と分かった時以来できるだけスキンシップを拒もうとしていた。
「ははは、ごめんごめん…で、明日は何処に何時に集合にする?」
「…?…そうだね、前の公園の広場に訓練が始まる時間と同じに集合で」
そのルディの逡巡にコレンは勿論気付いている。しかし敢えて口に出す事はしなかった。
「わかった、じゃあ明日楽しみにしてるよ」
「僕も!今からワクワクして今夜は眠れないね!」
「はは、そうだな」
「もう愛想笑いしちゃって…まぁいいや、今日はお疲れさま」
「あぁお疲れ。また明日な」
そう言って二人は訓練場の入り口で分かれる。本来、新兵は宿舎で寝泊まりするものだが、コレンだけは何故か特例で別の所に宿が有る。
「おぅルディ、随分とコレンちゃんと仲が良えやんか。何や?もう付き合ったりしとるんか?」
声をかけて来たのはマーティン・ホークス、ルディとコレンとは同期である。生まれた地域の訛りが非常に濃く残っているのが特徴的である。槍を使わせたら同期の中でも、先輩達の中でも右に出る者は居ないだろうと言えるくらいの実力を持っている。
「付き合ってねぇよ、たまたま最初に一緒に模擬戦をしたからそれ以降もよく話すってだけだよ」
「ふーん、そうなんや。お前ら二人はお似合いやと思うし、同期のみんなこっそり応援しとるぞ」
「ちょっ、お似合いって。しかも応援してるって…そんな感じじゃないんだけどなぁ」
「ははは、まぁ違うにせよ合ってるにせよ俺らは応援しとるよ。なぁポール!」
気が付けば訓練を後片付けを追えたポールが後ろに立っていた。
ポールことジョン・ポールは弓術に長けている。まことしやかに、1マイル離れてても的に当てるんじゃないかと言う有り得ない噂まで立っている。
「そうだな、二人は特別が仲がいいしな!頑張れよルディ!」
そう言ってホークスとポールはルディの肩をガッシリと掴んで笑っている。それに対して、自分達が周りからどう見られているかを知ったルディは笑える様な状況では無かった。
(はぁ、仲が良いのはそうかもしれないけど、あいつは魔物だしなぁ)
ルディはコレンを良き友でありライバルと考えており、純粋に可愛いと感じており、もっと仲良くなりたいと思っている事は確かである。しかし、彼にとってまだまだ魔物というものは得体の知れない生き物である、それがルディの感じているコレンとの大きな壁になっていた。
「じゃあ俺は寄り道をして帰るよ。ホークスにポールお疲れさま、また後で宿舎でな」
そう言ってルディは宿舎とは逆方向に向かって歩きだして行く。
訓練場から歩いて15分、ルディはアラクネが営む仕立て屋の前にいた。
その彼の面持ちは非常に緊張で強張っている。
2、3分仕立て屋の前で悩んだ後、ルディは意を決して店の戸を開く。
「ごめんくださ〜い」
店の中は服以外誰も居なかった。陳列棚には煌びやかな金のボタンなどが付けられた精巧な作りをされた祭典用の衣服から、普段着に使えそうな服までずらっと並べられている。
ルディはその作りの良さに思わずマジマジと服を眺めてしまう。アラクネの糸で作られた服は手触りも最高に良く、思わず頬擦りしたくなる程であった。
「誰かいるのかしら?ってあらぁ新人さんじゃないの」
そうしていると、奥から女主人が出てきた。
彼女が出て来た瞬間ルディは身体が強張るのを感じた。やはりまだ魔物に慣れておらず、意識せずとも心の底から恐怖心が浮かび上がってしまうのであった。
「用は何かしら?新しい服でも仕立てて貰いに来たのかしら?」
「い、いや…ちょっと聞きたい事がありまして」
「ふ〜ん、何かしら?」
女主人は何もせず、ただそこに立っているだけである。しかし、ルディはその彼女の佇まいだけで、萎縮しそうになるのであった。その理由は、ルディだからこそ感じる事ができる仕立て屋内に僅かに充満する彼女の魔力、そして彼女がアラクネという魔物であると言う絶対的な恐怖感である。
「なるほどね、あなた気付いているのね?」
「えっ?」
「私が魔物娘だって気付いてるんでしょ?」
「い、いや…何で?」
「ふふふ、そんなに怖じ気付かなくても大丈夫よ。食べたり殺したりしないわ」
「はい…分かってはいるんですけど、慣れてなくて…」
「でしょうねぇ、聞きたい事が有るんでしょう?落ち着くまでそこのカウンターの椅子にでも座ってなさい。紅茶でも用意してあげるから」
「はい…有り難うございます」
そう言って彼女は再び店の奥に消えて行く。それと同時にルディも気が抜けたかの様に椅子に座り込んでしまう。この時ルディの額には大粒の汗が浮かんでいた。
そして待つ事数分。
「はい、お待たせ。ミルクと砂糖は自分で好きな量入れてね」
「有り難うございます」
ルディはいくらか精神的にも落ち着いた様子で、出された紅茶を口にする。
「あら、魔物に出されたものなのに先に口にしちゃうのね…」
「っ!?」
彼女のその台詞にルディは口に含んだ紅茶を思わず吹き出そうとする、しかしそうなる前に口は彼女の手で塞がれていた。
「ふふふふ、冗談よ冗談。何も悪いものは入れてないわ、普通の紅茶よ。」
彼女は悪戯っぽい表情を浮かべ『ほら、これが茶葉の箱』と言って市販されている紅茶をルディに見せつける。
それは街のお茶屋でも一番高いとされるリストビア国ブランドの高級茶葉であった。しかし、ルディのその高級紅茶の記念すべき一口目は全く味わえないものとなってしまうのであった。
「はぁ冗談がキツ過ぎますよ!」
「ごめんなさいね。だってあまりにも緊張した面持ちをしてるんだもの、ちょっとくらい悪戯をしたくもなるわよ。どう?多少、緊張は解れたでしょ?」
「えぇお陰様で…まぁでも自分を気遣ってくれて有り難うございます」
「良いの良いの、魔物娘に歩み寄ろうとしてくれる子を無下にできないもの」
「そこまで気付いてたんですね」
「えぇ勿論よ。まず貴方が私を見た瞬間、一気に緊張した表情を見せたわよね。そこでこの場で緊張をする理由は@私に惚れている。A私の正体を知っている。のどちらかだと考えたの。ここで@は無いと思ったから、私の正体を知っていたから緊張したんだろうなって考えたの。そこで『聞きたい事が有る』なんて言われたら、もう必然的に答えは出るわよね?」
「はぁ…完璧な考察です、流石ですね」
「伊達に200年以上もここで仕立て屋を続けてないわ。ずっと色々な人を見て来たから分かるのよ。まぁその話は置いておいて、聞きたい事って何かしら?」
「200年ってのも凄く気になるのですが、まぁ良いです。自分が今回聞きたい事って言うのは、魔物の…じゃなくて、その魔物娘っていうものの生態を知りたいんです」
「ふ〜ん、成る程ねぇ。で、知ってどうしたいのかしら?この国が帝国領で、貴方がその帝国軍に所属している以上、魔物娘について知って得する事は無いわよ?」
「それは分かっています。でも、仲間として友として魔物の事を少しでも知っておきたいと考えているんです」
この時のルディは先程と違い語気にも力があり、カウンターを乗り出すんじゃないかという勢いがあった。
「あら、コレンちゃんの正体にも気付いてたのね。いいわ、魔物娘については教えてあげる」
「有り難うございます!」
「あなたが魔物娘について何も知らないっていう前提で話を進めるわよ…」
そうして数分後
紅茶の湯気は消え去り、砂糖もコップの下部に沈殿しきった頃
ルディは女主人から魔物娘の生態について聞かされて呆然としていた。
ルディにも多少の知識はあったが、彼女の口から告げられたのはルディの予想の上を行く内容であった。
魔物娘が人間のオスを伴侶とするなんて知らなかった。
魔物娘が人間のオスを襲うのは、人間の精を糧としているなんて勿論知らなかった。
魔物娘が伴侶を何よりも大事にしている事も当然ながら知らなかった。
前に祭典用の服を仕立てて貰う為にこのお店に来た時、コレンは『この人には旦那様がいる』と言っていた。しかしルディはこれを聞いて、以前に軽く眼を通した魔物娘図鑑には載ってなかったがアラクネのオスが存在すると勝手に考えていた。
ルディは話を聞いている間、相槌をうつことすら忘れてただボーッとしているしか出来なかった。それ程ルディにとって衝撃的な話であった。
「と、まぁこんな所ね。大丈夫?茫然自失って感じだけど?」
「え?あ、はい。あまりに自分の予想を超えていた話でしたので…」
「まぁ無理も無いわね。教団が教えてる事なんて一つも合っている事なんて無いですものね」
「そうですね…それは前々から気付いてはいたんですが…ところで、これはダンピールって種族にも勿論当てはまるんですよね?」
ここでルディが一番聞きたかった事を口にする。
「えぇ勿論よ」
「じゃあ、ダンピールって種族について教えてくれませんか?」
「それはダメね」
「な、何でですか?」
先程まで何でも教えてくれた彼女の突然の否定の言葉にルディは面食らっている。それもその筈、この時ルディは聞きたい事が聞けると軽く興奮していたのであり、突然「ダメ」なんて言われたらビックリするのも当然であった。
「コレンちゃんについて気になっちゃうあなたの気持ちはよく分かるわ。でもね、コレンちゃんの事を私が勝手にあなたに教えちゃうのは不公平かなって思うのよ」
「言われてみれば確かにそうかもしれないですね…」
しかし否定された理由は自分の事もコレンの事も考えての事であり、ルディもすぐに納得する事が出来た。
「ふふふ、物わかりのいい子ね。だからその点については、コレンちゃんと仲良くなっていく中でゆっくりと理解していけば良いと思うわ、焦らなくて良いのよ」
「そうですね、有り難うございます!」
「いえいえ、私もコレンちゃんとルディちゃんが結ばれる様に応援してるわよ!」
「え?いえ、自分とコレンはそんなじゃないです…じゃなくて、自分はコレンの事何とも考えてないですよ?」
先程訓練場でも言われた勘違いに思わず素っ頓狂な声をあげざるをえないルディである。そのルディの反応は彼女にとっても予想外であったらしい。
「あらぁ、そうだったの?それならそうで良いわ、取り敢えず頑張りなさい」
「はいお世話になりました!あと美味しい紅茶ごちそうさまでした」
「どういたしまして、また相談があれば何時でも来て良いからね」
「はい!」
そう言ってルディは店の戸を開く。
外は先程まではまだ陽が西方に輝いていたのに、今ではすっかり輝くのは星と月のみとなっていた。
ルディは寂しさすら感じさせる人通りの減った大通りを宿舎に向けて歩き出した。
その後ルディは布団に入って寝付くまで、今日聞いた内容の事を考えて悶々として過ごすのであった。
16/08/03 04:45更新 / ぜっぺり
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